謎の敵、使徒、そして人間。人類の存亡を掛けた戦いは意外な展開を迎えていた。殲滅したと思われていた使徒が再生し、今度はあたかも人類を守るよ うに敵と対峙していた。いや、たまたま同じ相手を敵として認識しているだけかも知れない。それでも同時に二つの敵を相手にするよりは遙かに都合がいいのは 確かだった。何より、自分たちより先に使徒が戦ってくれることで、未知数であった敵の力を垣間見ることも可能になるのだ。ネルフは、いや人類はこの戦いを 固唾を呑んで見守った。













Neon Gensis Evangelion

Endless Waltz

- 4th Episode -












 不思議な光景である。かつて人類の敵として戦った使徒が、今こうして未知の生命体と向かい合っている。だが敵は姿だけは人間のようであり、しかも 何の冗談か神話から抜け出てきたような姿を見せている。この光景だけ見れば、どちらが悪役なのか分からない。そのことが、後からどのような影響を及ぼすの か、このときのミサトはまだ気づいていなかった。
「あいつらがこんなに頼もしく見えるとは思わなかったわ」
 ミサトは未知の敵の前に展開する使徒達に向かって、かつてなら感じなかった感想を抱いた。今目の前に居るのはネルフに取ってもっとも苦しめられた3体と 言っても良い。ラミエルにはその強力な過粒子砲に、ゼルエルにはその戦闘力。アルミサエルには変幻自在な動き。今のチームで戦っても勝てるという確信の無 い相手ばかりである。それが今自分たちの敵と対峙しているのだ。人類にとって共倒れになってくれるのがベストだが、最低でもどちらかの戦力を割いてくれれ ばそれで十分である。


 地上での戦いは始まっていなかった。だが、そのころすでにネルフの知らないところで戦っている者も居た。その大きさは敵と比べてあまりにも小さい ため、観測の網に掛かることは無かった。だがその戦いは、サイズの大きさとは反対にとても大きなものだった。遙か上空で敵と対峙したのは、白いの髪に赤い 瞳、雪と見まごうほどの白い肌をした男女だった。かつて渚カヲル、綾波レイと名乗った者達は、身を寄せ合いながら上空をにらみ付けていた。彼らの目の前に あるのは、オレンジ色に輝く光の壁、その壁を挟んで少年達と謎の球体がせめぎ合っていた。
「カヲル……大丈夫?」
 レイは感情に乏しい顔で、隣で苦痛に顔をゆがめている男に尋ねた。しかしカヲルにはよく分かっていた、彼女は表情を出すことが出来ないだけで、その心は 驚くほど感情豊かであることに。だから彼はできるだけの我慢をして、彼女に答えた。
「あまり大丈夫とは言えない。一部とは言えさすがに彼らは強力だね。あとどのくらい保つか保証できない」
 ひしひしと押し寄せてくる圧力は、カヲルに護られているレイにも届いていた。そしてレイには、カヲルの力でも支えきれないことを分かっていた。
「…私も力を貸すわ」
 だがそう言ったレイに、カヲルは首を横に振った。
「いけない、レイには逃げて欲しい。今レイが力を貸してくれても状況は変えられない。君が倒れたら、リリンを支えているATフィールドが消え去ってしま う。そうなったら全てが終わりだ」
「…逃げるって、どこに逃げればいいの。あなたが突破されたら、終わりなのに」
「どこか遠くさ、少なくともここにいるよりは時間が稼げる」
「時間を稼いでどうなるというの。結果は変わらないわ」
「諦めてはいけない。リリンは諦めないよ」
「でも……いかりくんは居ないのよ」
 その女の言葉に、一瞬カヲルは言葉に詰まった。
「それでも彼らは諦めない。だからレイが諦めるのは彼らが諦めたあとにして欲しい」
 苦しそうに前方を見つめるカヲルの姿に、レイはそれ以上の反論をすることができなかった。確かに自分が飲み込まれることによって、リリンを形作っている ATフィールドは消え失せる。そうすればごく一部を除いてリリンは地球上から消え失せることになってしまう。すなわちそれが人類の終わりである。
