「っと・・・こんなものか」

 

バルの視線の先、机の上には私物を放り込んだ段ボールがある。

ここは第壱中学の職員室なのだが、彼以外の人影はほとんど見当たらず、すきま風さえも感じてしまいそうなほど閑散としていた。

無理もない。

戦闘からさほど時間が経っておらず、市街へ退去した人々も、まだ戻ってきていないばかりか、今回のことを機会にそのまま疎開を始めるものも多かったのだ。

それ故、一応責任者である校長が一旦第三新東京市に戻ってきて、第壱中学の休校を決定したのだった。

バルはこの日、休校決定の知らせを受けて、出来る限り生徒との連絡を付けたあと自分の机の整理をしていた。

 

「短い間だったが、結構物があるな」

 

割と綺麗にものを詰め込んだ段ボールを見下ろし、しみじみと呟く。

中身のほとんどは彼なりの思い出の品々で、仕事上に必要だった物はあまりない。

仕事をしていなかったというわけではないが、私物と分類されるものが他の教師に比べて随分と多い。

 

「ベルフィールド先生・・・やっぱり来ていたんですね」

「ん・・・?」

 

ドアが開いたあと続いた声に振り返ると、そこには肩を大きく揺らしたセイカが立っていた。

ここまで随分と慌ててきたのだろう。

常夏の日本では普通にしているだけでも汗をかくというのに、額に前髪が張り付くほどにじっとりと汗が浮かんでいるのが見えた。

 

「やぁ、森里先生」

 

現れたのがセイカだとわかったバルは、軽く手を挙げてそっと微笑みを浮かべた。

それを見るとセイカは途端に全身から力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第四拾話 一時の別れ 永久の別れ

 

 

 

 

 

 

落ち着きを取り戻したセイカは自分の机やら、ロッカーやらから荷物を取り出して整理を始めていた。

その隣でバルは椅子に腰掛けて、思い切り背もたれに体重を預けてダランと手足から力を抜いて天井を見上げている。

セイカはチラチラと隣のバルの様子を窺いながらも、黙々と作業を進めた。

 

しばらくするとセイカも荷物をまとめ終えたため、二人は休憩室に場所を移すことにした。

 

「ベルフィールド先生は何を飲みます?」

 

二人分のカップを棚から用意しながら、ソファーに身を埋めているバルに問う。

少し口元を手で覆って考えるような様子を見せたあと、バルは少しすまなそうな顔をして言った。

 

「コーヒー・・・お願いできますか?」

「コーヒーですね?ブラックでいいですか?」

「ええ。お願いします」

 

頷き、棚からコーヒー用のサイフォンを取り出し、豆をセットすると、バルの向かい側に腰を下ろす。

このコーヒー用のセットは、実はバルが用意したものだったりする。

リツコのところで打ち合わせをする度にコーヒーを飲んでいたら、妙にこだわるようになってしまったのだった。

更に元を正せば、リツコから譲ってもらった代物である。

 

「終わっちゃうんですね、学校」

「そうですね・・・残念ですけど、子供らの安全を考えたらこうするべきだったんですよ。そう、もっと早くでもよかった」

「・・・ベルフィールド先生は残るんですよね?」

「ええ、俺はネルフに籍を置く身でもありますからね」

 

直接そういった話をしたことはなかったが、バルが些か特別扱いされている―――それこそチルドレンと呼ばれる数名の生徒と同じように―――ことを考えれば、容易に想像がつくことだった。

だから敢えてセイカも使徒もどきの一件の後にもバルに問うこともなかったし、バルも話すことはなかった。

 

「初めて私があなたと出会ったとき、少し戸惑ったのを覚えています。どうやって接すれば良いのかわからなくて・・・」

「でしょうね。こんな紅い目で銀髪なんてそうはいないでしょうし」

 

前髪をつまみながらカラカラと笑い立ち上がると、バルは出来上がったコーヒーをカップに注いだ。

湯気が立ち上り、セイカからはその笑顔が曇ってしまいよく見えなくなる。

その瞬間、セイカは酷く不安な気持ちに駆られた。

理由はよくわからないのだが、ただ恐怖に近い不安が襲いかかってきていた。

 

「どうかしましたか?」

 

湯気が消えると変わらぬ笑顔がそこにあり、いつの間にか自分が手を伸ばしかけている事に気が付いた。

バルが席に戻る前に慌てて手を引っ込めたものの、まだ不安は胸の内に巣くったまま、確かにそこにある。

喉元に詰まっているような不快感を伴い、セイカは少し表情がぎこちなかった。

 

