Written by かつ丸
二条の光が、モニターを照らした。
砲台から長く伸びた線の先には、2匹の使徒の姿があった。
全く警戒していなかったのだろう、なすすべもない様子のまま、それぞれのコアに光が吸い込まれる。
対峙している2機のエヴァによって結界は中和されている。そのままコアははじけ、それと同時に、モニターを閃光が埋めた。
「まったく、せっかくの日本デビュー戦なのに、こんなのじゃ全然戦った気がしないわよ」
「贅沢を言わないの。遊びでやってるんじゃないんだから」
「だって、なんか卑怯じゃない。アタシは正々堂々と戦いたかったな。闇討ちしたみたいで気分悪いわ」
「それで勝てたかどうかわかんないでしょ」
「勝てたわよ、当然。アタシだけでも十分だったわ」
言い争っているわけではない、そこには険悪な空気はなかった。
弐号機パイロットのアスカがグチを言っているのは、彼女の戦闘に対する自負心の現れだろう。
先の洋上の使徒戦では、艦隊の援護を受けたとはいえ彼女一人で使徒を倒したのだ、自信を持つのも当然かもしれない
惣流・アスカ・ラングレー。
ドイツE計画の責任者惣流・キョウコ・ツェッペリンの遺児。
セカンドチルドレンとなったのは弐号機完成後だが、幼少の頃からドイツで英才教育を受けていたそうだ。14才ですでに学士の資格をもっているのは、やはり非凡な才能と言えるのだろう。
大卒というそれだけのことが、このネルフ本部で役に立つわけはなかったが。
彼女の相手をしているミサトの機嫌は悪くないようだ。
今回はエヴァに対する被害もなく、ほとんど瞬殺に近い形で殲滅することができた。
いくらリツコの、いや、表向きはマギからの弱点分析があったとはいえ、通常兵器による殲滅を行なったのは作戦部長の彼女の面目躍如だといえる。
使徒を自らの手で倒したのだから、機嫌が悪かろうはずがない。
際限のないアスカのグチに付き合っているのも、それによって逆にミサトの自尊心が満足するからだろう。
端末のキーボードを叩きながら横で聞いているリツコはすでにうんざりとしていたが。
戦闘後の発令所になど、アスカは用は無いはずだ。同じように戦ったシンジはすでに着替えに向っている。
「あーあ、今度はいつ敵がくるのかわかんないんでしょ? 訓練ばっかじゃたいくつなんだもの。爽快感がないわよ、こんなんじゃ」
「そうそう続いては来ないんじゃない? 落ち着いたら街を案内してあげるわ。初めてなんでしょ、日本は」
「そうね、あ、でもどうせなら加持さんにお願いしようかな。ご褒美に何かおごってもらおうっと」
「…まあ、好きにしたらいいけど」
無邪気なはずのアスカの言葉に、ミサトが苦虫を噛んだような顔をした。
その意味がわかるのはリツコだけだろう、ミサト本人すら認めようとはしないかもしれない。
おもわず苦笑していた。
「なにがおかしいのよ、リツコ」
「なんでもないわよ。…じゃあ、私は研究室にもどるわ、弐号機も初号機も異常はなかったから安心していいわよ」
「あったりまえじゃない、全然やられてないんだから」
「あんたは黙ってなさい。それじゃね、リツコ、今日はありがとう」
その言葉は戦闘中の使徒分析に対するものだろう。
本当は事前にシンジから聞いていたからで、リツコの能力とは全く関係のないことだったが、それを教える必要はない。
軽く微笑んで、リツコはミサトに応えた。
視界の片隅で、栗色の髪の少女がこちらを睨んでいるのが見えたが、別に気にはならなかった。
「ほら、リッちゃん」
「…ありがとう」
コーヒーが満たされたマグカップが差し出された。
軽く礼を言って受け取る。別に自分で入れるのが面倒なわけではないが、やはり少し気分がいい。
ゲンドウに同じことをされても、きっとうれしくはないだろうが。
自然に受け入れられるのも、一種の才能だろう。存在の「軽さ」ゆえかもしれない、だが耐えられないほどではない。
リツコがカップに口をつけるのを見届けると、彼は、向かいの、いつもはミサトが座る席に腰掛けた。
こちらを見る目は、昔と変わらない。
加持リョウジ、かつてのミサトの恋人、そして今はネルフ特殊監査部に所属している。
アスカとともに彼がドイツ支部からネルフ本部に来たのは、ほんの3日ほど前のことだ。
リツコの前に姿をあらわしたのは今日の午前、それまで何をしていたのかは知らない。
「見事な手際だったな、今日は」
「指揮をしたのはミサトよ。誉めるなら彼女を誉めてあげたら?」
「あいつはいいんだ、どうせ素直には聞かないからね」
「照れてるんじゃないの、あなたが」
「…そんなことはないさ」
苦笑いをしているが、強い調子の否定ではない。それは加持がミサトよりも大人だからだろうか。
それとも、彼がミサトよりも冷めた心を持っているからかもしれない。
学生時代からの知り合いだが、本質はあまり変わっていないように思える。
母に呼ばれて高校時代から出入りしていたリツコや、父の敵討ちという明確な目的があるミサトと違い、なぜ加持がこのネルフに入ったのか、その理由をリツコは訊いたことはなかった。
エージェントとしては優秀でゲンドウにも一目置かれている、それでも、ただの職業選択の結果ここにいるようにも見えない。目的も無しに動かない、そういうふうに思える。
