どんな形にしろ敵が撃退された事実は、人々に勇気を与えた。だが目をそらすことのできない大きな傷跡が残ったことも確かだった。どんな手段を使っ たのかはわからないが、敵は一瞬にして消滅という形で10万人もの命を奪ったのだ。次に敵が襲来するまでの短い間に、どうやって民間人を保護するのか。そ の対策を立てることが急務された。そしてまた別の問題もあった。この事件を公開するか否かである。事件の規模から言って、完全に隠しとおすことは不可能な のだ。かといって、真相の公開は世界レベルのパニックを引き起こすことにもなりかねない。その問題を話し合うため、各国代表を集めた議論は夜を徹して行わ れた。敵の強力さと、引き起こされるパニックの規模。容易に結論は出ないかと思われた議論だったが、ある代表の一言が議論に決着をつけた。
「我々には世界を救った女神が居る」
 この女神が誰のことをさしているのかは一目瞭然である。本人には不本意なことであるのだが、アスカはこうして再び戦いの女神として奉られることになっ た。













Neon Gensis Evangelion

Endless Waltz

- 6th Episode -













 世界を救った女神として、アスカの姿が大々的に宣伝される一方、ネルフは大きな問題を抱えていた。すなわち、次なる迎撃体制の建直しと武器の改良 である。どちらも残された時間はあまりにも少ない。今回の戦いで30人居たスモールのパイロットのうち生き残ったのはわずか5人。30機のスモールのうち 生き残ったのはわずか3機。スモールの機体は、予備機をかき集めれば10体までは確保可能だった。だが問題はパイロットであるもともと数少ない“適格者” を集めていたのである。しかも戦いまで残された日数が少ないことを考えると、運良く新たな適格者が見つかったところで、たいした訓練が行えるとは思えない のだ。だがそれでも、それをやらないわけにはいかない。勢い葛城ミサトは、かき集めた資料から候補生を選抜しなければならなくなった。
「いないよりはましとは言え、気が進まないのは確かよねぇ」
 訓練をつんだパイロットですら生還率は17%なのだ。急ごしらえのパイロットを投入した場合、その結果がどうなるか想像に難くない。それでも自分たち は、人類の未来のためという名目で、将来を担う若者を死地へと送り込もうとしている。
「結局やっていることは変わらないのか」
 罪悪感で自己を正当化し、ミサトはリストにチェックを入れていった。ミサトのチェックに通った候補者は、栄えある“スモールのパイロット”として選抜さ れ、次の戦いでは盾として参戦することになる。
「Bランクより上って20人しかいないのか……」
 対象をCランクまで広げて10日で絞るか、と考えながら一枚一枚ミサトはリストをめくって行った。その中にはAランクとしてシェン・ロンの名前もあっ た。その名前にたどり着いたとき、ミサトははっきりと顔を歪めた。
「気に入らないのよね……」
 それは敵を撃退して以来、ネルフがミサトが抱きつづけてきた気持ちである。エウロパで解析するまでもなく、敵は弐号機が槍で切り裂く前に殲滅されていた のである。しかも画像の分析からは、敵が自滅したとは考えられないのだ。ならば誰かが手を下したことになる。
「となると一番臭いのがこいつなのよね……」
 疑わしいことは幾つもある。よりによって、旧第三新東京市に研究所を構えたのか?それに歩調を合わせるように失踪した旧ネルフの関係者たち。疑い出した らきりがないほど状況証拠が出てくるのだ。それでもネルフが動かないのは、肝心の初号機が動いたと言う証拠がないためである。碇シンジが死んだと認定さ れ、他の候補者で起動できないと認定されたとき、初号機への通路は病的なほど完全に遮断されたのである。再びそこに立ち入るためには、かなり大掛かりな土 木工事が必要なほどにである。しかも、初号機に対する監視カメラは生かされたままである。それに加え、周辺にはATフィールドの測定器まで設置されている のだ。初号機が指一本でも動かそうものなら、たちどころに警報が全世界を飛び回る仕掛けになっていた。