「砂糖とクリーム入れます?」

「あ、はい」

 

ソーサー、カップを置くと、その横に砂糖とコーヒー用のクリームを並べる。

その二つを入れてかちゃかちゃとスプーンでかき混ぜながら、セイカは今まで聞いていなかった話題に触れてみようかと考えた。

 

「そういえば、ベルフィールド先生って、何処の出身なんですか?」

「出身?・・・う〜ん、それはそのぉ・・・地球のどこかであるのは確かですけど・・・」

「・・・真面目に答える気はないってことですか、それ?」

 

珍しくジロッと人を睨み付ける目つきをするセイカ。

多分こういった態度がとれるのも、バルが相手だからそこであろう。

 

「いやいや、真面目に答えているつもりなんですけどね。そうだなぁ・・・強いて言えば松代・・・かな」

「松代?じゃあ国籍は日本なんですか?」

「まぁそうなりますか」

 

松代が出身ということはある意味事実である。

あの一件の時に生まれたとするのならば、産声は凄まじいものであったわけだが、それを知る者はあまり多くはない。

 

「じゃあ、ご両親のどちらかが外国の方だったとか」

「両親はいませんよ。兄弟もいませんし、いわゆる天涯孤独ってヤツですか」

「あっ・・・・・・すみません。私、変なこと聞いちゃって・・・」

 

バルは極めて軽い調子で言ったのだが、寝が真面目なのだろう、セイカは口を塞ぎ、ばつが悪そうに顔を伏せた。

片親が極めて多いため、あまり両親など肉親の話をするときは気をつけねばならないのが常である。

それが興味先行になってしまったということを、セイカは恥じ、軽い自己嫌悪に陥った。

 

「気にしないでくださいよ。たった一人だった俺にも、全てを賭けてでも護りたいものがやっと見えてきたんですから」

「全てを賭けて・・・?」

「ええ。大切なものです」

 

暗い炎が宿っていた。

紅い瞳は確かに暗い炎を宿し、そして儚く美しい輝きを放っている。

吸い込まれるような感覚にとらわれたセイカを引き戻したのは、ドアを開ける音と独特のイントネーションで発せられた声だった。

 

「ああ、居った居った。なんや、森里センセと仲良うして・・・」

 

相変わらずジャージを着込んだトウジに続き、シンジ、アスカ、レイ、マナが休憩室に入ってくる。

皆、レイを除いて肩に大きく膨れたバックを担いでいた。

すぐに教室に行った帰りであることがわかる格好だ。

 

「なんだ、お前達も来ていたのか?」

「まぁね。ミサトが荷物を全部もってこいなんて言うから、仕方ないけど来てやったのよ」

「あとユイナの荷物も早めに持っていこうと思ってさ」

 

アスカとシンジがそれぞれに言うのを聞くと、バルは皆を座るように促して、人数分のコーヒーや紅茶の用意を始めた。

お湯の沸くやかんの音。

コーヒーのサイフォンが奏でる音。

それらをBGMに、教師と生徒の対話はこのあとしばらく続いた。

そして子供が帰ったあとも、また教師同士で思い出話というにはまだ最近過ぎる話題で、会話に花を咲かせることとなるのだった。

 


 

一方ネルフでも、大々的な人事異動がなされることになった。

松代に移したスタッフのほとんどはそのまま松代勤務に切り替え、本部は必要最低限の人員で運営する方針が決定したのである。

主に残されるのは保安諜報部、作戦部、そして技術開発部の三つだ。

その他の戦闘に直接関係のない部署は人数をギリギリまで減らすことになった。

また技術開発部でもエヴァ用兵器開発部門はほとんど閉鎖に近い形になる予定だ。

 

「遂にこういうことになりましたか」

「意外と早かったんじゃないかしら。良いことだと思うわよ」

 

当然居残り組であるミサトとリツコ。

彼女らもまさかこれ程早く人員の移動が行えるとは思っていなかったため、軽い驚きを覚えていた。

この英断を下したのは当然ながら碇ゲンドウその人であるが、残念ながらまだ出張先から戻ってきていない。

 

「でも大丈夫なの?エヴァの修理とか・・・」

「心配はいらないわ。修理なら今までの人員は確保できているし、松代からその都度、足りない人員を呼んで来ることも無理ではないしね」

 

