アスカを助け出したシェンは、すぐに彼女の身柄を新横浜に運び、龍家滞在用に確保されているホリディインのペントハウスに移した。多少の手違いは 有ったが、かえってそのことが自分の手柄を際だたせる役に立っていた。















Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-11th Episode-
















 アスカをペントハウスに運び込む頃には、シェンは自分達を妨害している存在のことをすっかり記憶の中から消し去っていた。それは自分、ひいては龍 家の持つ力への絶対的な信頼によるものだった。少し相手に対して本気を見せれば、正面から自分達に歯向かえる者は無いと言う確信でもあった。
 それが誰の力であるのかはシェンにとって、問題ではなかった。龍家の力は自分の力なのであるし、現当主が高齢であるため、次期当主の地位はすぐにでも自 分の物となるのだ。すなわち地位自体は約束されたものである。問題となるのは、自分が当主となった時、周りが自分についてくるかと言うことだった。そのた めには、今回の事件はシェンにとって都合がよかったとも言える。
 何しろテロリストの手に落ちた世界の女神を、自身の手で助け出したのである。その功績だけでも、彼の名は世界中の人々の心に刻まれることになるのだ。さ らに、個人的事情にとっても都合がよいと言えた。
『この女を手に入れたい……』
 その想いは、日を追うごとにシェンの中で大きくなっていった。だがそう思っていたとしても、それを行動に移すためのきっかけに欠けていたのも確かだっ た。確かに碇シンジの存在は、そのための足掛かりにはなる。だが、それは彼女の関心が碇シンジに向いていると言うだけで、自分にとって利となるとは言い切 れないのだ。その意味において、今回の事件は、自分の存在を彼女に印象づけるには格好の出来事だったと言える。すべてが自分にとって、都合よく推移してい る。シェンは、確かな確信に体が熱くなるのを感じていてた。
「シェン、いい?こっちは終わったわよ」
 胸に湧き上がる熱い想いにシェンが興奮しているとき、アスカの着替えを手伝っていたグロリアから控えめな声が掛かった。そしてそれに遅れて開いたドアか らは、慣れない格好にほほを染めているアスカの姿が現れた。その姿を目にした瞬間、シェンは口にすべき言葉を失った。全体に赤を基調にしたシルクのチャイ ナドレスを纏ったアスカは、まるでその衣装を着るためにそこにいるかのような美しさを見せていた。すでに着付けの時に、十分に嫉妬を味わっていたグロリア は、目の前で呆然として間抜けな顔をさらしているシェンにしてやったりの笑みを浮かべた。
「はいはい、いくら綺麗だからと言って、そんなに見つめたら失礼よ」
 その言葉に正気に引き戻されたシェンは、自分の状態に気づき盛大にうろたえて見せた。
「い、いや、その……美しいものを美しいと言うのは、正当な権利で……えと、その、いやそんなことはどうでもいい……いや、どうでもよくはないが……そ の、なんと言えばいいのか……」
 目の前であせりまくる男に、アスカは可愛さを感じ思わず口元をほころばせた。そしてややぎこちない仕草で、アスカはシェンに対して深深とお辞儀をした。
「このたびは、危ないところをお助けいただきましてありがとうございます。シェン様のご厚意は、百万の感謝を申し上げても足りないと思っています」
「い、いや、それはあなたに感謝されるようなことではありません。私は私として当然のことをしたまでです」
 「それに」とシェンは言葉を続けた。
「沢山の方が亡くなられ、あなた自身が危険な目に遭っているのに不謹慎な物言いですが、私はあなたをお助けする機会をもてたことを喜んでいます」
 なにをと言うアスカのまなざしに、シェンは少し照れたように鼻の頭を掻いた。