 だが、その監視網には何一つも引っかかっていないのである。それだから、いくら疑わしくてもシェン・ロンはシロであるとして放置されているのである。そ してもう一つ、絶対に初号機が動かないと言う情けない確信があったのも確かである。
 それでもミサトは、この男が何も企んでいないとは思えなかった。それを第六感と言うのならそうであろう。この男の顔写真を見たときから、ミサトの頭の中 で警報灯が忙しく明滅するようになっていた。
「でも、口実はできたわね……」
 シェン・ロンが適格者としてAランクであったことをミサトは感謝した。




 きれいに手入れされた芝生の上、4人の男女がテーブルを囲んでいた。青く晴れわたった空の下、交わされている話はとてもその空気に似合わない物 だった。銀髪の男女と金髪の女性、そして黒髪の男性、その中で金髪の女性は難しい顔をして銀髪の男女をにらみつけていた。
「あなたたちには分かっていたと言うの、つまり……」
 少し語尾が震えたその言葉に、銀髪の青年は静かに肯いた。
「死海文書の解釈が誤りだったと……」
「誤りと言うのは正しい見方ではないね。ゼーレの試みは死海文書から導かれる一つの世界ではある。ただ、真に重要なことを理解していなかったと言うこと さ」
「あなたたち使徒は、この敵と戦うためにアダムと一つになろうとした……」
「それは正解ではない。僕たちは逃げ出そうとしていただけだからね。沈みかけた船からねずみが逃げ出すのと同じことだよ。アダムは僕たちにとって箱舟の役 割を果たしていただけさ。だがそれは失われてしまったけどね……」
 リツコにとって、その言葉は信じていた物を根底から否定する物であった。しかし実際に使徒達がカヲルの言う“オリュムポス”の使者と戦ったのを目の当た りにし、更に一瞬のうちに10万もの人々の命が失われたことを考えれば、リツコには彼の言葉を否定する理由はどこにも無かった。
「君たちの戦いが間違っていると言うつもりはないよ。君たちは戦わなければ、オリュムポスの使者が来る前に滅びていたからね。それに君たちは彼らを撃退す る力を手にしている」
 カヲルはそう言うと、横で黙って話を聞いているシェンの顔を見た。確信は無いのだが、初号機が動いた以上シンジが居ると見るしかないのだ。しかもここに 居る男からは、シンジに似た匂いも感じられた。だからカヲルは強引に話を持っていき、シェンの反応を伺ってみることにした。
「そうだろう、シンジ君」
「君たちの誤解を解いておこう。僕はシェン・ロン、龍家次期当主だよ。君たちが碇シンジと呼ぶ人物は、僕とは別人だよ」
 だが探るようにして見たカヲルとレイに、シェンはきっぱりとそうではないと言い切った。
「その証拠に、僕では初号機は動かすことはできない」
「だが、初号機は動いた。ならば誰がそれを成したんだい?」
「あなたが碇君ではないの?」
 そこには二人の希望が見えていた。目の前に居る人物が、いや碇シンジが生きていて欲しいと言う。
「いや、違う。僕は碇シンジではない」
 リツコは、その時綾波レイの顔に浮かんだ落胆に、新鮮な驚きを感じていた。あの綾波レイが、こんなにも分かりやすい感情の表現をするとは考えられなかっ たのだ。
「なら、誰が私たちを助けたの?」
 自分たちを助けた存在、それが碇シンジだとの思いでレイはシェンに詰め寄った。
「それを教えることで、何か僕に利益はあるのかな?」
 怒気をこめたレイの顔に臆することなく、シェンは涼しい顔をして尋ねた。見返りは何なのかと?