実際、技術部にはかなりの人数がいて、今エヴァの修理に当たっている者はほとんど残る予定だ。

どちらにしてもしばらくの間は修理に時間がかかるため、本部を離れることが出来ない。

特に初号機の損傷は酷く、修理はまだ後回しにされているような状況だ。

装甲の全換装は勿論のこと、その損傷は中枢に至っている部分さえもある。

芦ノ湖の底から這い上がって来られただけでも奇跡だと、損傷具合の調査を行った者は口を揃えて言った。

修理することを考えると気が滅入るというのが本音だ。

そんな状況でコアと、エントリープラグを守ったあたりはさすがだを通り越し、奇跡と言えた。

 

「そういえば、あの娘、マナちゃんはどうするの?やっぱりあのままなのかしら」

「・・・一番早く戻ってきた娘よ?多分てこでも動かないでしょうね」

 

リツコの冷ややかな調子の言葉に、ミサトは半分泣きが入っていた同行スタッフの顔を思いだし、苦笑しながら頷いた。

少女とはいっても、マナも一応は訓練を受けた人間であるからして、一般の人間に比べると遥かに扱いづらいのだろう。

 

「ん〜〜・・・そうなると、このまま鈴原君とマナちゃんは同居ってことになるわね」

「別にあなたのところにあの娘を住ませて、バルのところにシンジ君と鈴原君に住んでもらってもかまわないけど」

「・・・それじゃあ私の生活が・・・」

「あなたねぇ・・・子供に頼ってどうするのよ」

「アハハッ、冗談よ冗談」

 

特に悪びれる様子もなく笑うミサトに、リツコは思い切り嘆息してメガネを外した。

トウジの家族が疎開したあとも、トウジはここに居続けなければならない。

ならば一人だけ別の場所に住むよりも、一カ所に全てのチルドレンを集めてしまった方が効率的というものだ。

 

「ところでリツコ、あんたが最近作っていた武器って何?一通りの装備が整ったあとも何か作ってたでしょ・・・バルも関わってみたいだし」

「あら?気が付いてたの?」

 

いかにも白々しい態度で口元に冷ややかな笑みを浮かべる。

ミサトにとってはいつものことなので、あまりもう頭に来ることもないので、適当に流して本題に入ろうとする。

 

「はいはい・・・で、何?」

「・・・簡単に言えばA.Tフィールドの応用兵器ね。ほら、3号機用のA.Tネットがあるでしょう?あれは主に目標の捕縛、広範囲の守備に使用しているけれど、これは結局実験レベルの代物だったのよ」

「でも結構多用しているわよ?」

「使えるものを使っていくのは当然でしょう。それに少しずつ改良して、負担が軽くなるように調整もしているわ」

「ふーん・・・見えないところで色々やってるのね」

「当然よ。何のための技術部だと思ってるの。それで、そのA.Tネットで今まで蓄積してきたデータを元に、近接兵器の刃の部分にフィールドを形成することができるような武器を開発していたというわけ」

 

テーブルの上に資料を広げる。

ソニックグレイブ改、マゴロク・E・ソード弐式という文字が最初にミサトの目に入った。

詳しい理論やら何やらはどうせ読んでも解らないということで全てすっ飛ばして、仕様部分を読みあさるミサト。

わかっているのかいないのか、とにかく読んでいる間に何度も頷いていた。

 

「つまりA.Tフィールドの武器化が容易になった・・・ということ?」

「概ね正解ね」

「すっごいじゃない!これなら相手のフィールドが多少強くてもフィールドを無視して攻撃できるわ!」

 

素直に感動したミサトは、リツコの手を取ってブンブンと上下に大きく振った。

戦いが楽になるのならばこれを喜ばずにいられない。

しいては子供らへの負担の軽減に繋がるかもしれないからだ。

しかし、リツコの表情はそれほど明るいものには見えず、だんだんと手の振り幅は小さくなっていった。

 

「・・・何か問題があるの?」

「大アリよ。バルは先天的にA.Tフィールドの応用法を身に付けていたからこそ、ネットの使用にもすぐに順応できたのよ。そして鈴原君もバルの力を部分的に有しているからこれも多少無茶がきいたわ。でもそれをいきなりレイやアスカにしろと言っても難しいのよ」

