「マイケル、ステファン!!」
 ズタズタに引き裂かれるスモールの姿に、ミサトはようやく自分自身を取り戻した。だが、それは完全に時期を逸しており、今更彼女達に失地回復の余地は残 されていなかった。いや、初めからこの戦いは勝ち目の無いものだった。それでも彼女は戦いを放棄する訳にはいかなかった。それは取りも直さず、ネルフこそ が人類に残された最後の砦だからである。
 そして同じ頃、食いいるようにモニタを見つめていたアスカもまた決心していた。シンジはエヴァを残すつもりは無いのだ。それは完膚なきまでに破壊し尽く されたスモールを見れば分かることだった。ならば自分を守るために戦わなくてはならない。
「あんたにやられるわけにはいかないのよ……」
 ゆらりと立ちあがったアスカの瞳は、確実に狂気の色を湛えていた。だが、それこそシンジが求めたものだと言うことを、今のアスカに知る由も無かった。















Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-16th Episode-















 旧ネルフ本部の地下深く、シェンは赤木リツコと二人きりで端末に向き合っていた。彼らはたった二人で、オリジナルMAGIを手足として全世界に対 してクラッキングを行っていたのだ。類希なる二人の才能の前に、ネルフの所有する3台のスーパーコンピュータを残し、世界が陥落するのに2時間と要しな かった。さらに彼らは配下に置いたコンピュータも動員し、最後の砦ネルフ本部へと迫った。ことここに至るまで、イロウルの力を借りなかったのは驚嘆に値す るものだった。
「人というものは凄まじいものだね」
 イロウルの力を借りずにほぼ世界を掌握した二人に、カヲルは称賛のつぶやきを漏らした。彼の目の前では戦いのさなかというのに、二人はゆっくりとコー ヒーを飲んでいるのである。ここでイロウルを投入すれば、一気にネルフを落とせるのだが、そこまでする必要は彼らにはなかった。別に使徒の力を借りること に対して躊躇いがあったわけではない。ただこのまま置いておいても、ネルフが落ちるのも時間の問題であると彼らは考えていたのだ。それよりも、あまりにも 完璧に叩きすぎてエヴァが出てこれなくなる事態を彼らは恐れていた。
「ネルフも頑張っているようですね」
 リツコに向かって、シェンは感心したように呟いた。その裏には、自分の仕事に対する絶大なる自信が見えていた。
「一応はMAGIの10倍の性能を持つ相手よ。簡単に落ちるようじゃ情けないわ」
「確かにそうですが。でも力技だけでは時間の問題ですね」
「そうね。このままやれば後5時間と言うところかしら。でも事態は、それより早く動きそうよ」
「こらえきれなくなって、エウロパを隔離するからですか?」
 シェンの問いかけに、リツコはそうだと頷いて見せた。
「このままじゃ完全に手詰まりなのよ。出撃したエヴァのサポートも出来ない状態じゃやってられないでしょう?」
「我々はそのタイミングを待てばいいというわけですね」
 リツコはもう一度頷いて、目をドイツの戦況を伝えるモニタへと向けてため息を吐いた。そこには初号機が鬼神のように次々とスモールを破壊していく光景が 映し出されていた。
「……本当にシンジ君は変わってしまったのね……」
 手加減の後は見られるのだが、それでも中のパイロットが無事とは思えないような破壊の仕方をしているのだ。その姿は、どうしてもリツコの知るシンジから は遠くかけ離れてしまっていた。そのリツコの呟きに、別に驚くことでもないとシェンは平然と答えた。
「赤木博士が、彼にどういう姿を期待していたかの問題でしょう。私の目から見れば、今彼が取っている行動は極めて理に叶ったものです。赤木博士は、彼から 彼が過去味わったものをお聞きでしょう。だからそのバイアスが掛かっているのではないですか」
 その問いかけに、リツコは神妙な面持ちで頷いた。シンジに淡々と告げられた事実に、リツコは自分達の罪の重さを思い知らされていたのだ。
「彼が味わってきた地獄、それを考えたら逆に彼は変わっていないとも言えるでしょう。私の知っている限り、あそこに捕まった子供で成人を迎えられたものは 一人も居ない」
