時は2021年。人類を揺るがせた大事件からも6年が経ち、人々の生活はセカンドインパクト前に匹敵するような豊かさを迎えていた。人々が危機を 忘れ、反映を謳歌している一方、忍び寄る危機に備えている人々も居た。遥か彼方から飛来する遊星、その正体が浪漫には遥か遠いものと知った時、体制の整備 が極秘裏に進められた。
 そのためUNは、使徒殲滅・サードインパクト阻止とその役目を全うしたネルフ解体を取りやめ、その本部をドイツに移し、新たにUMA対策を目的とした組 織に移行させた。その新生ネルフは、使徒戦で活躍したエヴァンゲリオン弐号機に加え、新たな人型兵器を戦力として投入した。
 エヴァンゲリオンの次世代機とも言えるそれは、量産型エヴァンゲリオンをベースに建造され、弐号機に比べ一回り小さなボディを与えられていた。そのため スモールと呼ばれ、従来機と区別されていた。
 スモールのスペックは、稼働時間を除いてはそれまでのエヴァには及ばなかった。それにも関わらず、スモールが主力兵器として採用されたのは、ひとえにそ のコストに原因が有った。何しろ建造時で50分の1、運用時に至っては1000分の1のコストである。エヴァだけが全てでない今、その方が全てに都合が良 いことは確かだった。また、従来型エヴァンゲリオンとは異なり、スモールの方はパイロットに対するハードルが低いのも都合が良かった。エヴァンゲリオンを 製造するのも重要だが、それ以上に難しいのは適性を持ったパイロットの確保である。スモールの投入は、その問題を解決する一つの手段を提供していた。もっ とも性能の低下は、一部に深刻な不安を引き起こしたのも確かである。そのため、すでに保有しているエヴァンゲリオン初号機の再起動への努力も行われたが、 新たに適格者として採用したパイロットのいずれも、初号機のシンクロメーターを微動だにさせることが出来なかった。1年の期間を経て初号機起動の試みは放 棄され、その機体は、ジオフロント深く封印されることになった。そしてその失敗は、新たなフルスペックエヴァンゲリオン製造計画をもストップさせた。
 もっとも性能に劣ると言っても、それはエヴァ(従来機に敬意を込めるため、従来機はエヴァと呼ばれる)が最高性能を出した場合の話である。パイロットの シンクロ率の低い状態ではそれは埋めがたいものではなかった。両者の間の性能差は、その数によって補われ、模擬戦においては統率の取れたスモールの攻撃に より弐号機が撃破されるのも珍しくなかったのである。
 だがエヴァの本当の性能を知る者にとって、スモールの活躍は安心材料とはなり得なかった。それは唯一エヴァを起動できるアスカのシンクロ率は、往時の半 分をやっと超えた所と言うのがその理由だった。現在の力関係は、ひとえにエヴァの性能低下に寄るものなのだ。そうは言っても、これ以上の性能向上が見込め ない以上、妥協せざるを得ないのは確かだった。










Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

- 1st Episode -










 ドイツ、ニュルンベルグから100kmほど南に下った地域にネルフ本部は位置していた。なだらかな丘陵地の地下を掘り下げ、表向きは自然を壊さな い、“自然に優しい”と言ううたい文句にその基地は建造された。しかし広さ100平方キロメートル、最深部で5kmを越える巨大な施設を地下に建造して、 環境への影響が皆無であるわけがない。そこかしこに歪みは確実に姿を現していた。
 地下水脈の変動、吐き出された大量の残土、流入した基地勤務者に対する居住地区開拓。余談だが、マッドな科学者の実験が引き起こす小さな地震もその弊害 の一つと数えられた。その他、有形無形の問題点は枚挙に暇はなかったが、それもまた人類存続のためのコストとして闇に葬られた。
 そう言った問題を抱えたネルフ本部だが、そこで訓練を受けているものにとっては、その施設が充実しているかどうかの方が大きな問題だった。だが、少なく ともその点に関しては、現在の本部は合格点を与えられたようだ。またそこで訓練する隊員達の顔は、確かな目的意識と、充実した訓練に輝いていた。もちろん 彼らが敗退した時には後が無い訳である。従って訓練は過酷を極めていた。それでも脱落者が出ないのは、パイロット達の意識が高い為と言えるだろう。それに 彼らはかつてのパイロットのように“子供”ではなく、ストレスのマネジメント方法も心得ていた大人だった。そしてネルフと言っても、かつてのような異常な 雰囲気ではなく、訓練を除けばごく普通の生活が送れるようになっていたのだ。もっともその普通の定義は、他の軍隊と比べてのことである。
 したがって、今青空の下でお互いの恋愛の勝負を話し合っているような若者達も、今のネルフだからこそ存在することが出来たと言える。彼らは、午前の訓練 が終わり、次の訓練が始まるまでの時間、抜けるような青空の下、ただぼんやりとベンチに腰を掛けて青空を見つめていた。
 一人は長めの金髪にブルーグレーの瞳、その甘いマスクに年頃の女性の10人に4人は好意を寄せ、残りの6人には身の危険を感じるいい男。そしてもう一人 は短めに刈り上げた黒髪に、同じく黒い瞳、そして鋭さと優しさを同居させた顔の作りを持つ東洋人。こちらの方は4人ぐらいが身の危険を感じるぐらいだろう か、もっとも見た通りで無ければこちらの方が危険な男とも言えないではなかった。
 ふたりは午後の訓練の前、ランチの後の幸せな気分に浸りながら、賭けの方法の話し合いをしていた。
「2勝2敗……だな」
「ああ……」
「どうする、決着は…….」
「午後の格闘訓練しか有るまい……」
「それで判定の方法は?」
「どっちの手数が勝ったか……」
「…それしかないか」
「…それしかないな」
 賭けの対象は分からないが、二人の間で合意が出来あがったことは確かなようだった。




