リツコに聞かされた話は、今のアスカには過剰すぎる効き目があった。決して不幸比べをするわけではないのだが、それでもシンジの辿った道を思え ば、自分の境遇など大したものではないと思えてしまうのだ。誘導されたとはいえ、その時には他の選択肢も用意されており、その選択肢を選んだのは確かに自 分自身であったのだ。そして生命の危険と言っても、それは乗り切ることを前提としており、周りもそのためのサポートを尽くしていた。だがネルフを去ったシ ンジの数年間はそうではなかった。家畜の方がましだと思われるような劣悪な生活環境と、小銭に等しい命の価値。絶望と言う言葉だけでは済まされない中、シ ンジは生き延びてきた。それを支えたのが自分への思いだといわれても、アスカにはとてもそれは承服しがたいことだった。
「私は……傷つけてばかりだった……」
 碇シンジの存在は、アスカにとって特別な存在と色々な人に指摘された。かつての親友だった少女にもそういわれたことがある。確かに自分にとって、碇シン ジの存在は特別なものであったことをアスカは否定しない。だがそれは、他の人たちが指摘するような甘い関係ではありえなかった。訳が分からない理由で重用 されていた綾波レイとは違い、碇シンジの存在ははっきりとした自分のライバルだったのだ。エヴァパイロットの候補生は沢山いたが、どれをとっても自分とは 比べ物にならない存在だった。だが碇シンジは違っていたのだ。シンクロ率は自分の方が上回っていた。そして使徒を倒すための訓練も沢山積んできた。それに も関わらず、まったくの素人の碇シンジは、自分以上に使徒を倒していったのだ。焦り、妬み、色々な感情がアスカの中には渦巻いていた。その全てが向けられ たシンジは、確かにアスカにとって特別な存在だったのだ。
 ATLの存在が公になった以上、もはや各種施設を隠しておく必要は無くなった。もちろんテロリズムへの対応のため、各種警備が必要なことは言うまでもな い。そのためシェンは、今は子飼いとなった虎の部隊を荒事担当として警備に配していた。もちろん悪意を持った部外者への対応のためであるから、アスカに対 して何ら制限が加えられることは無かった。そのため地下施設と言うより、地下居住区と呼ぶのに相応しい空間をぶらつきながら、アスカは自分の考えを整理し ようとしていた。その方が考えが纏まると彼女は考えたのだ。
 アスカに別にあてがあったわけではないが、その足はゆっくりと表にあるカフェテラスへと向かっていた。アスカがそのための扉をいくつか開いたとき、突然 目の前を特徴のある蒼銀色の髪が横切っていった。
「ファースト……?」
 リツコから話を聞いていなければ、俄かにはその存在は信じられなかっただろう。もはや綾波レイに対して隔意を持っていないアスカは、極自然に綾波レイを 呼び止めていた。それは懐かしさとは違うが、見知った顔に出会った気安さから来たことは否めなかった。だが、それを受け止めたレイの反応は、いささかアス カの予想から外れたところに有った。初めは突然呼び止められたことに戸惑いを見せていたのだが、相手がアスカであることを知ると、その瞳にははっきりと分 かる敵意を剥き出しにしていたのだ。
「……な、なによ」
 レイから向けられたはっきりと分かる敵意に、思わず腰が引けたアスカだったが、それでも何とか気を取り直しそれに向かい合った。だがアスカに向けるレイ の敵意は、氷の冷たさを持ってアスカに降り注いでいた。
「なぜあなたがここにいるの……」
「来たくて来た訳じゃないわよ」
 レイに掛けられた辛辣な言葉に、アスカはそう言い返すしかなかった。向けられた敵意は、それと同じ敵意で返す。アスカの反応はまさにそれだった。だが、 一方のレイは、アスカの向ける敵意に怯む事は無かった。そしてさらに辛らつな言葉をアスカに向けて投げかけた。
「だったらすぐにここから消えて。二度と碇君の目の前に現れないで!」
 シンジの過去を知っただけに、レイのその言葉は刃のようにアスカの胸に突き刺さった。












Neon Genesis Evangelion

