中華人民共和国の重慶地区は、セカンドインパクト前のエレクトロニクス産業の誘致以来急激な発展を遂げた町といってよいだろう。また人類に大きな 打撃を与えたセカンドインパクトも内陸にあるこの町ではその打撃も軽微だった。
 臨海地区の打撃が大きかった事から、中国政府は香港の近辺に集まっていた資本をこの地区に移し、一大産業都市を構築した。先端の技術を投入した町作り と、世界の頭脳と呼ばれた学者達の招聘。徹底した技術の優遇策はこの町を世界で最先端の研究都市にも変身させた。その中心とも言えるのが町の郊外に位置し た重慶大学である。その大学のキャンパスは小さな街と言ってもいい規模だった。学生のための宿舎や食堂、スポーツ施設に文化施設。ありとあらゆる施設が取 り揃えられたそこは、かつてのこの国を知るものなら、ここが中国であるとは思わなかっただろう。














Neon Gensis Evangelion

Endless Waltz

- 2nd Episode -












 深い緑に緑の芝生、ヨーロッパの雰囲気を漂わせたキャンパスを一人の女が走っていた。長い黒髪をポニーテールにまとめ、躍動感のあるその体をぴっ ちりとしたジーンズとTシャツに収めた少女は、そのあふれる生気もあって通りすがりの人々の目を惹きつけていた。そんな視線の中をすばらしい速度で駆け抜 けた彼女は、目指す人影を前方に見つけ、ややイメージに比べると低めの声で前を行く人物を呼び止めた。
「シェン〜、ねぇ、待ってよう」
 前を歩いた青年は、自分を呼ぶ声に振り返った。その青年の年齢は20ぐらいだろうか。細身の長身に黒髪を奇麗にオールバックに揃えた姿は、どこか抜き身 の刀のような雰囲気をもっていた。ただ瞳に浮かんだ優しげな光が、青年の持つ近づきがたい雰囲気を和らげていた。
 シェンと呼ばれた青年が立ち止まったため、女はさらに加速を掛けてその胸に飛び込もうとした。だが、次の瞬間二人の間に割り込んだ影に、女は靴の底が磨 り減るような減速をした。そして如何にもいやそうな顔をして、己の目論見が外れたことを落胆した。
「やっぱり居たのね……ユイリ・アンカ」
「シェン様をお一人にすると思って?グロリア・ヤン?」
 グロリアは思惑の外れた失望を隠そうともせず、シェンとの間に立ちふさがった者の顔を睨みつけた。彼女の視線の先には、隣に立つものを著しく制限する美 貌をたたえた女性が居た。見事に着こなされたグレーのスーツに隠されているが、スーパーモデルもかくやと言う整ったスタイル。腰のあたりまで伸ばされた艶 を湛えたどこまでも黒く美しい髪。鋭角なクリスタルを思わせる涼やかな声。まさに非の打ちようがない存在とは彼女のためにあるような言葉だった。
 ユイリは、グロリアから向けられたある意味敵意の篭った視線を気にすることなく、用が済んだとばかりシェンの後ろに下がった。そのため、何か文句を言お うとしていたグロリアは、完全に肩空かしを食った格好となった。噛み付こうにも、相手がその気がなければどうにもならないのだ。そんな二人のやり取りに苦 笑いを浮かべながら、シェンと呼ばれた青年はグロリアの前に出た。
「ジョン、私に用があるんだろ?」
 その呼び方に、グロリアははっきりとシェンに対して不満な表情をした。
「シェン、私のことはグロリアって呼んでって言ってるでしょう」
「で、でもねジョン」
「グロリア!」
「あ、あのね……」
「グロリア!」
 しばし見詰め合ったのだが、グロリアがキスをするまねをしたところでにらめっこの勝負は決まった。
「…グロリア…何の用だい」
 グロリアの押しに負けたシェンは、肩をがっくりと落として見せた。方やグロリアは、シェンが折れたことで勝ち誇ったようにその腕にすがり付いた。
「……やっぱり私たちの愛は無敵なのね。シェンもやっと素直になってくれたのね……」
「あのね、ジョン。何の用なの」
「……」
「ジョン……」
「……」
「……グロリア」
「もう、せっかく二人っきりなのに『何の用だい』それしか言う事ないの」
 どうやらグロリアは、傍らに居るユイリの存在を無視することに決めたようだ。シナを作って寄りかかってくるグロリアを、シェンはジト目で見詰め、ユイリ は何事もなかったように涼しい顔をしていた。
