ネルフドイツ本部は今、重大な選択の時を迎えていた。何とか弐号機は出撃したのだが、状況はいっこうに改善される見込みは無いのだ。正体不明の ハッキングに対しては、かろうじて均衡を保っている状態にある。だが防壁を張るのに精一杯の状態では、弐号機に対して有効な支援は望み得ないのだ。しかも 今弐号機が向かい合っているエヴァンゲリオン初号機は、スモールに対して明らかに弐号機を上回る力を見せ付けていた。このままではジリ貧である。
「司令!エウロパの外部接続遮断の許可をお願いします!」
 その中でミサトの選択は、エウロパを外部から切り離すことだった。そうすれば少なくともドイツにある武器は運用できる。だがそれは同時に、他の二台、エ ンタープライズ、崑崙を放棄することに他ならなかった。
「……やむおえまい……承認する……」
 ヘルマンは、わずかな躊躇いの後ミサトの上申を承認した。守るべきは弐号機を含めた戦力であり、支部の優先度はその後になる。すべてのスモールを失った 今では、弐号機の重要性はさらに高まっていた。そして司令の言葉に答えるように、オペレータたちはあわただしく外部切断の準備に取り掛かった。何しろ弐号 機を失った時点で自分達の敗北なのである。今は一分一秒を争うときだった。
「いいこと、制御を取り戻し次第、弾幕を張って。そしてインドラの急速充電、それとレールガンの発射準備を急いで!」
 ミサトはそう檄を飛ばすと、パイロットに通じるマイクを取った。
「いいアスカ、むやみに近づかないで。インドラとレールガンで仕留めるわ。もしだめでも、こちらの攻撃の隙を狙って仕掛けて!」
「……わかったわ……ミサト」
 思いつめたような表情が気になったが、ミサトはすぐに次の手を打った。じっとりと手のひらに感じた汗が気持ち悪かった。
「初号機に回線を開いて!」
 二人が殺しあうのだけはなんとしても避けたい。だがミサトのわずかな望みも、オペレータからの報告が打ち砕いた。
「だめです、応答、まったくありません!」
 その報告に、ミサトは目を瞑って大きく息を吸い込んだ。そしてかっと目を見開くと、オペレータ達に戦いの指示を出した。
「エウロパ切断のカウントダウン開始!」
 もはや引き返すことの出来ないところに、ミサトは追い詰められていた。















Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-17th Episode-


















 弐号機の出撃によって、リツコとシェンの間に一瞬の緊張が走った。次に予測されるネルフの行動は、エウロパのネットワークからの分離である。その 瞬間をついて、アメリカのエンタープライズ、中国の崑崙を手中にするのが彼らの計画なのだが、ネルフの方もそんなに間抜けではない。エウロパが離脱した 後、エンタープライズ、崑崙が何時までもアクセス可能な状況に置かれるはずは無いのだ。もっともエウロパを守るためには、確実にエウロパが切り離されてか らしか、彼らは動くことは出来ない。すなわちそのわずかな時間がリツコとシェンに与えられた時間となるわけだが、それもたかだが数十ミリセカンドと言う瞬 くほどの時間なのだ。その間隙を縫って、二人はエンタープライズと崑崙を手中に収める必要があるのだ。もちろん、それに失敗したとて、打つ手が無いわけで はない。だが、次の手を打つことによって、確実に失わなくてもいい人の命を失い、事態に不確実さを増す余計な時間を費やすことになるのだ。二人としては、 そのような事態は可能な限り回避したいと考えていた。
「物理閉鎖の前に、間に合いそう?」
 ログをチェックしているシェンに向かって、リツコは最後の確認を行った。その結果如何によっては、取って置きの投入が必要になるかもしれない。別にプラ イドがどうとかではなく、その手段をとった後の影響の方がリツコには気に掛かっていた。
「微妙な線ですね。占拠までは出来ますが、ラインを切り離されて再起動をさせられたら手が出なくなります。木馬を流し込むには時間が足りません」
「そうすると躊躇している暇はないというわけね」
