それは最初ほんの小さな染みでしかなかった。
だが、発見から極僅かな時間に爆発的な広がりを見せ、それがただの染みではないことは誰の目にも明らかとなる。
ネルフが誇るスーパーコンピューターマギ。
組織の心臓部と言っても過言ではない。
その心臓に対して、極小の使徒の静かなる侵略は始まっていた。
WING OF FORTUNE
第四拾弐話 姿なき侵略者
そのときトレーニングルームを出たシンジとユイナ、マナの三人はラウンジで食事をとっていた。
家に帰って用意をするのもややけだるく、手抜きだなぁと思いながらも席につき、それぞれ注文した品に手をつけ始めてすぐだ。
フッと何かを感じ、シンジとユイナが同時に同じ方向を見やった。
丁度向き合うようにして椅子に腰をおろしていたため、その様は鏡写しのようだった。
「どうしたの、ふたりとも?」
一口目の食べ物を放り込んだ状態で、マナは怪訝そうに眉をひそめた。
視線の先を追い、シンジらと同じ方向に目を向けたが、そこには壁があるだけで特に目に付くものはない。
それはそうだ。
二人が見ているのは壁の向こうにある、それこそ今この場からは目に映るはずのないものなのだから。
感じたと言う方が正しく、見えたとすれば独特の色だろうか。
人ではなかなかありえない、狂気そのもののような・・・それが色として見えていた。
口にするのは難しいし、他人にその感覚を理解してもらおうとすると更に難度は跳ね上がる。
結局のこの感覚を共有できるのは、同じ力を分け合っているシンジとユイナの二人の間だけであった。
「シンジ・・・これってもしかして」
「ユイナもそう思う?」
言葉すくなに黒と鳶色の瞳は見つめあい、それだけでコミュニケーションを成立させた。
あまりに二人の眼差しからあふれている雰囲気が真摯であったため、マナも茶化す気は失せてしまう。
このとき二人ともまったく顔のくつくりが違うはずなのに、以前自分が巻き込まれた騒ぎのときに見たバルと重なるような印象を受けた。
そのため何かよくないことが起きているのではないかと、なんとなくではあるがマナも察することが出来た。
「とにかく、発令所に行ってみよう」
「うん。初号機も直っていないし、みんなを呼び戻してもらうにしてもどうなっているのかはっきりと把握しておかないと」
シンジもユイナも、ほとんど同席しているマナの存在を失念してしまっていたようで、自分たちの意見が一致するやいなや、すぐさま立ち上がった。
能力的な問題で使徒が来ているということを感じることが出来ても、どんな使徒が来ているのかということまではわからないのだ。
もしもの時は初号機に乗らないでも時間稼ぎをすることぐらいは考えているが、現状の把握が第一だった。
何より使徒の存在を感じた距離があまりに近かったため、もしかしたら何かの間違いなのかもしれないと思っていた節もある。
二人共に感じていたということで、間違いではないとは思っていたが。
「ちょっとぉ〜・・・一体なんなのよぉ〜」
結局、マナはぽつんとラウンジに取り残されていた。
「異常はどこに見つかったのかね?」
「最近納入したばかりのタンパク壁です」
目の前に浮かび上がったウィンドウを覗き込んでいるのは、発令所の留守を任されている青葉と副指令の冬月であった。
ウィンドウには第82タンパク壁という文字と、染みのようなものが広がっている壁が映っている。
普通のコンピューターではありえない、有機コンピューターであるマギならではの光景であろう。
他の追随を許さぬほどの性能を持つマギであるが、同時にメンテナンスが頻繁に行われる必要があるというデメリットをはらんでいる。
つまりマギを維持するのには非常に手間と金がかかるということだ。
無論、そのデメリットを補ってあまりある成果を上げているのも事実だが。
「不良品だったんじゃないでしょうか。最近、作業がずさんな場合も少なくないですし」
「・・・赤木君に連絡だ、マギに何かあってからでは遅いからな」
「わかりました」
発令所は本来はそれぞれの端末に一人ついていることが望ましいのだが、本日は実験のために半数ほど出払っている状況だ。
最上段のメインオペレーター席もマヤがいないため、作業をしているのも青葉と日向の二人であり、今同席しているのが副指令の冬月である。