Endless Waltz

-23rd Episode-












 アスカとレイが一悶着を起こしていた頃、シンジの部屋でもあるユイリの部屋の前に、トレードマークとも言える緑色のチャイナに身を包んだ一人の女 性が頬を上気させて立っていた。彼女は、これから起こる出来事に、沢山の期待と羞恥を感じながら、控えめにその扉を叩き中にいるシンジに声を掛けた。
「……シンジ様、メイホンでございます」
 林家の一人娘、メイホンはシンジが一人で居るとグロリアから聞きつけ、彼女の持てる限りの勇気を振り絞ってシンジの部屋に訪れた。いくら和解しているか らとは言え、一度は裏切った林家の者が龍家に出入りするのには勇気が必要だった。
 一方のシンジは、シェンにはメイホンとしっぽりと行くとは言ったが、それは単に口からそう出ただけで、別に彼女を誘おうと思ったわけではなかった。その 証拠に、思わぬメイホンの訪問に、彼としては珍しく慌てていたのだ。
「……メイホン……どうして、ここに……?」
「シンジ様がお呼びだと聞きましたので……」
 頬を染めて俯くメイホンに、それが誰の仕業であるのかシンジは理解した。こんな真似をするのはシェンではありえない。そうなるの疑わしいのはただ一人、 グロリアである。下卑た笑いを浮かべるグロリアの顔を思い浮かべ、メイホンに見えないようにシンジは小さくため息を吐いた。もちろんメイホンに対して不満 があったわけではない。アスカやレイが居るこの場に、メイホンを呼びつけたグロリアのいたずらに呆れたのである。短くない付き合いなのだが、平地に乱を起 こそうとする性格は、相変わらずだと。
「グロリアに何か吹き込まれなかったかい?」
「いえ……その……」
 口篭もって頬を染めて俯く様は、まさに可憐な中華美人の姿そのものなのだ。まさかこの可憐な美女が、満月の夜ともなれば厚さ5センチもの鋼板を引き裂く とは誰も想像がつかないだろう。今は新月なのだが、それでも並みの男なら10人がかりでも取り押さえることはできないのだ。もっともシンジは、月齢に関係 なくメイホンの力を上回ることができるのだが。
「林家はシェンに忠誠を尽くすと誓った。だからこれ以上何かをしようとは思わないよ。グロリアが何を言ったのかは知らないけどね、僕がメイホンに命令する ことは無いんだ」
「シンジ様がお呼びだと確かにグロリアに聞きました。ですが、ここに参りましたのは私の意思です」
「メイホンの、意思かい?でも、君は僕の術にかかったに過ぎないんだよ。少し時間を置けば、その術も解ける」
 敢えて、シンジはATフィールドの干渉を“術”と称した。それがメイホンにとって、一番わかりやすいと思ったのだ。だが、メイホンはそのシンジの言葉を 首を振って否定した。
「分かっています。ですが、この術は二度と解けることはございません。それにシンジ様は誤解されています。シンジ様の力は、人の心を弄ぶ程度の卑小なもの ではございません」
「……何が言いたいんだい?」
 『はい』とまっすぐにメイホンはシンジの瞳を見詰めた。その瞳には、シンジを射抜く真摯な光が湛えられていた。
「術などと言う卑小なものではございません。あれ以来、シンジ様の存在は、私の心を掴んで放さないのです。もちろんあの時は恐怖に流されていました。です が今は違います。はっきりと、自分がどうしてシンジ様に惹かれるのか分かるからです」
「僕に惹かれる理由がある?」
「はい、シンジ様はとてもおやさしゅうございます。そしてとても素敵な方でございます。私の理想の全てを体現したような……」
「メイホンの理想をかい?僕にはそれはわからないが、僕は優しくなんかない。それは確かだ」
 優しいと言われるのは、シンジにとって意外そのものだった。自分が虎の一族にしたことを考えれば、それは決して優しいとは言えないものなのである。
「いえ、おやさしゅうございます。もしシンジさまがいらっしゃられ無ければ、私たち一族はこうして生き長らえることはできなかったでしょう。それに一族の 者も、思いのほか傷が軽く、その傷もすでに癒えております」