「…用がなければ僕は行くけど」
「ベッドの中だけじゃなくて、こんな所までせっかちなんだからん」
 イヤンイヤンと腰をくねらせて、甘えたようにグロリアはシェンの腰を突付いた。
「人聞きの悪いことを言うなぁ〜僕は至ってノーマルなんだぁ〜」
 心の叫び…とでも言うのか、両手の拳を握りしめたシェンは叫んだ。それを見ていたグロリアは、面白そうにクスリと小さく微笑んだ。相変わらずユイリは、 二人の会話に干渉してこなかった。
「だぁ〜れも、信じちゃいないよ。シェンの女嫌いは有名なんだから」
「だから男が好きだという短絡思考にはならないだろうがぁ」
「んじゃぁ、どうしてユイリなんか傍に置いて、女の子を遠ざけているのよ。シェンとお近づきになりたい女の子は、それこそはいて捨てるほど居るのよ。東西 南北和洋中、ありとあらゆる美女が選り取りみどりなのよ。だから変な噂が立つのよ」
 はたと何かに思いついたグロリアは、シェンの耳元に唇を寄せた。
「オトコでも無いとしたら……ひょっとしてロリ?」
「な、なんでそうなるんだぁ〜」
 身に覚えのない指摘に、シェンは思わず情けない声を出していた。なぜ傍らに居るユイリが相手と思われないのか、と言う抗議の意味もそこに含まれていた。
「ははは、あせっちゃって……可愛いっ!」
 シェンの叫びに委細構わないグロリアに、はっきりとシェンは顔に疲労の色を浮かべていた。シェンにとって、普段のグロリアはあまり得意な相手とは言えな かった。
「…ねぇ、ジョ、グロリア…何か用があったんだろう」
「はははっ、ごめんごめん。ツィムがさぁ、なんか重大な話があるんだって。ってシェン?」
 その時グロリアが見たのは、もうもうと土煙を上げて走り去るシェンの後ろ姿だった。
「あらっ、ユイリも居ないわ?」
 グロリアは、形のいいあごに指を当てて、シェンに付き添って爆走するユイリの姿を想像しようとした。ヒールの高い靴を履いて、シェンの横を爆走する美 女。しかもその表情は、普段と変わらず澄ましている……
 そんな想像が気に入ったのか、グロリアはお腹を抱えて笑い出した。




 イワノフ・ツィンメルマンは天文物理学を専攻し、21の若さで超長軌道軸の彗星運動に関する理論で博士号を取る俊英だった。だが彼の名を有名にし ていたのは、彼が15歳の年にした発見である。そう、彼こそが遊星Zの第一発見者なのである。今世紀が始まって、まだ4分の1も過ぎていないにも関わら ず、彼の発見は21世紀で最も重要な発見の一つであるとまで言われていた。もっともツィンメルマンにも不満が無い訳ではなかった。加熱ぎみとも言えた、遊 星Zの観測ブームが、ある日を境に研究者の口に上らなくなったのだ。当時素人だった彼から見ても、まだ遊星Zは観測し尽くされたとは思えなかったのにであ る。何よりも、これから地球に接近して、外宇宙の謎を探るというこの先いつ訪れるか分からないイベントが待っているにもかかわらずだ。そこで感じた不満 が、彼を完全に天文学の世界に入り込ませる原因となった。
 ツィンメルマンは今や生活のほとんどを占める観測室の中で、友人の来るのを待っていた。手に持っているのはラプサンスーチョン、スモーキーフレーバーの 強いお気に入りのお茶だった。
 観測室とは言ったが、ここに天体望遠鏡の類があるわけではない。工業化の進んだ重慶では夜間も観測に耐えうるほど空は暗くならなかったし、電波望遠鏡を 設置するにも有効なスペースが不足していた。従って彼は2000キロ北に設置された各種望遠鏡群と観測室をネットで繋ぎ、保守運用を他人に任せ、冷暖房完 備の観測室でぬくぬくと観測を続けることを選択した。さらに決して公にはできないことなのだが、ネルフ北米支部の管理するハッブル望遠鏡のデータもちゃっ かりと借用していた。もっともこれは、彼の友人の多大なる協力のおかげである。
 ツィムは壁一杯に張られたポスター……何故かFGのアスカ・ラングレーの等身大ポスターを眺めながらお気に入りのお茶を啜り至福の時を過ごしていた。お 茶のお菓子はどこから見つけてきたのか花林糖。そこだけ見ていると、まるで日本と言う国の学生のアパートのようだった。
「おっ、来たか…」