 リツコは顔を上げると、高いところに佇んでいたカヲルの顔を見た。その意味を知るカヲルは、余計な言葉を発せず、ただ黙ってリツコの視線に対して頷い た。
「イロウル、出番だよ」
 カヲルの言葉を待っていたように、MAGIの周りで赤い幾何学模様が浮かび上がった。その瞬間、二人の手にした力はネルフの力をはるかに凌駕した。その 様子に、シェンは呆れたように呟いた。
「別に、努力することが尊いなんて言うつもりはありませんがね……でも、これはちょっと」
 二人の目の前には、一瞬にしてネルフの誇る二台のスーパーコンピュータが配下に置かれた様が映し出されていた。イロウルの手を借りることによって、エン タープライズ、崑崙は瞬く間に陥落し、オペレータのコンソール操作すらシャットアウトしていた。しかもファイルシステムの奥深くまで汚染は完了しているた め、たとえ再起動が出来たとしても、システム復旧までには気の遠くなるような時間が必要だろう。さらにあらゆる操作がシステムによって禁止されているた め、二台のコンピュータに対してネルフに取れる手段は物理的排除、すなわちシステムの破棄しかなくなっていた。
「過去の経験を生かさない方が悪いのよ。割り切りましょう」
「そうですね、それでは次の段階に移りましょうか?」
 そう言って二人は次のステージへと移行した。シンジの目指した完全な武装解除のためには、すべての迎撃兵器を無効化しなくてはならない。そのためには軌 道上に浮かぶ攻撃衛星も例外ではない。二人はすでに確保した地上施設からエネルギーを送り、エンタープライズ、崑崙の配下にあるインドラ1号機、2号機の 射撃準備を行った。目標は軌道上に浮かぶすべての攻撃衛星、もちろんその中には、初号機を迎撃しようとしているインドラ3号機も含まれていた。
「……しかし、これに掛かった資金を考えると……少しもったいない気もしますね」
「別に良いじゃない。私たちの懐が痛むわけでもないし。それにこれぐらいの出費で命が助かるのなら、感謝こそされ、恨まれる筋合いは無いわ」
「確かにそうなんですけどね。でも、このままじゃ、3号機の破壊が間に合いませんよ」
 モニタに映し出されたスケールから、1号機による3号機の破壊は、3号機が発射可能になってから30秒近く遅れることになっている」
「……シンジ君なら何とかするでしょう」
「……どうやって?ATフィールドを十分貫けるエネルギーがあるんでしょう?」
「……さあ、それぐらいのことは考えているでしょう?そうじゃなきゃ、インドラに撃たせてもいいなんて言わないでしょう?」
「そりゃあ、まあ、そうですけどね」
 二人はそこで会話を打ち切り、インドラが発射可能になるのを黙って見つめていた。




「エンタープライズ、崑崙が陥落しましたぁ!」
 エウロパを外部から遮断した途端、残りの2台のコンピュータのモニタを行っていたオペレータから悲鳴が上がっていた。ある意味予想された事態ではあるの だが、それにしてもそこに至るまでの時間が、彼らの予想を大いに上回っていたのだ。それに、たとえ陥落しても、システムの遮断・再起動を行えば回復できる と踏んでいたのだ。それが出来ないほど、完膚なきまでに蹂躙されるとはさすがにスタッフにとっても予想の範囲外であったのだ。だが、現実はエンタープライ ズ、崑崙ともに正体不明の敵の手に落ち、それを取り返すのは容易でない状況にあった。
「インドラの準備を急いで!落とされる前に使用するわよ!!」
 慌てるスタッフを前に、ミサトはそう檄を飛ばした。各衛星は、その地区のメインコンピュータの配下に置かれる。エンタープライズ、崑崙が敵の手に落ちた 以上、2機のインドラも敵の手に落ちているのだ。このままでは使用しないうちに虎の子が撃墜されてしまう。
「了解、インドラ3号急速充電開始!姿勢制御!照準を地表に変更します!」
「地上の退避間に合いません!」
 そのとき、初号機によって撃破されたスモールの救助活動を行っていた部門から抗議が上がった。初号機が健在のため、その救援活動は遅々として進んでいな かった。そのため、インドラの影響圏には作業員を含め、まだ大勢の関係者が残っていた。
「退避を急がせて!」
「なら敵を何とかしてください!!」