「いえ、こんな機会でも無ければ、私はあなたとこうしてお話をする機会を持てなかった。そう言うことです。それに、私という人間をあなたに知ってもらえ る、それは私にとって大きな喜びなのです」
「それは、どう、受け取ったらよろしいのでしょうか?」
「単刀直入に言いましょう。私はあなたを妻にしたいと思っています」
 さすがにその言葉に、アスカは驚いた顔を見せた。それもそうだろう、シェンと顔を合わせるのは、これが3回目なのだ。その男から、結婚してほしいと言わ れれば、個人的感情より先に驚きがくるのも仕方のないことだった。
「もちろんすぐに答えを欲しいと言うわけではありません。それに、今の状況はいささか卑怯だと言うこともわかっています。ですから、本日は私の気持ちをあ なたにお伝えできれば良いと思っています」
 まっすぐに自分を見つめて言うシェンに、アスカは頬が熱くなるのを感じていた。相手は10億とも言われる華僑の頂点に立つ男なのだ、家柄も含め相手に不 足などはない。だが、その一方でなぜ自分が選ばれたのかと言うことへの疑問も有った。
「お言葉は大変光栄なことだと思います。ですが、どうして私なのでしょうか?まだ二度しかお会いしてないのですが?」
 もちろん、世界の女神としての自分の立場をアスカは分かっていた。だが、同時に目の前の男が、そんなことを理由にするような安っぽい男でないことも同時 に知っていた。
「恥ずかしながら、一目惚れと言うものをしてしまいました。もちろん、あなたの事は以前から知っていました。何しろ私の友人には、あなたの大ファンが居ま すからね。ですが、いくら彼に熱心にあなたの良さを説かれても、失礼ながらその時は私は何も思わなかったのです。ですが、それは先日お会いした時に、 180度転換いたしました」
「どういう事でしょうか?」
「彼が私に与えてくれたものは、あなたの表層的なデータにしか過ぎなかった。私にとって、あなたの持つ美貌も名声も余り大きな意味は有りませんでした。で すから、まるでアイドルを賛美するような友人の言葉には正直着いて行けなかった。しかし、お会いしてみてそれが間違いだという事に気付かされたという事で す。あなたのりりしさ、美しさは想像以上だった。しかし、本当に私の心を動かしたのはそんなものでは有りません。あなたが私に伝言を托された時、そのあな たの態度、言葉、そして瞳の輝き、その全てに魅せられてしまったのです」
 こうまで賛美されれば、いくらアスカと言えども照れない訳にはいかない。そして、こうまで言いきった相手を憎からず感じるのもしかたの無い事だった。だ からと言ってそのままこの求愛を受け入れられるものではないのも確かだった。
「私のような女に、過ぎた言葉です。ですが……」
 続くアスカの言葉を、シェンは右手を上げて遮った。結論を急ぐ事は、彼にとって得策でない事を知っていたのだ。
「先程も申し上げましたが、今ここで答えを頂きたいという訳ではないのです。今のあなたにはたくさんの責任が掛かっている。ですから、とてもそんな気分に なれないのかと思います。かと言って忘れてもらっても困るのですが、私、シェン・ロンと言う男が、今日ここであなたに自分の思いをうち開けたという事さえ 覚えておいていただければ結構です」
 真剣な愛の告白に、アスカの心はこれまで似ないほど動揺していた。目の前の男は、FGとしてのアスカではなく、一人の女としてのアスカを見ていてくれ る。それは彼女にとって非常に重要な意味を持っていた。
「お言葉は大変うれしく思います。ですが、やはり戸惑いのほうが大きいと言うのが正直なところです」
「それは仕方の無いことでしょう。私はあなたのことをよく知っていますが、あなたにとって私と言う存在はそういうものではありません。ですから、私はあな たに答えを求めなかったのです。これから時間を掛けて私のことを知ってもらいたい、そういう想いが私には有るのです」
「……お断りする理由はどこにもありませんわね……」