「…彼ら、勝てるの」
 レイは地上で敵と対峙している仲間の姿を見つめた。
「無理だね。アダムの力抜きでは相手にもならない。せいぜい敵の力をリリンに見せることができるぐらいだろう」
「…そう」
 女は遠く東の空を悲しそうに見つめ、つぶやいた。すべての祈りを込めるように。
「いかりくん……あなたはどうしていないの……」




 まるですべてが凍り付いたように、その世界はすべての音を無くしていた。対峙する二つの大きな力、双方動きのないままただ時間だけが過ぎていっ た。お互いの出方をうかがうように。しかし情勢は確実に使徒達にとって悪くなっていく。何しろ上空で渚カヲルが支えきれなくなった途端、勢力のバランスは 大きく傾くのだ。
 使徒と敵との対峙を固唾を飲んでみ守っているネルフでも、敵の弱点を知るため観測の手は休むことがなかった。そんな中、膠着した状況が動き出した第一報 は、使徒を観測していたオペレータから飛ばされた。
「ラミエルの外周部を高エネルギーが収束していきます。と、とてつもないエネルギーです。われわれの陽電子砲の10倍以上のエネルギーが収束していきま す」
 次に起こる光景は分かりきっていた。第五使徒ラミエルの持つ強力無比な武器が敵に対して使用されるのだ。次の瞬間、スクリーンを白い光が覆い尽くした。
「やったの!」
 ホワイトアウトした、スクリーンに向かって期待を込めてミサトは叫んだ。あの出力ならエヴァでもひとたまりもない。文句の付け用のない圧倒的な攻撃だっ た。だがその期待も、観測データを見つめていたオペレータから報告が入るまでの事だった。
「目標依然健在です。質量、エネルギー反応共に変化ありません」
 その報告に、オペレーティングルームのスタッフは呆然とスクリーンを見つめていた。ハレーションの消えたスクリーンには、何ら変わりのない敵の姿が映し 出されていた。
「エヴァに連絡。武器を全員槍に持ち代えて。私たちの陽電子砲じゃあ、役にも立たないわ」
 ミサトは直に決断を下した。使徒の攻撃は役には立たなかったが、それでも貴重な情報を提供してくれた。
「再度ラミエルにエネルギー反応。さ、先程の2倍の値を示しています」
 そこまで力を出す事が出来るのか?オペレータの声には、使徒の持つ力への怖れがにじみ出していた。そしてオペレータの言葉を裏づけるように、ラミエルか らは先程よりも強い光の帯が放たれた。今度も瞬間スクリーンはホワイトアウトしたが、先程と違ってエウロパは瞬時に光量の調整をなし遂げた。
「なんなのよ、あれは」
 ラミエルの放った過粒子は、途中何の邪魔も受けず敵へと到達していた。予想されたATフィールドによる防御が無いにもかかわらず、スクリーンに映った敵 にはなんの損傷も見うけられなかった。確かに敵の腹部に過粒子砲が吸い込まれていったのが確認できた、それなのに何の変化も起こらないのだ。
「敵の状況は……」
「熱、質量ともに変化ありません。まったくもとのままです」
 ちっ、とミサトは小さく舌打ちをした。これじゃあ効かないと言うだけで、何の情報もないのである。
 3度目の攻撃のため、ラミエルの外周部にエネルギーが集まろうとしたときのことだった。それまでは何の動きも見せていなかった敵が、その時初めて動きを 見せたのだ。顔には相変わらずにやけた笑いをはりつかせていたが、だが見ていた者は次の瞬間恐怖に叩き込まれた。正体不明の敵は、すっと右手を差し出し、 その手のひらをラミエルに向けた。たったそれだけだった。だがその瞬間、手のひら大の穴がラミエルに穿たれたのだ。それはラミエルがATフィールドを展開 する間もない出来事だった。
「な、何が起こったの」