「マギの分析かい、あの戦い方は…。分裂した使徒が動き出した時は驚いたが、すぐに対処できるとはさすが本部の中枢なだけはある」
「弱点のコアが二つ、それだけで今までの使徒とは少し違っていたわ。アスカが切断してくれたのは結果的に好都合だったわね、分裂させないと倒せなかったかもしれないから」
「コアに対する2点同時の攻撃か、確かに二機のレーザー砲を使うほうが効果的だな、初号機と弐号機が攻撃しても必ずタイムラグは生じただろう」
「ええ、双子でも無理よ、特訓でもしないとね」
シンジの知る「未来」では、それを行なうために一週間のユニゾン訓練を行ったという。
第一段階の相模湾での迎撃に失敗し、使徒はN2爆弾により足止めをしたと。
なぜわざわざ海岸まで行く必要があったのかと思うが、その時点では迎撃設備がまだ復旧していなかったのが、イレギュラーな作戦の原因らしい。
ならば設備復旧を最優先事項にすればいい。同じ過ちを行なう理由は、リツコにはなかった。
分かっていれば簡単なことだ。
先の第5使徒戦で通常兵器との連携の効果は証明されている。リツコが心配するまでも無く、ゲンドウと冬月は総力をあげて復旧作業を行なうことを承認した。
使徒対策に万全を期すことは、彼らの立場なら当然だろう。リツコの思惑がどうであったとしても。
分裂したとはいっても使徒のコアはその表層部に剥き出しになっていた。
狙ってくださいといっているようなものだ。
2機のエヴァによるATフィールドの中和は完璧だった。
どちらか一人でも十分だったろう。
弐号機パイロットのアスカの能力はシンジには及ばないもののレイを大きく凌駕しており、彼女の言うとおり弐号機一機だけでも作戦の遂行は可能だったかもしれない。
日本での戦闘実績はシンジのほうが上だ。いくら洋上で使徒を倒しているとはいえ、ここでのアスカはまだお客さんにすぎない。
だから彼女一人で戦わせるような真似は、さすがにできはしなかっただろうが。
兵装ビルとの連携訓練もほとんど行なっていない、それでもアスカはシンジより前に出ようとした。ミサトの指示を待たず使徒に切りかかっていき、手に持つソニックグレイブの刃で使徒を両断した。
エヴァの仕事はフィールドの中和であり攻撃は通常兵器で行なう、その方針を事前に知らしめてあった、そのはずなのに。
リツコの厳しい叱責がなければ、レーザーの照射を妨害しかねなかったほどだ。
「アスカは怒ってたわ。あの子は自分で倒したかったようね」
「みたいだな。…まあ、これから活躍する機会はいくらでもあるはずだしね。へそを曲げられる前に機嫌は俺が取っとくよ」
「優しいのね。でも、いいの? ミサトが心配するかもしれないわよ」
「なんだよ、それは」
「あなたにそういう趣味があるとは思わなかったわ。犯罪者にならないようにしなさいね、いくらネルフでも児童福祉法違反のようなハレンチ罪にまで抑えは効かないもの」
「おいおい、カンベンしてくれよ」
加持が辟易とした顔をしている。リツコの言葉が冗談なのは分かっているだろうが、積極的なアスカの態度を見ていればおかしな噂が立つのも時間の問題だ、その自覚があるのかもしれない。
マヤあたりが聞けば、本気で軽蔑し、憤慨するだろう、それを傍で見ているのもおもしろそうだけれど。
だが、加持も一方的に言われるだけではないようだ。
「自分はどうなんだい? 俺もリッちゃんの趣味は知らなかったよ」
「何のこと?」
「サードチルドレン、碇シンジくんだったか、なかなかご執心のようじゃないか」
「…そんなことないわよ。……でも、誰に聞いたのそれ」
答えはしたが、リツコの笑いは引きつっていたかもしれない。
最近本部にきたばかりの加持がそういうのは、すでにそんな噂が広まっているからだろうか。
確かにマヤからさりげなく訊かれたことはあったけれど。
どう見られているかなど、特に気にしてはいなかった。それこそ冗談ごととしか考えられなかったから。
「葛城にだよ。太平洋艦隊であった時訊いたのさ、サードチルドレンには興味があったからね。直属の上司のあいつより、リッちゃんのほうになついてるって、そう嘆いてたぜ」
「それはミサトのことが苦手なだけなんじゃない?」
「確かに押しが強いからな、あいつは」
リツコの心配は杞憂だったようだ。
ミサトがシンジとリツコを疑ってるというより、シンジが彼女にいつまでも馴染もうとしないのをミサトが悩んでいる、そのことは知っていた。
レイはもともとミサトの職分から外れている。二人いるエヴァのパイロットがどちらも彼女と疎遠なのは、チルドレンを統括するべき彼女の立場からすれば、確かにおもしろくはないだろうということも。それも、アスカが来たことで解消されるかもしれなかったが。
アスカとミサトはドイツで面識もある、同居を求めた彼女の要望は、今度は認められるはずだ。妨害する者もいない。
「シンジくんにはもう会ったの?」
「いや、まだだな。部署も全然違うから、接点はないよ。…ここにいれば会えると思ったんだけどね」
そう言って加持が悪戯っぽく笑った。油断がならない男、それは間違ってはいないはずだ。
同じようにリツコも笑い返す。
「そう、さすがに鋭いわね。…そろそろくる頃よ、彼」
その言葉が聞こえていたかのように、ノックの音が響いた。