漆黒の宇宙空間を切り裂くように、一条の光が地球からその闇の中に伸びていった。まるで人類が生きてきた証を記すように、力強い煌めきを持ってそ の光条は目標へと伸びていった。そしてその光条は目標の小天体に吸い込まれると、その中心に小さな穴を刻み付けた。


















Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-14th Episode-


















 ネルフ本部は今喧噪に包まれていた。北米支部のエンタープライズを通して、宇宙空間に配備された3機の攻撃衛星『インドラ』による迎撃実験は、間 近に迫ったUMA迎撃にとって切り札とも言える実験だった。
「インドラ1号機、照準誤差0.01。出力値60%、各部異常なし」
「2号機、3号機連動発射!」
「2号機、3号機連動発射します」
 その言葉と同時に、上空の2カ所からほんのわずかな時間差を於いて、再び先ほどと同じ物体に向かって2本の光条が延びて行った。
「攻撃命中しました。ただいまの攻撃で、目標の30%が消滅。2衛星間の照準偏差は0.001。発射時間誤差は2ナノセカンド!」
「2号機、3号機の状態は…」
「両衛星とも異常なし!急速充電モードに入っています」
「3衛星同時のフルパワー攻撃に移ります。充電完了次第、直ちに攻撃開始」
「1号機、発射準備完了。2号機発射準備完了まで300秒、3号機は……600秒です」
 その報告はミサトの眉を少しだけ歪ませた。彼女は、隣に居る開発責任者に視線を向けた。
「博士、理由を説明していただけますか?」
「うむ……、原因は二つある。アジア地方の天候状態が良くないため、エネルギービームの減衰が大きいようだ。それからもう一つ、地上施設の出力不足……こ れは後3日で解消できる筈だ」
「設備の問題はいいとして、天候に左右されるんですか……?」
「仕方あるまい、30万キロもの距離をエネルギーを飛ばすんだ。途中の状態で、減衰量は自ずと変わってくる」
「発射間隔は、当初の目標通りに行くんでしょうか?」
「60秒プラマイ5……これは大丈夫だ。ただ、連射時の各部の耐久性に関しては実測が必要だがな」
 二人が会話している間に、遅れていた3号機も射撃可能状態に移行した。それを知らされたミサトの合図で、3機の衛星からは先ほどをしのぐ光の帯が、同時 に目標となっている小天体に向かって延びていった。
「目標天体消滅しました。3機の衛星の連動誤差、5ナノセカンド。設計誤差範囲です!」
「各衛星の状況は?」
「ただいま通常・急速充電モードを切り替えながら充電確認を行っています。連続発射の影響による温度上昇は2号機を除き、設計通りです。2号機は……設計 値を10%超過しています」
「博士、どうなります?」
「急速充電による連続発射を行った場合、2号機の寿命が短くなりそうだ。厳密には計算をしてみないと分からないが、最短間隔での全機揃っての最大攻撃は5 射程度が限界だと思う」
「分かりました…その問題は運用で解決しましょう……」
 ホーネストに向かってミサトはそう言うと、オペレータ全員に向かって実験の終了を宣言した。
「みんなご苦労様、今日の実験はこれで終了します。各自データをエウロパに送って下さい」
 緊張から解放され、オペレータ全員に安堵の表情が浮かび上がった。少なくとも準備は順調に進んでいる。自分たちの責任を果たしていると言う実感が彼らに は有った。後は自分たちのエースに任せるまで、如何に敵の力をそぐことが出来るか。それが彼らの最大の関心事だった……




 アスカは、雁首をそろえている三人に向かって自分がなぜシェンのことを知ろうと思ったのかを説明した。
「なぜ、シェンの事が知りたかったか?それはシェンとシンジの接点を探りたかったのよ。あの二人は必ず出会っているわ。だったらシェンの過去を探れば、そ の接点が見つかると思ったのよ」
 アスカの説明は確かにその理由として納得のいくものだった。だがそれでもマイケルは、何故自分がアスカの頼みを聞かなくてはいけないのか釈然としないも のが有った。つまるところ、アスカは碇シンジの消息を知りたいのだ。マイケルにとって、碇シンジなど居ないほうがいい存在である。それでもマイケルは、そ んな自分の感情を隠し、アスカに向かって彼の知りうるシェン・ロンの情報を話し出した。