 午後一番の訓練を終え、三々五々に戻ってくる訓練生の中に、葛城ミサトは不機嫌さを隠そうともしない惣流アスカ・ラングレーを見つけた。その不機 嫌さに心当たりの有り過ぎる彼女は、その矛先が向かう男どもの事を思った。もう少しうまくやって欲しいものだと。いくら弐号機を仮想敵にしたとは言え、 よってたかって袋叩きにされたのでは腹の虫も収まらないだろう。しかも弐号機と共に仮想敵とされた他の二台のスモールは、見向きもされず無事だったのであ る。
『あのふたり……また財布が軽くなるわね』
 まあ人の財布のことだけなら、放ってもおけたのだが、それまでの間、とばっちりが自分に来るのはいただけなかった。そこまで面倒見切れないと、ミサトは 体をかがめて物陰に身を隠すことにした。とりあえずアスカをやり過ごしてしまおうと。だが、彼女の努力もむなしく、獲物に飢えたアスカにその姿を見つけら れてしまった。ミサトにしてはうまく姿を隠したつもりなのだろうが、彼女のような目立つ女性がそんな真似をしていれば、周囲の視線はどうしてもそちらに向 けられてしまうので。そのことに気づいていないため、ミサトはいつもアスカから逃げ切る事ができなかった。そして今日もまたアスカに掴まったミサトは、哀 れな子羊たちが来るまでの間、彼女の愚痴に付き合わされる事になったのだった。
「ヘロ〜ゥ、ミサト!何かお探しものでもあるの」
 チッと舌打ちを一つ、のっそりとミサトは立ち上がった。その顔には、別に私じゃなくても良いじゃないかという不平がしっかりと現れていた。もっとも、そ んな事を思っていても、それを口に出すほどミサトも馬鹿じゃない。とっさに思い付いた言い訳をアスカに向かって言っていた。
「ま、まあね、ちょっとイヤリングをね、でもねもう良いの、ちゃんと見つかったわ」
 もっともそれはアスカの方も同じで、にこやかそうに見える一方で、そのこめかみは小さく震えていた。
「そう、良かったわね。見付からなかったらアタシも手伝ってあげたのにね!」
「あら〜、訓練でお疲れのFGにそのような手間をとらせては申し訳有りませんわ!」
 オホホと口では笑っているが、二人ともその表情は引きつっていた。ミサトがアスカのことをFGと呼ぶのは、別に初代のチルドレンに対する尊敬からではな い。もちろんアスカもそれは承知していて、そこに込められた皮肉を敏感に感じ取っていた。
 FG=First Generationとは、2015年に徴用されたチルドレンの尊称である。人類の危機に立ち向かった5人の子供たち、そ こに多くの事実の誤認があったとは言え、5人の子供たちは今でも語り継がれる英雄なのだ。そして同時にFGと言う名称は、唯一現役で残っているアスカの代 名詞ともなっていた。何しろ当時5人居たチルドレンのうち、身体的理由で退役した4thを除き、残りの3人は鬼籍に入っていることになっていたのだ。その 最後の一人に注目が集まるのは仕方の無い事だろう。
「お疲れだと思ってくれるんだったら、ちょっとぐらい話をしても良いでしょう」
「まあ……ちょっちならね……でも……機嫌……悪いわね」
 毎度同じ愚痴を聞かされる身にもなって欲しい、アスカの不機嫌さは分かるが、勘弁して欲しいというのがミサトの本音だった。所詮は子供のじゃれあいなの だ。いちいち腹を立てるのもどうかと思っていた。
「またあのバカ達よ……」
「今度はなんなのよ……」
 まあアスカの性格からして、タコ殴りにされたのだから腹も立つだろう、それが不機嫌の原因かとミサトは思っていた。だがアスカの言葉に、彼女の不機嫌さ の理由は別なところにもある事を知らされた。
「午前中の訓練で決着が付かなかったから、決着を午後の訓練でつけたそうよ」
「…何の?」
「私をデートに誘う順番よ!」
 ミサトは、はあ、と小さく溜息を吐いた。なるほど、いくら方法が無かったとは言え、彼らは馬鹿な選択をしたものだと若さゆえの短慮さを呪った。そんな回 りくどい事をしないで、もっとストレートにぶつかった方が可能性が高いのにと思いながら。
「で、決着はついたの……」
「もうすぐ歩いてくるバカ達の顔を見れば分かるわよ。大体デートに誘う順番を決めるのに、その相手を殴った数なんかで決めるぅ?」
 アスカの言う事ももっともである。彼女としては、何かの賞品にさせられた気分なのだろう、彼女の性格を知っていれば、そんな事を受容するような女では無 い事は分かりそうなはずなのだ。ミサトは男どもの考えの無さに溜め息を吐きながら、制裁を受けた哀れな子羊たちの運命に冷や汗の一つを掻いていた。
「はははっ、もう制裁はしたのね」
 当然!と鼻息も荒くアスカは豊かに成長した胸を張った。以前のプラグスーツほど、体の線をあからさまに見せることは無くなったのだが、アスカの成長が スーツの改良を上回り、その姿はかなり刺激的な物だった。隣を通り過ぎようとしたメカニックが、壁にぶつかって工具をまき散らしていたのがその証拠だろ う。
 アスカのその姿に、ミサトはもう一度溜め息を吐いた。元々野次馬的な事を好んだ彼女だったが、毎度同じような事を繰り返されれば、いささか食傷気味とな るのも仕方の無い事だろう。だから無駄とは知りながら、ミサト自身、何度アスカに言ったか知れないセリフを繰り返していた。
「アスカが態度をはっきりとさせればいいのよ……」
「どうしてそういう話になるのよ……」
 途端にアスカの歯切れが悪くなってしまう。彼女の心の中にある迷いは、ミサトにとっても他人事ではなかった。
「分かっているでしょう?マイケルとステファン、どちらかに決めるのよ。今の関係が心地良いのは分かるけど、いつかは選択の時が来るのよ。もうアスカは十 分彼らのことを見てきたじゃない。ふたりとも申し分ない青年よ」
「分かっているわよ……そんなこと」
 それでもアスカにとってどうにもならない事なのだ。弐号機とシンクロができるまでに回復したアスカの心だったが、かつてのシンクロ率及ばない理由がそこ にあった。その名前を出す事は、ミサトにとっても消しがたい傷を穿り返す事になるのだ。
「シンジ君……でしょう?」
 苦々しげに口にされた名前に、アスカの体はびくりと震えた。
「アスカ……こんな言い方はおかしいかも知れないけど。済んでしまったことは忘れなさい。悲しい出来事だけど、あなただけが悪いわけじゃないわ。それにあ なたは十分に苦しんだわ……」
「結構ドライなのね、ミサトって……私にはそんなに簡単に割り切れるものじゃないわよ」
「そりゃあね、最初は落ち込んだわよ。でも、あなたを責めたところで彼が帰ってくるわけじゃない。何時までも過ぎた事に囚われていても、何もいいことはな いわ。それに彼らはシンジ君とは違う、大丈夫、彼らとならやって行けるわ」
「……分かっているつもりよ。マイケルもステファンもシンジとは違う。でも私は何も変わっていないわ。結局印を欲しがるのは変わらない。何かに依存したい という気持ちは変わっていないのよ」
 アスカの言葉に、ふうっとミサトは溜め息を吐いた。焦りは何も生まない。アスカの心の傷を癒やすためには、まだまだ時間が必要なのだ。少しずつ時間を掛 けて、心の傷を埋めて行くしかないのだ。碇シンジによってつけられた傷が癒えるまで、彼らとは今の関係を続けて行くしかないのだろう。そして何時かは彼ら のうちどちらかが、アスカの心の中で大きな存在として育つかもしれない。それもまた良いかとミサトは思い直した。彼らにはまだ十分時間があるのだ。お互い をぶつけ合い、受け止め、傷つき、そして癒していく。マイケルもステファンもその役を十分にこなすだろう。そう、戦いに生き残ることができさえすれば……
「まあ、焦ることはないわね。それよりアスカ……ずいぶんと派手にやったわね」
 ミサトの指さした先には、両頬を真っ赤に腫らしたふたり連れが歩いていた。もちろんマイケルとステファンのふたり連れである。加害者が誰なのかは言わず もがなである。
「当然の報いよ……!2対1では敵わないものだからって、他の8人まで巻き込んでか弱い美女をタコ殴りにしたのよ。胴体と首がつながっているだけでもあり がたいと思って欲しいわ」
 あれだけのことをしておいてか弱いのか、ミサトはそう思わないでもなかったが、それを口に出して言わないだけの分別もわきまえていた。さすがに女も伊達 に35を数えていなかった。
「はははっ、貴重な戦力なんだからお手柔らかにね」
「大丈夫よ、これから痛むのはあいつらの懐なんだから。せいぜい責任を取って貰うわ」
 そう言うとアスカはミサトの元を離れ、前をとぼとぼと歩いているふたりに飛びかかっていった。何やら男どもは抗議の声を上げたようだが、そんな者がアス カに通用するはずが無い。アスカがふたりの頭を抱え込んだところで雌雄は決した。満面に笑みを浮かべたアスカと、顔を真っ赤にしたマイケル&ステファン。 押しつけられたアスカの胸の柔らかさに負けたふたりが、今夜のディナーと貢ぎ物の条件を呑んだのだろう。
『もう少しなんだけどなぁ』
 アスカの浮かべた笑い顔に、ミサトはそう思った。だがそのもう少しがいつまでも超えられないのだ。不謹慎な感がえだが、今度のUMAの襲来が何かのきっ かけにならないものかと彼女は期待していた。




