「脈拍正常、血圧、体温ともに異常なし。後は心の問題と言えるわね」
 収容したアスカを診察したリツコは、その結果をシェンとユイリに伝えた。シンクロ率が低いことが幸いし、弐号機を半分に切り裂いたことのフィードバック は危惧されたほどではなかった。だからと言ってアスカに関しては、彼らの抱えている問題が解決したとは言えないのだ。なにしろ微妙なバランスを保っていた 幼い頃から加えられてきた精神操作とその後行われた精神操作が、その事実を突きつけられたことで壊されたのだ。そのバランスの崩壊が、どのような影響と なって現れるのか予断を許さないのである。結局心の問題となると、リツコをもってしても手の出しようの無いところなのだ。
「……目は覚めますか?」
「いつかわね。でも、そのときのアスカの精神状態までは想像がつかないわ。今回のことで、彼女の中でコアとなる部分にひびが入ってしまったから、たとえ目 を覚ましたときに今までどおりのアスカだったとしても、それが将来にわたって安定していると言う保証はどこにも無いわ」
 だからリツコも、シェンの問いかけに対し、必要以上の答えを返してしまっていた。そこに彼女の苦悩の後が表れていたのだ。
「治療方法は?」
「こればっかりはね。今の私に言えるのは、時間を掛けてゆっくりとしていくほかはないと言うことね」
「専門医に見せると言うのは?」
「それは当然のことよ。小さな子供の頃から刷り込まれた人格は、あまりにも時間が経ちすぎていてアスカ本来のものと区別がつかなくなっているわ。いくら専 門医でも、その影響を綺麗に取り去ることなんてすでに不可能なのよ。まさか、今更アスカを何も知らない赤ん坊に返すわけにも行かないでしょう?」
「それはそうですね……」
「そしてもう一つ問題があるとすれば、アスカの治療には長い時間が必要なの。その治療の間、誰がアスカにつきそうのか。いいこと、これは単に治療と言うだ けじゃないのよ。おそらくアスカを一生見ていくということと同義なのよ」
 そう言ってリツコは、その視線をユイリへと向けた。もちろんユイリにその役目を求めたわけではない。ユイリの中のもう一人、碇シンジに対しての問いかけ である。しかしユイリは、リツコの問いかけに答えることなく、その視線をシェンへと向けた。そのため、丁度リツコと同じようにユイリへと視線を向けていた シェンと目が合い、しばらく見詰め合うような格好となってしまった。飛び交う視線には多くの意味がこめられていた。二人の間に緊張が走り、そしてその緊張 に耐えられなくなったシェンは、先に視線を外して天を仰いだ。
「ユイリは僕がすべきだと言うのかい?」
「アスカ様へのお気持ちが変わりないのなら、シェン様がすべきことです」
「なぜ君達ではいけないのかな?」
「シェン様はアスカ様をお諦めになられるのですか?」
「そう言うつもりで聞いたのではない。ユイリではなく、碇シンジに聞いたものと思ってくれ」
「ならばお答えします。私達ではいけない理由、その一番大きなものは、私達には時間がないことでしょう」
「オリュムポスのことか?」
「そうです。オリュムポスの脅威に屈したときは仕方ないとは言え、その脅威を乗り越えて人類が生き残ったとしても、犠牲無しにそれが成しえるとは限りませ ん。そして犠牲となるのはまず私達でしょう。よしんば私達が生き残ったとして、私達には私達がしでかしたことの責任をとる必要がございます。武装解除を行 うためとはいえ、少なからず失われた命があります。私達はその責任を取らなくてはなりません」
 『世界征服』などと言う性急な方法を取ったことへの責任だとユイリは告げた。ネルフを非難した以上、ネルフと同じようにすべての責任に頬かむりすること は出来ないと。
「生き残ったとしても、私は自らの意思で法廷に立ちます。その上で私の犯した罪は、人の手によって裁かれることになるでしょう。大の虫を生かすために小の 虫を見捨てるのです。誰かが見捨てられたものの恨みを引き受ける必要があるのです」