「あらシェン、あなたが見返りを求めるのなんて珍しいわね」
 シェンの態度に、リツコはからかうような言葉を吐いた。確かにシェンが、相手に対して見返りを求めるのは珍しいことだった。
「二人の立場がはっきりとしていませんからね。僕の客人になるのか?それとも僕の敵となるのか?それに初号機のパイロットを二人に合わせることが良いこと なのか僕には分からない。だからそれ相応の見返りが欲しいと要求したんですよ」
 シェンの言葉に、なるほどとリツコは頷いて見せた。
「僕たちが力ずくで来るとは思っていないのかい?特にレイはその点について、少しも躊躇いはないよ」
「できるものなら……」
 試して見れば良いというシェンの態度に、カヲルは少しだけ脅して見ようとした。だがそのためにATフィールドを展開しようとしたとき、背筋を凍りつかせ るような殺気に身動きを止められた。
「お止めになっていただけますか?」
 鈴をころがすような美しい声が、これほど恐ろしい意味合いを持つとは、さすがの渚カヲルも想像しなかった。しかも彼のテリトリーに、何の痕跡も無く侵入 してきたという事実、それはカヲルのみならずレイも震撼させた。単純に考えれば、正面からやり有って負けるはずはないのだが、それでもはっきりとした死の 恐怖を二人同時に感じていた。
 それほど見事に、ユイリは渚カヲルの背後を取っていた。
「ユイリ、そこまでにしておいてくれないか。彼も本気じゃないからね」
 シェンのとりなしで、ユイリは二人の肩に置いていた手を外した。二人がATフィールドを張る間も無いわずかの間の出来事だった。
「シェン様もお止めになっていただけますか?無用にお二方を刺激なされるのはらしくありません」
 ユイリの声には、シェンを責める色相はまったく無かった。それはただ淡々と事実を述べると言うものだった。
「確かにユイリの言う通りだ。少し君に頼り過ぎたようだ」
 シェンの謝罪に、ユイリは顔色も変えず後ろに下がった。リツコから見れば、かつてのレイの方がよほど表情が有ったと思わせるユイリの顔だった。
「申し訳無いが、僕達は約定によって初号機のパイロットを隠している。彼が僕以外の人の目に触れるのは、彼が望んだ時だけだ。だから彼が君たちの前に現れ る決心をするまで待ってもらえないか?」
 ユイリにたしなめられた為も有り、シェンは二人の使徒に向かってそう言って頭を下げた。その行為自体龍家の次期当主として破格の行為でも有った。
「それで君たちの身の振り方だが、その時が来るまで僕の所の客人ということでどうだろうか?」
「そうしてもらえるのなら有り難い。僕には異存はないよ」
「私も、碇君に会せてもらえるのなら異存はないわ」
 それで全てが決した。使徒二柱……この場合二人といった方がいいだろう。カヲルとレイは、シェンの元に身を寄せる事が確定したのだ。その一部始終を、リ ツコは大きな感銘をもって受けとめた。何しろ人の力が使徒を超えた瞬間を見せられたのだから……




 同じ頃、葛城ミサトは中国支部からの報告に声を荒げていた。
 それも無理の無いことだろう、事も有ろうにシェンは、ネルフからの呼び出しを断ってきたのだ。更にミサトの気に入らないのは、中国支部の全員、支部長ま でがシェンを腫れ物を扱うようにしていたのだ。自分達には大儀名聞あるのだ。それを無視した相手に対して、ネルフが謙る必要がどこに有るのだろうか。ミサ トの怒りはその一転に集中していると言って良かった。
 だがそんなミサトの怒りも、アスカからは『子供じゃあるまいし』の一言で片付けられた。
 そのアスカの醒めた言葉に、ようやくミサトは我を取り戻した。というよりそれより重要な事を思い出したと言って良いだろう。
「子供ねぇ……まあ確かにそうね。でも一つだけ重要な事が有るの」
 そう言ってミサトはアスカ、マイケル、ステファンの顔を見た。子供のようにかんしゃくを起こしていたかと思えば、急にまじめな顔をする。その感情の起伏 に、男連中は着いていけないものを感じていた。
「この前のUMAの事でしょ。ミサトの言いたい事ぐらい分かっているわよ」
