初号機を包む光に、ネルフは小さくない混乱に巻き込まれた。なぜならすでにインドラは彼らの制御下に無く、初号機を攻撃するはずなど無いのであ る。しかも、エウロパの測定データは、そのエネルギーが、彼らの制御下に有る時よりも遥かに大きな物を示しているのだ。その事を取っても、理解不能な出来 事なのである。
 依然としてインドラは、ネルフの制御に戻っていない。となれば考えられるのは、シンジの側の仲間割れなのだが、そもそもシンジの仲間と推測されるシェン が、何故ここに来て手のひらを返さなくてはならないのか。それもまた彼らには押し測る事は出来なかった。
 だが現実は、インドラの放った矢が目の前の初号機を焼きつくさんと、莫大なエネルギーを浴びせつづけている。ATフィールドも張られていない状況では、 いかな初号機とは言えこれには耐えられないはずだった。
「初号機の様子はどうなの!!」
「だめです!エネルギーが大きすぎてモニタできません!!」
「インドラからのエネルギーは、地上から送られたものの10倍を超えています!!」
「なんでそんなエネルギーが宇宙(そら)にあるのよ!」
 未だに目の前では、初号機は光の帯の中に隠れていた。それがどういう結末をもたらすのか、ミサトは傍観しているほかに出来る事はなかった。










Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-19th Episode-











 リリス=綾波レイの作ったわずかな時間のせいで、シェンとリツコはインドラからの攻撃を防ぐことが出来なかった。通常のインドラからの攻撃なら ば、今の初号機はそのまま受けても大丈夫だろうとは考えていた。だが、今宇宙から降り注ぐエネルギーは、彼らの想像を超えたものであった。さすがにそれを 見せられては、彼らとて初号機の無事を確信は出来なかった。
 それでもシェンは、初号機を心配して手を止めることなく、彼らを欺いたイロウルへのとどめを刺すべく、用意したプログラムをネット上へと注入した。リツ コがかつて使用したのが『進化』を促進するものであるとすれば、今度シェンが使用するのはそんな優しいものではない。有る意味ガン細胞にも似た性格を持 ち、使徒の細胞をリプログラムするものである。そこでリプログラムされたバイオチップは、新たなガン細胞と変身し、使徒の細胞をリプログラムしていくので ある。すなわちこのプログラムを流すことで、指数関数的な速度で使徒の細胞はガン細胞に変身していき、共生を選択することも出来ずに、使徒は死滅すること になるのである。
「初号機はどうなっています?」
「まだ分からない……でも、これもシンジ君の予想の範囲のはず。だったら信じて待ちましょう」
 彼らが見つめる前では、未だに宇宙から光の帯が降り注ぎ続けていた。その莫大なエネルギーは初号機を包み込み、すべてを原子に返してしまうかと思われた が、そこに異変を見つけたのは渚カヲルだった。
「……おかしいとは思わないかい?あれだけのエネルギーが降り注いでいるのに、地上に被害が出ていない」
「そう言えば……」
「それに見てごらん、心なしか光線が曲がっているようにも見える……そう、喩えていうのなら初号機に向かって吸収されていくように……」
「本当?ちょっと待って!!」
 カヲルの言葉にヒントを得て、リツコは猛烈な勢いで端末を叩き出した。彼女の探しているのは重力子の観測データと、現地に於ける重力場のデータ。それを 引き出したリツコは、カヲルの言っていることの確証をそこに得た。
「……信じられない……初号機は……シンジ君は……」
 リツコの言葉が震えるのもしょうがないことだった。まさかそんなものを人工的に作り出せるとは考えも付かなかったのだ。
「そう、ブラックホールを作りだしているとしか考えられない」
 リツコに代わって答えたカヲルの言葉に、シェンはシンジの言葉の意味を思い知らされた。初号機と敵が全力で戦えば、結果はどうあれ地球は無事では済まな い。それを目の前で初号機は証明して見せたのだ。