 部屋に置かれたオシロスコープは、規則的な振動波形をその画面に表示した。そしてドアの近くに取り付けられた対人センサーが彼に来客の接近を告げた。 ツィンメルマンはニヤリといやらしい笑みを浮かべ、おもむろに手元のドア開閉スイッチを押した。
 プシューっと心地よい音を立て、圧搾空気の力で観測室のドアが開いた。そのため、ノックをしようとしていた訪問者は、右手を振り上げたまま間抜けな格好 で固まっていた。
「あ、あのなぁツィム。ドアのノックぐらいさせてくれ」
 ばつが悪いのか、右手をにぎにぎとしながらシェンは観測室へと入った。そして一見して以前に比べてポスターの数が増えた室内に、げんなりとした表情を浮 かべて見せた。
「お前……好きだねぇ。また新しいのを仕入れたのか」
「なんだ、シェンにも違いが分かるのか。ほら、これを見て見ろよ。先の使徒戦の頃のやつ、マニア垂涎の逸品だぜ。日本のケンスケ・アイダ所有のコレクショ ンの一つだ」
 ツィムの指さした先には、制服を着たFGの惣流アスカ・ラングレーが居た。その顔には柔らかな笑みが浮かんでいて、確かに“マニア”なら高値で買い取る ことだろうと想像できる物だった。なるほどと、シェンはその写真を見入った。もっとも彼の関心を買ったのは、アスカの笑みが美しかったことではない。アス カが何かに向かって、優しい笑みを浮かべていると言う事実だった。視線の位置から考えて、それはカメラマンに向かってではないのは明らかだ。ならばそこに 映っていない誰かであるのは確かだろう。シェンはその笑みを向けられた対象に興味があった。
 だが、これはアカの他人が持ったところで意味の有るものではない。それを持っているツィムに対してシェンは大げさにため息を吐いて見せた。
「…ツィム、お前ロリコンの気もあるのか」
 あきれたように言うシェンに、ツィムはニヤリと笑って見せた。
「チッチッチ、それは違うな。美しい物は年齢に関係なく美しいのだよ。しかしだ、この写真を見てその程度の反応とは、全く噂も当てにならないものだ」
 こんな用件で呼ばれたのではないか?友人の趣味に頭痛を感じながら、シェンは自分にまつわる“噂”と言う物を聞いてみた。
「…噂ってなんなのだい」
「お前がロリコンじゃないかってことだよ。しかし、これを見て何も感じないところを見るとロリコンでもないな。だとしたらアリスか少年か……ひょっとした らデブ専、フケ専か?それとも兄貴ぃ〜ってやつか」
「な、なんでそんな話に……」
「だってお前……ユイリを側に置いて女を遠ざけているんだろ?お前がその気になれば、東西南北和洋中、あらゆる美女が選り取りみどりなんだぞ。それをしな いのは、お前の趣味がどこかにいっていると思われてもしかたないじゃないか」
 シェンは、どこかで聞いた言い回しだと考えながら盛大にため息をついた。
「だからと言って、なんで僕が危ない趣味を持たなくちゃいけないんだ。それにどうしてユイリとの噂が立たないんだ?」
 グロリアとの会話でも感じた疑問、恨めしそうな顔をしてシェンは親友にその答えを求めた。
「僻みだよ!」
「何だよその僻みって言うのは?」
「この野郎、自覚が無いのか……」
 本気で分かっていないのかと、ツィムは右手で顔を覆って見せた。そしてずいっとシェンににじり寄って顔を突きつけた。そのての趣味がないことと、そして ツィムの迫力にシェンは半歩下がっていた。
「だいたいお前は龍家の跡取りだろ?言ってみれば10億中華民族の頂点に立とうとしている男だ。まあそれは生まれた家の関係から仕方がないとあきらめはつ く。だが、それはそれでうらやましいことには違いない。だが問題はそんなことじゃない。いいか、お前に影のように従っているユイリ嬢が問題なんだ。どうし てあんな完璧な女性がお前に隷属しているんだ。世の男どもがそれを許すことが出来ると思うか?お前が居るせいで、ユイリ嬢は誰も相手にしようとはしないん だぞ。これをねたまずに居られるかって言うもんだ」
 なるほどと、ツィムの説明にシェンは納得した。確かに端から見れば、自分とユイリの関係は主従のそれに見えるだろう。だが、ツィムはそれを指摘しなかっ たが、ユイリが自分との主従関係をはっきりさせるほど、自分と彼女の間にそう言う関係が無いと際だたせることになるのだ。