 目の前を崩れ落ちていくラミエルの姿に、ミサトは呆然とするしかなかった。何がどうなったのかは分からない。だが結果として第五使徒はせん滅されてい た。
「え、エネルギー反応はありませんでした。攻撃方法は不明です」
 さすがのオペレータ達も、あまりの出来事に呆然とスクリーンを見つめてしまった。しかし、これをきっかけに戦況は動き出した。
 定点で旋回運動を続けていたアルミサエルは、そのつながりを解いて一条の光の帯となった。そしてそのまま敵のもとへと殺到し、その動きを絡めとるように 縄となって敵を縛り付けた。それを待っていたかのようゼルエルも動きを見せた。ゼルエルは折り畳まれた腕を伸ばすと、それを敵の首へと飛ばした。鋭利な刃 物のようなゼルエルの腕は、敵の首を跳ね飛ばすかと思われた。しかしその腕も、敵の首の皮のところで止められ、ぴたりと前に進まなくなった。
「ATフィールドの展開は?」
「ありません、まったくの無防備のはずです」
 エヴァの装甲すら問題としなかった攻撃だ。何らかのフィールドを展開しているかと予測したミサトだったが、オペレータからはATフィールド観測の報告は なされなかった。ATフィールドは無展開なのである。だがそれにも関わらず、ゼルエルの攻撃は、敵の体を切り割くどころか傷一つつけることは出来なかっ た。それにじれたのか、ゼルエルはビーム兵器に攻撃方法を変更した。しかしそれでも結果は同じであった。ラミエルの攻撃が役に立たなかった事から想像はつ いたのだが、敵の頭の上で爆発が起こるだけで、一向に敵が傷ついた様子は見られなかった。これでは、攻撃が効かないという以外、何の情報も得られていな い。戦術分析を行っていたオペレータも、これにはお手上げの状態だった。
 それでもアルミサエルの束縛が功を奏しているのか、今の所敵からの反撃はない。しかしこのままでは状況が好転するとは思えなかった。
「アルミサエル、敵に侵食していきます」
 スクリーンでは、アルミサエルが敵の体に侵食していくのが映し出されていた。だがミサトは、その姿に何か違和感を感じていた。
「アルミサエルのパターンはどうなっているの」
 疑問の正体は何だろう、ミサトはオペレータの一人に声を掛けた。
「変化ありま……いえ、変化ありました。波形がだんだん微弱になっていきます」
 アルミサエルの生体パターンが弱くなっていく。それの意味するところは一つである。
「吸収されているの……」
 信じられない出来事に、ミサトは呆然とつぶやくことしかできなかった。
 そしてミサトの言葉を裏づけるように、敵の体の上でアルミサエルはもだえ出した。しかし、一度同化した部分は引きはがすことも出来ず、そのままずるずる と敵の体と一体化を続けていった。その間にもゼルエルからはビームの攻撃がやむことはない。しかしその攻撃も何も状況を変えることには役立たなかった。
 目の前に展開された圧倒的な光景に、ミサトは作戦の変更を迫られていた。接近戦を行ってはアルミサエルの二の舞になる。かといって遠距離からの攻撃に有 効な方法がない。結局はレプリカとは言え、ロンギヌスの槍の威力に頼るしかない。
 アルミサエルは断末魔の苦しみからか体の一部を痙攣させたが、そのまま何も起こる事無く敵の中へと消えていった。後に残されたのは何の様子も変わらない 敵の姿と、役に立たない攻撃を繰り返しているゼルエルの姿だけだった。
「こんなやつ……どうしろって言うんだ」
 決して吐いてはいけない弱音がオペレータから漏れた。しかし誰もその言葉をとがめだてすることは出来なかった。
 スクリーンには、狂ったように攻撃を加えているゼルエルの姿が映し出されている。あれほど恐怖の対象であった第壱拾四使徒ですら、今の敵からすれば子供 のように思えてしまう。
「敵、動きます!」
 その報告に、全員の視線はスクリーン上の敵に集まった。