「世界を救うための、やむ終えない選択だとしてもか?」
「世界を救ったと言うことは、賞賛されるべき成果でしょう。ですが、そのことですべての行為を正当化してはいけないということです。そのための礎になった ものに対して、報いることも必要なのです」
「ならば僕にも責任はある。世界のネットワークを占拠したのはこの僕だ。僕も共犯者だ」
「誰かが責任を取ればいいことです。それにシェン様を守るのが、私の債務です」
「債務……なのか?」
「そうです。龍家によって拾われたこの命、ならばそれを龍家のために使うのが私の使命です」
「シンジの意見もそうなのか?」
「その通りです」
 ユイリの答えに、シェンはただ一言だけ『分かった』と告げてその場を後にした。去っていくシェンの表情が、リツコには不満を湛えているように思えてなら なかった。










Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-20th Episode-










 ユイリの狙い過たず、オリュムポス情報の公開は世界中を混乱に陥れ、各国に今回の事件の責任追及や反撃を行う余裕を奪い去った。各国政府は、更な る情報公開を迫る民衆への対応や、破滅への絶望から来る暴動に対応するため、運用可能な通常兵力を国内から動かすことが出来なくなっていたのだ。もちろん 極秘裏に特殊部隊を第三新東京市へと送ることは可能であるのだが、それをすることのメリットが見つけられない以上、現時点で彼らにそれをなす意味は無かっ たのだ。一方コンピュータを占拠したシェン達も、徐々にでは有るがその割合を緩めていったため、確かな秩序を持って世界は元の姿に戻ろうとしていたのだ。 そのため、敢えて虎の尾を踏もうという者は居なかったのである。緊張の中にはあったが、ATLは表向き何事も無い平和な姿を晒していた。
「う〜ん、平和なのは良いけどね。ちょおっと期待はずれっと!」
 グロリアは、拍子抜けするほど何も無いことに暇を持て余していた。別に混乱を望むわけではないが、自分の活躍する局面が無いことが、彼女としては不満 だったのである。そこでグロリアは、セカンドチルドレンと言う揉め事の種が転がり込んだのをいいことに、何か面白いことが無いかとシェンとユイリの元へ押 しかけることにした。火事を起こすわけには行かないが、少しぐらいなら煙を立てて良かろうと言うのが彼女の腹積もりだった。
「ユイリだって、内心穏やかじゃないくせにさぁっとっと。あら、面白そう!」
 ユイリとシェンの居る部屋の前に立つ影に、グロリアは新しいおもちゃを見つけた猫のようににやりと笑った。ユイリより扱いやすく、そしてさらに面白そう なおもちゃが手に入るのだ。グロリアはあっさりと目的を変え、ドアの前で入るかどうか躊躇っている人影に近づいていった。
「あら、こんなところでお二人さん。一体何の用なのかな?」
 猫なで声で近寄ってくるグロリアは、はっきり言って不気味なものがある。しかし不意を突かれた以上に、グロリアと言う存在は使徒二柱に大きな意味があっ たようだ。グロリアに己の心を見透かされたような気になり、カヲルは決まりが悪そうに顔を引きつらせた。だがそれでもカヲルは良い方だった。レイにしてみ れば、殺しあいをした相手なのだ。しかも散々な目にあって返り討ちを食らったのだ。グロリアを目にしたレイは、ただでさえ良いとはいえない顔色を青ざめさ せてカヲルの後ろに逃げ込んだ。
「そんなにこわがんなくても良いわよ。別にとって食おうって……可愛いからそれも良いかしら?そっちの彼は経験済みのようだしぃ」
 ねえっと、グロリアはそう言ってさらに顔を引きつらせたカヲルの顔を見た。内心では、本当に面白そうだとグロリアはほくそえんでいた。