 ミサトはむぅと唇を噛んだ。初号機を牽制しようにも、弐号機と初号機の力の差は明らかである。何の支援も無いまま初号機に仕掛ければ、あっという間に弐 号機も粉砕されるのがおちだろう。かといってもう一つの虎の子も同じ理由で使用できない。その射線上には未だ多くの作業員が改修作業を行っているのだ。
「1号機、2号機、発射準備完了まで後60!!こちらは後25で発射準備完了となります!!」
 さらに悪いことは重なるものである。ミサトが危惧した通り、敵はこちらのインドラに照準を合わせてきたのである。このまま手をこまねいていれば、なにも しないうちにネルフは丸裸にされてしまうのだ。ミサトは一瞬の逡巡の後に、オペレータに向かって指示を出した。発射準備が整い次第、すぐに攻撃を開始する と。
「しかし……はい、分かりました」
 射撃担当のオペレータは、何かを言いかけたが、それはミサトのまなざしに遮られた。一瞬の逡巡が取り返しの利かないことになる。それは彼にも十分に理解 できたのだ。
「カウントダウンします。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1…発射準備完了!」
「撃てぃ!」
 わずかな躊躇いもなく、ミサトはすぐに攻撃を命じた。その瞬間初号機の周りの空気がプラズマ化し、遙か上空から一条の光の矢が初号機へと伸びた。その攻 撃が本当に役に立つのか、そしてその先になにが有るのか?今のミサトは運を天に祈るしかなかった。




 すべての攻撃には意志が込められている。それは無生物から行われるインドラの雷撃にしたところで同じことであった。上空から降り注ぐ敵意に、シン ジは攻撃される前からその存在を察知していた。
「味方の待避を待たずにか……相変わらず、目的のためには手段を選びませんね」
 シンジとしては、攻撃を受けるまでもなくネルフを破壊することは可能だった。だが単に破壊するだけでは、彼の目的が果たせないため、敢えて弐号機の出撃 を待ったのである。シンジにとって重要なのは、ネルフの完全な無力化だけではない。15の歳にしでかした過ちの清算も必要なのである。
「いつも、ミサトさんの作戦の尻拭いをさせられている気がするな……」
 そう言ってシンジは、手に持った槍を頭上にかざした。防ぐだけなら簡単である。はじき返すか、散らしてしまえばいいのだ。だがその結果、初号機の周りは ただでは済まない被害が発生する。もっともその方法を採ったのはネルフであり、ミサトであるのだ。後に残る被害の責任までシンジは負う必要など無い。それ でもシンジは、必要以上の被害が出るのを良しとしなかった。
「どっちにしようかな……」
 少し迷ったシンジは、槍を振り回し頭上の空間を切り裂いた。そしてそれをATフィールドで固定し、降り注ぐインドラの矢をその中に受け止めた。その様子 は、初号機の上空に開いたトンネルに、光の列車が吸い込まれていくようでもあった。そして光の最後の一滴がその空間に吸い込まれたとき、その場には攻撃を 受ける前とは全く変わらない初号機の姿が有った。
「何なのよ……」
 狂おしいほどの狂気も、圧倒的な初号機の力の前にそれを維持することは叶わなかった。自分では受け止めることも適わない攻撃を容易く受け止めた初号機の 姿に、アスカは我を忘れてその姿を見つめていた。そんなアスカの意識を、通信機から聞こえてきた緊迫したミサトの声が現実に引き戻した。
「レールガンを使うわ。アスカ待避して!!」
 急速充電を行ったところで、インドラの第二射にはまだ時間がかかる。それに、情勢から行けば、敵はそんな時間を彼らに与えてくれるわけがないのだ。それ を理解しているミサトは、すぐに攻撃方法をインドラから地上迎撃へと変更した。まともに戦って、弐号機が今の初号機に敵うとは考えられない。だからこそ、 弐号機を支援するためミサトは地上からの攻撃に固執した。
「了解……ひいっ!」