 先程と同じようにゆっくりと手が上がり、手のひらがゼルエルの方に向けられる。やはり今度もそれだけだった。ただ先程と違っていたのは、ゼルエルがAT フィールドを張っていたことだった。しかしその抵抗もむなしく、赤い壁は手のひら大の穴が穿たれ、そしてそれはコアにも同じ穴を開けていた。
 ゼルエルの体は大きく地響きを上げて崩れ落ちた。その音は、ミサトには希望が崩れていく音に聞こえていた。ATフィールドですら、敵の攻撃を防ぐ事が出 来ない。それは自分達を守る鎧がはがされたのと同じ事なのだ。
「エヴァ隊、行動開始。現場指揮は、アスカ……臨機応変にお願い。出来たらレールガンの射程に誘い込んで……」
 モニタに映し出されたアスカの顔はこわばっていた。その顔を見て、ミサトは自分の顔も同じようなものだろうと想像した。しかしそれは無理もないことだっ た。かつて自分達があれほど苦しめられた相手が、いとも簡単に倒されたのだ。これから行おうとする戦いが、いかに望みの薄いものなのかを思い知らされたの だ。
「分かったわ、ミサト……」
 アスカは唇を噛み締めると全員に号令を掛けた。
「行くわよみんな。接近戦は避けて槍で攻撃します。1番から10番……投擲用意」
 すばやく敵を取り囲んだエヴァ部隊は、槍を構え投擲の用意をした。そしてアスカの号令の元にいっせいに敵に向かって投げつけた。10本もの槍が敵へと殺 到していく、しかし敵はその攻撃を避けるそぶりも見せなかった。
「決まったの……」
 スクリーンに映し出された光景にミサトは小さく呟いた。10本もの槍が突き刺さっているのだ。これで倒れてくれなければ手の打ちようがない。
 だがネルフの期待を裏切るように、敵は体に突き刺さった槍を気にする事はなかった。10本物槍が突き刺さっているのにも関わらず、ゆっくりと持ち上げら れた手のひらは、正面に居たスモール達に向けられた。
「逃げてっ!」
 ミサトの言葉よりも早く、手のひらの向いた方向にいたスモールたちは回避運動をとった。この点だけは使徒達に感謝しなくてはならない。2柱の使徒がこの 攻撃でうち倒された事で、敵の攻撃の危険性がパイロット達にも叩き込まれていたのだ。緩慢な動作でむけられる手のひらは、その驚異さえ判っていれば十分に 避けうるものだった。
「11番から30番、一気に行くわよ」
 アスカの号令で残りの20本の槍が敵へと殺到した。いくら強靭な生命力でも、30本もの槍が突き刺さっては一たまりもないだろうと誰もが考えた。しか し、結果は想像を超えるものであった。
 ドクンとその体が震えたかと思うと、敵の体つきは一回り大きくなった。それは体に突き刺さった槍達を、自が体の養分としてとり込んでいるようだった。そ のあまりの光景に、誰もが動く事も忘れて立ち尽くした。
 過粒子砲でもだめ、ロンギヌスの槍でもだめ……これでは打つ手がない。それが誰もが抱く、正直な思いだった。
「棒立ちになっちゃだめ、回避運動を忘れないで」
 それでもいち早く精神的に立ち直ったアスカは、チームに檄を飛ばした。もしその檄がなければ、敵の攻撃でかなりの損害が出たことになっただろう。だがこ れでネルフの打てる手は尽きた。正確にはまだ一つだけ方法は残されていた。だが、それを行うには一つの条件をクリアする必要が有った。
 ネルフの持つ最終兵器、それはネルフ本部を中心にした半径1kmのガイドレールを持つレールガンだった。超伝導コイルによる加速で約1トンの質量を持つ 劣化ウラン弾を、第2宇宙速度まで加速して打ち出すそれは、弾丸の軌跡に引き起こされるショックウエーブと、直線上にしか打ち出せない事が使用条件を著し く制限していた。だがその大掛かりな仕掛けのため、使用さえ出来れば最大の破壊力を期待する事が出来た。
 しかしその取っておきを使用するためには、敵の位置をネルフ本部の方に移動させる必要がある。実はこれが一番の問題なのだ。何しろ出現以来、敵はその位 置から一歩も動いていないのだ。つまりレールガンは宝の持ち腐れ状態にあった。