「アスカの言いたい事は分かった。大体6年前からの出来事を思い出してみる」
 そう言ってマイケルは、何から話し出すべきか考えた。
「元々龍家は華僑のトップに立つ名家だが、そのため、その歴史は波乱に富んだものと言うことができる。つまり龍家は、その地位に取って代わろうとするもの 達にいつも付狙われていた」
 マイケルは、龍家に関する簡単な背景説明を行うことにした。
「それがあったのは丁度4年前でした。当時、次期当主とされていた龍貴将が病死をしました。もともと健康面に問題があった貴将は、当主に着いてたとしても 短命で息子のシェンまでのつなぎだと噂されていました。ですがその死はあまりにも不自然でした。いくら体が弱いと言っても、その衰え方があまりにも急激 だったんです。だから彼の死に関しては謀殺ではないかと言う噂で持ちきりとなりました」
「ありがちな話ね」
 そう合いの手を入れたミサトに、マイケルは一つ頷いて見せた。
「まさしくそのとおり。龍家の地位を狙うものにとって、シェンがまだ未成年と言うのが狙いと言うわけです。すなわち16のシェンでは、10億人民のトップ に立つには相応しくないと彼らは主張したわけです。そして現当主、龍統貴が高齢なことと合わせて、龍家に任せておくことの不安を煽る風聞が流されました。 もちろんこんなことは前哨戦でしかありません。齢80に届こうとしていた龍統貴でしたが、その勢いは息子の死をもってしてもいささかも衰えることはありま せんでした。風聞は風聞でしかなく、それが大きな流れになるような愚を、龍統貴が許すはずがなかったし、龍家を追い落とそうとしている者達もそれぐらいの ことは承知していました。だから彼らは、次なる手として側近の暗殺と言う直接行動に打って出ました。そうやってさらに龍家の力をそごうと言うわけです。そ の彼らの試みはほとんど成功と言うところまで行きました。周到に用意された計画は、確実に龍統貴を追い詰めていったわけです。2018年の終わり頃には、 もはや建て直しが不可能なところまで龍家は追い込まれていました」
「でも、今もなお龍家は頂点に立っているのよね?何か大逆転があったというわけなの?」
 ミサトの疑問も当然なのである。ここまでのマイケルの話だと、龍家は今頃消えうせているはずなのだ。ミサトの言葉をマイケルは肯定した。
「もともと龍統貴には人望がありましたが、それだけでは人々を束ねていくことは不可能でした。人の上に立つ以上、それなりの力を示さなくてはならない。そ の力を龍統貴が失ったことが、彼の苦境を招いた最大の原因となりました。そして攻める側は、配下に強力な実働部隊を温存していました。その差が、一時的と は言え龍家凋落の原因となったわけです。もちろん一方的に龍家だけがやられていたわけではありませんが、受けた痛手は遥かに龍家の方が大きかった。しかし 2019年の初めにその状況は変わりました。突如現れた龍家の使いと名乗る少女達によって、反龍家のメンバーは次々と懐柔されていったんです。その動きは まるで雪崩のようで、風前の灯火だった龍家はあっという間に力を取り戻した」
「ち、ちょっと。それってどうやったの?」
「分かりません。ただ言える事は、穏便な方法ではなかったと言うことです。それ以上は、未だに彼らは口を閉ざしています」
 その説明に納得したわけではないが、ミサトはマイケルに話を続けるように促した。
「慌てた首謀者は、再度の逆転を狙ってその二人の少女を亡き者にしようとしました。龍家が再興した鍵を握っているのが彼女達ですから、それさえ排除してし まえば再び優位に立てると考えたわけです。ですが、彼らのその企てはすべて失敗に終わりました。彼女達を亡き者にしようとするあらゆる陰謀は見破られ、彼 らの誇る実働部隊、虎の一族ですらその少女達に敵わなかったんです」
「優秀なガードがついていたの?」
「そうだったらまだ納得がいったんですけどね。信じられないことに、その二人が化け物じみた強さを持っていたんです。彼女達に戦いを挑んだ虎の一族は、逆 に当主を失なって彼女達に屈服させられたと言うことです。すなわちたった二人の少女の前に、周到に計画された龍家排除計画は水泡に帰したわけです。進退窮 まった彼らは、次期当主としてシェン・ロンを盛り立てることと、彼らの持っていた実行部隊をすべて手放すことを条件に許されました」