この状態を一言で言うと華が無い。
もう一つ言うとむさ苦しい。
青葉がケイジで初号機の修理作業にあたっているリツコに連絡をとると、すぐにリツコは酷く慌てた様子で発令所に現れた。
「異常が見つかった箇所はどこ!?」
その剣幕に面食らいながらも青葉と日向が事情の説明を行うと、すぐさまリツコはキーボードの操作を始めた。
呆気にとられていた青葉と日向の二人にも檄を飛ばし、シンクロコードとロジックモードの変更と、一気にマギの思考速度を鈍化させる作業を始めた。
(全ての使徒についてミサトに聞いておいてよかったわね・・・)
作業完成とサブコンピューターへのハッキング開始はほぼ同時で、その後もセントラルドグマの物理閉鎖、修理中の初号機の緊急射出が続いて行われた。
使徒によるハッキング。
これが行われるということをミサトから聞いていたために、リツコは迅速に行動できたわけである。
他のスタッフはマギがハッキングされるという思ってもみない事態に困惑していたようだが、幸いそこまでの作業自体はリツコ一人でもそれほど手間取るものではなかった。
そして息をつく間もなくリツコが次の作業に移っていると、ユイやゲンドウといった面々まで発令所に終結し始め、最後にシンジたちが滑り込んできた。
「赤木博士、状況はどうなのだ?」
「これは使徒による行為と見て間違いありません。現在メルキオールがハッキングを受けていますが、全てが占拠される前に相手の進化を促すプログラムを流し自滅させれば問題はないかと」
淡々と、作業を続けながら簡素な説明をする。
問い掛けたゲンドウもミサトの記憶の話は既に聞いているため、どんな使徒が来たかは察しがついていている様子であった。
「・・・だが伊吹君がいない状況で間に合うのか?」
「どうしても間に合わなかったらマギを廃棄するまでです」
マギの廃棄は本部の廃棄とほとんど同義であるわけだが、言い放ったリツコの表情には一片の迷いもなかった。
ただし、現在のネルフには自爆装置の類は存在しない。
大掛かりな作業になってしまうため完全に除去したわけではないのだが、マギの制御下から物理的に切断してあるので危険性は0ではないが限りなく0に近い。
ミサトの記憶があるいじょう、いずれはこうなることがわかっていたのだから、危険性のあるものを排除しておくことは至極当然のことだ。
そのため現在一番恐れなければならないことは自爆ではなく、生命維持システムや隔壁の制御を奪われることであった。
生命維持システムを逆手にとれば命を奪うための武器になり、隔壁を閉じられれば逃げることもできない、というわけである。
見方を変えれば、その方が遥かに自爆装置を設置していたときよりも性質が悪いと言えるかもしれない。
「あの、それじゃあ僕らはどうすれば・・・?」
「そうね・・・シンジ君とユイナにはマギが完全に占拠されてしまったときの破壊をお願いできるかしら?あなたたちの力なら周囲に影響を与えずに破壊するのも不可能じゃないでしょう?」
「え、できないことはないですけど・・・壊し・・・ちゃうんですか?」
「いいの姉さん?・・・だってマギはお母さんの・・・」
シンジもユイナも、マギがネルフにとってどれほど重要な位置を占めているものか、承知しているつもりだ。
そこにリツコの母親の人格が移植されているということも。
コンピューターではあるが、ある意味マギはリツコにとっては母親そのものに近い。
いくら使徒を倒すためとはいえ、それを破壊するとなると抵抗を抱くなというほうが無理だった。
「思い出は胸の中に・・・よ。マギの基礎理論は既に確立されているんだし、たとえオリジナルが失われてもまた作ることは出来る。そこに母さんがいなくても・・・マギは、母さんの作ったマギはこれからも残るわ。それでいいのよ」
そう言ってそっと微笑んだリツコに二人はもう何も言う事はできず、ただ頷くことしか出来なかった。
作業に再度集中しはじめたリツコはかつての近寄りがたい雰囲気を再びまとい始めていた。
マヤがいない分、他のオペレーターがサポートに回ろうとしたが、使徒の侵攻を遅らせる作業に人をとられ、ろくにサポートもできなかったのだ。
