使徒と使徒の接触から数時間。
それまでの間、ひたすらにバルの機嫌は悪かった。
カヲルに逃げられたこと、妙な謎の種を蒔いていってくれたこと、自分の考えを読まれたことなど。
ともかく踊らされたような気がしたのだから、良い気分のわけがない。
普段は親しみやすい彼がそんな状態であれば、発令所にいても誰も話かけようとすることはほぼなかった。
ただ一人を除いて。
「バル・・・話があるわ。来てもらえるかしら?」
WING OF FORTUNE
第参拾九話 波紋
「さてと・・・まずあなたが誰と会っていたのか、それを話してもらいましょうか」
ネルフ施設内のリツコ個人研究室(と化している部屋)。
そこはバルにとって、ある意味、ネルフの中で一番親しみ深い部屋と言える。
主に武器開発の討論はこの部屋で行われていたため、ケイジの次にすごした時間の長い場所なのだ。
ここには今、バルとリツコのほかにユイの姿がある。
三人は小さなテーブルを囲むように椅子に腰掛けていた。
手元に置かれたマグカップには例によってコーヒーが注がれており、湯気とともにあがる独特の香りが部屋に満ちていた。
バルはコーヒーに口をつけ、それから天井に備え付けられた照明を仰ぎ見た。
「・・・タブリスに、渚カヲルに会ったよ」
何か重たいものを吐き出すかのようにバルはそう言った。
瞬間、リツコの顔が強張ったが、すぐに納得したというリアクションを見せた。
「そう・・・そうなのね。あなたとは別のA.Tフィールドが感知されたからもしやとは思ったけど」
「その反応からして・・・俺が知らないことを、リツコ、お前は知っているんだろう?」
「ええ、だからこそここに来てもらったのよ。これからあなたに話すのは、全て極秘事項だと思って」
元よりネルフにおける情報のほとんどが極秘事項である。
表に公開してしまったら世界中に混乱を招きかねないものが、ゴロゴロしていたりするのだ。
バルとてそのくらいのことはネルフで仕事をするようになるよりも先に、重々承知していたことだ。
しかしそこを敢えてその念を押したことで、事の重要さを強く伝えるという役割を果たした。
目で確認を取るリツコに、バルはそれなりの覚悟を決めてスッと静かに首を縦に振る。
「・・・まず一つ目は、エヴァシリーズの所在がここしばらくの間に全く掴めなくなってしまったということよ」
「エヴァシリーズが・・・?」
「五号機以降の計九体が建造中であることは既に話してあるわよね?完成したもの、建造途中のもの、その全ての所在が不明となったままよ」
「おいおい、あんなものを隠すだと?」
「さぁ?ゼーレなら私が知らない施設を持っていてもおかしくはないでしょう」
(そういうことを言いたいのでは無いのだが・・・)
バルが聞きたかったのは「何故」であり、「何処」という事ではない。
確かに「何処」ということも気になりはしたが、「何故」というその理由のほうが遥かに大きな疑問を投げかけてきている。
まず大雑把であるがざっと状況を眺め回し、己の持つ情報をもって吟味しても、そのメリットが見当たらないのである。
他の組織のテロもしくはそれに相当する工作に対しての措置ということも考えられなくも無い。
しかしながら、今のところはそういった組織はネルフ本部、つまりここしか存在していないのだ。
それもゼーレに対してまだ明確な反抗意思を見せてはいないし、エヴァシリーズをどうこうしようという動きはほとんど見せていない。
よってそれは別の理由でと考えるほうが自然である。
「加持君が色々調べまわってくれているんだけど、今のところその足取りは全くの不明だそうよ」
「・・・リョウジは無事なのか」
「ええ、元気にあちこち飛び回っているわ。たまには帰ってきてミサトを安心させてほしいんだけどね」
「そうだな・・・」
好奇心旺盛な加持が必要以上に首を突っ込まなければいいがと、バルは自分のことを棚に上げて心配してしまう。
「そしてその加持君がよこしてきた情報だけど・・・・・・フィフスチルドレン渚カヲル、彼が完成していたエヴァシリーズのうち一体を強奪して逃亡したらしいわ。このこのがエヴァシリーズの移送、存在の隠蔽の原因みたいね」
