見えない明日で

第4章 第2話

Written by かつ丸







 ネルフアメリカ第二支部、消失。


 突然飛び込んできたそのニュースは、世界を揺るがした。
 使徒の攻撃を直接受けてきたこの本部以外での、はじめての人的被害なのだ。
 支部を抱える各国の政府にも衝撃が走ったことは確実だった。

 日本国内ではニュースとして流れることは無い。
 けれど都市が丸ごと一つ消えたのだ、その情報は抑えきれるものではないだろう。
 いや、完全な情報を与えられていないからなおさら、不信は募っているのかもしれない。

 もっともゲンドウや冬月に、気にした様子はなかったけれど。

 本部の中は、さほど混乱はしていなかった。
 情報収集のため総務部はパニックに近かったかもしれないが、リツコのいる技術部はむしろ落ち着いていたといってもいい。
 S2機関の実験をしていたのだ、ブラックボックスともいえるその機構を紐解こうというのだから、最悪そういうことも起こりうる。
 マヤを始め事情を知っている者たちはそう思っているようだ。

 リツコも、本当ならそう思っていただろう。それよりもこれからの実験スケジュールをどう修正するかについて、頭を悩ませるだけだったかもしれない。
 事前に、シンジから何も聞いていなければ。


 行方不明者、約2千名。
 町が一つ消えたことを考えれば、決して多いとはいえない。
 事前に一般市民は退避していた、だから被害者はほとんどが関係者だ。
 それでも、、その数字にリツコは打ちのめされていた。

 失敗することがわかっていたのだ。
 みな、避けられた死者だったはずだ。
 知り合いなどほとんどいない、無関係な人たちばかりだけれど、リツコのことを知っていたとも思えないけれど、彼らは間接的にリツコが死なせてしまった、そういっても過言ではない。


「…どうしたの、リツコ?」

「別に…どうもしないわ」


 詳しい情報を探りに来たミサトが、訝しげに問い掛ける。
 再現される偵察衛星の画像を操作しながら、マヤも心配そうな顔をしていた。
 彼女たちにとっては消えてしまったアメリカ第2支部のことより、目の前のリツコのことの方が気にかかるのだろうか。

 それが自然な感情なのかもしれない。

 二人の視線に報いるための微笑みは、今のリツコにはなかった。強張った表情のまま、モニターを見つめる。オペレータのカウントダウンが終わるとともになにかがはじけ、画面が白く染まっていく。
 数時間前に起こった光景。
 あの場所にいた多数の命たちとともに、四号機は消えたのだ。
 リツコが警告をした担当者も、すでにこの世にはいない。


「…S2機関の暴走、それが原因ね」


 心にまとわりついた何かをふりほどくように、言葉を出した。
 自分でも驚くほど、冷静な声だった。


「よくわからないものをわからないままで使おうとするから、こんなことになるのよ…」

「ええ、そのとおりね…」


 ミサトが言ったのは辛辣な皮肉だろう。
 エヴァ自体わからないことが多い。全ては超古代とも思われる過去に遺されたものだ。
 現代の文明とは違う、神話の側の存在。アダムやリリスという名すらも、ただ便宜上使われているだけなのかもしれない。
 聖書のそれとは別ものだ。機構もしくみも解明はされていない。
 それをわかったふりをして、ネルフやそれ以前の科学者たちはもてあそんできたのだ。
 アメリカ第2支部の彼も、ミサトの父も、ナオコも、そしてリツコも。

 セカンドインパクトを連想してもおかしくないような事故なのに、ミサトは冷静に事態を計っているように見える。
 あの時とは被害者の数が違いすぎる、彼女にとってはただの事故にすぎないのかもしれないけれど。

 いや、ただの不幸な事故なのだ。

 リツコとシンジと、事故に遭った人たち以外にとっては。
 ニュースで交通事故や火事の話題を聞くのと、それほどの違いは無い。
 同じような実験をしているなら、もっと注意しなければならない、そんな認識しかもてまい。


「…でも、せっかくのエヴァを一機ロストしちゃったのね」

「これで建造計画が変更されることはないでしょうから、どれほどの影響があるかはわからないけど」

「また作ればいいってこと? そんなにたくさん必要だとも思えないけれど…」


 ミサトのこちらを見る瞳が、少し厳しくなった。
 ここのところ、微妙に態度が変わっている。絡んでくる、というよりも探りを入れてくる、そんな感じだ。

 原因は分かっていた。

 地下に眠る巨人、そこに至る通路に何者かが侵入した痕跡があった。
 一人は加持、そしてもう一人はミサト。
 おそらく手引きをしたであろう加持は、リツコにそれがわかるように足跡を消さなかったのだ。