コンピューターの知識は持ち合わせているが、作業に参加するほどの技術を持ち合わせていないユイナと、まったくもって守備範囲外のシンジ、遅れてきて事情を説明されたマナはその光景を傍観するしかなかった。
無力感を覚えないでもなかったが、自分たちには邪魔をしないことしかできないことがわかっていたのだった。
「さっきメルキオールがどうとか言っていたけど、マギっていくつあるの?」
本当に唐突に、マナは口を開いてこんなことを言った。
沈黙に耐えかねたというところが本音であろうか。
それに同じような心境であったらしいユイナも乗ってくる。
「そうじゃなくてマギっていう名前はもとから複数形なの。単数形はメイガスっていうわ。ほら、星を見ることでキリストの誕生を知ってキリストのもとを訪れたっていう三人の博士、あれよ」
「??」
「あはは、そんなこと言っても普通は知らないわよね。まぁとにかく、メルキオール、バルタザール、カスパーの三つでマギっていう一つのコンピューターを形成しているってわけ」
「ふーん・・・なんだか意味深なのね」
わかったのか、わかっていないのか、いまいち不安な反応であったが、ユイナもそれ以上の説明をすることはしなかった。
それ以上踏み込んでも今現在するような話でもない。
マナがそちら方面の話に興味があれば話は別であるが、今の反応を見る限りではそれもなさそうだろう。
「そういえば、実験に行っているバルたちとは連絡は取れないの?」
「ダメだって。先に通信関係を掌握されちゃったらしいから」
「なるほど・・・結構考えてるんだ、使徒も」
戦力を分断した状態の相手を責めるうえで重要なことは、分断した戦力同士の連絡を取れなくすることである。
情報面での孤立は、そのまま行動の規制に繋がる。
戦闘における情報は言わば眼、それを得られなくなるということは眼を潰されることであるからだ。
いかに強大な力があろうとも、眼を潰された状況ではその力を最大限に発揮することはまずかなわないであろう。
そこまで使徒が狙ったかどうかはネルフの人間にはわからないところだが、少なくともネルフ側としては間が悪いことは確かだった。
「リツコちゃん、具合はどう?」
「・・・間に合いますよ、このまま行けば」
カスパーの内部で作業を続けているリツコを、ユイがねぎらっていた。
いたるところにマギの裏コードをメモした紙が貼り付けられているが、中には落書きのようなものまで見受けられる。
そこにはマギの、しいては赤木親子の歴史が凝縮されていた。
「碇のバカヤロー・・・か」
そのうち一番目に付いた文字は、感情そのままに殴り書きをしたかのようなものだった。
ユイが読み上げるとリツコはパッと顔をあげてそちらを見る。
その間手が止まっていたが「いいから続けて」と微笑んだユイに、すぐ作業を再開した。
「フフッ、これナオコさんでしょう?」
「・・・はい」
自分のことではないものの、自分の母のことだ。
これにはさすがにリツコも少しばかり恥ずかしくなったようで、準備作業をしながら苦笑いをしていた。
「確か、カスパーは女としての赤木ナオコさんの人格が移植されているんだったわね」
「ええ・・・私は・・・女としての母は嫌いでしたけど・・・」
「あら、過去形なの」
「なんとなく、今なら受け入れられそうな気がするんです」
「・・・手伝えることが言ってちょうだいね。出来る限りマギは壊したくないから」
「私もそのつもり・・・え!?これは・・・」
「どうしたの?」
作業をしていたリツコの表情が怪訝そうに強張り、手が震えた。
何かを確認するように再び手を動かすが、そのとき外で作業をしていたオペレーターたちも同様に硬直していた。
「バルタザールへのハッキング速度が急激に低下したんです」
「使徒に何か動きがあったっていうこと?」
「可能性は高いですが・・・一体何を・・・・・・」
使徒がこちらの意図に気付き、自爆以外の別の方法を見出したのか。
キーボードを叩きながら、リツコはあらゆる可能性を頭の中で高速でシミュレートしていた。
(バルタザールの占拠よりも先に何を・・・?)
(進行速度が低下したということは、別の場所でも何かしらの作業を行っているということだわ)
(別の場所・・・・・・まさか!)