「シンジが戦ってはいけないと言った意味が分かった……こんな大きな力が地上でぶつかり合ったら、たとえ勝利してもそれは無意味な物になる」
「なら、シンジ君はどうしようというのかい?戦わないで他に手があるとでも言うのかな?」
 シェンの言葉に、リツコはただ黙って頷き、カヲルはユイリから聞かされなかった作戦を尋ねた。
「……分からない……でも、力に力で対抗するという考えが間違いだとは分かる……そこから先は……残念だが私にも想像が付かない」
「彼らとコンタクトしたことはあるの?」
「残念だが、今の僕はその答えを持っていない。それは今の僕たちを見て貰えば分かってもらえるだろう、使徒には話し合いという選択肢は無かったんだよ」
「それがシンジ君の言う、刷り込まれた強迫観念というもの?」
「僕はそれに答えるすべを持たない。ただ示された証拠からは、それを否定することは出来ない」
「ならばイロウル以外の使徒も動くというのか?」
「……すでに動いているわ。インドラから照射されるエネルギー、明らかに地上から供給できる物を上回っているもの。使徒がS2機関からエネルギーを供給し ているとしか思えないわ」
「今度はすべての使徒を相手に戦わなくてはならないのか……」
 それもまた地球を壊す行為ではないのか?シェンの心配はそこにあった。それではオリュムポスと戦わないと決めたことが無駄になってしまうと。
「……今の初号機に挑んでは、たとえ僕達と言えども相手にならないよ。だからこのような不意打ちを行ったり、君たちを盾にしようとしたんだよ。でも、それ はすべてシンジ君の予測の範囲でしかなかったようだね」
 未だに降り注ぐ莫大なエネルギーを前に、カヲルは無感情にそう告げた。人知を超えるものと言う誇りは、ユイリとシンジの前に、もろくも崩れ去っていた。
「それでも使徒たちは戦うことをやめないの?」
「それが僕達の業だからね。すでに理屈を超えてしまっている」
「こんな無意味なことは止められないのか?」
「シンジ君にも言ったけど、僕と彼らは同格なんだ。だから僕の言葉で彼らを止めることは出来ない。見てのとおり、僕は綾波レイですら止めることは出来な かった。そして止めることが出来ないのなら、今このときにシンジ君に打ち破られた方がいい」
「あなたの仲間に滅びろと言うの?」
「僕達は滅びないよ。僕達は巨大な想念の集合体なんだ。そしてあそこに現れた姿は、その想念が生み出した虚構の肉体に過ぎない。望めば彼らも、リリンと同 じ姿をとることも出来る」
 カヲルの指差した先には、未だにすべてを焼き尽くす光の柱と、その前で呆然と立ち尽くす弐号機が映し出されていた。そしてその二機だけのステージは、使 徒と言う新たな俳優を迎えようとしていた。
「沈没船のねずみと一緒だよ。彼らはもう正常な判断が出来なくなっている。だから藁にもすがる思いで、初号機……いや、アダムに乗り移ろうとしているん だ」
 レーダに現れたあまたの影に、カヲルの表情は今にも泣き出しそうなほど酷く歪んでいた。




 これ以上何が起きても驚かないと思っていたミサトだったが、新たな使徒進攻の知らせにはさすがに肝をつぶしていた。先の戦いでは結果的に使徒は人 類の味方をした形となった。だが、それが今回も同じであるとは言えないのだ。そして何より、今この場に居るのはUMAではない。ならば使徒たちは何のため にここに現れたのか。使徒の登場と言う事態を迎え、ネルフの混乱は頂点に達しようとしていた。
「確認できる使徒の数は!?」
 だからと言って、何もしないで放置することなど出来ないことだった。ミサトは呆然としているオペレータを叱咤し、まずは現状の把握に努めることにした。 だが、その結果返ってきた答えは、彼女を愕然とさせるに足るものだった。
「確認できる限りは10体です。残念ながら衛星軌道にまでは目が届きません!!」