 それでもアスカには、その行為を素直に受け入れられないものがあった。それはとりもなおさず、このような時期に日本までやって来た理由でもある。そのア スカの心の動きを、シェンは見逃すことは無かった。
「そういえば、あなたが日本にいらっしゃった理由ですが、お伺いしてもよろしいのでしょうか?」
 と言いつつも、シェンにはアスカが再び日本にやって来た理由はわかっていた。このような時期に、個人的理由だけでアスカがドイツを離れることが許される はずが無いのだ。個人的なアスカの事情が、今UMAを迎撃しようとしているネルフにとって、看過出来ない状態になっていると言うことなのだ。
「察しはついていると思いますが?」
「おおよそは……ですが、出来ればあなたの口からお伺いしたい」
 柔らかな笑みを崩さず、シェンはアスカに向かってそう言った。
「碇シンジに会いに参りました」
「……それはどうしてですか?」
「……たぶん謝りたかったんだと思います」
「……今は違うと?」
 微妙なニュアンスに、シェンはその真意をアスカに尋ねた。
「ええ、本当に伝えたかったのはそんなことじゃないと気づきましたから……」
「ならば、私の言付かった伝言も変更が必要ですか?」
「いいえ、これは私自身の口で伝えなければならないことだと思っています」
「よろしければ教えていただけませんか?」
 アスカは静かに首を振ってそれは出来ないと答えた。
「この言葉は、私が再びシンジに逢うまで取っておきたいんです。5年でも10年でも、もしかしたら一生言うことが無いのかもしれません。それでもこの言葉 は、シンジにだけ伝えたいと思っています」
「分かりました。ですがあなたに求婚した身としては、それほどまであなたに思われている碇シンジに嫉妬の念を抱かないわけにはいきませんね……」
 そのシェンの言葉に、アスカはにっこりと微笑を浮かべて見せた。
「あなたは、私のその思いを知った上でも、まだ私を妻にしたいと思われますか?」
「もちろんですとも。闘志が掻き立てられこそすれ、あなたをあきらめようなどとは思っていません」
 胸を張って言うシェンに、アスカはもう一度微笑みを向けた。
「ありがとうございます……おそらく、もう日本に居る時間は残されていないでしょう。目的は達成することは出来ませんでしたが、それでも自分の心の整理を つけることが出来ました。しばらくは逢うことは出来ないと思いますが、この戦いで生き残ることが出来ましたら、またお食事でもご馳走してください」
 アスカの言う通り、何とか反対派を押し切った彼女の訪日も、実際にテロに遭ってしまったため、すぐに彼女を召還すべきだという意見が大勢を占めるように なっていた。それはアスカの無事をネルフに告げたシェンも分かっていることだった。
「分かりました。あなたの心に残るようなご馳走を用意して待っています」
 そう言って立ち上がり、シェンはアスカに手を差し出した。
「またお会いできるのを楽しみにしております」
 その手につかまり、羽のような身軽さでアスカは立ち上がった。
「私も……」
 満点ではないが、十分合格点だとシェンはこの出会いを評価した。




 アスカをネルフに渡し、その出発をグロリアは見送った。これで彼女にとって、厄介ごとのひとつが解決したことになる。後はATLに帰り着けば今日 の任務は終了する。だが彼女の気は晴れなかった。
 少なくともシェンの身に危険が及ぶような動きは報告されていない今、グロリアにとって気がかりなことが二つ有った。その一つが、自分を妨害した組織の動 向だった。この点について、グロリアもシェンと同じく林の一族の仕業と踏んでいた。巧妙に証拠を残さず邪魔を受けたのだが、逆にそのことが仕掛けてきた相 手をはっきりさせていたのだ。しかしそれはそれで分からないことがあった。林一族が仕掛けたとしたら、何ゆえ彼らはこのような中途半端な真似をしでかした のだろうか。彼らが、セカンドチルドレンに対して害意を抱く理由は無い。ならばその目的は自分たちの抹殺以外には考えられないのだ。ならばなぜ彼らはそれ 以上の行動を取らなかったのか?今更示威行動を取ったとしても、彼らに取っての理などはどこにも存在しないのだ。彼らの実力は、今更示されなくとも知れ 渡っている。だが、本気で龍家が彼らの排除に掛かれば、林の一族と言えどもこの世から消えうせることになるのだ。