使徒に完全に占拠されてしまったメルキオールは、機能の大半を外部へのアクセスに割いていた。
アクセス先を追跡した結果に、発令所にいた面々は全身からさっと血の気がひくのを感じた。
軍事関係施設。
全ては戦自や、UNといった軍事組織の拠点となっている主要な基地の管制コンピューターへの不正侵入であった。
そして、そこにスタッフの顔を青くさせた原因となる共通点があった。
「全てN2兵器保有基地です!」
これを皮切りに引きつった声での報告が発令所の中を飛び交い、恐怖が人を支配しようとしていた。
共通点・・・それは全てがN2兵器を搭載した長距離ミサイルが配備されており、なおかつそれを発射する施設も整っているということだった。
マギをも制圧する使徒の能力を考慮すれば、軍の基地管制コンピューターに侵入し、そのコントロールを奪うことなど造作もなかったものと思われた。
「クッ・・・やってくれたわ・・・自爆装置を外しておいたのが裏目に出たわね」
このときリツコが気付いたのは、使徒の進化速度がミサトの話を聞いて想定していたよりもずっと遅いということだった。
先ほどオゾンによる足止めを行っていた時など、死ぬ寸前まで故意に自ら進化速度を遅らせているのではないかと思うほどであった。
そのため現在組んでいるプログラムは進化を促し自滅させることが目的であるのだが、すぐさま効果が表れるかどうか怪しいところとなってきた。
(いつまでも自爆の提訴が無いと言うことは・・・マギは外にハッキングをするための防壁にかえられたということ・・・?)
リツコの考え至った場所はそこだ。
(マギの制御回復にどれくらい時間がかかるかが問題ね・・・)
通信関係をおさえられている今、深く思慮している暇などはない。
それがわかっているだけに酷く腹立たしかった。
「リツコちゃん、間に合う?」
「正直微妙です・・・各基地への命令撤回まで間に合うかどうか・・・ミサイルを発射されてからでは遅いですし」
「まずいわね・・・まだ上の街には住人の人たちも少なからずいるっていうのに・・・」
一応、既にしばらく前から市外退去の命令は出ているのだが、人それぞれに事情があるのだからすぐさまそれが徹底されたわけではない。
しかも単発のN2兵器ならばまだ地下にあるこのネルフ本部は耐えられるが、複数発のN2兵器となると、地上都市どころかジオフロントまで灰燼に帰すことは避けられないだろう。
だが退避するには時間がなさ過ぎる。
なにより地上に連絡する手立てが無い。
「リツコちゃんはこのまま作業を続けて!こっちはこっちで何とかしてみるから!」
「わかりました!」
「お願いね」
真剣な顔でモニターに向かうリツコを残し、ユイはカスパーの中から這い出してゲンドウたちのいる司令席に向かった。
「ふむ・・・一般市民の本部施設内への受け入れか・・・委員会の連中が黙ってはいないだろうな」
ユイの提案を受けて冬月は何処か笑みを浮かべながら呟いた。
自分たちの役目がまだあるため、老人たちはそう易々と首を切ることが出来ず、歯痒い思いをするだろうということを想像したためだろう。
ある意味、痛快だ。
状況が切迫しているだけに、吹っ切れてしまっている部分も多々あるのだろう。
「実際、私も間に合うとは思ってはいません。今マギを破壊しても、おそらくその施設に分散した使徒は攻撃を続けるものと思われますし。ですが・・・・」
「・・・確かにユイ君の言う通りだな。碇、かまわんか?」
「どちらにしても、複数のN2兵器による攻撃を受ければ地上だけでなく、ここも跡形もないでしょう・・・かまいませんよ」
ゲンドウもいつものポーズのまま、冬月よりももっとわかりやすくニヤリと口元に笑みを浮かべる。
珍しく早々の意見の一致をみたということらしい。
「あとシンジとユイナちゃんには実験場への連絡をしに行ってもらいたいんですが」
「ああ、葛城三佐たちにはそのまま事が終わるまで海岸線に待機するように伝えてくれ」
事が終わるまでと言うのは、どちらを指すのか自分でもわかっていなかった。
対応に追われているリツコの技術を疑っているわけではないが、最悪の事態は覚悟する必要がある。
その被害者を減らし、戦力を温存することも、司令として考えねばならないことであった。
