かつて第三新東京市と呼ばれた封鎖地区のすぐ近くにATLは立地していた。その敷地は、完全にオープンになっており、そこには近隣住民の姿もたく さん見受けられた。一応研究所自体、受付というものは存在しているのだが、たまに誰かが思いついたように対応するだけでほとんど有名無実の物となってい た。したがって建物の中に入ろうと思えば、ほとんどフリーパスの状態なのだが、さすがに研究室のあるところには一般住民の姿は見られなかった。彼らの出没 するのは、せいぜい品揃えのいい備え付けのレストランまでだった。もっとも、だからといってセキュリティがざると言うわけではない。独自の監視システムに よって、研究所に立ち入った人物は瞬時に認識され。危険だと判定されればすぐにでも排除のプログラムが発動されることになっていた。もちろん、これまでは そのプログラムが発動されたことは無い。それはある意味、事前の恫喝が利いていたのかもしれない。敷地内のセキュリティに加え、特に特定の人物に限っては 敷地外でもトレースされることになっていた。従って、こっそりと朝駆けをしようとしていたアスカの来訪も、すでにシェンの知るところとなっていた。

















Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

- 7th Episode -















 シェンはアスカの訪問を知ると、周りの人間に一人で行くと告げ自室を出た。たまたま訪問していたツィムの恨めしそうな視線に、『そんな甘い話じゃ ないよ』とだけ告げた。
 自室を出ると、シェンはそのまま芝生の上にもうけられたテラスへと向かった。もちろん二人分の飲み物と軽食を頼んでおくことは忘れていなかった。
 先に自分のコーヒーを受け取ったシェンは、日当たりの良い席を選んで腰を掛けた。見渡す限りの青い空が、今日一日の天気を示しているようだ。白のポロ シャツにベージュのチノパン、シンプルかつカジュアルな格好で、シェンは煎れたてのコーヒーを口に含んでいた。まだすがすがしい空気の中、挽きたてのコー ヒーは芳醇な香りをあたりに漂わせていた。
「リツコさんが来てからコーヒーの質が上がったかな?」
 シェンはそう一人ごちると、再びコーヒーを口に含んだ。そろそろアスカが自分を見つける頃だと。
 その予想通り、自分の背後から近づいてくる気配をシェンは感じた。彼女としては精一杯気配を消しているのだろう、それは彼女のことを気にしていなければ シェンでも気が付かないほどのものだった。さすが軍属とシェンは妙な感心もした。このまま彼女のいたずらを成功させてあげようかともえたが、こちらから声 を掛けた方がおもしろいと彼は考え直した。そこでシェンは、アスカが自分のところまで後一歩と言うところで、音も無く振り返って見せた。
「ようこそミス・ラングレー。今日はどう言ったご用件ですか」
 そう言ってシェンは自分の隣の椅子を引いた。
 一方のアスカは、こっそりと近づいた自分の努力が無になったのに悔しそうな顔を見せ、シェンに示された椅子へと腰を下ろした。
「すべてご存じだったと言うわけですね」
 自分の着席と同時に用意されたコーヒーとサンドイッチを指さし、アスカは手回しの良さを皮肉った。
「申し上げたでしょう?ちゃんとセキュリティは有るって」
「そのセキュリティの中には、あたし達の食事の詳細まで含まれているのかしら?」
 少し皮肉の籠もったアスカの言葉も、シェンはさらりと受け流した。
「もちろん、あなた達は当研究所にご訪問いただいたVIPですから。それに子供でも知っている世界の英雄ですよ。粗相が有ってはなりませんからね」
「どこまで覗いていたのかしら?」
 わずかな不快感を表に出し、アスカはシェンを軽く睨みつけた。
「ホテルの入退場と、レストランでのオーダーと言ったところでしょうか。後は当研究所の敷地周辺の監視だけですよ。個人的なことまでは立ち入らないのが私 の主義ですから」