「どうして……そんな……」
 おそらくは衛星軌道には2体の使徒が控えているのだろう。そうすると16体の使徒が揃うのも時間の問題なのだ。それに引き換えこちらの戦力は弐号機ただ 一機、もしかしたら助けてくれるかもしれない初号機は、光の柱の中に消えたまま生死すら掴めていないのだ。
「アスカッ!」
「……分かってる……でも……」
 アスカは不安げな視線を、未だに宇宙から降り注ぐ光の柱に向けていた。使徒が迫ってきていると言う事実より、消息の分からなくなったシンジの事の方が、 今の彼女にとっての重大事であった。
「……ごめん、色々と言いたいことはあると思うけど……今だけは、今だけは力を貸して」
「……分かってるわよ……でも、シンジが……」
「今の状態じゃ、悔しいけど私たちに出来ることは無いわ」
「……そうね……」
 目の前に降り注いでいるエネルギーは、未だに弐号機では手の出しようも無いものなのだ。手が出せない以上、アスカはこちらに向かって進攻してくる使徒に 対処するしかなかった。
「分かっているとは思うけど、全部が全部一筋縄では行かない相手よ。本当なら本部から支援を行わなくちゃいけないんだけど……」
 作戦を授けようにも、ネルフ本部にはまともに稼動する武器は残されていなかった。結局は、弐号機とコピーのロンギヌスの槍だけが戦力であり、すべてはア スカの判断に委ねられていた。圧倒的な戦力差に、アスカは悲壮な覚悟を持って槍を構えた。勝てると言う甘い考えは、アスカの中には存在し得なかった。
「せっかくの覚悟を申し訳ないけど、少し地面に寝転がっていてくれるかな?」
 今にも飛び出しそうな弐号機を押しとどめたのは、通信機から聞こえてきた予想もしない言葉だった。
「……シンジ?」
「話は後、巻き込まれたくなかったら、地面に寝転がっていてくれ!!」
 ミサトだったら、一言二言あっただろう。だがアスカは、シンジの言葉にすぐに弐号機を地面へと横たわらせた。そしてそれを待っていたように、12個の光 球が初号機を中心に周囲に放たれた。
「初号機から放たれた光球、まっすぐに使徒に向かっていきます!!」
 残されたモニタから、オペレータはその光跡を辿った。そしてその言葉の通り、初号機から放たれた光球はゆっくりと〜それは感覚的なものなのだが〜使徒へ と迫った。危険を察知した使徒たちは、身を守るためATフィールドを張ったのだが、その光球はまるで障子を破るかのようにATフィールドを突き抜け、使徒 の体をそのエネルギーの奔流の中に飲み込んだ。
「し、使徒の反応が消えましたぁ!!」
 モニタを見つめていたオペレータが、そう叫び声を上げたのも無理も無いだろう。何しろ10体の使徒が、初号機の放ったたったの一撃で殲滅されたのだ。そ して彼がそう叫んだのと同時に、初号機に降り注いでいた光の柱は消えうせ、後には初号機が無事な姿を見せていた。
「シンジッ!!」
「まだ終わってない!!」
 それまでの状況を忘れ、思わず初号機に駆け寄ろうとした弐号機を、シンジの鋭い声が押しとどめた。シンジの顔に、初めて苦悶の表情が浮かんでいた。
「初号機表面にATフィールドの発生を確認!パターン青、第壱拾参使徒です!!」
 上空からの攻撃も、10体の使徒の攻撃もバルディエルの侵入をごまかすための囮だった。使徒たちは、バルディエルの特質をもって、シンジから初号機を奪 い去る攻撃に出たのである。そしてその試みは、これまでのところまんまと成功し、バルディエルは初号機を奪い去ろうとシンジに対して攻勢に出た。それを示 すように、アスカの見ている前で、見る間に初号機は粘菌のようなものに覆われていった。
「初号機を乗っ取ろうとしているの……使徒は……」
 その光景を呆然と見詰めていたミサトだったが、完全に初号機の動きが止まっているのに気づき、今なら初号機を抑えられると、同じように呆然としているア スカへの極秘回線を開いた。