「それは君たちの特殊な体質のためじゃないのかい。それに僕は手加減をした覚えは無いよ」
「いえ、我が父を討ち取ったシンジ様なら、私達の止めを刺すのも容易いことでしょう。ですが、シンジ様はそれをなさらず、私たちに次の機会を与えてくださ りました」
「……違う、といっても聞き入れてはくれないだろうね」
「はい、それが私の中の真実なのです」
 輝かんばかりの瞳に、シンジは思わずメイホンから視線を逸らして、テーブルに有ったコップを手にした。屈折した自分にはとても口にすることの出来ない言 葉だと、シンジはメイホンを見てそう思った。
「メイホンの中の真実……かい?」
「はい、そうでございます」
「なら……」
 おおよその見当はついていた。シンジはコップを口にしながらその疑問を口にした。
「メイホンは何をしにここに来たんだい?」
「子種を頂きに参りました」
「子種ぇ!」
 だがメイホンの言葉は、シンジの予想を大きく逸脱していた。思いもかけない、そしてあまりにも露骨な表現に、さしものシンジも口に含んだ水を噴出した。
「メイホンは、その、僕との子供が欲しいというのか?」
「はい、さようでございます」
「だ、だめだ!そ、そんなことは出来ない!」
「……やはり私のようなものではだめなのでしょうか……」
 慌てて否定するシンジに、メイホンの目からは輝きが失せ、失意に彼女は項垂れた。
「失礼を申し上げたことをお許しください。私どもの一族が、世間からどのような目で見られているのかは心得ています。それでも女として、愛しいお方の子供 を身篭りたいと夢を見ておりました。ですが、それは分を弁えぬお願いでした。どうかお許しください」
 涙すら浮かべているメイホンに、シンジが罪悪感を抱かないわけにはいかなかった。シンジの否定は、決してメイホンを嫌ってのものではないのだ。その原因 の全ては、シンジ自身にあったのだ。
「勘違いしないでくれメイホン。君が悪いわけではないんだ。全てこの僕がふがいないせいなんだ」
「いえ、そうであったとしても、私がシンジ様のお心を慮らなかったのが悪かったのです」
「そんなことは無い。君のような麗しい女性を相手に出来るのなら、喜ぶのが普通なんだ。僕だって君を抱きたいと思わないわけではない。でも……子供は、子 供だけはだめなんだ」
「なぜでございましょう。子供のことで、決してシンジ様にはご迷惑をおかけしません。私の子として、一族のものと大切に育てます。けっして父親の名を明か すような真似は致しません!」
「違う、違う!責任逃れをしたいというわけではないんだ。僕だって、妻と子供の居る家庭を夢見ない訳ではないんだ。でも、いや、だからこそ、今の状況で子 供を作ることは出来ない。それを分かって欲しい!」
「私をお嫌いと言うことではないのですね?」
「なぜメイホンを嫌わなくてはいけないんだ。君はこんなに愛らしい」
 ならば、と、メイホンは輝きを取り戻した瞳で、もう一度シンジの顔を見つめた。
「なら今は子供のことは諦めます。でも、その代わりと言ってはなんですが、一つお願いがあります。私にシンジ様のお情けを下さい」
「お情け?」
「私を女にして下さいませ!」
「僕とでは……後悔する事になる」
「愛しいお方と情を交わすことに、何の問題がございましょうか?」
 そう言って微笑むメイホンの姿は、シンジに抗いがたいものを感じさせた。だが、それでもシンジにとって受け入れがたい申し出であるのも確かだった。
「でも、僕はメイホンのことを愛しているわけではない」
「存じております。その上でお情けを頂きたいと申し上げたのです」
「しかし……」
「私の一方的な思いであるのは承知しています。ですからこうしてお願いしているのです」
 シンジの退路は次々と塞がれていった。またメイホンの真摯な姿に、なぜ頑なに拒絶しなくてはいけないのかとシンジは疑問を感じ出してもいた。シンジは、 メイホンのためと言う言葉を口実に、怖気づいた自分を隠しているのに過ぎないことに気が付いた。そしてもう一つ、同じ建物の中に居る二人の女性の存在が、 シンジの心にブレーキを掛けていた事も思い知らされた。