 『どうだか』と言った表情で、アスカは出されたハムサンドを摘んだ。そしてその意外なおいしさに目を剥いた。
「おいしい!ネルフのまずい食堂とは大違いね」
「それはどうも……シェフが喜びますよ。それで本日はどう言ったご用件ですか?」
「用がなくちゃ、来てはいけませんの?」
 にっこりと笑みを浮かべて、アスカはシェンの瞳を見つめた。その瞳にいささかの動揺も浮かんでいないのは、昨夜のとおりだった。
「そうは申しませんけどね。あなたのような方のご訪問なら我々は大歓迎ですから。特にツィムなどは、普段着のあなたとお会いできるって喜んでいましたか ら」
 ツィムと言う名前に、アスカは自分の記憶の中を探った。そして出鼻をくじいてくれた人物がツィンメルマンと名乗っていたのを思い出した。ある意味ツィム にとって、可哀相な記憶のされ方だった。
「遊星Zの第一発見者の方ですね」
「そう、彼はあなたの大ファンなんですよ。昔っから、自分の部屋にあなたのポスターを貼りまくっては悦に入っているんです。何しろ、ケンスケアイダコレク ションに、高値をつけて落札しているのも彼なんですから」
 シェンはそう言うと、ウエイターに合図をしてコーヒーのおかわりを頼んだ。
「それにしても、今日はお一人なんですね」
「ええ、今日は公務ではなくて個人的なことで参りましたから」
 お互いの顔に浮かんでいるのは、明らかに作られた笑みだった。
「なるほど個人的なことですか。しかし、それは私がお伺いしてもよろしいことですか」
「ええ、あなたで無ければいけないことですわ。ぜひ伝言を頼まれていただきたいんです」
「ほう……伝言ですか?」
「ええ、伝言です」
 そう言ってアスカは、真正面からシェンの瞳を見つめ返した。その瞳に宿った強い光に、いつかユイリから聞かされた言葉をシェンは思い出していた。
『贋物はどうやっても本物には敵わないのよ』
 なるほど、それは真実だとシェンは実感した。確かに本物は、極上の贋物を凌ぐと。
「それでどなたへ伝言を伝えればいいのですか?私とあなたでは交友関係が違います。少なくとも私たちに共通の友人は居ないはずですが?」
 アスカに対して感じた想いをおくびにも出さず、シェンは白を切って見せた。これからアスカの言い出しそうなことについてのおおよその予測は立っていた が。
「いえ、おそらくあなたで無いと伝えられない相手です」
「で?」
「碇シンジです。ご存知でしょう?」
「名前だけなら……ですが彼は鬼籍に入っていると聞いていますが?」
「それでも結構です。あなたがその伝言を覚えて置いてくだされば。そしていつかどこかで会うことがあったとき伝えていただければ結構です」
 アスカの決意を秘めた瞳に、シェンはそれ以上反論することを止めた。彼はふっとため息を吐き、柔らかな笑みを浮かべて頼みを受ける事にした。
「そう言うことなら。で、なんとお伝えすればいいのですか?」
「『許してあげるから、すぐに出てきなさい!』」
「はい?」
 シェンは、アスカという女性を見誤っていたことをそのとき知った。
「あら、簡単な伝言ですよ。もう一度繰り返しましょうか?」
「い、いえ結構!ちゃんと覚えていますよ」
「ならお願いします」
 そう言ってにっこりと笑ったアスカに、不覚にもシェンは見惚れていた。




 アスカがシェンと話をしている頃、ミサトの部屋ではステファンとマイケルが動物園の熊よろしく部屋の中をうろうろと歩き回っていた。だがあせる二 人とは別に、ミサトは久しぶりに見るワイドショーに見入っていた。 そんなミサトの様子に、さらに二人の焦燥感は増し、二人の歩き回る速度は上がっていっ た。
 初めのころは、そんな二人を面白がっていたミサトだったが、いい加減鬱陶しくなり、彼女は目の前の熊達に『いいかげんにしろ』と一喝した。
「あああぁ、もう鬱陶しい。男ならどんと構えていなさい!」
 だがそう言われても落ち着かないものは落ち着かないのが人情である。
「しかしミサトさん。何でアスカが一人で乗り込まなくちゃいけないんですか。シェンって奴は碇シンジじゃないんでしょう。エウロパが0.3%の本人確率 だって出したじゃないですか。別人なんですよ、別人。だったら個人行動をとる必要なんて無いじゃないですか」