「アスカ、聞こえているわね。いい、今なら初号機を無力化できるわ。このままではどちらに転んでもあたし達の負けなのよ。両者の力が均衡している今がチャ ンスなの」
「ミサト……何を言っているの……」
「初号機を倒しなさいってことよ。いいこと、初号機はその力で世界を征服しようとしているのよ。過去のいきさつはどうであれ、今は阻止しなくてはならない 相手でしょう」
「……それは……」
 アスカの中には、ミサトの言う通り初号機を倒せと叫ぶ自分が居た。ここで初号機を倒せば、文字通り自分が地上で最強となると。そして世界の期待を担うの は自分だけになると。その声は次第に大きくなり、アスカの心を支配しようとしていた。
「あなたは世界を救わなくてはいけないのよ!迷わないで!!」
「あたしは……世界を救う……」
「そう、世界を救うのはあたし達じゃなくてはいけないのよ!」
 ミサトのかけた言葉は、奇しくも小さな頃からアスカに掛けられた暗示を呼び覚ます結果となった。次第にアスカの瞳からは怯えたような影が消え、そして狂 気を感じさせる思いつめたものへと変わって行った。
「そうよ!あたしは世界を救うチルドレンなの!!」
「それが貴方たちの罪だと、まだ分からないのですか!!」
 アスカが槍を振りかぶった時、今まで動きを止めていた初号機が槍を薙ぎ払い、開いていたウインドウからシンジの叫び声が辺りに轟いた。初号機の振るった 槍は、狙い誤らず弐号機の胴を薙ぎ払い、奇麗に弐号機を両断していた。
「アスカ!!」
 如何にシンクロ率が低いとはいえ、胴体を輪切りにされたのではたまったものではない。叫んだミサトの目の前には、白目を剥いて失神しているアスカの姿が 有った。
「パイロット意識不明!!今の所生命維持には支障は有りません!」
「弐号機は!?」
「コア、S2機関とも粉砕されています!」
 コアとS2機関の破壊、それはすなわち弐号機は完全に死んだと言う事を意味している。スモール、弐号機と失った今、ネルフはその存在価値を失った。
「貴方たちはいつもそうだ……すべてを自分中心でしか考えようとしない。どんな結果になろうと、自分達が何かをしなくては気がすまない。自分よりうまく立 ち回る相手を許すことが出来ない。そんな自分勝手が、どれだけ周りに迷惑を掛けているか、貴方たちは省みる事もしない!」
 苦しそうに吐き出されるシンジの言葉に、負けじとミサトは『それは負け犬の遠吠えだ』とシンジを睨み返した。自分で考え、自分で動かない人間は、所詮他 人の都合で踊らされるのだと。そのミサトの傲慢さが、シンジの癇に障った。
「ならば、あなた達も僕の手のひらで踊るがいい。すべての力を失ったあなた達に何が出来るのか?僕は高みの見物をさせてもらう!!」
「どうするつもりよ!!」
「これ以上何もしないと言うことです。後はあなた達で勝手にやってください」
「待ってくれないか?話をしたい」
 完全に決裂したミサトに代わって、総司令であるヘルマンが、総責任者として話がしたいとシンジに呼びかけた。だがシンジはその呼びかけに冷ややかな目を 向けた。
「今更あなた方と話すことは無い。もし、ここでのいきさつを彼女一人の責とするのなら、僕はミサトさん以上にあなたを軽蔑する」
「そんなつもりは無い。だが君と話すには、彼女も冷静さを欠いたと言うのも事実だ。だから責任者として私が彼女の代わりとなる」
「僕の答えは変わらない。今更あなたと話すようなことは無い!!」
 取り付く島も無いと言うのは、こういうことを言うのであろう。シンジは完全にヘルマンの呼びかけを拒絶した。だがそのとき突然の変化がシンジを襲った。 確かに使徒との戦いは終わっていなかったが、それにしても急激に苦しみだしたのだ。それは、再び使徒が攻勢に出ただけとは考えられない変わりようだった。
「くっ……やめるんだ……今君と変わるわけにはいかない……」
「あなたは冷静さを失っているわ」
「だからと言って、君が出てくれば話がややこしくなる……」
「すでに十分拗れているわ。冷静におなりなさい」