「あいつが強奪して逃亡!?・・・似合わんな」
言いたくはなかったが、バルとしてはカヲルに対してもうちょっとスマートなイメージがあった。
実際に頭が良いかどうかということは別問題として、であるが。
強奪、逃亡、そのどれもがタブリスとしての彼とは結びつきそうになかったのだ。
「まぁ似合う似合わないは別として、これを見てちょうだい」
プリントアウトしたのだろう、リツコは数枚の写真をテーブルの上に広げた。
それぞれ別角度から捉えているようだが、はっきりとした像を結んでいたわけではなく、どれも不鮮明なものばかりだった。
しかし、ネルフの人間であれば、すぐにそこから連想するものがある。
大きな翼を広げた、鳥のようなシルエット・・・それはもう既によく目にしている姿であったから。
「エヴァシリーズか・・・」
「そういうこと。これは今回の使徒が落下してきたとき、別のカメラで撮影されたものよ」
「俺は感じただけだったんだが・・・これで確定だな」
「とりあえず、この映像は人目につかないようにロックをかけて保存しておいたから、そう易々と閲覧できないはずよ。やはりフィフスの少年はこれに乗って、この街に現れていたとい考えていいのね」
「ああ、十中八九間違いないだろうな。・・・で、そうなるとこいつが手にしているのはロンギヌスの槍の模造品か」
巨大な鳥のようなものは何かを持っているように見えた。
やはり映像が不鮮明なために詳しい造型はわからないが、翼を広げた全長と比べてもかなり長大な代物であることはわかる。
シルエットの主がエヴァだとするのならば、40mを超えるであろうし、その質量も半端ではなかろう。
「それじゃあバル君、あなたは彼が何故、この第三新東京市に現れたのだと思う?使徒である彼がわざわざエヴァを奪って、何をしているのだと思う?」
ユイがようやく口を開いたのは、まずこの問い掛けだった。
エヴァを強奪した理由もわからなければ、この街に現れて、なおかつバルと小競り合いをして程度で姿を消したのは不可解であった。
最早従うつもりは無いとはいえ、ネルフはいまだにゼーレの下部に存在していおかげで資金が回ってきているのである。
そういった状況を考慮すれば、ネルフの中にゼーレの息がかかった者がいてもおかしくはない。
だからこそリツコも映像データの機密化を図ったのだが、もともとゼーレにこのことを報告するつもりなど毛頭なかった。
「・・・こいつがロンギヌスの槍を持参していたということは・・・俺たちがサハクィエルを受け止め切れなかったときに、自分で倒すつもりだったのかもしれません」
ちょっと考えたバルはそう言った。
そうなるとおそらくバルに会っていったのは、ついででしかなかったのだろう。
あっさり退いていったこともならばなんとか納得できる。
「やはり味方だということ?」
「完全な味方かどうかはわかりませんよ。ただ目的は同じだと言っていましたがね」
あくまで取り合えずという部分を強調しているあたりに、まだ蟠りが多分にあることを覗かせた。
「目的は同じ?と言うことは、これから先も戦うつもりはないということかしら」
「たぶん」とバルはいささか自信無さげに言った。
カヲルの考えていることは酷く読み辛いらい。
はっきり言って、バルのほうが問いたい気分であった。
「あれはなんだったんだろう・・・?」
シンジは自分の寝床に潜り込んでから、ずっとあの時感じていたものについて考えていた。
それがタブリスこと、渚カヲルの乗るエヴァシリーズであるということを、シンジが知るはずもない。
使徒の感触と同じであることまではわかっても、人物を特定するにまでは至っていなかったのである。
またそのあとバルとカヲルが争ったときも、その場にたどり着いたときにはバルがいるだけだったため、状況を把握することはできなかった。
ユイナの元に行こうかとも思ったが、面会時間がとうに過ぎていたため諦めて戻ってきた次第だ。
心境としては喉に魚の小骨が突き刺さっているような、非常にもどかしい状態にあった。
「使徒だと思うけど・・・でも・・・」
ならば何故攻めてこなかったのか?