「それをなしえたのが彼女なの?」
 思い当たる女性に、ミサトは無意識の内に震えていた。初めて会った時からただ者でないとは感じていたが、まさにそれほどとは想像していなかった。
「そうです。ユイリ・アンカとグロリア・ヤンの二人です」
 マイケルはそう言って、自分の言葉が全員にしみ込むのを待った。さすがにそう言う話が有るとは想像のラチ外だったのだろう。マイケルを除く三人は、しば らく口にする言葉も無かった。
「その二人は一体何者なの?」
 アスカは、マイケルにその二人の正体を尋ねていた。デウスの一件で自分を助けてくれたグロリアはともかく、ATLで出会ったユイリからはそんな暴力の匂 いすら感じられなかったのだ。だが、マイケルからはアスカの期待した答えは得られなかった。マイケルからは、彼女達の正体は謎に包まれていると言う答えが 得られただけだった。
「謎ってどういうこと。いまどき正体不明の人物が現れるなんてありえないわよ」
「ミサト、それはそうなんですが。でも本当に彼女達のことは誰も知らないんです。2年前に突如現れるまで、彼女達の存在が人の口の端に上ったことも無かっ たんです。有るのは不確かな噂だけです……」
「噂?どんな噂なの?」
「ある娼館のことなんですが、3年前に人民解放軍によって滅ぼされたんです」
「ちょっと待って。娼館ってなによ。それに娼館だったら警察の管轄じゃないの?それに滅ぼすって……」
「表向きの理由は、その娼館が子供をさらって客を取らせていることへの取締りでした。でも、普通は警察の仕事です。それなのに人民解放軍が出動したこと で、その事件は人々の目に止まりました」
「何があったの……?」
「これもまた噂になりますが、その娼館は裏の顔を持っていたということです。未成年の男女に客を取らせているほかに、人殺しを請け負っていたと言う噂があ るんです」
「人殺しを!?」
「噂に過ぎませんけどね。ただそうでもないと人民解放軍が出てきたことに説明がつかないのも確かです」
「それで噂って言うのは、その二人がそこの生き残りだと言うことね?」
「そうです。だから龍家は二人の過去を隠しているのだと」
「そのことに関しては、誰も確かめようが無いと言うわけね。だって二人の過去が一切不明なんだから」
「だから何時までも噂がくすぶり続けているわけですが」
「あの二人のことは分かったわ。その後龍家、ひいてはシェンの周りで何か無かったの?」
 何時までもこの話題に関わっているわけには行かない。アスカは、二人の女性から話題を強引にシェンの方へと引き戻した。
「実はあまり無いんだ。龍家が力を取り戻した後、シェンは大学へと戻ったんだ。そこで暗号理論の論文で学位を取り、現在に至っている。彼の姿はいつも表舞 台にあり、秘書的なことはすべてユイリ・アンカが行っている。分かっているのはそこまでです」
「それだけ?」
「そう、それだけ。そのあたりの情報は、ネルフが掴んでいること以上は俺も知らない」
 マイケルの言葉に、アスカは明らかに失望の色を濃くした。ここ数年の出来事を追っては見たが、そこからは碇シンジにつながるような出来事が見出せなかっ たのだ。
「結局、シンジに関する接点は見つからないと言うわけね……」
「すまない、親父にでも聞いて見ればもう少し情報が出るかもしれないが、今はこれが精一杯だ」
「ありがとうマイケル。今更何も出ないとは思うけど、念のためお願いするわ」
 無駄骨だったという重苦しい雰囲気が全員を包んでいた。おそらくその空気を和らげようとしたのか、それとも自分の出番が無かったことへの抵抗なのか、そ れまで黙っていたステファンがとんでもないことを口にした。
「俺に一つ思いついたことがあるんだが……ユイリ・アンカが実は男で、碇シンジが化けたものってのはどうだ?そうすると色々なことの繋がりが説明できるだ ろう」
「バカ……」
 だが、そのステファンの言葉は、即座にアスカによって否定された。
「もしあれが男の化けたものだとしたら、あたしは女をやめるわよ」
 そのアスカの言葉に、ミサトも心の中で密かに同意していた。