「……あら……気付いていたの?」
「ふつうはね……悔しいけど、あいつは私達が倒した訳じゃないからね」
 その時アスカの顔に浮かんだ憂いを、ミサトは自力で敵を倒せなかったせいだと見誤った。
「この時期、あまりにも符合しすぎるのよ……Aランクの資質、リツコの失踪、そして第三新東京市……」
「しかしミサトさん、シェンの奴は身柄は確かです。奴は生まれた時から帝王として育てられてきました。奴が碇シンジである事など有り得ない……」
 偶然だというマイケルの言葉を、ミサトははっきりと否定した。
「私は偶然など信じないわ。それに偶然も度重なれば必然だと言うしね。彼が碇シンジであるかどうかは分からない。でも、一つだけ確かな事が有るとすれば、 シェン・ロンが何か隠しているという事よ。とても重大な何かをね」
 ミサトはここのところ感じてきた疑問を口にした。
「で、ミサトはどうしようという訳?諜報部には調べさせたんでしょ?」
「そ、本当にきれいなものよ。旧ネルフ関係者との接触の事実はなし。研究所の建物も、県に提出された書類上、何の怪しいところもないわ。周辺住民におかし な噂は立っていないし、初号機への通路も封鎖されたまま。もちろん監視系から初号機が動いた痕跡も無し」
「そこまで確認していて、どうしてそのシェンとか言うのを疑うの?」
「勘よ!!女の第六感!!」
 はっきりと言い切ったミサトの言葉に、マイケルとステファンはがっくりと肩を落として見せた。なにか、こう、はっきりとした疑念のようなものがあれば、 まだ何とか考えることもできるのだが、勘だと言い切られてしまってはそれ以上前に進みようがないのだ。
 だが二人の女性のほうは、落胆している男たちとは違った様子を見せていた。お互い顔を見合わせてニヤついているところなど、明らかに何かいたずらを思い ついた子供のそれなのだ。
「で、私も連れて行ってくれるのよね?」
「ま、仕方がないわね」
「で、二人はどうする?」
「マイケルだけってわけにはいかないしね」
「面倒だから両方とも置いていく?」
「でもね、相手が相手だからマイケルが居たほうが便利なのよねぇ」
 それだけで通じてしまうところは、お互いの付き合いが長いせいだろう。はっきり言って、二人の会話にマイケルとステファンはついていけていなかった。
「ちょ、ちょっとミサトさん、アスカ……話が見えないんだけど」
 自分の名前が出たこともあり、マイケルは何の相談なのか二人に尋ねた。
「察しが悪いわね。ぐだぐだ言っているぐらいなら乗り込もう!ってことよ」
「そ、そんな……この緊急時に……」
 ミサトの答えに、ステファンはあきれたように呟いた。これからパイロットを補充し、連携も含めた訓練を行わなければならないこの時期、作戦部長とパイ ロットが本部を抜ける。誰がそんなことを考えるだろうか。だが、そんなステファンの考えを、ミサトはきっぱりと否定して見せた。
「こんな緊急時だからこそよ。それにシェン・ロンはランクAなのよ。こちらの招聘に応じないから、じきじきにスカウトしに行くと言う名分も立つ。どこかに 問題がある?」
 ほとんどとってつけたような屁理屈なのだが、マイケル、ステファンの二人は、ミサトを論破するだけの理由を示せなかった。何しろ最大の問題点は、すでに あっさりと無視されていたのだから。
「分かりましたミサトさん。お供します……ですから話し合いはできるだけ穏便にお願いしますよ」
「あら、あたしはいつも穏便に済ませるよう努めているわよ」
 しれっと言い切るミサトに、マイケルとステファンは『嘘をつけ』と言う心の声を必死に抑えていた。




 ミサトとしては、可能な限り隠密裏に行動したはずだった。少なくともいくつかの偽装工作をし、自分たちが日本に向かったことは限られた人間しか知 らないことになっていた。だが、彼女たちがATLの前に立ったとき、敵の方が上手だと言うことを思い知らされた。
「なによこれぇ!」