「まあ、あんた達にも色々と悩みがあるようだから、この際このあたしが聞いてあげましょう。そんなドアの前で、うろうろしているよりはずっとましなはず よ!!」
 シェンあたりがその話を聞けば、力の限りそんなことは無いと言うのだろうが、残念ながらその場にはグロリアの本質を知る者はいなかった。もちろん彼女を 止めるような命知らずも居なかったのである。だからグロリアは、半ばどころか完全に強引に哀れな使徒二柱をカフェテリアへと連行して行った。





 もっともグロリアの本質が100%不真面目なわけではない。それに、人の悩み事相談と言うのも意外に面白いものなのである。そのためグロリアは、 まずレイの抱えている問題から解決することにした。それはレイの抱えている問題は、グロリアにとってさほど難しいものではなかったのである。
「これは気休めでもなんでもないわ。あのときのことをあなたが気にする必要はまったく無いわ」
 だからグロリアは、綾波レイの抱えている悩みを、そう簡単に切り捨てた。
「あなたの取った行動は、シンジの想像の範囲だったのよ。しかもシンジにはそれを防ぐ手立ては有ったにも関わらず、シンジはその手を打たなかった。だから 責任はシンジにあって、あなたにではないわ」
 意味ありげにカヲルに向けられた視線に、レイはその手立てが何であるのかを知った。
「なら……どうして……」
 だがそのグロリアの言葉は、なおさらレイを落ち込ませた。レイにしてみれば、シンジを拒む理由は無いのである。それにも関わらず、カヲルには体を与え、 自分には何もしなかったことに、レイは阻害されたものを感じたのである。もちろんグロリアにはその理由が分かりすぎていた。だからグロリアは、彼女にして は珍しく優しい微笑を見せてレイにその理由を話した。
「それはね、あなたを大切に思っているから。大切だからこそ何も出来ないということも有るのよ」
「なら、どうでもいいのは僕のほうだったのかい?」
 明らかに落胆した様子のカヲルに、グロリアは向き直ってカヲルに尋ねた。
「あなた、ユイリに惚れたの?」
「惚れる……好きなると言う感情はよく分からないね。シンジ君に対して綾波レイが感じている感情をそれと定義するのなら、僕が彼女に対して感じているもの は少し違うと思う」
「あなたはどう感じていると言うの?」
「なんて言えばいいのだろうか……いつでも彼女と触れて居たいと言えばいいのだろうか。とにかく彼女のことを思うと、ざわざわして不安でたまらないんだ」
「それを惚れたって言うのよ。で、そこで問題だけど、あなたはそんな感情を初めから持っていた?」
「どういうことだい?」
「あなたがその感情をどうして持つようになったのかと言うことよ。それがこの娘に対する回答でも有るわ」
「それは……あの夜、ユイリが僕の部屋に頼み事があると来た時……」
「ユイリがあなたを誘惑した日よね」
「身もふたも無い言い方だけど、確かにあの夜彼女を抱いた……」
「なぜあなたはユイリを抱いたの?使徒の性癖は分からないけど、据え膳は食べないとって口?」
「君の例えはよく分からないね。確かにあの時はおかしかった。彼女が傍によるだけで、どうしようもない衝動が僕の中で沸きあがってきたんだ」
 カヲルの言葉に嘘が無いことは分かっていた。もちろんカヲルがそうなった理由をグロリアが知っているからに他ならない。
「それがシンジたちが持っている力。ATフィールドって言ったっけ?あの二人が変身するのに必要な力だと言う話だけど。それを使って相手に干渉することが できるの。その効果はいろいろあるわ」
 グロリアの指摘は、カヲルにとって驚きそのものだった。少なくともATフィールドの使い方に関しては、人に対して自分の方が長けているとの思いがあった のだ。
「しかし、僕には彼女のATフィールドは感じられなかった。確かに、彼女から何かが僕を惹き付ける物が有ったのは確かだ。だが、僕たちの持つATフィール ドは人に比べて堅い。ただの人である彼女が浸食するのは不可能だ」