 急に一人芝居を始めたシンジに、ネルフの一同は何事かとスクリーンを見つめた。一体目の前で何が起こっているのか?初号機パイロットの気が触れたとも思 えないのだ。使徒の影響がそこにまで現れたのかと、そこに思い至ったものには戦慄が走っていた。だが、現実はそれよりも奇であった。
「……僕は冷静だよ」
「うそね、あなたの心は千々に乱れているわ。あなたは昔からネルフが絡むと冷静ではいられないのよ。使徒たちのことを言えたものではないわね」
「そんな……ことは……ない」
「私を誤魔化すことは出来ないって知っているでしょう?現にあなたが、これっぽっちの使徒を排除できないのがその証拠」
「そんなことは……確かにそうか……確かに君の言う通りだ」
「ようやく分かってくれた?だったら少し頭を冷やしてきなさい」
「ああ、後は君に任せて、少し頭を冷やしているよ」
 何が起こるのかと見守っていた彼らの前で、唐突にその変貌は始まった。まず初めは髪の長さの変化だった。まるでビデオを早回ししたように、シンジの髪の 毛が長く伸びだしたのだ。そしてその髪の毛が背中に届こうかと言う時、今度は骨格の変化が始まった。もともと男性にしては、骨ばっていないシンジだった が、その輪郭はさらに丸みを帯びだした。サイズ自体は全体に縮小してきたのだが、逆に腰周りは横に広がり、さらに胸には豊かな膨らみが姿をあらわしてき た。
「……そんなまさか……」
「……ばけものだ……」
 驚きと恐怖が入り混じる中、シンジの変貌は最終段階へと移っていた。髪の毛は腰に届くまで伸び、そして顔つきはまさに女のそれと変わっていた。もともと 女顔と言われていたシンジだが、それも今の顔と比べればはるかに男らしい顔をしていた。
「そんな……そんなことが……」
 信じられない変貌に、ミサトがそう言葉を漏らしたとき、それまで閉じられていたシンジの瞳が開かれた。モニタには、吸い込まれそうな漆黒の瞳をもった美 しい女性の姿が映し出されていた。
「はじめまして皆さん、葛城さんとは二度目ですね。ユイリ・アンカと申します」
 声までも、シンジとは完全に変わっていた。もともとテノール系の柔らかな声をしていたシンジだったが、ユイリの声はさらに高く、そして澄み切った鈴を鳴 らすようなものだった。
「あなたが……シンジ君だったの……」
「そういう事になりますね。でも私と彼は、体を共有しているだけと考えてください。ものの考え方、そして人格、そのすべては別物ですから」
「なんで……教えてくれなかったの……」
「あなた達に教える必要が無かったからです」
「そんなことないわ!」
 大声をあげたミサトを無視し、ユイリはヘルマンへと視線を向けた。
「もう彼女に話すことはございません。では司令、何かお話があると言うことですが」
「ああ、君……達に聞きたいことがある。だがその前に、使徒はどうなった?」
 何か言いたげなミサトを押さえ、ヘルマンはそう話を切り出した。
「そんなものは、彼と入れ替わるときに吹き飛ばしましたわ。それで、お聞きになりたいことはなんでしょう?」
 使徒を排除することが、いや使徒自体が大した事が無いように言うユイリに、ヘルマンは一瞬言葉に詰まった。しかし、相手に弱みを見せるわけにもいかない と、何とか自分を押さえ込み引っかかっていた疑問を口にした。
「なぜこんな茶番を仕組んだ」
「茶番とおっしゃりますか?」
「ああ、茶番だ。考えても見ろ、こんなことをしたところで、君たちには何の益も無い。大規模な軍事展開は出来なくなったとは言え、世界が君たちに屈したわ けではないのは明らかだろう。時間とともに、我々は勢力を盛り返すことになる。そうすれば長い泥沼の戦いの始まりだ。そうなることはお互い何の得るものも 無い。違うか?」
「仰る通りです、司令。私たちは、世界を征服することに何の興味もございません」
「だったら何を目的にこんな真似をした」
「世界の武装解除ですわ。あなた達の言うUMAとあなた達を戦わせないためです」