 その実、シンジが陥ちた娼館では病気や暴行、そして脱走の処罰で月に3割もの少年が命を落としていたのだ。しかも客の中には、初めから殺すつもりで少年 を買うものも居たのだ。彼らはほんのわずかな金を出すだけで、彼らの持つ破壊性を満足させることが出来るのだ。そして後の始末はすべて娼館側がやってくれ る。ある意味、体を犯すのよりも禁忌とされているだけにその悦びも大きなものだった。すなわち、少年達の身柄など売る側・買う側にとってそれ以上のもので はなかったのだ。
「地獄と言うのは、まさにあのようなところを言うのでしょう。毎日のように新しい仲間が増え、知っている顔が消えていく。そんな中をシンジは生き残ってき た……いったい何が彼を支えたのでしょうね」
 呟くように語られる事実に、リツコは体が強張ってくるのを感じていた。一度は聞いた話なのだが、それでも他人の口から語られることでその非道さが身にし みてくるのだ。そして自分自身、それに間接的に荷担していたことになる。
「一つ聞きたいのだけど……どうやってあなた達は出会ったの?」
 シンジの身の上を聞かされたリツコだったが、彼と龍家の接点だけは聞かされていなかった。
「シンジから聞いていないのですか……」
 ふと考えるそぶりを見せたシェンだったが、椅子に座りなおしてリツコに向かい合った。
「別に隠す必要は無いと言われていますからね。時間も有る事ですし、いいでしょうお教えします」
 リツコもシェンにあわせて椅子に座りなおした。
「今から3年前、2018年1月のことです。丁度我々は抗争の真っ只中に居ました」
「1年前に父を無くし、祖父の側近も次々と暗殺されていきました。そんな時、祖父の下に二人の子供が送りつけられてきたのです。それがシンジとグロリ ア……その頃はジョンと呼ばれていました」
「彼女も……その、そうなの?」
 意外な名前に、リツコは確認するように尋ね返した。
「ええ、そうです。それは明らかに胡散臭いものでした。春楼……二人の居た娼館ですが。実は彼らは暗殺にも手を染めていることは公然の秘密だったのです。 そしてその通り、二人は文字通り腹の中に爆弾を抱えて来ていました」
「爆弾……?」
「ええ、爆弾です。奴らはその爆弾を、二人が私たちの目の前に連れ出されたとき爆発させるつもりだったと言う事です」
「……あなた達も狙われたというわけね。それであなた達はどうしたの……」
「何か裏が有る事は分かっていましたからね。ただそれが爆弾だとは思っても居ませんでした。子供が送られてきたと聞いた時、何を企んでいるのか、拷問に掛 けて吐かせようと祖父はしました」
「拷問って、どうするの?」
「その事に関しては、説明を省かせてください。とても女性に対してお話できるような内容では有りませんから」
 シェンが明らかな嫌悪を示した事で、リツコはその事に触れるのは止めにした。本筋に関係の無い事なら、わざわざお互いいやな思いをする事は無い。
「拷問自体は部下がしたんですが。シンジもグロリアも祖父に話すとしか言わなかったんです。何をどうしようと、拷問する方が根を上げるぐらいの我慢強さ だったそうです」
「それで、どうしたの?」
「その辛抱強さに感心した祖父が二人に会いにいきました。そしてその場で起こった出来事で、祖父は二人を逃がすことになりました」
「何があったというの?」
「祖父が見に行ったときには、二人はほとんど虫の息だったと言うことです。それでもシンジは、祖父に向かって彼を送り出した組織のことを話しました。そし てその目的も……そしてその上で彼は自分たち二人を助けて欲しいと頼みました」
「それであなたのお爺さまは彼らを助けたの?」
 そのリツコの言葉に、シェンは首を横に振った。
「祖父は、彼らに証明する事が出来るのかと尋ねました。もちろんそんな真似が出来るわけがないことを承知の上でです。彼らがそれにどう答えるか?祖父はそ れが知りたかったのです」
「それでシンジ君はどう答えたの?」
「彼は言葉ではなく、態度で示しました。自分で自分の腹を引き裂いて」
「腹を引き裂いた……?」
 壮絶な話である。囚われの身であるシンジが刃物など持っているわけは無い。だからこそシェンも、“引き裂いた”などという表現を使ったのだ。それを行っ たのがシンジだと言うことも含めて、リツコにはとても信じられない話だった。