 紅白の垂れ幕に大きく書かれた『歓迎セカンドチルドレンご一行』の文字を前にアスカは叫んでいた。ここまで苦労して変装までして民間機を乗り継いで来た 結果がこれである。アスカでなくても叫びたくもなろうかと言う物だった。
「ようこそATLへ、私が歓迎委員長のツィンメルマンです。遊星Zの第一発見者のツィンメルマンをよろしく」
 花火まで揚がる歓迎ぶりに、一行は完全に茫然自失していた。その前に、やけに着飾って揉み手までしたツィムは進み出てきた。そして完全に訳が分からなく なっているアスカの手を取って、ぶんぶんと音がするほどの握手をした。もちろん、このときのために用意したカメラへ、目線を向けることは忘れていなかっ た。そしてそれを合図にしたように、いっせいに大勢の所員が彼女達を取り囲んだ。口々に掛けられる歓迎の言葉に、アスカ達は、笑顔を顔に張り付かせたまま 受け答えをしていた。
 だがそんな浮かれた雰囲気も、頃合いを見計らっていたユイリが現れるまでだった。紺のスーツに身を固めた彼女を視界に納めたツィムは、ここが潮時とばか りあっさりとアスカを解放した。恭しく頭を下げて下がっていくツィムを、ユイリとしては珍しく苦笑を押さえた表情を見せて見送った。だが、ユイリの表情が 変わったのも瞬間のことだった。苦笑を見事な微笑みに変え、ユイリは賓客に向かって深々と頭を下げた。その流れるような身のこなし、優美さに頭を下げられ たアスカは、女として何か悔しいような気分になっていた。それは常に戦いの中に身を置いてきたアスカには出来ない仕草だったのである。
「お騒がせして申し訳有りません。我が主がお待ちしております。ここからは私が案内させていただきます」
 年の頃なら自分たちとは変わらないユイリの立ち居振る舞いに、マイケルとステファンは完全に心を見惚れていた。それはだらしなく緩んだ、二人の顔を見れ ば一目瞭然だった。その二人を見ながら、ミサトは後でアスカに締められるなと不真面目なことを考えていた。
 結局、ユイリの後を着いていった彼らが通されたのは、何の変哲もない食堂の一角だった。そこで彼らの目指すシェン・ロンがゆっくりと紅茶の香を楽しんで いた。シェンは、ユイリの案内で4人が入ってくるのを見つけると、満面に笑みを浮かべて先頭に立つミサトに向かって右手を差し出した。
「一応ここの代表になっていますシェン・ロンです。お忙しい中、このような極東の地までお越し頂きましてありがとうございます。本来なら立派な所長室でお 迎えするところですが、ここにはそんな気の利いた物が有りません。従ってこのような場所となりましたことをお許し下さい」
「いえ、こちらこそ。突然おじゃました上に、このような歓迎までしていただきまして、まことにありがとうございます」
 シェンと握手したミサトは、心ならずも謝辞を述べるしかなかった。ある程度出たところ勝負だとは思っていたが、今や完全にミサトの描いた筋書きからは外 れていた。
「いえいえ、世界に名高いネルフの作戦部長様に、エースパイロットのみなさん。そして世界を救う女神のお越しとなれば、これでは足りないぐらいです。本来 なら龍家宗主、龍統貴直々お出迎えするところです」
 汚いところですがと言って、シェンは4人に椅子を勧めた。そして4人が座ったのを待ちかまえたように、紅茶とお菓子・サンドイッチの乗ったプレートが彼 らに供された。完全に英式のアフタヌーンティーの作法に則った物だった。
「遠路お疲れでしょう。ディナーまでの時間、是非ともおくつろぎ下さい」
 シェンは居心地の悪そうにしている4人にそう勧めると、自分もまた飲みかけのお茶に手を延ばした。どう目配せしたのか、食堂の中からは人の姿が消え失 せ、そこにいるのはユイリを含めて6人となっていた。
 勧められるままお茶を啜ったミサトは、一息ついて狂ったペースを取り戻そうとした。なんとか精神的再建を果たすと、ミサトは顔に笑みを張り付かせたまま いきなり核心に触れる質問をした。「何を企んでおいでですか?」と。本来なら、クラスAの適格者であるシェンのスカウトをしなくてはならないのである。だ がミサトは、腹の探り合いの不利を感じ取り、ストレートに攻める方法を選択した。