「じゃあ使えないってわけ?それじゃ話にならないじゃない」

「そうは言っていないわ。使えることは使えるのよ。訓練すれば慣れが生じるはずだからね。でもこの武器を使用している間、防御用のA.Tフィールドが展開できなくな可能性が高いわ。複数のフィールドを同時展開する技術が必要になるんですもの」

「それじゃあ・・・」

「まさに諸刃の剣ね。絶大な攻撃力と引き替えに、自らエヴァの特性を捨てて身を危険に晒すことになるわ」

 

リツコはそこまで言うと、大きく溜息をついて席を立った。

空になっていたマグカップに新たにコーヒーを注ぎ、リツコがそれを飲んで休憩を始めても、ミサトはジーッと資料と睨めっこをし続けていた。

そして不意に手を叩くとニンマリ笑ってリツコを見るのだった。

 

「な、何よ気持ち悪いわね」

「簡単な事よ。防御が出来なくなるって言うなら、ディフェンスとオフェンス、二人一組で行動すればいいんじゃない」

 

「あ」と、リツコは一瞬間の抜けた顔になった。

普段とは立場が逆転したことにミサトは気をよくし、得意満面で少しばかり胸を張った。

 

「アスカとレイなら、ユニゾンの実績もあるし、ピッタリだと思わない?」

「・・・やれやれね。確かにその通りだわ」

「善は急げってことでこれ、近いうちに実験してみたいんだけど、構わないわよね」

「ええ・・・まだ微調整しなくちゃいけないところはあるけれど、一、二週間・・・二機の修理が終わる頃には出来るはずよ」

「よっし!じゃあ、海岸の方の廃墟周辺を確保しておきますか」

 


 

チルドレンプラス1というメンバーは、葛城家のリビングで帰宅してから何をするでもなくぼんやりとしていた。

それからシンジが夕食の買い出しに行くと言って出ていった後は、本当に特にすることもなく、だらけてしまっていたのだった。

トウジはこれからバルのところで共に生活することが決定したのだが、今はただ食事を共にするために来ていただけで、そのことはまだ知らないようである。

 

これから学校に行く必要はない。

行けと強制されると行きたくなくなり、行かないでよいと言われると逆に寂しくなると言うのは人間の心理であろう。

戦いの中に身を置いていることを考えると、学校というのは唯一の日常との接点だった。

それが無くなってしまうということは、つまり戦いこそが生活の中心になるという証であった。

 

「さぁて・・・これからしばらく退屈になるわね」

「なんだかんだ言っても学校に行けば話題に困らなかったもんね」

 

アスカに同意し、声を出すマナ。

 

「って、あんたは疎開しないわけ?」

「私は最後まで見届けるつもりでいるけど・・・」

「まったく、何処まで迷惑をかければ気がすむんだか」

「あーなによぉ、私がここにいた方が面倒事が少なくてすむじゃない。表面上はどうあれ、多分戦自からは脱走兵扱いだし・・・」

「はいはい、わかりましたよ。確かに下手に他の街に行くよりはいいでしょうけどね」

 

片手をひらひらさせてそこでこの話題を打ち切るという意志を見せるアスカ。

マナもあまり自分が脱走兵扱いであるという現実を思い出したくはないらしく、割と大人しく引き下がった。

 

と、再び沈黙が支配しかけたその時携帯の着信音が鳴る。

皆が顔を見合わせて四人中三人が首を振り、残りの一人であるアスカが携帯を取り出して通話に入った。

 

「あーもしもし」

<アスカ?あの・・・先生から連絡を受けたんだけど・・・>

「ああ学校が休校になるって話でしょ?アタシ達も今日学校から荷物を持ってきたのよ」

 

電話の相手はどうやらヒカリのようである。

心配そうな声に対して、アスカは極めて軽い調子で笑い飛ばすように言う。

周りのマナ等も相手がわかると、若干聞き耳を立てるようにしながら一応それぞれの位置に戻った。

 

<さみしくなるわね・・・>

「仕方ないわよ。何時かはこうなることはわかっていたことだし」

<そうね・・・ところで赤木さんは大丈夫?怪我したって言っていたけど>

「ええ、まあ肋骨三本骨折で安静にしてろって、今は病院の中よ」

<本当に大丈夫なの?>

「ちょっとだけだって。ほっとけば今すぐにでも退院してくるわよ」

<そうなんだ。こっちもね、急に環境が変わったものだから戸惑っているところがあるけど、なんとかやってるわ>

「やっぱりそっちにそのまま居着くことになるの?」

<うん・・・一度お父さんとお姉ちゃんが荷物を取り行くみたいだけど、街に戻る予定はないらしいわ>

「まあ、しばらく会えなくなるけれど、体だけは気をつけてね」

<アスカこそ・・・・>

 