 このままでは埒があかない……誰もがそう考えた時、敵が新たな動きを見せた。右手の人差し指を天高く突き出したのだ。その瞬間エウロパのスクリーンはホ ワイトアウトした。
「な、何があったの」
 思わずミサトはスクリーンの方に一歩足を踏み出した。
 通信機からはノイズしか聞こえてこない、エウロパのモニタを見つめていたオペレータから焦りを含んだ声が上がった。
「か、雷です……エヴァに大規模な落雷があった模様……」
 エウロパのモニタに映し出されるデータが読み出されていった。そこには数百万アンペアの電流が瞬時にエヴァを貫通したのが示されていた。スクリーンがホ ワイトアウトから回復した時、そこには何体もの炭化したスモールの残骸が映し出されていた。全滅こそしていないが、大きな打撃を受けたのは確かだった。約 半数のスモールが一瞬のうちに消滅させられ、生き残ったスモールもかなり被害を受けていた。
「敵から距離を取って、体勢を立て直すわ!」
 悲鳴の様にアスカの声が響いていた。流石というか、敵の攻撃も弐号機には届かなかったようだ。だが味方が目の前で消し炭にされてしまったのだ。精神的な 衝撃は大きな物が有った。いつもの怒鳴り声とは違う悲鳴のような声は、彼女の感じた衝撃を物語っていた。
 残ったスモールは、アスカの指示に従って距離を取ろうと動き出した。だが辛うじて生き残ったスモールでは、次に襲った敵の攻撃を避ける事が出来なかっ た。次々と沈黙していくスモールに、誰もが自分たちの無力さを感じ、唇を噛んだ。
「ミサト……レールガンの用意は出来ている」
「…出来ているけど……何をするつもりなの」
 追いつめられたアスカの声に、ミサトは不吉な予感を感じた。
「アイツを担いで射程に持っていくわ。私たちに残された武器はそれしかないから……」
「むちゃよ……アルミサエルを見たでしょう。奴に取り込まれるわよ」
「…判っているでしょう。私たちに後がない事ぐらい。撤退が有り得ないのなら、最後の手段に賭けてみるしかないじゃない」
 アスカの言葉に、ミサトは反論する事は出来なかった。わずかな可能性とは言え、残された手段が有るのなら、それに賭けてみるしかないのだ。
「マイケル、ステファン……悪いけど付合ってもらうわ。どうやら後はアンタたちぐらいしかまともに動けそうにないからね。アタシに命を預けてちょうだ…… 何をするのよ!」
 アスカの号令を待たずして、残っていた5体のスモールは敵の背後に取り付いた。
「機体を捨てるのは俺達だけでいい。アスカは最後まで見ていてくれ……もしこれでだめなら……後は頼む」
 5体のATフィールドが共鳴しているせいであろうか、通信も途切れがちだった。スモールの張るATフィールドが目にみえて強化されているのにも関わら ず、最前列のスモールは敵と同化を始めようとしていた。
「バカ……自殺願望なんて流行らないわよ」
 見ている事しかできないアスカは大きな声を上げた。
「大丈夫だ、土壇場でエントリープラグをイクジットする。回収の方はよろしく頼むよ」
 5体のスモールの力に、持ち上がらないまでも敵の体がずるずると移動を始めた。だがその間にもマイケルとステファンの機体の融合は進んでいった。
「残りの距離、アスカ……誘導を頼む」
 通信モニタには苦痛に歪んだマイケルの顔が浮かび上がっていた。敵との融合は、パイロットに大きな精神的な苦痛をもたらしていた。
「そのまま真っ直ぐ……後1km。カウントダウンをするからエントリープラグイクジットの準備をしなさい」
 敵はずるずると大地を削りながら動いていった。
「後300……200……」
 オペレーティングルームに緊張が走った。エウロパの照準システムはすでに敵の体を捕らえていた。刻一刻と変わっていく補正値が画面の上を流れていった。