 特に使徒は眠る必要はないのだが、人の形を取っているせいか、渚カヲルは人にまねて夜は睡眠を取る事にしていた。静かに体の活動レベルを落し、脳 の働きも落す。彼にとっての睡眠はその程度の物なのだが、それでもカヲルは、この習慣を密かに気にいっても居た。
 だがこの日は、これから睡眠に入ろうとしたカヲルの耳に、ドアを叩く音が聞こえてきた。特に身の周りの世話を受けていないカヲルだから、誰か使用人が訪 れる事はない。そして相手が綾波レイならば、ノックなど無くいきなり扉を開いて入ってくる。訪問者に心当たりの無いカヲルは、考えるより確かめる事を選び 無警戒にドアを開いた。そこには、明るい色のスーツを着たユイリが立っていた。
「まさか、君が尋ねてくるとはね」
 カヲルにしても、その訪問者は予想外だったのだろう。彼にしては珍しく、はっきりと驚きの表情を浮かべていた。
「少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろん、問題無いよ。しかし、良いのかな?うら若き女性が男の部屋を尋ねるには、いささか問題のある時間だと思うのだけどね」
「私には、何が問題なのか分かりませんわ。出来れば教えていただけませんか?」
「一応僕も男だという事だよ。綾波レイが女性的な行動を取るように、この僕もまた男性的な行動パターンを持っているという事さ」
「私を抱きたいというのならご随意に。特定の殿方に操を立てた訳では有りませんので」
 ただ単にユイリは微笑んだだけなのだが、その瞬間カヲルは体に電気のようなものが走ったのを感じた。それが何を意味するのか、経験の無いカヲルには伺い 知ることは出来ず、ただ熱を持った下半身の疼きに危険なものを感じるだけだった。ただ自分が感じた疼きが、何か危険なものだとは理解でき、さらに自分が知 らない内にユイリに向かって踏み出していた事実に、カヲルは愕然とするものを感じていた。
「……そ、それよりもこんな時間に尋ねてきた訳を知りたいね」
 頭を振りながら沸きあがる衝動を押さえ、カヲルはユイリの尋ねてきた理由へと話題を変えた。このままでは、自分は衝動のまま行動してしまいそうだ。さら に強くなる下半身の疼きをカヲルは怖れた。そんなカヲルを気にすることなく、ユイリはカヲルの部屋へと入ってきた。そしてユイリは、カヲルから離れた椅子 に腰を掛けると、昼間に出会ったときと同じ笑みを浮かべて硬直したカヲルを見た。それがきっかけとなり、カヲルは下半身を襲っていた熱い疼きから解放され た。
「考えを整理する為に、カヲル様の意見がうかがいたかったのです。それとご相談があります」
「考えを整理?僕の意見?それは一体何に着いてなのかな?それに僕は君に相談されるようなことはないと思うがね」
「カヲル様と私で共通するものと言えば、オリュムポスですわ。襲来まで2週間を切っています。私がどうすべきか、ぜひカヲル様の御意見をお聞かせ願いたい と思いまして」
 そのユイリの言葉は、はっきりいってカヲルの予想外の事だった。オリュムポスとの関りは、碇シンジのものであって、別人格とも言えるユイリには関係の無 い事だと思っていたのだ。
「な、なぜそれを君が尋ねるのかな?それはシンジ君の仕事ではないのかい?」
「彼は今、長考に入っていますわ。カヲル様が絶対に勝てないなどとおっしゃられるから、どうしたら良いのか分からなくなっていますの」
「しかし、それだからと言って、君が僕の所に来る理由にはなっていないと思うのだけどね」
「そうでしょうか?戦いの経験なら、私の方が豊富ですわ。もしかしたら新しい発見が有るかもしれませんよ。それとも、また交換条件を出されるのですか?」
「そ、そんなつもりはないね。き、君は何を知りたいのかい?」
 離れて座っていながら、カヲルはユイリに恐怖を感じていた。ユイリと居ると、どういう訳だか心の平穏が保てなくなるのだ。得体の知れない感覚は、さしも のカヲルと言えども扱いかねていた。
「あなたは、彼に何を期待しているのですか?」
「僕がシンジ君にかい……」
 何を分かりきった事を、そう言い掛けたカヲルは、自分の口にしようとした言葉に気付き言葉に詰まった。勝てる見込みはないと言いながら、それでもシンジ を戦わせようとする。論理的に考えれば矛盾としか言いようの無い事を自分はシンジに迫っていたのだ。だが、言葉に詰まったカヲルにも、ユイリは容赦はな かった。