『未練じゃないか……』
 まだどこかで希望を抱いていたのかと、シンジは自分の女々しさを嫌悪した。アスカをここにつれてきたのは、決して自分の物にするためではないはずだっ た。そして神にも等しい綾波レイに対して、自分はあまりにも汚れた存在だと思っていたはずだった。
『なのに、二人に嫌われないようにしようとしている……』
 それが分かればシンジの心は決まったようなものだった。シンジは、じっと自分を見つめるメイホンの頬に、そっと手を伸ばすと、何も言わずにそっと薄紅の 唇に自分の唇を重ねた。メイホンの緑色の瞳は、ゆっくりと閉じられ、そして一筋の涙が銀の糸となってメイホンの頬を流れていった。
「メイホン……」
「……はい……」
 ゆっくりと唇を離して、シンジはこれ以上無いと言う優しい声でメイホンに語りかけた。
「僕の子供を……産んでくれるかい?」
「……喜んで!」
 一瞬何を言われたのか理解できないメイホンだったが、すぐにその言葉の意味を理解し、飛びつくようにその身をシンジへと預けた。メイホンの顔は、思いが 叶ったことに満面に喜びが浮かんでいた。だが、それを受け止めたシンジが、輝くばかりのメイホンとは対照的にシンジは酷く複雑な表情を浮かべていた。




 太陽が西の地平線に沈み、世界が夕闇に包まれようと言うとき、シンジは何も身に纏わず広めのベッドに腰掛けていた。静かな部屋の空気は、汗に塗れ たシンジの体から熱を奪っていく。その感覚が心地よく、シンジはしばらくそのままの姿で何も無い部屋の壁を眺めていた。そのシンジの横では、美しい裸身を 薄いシーツに包んだだけのメイホンが穏やかな寝息を立てて眠っている。彼女の思いが叶ったのだろう、その寝顔はとても満ち足りた優しいものだった。
「不思議かい……」
 誰も居ない虚空に向かって、シンジはそう語りかけた。そのとき、別にシンジの言葉に答えたわけではないのだが、眠っていたメイホンが寝返りを打った。シ ンジは、寝返りの拍子にずれたシーツを掛け直し、もう一度何もない虚空へと視線を向けた。
「彼女にはかわいそうなことをしてしまった……」
「……分かっているよ、やりすぎたってことは。でも、僕だって押さえきれないときは有るさ」
「でもこの先彼女は、普通の男では満足できなくなってしまう」
「それはたいしたことじゃない?そんなものなのかな?」
「僕はそれほど自惚れる事は出来ないよ」
「なぜメイホンだったのかって?分かっているだろう……そんなことは」
「そうさ、僕さえ居なくなれば、あの二人は元に戻ることが出来る」
「それが幸せなことかって?分からないよ……幸せの定義は、人それぞれで変わるからね」
「ならどうして彼女達と話し合わないかって?多分怖いんだと思うよ、顔を合わせてしまえばこうして流されてしまう」
「流されてもいいんじゃないかか、でも僕達の体は一つしかないんだ。たとえ生き残れたとしても、僕に未来は無いんだよ」
「ユイリなら世界を誤魔化すことが出来る。少なくとも僕がユイリに変身するなんてことは、いくらその場を見せられたとしても荒唐無稽なことだと思わないか い」
「僕が戦死したことにすれば、世間は丸く収まるさ」
「アスカとレイは納得しない……か。まあ僕に置き換えて見てもそれはわかるけどね。でも、納得してもらうしかないんだ」
「辛くないかって?辛いのはユイリのほうだろう?あの二人の恨みは、確実に君のほうへ向けられる。アスカはまだいいよ、誰かが彼女を受け止めてくれるから ね。でも綾波は絶対に忘れない。彼女を受け止められる存在は、人には居ないんだからね」
「辛くないかって?しつこいね。僕の気持ちはわかっているだろう?僕が君の気持ちを分かるように」
「シェンに抱かれて幸せだったんだろう?それを君は捨てられるのかい?」
「ありがとう、僕のことを心配してくれるんだね。でも大丈夫……なにが大丈夫なのかは難しいけどね」
「ユイリが幸せになったとしても、僕が爆発することは無いよ。大丈夫、君が消え去ることは無い。それは僕が保証するよ」