戦闘直後で消耗している状態を攻めれば、かなり優位に立てることは考えるまでもないことだ。
それをしなかったために、今こうしていられることも事実なのだが、どうにも腑に落ちないのである。
「バルは何も教えてくれないしなぁ・・・リツコさんも母さんも難しい顔してばっかりだったし」
大人には大人の事情があるのだろうと、納得しようとするがやはり納得しきれない。
しかしながら、自分も大人に、そして仲間に全部話せているとは言えない事に気づいたため、苦笑するしかなかった。
「シンジく〜ん、ブツブツと独り言言ってると思ったら急に笑い出したりして・・・結構怖いわよ」
「・・・ミサトさん・・・聞き耳立てるのはやめてくださいよ。趣味悪いですよ」
ドアの隙間から覗き込んでいる好奇心一杯の瞳と視線が合い、ため息を一つ。
悪戯っぽい笑みを浮かべたミサトはそのため息を合図にドアを開け放った。
案の定、ミサトは缶ビールを手に持っている。
「どうせ起きてるなら、少し話をしない?」
そう言ったときのミサトは真剣な顔をしていた。
・・・していたような気がした。
「・・・わかりました。ついでに何かおつまみでも作りますよ」
「ふふ、お願いね」
それから数分後、簡単なおつまみを並べたテーブルをはさんで、二人は向き合うように腰をおろしていた。
「う〜ん、悪いわねぇ。こんなことさせちゃって」
「いいですよ。まだどうせ眠れなかったでしょうし」
さすがに飲酒に付き合うということはしていなかったが、シンジはシンジでコーヒーをゆっくりと飲んでいた。
これから眠るというときにカフェインで眠気が醒めてしまうのではないかというのはナシである。
「今回は大変だったわね。改めてご苦労様」
「いえ・・・僕はみんなに心配かけちゃいましたから・・・」
「それはそうだけどね。でも、シンジ君たちの活躍のおかげで街の被害も最小限にとどめられたんだもの。感謝しているわ」
「・・・ありがとうございます」
照れくさそうに顔をほころばせるシンジ。
ミサトはそれを見ていると、目の前の少年が一番先頭で戦っているということを忘れてしまいそうだった。
「こうしてシンジ君と二人っきりなのは久しぶりね」
「あ、でも僕は・・・」
シンジが何か言いかけたとき、ミサトは一瞬眉をひそめたが、すぐに納得してちいさく笑った。
実際にはミサトに見えていなかっただけで、隣にはいつもユイナがいたのである。
独り言が多いだけだと思っていて、実はちゃんとそこに相手がいたのだと知ったのはずいぶん経ってからだ。
「そういえば・・・・・・お風呂とかも一緒だったのかしら?」
「・・・・・・・・・ノーコメントです」
顔を真っ赤にするという予想通りのリアクションに、ミサトは笑いをかみ殺しながらビールをあおった。
実際その当時はユイナはまだシンジが裸であろうと、あまり気にしていなかったのだが、シンジのほうはまた別だ。
それからしばらくミサトはシンジをからかいながら酒を飲んだ。
しかしシンジはシンジで自分が酒の肴にされている状況をわりと楽しんでいるようで、嫌そうな顔はしていなかった。
妙なところでたくましくなったものである。
ミサトがそこそこ酔ったところで、来訪者があった。
「あれ・・・?こんな時間に誰かしら?」
「あ、僕が出て気ますよ」
立ち上がろうとしたミサトを制し、シンジが玄関へと向かう。
一体誰だろうと首をかしげながらドアを開けると、そこには隣に住み始めたマナがいた。
Tシャツにホットパンツといういかにもリラックスしているときのスタイルであるが、表情はいささかかげっている。
「どうしたの?なにかあったの?」
「大した事じゃないんだけどね、バルが・・・まだ帰ってこないから、何か知らないかなぁって」
大した事じゃないと言うわりには、マナからは不安げな様子が滲んでいた。
ちなみに使徒戦が終わってから、真っ先に帰ってきたのがマナである。