「でも現実にあなたは彼女に心を囚われた。しかもオリュムポスに対する敵愾心も軽くなった。そのことを否定できないでしょう?」
「……それは確かに否定できることではないよ」
「ユイリ……シンジの持つ力の効用は私が一番知っているの。ねえ、あなた……私のこの姿を見て、あなたはどう思う?」
「どうって……そう言うことなのかい!?」
 カヲルの顔には、はっきりと驚愕が現れていた。普通の成り立ちの人間だと思っていたのだが、そこにユイリ関与を見つけたのだ。
「そう、私は男だったの。でもね、今は何処をどう調べても女の体よ。体の形状だけでなく、染色体レベルもね。こうなるために私はシンジに抱かれたわ。心を より深く接触するために、体をつなげたの。そうすることで、彼は私の魂の形まで作り替えた。おかげで私はこの通り、晴れて女になったの」
 そう言って、グロリアは立ち上がるとくるりとその場で回って見せた。
「ユイリが言うには、私の強い願望があったから出来たらしいんだけどね。でも、まあ、これくらいのことが出来るんだから、彼女にとって人の心を誘導するこ とぐらい簡単なのよ。でも、それがユイリやシンジの心を縛ってしまった」
「どういうことだい?」
「あなたもセカンドチルドレンのことを聞いているでしょう?」
 その問いかけを、カヲルは頷いて肯定した。MAGIの記録を見るまでもなく、使徒は大きく歪んだアスカの心を覗いていたのだ。
「結局、自分のしていることがそれと変わらないと思っているのよ。もちろんその両者が本質的に違っているのは理解しているわよ。でもね、強すぎる罪の意識 が、それを良しとしていないのよ」
「言いたいことは理解できたよ。しかし具体的にそれはどういう風に現れるんだい?」
「シンジ……ユイリでもいいけどね。あの二人が望んで抱こう、もしくは抱かれようとした相手は二人の心の強い影響を受けるの」
「僕みたいに……と言うことかい?」
 グロリアの視線に、カヲルは正確に彼女の言葉の意味を読みとった。つまり、自分が心の望むままに相手と交わることによって、相手の心を自分に縛り付けて しまう力を二人が持っているとグロリアは言うのだ。
「まあ、あなたのことはどうだか分からないから、今晩確かめてみなさい。でもね、あの二人なのよ。大概の相手は、初めから二人に惹き付けられているの。で も、二人にはそれが自分の力のせいなのか、人のつながりのせいなのか区別できない……」
「だから綾波レイを抱かないと言うことなのかい?」
「そう言うこと。今彼女は、シンジに対して好意を向けているわ。でも、それが自分のATフィールドの影響じゃないかとシンジは思っているわけ。つまり、勝 手に心を弄って自分のものにしようとしている。その恐怖が二人の心を縛っているのよ」
「……シンジ君も心が病んでいるんだね……」
「それだけ、シンジの感じた絶望が大きかったと言うことなのよ」
 カヲルの指摘を、グロリアは否定しなかった。
「それはどうにもならないことなのかい?」
「どうにかする方法が有るのなら、私が知りたいわ」
「つまりお手上げ……と言うことなのかい?」
「そう言うこと。なまじ、本人が悩みぬいて出した結論だけに手におえないの」
「なるほど、ヒトも動物も異性の気を引く道具を何かしら持っている。二人の能力はその一つに過ぎないのに、それが理不尽なものだと思っていると言うことだ ね」
「割り切れないってのも分かるけどね。自分が好きになった人には、必ず思われるようになるってのは、やっぱりずるをしている気になるじゃない」
 なるほどと頷いたカヲルは、一つ聞きたいのだと切り出した。
「ところで、キミが心配しているのはシンジ君かい、それともユイリの方なのかな?」
「……痛いところを着いてくれるわね……」
「その反応を見ると、両方というわけではなさそうだね」
「まあね、あたしは至ってノーマルだから。ユイリに対するそれと、シンジに対するそれは別物なのよ」