 そんな中、彼らが行動を起こすとしたら、ユイリが欠けた隙を狙ってシェンを亡き者にすることぐらいなのである。しかし、彼らはその最大のチャンスを前に 何も行動を起こさなかった。もちろんそれは、グロリアにとって感謝することは有っても、不平を口にする類のものではない。もし林の一族が全勢力をぶつけて 来たら、ユイリ抜きでシェンを守り切る自信は、さすがのグロリアも持ち合わせてはいなかったのだ。だからこそ、この好機をみすみす林の一族が見逃したこと が信じられなかったのだ。
 そしてもう一つ。動いていないはずのユイリの動向である。
 自分たちは、ユイリに対して極秘で行動した。そして、ユイリが動いたという知らせも入っていなかった。だがそれをそのまま信じるほど、グロリアは能天気 ではなかった。グロリアこそ、誰よりもユイリの恐ろしさを知っているのだ。彼女がその気になったとき、止められるものなどこの世に居ないこともよく知って いた。そして、彼女の行動原理は、シェンの安全を第一にしたものなのだ。そう考えると、この林一族の不可解な行動は、ユイリが背後で動いたと考えるのが一 番納得のいく説明なのだ。
『まずい……』
 血の気が引いていくのをグロリアは実感していた。もともとシェンの命令にグロリアは従ったわけである。ユイリに知らせなかったこと、そのことでユイリが 自分を責めることは無いのは分かっていた。けれど、グロリアは、重大な背信行為をユイリにしたと言う自覚があった。シェンの命令を超える彼女達の絶対的な 行動原理、それは彼の安全のために必要な措置を講じること。それをシェンの命令に託けて、グロリアはあえて目をつぶった。それを見逃すユイリではないの だ。
『こればっかりは、シェンに助けてもらうわけには行かないのよねぇ……』
 何しろシェンは、ユイリを頼らずに成し遂げたと信じているのだ。それをぶち壊しでもしたら、それこそ本当に自分の身が危なくなる。グロリアは自分がじっ とりといやな汗を掻いているのに気づいていた。
 高級車の後部座席は、はっきりと陰と陽に分かれていた。もちろん陽であるシェンは、そんなことに気が付いていなかった。
『なるようにしかならないのだけど……』
 できるだけユイリと顔を合わせないようにしようと、グロリアは逃げに入ることを心に決めた。もちろんそんなことで逃げ切れるような相手ではないことは分 かっていたのだが……




「力で従えるとな、できるものならやって貰おう!」
 目の前の光景に、いち早く我を取り戻したのは天峰だった。未だ20対1の数的優位は変わっていない、ならば恐れることなどどこにも無いのだと。
 天峰は、配下に目配せをして、再びユイリに向かって鎖を投げつけた。鎖は両手両足に絡みつき、そしてその細い首筋にも巻きついた。これで状況はさらにユ イリを追い詰めたことになる。だが、ユイリはそんな状況をいささかも気にした様子を見せなかった。
「無駄なことを……」
 その呟きと同時に、ユイリを戒めていた鎖は音を立てて床へと散っていた。それは林の一族を驚愕させるに足るものだった。
「馬鹿な、チタン鋼で出来ているんだぞ。そんなに簡単にちぎれるはずが……」
 天峰の呟きがすべてを表していた。満月の日に使用するのだ。自分達の超常の力にも耐えられる材質を選んでいたのである。だがユイリは、そんな彼らの思い をも簡単に切り捨ててしまったのである。
「覚悟は良いですか?」
 その瞬間、彼らは何が起こったのか理解できなかった。ユイリが言葉を発したと同時に、5人の仲間が轟音とともに壁にめり込んでいたのだ。さすがに即死こ そしなかったが、それでも再び動けるようになるには多くの時間が必要なのは明白だった。