おそらくネルフのスタッフに同行していたことで、情報が入るのが早かったのだろう。
放っておけば一人で戻ってしまいそうだったため、逆にネルフの人間が引きずられる形で戻ってきたのだ。
「ちょっと待って・・・ああ、あがっててよ。ミサトさんが何か知ってると思うから」
「うん。ごめんね、こんな時間に」
「気にしないでいいって。僕もミサトさんと話していたところだし」
マナを部屋の中に招き入れると、ミサトの方へと駆け足気味に戻っていく。
事情を話すと、ミサトは急に神妙な顔になってビール缶を手放した。
「何か心当たりがあるんですか?」
「・・・戦闘後に一度、A.Tフィールドの発生が確認されたのよ。急いで発令所に戻ってみたら、誤報だって言われたんだけど、今にして思えば何かあったとしか思えないわね」
「たぶんそれは間違っていませんよ。僕も、バルと誰かが接触したらいいことは感じましたし。でもそのあとバルのところに行っても、何も話してくれなかったんですけどね」
「なんですって・・・・・・?」
ミサトは一瞬なにか思考に耽る表情を見せた後、ゆらりと立ち上がると、自室に戻っていった。
二、三分経つと仕事着に着替えて現れ、それからおもむろにジャケットを羽織った。
そこにいるのは作戦本部長葛城ミサトである。
酔っ払いからの身代わりの速さはさすがと言うほかないだろう。
「ったく・・・リツコったら、また私をのけ者にしたわねぇ」
「ちょっとミサトさん!何処へ行くんですか!?」
「もちろん本部よ」
「飲酒運転じゃないですか、ダメですよ。明日にしたらどうですか?」
「あのくらい酔っ払ったうちに入らないわ。それに現場を抑えないとリツコのことだから、絶対にとぼけつつけるに決まってるもの」
言われてみると、納得してしまう。
止めることを諦めた・・・と言うよりも、自分自身の好奇心が勝ったシンジは一つの提案をするだけだった。
「・・・僕も行きます」
「ミサトさん、もしかしてバルが誰と会ったのか見当がついているんじゃないですか?」
飲酒運転となった車の中、シンジは引っかかっていたことをミサトに問うた。
先ほどのミサトの反応から、ある一定の確信をもった問いだ。
ハンドルを握っているミサトは顔色一つ変えずに前を見据えている。
「・・・そうかもしれないわ」
短く答えると、真一文字に口を結んでそれ以降声を発そうとはしない。
シンジも自分の思考に耽りだしたため、時折悲鳴をあげるタイヤの音だけが二人の間に響いていた。
ついて行くと言い出しそうだったマナは、本部施設内を自由に動き回れないために留守番している。
多少無理を言えばミサトの権限でどうにかなることだったかもしれない。
しかし、少々厄介な話題であるため、諦めてもらったのである。
ただ、ミサトの本音はシンジもついて来てほしくなかったのであるが、シンジの方こそおいて行っても無駄であるため、仕方なくという感じだった。
(フィフスチルドレンね・・・間違いなく)
バルと会う。
この会うという行為だけで、ミサトにはすぐにその相手が特定できた。
使徒の中でまったく街やその周辺に張り巡らせてあるセンサー群を掻い潜って来られるモノは少ない。
大きなネックとなっているのがその巨体だ。
たとえ、使徒の形成するフィールドにより情報を得られなくとも、数十mもある体で誰にも見られないということは不可能である。
その例外であるのが人の姿をした第壱拾七使徒・渚カヲルだったわけだ。
「シンジ君、たぶんこれからリツコの所でするのは結構キツイ話になると思うわ。変な話だけど、少し覚悟しておいてね」
「覚悟・・・ですか?」
「ええ・・・というより、私たちの方が覚悟が必要なのかもしれないけど」
三人はその来訪者に酷くばつの悪そうな顔をした。
当然ながらノックも何もなしに、ほとんど乱入するような形で訪れたため、資料の片付けさえできていなかった。