「……どうノーマルなのかの判断は留保させて貰うよ」
「あなたが迷ったことは気づかないことにしておいてあげるわ。それよりも、あなたも今の心に正直に行動した方がいいわ。もしかしたらユイリはあなたが来る のを待っているかもしれないから」
「彼女も待っていてくれると?」
「確証は無いけどね。でも、こうして悶々として、私に人生相談を持ちかけているのよりはましでしょう?それにね、もしユイリがあなたを受け入れて、もう一 度あなたに抱かれるようなら、あたしも安心できるのよ」
「キミがかい?」
「そう、ユイリも女だとね」
「意味が分からない。彼女は何処をどう見ても素敵な女性だと思うのだけどね?」
「そう言うことを言っているのじゃないの。彼女も先行きに不安を感じ、そしてそれを紛らわすために人肌を求めるってこと」
「今夜、彼女が僕を受け入れたら、キミの言っているように彼女が不安を感じていると言うことかい?なら、求める相手が違うと思うのだけどね」
 ならばその相手はシェンでないのかとカヲルは問うた。
「シェンはいい男よ。多分ユイリはシェンを愛しているわ……」
「だからユイリは彼の所に行けないと言うんだね」
 結局は、必ず二人の持つ悩みの所まで立ち返ってしまうのだ。
「そう、多分あなたならシェンよりもユイリから受ける影響が小さいと思っているのね」
「……使徒としての力のおかげで、僕は彼女に選ばれたというのかい?」
「もちろんそれは一つの要因よ。すべてではないわ」
「僕の持つ力は、一つの要因に過ぎないと言ってくれるのだね」
「もちろんよ。あなたはとても魅力的だわ。ユイリが手を出していなかったら私が誘惑したいくらいに」
「……光栄だと思えばいいのかい?」
「そうよ。あなたはあのユイリの、最後の男になるのよ。それは誇りにしてもいいことだわ」
「ふむ、ならば僕は彼女より恵まれていると思えばいいのかな?」
 そのカヲルの視線の先には、報われぬ思いに胸を焦がしたレイが居た。
「さあ……初めから何もなかったのがましか、手に入れた物を失うのがましか?それをどう考えるかね」
「キミにも分からないのかい?ならばキミならどうするというのだい?」
「あたしなら、欲しい物は絶対に手に入れるし、手に入れた物はなくさないように頑張るわ。それがどんなに見苦しい真似だとしてもね」
「なるほど……実に示唆に富んだ話だね。シンジ君も、キミと同じように考えられたら良かったんだろうね」
「まったく……」
 お互いに変なところで共感し会う、グロリアとカヲルだった。




 グロリアが自分に語ったことの多くは真実を示しているだろう、だがそれがすべてでないことを渚カヲルはぼんやりと理解していた。それは、今、一片 の曇りのない美の化身を組み敷いてみて、はっきりとカヲルの中で形となってきていた。だがカヲルがその何かを思いやるには、目の前の存在は魅力的すぎた。 カヲルはその考えを形にするより、目の前のユイリに没頭することを選択し、薄紅に濡れたユイリの唇に、自分の唇を重ねた。
 カヲルは、目の前に存在を誇示するたわわな膨らみに手を当てると、その手触りを確かめるようにゆっくりと揉み下した。そしてすでに峻立したその蕾に唇を 寄せ、そっと舌先でからめ取るようにしてその頂を口に含み転がした。初めは短い甘い吐息だけがユイリの唇からは漏れ出ていたが、カヲルの唇がユイリの全身 を這うに従い、それは次第に音楽のように絶え間ないものとなった。そしてクライマックスは、カヲルの分身がユイリの中を貫き通したときに訪れ、カヲルが思 いのすべてを白濁した固まりとしてユイリの中に注ぎ込むまで終わることはなかった。その天上の音楽は、飽きという物をカヲルに感じさせることはなかった。 それどころか、まるで麻薬のようにカヲルの心を捉えて離さなかった。そしてカヲルは、その妙なる調べを再び鑑賞すべく、再びユイリへと覆い被さっていっ た。
「この思いが愛と言う物なのかい?」