「あらステファン、あなたアスカとシェンの間が心配なのね。強力なライバルが出来たんじゃないかって。確かに昨夜のアスカは、熱い目でシェンを見てたわ ね」
 熱いまなざしと言うのはいささか語弊のある言葉だった。シェンに向けたアスカの眼差しには、恋愛感情などと言う甘いものではなかった。
「「み、ミサトさん……」」
 とは言え、二人にはアスカの視線の意味などわからなかった。だからミサトのからかいにも過剰に反応することになった。そんな二人の反応に満足し、ミサト は二人に落ち着けともう一度告げた。
「まあ落ち着いて座りなさい。あんた達がいくら狼狽えたところで、もうサイは投げられたのよ。とは言え、あなた達が心配するのも仕方ないわね。なら、あな た達が少しは安心出来ることを教えてあげるわ。シェンはね、100%シンジ君じゃないわ。これがあたしとアスカの意見。どう?少しは安心できた?」
「な、ならどうしてアスカは一人でシェンのところに行ったんですか?奴が碇シンジでないのなら、別にアスカが行く必要なんて無いじゃないですか」
 碇シンジで無いと知りながら、シェンの所を訪問する理由を二人は掴みかねていた。そんな無駄なことをするくらいなら、すぐにドイツに帰ったほうが有効な 時間を使えるはずなのだ。碇シンジは居ない、しかも初号機は動いた形跡も無い。ならば、今更こんなところにとどまっている理由は無いはずなのである。だが ミサトの言葉は、そんな二人の期待を裏切るものだった。
「勘違いしないで、確かにシェンはシンジ君ではないわ。でも、だからと言ってシンジ君が居ないと言う理由にはならないし、初号機が動いていないと言う理由 にもならないわ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあミサトさんは初号機が動いたと言っているんですか?」
 少なくとも監視体制は万全なのだ。しかも物理的に凍結されている以上、初号機が動いたとなれば消せない痕跡はたくさん有るはずなのである。しかしながら そんな痕跡はどこにも認められていない。ならば初号機が動いてないというのが二人の達した結論だった。
「あなた達が証拠のことを言っているのなら確かにそう。私たちはまったくその証拠を掴んでいないわ。でも、幾つかの事実を繋ぎ合わせると、おぼろげながら 実像が見えてくるの。いい、旧ネルフのスタッフの何人、しかも結構重要な位置にいた人物が消えているわ。それは良いわよね?」
 二人は黙って頷いて見せた。
「その中に冬月副司令の名前もあるのよ。最初はどうしてあの人がと思ったわ。でも、一つの推測を行うことで副司令が選ばれた理由がつくのよ。つまり、旧ネ ルフ本部には隠し通路があったというね」
 そこまで喋って、ミサトは汗を掻いている缶ビールをぐいと呷り、苦い顔をした。話に夢中になりすぎていて、すでにビールが温まっていたのだ。すぐに冷蔵 庫から新しいのを取り出し、ミサトはそれを一息に呷った。
「幸い初号機自身はベークライトで固められていなかった。だから簡単な解凍作業で初号機は稼動状態に持っていくことが出来た。そして偽装工作は赤木リツ コ、そしてシェン・ロン二人の手によって成された。だから世界中の監視システムは、初号機の発生するATフィールドを“見て”いても、何も気づかなかっ た」
 かなり強引な推測であるが、それでもマイケルとステファンの二人はそれを黙って聞いていた。それが真実を語っているのかどうか、それは今の彼らには分か らなかった。だが、彼らのどこかにそれを真実だと感じる気持ちがあるのも確かだった。
「もちろんそれでも一番大事な問題は残っているわ。そう、本当にシンジ君が生きていたのかということ。残念ながら、それに関しては本当にどこにも証拠は無 いわ。シンジ君が失踪したとき、本当にネルフは全精力をかけて捜索したわ。でもね、それにもかかわらず彼は見つからなかった。残っている証拠から言えば、 彼が生きている可能性は0に等しいわ。でも、私たちは初号機の特殊性をよく知っている。あれはどう頑張ってもシンジ君以外に動かせるものではないわ。だっ たら初号機が動いたのなら、シンジ君生きていると考えるしかないじゃない」