「何をしたぁ!」
 突然感じた恐怖に、一族の中でも一番からだの大きな男がユイリに挑みかかった。力でならユイリを圧倒できると踏んだのである。だが、そのかすかな期待も ユイリは打ち砕いた。圧倒的な体格の差をものともせず、ユイリは軽々とその男の突進を受け止めたのである。
「そう言えば、あなた達は力には絶対の自信がありましたね」
 受け止められただけではない。ユイリに挑みかかった男の体が、徐々に沈み始めたのだ。どう見ても単純な力比べなら、ユイリに分が有るようには見えないの だが、現実はそうでなかった。涼しい顔をしたユイリの前で、男は必死に歯を食いしばっていたが、そのひざはだんだんと深く沈みこんでいった。そして最後に はユイリの力に負け、完全にひざをついてしまった。男の力がユイリに屈した瞬間である。それでもユイリは手を休めることはしなかった。ミシミシといやな音 があたりに響くと、それまでユイリの力に抗っていた男からがっくりと力が抜けた。ユイリが手を放すと、その男はそのまま床の上に崩れ落ちた。死んでは居な いが、それでも半身が不髄になるくらいの痛手をその男は負っていた。
「あなた達には骨の髄まで分からせてあげます。猛獣をしつけるにはそれが一番いいそうですからね」
 何事も無かったように言い放つユイリに、林の一族は背筋が凍りつくような恐怖を感じていた。しかし、それだからと言って、彼らも退くことは出来なかっ た。すでに彼らは引くことの出来ないところまで来ていたのだ。だが、恐怖に駆られた攻撃では、彼らの力の数パーセントも発揮できるはずがなかった。次々と ユイリに挑みかかったのだが、メイホンが瞬きする間に彼女の一族は次々に狩られて行った。その信じられない出来事の間、メイホンの体は縛られたように自由 が失われ、戦うことも逃げ出すことも出来なくなっていた。そして彼女が気が付いたときには、その場に立っているのは自分と祖父の天峰だけとなっていた。そ れは彼女達にとって、とても受け入れられる出来事ではなかった。いっそ目の前のユイリが、おどろおどろしい化け物であったのならよかったのだ。だが彼女達 の目の前に居たのは、華奢な体をした一人の美しい男でしかなかったのだ。背こそ高いが、決して大柄とはいえないその存在に、満月の虎の一族が完膚なきまで に叩きのめされたのだ。それをどうして認めることが出来ようか。特に、一族の当主である天峰に取って、それはなおさらのことであった。
「認めんぞ、こんなことをわしは認めんぞぉおおおおるおお」
 天峰はそう言って吼えたとき、彼の体は一回り大きくなった。そしてその体は、見る間に明らかに異形なものへと変わっていった。しかし、それを目の前で見 せられても、ユイリにはいささかの動揺も浮かんでいなかった。
 ゆっくりとした変身が終わり、人と獣の間、獣人とも言える姿に変化した天峰は、ユイリへと躍りかかった。虎の一族と言う二つ名を持つ彼らの中でも、獣人 化できるものは限られていた。そして獣人化したその体からは、人の姿で発揮する力の数倍する力を発揮できると言われていた。その能力のすべてを開放し、天 峰は最後の戦いをユイリに挑んだのである。
 だがユイリは、獣人化した天峰の鋭い爪をいともたやすく受け止めて見せた。がっしりと組み合った状況は、再び単純な力比べとなるかと思われた。だが、今 度はそうはならなかった。天峰がさらに力をこめようとしたとき、目の前に居たはずのユイリの姿が不意に消えうせたのだ。そのあまりにも突然の出来事に、渾 身の力が込められた天峰の腕は空を切り、そして体勢を崩して前につんのめる形となった。
「やめてぇえ!」
 室内をメイホンの悲鳴が切り裂いた。その時、体勢を崩した天峰の背後にはユイリの姿があった。その右手刀は、今まさに天峰の首を貫かんと繰り出される所 だった。すでに、天峰は死の予感に体が動かなくなっていた。