長電話が続いた。

途中、アスカの方からかけ直すという少々みみっちい真似をしたのだが、チルドレンの携帯電話はネルフが負担しているのだから、これを活用しない手はないのだろう。

 

「まったく・・・何で女は長電話が好きなんやろな」

「それはちょっと違うと思うよ、鈴原君」

 

女に囲まれて少々居心地悪そうにしていたトウジが嘆息しながら言うと、すぐさまマナが反応した。

 

「何がや?」

「別に女だから男だからとかじゃなくてさ、アスカも洞木さんも、お互い大切に思っているからこそでしょ」

「そないなもんなんか?」

 

首を傾げるトウジの目の前に、ズイッと携帯電話が突き付けられる。

怪訝そうにその手の元を見やるとアスカが半分睨むような目つきで射抜いていた。

 

「あんた・・・ヒカリに何にも連絡取ってないらしいじゃない」

「あらら、鈴原君それじゃダメね。恋人を不安にさせちゃ」

「こ、恋人・・・あ、阿呆!!わしらは・・・そんなもん・・・やない・・・・・・ゴニョゴニョ・・・」

 

だんだん尻窄みになっていくトウジ。

 

「はいはい。わかったから、声ぐらい聞かせてやんなさい」

「そうよー、声を聞くだけでも結構安心できるんだから」

「だいたいヒカリはあんたには勿体ないくらいの良い娘なんだからね!!泣かしたら承知しないわよ!」

「うんうん。洞木さんは面倒見がいいしね。ちゃんと捕まえていないと♪」

 

からかいと本気の二人に押され、トウジは渋々携帯を受け取ると、ぎこちない調子で話し始めた。

読書に没頭しているレイはその様子を意に介することはなかったのだが、アスカとマナは先程以上にその会話の内容に聞き耳を立てた。

それに気が付いたトウジは慌ててベランダの方に向かい、トウジが出ていったリビングはその瞬間笑い声が上がった。

 


 

学校から荷物を抱えて帰ったシンジは、夕食の買い物をしに行くと告げてその足でユイナの入院している病院に向かっていた。

特にやましいところがあったわけではないのだが、ユイナと二人で話しておきたいことがあった。

いや、ユイナにだろうか。

しかも、午前中に皆で一度見舞いに来ていたのである。

そんなシンジが病室に滑り込んだのは、ほとんど面会時間ぎりぎりだった。

廊下ですれ違った看護婦には、時間がもうあまりないことを告げられていた。

 

「あれ、また来てくれたんだ。今度はシンジ一人なの?」

 

来客に対して喜色表しながらも、それがシンジだけだったということにユイナはやや怪訝そうな声をあげた。

ユイナはベットの上で上半身を起こし、ベットの横にある棚には先程まで読んでいたらしい本が放り出してあるのが見えた。

カバーがして合ってタイトルは見えなかったのだが、妙に分厚い本である。

シンジはそれらを一瞥したあと、曖昧に笑みを浮かべて誤魔化しながらドアを後ろ手で閉め、

 

「ちょっとね・・・」

 

と言葉を濁して椅子をひいてそこに腰掛けた。

ユイナはジッとシンジの顔を見据え、その曖昧さに隠された想いを読み取ろうとしている。

沈黙の中、視線によるやり取りが続いたが、ようやくシンジが口を開くことで沈黙は破られることになった。

 

「・・・学校がさ、今日で休校になったよ」

「休校?」

 

一瞬、ユイナは驚いた顔を見せたがすぐに平静に戻った・・・いや、むしろ見ようによっては頬が緩んでいるように見えた。

シンジもそれを見落とすことなかった。

なによりも、シンジ自身の表情がユイナのそれとそっくりだったのだ。

 

「そう・・・やっぱりそうなったんだ・・・」

 

ベットの上のユイナは小さな溜息をつき、視線を手元に落として何かを確認するように何度か頷いていた。

シンジは胸につかえていたものがとれた、と言わんばかりに盛大に胸をなで下ろし、髪をわしゃわしゃと掻きむしった。

その様子を見ていたユイナはキョトンとしたが、すぐにクスクスと笑いだした。

 