 アスカとて馬鹿ではない。冷静な目で見て見れば、今の初号機を止めるには自分では力不足なのだ。せいぜい援護を利用して攻撃することしか、彼女にして見 ても打開策など無かったのである。だが、シンジはそれすら許さなかった。初号機は自前のロンギヌスの槍ではなく、スモールが手にしていたまがい物を拾い上 げると、それをレールガンの攻撃に備えて退避しようとしていた弐号機に向かって投げつけた。まがい物とは言え、仮にもロンギヌスの名を冠した槍である。初 号機のフィールドを破ることは出来なくても、弐号機やスモールのフィールドは、その槍の前では薄紙も同然なのだ。とっさのことにATフィールドで防ごうと したアスカだったが、その試みをあざ笑うかのように槍はやすやすと二号機のATフィールドを突き抜けた。その瞬間、アスカは自分の死を予感した。
 だが必殺のはずの槍の攻撃は、死を予感したアスカの乗る弐号機を掠めて飛んで行った。


「外れた……外した?」


 意外なところに落とし穴があるのかもしれない。初号機が投げた槍が外れたことで、そこに付け入る隙があるのではないかと考えたアスカだったが、通 信機から聞こえてきた本部の混乱に、それが錯覚であることに気づかされた。シンジは狙いを外したのではない。もともと弐号機など狙っていなかったのだ。
 一方その頃、槍により攻撃を受けたネルフ本部は大きな混乱の中にいた。何しろことはレールガンのシステムが破壊されただけではすまないのだ。その中で行 き場を失った質量は、第一宇宙速度に近い速度まで加えられた運動エネルギーを放出するため、更なる破壊を行っていた。荒れ狂う運動エネルギーは、ネルフ本 部のライフラインを切り裂きドイツの安定した大地をも揺るがした。あたりは震度3の中震が襲い、ネルフで使用する電力のおよそ70%が供給を断たれた。も はや全館の生命維持、エウロパの維持に精一杯で、事実上ネルフはその活動を停止させられたのである。上空では2機のインドラによって、攻撃機能のある衛星 のすべては撃破されていた。これをもって初号機に手向かうことの出来るのは、アスカの乗る弐号機だけとなったのである。
 この状況で、戦意を保てるものが居るであろうか?だがアスカには、降伏という選択肢は与えられなかった。それは弐号機に対するアスカの気持ちが降伏を拒 んだのではない。このとき初めて開いたシンジとの通信にアスカが縛られたのだ。そのウインドウの中で、およそ過去のシンジを知るものからは信じられないよ うな冷たい視線をアスカに向け、シンジは残酷な通告を行ったのである。
「久しぶりだね、アスカ。先に言っておくよ、降伏しようがしまいがアスカの運命は変わらない。僕は“アスカの乗っている弐号機”を破壊する。昔馴染みのよ しみで、ATフィールドは解除してあげよう。抵抗できるものなら抵抗して見ればいい。もっともそんな事をしても、アスカにはどうしようも無いと思うけど ね」
 恨まれているだろう、憎まれているだろうことは分かっていた。それでもどこかでシンジのことを信じている自分が居た。しかしシンジの言葉に、その思いを 完全に否定されてしまった。行き場の無い思いに、アスカは叫んでいた。
「……なんでこんなことをするのよ……なんでこんなことをするのよ!!」
 だがシンジの方は、そんなアスカの様子などどうでもいいように、いやアスカがそうなることを望んでいるかのように言い放った。
「アスカを壊すためだよ。それ以上の理由が必要かい?」
 その顔には、ぞっとするような笑みが浮かんでいた。それは、これから哀れな人間を食らおうとする悪魔のようでもあった。
 その映像は、ネルフ本部でも見ることが出来た。レールガンの破壊に伴う館内の被害に、ネルフのスタッフは忙しそうに飛び回っていた。だが初号機との回線 が通じたことで、発令所にいたスタッフの目は初号機パイロットの映し出されたモニタへと向けられた。館内で発生した火災のほとんどは消し止められていると は言え、本部の機能は大半が麻痺していた。しかも巨大な運動エネルギーによって削られた地形は、ネルフの所有する通常兵器を使用することも妨げていた。と どのつまり、彼らは現状に対して、単なる傍観者としかなりえなかったのだ。そんな中でも葛城ミサトは、通信機のマイクを握り締め、必死に初号機に対して呼 びかけを行っていた。
「バカなことはやめるのよ。そんなことをしてどうなると言うの。お願いだから考え直して、敵は間近まで迫ってきているのよ」