 あれの正体は加持やミサトにはわからないだろう。
 だが、あきらかに普通でない白い巨人の姿に、かつてセカンドインパクトを起こしたアダムと、そしてこの本部に襲い掛かってくる使徒と同根の何かを感じたであろうことは想像に難くない。

 何をしようとしているのか、そう考えるのが普通だ。

 かつての南極で、今日、アメリカ第2支部で、制御できずに多くの人名を失ってしまった。
 エヴァは我々の管理下にあるとはいえない、先の使徒戦での鬼神のような初号機の姿をみたものには、その思いはいっそう強いはずだ。

 理解できていない、何も分かっていない、なのになぜそんなものを使う必要があるのか。
 ネルフという組織の目的は何なのか。
 サードインパクトを防ぐ、それをどこまで信じればいいのか。

 ミサトがそんな疑問を持っていることが、リツコにはよく分かっていた。


 真正面から尋ねられたら、いったいどう答えればいいのだろう。
 リツコ自身、揺らいでいるのだ。
 多くの人を見殺しにして、自分は何を守っているのかと。

 この瞬間だけの感傷で、明日になれば忘れてしまえるだろうか。
 日が沈みまた昇ったその時には、いつもの自分に戻っているのだろうか。
 忘れなくてはならない。戻らなくてはならない。
 そうでなければ、ここにいる意味自体が消えてしまう。

 ネルフの最終目的である補完計画の発動が、人類をほろぼすかもしれない。
 少なくともシンジの知る未来ではそうなったのだ。

 そのことをリツコは知っていたはずではないのか。
 承知した上で日々を送ってきたのではないのか。

 数十億の命を奪うことにつながる研究をしながら、たかだか数千の犠牲で心を動かすなど、矛盾もはなはだしい。
 偽善だと、自己欺瞞だと、そしられてもしかたがない。

 だからこれ以上気に病む資格など自分には無い、後悔などしてはいけないことなのだと、リツコは唇を噛みながら思った。















 参号機移管の申し出があったのは、事故後まもなくのことだったそうだ。
 リツコはゲンドウから直接連絡を受けたが、そのときすでに本部で受け入れることは決められていた。
 建造していたアメリカ第一支部では、少し前までは完成後の本部配備にすら難色をしめしていたのだが。
 機を見てゲンドウが動いたのか、事故の大きさに第一支部や米政府の幹部が恐怖したのか、おそらくはその両方だろう。


 もっともリツコには、そうなることは分かっていたけれど。
 松代で参号機の起動実験が行なわれる、そこまではシンジの話をなぞっている。
 そこから先もある程度は同じだろう。どの時点で使徒に参号機が侵食されたのかはわからないと、シンジは言っていた。アメリカですでに侵されていたのか、それとも先の使徒のように実験中に狙われるのか。
 日本に運ばれてくるまでは本部の管理下には無い、調査する権限は無いのだ。
 だから防ぐことは難しい。

 むしろ分かっているとおりの段取りで侵食させた方が、対処は考えやすいようにも思えた。


「受け入れ態勢について、早急に詰めておいてくれ」

「わかりました」

「…場合によっては、ダミーシステムを使ってもかまわん」


 盗聴の心配はないはずだが、ゲンドウは小声でそう言った。
 チルドレンを使わない操縦システム、その開発そのものはオープンなものだが、根幹となっているレイのことについては秘匿されている。
 レイの思考パターンを用いる、そう説明することに問題は無いが、ダミーレイの存在は明かせない。
 委員会にさえも。

 彼女が人間ではない、リリスの分身だと、知られるわけにはいかない。

 その思いが、ゲンドウを無意識に慎重にさせているのだろうか。
 彼の本音はダミーシステムの早期開発にあるはずだ。

 従来の計画では、この時点での参号機起動試験はリツコのタイムスケジュールにはなかった。
 ダミーシステムは基本の枠組みはほぼ完成し、すでに初号機と弐号機への搭載はすませている。
 ただ、未知の部分が多いエヴァの操作をおこなわせるには、あまりにも蓄積された実験データが少ない。
 技術を総括する立場として、システムを実戦で使うにはもうしばらく時間が欲しかった。
 それに機体のデータを本部がほとんど持たない参号機上で、最初の起動実験を行なうのはやはり危険が大きい。特にアメリカでの事故の後だ。スムーズな試験のためにはノウハウを持っている方法で行なった方が確実だ、それは自明のことだった。

 何も知らなければ、リツコは迷わなかったろう。
 ゲンドウの言葉は明確な命令ではない。合理的な説明さえあれば、今の時点ではダミーにこだわらないのはわかっている。採用は時機尚早、新たなチルドレンを選出し参号機に載せるべきだとリツコが進言すれば、異は唱えないだろうと思う。