「リツコ・・・私に何か言うことは?」
ジロリと睨み付けたミサトの視線を逃れるように俯くリツコ。
何も隠し通すつもりはなかったのだが、説明をする前にミサトのほうから来てしまったのだった。
もっとも、議論を早めに切り上げなかったことに最大のミスがあるのだが。
「さて、じゃあ洗いざらい話してもらいましょうか」
「そのまえにミサト、シンジ君のことはいいの?」
「・・・何時までも逃げているわけにはいかないじゃないの」
「・・・そうね」
構図的にはシンジと他の四人が向かいあっているようなものだろうか。
話す内容を思えば、ミサトも明らかにリツコらと同じ立場にある。
そして先に今回のエヴァシリーズのことを説明すると、ある意味話の焦点である渚カヲルについて触れることとなった。
「渚カヲル・・・確かにその人が使徒だったんですか?」
確認をとるように、ミサトとリツコの顔を交互に見やる。
「・・・ええ、フィフスチルドレンとしてゼーレから送り込まれてきたのよ」
「初めから、そこは仕組まれていたんですね」
「たぶんね。彼をどう説得したのかは知らないけれど、最後の手段として残していたんでしょう」
「最後の手段・・・それはエヴァシリーズじゃないんですか?」
「・・・・・・彼の姿は少年だったのよ・・・・・・」
「そして、今回もな」
少年の姿。
この言葉にシンジは何故これまで自分にこの話を知らされなかったのか、悟ることができた。
「・・・・・・まさか・・・」
声が震え、嫌な汗が握りこんだ手のひらの中にじっとりと浮かんできていた。
「そのまさかよ。私たちはそのシナリオの通りに歩んでしまったの」
「僕が・・・碇シンジが殺したんですね・・・?」
「・・・そうよ」
抑揚の無い、押し殺した声。
ミサトとリツコの気分は判決を待つ罪人のようだった。
「そんなの・・・そんなの僕らにバルを殺せって言ってるようなものじゃないですか!!」
シンジの叫びが痛烈に胸へと突き刺さる。
やや自虐的であるが、断罪されることで多少なりとも気が楽になるのは人間の心理であろう。
これは意識の片隅で、二人が望んでいたことでもある。
だが本当は彼に対してすべきことではないことはわかっている。
すべき相手が別にいることぐらいは、重々承知していることなのだ。
しかし叫んだシンジはすぐに冷静さを取り戻し、それ以上非難の言葉を浴びせ掛けるようなことはなかった。
自分の発した言葉の矛盾に気がついてしまっていたのだ。
「・・・・・・ハハッ、僕も身勝手なことを言ってますね」
「シンジ君?」
「結局僕は姿かたちで判断しようとしてる・・・身勝手ですよね・・・」
俯いたシンジに対して、誰も何も言えなかった。
いや・・・銀髪の男だけは違っていた。
「シンジ、今の使徒を殺すことを躊躇うことも、罪の意識を感じることも無い。死はあいつらにとって唯一にして絶対の解放となるんだ。これは本当だよ」
「でも・・・でもさ」
自己嫌悪で一杯となっているシンジは、うまく思いを言葉にすることさえできていない。
バルはその肩に腕をまわし、軽く抱き込むとそのままドアの方へと向かった。
「・・・こいつと一緒に帰るから後ちょっと頼むわ」
「でも、大丈夫?」
「・・・まぁ・・・悪いようにはしないさ」
ウィンクをしたバルはシンジを半ば引きずるように部屋を出て行った。
ドアが閉じると、自然と三人の女性の口からため息が漏れたのだった。
静まり返った街で動いているのは二つの人影だけだった。
街頭の明かりはところどころ途切れているが、月の柔らかい光が闇の中でも不自由さを感じさせていない。
心がただ静かになる、そんな雰囲気であった。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
「・・・うん・・・」
「そりゃよかった」