「そう、彼は腹を引き裂いて、そこから爆弾を取り出したのです。これが証拠だと。そしてもう一人にも同じものが入っているので、そちらは手術で取り出して 欲しいと言いました。そしていつ気を失ってもおかしくないのに、じっと祖父の瞳を見つめていたんです。死の淵にいながら、その瞳は死んでいなかったと祖父 は言いました。その瞳に気圧されたとも」
「それであなたのお爺さまは彼らを助けたの?」
「いえ、もう一つだけシンジに質問をしました。何故それほどまでに生に執着するのかと」
「シンジ君はなんて答えたの?」
「それだけは祖父は教えてくれませんでした。このことは自分の胸にしまって置かなくてはいけないと」
「それであなたのお爺さまは二人を助けたのね」
「ええ、すぐに応急手当をしました。そして彼らが歩けるようになるのを待ちました」
「それからどうしたの?」
「彼らが歩けるようになったとき、少しの金を持たせて二人を解放しました」
「解放……?放り出した、の間違いじゃない?」
「それは見解の相違です。もっとも私自身、それを積極的に否定する理由はありませんが」
 シェンの話に、リツコはためていた息を吐き出した。何かが有ったとは思っていたが、彼女の予想を上回るすさまじさであったのである。そしてもう一つ、良 くぞ生き延びてくれたとも思った。もしシンジが死を選んでいたのなら、先のオリュムポスの襲来で人類は滅びていたのだ。
「この話にはまだ続きが有ります。そのちょうど一年後、私達は彪の一族に追い詰められました。屋敷を襲われた私と祖父は、部下の手引きで命からがら逃げ出 しました。けれど彪の追求は厳しく、とても逃げきれるものでは有りませんでした。そして私たちはとうとう雲南で、奴等に追いつかれたのです。こちらは私と 祖父を含めて5人。それに引替え、私たちを取り囲んだ彪の手のものは20人を超えていました。もはやこれまでとあきらめた時、私達は突如現れた二人の女性 によって救われたのです」
「それがユイリとグロリアと言う訳ね」
 リツコの指摘に、シェンは肯き同意した。
「そうです。ユイリとグロリアは、私達を包囲していた彪の手のものを次々と倒していったのです。それはもう鮮やかで、武術に自信のある私でも、目で追いき る事が出来ない動きでした。もっとも、包囲している奴等が倒されたからと言って、その時の私たちは安心することは出来ませんでした。私を追っている方が手 柄を争って仲間割れしただけかもしれないからです」
 そういう事もあるだろうなとリツコも納得した。戦いの帰趨がはっきりしてきたとき、次に問題となるのは勝組みの中で誰が上に立つのかなのだ。その綱引き の中で、龍家の当主を仕留めたと言うことは、序列を決める上で重要な要素となり得るのだ。
「でも、違ったわけでしょう?」
「ええ、20対5から2対5に変わったわけですが、私たちの絶望はさらに大きくなりました。どう見てもその二人がどう見ても勝てる相手ではないことはひと 目で分かりますからね。でも二人は、私達の不安をよそに彪の手のものを片付けると、祖父の前に跪き、そして詫びました」
「詫びた……謝った?」
 二人の意外な行動に、聞き間違いかとリツコは聞き直した。
「ええ、遅くなって申し訳ないと。でもそう言われても、私たちには二人が誰なのか分かりませんでした。少なくとも、私たちの手のものにそのような女性は居 なかったのです。何者なのかと言う疑いはありました。でも、私たちには彼女達を信用するしか道は残されていませんでした。何しろ今更私たちを騙したところ で、彼女たちに得るものは無いのですから」
「そして、あなた達は彼女達のおかげで盛り返すことが出来たわけね。でも、彼女達はどうやったの?」
 どこの世界でも、そう簡単にパワーバランスが変わるものではない。確かに龍家の当主は窮地を逃れたのだが、逆にいえばただそれだけのことでしかなかっ た。決定的なところまで傾いた情勢を覆すには、そこまでに費やされた精力以上の精力を注ぎ込まなくてはならない。
「それが……穏便な話し合い……なんです」
「はっ?」
 予想外のシェンの言葉に、思わずリツコは自分の耳を疑って聞き返した。だがシェンから繰り返された言葉に、もっとも自分の予想から離れてた手段がとられ たことを知らされた。