 マイケルとステファンは、ミサトの出した結論に大きく息を吐き出した。それは、日本に来てからこの方ずっと考えてきた可能性である。だが、碇シンジが生 きていたとしても、いくつかの疑問も有った。なぜ生きているのなら、彼はネルフへ戻ってこなかったのか。なぜ今ごろになって初号機を動かそうと考えたの か。今までどうやってその姿を隠していたのか。そしてもうひとつ、シェン・ロンとの関係はなんなのか。遊星Zの発見、そしてその危険性が指摘された時点 と、碇シンジの失踪の間には無視しがたい時間差があるのだ。今回のUMAの襲撃はむしろ偶然の出来事である。ならばなぜ龍家は彼をかくまうような真似をし たのか。それがどうしても理解の出来ないことだった。何しろチルドレンの正体が明らかにされたのは、碇シンジ失踪のかなり後のことだったのだ。
「マイケルの疑問も分かっているわ。シンジ君が今までどうしてきたのか?さすがにそこまでは私にも想像はつかないわ。でも……シンジ君が私たちの前に姿を 現さない理由……おそらくそれに関係が有るはずよ。だから私たちは彼が現れるのを待つしかないのよ。そのきっかけを作るため、アスカはシェンのところに 行ったのよ」
「その、ため、ですか?」
「そう、そのためよ。私たちが、彼の生存を信じている。彼が帰ってくるのを待っている。そうシンジ君の耳に入れるためにね。それに、はっきりとシェンに向 かって言うことで、彼に対する圧力にもなるわ。私たちは誤魔化されたわけではないと言うね」
 このとき、ミサトはあえて二人には告げなかった事実があった。それは碇シンジとアスカの関係である。失踪前後の状況から、この二人の間に何か事件があっ たことは間違いないのだ。いまだにアスカはそのときのことを語らないのだが、その後の身体検査で彼女とシンジの間で性交が有ったことが確認されていた。当 時の二人の関係や、アスカに目立った外傷が無かったことから、関係を迫ったのがどちらであるか。それは容易に想像のつくことだった。おそらくアスカは暴力 的に関係を迫ったのであろう。そうであれば、碇シンジの心の中に、アスカに対する憎悪の念が有ってもおかしくは無い。
「とにかく私たちは生き延びることを考えましょう。生き延びれば、そうすればいくらでも答えを探す時間は作れるわ。それに今回のことは、あなたたちにとっ てもいいことなのかもしれないわ。何しろ、アスカが過去を振り切るきっかけになるのかも知れないのだから……」
 確かに、これから前以上に厳しい戦いが待っているのだ。ミサトの言っていることは納得ができる。だが、それでも納得のいかないことが二人には有った。
「碇シンジの件は分かりました。でも、初号機が動いたというのなら、どうしてそれをUNに知らせないんですか?アスカと碇シンジの関係はこの際棚上げする にしても、今度の戦いに初号機が有った方が有利じゃないですか」
「確かにステファンの言う通り、初号機をパイロットごと徴収するのが戦力的には一番有利ね。それでも私は、このままシンジ君はそっとしておきたいの。彼は 彼なりの勝算があると思いたい……甘いと言われても仕方が無いけど、私はそう思っている。それに、もし力ずくでことを運べば、間違いなく手痛いしっぺ返し を受けることになるわ」
 ミサトがそこまで考えていたということに、二人はそれ以上疑問を口にすることは無かった。




 アスカが去った後、シェンはテラスで一人お茶を飲んでいた。その顔にははっきりとした笑みが浮かんでおり、誰が見ても彼の機嫌がいいことが伺われ るものだった。そんなシェンの前に、一人の女性が腰をかけた。
「シェン様、お呼びでしょうか?」
 そう言ってまっすぐに椅子に腰掛け、ユイリは主人の顔を見た。その顔には、笑みは浮かんでいるのだが、それ以上の感情はそこから読み取ることの出来ない ものだった。