「次に現れるオリュムポスの使者は、一体何の為に現れるのでしょう?」
「それは……抵抗する家畜を鎮圧する為に……」
「本当にそうでしょうか?」
「……どういうことだ……」
 カヲルは、ユイリの言葉に反論しながら、心の中で自分の言葉に対して反発するもう一人の自分を感じていた。
「全てを破壊してしまうのなら、どうして放置しておかないのですか?わざわざ破壊する手間を掛けることはないと思うのですが?」
「しかし、それでは……」
「それではなんでしょう?自分の邪魔になるかもしれないものの芽を詰んでおく必要があるとお考えですか?それに単に破壊するだけなら、もっと他の方法があ りそうなものです。彼らの力なら、地球ごと消滅させることも簡単でしょうに」
 その問いかけに、カヲルは答える事が出来なかった。
「それほどまでに、オリュムポスと呼ばれる彼らは愚かしいのでしょうか?私はそこに何か大きな意図が有るような気がしてならないのです」
「意図と言ったね。どんな意図がそこに有ると言うのだい?」
「残念ながら私にはそこまでは分かりかねますわ。でも、私は思うのです。本当にオリュムポスを送り出したものは、そこには居ないのでしょうか?」
「な、何を言っているんだい。これまで何度もオリュムポスの使者と僕達は遭遇してきたんだよ。そこに意思のある生物は存在しなかった」
「貴方たちが、彼らに出会う条件を満足しなかっただけではないのですか?」
「君は僕達が愚かだったと言うつもりかい!?」
 ある意味侮蔑とも言えるユイリの言葉に、カヲルははっきりと怒気を現わした。そのこと自体、彼にとって珍しい行動なのだが、残念ながらカヲルは怒りから そのことに思い至らなかった。だが人を滅ぼすことの出来るカヲルの怒りも、目の前のユイリをひるませる事はなかった。
「いえ、単なる比較の問題です。オリュムポスを作った者達は、一体何をしたかったのでしょう?本当に使う事の無い成熟した精神など集めたかったのでしょう か?」
「何を言う……そんなことは当たり前……」
「何故当たり前なのでしょう?どうしてそれをカヲル様はご存知なのでしょうか?」
「それは……」
 ユイリの問いにカヲルは答えに詰まっていた。だがそれは今まで彼らが考えても見なかった疑問だった。
「誰かが…そう、し向けた。そうお考えになったことはありませんか?」
「まさか、そんな事は有り得ない……一体君は何を言っているんだい」
「カヲル様が今、心に思い浮かべた事ですわ」
「そんな、そんな事は有り得ない……」
「なぜそう思われるのですか?」
「そんな、もしそうなら僕達のしてきた事は何の意味を持つと言うのだい!」
「それすら仕組まれた事だとしたらどうですか?」
「まさか……そんなことが」
 カヲルは、自分の立っている大地が無くなってしまったかのような不安を感じていた。これまで自分が正しいと思っていた事、その全てを否定するものだっ た。
「き、君は僕に何をさせようとしているんだい……」
「聡明なカヲル様です、もうお分かりではないでしょうか」
「出来ない、僕にはそれは出来ないよ。僕に彼らを押さえる事は出来ない。僕と彼らは同格だ。彼らはオリュムポスを前に、冷静ではいられない」
「それはカヲル様も同じでしょう。カヲル様も、彼らを許す事は出来ない。違いますか?」
「違わない……確かに君の言う通りだ。僕の全てが彼らを許すなと叫んでいる」
「それすら仕組まれた事かもしれないのにですか?」
「例えそうでも、僕にはそれを押さえる事は出来ない……」
「是が非でもそれを押さえていただかなくてはなりません。そのために私が動きました」
「よせ……僕にそんな事をするな……」
 ユイリの行動に危険を察知したカヲルは、慌てて彼女から身を離そうとした。だが、カヲルがそうするのよりも早く、ユイリはベッドに腰を掛けていたカヲル に身を寄せた。
「よすんだ……僕はそんなことをしたいと思っていない」
 だがカヲルの行動は、彼の言葉を裏切っていた。カヲルは、まるで引き寄せられるようにユイリの肩に手を掛けていた。
「碇シンジが綾波レイを抱こうとしなかった訳、それを今教えて差し上げます」
 ユイリは、カヲルを引き寄せるようにしてベッドに倒れこんだ。







続く

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