 3ヶ所に位置したネルフの基地は、それぞれ独自の役割を持っていた。その中で、UMAの監視を担っていたのは北米支部だった。もともとNASAの 技術を引き継げたことが大きいのだが、その決定は彼らの矜持を大いに刺激したのである。
 彼らは、万全の観測態勢を整えるため、大型のハッブル望遠鏡を6機を衛星軌道に打ち上げた。観測対象は現在地球に接近している大型の遊星Z。5年前にそ の存在が確認されたときには、ちょっとした天文ブームを世界に巻き起こしたものだった。
 遊星Z、その直径は2千キロの球形をした天体。地球の200分の1の大きさを持つそれは、初の太陽系外物体であることが確認されていた。太陽系外からの 来訪、そして80万キロと言う地球との最接近距離。その発見に、外宇宙を知る重要なサンプルだと天文学者達は色めき立ったものだった。しかし観測が進み、 色々と情報が収集されるにつれ、その観測データは極秘文書の壁に押し込まれることになった。千載一遇のチャンスを逃すなとばかり、ありとあらゆる観測機器 が遊星Zに向けられ、どこから刈り出されたのか分からないような科学者まで、その分析に当たったのだ。しかしその熱狂は、一人の研究員の発見によって終止 符を打たれることになった。遠紫外線までの広範囲の波長で観測を行っていた彼は、その中に極めて特徴的な固有波形を発見したのだ。何か新しい発見かと喜ん だ彼が、エンタープライズにデータ照合を依頼して1時間後、いきなりUNから遊星Zの観測データのUN一元管理が発表されたのだ。そしてその男の元には、 いかにも胡散臭げな男達が訪問していた。何やらの令状を手に、彼の観測データの全てを持っていってしまったのだ。
 男の観測データに対して、エンタープライズの下した結論は、過去の悪夢が終わっていないことを告げるものだった。