 ヒトと使徒では、もともと持っている体力という物が違う。幾度か襲った絶頂にユイリが疲れ果てて眠ってしまったあとで、その寝顔を見つめながらカヲルは 一人そうつぶやいた。もちろんいくら使徒とは言え、カヲルも疲労は感じている。だが、その疲労よりも大きな思いが今のカヲルの胸の中に有った。
 激しい交わりに、美しい黒髪は汗で額に張り付いていた。それどころか長すぎる黒髪には、カヲルの放った残滓までこびりついていた。そしてシーツも掛けず に晒された白い裸身には、情交の名残が赤い印となっていくつも記されており、ユイリの秘所からはカヲルの放ったものがだらしなく漏れだしていた。だがその 一つ一つも、少しも彼女の美しさを損なうことなく、それどころか無防備に晒された裸身は、カヲルの中にユイリに対する愛おしさを沸き上がらせる結果となっ ていた。
「『手に入れた物はなくさないよう頑張る……それがどんなに見苦しくても……』か、それは確かに必要なことのようだね」
 アダムは方舟である。ならばその力を引き継いだ初号機もまた、方舟として機能するはずである。カヲルが本当にユイリを失いたくないと思うのなら、初号機 を箱舟にして彼女を連れ去ればよい事になる。
「だがそれをすれば、僕はキミを失うことになるだろう。世界にただ二人残されたとしても、その相手と番うと誰が保証できるのだろうか?心とはそんなに簡単 なものではないのだね」
 このまま朝まで一緒に居ると言う考えは、甘い誘惑となってカヲルの心に忍び込んできた。それはユイリに許された行為であり、それを行使する権利はカヲル が持っていたのだ。だがその誘惑に敢えて目を背け、カヲルは脱ぎ散らされていた衣服を身につけていった。もちろんしどけなく眠りこけているように見えて も、何事も無かったかのようにユイリが覚醒できることはカヲルは知っていた。またそうでなければ、過酷な環境の中では生き延びてこられないのである。カヲ ルは、おそらく目を覚ましているだろうユイリに向かって、あたかも独り言のように語り掛けた。
「僕は格好を付けようとしているのかもしれない。グロリアが言うように、みっともなくも執着すれば、少なくともこの短いひととき、彼女は僕だけの物になる のかもしれないと言うのに」
 別にチャンスを等しく与える必要は無い。だが、彼女の思いを感じた今となっては、それを叶えてあげるのも愛するものの努めだろうと。カヲルは身だしなみ を整えると、ゆっくりとユイリの寝ているベッドを離れ、ドアのノブに手を掛け振り返った。
「キミは一つだけ、大きな勘違いをしているよ。きっかけは確かにそうだが、今僕が感じている気持ちは誰のせいでもないよ。抗うことも大切なのかもしれない が、僕はその気持ちを受け入れている。ユイリ、そしてシンジ君、君たちは気が付かなくては行けないよ。君たちはとても魅力的だということに」
 そう言い残すと、カヲルはゆっくりとドアを開いた。その時カヲルの前を一つの影が遮ったのだが、そのことをカヲルは少しも驚かなかった。それどころか、 それがさも当然のことのようにカヲルは目の前に人物に視線を向けた。
「キミもまた好意に値する人のようだね。だが、キミはこれからどうするつもりなんだい。少なくともキミでは僕を押しのけてここを通ることは出来ないよ。も ちろんキミがここに訪れた理由如何では、僕が道を譲らないわけでもないけどね」
 まっすぐに曇りのない赤い瞳で、カヲルは目の前の男を見つめた。どこまでも深く、そして人の心の奥底まで覗き込んでしまえるようなその瞳を前に、その男 は少しも怯むことなくまっすぐにカヲルの視線を受け止めた。
「聞かせてくれるかい?シェン・ロン君」
 白い長衣を着たシェンが、決意を秘めた顔で渚カヲルを睨みつけていた。









続く

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