「信じられないのは理解できます。言っている私ですら、説得力の無い話だと思っていますから。でも事実は、ユイリが先頭にたって、話し合いによって私たち に反旗を翻した者達を翻意させていきました。もちろんそれは、周到に用意された戦略に基づくものでした。龍家に反旗を翻したと言っても、彼らの中に温度差 はあります。積極的に動いているものと、消極的に従っている者。野心を持っているもの、保身を図っているもの。そのことごとくをユイリは絶妙に切り崩して いきました。その戦略眼、そして人を見る目の確かさ、それは祖父をして舌を巻かせるものでした。しかしそれ以上に祖父を驚かせたのは、彼女が持っているカ リスマ性だったのです。翻意したもの、その全てがユイリに対して心酔していたのです」
 このときリツコが思い出したのは、碇ゲンドウではなく碇ユイの方だった。碇ゲンドウ、冬月コウゾウ、そしてゼーレの老人達。その並々ならぬ者達を惹きつ けたのは、ほかならぬ碇ユイだったのである。
「もちろん流れが私たちに向いてきたことで、私と祖父の命はそれまで以上に執拗に狙われることになりました。しかしそのほとんどは、私たちの目に触れる前 にユイリとグロリアによって始末されました。結局、ユイリの手によってたった3ヶ月で、そのわずかな期間で龍家はもとの地位に返り咲きました。父の暗殺か ら始まった我々民族全体を揺るがす騒乱が、二人……実質的に一人の女性の力で幕を閉じたのです」
「……す、凄いわね……」
 ユイリの為し得たことが並大抵のものでないことはリツコにも想像が付いた。
「ええ、祖父も震えが来たと言っていました。それは私も同じでした。とてもじゃ有りませんが、私には逆立ちしても真似の出来ることでは有りません」
「……よく、そんな二人を部下に出来たわね……」
 それほどの才能をもった女性なのだ。それを配下に置くには、上のものにそれ以上の才覚が求められることになる。
「お恥ずかしい話ですが、私と祖父はそこで違っていました。祖父は喜んで彼女を受け入れ、私の妻になることを欲しました。ですが私は彼女を受け入れること は出来ませんでした。あまりの格の違いを見せ付けられて、私の心は黒い嫉妬の固まりになっていたのです。私は、私に対して忠誠を尽くすと言うユイリを信じ ることが出来ませんでした」
 それもそうかな、とリツコは感じていた。だが、それとは別に、何故そんなことまでシェンが自分に話すのか疑問を感じても居た。なぜならいつのまにか、 シェンの話は過去を懺悔するものに変わっていたのだ。
「赤木博士、あなたはシンジとユイリの関係をどう思っていらっしゃいますか?」
「どうって……難しいわね。もともとはシンジ君が作り出した仮想人格なのだろうけど、それにしては考え方がシンジ君とは違いすぎるわね。それにかなりシン ジ君とは人格も違う……その関係と言われても、単なる多重人格の一つとも言えないし……そもそも、彼にはそんな多重人格は存在しなかったはずだし……」
 はっきり言って、それはリツコにはお手上げだった。何しろシンジに関しては、エヴァ搭乗時に各種検査が施されているのだ。その中でこのような多重人格の 存在は、可能性すら報告されていない。しかも人格のみならず姿かたち、そして性別まで変わってしまうのだ。実は別人でしたと現れてくれる方が、彼女にとっ て受け入れやすかった。
「あれはシンジの思いなんです。自分の存在を消してしまいたいと言うシンジのね」
「思い?自分を消してしまいたいと言う思い?」
「ええ、碇シンジと言う人間を消してしまいたい、そして違う人間にと言う強い思いです。その思いがユイリ・アンカなる女性をシンジの中に作り上げました。 二度と碇シンジには戻らないと言う思いを込めて」
「なぜ……そんなことを……」
「ある女性のためには自分は居てはいけない。彼はそう思ったそうです」
「アスカ……のことよね」
 リツコの指摘に、シェンは渋い顔をして頷いた。
「でも、何故あなたはそれを知っているの?女の姿を得たのなら、そのまま黙って生きるのが一番いいはずなのに……メディカルチェックでも彼女は完全に女 だったわ。女として生きるのに、何の不都合も無いのよ。望めば子供だって産める……」
 リツコがそう言ったとき、はっきりとシェンの顔が歪んだのが彼女の目に映った。そのこと自体、彼にとっては苦い過去なのだろうとリツコは理解した。
「ごめんなさい。どうやら聞いてはいけないことのようね」