 その波形パターンは青。

 すなわち使徒、もしくはそれに類する存在が遊星上に確認されたのだ。何かの間違いかも知れない。またその懸念は当然あった。しかし、旧ネルフの関 係者を引っぱり出し、ブラインドでデータ比較をさせた結果はいずれもクロだった。ことここにいたり、彼らはそれを認めざるを得なかったわけである。この遠 距離からも観測される使徒の固有波形。その強力さに、彼らは再び、いやこれまで以上の使徒の脅威に立ち向かわなくてはならない事を覚悟した。
 それからの行動は迅速であった。国連はすぐさま情報を非公開とし、観測機能を全て新生ネルフへと移した。更に24時間の観測を可能とするため、必要十分 な量のハッブル望遠鏡を衛星軌道上へと打ち上げた。そしてコストダウンのなったエヴァンゲリオンの配備を強力に進めたのである。こうして開始から2年も経 たずに、新たな使徒迎撃へのハードウエアは整えられた。
 次の問題はパイロットの確保だった。使徒襲来の情報は、混乱を防ぐため、ぎりぎりまで隠匿されることと決められていた。そのため、抜き打ち的なスカウト で各地から天才少年・少女が集められ、厳しい訓練が課される事になった。目的は極秘。公には新生ネルフの職員として各分野の先端研究を行うことを建前とし ていた。
 当然その候補の中にはかつてのチルドレンも含まれていた。エヴァンゲリオン初号機、弐号機はサードインパクトの後も何事もなかったかのようにネルフに存 在していたし、それを動かすことができるのはふたりのチルドレンしか居なかった。従ってその決定は非常に妥当なものである。しかし紆余曲折を経て最終的に 新生ネルフに参画したのはアスカただ一人であった。参加しなかったシンジの資質に問題が合ったというわけではない。何しろ最強と言われた初号機を動かせる ただ一人の存在なのだ。多少の事なら目を瞑らせるだけの実力がそこにはあった。
 しかし大人達は彼らの扱いに失敗した。ふたりのチルドレンを近いところにおいたことで、2ndと3rdとの軋轢が大きくなったのだ。実体は一方的に 3rdが2ndにやりこめられる形、どちらかというと言葉の暴力に3rdが耐えていたと言うのが正しいのかも知れない。3rdはその暴力にじっと耐えて嵐 が過ぎ去るのを待っていた。しかしその態度が更に2ndの心を荒れさせた。そして大人達が気がついたときには、3rdはその姿を消していたのだ。直接の引 き金は誰にも分からない。全てを知るのは2ndだけだったが、彼女もまた固く口を閉ざしていたのだ。結局ネルフの全勢力をつぎ込んだ3rdの捜索も、1年 を過ぎ、その足取りすら掴めなくなったところでうち切られることになった。死亡、もしくはそれに準じるもの。3rdはそう判定され、彼の登録は戸籍を含め て抹消された。
 その後、主の居なくなった初号機は、何度かの起動実験にも起動することなく、ジオフロントの地下深く封じられることになった。




 北米支部のメインコンピュータ“エンタープライズ”は、はっきりと遊星Zから接近する物体を捉えていた。観測速度からすると地球到着までおよそ 1ヶ月。すでに明確なパターンブルーを示したそれは、推定質量150万トンから300万トン。使徒数体分の質量を有していた。
 北米支部長ワッケインは、眼前に突きつけられた事実に自慢のパイプを取り落とした。恐れていた事態が現実のものとなったのだ。彼は震える指で、緊急回線 の接続ボタンを押した。世界に安息の日々が終わったことを告げるために……








続く

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