 答えが返ってくると言う期待は無かった。だが意外なことに、シンジはミサトの呼びかけに答えていた。だがそれが彼女達に希望をもたらすかどうかと言うの は別のことである。
「この期に及んでそれですか?こういうときは『助けてください』って命乞いをするものですよ。自分達には大儀があるとか、自分達が正しいなんて思い上がり がこういう結果を招いた。そう考えたことは無いのですか?あなた達はもう少し自分達を省みた方がいい。もっともこの忠告も役に立たないかもしれませんね」
「……私たちは暴力に屈服しないわ!あなたにもUMAにも!!」
 搾り出すように吐き出されたミサトの言葉は、単にシンジの冷笑を招くだけだった。
「そういうあなた方が、一番他人に対して暴力を振るって来たのではないですか?それに私たちって誰です?まさか世界中って意味じゃあないですよね。もしそ うなら、それはたいした思い上がりだ」
「事実よ!!私たちは世界中の信任を受けているわ。いきなり暴力で世界を押さえたあなたとは違う!!」
「なるほど、世界中の信任ですか?ちなみにネルフは、このことを公にしましたか?」
 さり気無く言われた言葉に、ミサトはとっさの言葉に詰まった。遊星Zの存在を極秘事項として以来、UMAの存在、強いてはNERVの存在目的は、民衆レ ベルにまでは公にされていないのだ。その存在を知るのは、あくまで各国の上層部ならびに軍部でしかない。
「それは……仕方が無いのよ。世界中をパニックにするわけにはいかないから」
「また仕方が無いですか?いいですね、あなた達は。自分に都合の悪いことはすべて仕方が無いで済ますことが出来る。でも考えたことがありますか?あなた達 が仕方ないと切り捨てたもののことを。その一人が僕だと言うことを?僕が何に苦しみ、何を考えたかだなんて、あなた達は考えたことがあるんですか?」
「シンジ君には悪いと思っているわよ。でも私たちだって苦しんだのよ!」
「苦しんだ?あなたが?パイロットのことなんか平気で見捨てることの出来るあなたがですか。あなたが困ったのは、初号機が動かなくなったことだけで しょ?」
「違うわよ!あなたは私の大切な!」
「家族だとでも言いたいのですか?違いますね、あなたにとって僕の存在などペンペンと同じなんですよ。自分の寂しさを紛らわすために、家の中では行儀のい い元気な子供で居て欲しかっただけです。違いますか?家族と言うのなら、姉と言うのならどうして僕が苦しんでいるとき、何もしてくれなかったのですか?家 族と言う立場と、上官と言う立場を都合のいいように使い分けるのがあなたの言う大切な家族に対してすることですか?」
「……私は努力したわよ……」
「結果が伴わない、そして相手に伝わらない努力は、単なる自己満足、自己弁護ですよ。その結果がこれだとまだ気づかないんですか?」
 ミサトが何を言おうとそれは言い訳にしか過ぎない。彼女がシンジを切り捨てた事実は変わりようがないのだ。ミサトは、モニタ越しに見えるシンジの冷笑 に、報いが来たのだと思い知らされた。だからと言って、このまま何もしないのは彼女の立場が許さなかった。
「アスカ、聞こえる?」
「おやおや、説得がうまくいかないと思ったら、次は力づくですか。結局あなた達は暴力に頼っているんじゃないですか。まあいいでしょう。暴力はそれ以上の 暴力の前には無力なんですよ。今それを思い知らせてあげますよ」
 そう言ってシンジは、初号機の持っていた槍を大地に突き刺した。それだけのことで、ネルフ本部を大きな地震が襲った。
「何が起こったの!!」
「分かりません、槍が何かをしたとしか……」
 ミサトの質問にもオペレータは要領の得ない答えしか返せなかった。今目の当たりにしている一つ一つのこと、すべてが彼らの想像の域を越えているのだ。今 ここに、明確な答えを持ちえるものなど誰も居ないであろう。
「リツコが居てくれたら……」
 無意識のうちに、ミサトはかつての親友の名を呟いていた。だが、その親友を『仕方が無い』と切り捨てたのも、また自分であることを彼女は忘れていた。
 ネルフに出来ることは、ゆっくりと弐号機に近づいていく初号機の姿を見つめることだけだった。







続く

inserted by FC2 system