 E計画の責任者として合理的な判断をすれば何を選ぶか、それははっきりしていると思う。

 参号機の起動実験は失敗するとシンジは言った。
 それがわかっているのだから、なおさらにダミーシステムを使わない方がいような気はする。
 ここ数ヶ月の努力や今後のE計画のことを考えると、わざわざケチをつけたくは無い。

 だが、エヴァが使徒にのっとられるというその意味も、リツコには理解できているのだ。

 コントロールを失いパイロットの脱出も出来なくなっていたら、チルドレンごと使徒となったエヴァと戦わねばならない。それは人質をとられているのと同じことだ。
 うまくやれば使徒のみを倒すことも可能なのかもしれないが、それは実際に戦わないリツコが言うにはあまりにも無責任な言葉だろう。

 シンジならばどちらがいいと言うだろうか。
 彼ならばプラグに被害が出ないように戦闘することも可能ではないだろうか。
 けれどもダミーシステムに思い入れの無いだろう彼なら、あえて危険なやり方を選ぶことを望みはしないと思える。


 そう言えば四号機の事故以降、シンジには会っていなかった。
 警告されたそのあと起こったことや、リツコが何をして何をしなかったのか、彼にまだ話してはいない。
 シンクロ実験が行なわれていないので、顔を合わせる機会が無かったからだというのは言いわけだろうか。

 避けている、その自覚もかすかにある。


「…司令」

「どうした」

「……四号機の事故、どうお考えになりますか? この国の政府に与える影響は大きいと思われますが」

「問題ない。本部に向って使徒が来ている以上、その対処が優先されるのは当然だからな。政府の連中にネルフの邪魔はできんさ」


 箱根に本部がありそこに向って使徒が来る限り日本としてはネルフの邪魔はできない、そういうことだろうか。
 けれどそれは彼らの持つ恐怖を無くすのではなく、ただ押さえつけているだけだ。言わずもがなのことだが。
 歪めんだ微笑みを浮かべたゲンドウには畏れるものなどなにもないように、リツコは思えた。








 研究室に戻り、端末の回線を開いた。
 マギと直結された画面を見ながらキーボードを叩く。十数人の名前とデータがディスプレイに浮かび上がる。
 みなシンジやアスカと同年代の子供達だ。そして彼らが顔見知りなのは間違いない、市立第壱中学校の同級生でもあるのだから。

 共通点はそれだけではない。彼らはみな母親を持たず、父親はネルフに勤務している。
 セカンドインパクト以降孤児や片親の子供はちまたに溢れており、この街ではネルフに関わっていないもののほうが珍しい、だから奇異に感じられることは無いのだろうけれど。

 リツコが見ているのはチルドレン候補者のデータだった。

 本人や親に通知もされていないが、ダミーシステムの開発が不調な場合を想定して、決定され集められていた。
 しくまれた子供なのだ、みな。
 シンジは、そのことを知っているだろうか。

 コアに変換可能なように彼らの母親のデータは蓄積されている。
 ユイやキョウコとは成り立ちが違うために安定性に不安はあるが、実戦も含めてエヴァの研究が進んだ現状ならば、適性によっては配備に問題はない。

 現状なら、ダミーを使うよりも確実な起動が見込めるはずだ。

 モニターに浮ぶ名前たち。

 リツコは会ったことはない、だからそれはまだただのデータでしかない。
 かかわりをもった瞬間からそうではなくなるにしても、未だそこに表示されている名を持つ子供達に思いいれなど持ってはいない。
 当然、それぞれに感情や人生があると知ってはいるが、リツコにとっての優先事項ではない。


 表情を変えないまま、モニターを見つめた。
 キーボードを叩く、それにあわせてふるい落とされるように名前が一つ一つ消えていく。
 本人達の知らないところで、望みもしないところで、その運命を変えていく。


 最後に、一つの名前が残った。
 画像データを呼び出す。

 やはり、リツコの知りあいではなかった。この年代の知り合いなどチルドレン以外にはいない、だからそんなことは最初からわかりきっていた。

 画面に写る少年はシンジと同じ黒い髪だったが、印象はやはり違う。
 普通の、どこにでもいる子供だ。
 最初に写真で見たときのシンジの印象もそうだったから、本人に会うまでわかりはしないのかもしれないが。


 もう一度、名前を見た。
 リツコの知らない、今まで関わることのなかった名前。

 鈴原トウジ、そこにはそう表示されていた。






 







〜つづく〜









かつ丸にメールを送る
katu@osaka.104.net



解説:


そういうわけでトウジ登場、名前だけだけど。
はたしてこの話にケンスケの出番はくるのか。
ヒカリより可能性低いな。






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