「それで嫉妬か?だが、僕とユイリの関係は明らかに主従のそれだぞ。だったら彼女のお相手が僕じゃないことは、ちょっと想像を働かせれば分かるだろうに」
「甘いな、その程度のことはみんな分かっている」
 ちっちっちとツィムは人差し指を突き出し、それをゆらゆらと左右に振ってシェンの認識が間違っていることを指摘した。
「だったらなんで妬まれなくちゃいけないんだ?」
「確かにお前は信頼の置ける人間だ。それは潔く認めよう。だがな、お前の人格ほど、俺達はお前の下半身を信用している訳では無いのも事実だ」
「はあっ?」
「ユイリさんを見てみろ。あの美しさ、あの艶やかさ。あの人を見て、誰も彼女が生娘だとは思うまい。まて、勘違いするな。俺達は彼女の処女性を問題にして いる訳ではない。いや、男を知っている彼女の乱れる姿、それはそれで生娘の畏れる姿とは違っていいものだ……うん」
 何を言い出すのかと思って聞いていたシェンは、熱を帯びて弁舌を振るうツィムに突っ込みを入れる気力を失っていた。
「そぉこぉでぇだっ!!ならば相手は誰かということが問題になる。確かにお前達の間に恋愛感情が無いことは認める」
 『そんなもの認めてくれんでもいい』もちろんそんなことをシェンは口にしない。
「だが、さっきも言ったようにお前の下半身は、お前とは別人格だ。お前に対する絶対服従をいいことに、ユイリさんにあんなことやこんなことをしていると言 うのが想像されるのだ。どうだ、納得がいったか?」
 それまではただあきれていただけだったが、シェンは最後のツィムの一言に行動を起こした。手のひらにはいつのまにかデリンジャーが現れ、その銃口はツィ ムの眉間に押し当てられていた。
「ちょ、ちょっと待て。じょ、冗談だろシェン」
 さすがに剣呑なシェンの行動に、ツィムは狼狽えた。だがそんなツィムに対して、シェンは冷たい視線を向けていた。
「ツィム、君はよき友人であり、良い同僚でもあった。そして共に戦う同志でもあった。だがな、君は触れてはいけないことに触れてしまったのだよ。その罪は 死を持って償なってもらおう」
 はっきりとした殺気に、ツィムは生きた心地がしなかった。歯の根は噛み合わず、膝頭はがたがたと震えた。
「ま、まて……いいじゃないか、お前とユイリさんのことは、ごく個人的な問題だ。た、たとえ、お、お前に嗜虐的なところが有ったとしても、お、俺には関係 のないことだ。お、お前達が納得しているのなら、それはそれでいいじゃないか」
 ツィム自身、焦りからか墓穴を掘っていることに気付かないようだ。
「な、このポスターは全部お前にやる。今となっては手に入らないレア物もあるんだぞ」
「……言いたいことはそれだけか」
「ま、まて……そう言えばネルフの情報が入ったんだ」
「ネルフの情報?」
 ほんの少しシェンが興味を示したことに、ツィムは一筋の光明を見つけそれに縋り付いた。
「あっああそうだ。お前に頼まれていたやつだよ。な、俺を殺したらそれもわからなくなるぞ」
 だがツィムの願いもむなしく、シェンはそれに乗ってくることはなかった。
「お前のコンピューターに入っているのなら引き出せばいい。僕の前で言うことを聞かないコンピューターはないよ。Good bye ツィム」
 その言葉と同時にシェンは引き金を引いた。パンと言う音とともに飛び散るはずの鮮血はそこにはなかった。ツィムはいつまで経っても訪れない死に、恐る恐 るつぶっていた目を開けた。
 そこにあったのはニヤついているシェンの顔と、中国の国旗が飛び出ている銃口だった。その光景にツィムは口をぱくぱくと動かすだけだった。
「シ、シ、シ、シ……」
「僕の嗜虐的な所は認めているんだろう?さあ、直にネルフの情報を見せてくれないか」
 ツィムはかくかくと人形のように頭を動かすと、手早くキーボードを操作した。もう少しで漏らすところだったぞとの抗議は、しっかりと飲み込んだ。コン ピュータのモニタに動画像が映し出された。そこには遊星Zから、何かが飛び立つように分離している姿があった。
「これは?」
「し、正体はわからん。ただ目的地は分かっている」
 ようやく落ち着いたのか、ツィムはシェンの質問に答えることが出来た。
「どこだ」
「地球だ……今の速度を保てば、およそ1ヶ月後に到着する」
「いよいよ来たのか……で、このまま衝突したときの被害の予測は?」