「いえ、いいんです。私の犯した罪として聞いておいてください。先ほど、祖父は彼女が私の妻になることを欲したと言いましたね。そしてそれを私は受け入れ ることが出来なかったと」
「え、ええ……」
「実はユイリもそれを拒んでいたんです。今から考えれば当然のことなのですが、勝手なことにそのことも私は気に入りませんでした。自分で拒んでおきなが ら、相手に拒まれればそれが気に入らない。それが幼稚なことだと今は分かります。でもその時はそうではありませんでした。そして逆恨みをした私は、ユイリ が私に従うことをいいことに、私は彼女に対して最低のことをしました」
「……どうしたと言うの?」
「彼女を犯したんです。そのときのことを思い出すと、未だに自己嫌悪を感じます」
「ユイリの正体がシンジ君だったから?」
「違います。そんなことは問題じゃない」
 吐き捨てるように言うシェンに、リツコは彼の感じた後悔の深さを知った。
「忠誠を試すようなまねをして!嫉妬を晴らすため、彼女を堕とそうとした自分!恩を徒で返した自分に……」
 そう吐き捨てたことで少し落ち着いたのだろうか、シェンはリツコの瞳を正面から見つめた。
「でも一番最低なのは、私が彼女の抱いていた苦悩を気づいてあげられなかったことです。一時の激情に駆られた私を、彼女のはやさしく受け入れてくれまし た。彼女は私の抱いた負の感情のすべてを受け止めてくれたんです……それにひきかえ私は、彼女の苦悩を分かってあげることは出来なかった」
「……どう言うこと?」
「自分が贋物だと彼女は知っているのですよ。それなのに、本当の女性と同じように扱われたらどう考えるでしょう?だから祖父に、孫の妻になって欲しいとい われたときすぐに断ったのです。自分はそのようなものではないからと……」
 シンジならありえそうな話だとリツコは思った。嫌いな自分を捨てる為とは言え、それはあくまで自分に対してのことなのだ。その偽りの姿で人を騙すこと は、彼にとって受け入れがたいことなのだろう。
「それを彼女から聞いたのね……」
「ええ、情けないことに、私は彼女にのめりこみました。そして現金にも、自分の妻になって欲しいと彼女に頼んだのです。そのときに聞かされました。慰み者 にするのなら構わないが、自分を妻にしようとは思わないで欲しいと。そして彼女は、納得しない私にもう一つの姿を私に見せてくれました」
「それがシンジ君と言うわけね?」
「そうです。このように自分は贋物だから、情けを貰うだけでも大それたことなのだと。そしてこんな贋物でもよければ、いつでも慰み者にしてもかまわないと 彼女は言いました」
「それで?」
「ゆっくりと話し合いました。その中で、彼はこれまで有った事を話してくれました。彼の両親の事、彼がしてきた事……その話に私は驚かない訳にはいきませ んでした。ユイリは私達を助け、そして仕えるのは恩返しだと言いました。ならば私は彼からそれ以上の恩を受けている事に成る。だから私は彼の願いを聞き、 そして義兄弟の契りを結びました」
「そう、そうなの……」
 自分を卑下していたシェンだったが、リツコは彼に対して違った見方をしていた。間違いを間違いとして認めることが出来る。それも一つの資質なのである。 そして、その資質を持った指導者が如何に少ないことか。だが目の前の青年はそれを持っているのだ。そう言った意味で、彼はまた指導者として相応しいのでは ないかと。
 彼らがシンジの過去を紐解いていたとき、事態は新たな展開を迎えていた。すべてのスモールが殲滅され、初号機が再びネルフに向けて進攻を始めた時、その 前に立ち塞がるように弐号機の姿が現れたのだ。
「いよいよですね……」
 そう言ってシェンは、過去の話を打ち切り正面のモニタを見つめた。弐号機が出てきた以上、ネルフには後が無いのだ。それは同時に、彼らの戦いも最終局面 を迎えること言う意味だった。
「そうね、でも最後に一つだけ教えて……どうしてあなたは私にこんな話をしたの?」
「懺悔……そういう意味もありますが……でも、本当は知っておいて貰いたかったんです。今目の前で戦っている碇シンジがどう言う人間だったのか。彼が何を 見、何を体験し、そして何に苦悩したのか……」
 そう静かに語るシェンに、リツコは何か不吉なものを感じていた。








続く

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