「我々に黙って滅びを待てと言うのか?」
「結果的にそういう事になるかもしれませんね。でも、私たちは出来るだけ犠牲を少なくしてUMAにあたりたいと思っています。今のネルフのやり方では、死 者を増やすだけですから」
「ならば君たちがUMAと戦うと言うのか?」
「そういう事です。碇シンジと初号機がUMAにあたります」
「ならなぜ……、なぜ、そのことを我々に話してくれなかった。そうすればこんなことをしなくても済んだかも知れないのに」
「それはあなた達の方が良くご存知のことかと思いますわ。私たちがそう申し入れたところで、あなた達の意見はまとまりますでしょうか?結局結論が出ないま ま、ずるずると答えを先延ばしにするのではないでしょうか?」
「……その可能性は否定しない。だが、それでも我々にも知る権利はあるはずだ。そしてその上で考えることは出来たはずだ」
「あなた達の答えを待っていて、手遅れになったとしてもですか?それよりもお互い可能性で話すことは止めましょう。それでは何時まで経っても話はまとまり ませんわ」
「しかしだ……」
「実りの無い話は止めましょう。考えて見たいのなら、後ほど私たちの持っている情報を提供しますわ。そしてその上でどうすべきか考えて見てください。もし かしたら碇シンジがそれを採用するかもしれませよ」
「情報をくれるのか……」
「ええ、この敵、私たちは“オリュムポス”と呼んでいる敵のことをね」
 そう言うとユイリは、救助が間に合わず放置されている弐号機の元に歩み寄り、背中から覗いているエントリープラグに手を掛けた。
「何をするつもりだ!」
「弐号機が無い以上、彼女には用が無いでしょう?このままネルフに弄ばれるのは忍びないので、彼女は私たちで保護することにします。大丈夫ですよ、捕虜で はなく大切なお客さんとしてもてなしますから」
 そう言うとユイリは、弐号機の背中からエントリープラグを抜き出し、大切に抱え込んだ。そしてこの場を去ろうと空を見上げた後、不意に悪戯を思いついた かのように小さな笑みを浮かべてヘルマンに言った。
「そう言えば、“なぜこんな方法をとったか”でしたね。それなら良い答えがありました。多分皆さんには納得いただける答えかと思います」
「なんなんだ、それは?」
「簡単なことです。“仕方が無かった”どうです?答えとしては満点でしょう!?」
 ユイリは謎の微笑を浮かべたまま、言葉をなくしたヘルマンを後に、自分で作り出した闇の中に初号機はその姿を消した。結局ここに至るまで、ネルフは一度 も主導権を取り戻すことなく、碇シンジ、ユイリ・アンカのなすがままとなったのである。そのことに対していくら不平を感じていたとしても、それをことさら 騒ぎ立てるのはある意味天に唾する行為でもある。シンジ達が行った行為を自分たちに置き換えて見れば、ネルフはそれを大きな声で肯定して見せたのだ。いく ら厚顔無恥なネルフと言えども、これ以上醜態を晒す愚を冒すわけには行かなかった。しかもネルフは、さらに大きな問題を抱えようとしていた。それはこれか ら公開されようとする情報の取り扱いである。そのうちのどれだけを公開するのか?その判断・時期をどうするのか?それは彼らにとって、緊急に解決しなくて はならない問題だったのだ。だがそんなネルフの思惑も、翌日公開された資料によって台無しにされた。すなわちその資料は、占拠したコンピュータネットワー クを使って、あまねく世界に向けて発信されたためである。情報の囲い込み、隠匿を図ったネルフだったが、シンジ達はその意図を見破っていたといえるだろ う。
 こうして世界は激動のときを迎えることになった。それは有史以来綿々と受け継がれていた神話の終焉への戸惑いなのかもしれない。いずれにしても、シンジ 達によって行われた武装解除が霞んでしまうほどの混乱に世界は包まれることになった。








続く

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