「何百万トンの質量だ……それが空から降ってくれば……まあノストラダムスの予言の22年遅れと言うところだろう。少なくとも大陸一個が消滅するね」
 ツィムの説明に、ふむとシェンは考え込んだ。
「それで、予測による落下位置と落下時刻は」
「29日後、グリニッジ標準時で13:00プラマイ1時間だ。落下位置はドイツベルリンを中心にして南北に1000km東西に1600kmの範囲。このま ま何の手も打たなければヨーロッパは地図の上から消滅するよ。もっともその後に地図を書く人間が残っていればの話だがな」
「ドクター・イワノフ=ツィンメルマンの所見はどうだい。人類はこれから何をすればいい?」
「そうだな、俺がネルフなら迎撃のシャトルを打ち上げる。そして、ありったけのN2ミサイルを撃ち込んで破壊、もしくは軌道の変更を行うな。で、おれとし てはだ、残された時間を有効に使うべく、ドイツに行ってアスカ嬢のご尊顔を拝してくるな。何ならナンパして、お近づきの機会を得ようかと思っているよ」
 ツィムの軽口に、よほど状況は悪いのだろうとシェンは考えた。いったいネルフはこの事態をどう発表するのだろうか。シェンの興味はそちらに移った。人類 を襲った未曾有の危機。6年前は極秘のうちに処理され、公開されたのは全てが終わってからだった。今度はどうなるのだろうと。
「それでお前はどうするんだ……シェン司令」
「日本に行く……旧第三新東京市の近くに土地と建物、その他必要となる機材を用意している。足りない人材はこれからスカウトすることになるが、すぐにでも 実行だ。あまり時間は残されていないようだしね」
 ツィムはシェンの言葉に前から疑問に思っていたことを口に出した。何故彼は自力で行うことにこだわるのかと。
「なあシェン、何故ネルフに協力を求めない。それよりも何故ネルフに協力しない。俺達の力なら彼らにとっても有用なはずだぞ。それにお前ならスモールのパ イロットに成れるかもしれん。その方が間違いなく人類の為になるぞ」
「ツィム、確かにお前の言うことは正しいのかもしれん。だがこちらにも事情が有る。だからおいそれとネルフに協力するわけにはいかん。俺は自分、そして我 が同胞が生き残る最善を考えなくてはいけないのだが、そのためにはネルフに協力しない方が良いとの結論を得ただけだ」
「だがな……」
 それはおかしいんじゃないかと口に仕掛けたが、ツィムはそれ以上言葉を発することはなかった。これまでのつきあいで、この男が口にしたことを曲げないこ とは分かり切っていたのだ。
「分かったよ。元々向こうから迎えにこないというのが気に入らなかったんだ。いいだろう、直接売り込みに行くより、成果を突きつけてやった方が高く売れ る。で、日本に行って何をやるんだ。俺達だってできることは知れているぞ」
 ツィムの指摘に、ニヤリとシェンは口元を歪めた。
「確かに一から作っていたら大したことはできない。だから頂くのさ、今ある物を」
「お、おい……今ある物ってまさか……」
 ツィムはシェンの言葉の意味するところに震撼した。何故第三新東京市なのか、その意味がようやく理解できた。
「そう、封印されている旧ネルフ本部さ。そのための手は打ってある」
「手は打ってあるって…おまえ」
「まあそう言うことさ。じゃあ俺は帰ることにするよ」
 シェンはそう言って、ツィムの背後に向かって目配せをした。それに気づいたツィムは、後ろを振り返って盛大に驚いた。今度こそは本当に漏らしていたかも しれない。
「ユ、ユ、ユイリさん……い、いつのまに」
 その狭いスペースに、ツィムに気づかれないまま侵入すること自体、どう考えても不可能に思えるのだが、実際ユイリはわずかなスペースにちょこんと腰を下 ろしていた。知らない内に背後をとられたのも重大なことだが、それ以上にツィムにとって先ほどまでの会話が彼女の耳に入ったことが問題だった。とっさに、 軽い冗談だからと誤魔化そうとしたツィムだったが、それよりも早くユイリが口を開いた。
「シェン様、今晩いかがでしょうか?」
 そう言ってにこりと微笑んだユイリの美しさは、賞賛を通り越し、恐怖すら感じさせるものであった。










続く

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