俯いたままだがシンジが頷いたことを確認すると、カラカラと笑う。
「あんまり難しく考えるなよ。元々、俺がこうしてここにいることが例外であって、倒すべき相手だっていう事実は変わらないんだ」
「じゃあバルは最後にどうなる?」
「・・・さぁなぁ・・・だが、俺は今日タブリスに会うまで、俺があいつとやり合って共に消えるべきだと思っていたよ」
「そんなのって!」
音がしそうなほどの勢いで顔を上げ、食って掛かるシンジ。
自分の言葉が支離滅裂になっていることの自覚はあるものの、それを収拾する冷静さを完全に失われていた。
バルはそのシンジの肩に手を置き、真っ直ぐと濡れた黒曜石の瞳を見つめる。
「じゃあ聞くがな・・・もし最後の最後で俺が邪魔だとわかったらどうする?世界を存続させるためには、俺が消えなければならないとしたらどうする?お前たちに俺が殺せるか?」
「できるわけ無い!!今まで一緒に戦ってきた仲間じゃないか!それを・・・・・できるわけ無いよ!」
半ば喚き散らすように強く言い放たれたその言葉に、バルはそっと微笑んだ。
自分を大切に思ってくれていることが、嬉しくて、反面それが辛い。
どんな顔をしたらいいのかわからない・・・そんな気分だ。
「だからだよ。お前たちにやらせるわけにはいかないから、俺はお前たちが一番相手をし辛いやつと一緒に消えるつもりだったのさ」
「・・・そんなの嬉しくない・・・嬉しくなんか・・・」
「ああ・・・残される方にとってはたまったもんじゃないだろうな。だがそれをしなければならないんだよ。もしかしたら俺は最後に生き残りたくなってお前たちを裏切るかもしれない。お前たちと戦うかもしれない。そうなるのは嫌だ。大切なものを自分の手で砕くような真似はしたくないさ」
徐々に涙声になっていくシンジの頭をなでながら、もう片方の拳を握り締め、それを見つめる。
どんなに握り締めても零れ落ちていってしまうものはある。
ならば手の中に残ったものだけでも守りたい。
そう思うのはごく自然なこと。
だがその手の中に残ったものを自分から守らなければならないとしたら、これほど皮肉なことはない。
バルは一瞬苦笑を浮かべると拳をパッと開き、急に口調を砕けたものへと変えた。
「でもまぁなんだ。とりあえず、タブリスの出方がわからない以上、まだしばらく俺はこのままだよ」
撫でていた手を止めてシンジの背中を軽く叩き、屈託のない笑みを向けた。
それにつられてシンジも二、三度やや乱暴に顔をぬぐったあと、少し弱弱しいながらも笑みを作った。
ちょうどそのとき、いつのまにかマンションの前まで来ていたことに気づき、お互いに顔を見合わせたあと、肩を竦める。
エレベーターに乗ると、ボタンを押してその壁面に寄りかかった。
「タブリスかぁ・・・もしその人が仲間になってくれたら・・・」
シンジは階数表示をぼんやりと見やりながら言った。
今のところ仲間ではないが敵ではないという、微妙な状態にある渚カヲル。
(味方か・・・確かにそれならいいんだがな・・・)
目的は同じと語った似て非なる存在。
二人はその存在と願わくば友でありたいと思った。
その願いが届くかどうかはまだ二人にも、そして他の誰にもわからなかったのだった。
あとがきみたいなもの。
少し重たいかな・・・?
しかし思った以上にシンジもバルもよくもまあ喋る喋る。
おかげで文がまとまらないし、この話で到達しようと思った地点までいけませんでした。
話が膨れ上がることはもう慣れましたけどね。
それに終わりがだんだん見えてきたものですから、話数が増えるのは密かに嬉しかったりしますし。
まぁそんなわけですから、しばらくしたら改訂するかもしれません。<こんなのが新年一発目(^^;
では・・・・・・
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。