「ユイリを生み出したのは僕だよ…体を共有して入るけど、君は娘のようなものさ。君が幸せになることは、僕の願いでも有るんだ。そのことにユイリが引け目 を感じることは無いさ」
「お礼を言われるようなことじゃないさ。ユイリがその分幸せになってくれればいいんだ。でも……」
「違う、あの二人のことじゃない。彼女達は僕達とは違う人間なんだ。彼女達の幸せは彼女達が考えればいいことで、僕が面倒を見なくちゃいけないことじゃな い。分かっているだろう、オリュムポスさ」
「ユイリとシェンの未来も、アスカや綾波の未来。もしかしたらメイホンに宿ったかもしれない僕の子供の未来。その全てが明日に掛かっているんだ。最悪で も……ごめん、そのときにはユイリには申し訳ないことになる」
「謝らないでくれ?そう言うわけには行かないよ。君に未来を残してあげられないことになるからね。そしてシェンの望みを果たしてあげられないことにもね」
「彼はいい男だ。僕に彼ぐらいの器量が有ったのなら、あの戦いも違ったものになっていたのにね。そうしたらアスカも綾波も不幸にはならなかっただろう」
「ありがとう。でも、責任を他人にだけ押し付けるわけには行かないんだ。それではネルフの大人たちと一緒になってしまう。だって綾波もアスカも、何をしな くてはいけないか分かっていたんだからね。何も考えずに流されていたのはやっぱり罪なんだよ」
「勝算か……限りなくゼロに近いね。だからこそ地球から遠く離れた場所を選んだんだ。そこならば……周りの空間ごと消滅させることも出来るかもしれないか らね」
「ああ、それも無理かもしれない……結局オリュムポスを送り出した者とどう接触するか、そこにしか道は見い出せないのだろうね。もしかしたら僕たちの想像 すら出来ないものになるかもしれない。少なくとも理解の及ばないものにはなるだろうね」
「そう、でもやり遂げないわけには行かないんだ。僕が生きた証を残せるとしたらそれしかないんだから……」
「そう悲観することじゃないさ。どうにかなるさ……必ずね」
 シンジの独り言が煩わしかったのか、それともいつのまにか寝てしまったことに気が付いたのか、小さく身じろぎをするとメイホンがその緑の瞳を瞬かせた。 それに気づいたシンジは、ユイリとの会話をうち切ってまだまどろんでいるメイホンの額にそっと口づけをした。
「ごめんなさい……」
「どうして謝るんだい?」
「……眠ってしまったから……」
 ようやく頭がはっきりしてきたのか、メイホンは自分の姿に気づき、恥ずかしそうにシーツを顔のあたりまで引き上げた。その様子に、今更隠してもとも思わ ないでもなかったが、普通の性交をしたことの無いシンジには、今のメイホンの姿は新鮮に感じられた。
「軽蔑しないでください……」
「軽蔑?どうして?」
「初めてだったのに、あんなに……」
「あんなに、乱れたから?」
「いやだっ!」
 そう言ってメイホンは、すっぽりとシーツを被ってしまった。その様子がなぜだがおかしくて、シンジは気づかないうちに笑みを浮かべていた。
「でも、僕はそう言うメイホンは好きだよ?」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘を言っても仕方ないさ」
「でも……」
 そう言ってメイホンは、シーツの中からのぞき見るようにシンジを見た。そのメイホンに向かって、シンジは浮かべていた笑みを消し、真剣な顔で一つの頼み ごとをした。
「メイホンにお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「何でしょう。私にできることなら喜んで」
「……明日の朝までいっしょに居て欲しいんだ」
「私で宜しいんでしょうか?」
「今の僕には君しか居ないよ」
 シンジはそう言うと、シーツから顔をのぞかせているメイホンに口付けをし、彼女の包まっているシーツの中に潜り込んでいった。
「もっと乱れさせてあげるよ」
 そう言ったシンジの顔は、先ほどまでの憂いを湛えていなかった。






続く

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