「企んでいるとは穏やかでないですね。私には、あなたが何を仰りたいのか理解しかねるのですが」
 シェンはそう言ってミサトの言葉に驚いた顔をした。確かに驚くこと自体、彼の正当な権利ではあるのだが、この場合いささかわざとらしかった。だがミサト はそのわざとらしさはあえて目をつぶった。
「何故このような土地に研究所を建てられたのでしょうか?UMAが攻めてくるこの時期、旧第三新東京市に研究所を構えるなんて、何か企んでいると思われて も仕方が無いと思いませんか?」
「なるほど……そう言うことですか。ここに研究所を作ったのは趣味の問題……と申し上げても納得いただけないでしょうね」
 ミサトに対して、どんな理由を述べたところで納得してもらえないことは明らかなことだった。そのためシェンはある意味卑怯な答えを返した。“趣味”と言 われたらそれを否定するのは難しいのだ。
「なるほど、趣味ですか?では、この時期計ったように旧ネルフの関係者が失踪したのは偶然だとおっしゃる?」
「旧ネルフの関係者ですか?それが私に何か関係が?」
「私はあなたが、旧ネルフ関係者を集めて何か企んでいると睨んだんですが?」
「私が?企む?それは光栄な話ですね。すなわち葛城さんは、私のことをそこまで認めていただいていると」
「ええ、適格者としてあなたはクラスAにランクされています。これはここの二人を含めて、ほぼ最高ランクです。それだけでも非凡なものを感じますわ」
「しかしそれだけでは理由として弱くありませんか?クラスAにランクされるだけで何かができるというものではないでしょう。葛城さんは、私がここで何をし ていると考えてらっしゃるのでしょうか?」
「私の考えですか?簡単です。あなたがエヴァンゲリオン初号機を動かした。そういうことです。もちろんあなたの身元がはっきりしていることは承知しており ます。だからといって、私の中に浮かんだ疑念を晴らすことはできません」
 ミサトの言葉に、シェンは明らかに困ったという顔をした。
「それは困りましたね。私はどうしたらあなたの疑念に答えをお出しすることができるでしょう?その初号機とやらは本当に動いたのですか?」
「それは……」
 その点を突かれるとさすがにミサトも旗色が悪かった。何しろ初号機の監視は万全の体制にあり、しかもそこまでたどり着くにはいくつもの障害を突破しなく てはならないのだ。そして初号機を動かしたにしても、外に出るためには厚く積み重なったベークライトを取り除かないことにはどうにもならないのだ。そして ミサトの確認した限り、初号機を封印するベークライトの層は健在だった。
「いえ、決してあなたを責めているわけではありません。それに私としては、そこまで買って頂いたことは光栄の至りですからね。私の名前にも箔がつくという ものです」
 そういって笑うシェンを、アスカは油断のない目で見つめた。それはシェンの言葉の一言でも聞き漏らすまい、その中に含まれる一片の嘘でさえ見逃すまいと いう態度の表れだった。だが、そんなアスカから見ても、シェンが彼女の知るシンジであるとは思えなかった。
 それに経歴は偽造できるが、人の目は誤魔化すことは出来ない。シェン・ロンは龍家跡取として、常に人の目につくところにいたのだ。その事実が、目の前の 男が碇シンジでないことの何よりの証拠となっていた。
 結局、ミサトの追求も尻すぼみにならざるを得なかった。それは、初号機起動に関する、確固たる証拠を突きつけることが出来なかったのが理由である。それ にくわえ、ミサトには目の前の男が碇シンジとは思えなかったことも理由であった。過去の経歴、証言を一切排した目で見ても、自分の知っている碇シンジとい う少年とシェン・ロンは重ならなかったのだ。
 結局その日は、歓迎の晩餐に招かれただけで目的の1割も達成せずミサト達は退散することになった。








続く

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