「……100……0、射程内に入りました。全スモール目標および軌道上から離脱してください。離脱後直ちにレールガン発射……」
 この指示によって物理融合していないスモールは直ちに離脱、そして物理融合をしていたスモールからはエントリープラグが射出された。
「レールガン発射……目標を粉々にしてやりなさい」
「レールガン発射します」
 オペレータの復唱とともに、大地の上に深い溝が刻まれていくのがスクリーンに映し出された。1トンの弾丸が作り出したショックウエーブが大地を刻んでい く。
「2、1、0……着弾しました」
 いっせいに見つめられたスクリーン上では、敵の腹部にめり込む劣化ウランの弾が映し出されていた。全員の意識は、次に起るであろう反応に向けられてい た。
 しかし次の瞬間に見せ付けられたのは、絶望の象徴だった。へこんでいた敵の腹部だったが、ゆっくりと元の形を取り戻すと、そこからつぶれた金属隗が吐き 出された。最後の望みを掛けた必殺兵器も何のダメージも与える事はできなかった。
「第二射まで後1分……」
「無駄だ……」
 司令席から諦めの言葉が響いた。
「我々には奴に有効な武器はない……残念だが……人類は、終わりだ」
 重々しく響く司令の声に誰も反論する事はできなかった。人類の英知を結集したというネルフの武器ですら何の効果も得られなかったのだ。
「司令、全員に待避の指示を……」
「待避?どこに逃げろと言うんだ。アンスバッハの街の映像を見ただろう。シェルターにいても意味がなかったんだ。我々に逃げるところなどどこにもないよ」
 司令の言葉にミサトは唇を噛んだ。確かに逃げるという事は気安めでしかない。
「冗談じゃないっ!私たちは負けていられないのよ!」
 スピーカーからアスカの声が響いた。そこには槍を振りかぶって、正面から敵に向かって突進していく弐号機の姿が映し出されていた。それを向かえ撃つよう に敵の手のひらが上がっていった。どう見ても間に合わない。誰もが次に訪れるアスカの死を予感した。
「でぇえ〜ぃ!」
 だが予想した死は訪れず、そのまま突っ込んだ弐号機は、大きなかけ声とともに槍を敵の頭から振り下ろした。そしてもたらされた結果にアスカ自身が驚い た。目の前で敵が頭から半分に断ち割られているのだ。
「て、敵から一切のエネルギー反応が消失……やった、やりました……生き残ったんです……」
 その後は言葉にならなかった。絶望の淵にいただけにその喜びは大きかった。大きな歓声とともにオペレーティングルームの全員は抱き合って喜び、全員がセ カンドチルドレンの功績を褒め称えた。
 しかし勝利に浮かれるオペレーティングルームの中、ただ一人冷静に現実を見つめている者も居た。そして作戦に参加したエヴァの中にもまた同様にその思い を抱いている者が居た。前者がミサトであり、後者がアスカであり、ステファン、マイケルであった。彼らにとって、この勝利は納得のいかない物であった。な ぜならアスカの特攻は敵の攻撃によって粉砕されていたはずなのだ。それなのに、敵の攻撃はなされず、アスカの攻撃は届いた。いったい何が有ったのか……理 解できない現象に、疑念が彼らに広がっていった。
 その頃、彼らの知らないところの戦いもまた、終わりを告げていた。
 渚カヲルによって押さえられていた敵は、地上での敵の殲滅の後に唐突に現れた次元の穴に飲み込まれ、その存在を消滅させた。そしてその次元の穴は渚カヲ ル、綾波レイをも呑み込み消えていった。
 こうしてとりあえずの危機は去ったかに見えた。だが次なる恐怖がネルフ北米支部から届けられた。敵を倒した直後、前回に倍する質量が遊星Zから離脱した のだ。到着予想時刻は30日、それがネルフにとって体勢の建て直しに残された時間だった。









続く

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