「特に用という物は無いんだけどね。少しユイリと話をしたかったんだよ。迷惑かい?」
「ユイリのすべてはシェン様のものです。迷惑などと考えたことも有りません」
 媚を売るわけでもなく、ユイリは淡々と事実としての自分の存在をシェンに告げた。それはいつもユイリによって確認される二人の関係、そのことへのシェン の不満はユイリには受け入れられなかった。そのためユイリの物言いに、シェンはただ苦笑いを浮かべることでそれに答えた。
「セカンドチルドレンに会ったよ」
「存じております」
「ツィムがいれあげるのが理解できたよ。確かに素敵な女性だ」
「ツィム様に倣ってポスターでも貼られますか?」
 普通に取れば冗談なのだが、シェンにはユイリが本気で言っているようにしか思えなかった。
「やめとくよ。僕は彼女の外見が素晴らしいと言っているわけではないからね。もちろん彼女は美しい、それは否定のしようのないことだよ。でも、彼女の本当 の素晴らしさは写真ではあらわすことは出来ないよ」
「左様ですか」
「妬いてくれないのかい?」
 ほんのちょっとした軽口なのだが、ユイリの反応をシェンは楽しもうと思っていた。だが、その点でのシェンの期待は裏切られたと言って良いだろう。
「シェン様のおっしゃる嫉妬は、私がどちらにすればよろしいのでしょうか?シェン様の気を引かれたアスカ様でしょうか?それともアスカ様に心を奪われた シェン様でしょうか?」
「え〜と……」
「私が嫉妬に駆られて、『人のものになるのなら、いっそシェン様を…』と思いつめるのをご希望ですか?」
「……僕が馬鹿だったよ。そんなことをされたら、僕は今日の夕日すら見ることが出来ない……」
 ユイリが自分に対して殺意を向けたらどうなるか。それは想像するまでも無く、自分自身の破滅になる。いやなことを考えてしまったと、思わずシェンは身震 いした。
「申し訳ありません。少し図に乗ってしまったようです。お許しください」
 シェンの様子を見て、ユイリは自分が口にしたことがどのような意味を持ったのか、それを後悔した。主人を恫喝するなど、自分の立場にあっては禁忌であっ たことを。
「いや、いいんだ。僕が軽率だった」
 ユイリのしおれた姿など、そう見ることの出来るものではない。それだけに、自分の言動が起こした行為にシェンの方が後悔した。
「いえ、シェン様は楽しい気分でいらっしゃいました。その上の軽口にうまく合わせられなかった私が悪いんです」
「いや、ユイリの言葉は冗談として上等とはいえないが、十分に許容範囲だったよ。少し僕の想像力が逞しかっただけだ。……ああ、そんなことはどうでもい い。僕はユイリに相談したかったんだ」
「シェン様が私に相談ですか?何事でしょうか?」
「うん、僕は彼女からある男性に対する伝言を言付かってしまった。それをどうするべきかを聞きたかったんだ」
「私に相談なさると言うことは、単純にお伝えすればよいと言う訳ではないのですね」
「そう言うことだ。伝言は碇シンジに対して、伝言内容は『許してあげるから、すぐに出てきなさい!』」
 そう言ってシェンはユイリの反応を窺った。だが、相変わらずユイリには目立った変化は出ていなかった。
「何故シェン様が私に尋ねられたのか理解しました。シェン様はお二人に嫉妬なさってらっしゃるんですね」
「ご明察!その伝言を聞いたとき、不覚にも僕は彼女に見惚れてしまった。そしてその次には、彼女のそう言わせる碇シンジに対して嫉妬を感じたよ」
「ならばシェン様は、ご自分のお気持ちをアスカ様にお伝えになることです。アスカ様の伝言は、受け取る方がいらっしゃいませんので」
「それで良いのかい?ユイリは?」
 シェンはまっすぐにユイリの漆黒の瞳を見つめた。ほんのわずかな揺らめきも見逃さないように。
「シェン様のお心のままに……」
 だが淀みなく言い切ったユイリからは、欠片ほどの動揺も見つけることは出来なかった。








続く

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