「お願いだからやめてぇ!」
 血を吐くようなメイホンの言葉に、ユイリだったものは天峰の首を貫くことをやめた。その代わり拳を固めると、裏拳で天峰の頭を殴り飛ばした。ごくりと首 の骨がいやな音を立て、天峰の体はそのまま壁へと叩きつけられた。ずるずると音を立て床に崩れ落ちた時、天峰の体は小さな痙攣を繰り返していた。
「おじい様ぁ〜」
 すぐさま祖父の下に駆け寄ろうとしたメイホンだったが、その行く手はユイリによって遮られた。もはやメイホンには、ユイリに対して戦意は無かった。だが ユイリは、そんなメイホンすら許さないと言う表情で、彼女の前に立ち塞がった。
「……自分だけ何も無いとは思っていないだろうね……」
 とっさに逃げようとしたメイホンだったが、それよりも早くユイリはその体を抱きとめていた。正面から抱きとめられたメイホンは、下腹部にあたる硬いもの を感じた。それが何を意味しているのか、メイホンは自分がこれから受ける仕打ちを正確に理解した。
「や、やめて……」
 勇猛な虎の娘も、今は見る影も無くしていた。彼女の唇からもれ出るのは、恐怖に怯える言葉だけだった。
「君達はユイリに何をした?やめてくれと懇願したら君達はやめていたか?」
 だが、ユイリの口から吐き出された言葉は、メイホンにとって希望を打ち砕くものでしかなかった。そのままユイリは抱きしめたメイホンの首筋に唇を寄せ、 ゆっくりと舐めるように舌を這わせた。犯される恐怖に、メイホンは力の限り抵抗しようとした。だが、並みの男なら弾き飛ばされるその力にも、ユイリはまっ たく動じることは無かった。それどころかまるで抵抗など無いかのように、ユイリの手はドレスのスリットからメイホンの内股へと伸びていった。そしてメイホ ンから言葉を奪うかのようにその唇を塞いだ。メイホンの必死の抵抗も空しく、ユイリの指は縦横無尽にその体を犯していった。次第にメイホンの体は、本人の 意思を離れユイリの愛撫に答えるようになっていった。
「気持ちいいかい?君はもう僕無しでは生きられないようになる。でも、その前にね済ましておくことがあるんだ」
 甘い吐息を漏らしだしたメイホンに、ユイリはそっと耳元でそう囁くと、彼女を抱いたまま振り返って厳しい視線を扉の向こうに向けた。
「何時までそうやって覗いているつもりですか?僕は覗かれるのが嫌いなんです。このまま黙って立ち去るか?それとも白馬の王子様を気取るか決めてくださ い」
 声の向けられた先には、ただ一枚扉があっただけだった。しかしユイリの言葉に呼応するように、そこからはただならぬ殺気が漂い出してきた。
「それとも寝首を掻くつもりでしたか?あなたはこの娘のために命を掛けられますか?」
 その瞬間、発せられていた殺気は綺麗に消えうせた。扉の向こうに居た人物は、今ユイリと争うことを得策ではないと判断したらしい。
「……誰……?」
 メイホンは熱に浮かされた表情で、何があったのかと尋ねてきた。
「どこかの出歯亀。気になるかい?」
 ユイリの問いに、メイホンは首を振って否定した。すでにメイホンにとってユイリは倒すべき敵ではなく、そしてこれから味わう未知の世界以上の関心事は彼 女には無かった。
「いい子猫ちゃんだ」
 もう一度ユイリはメイホンに口付けをして、そのほっそりとした体を床へと押し倒した。そしてそのまま挿入しようとメイホンの両足を抱えたユイリだった が、次の瞬間ため息をついてメイホンを解放した。
「どうやら今日はここまでらしい。続きはまた今度、いい子にしていたらしてあげるよ」
 明らかに不満そうな顔をしたメイホンに言い訳をして、ユイリは立ち上がりまだ明かりの差す窓の方へと視線を向けた。
「久しぶりと言えばいいのかな?カヲル君……そして綾波」
 ユイリは、二人の使徒が自分の所へ向かっているのを感じていた。









続く

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