「実はシンジも半分ホッとした口?」

「わかる?」

「とーぜん♪」

 

ニッと笑ったが折れた肋骨に響いたのか、ユイナはちょっと顔をしかめた。

それから照れたように舌を出してはにかむ。

 

「でも本当に・・・ホッとしちゃったのよね、実際」

「多分ユイナも同じだろうなって思ったから、だから僕だけで来たんだよ」

「なっとくぅ・・・アスカ達が聞いたら絶対怒るもの」

 

アスカの怒る顔を思い浮かべて二人は顔を見合わせてクスクスと笑い声をもらした。

多分二人の想像しているシーンはそれほどの違いはないことだろう。

時折、ユイナは腹部を押さえて顔をしかめるシーンはあったが、どうやら本人の気力や体力は有り余っているようである。

おそらく一刻も早く病院を出たいというのが彼女の本音なのだろう。

 

「ねぇ・・・ところで、この異様に厚い本は何?」

「ああ、これ?バイブル、新約聖書よ。あんまり暇を持て余していたものだから、ちょっと読んでたの」

「聖書・・・?面白いの?」

「アハハハ、アタシにも面白いかどうかはわからないわ。でも良い時間つぶしにはなるし、気分を落ち着かせるのにもちょうど良いわよ」

 

棚の上にあった本を手にとって、パラパラとめくってみるシンジ。

数秒後、パタンと閉じて棚の上に丁重にお返しする。

 

「お気に召さなかったかしら?」

 

悪戯っぽい輝きを瞳に宿しながら、シンジに問うと、シンジは力無く項垂れた。

 

「なんて言うか・・・こんな分厚い活字ばっかりの本を手に取ったことがなかったものだから・・・」

「気分が悪くなった?」

「・・・正解」

 

コクリと頷く。

実際、第壱中学では端末を使用して授業が進行し、紙のメディアを取り扱うことはあまりない。

クリスチャンでもないシンジが、聖書なんていうものを手にしたことがあるわけもなく、読む本のほとんどがマンガであると言っても過言ではない中学生だ。

活字離れ的な症状があらわれていても無理はなかろう。

 

「まぁ、無理して読むものじゃないって事は確かよ。どっちにしても主の御心はアタシ達が窺い知ることが出来るようなものじゃないしね」

「主・・・神様か・・・僕は神様が憎いって思うときがあるよ」

「あら、どうして?」

「まぁ、色々と」

 

軽い調子ではなった言葉。

それには言外に、詮索を拒む色があったことをユイナは確かに感じていた。

だが彼女は態度をさほど変えることなく、確実に踏み込んでいく。

 

「ふーん・・・例えば、この世界に送り込まれたこととか?」

「いや・・・それはむしろ・・・」

 

「赤木さん、碇さん、面会時間はもう終わっていますよ」

 

突然の看護婦の声に驚いて首を竦めた二人は、苦笑いを浮かべて会話を打ち切る事にした。

シンジは夕食の買い物をしながら帰宅。

ユイナは再び病室で聖書を読み始めた。

 

この二人が抱いた共通の思い。

それは『サヨナラは言いたくない』というものだった。

 

わかっていたから。

「サヨナラ」に再会の意を込めることが出来ない自分たちの立場を。

「またね」と言うことが出来ない自分たちを。

だから二人は他の仲間にはわからないよう、密かに安堵した。

 

 

こうしてある者にとっては一時の、またある者にとっては永久の別れの時が、音もすることなく穏やかに流れていったのだった。

 


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あとがきみたいなもの。

 

四拾話です、四拾話。

HPは十万ヒットに到達するし、「WING」は四拾話というところまで来ました。

『光陰矢の如し』

まさにそんな感じです。

うーん・・・このペースだとまだ一周年の時には連載が続いているでしょうね。

まだ今回も少し急いで作った感じがあるので妙なところがあった言ってくださいな。

それでは。(現在短期連載ものを構想中・・・)

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

 

 

 

 

 

ゴミ話。

近所の道路工事を告知する立て看板をふと見たら、「(有)アスカ」の文字が・・・

会社名が「アスカ」って事なんでしょうけど、少し笑いました。

ちなみにJR東海道線沿いのとある場所には、「伊吹ラーメン」、「綾波書店」の看板、「アスカ工務店」があったりします。

ちょうど今から一年前、この世界に入った頃に発見したんですけど、これも笑いましたね。

恐るべし、JR東海みたいな感じで。(オチ無し)

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