もっとも、その戦力も活用する前にサードインパクトが起こってしまえばまったくの無駄になるのだが。
「はい。・・・・・・私たちはここに留まる、それでいいんですね?」
「そうだ」
ユイは二人に軽く頭を下げるとまた下に降りていく。
「・・・さてさて、N2の雨か・・・もし止められなかったら、ここは旧東京と同じになるな」
時間に追われて必死に作業をしているスタッフを見下ろしながら、やや他人事のような調子で冬月が言う。
別に緊張感がないわけでもなく、現状で出来ることとして、せめてスタッフの混乱を煽るような事が無いように努めているためだ。
組織の長たる者は常に落ち着いて構えているべきである。
二人はその例に漏れることなく、波立つ心を覆い隠してドンと構えていた。
年をとって上手くなったのはこういうことばかりだなと、小さな苦笑さえも浮かべていた。
海岸線の実験班への連絡という役目を負ったシンジとユイナは地上都市に上がった。
その後ろにはマナもくっついてきている。
「ねぇねぇ、連絡役を引き受けたのはいいけど、どうやって海岸まで行くの?」
空を睨んでいるシンジとユイナに、マナは不可思議そうに見た。
周囲を見回してもVTOLや、その他交通手段が用意されている様子はない。
あるのは緊急射出された修理途中のつぎはぎ初号機の姿だけだ。
「もちろん、あれで行くのよ」
と、ユイナがさも当然とばかりにその初号機を指して言う。
「あ、あれで・・・?」
「あれしかないでしょ?ネルフのみんなは忙しいんだから」
「というわけで、マナは少し大人しくててよ」
「え?どうして?」
「いいから、お願いだよ」
二人は背にそれぞれ光り輝く片翼を広げ、マナを脇に抱えて空中に浮かび上がった。
マナもその翼が二人で一対なのだということはすぐにわかった。
特にシンジの姿が変わったことには目をむいているようだった。
そしてその少しばかり呆けたような顔で一言。
「二人も・・・天使だったんだ・・・」
この科白に苦笑をかみ殺した二人は、まだぽかんとしているマナの両脇に抱えて初号機のエントリープラグに向かって飛んだ。
力を見せなければならないことをわかっていながら、マナを連れて行けと言ったのは他でもないユイだ。
これは本部さえも危険である考えているその証明に他ならない。
だからユイは再三、この街に戻ってくる必要はないということを強調してシンジに伝えた。
それに対してシンジは首を縦に振ったが、その内心では(絶対に戻ってくる)と考えていた。
何もせずに、何も出来ずに後で悔やみたくはなかったのだ。
たとえ自分を見る目が変わってしまったとしても、だ。
しかしながらマナに限っては危惧していたようなことはなかった。
バルが人ではないことを承知で一緒に暮らしているのだから、そういった方面への耐性は常人よりもかなり強化されていたようだ。
「初号機・・・ごめんね、君もまだ辛いだろうけれど、向こうに飛ぶだけでいいんだ。頑張ってくれよ」
「シンジ、いけそう?」
「何とか向こうまでは飛んでくれると思う」
「・・・霧島さん、すこ〜しだけ荒っぽくなるかもしれないから、しっかり掴まっていてね」
「う、うん。おてやわらかに・・・」
拘束具を引き千切って羽を広げた初号機は一直線に海岸方面へと飛んだ。
「・・・あとで戦自やUNになんて言われるかわかったものじゃないわね・・・もみ消しが大変だわ・・・」
ブツブツ言いながら、着々と作業を進めていくリツコ。
既にメルキオールだけでなく、バルタザールまでもがほとんど使徒に支配されてしまい、モニターの三分の二近くは赤に染まっている。
だが問題はマギの状態よりも、使徒がハッキングして発射させようとしているミサイルに移っているのである。
コントロールを取り戻しても命令の撤回や迎撃が間に合わなかったらアウトなのだが、散り散りになっている使徒を全て進化、自滅させるのにどれだけ時間がかかるのかいまだに予想もついていない。
「赤木博士!目標がN2弾頭搭載のミサイル管制システムに侵入しました!」
「どのくらい向こうは持ち堪えてくれそう!?」
「使徒が分散されていることを考慮しても・・・もって10分!ミサイル発射まで20分ありません!」
(ギリギリ・・・いや、このままじゃ・・・)
盛大に舌打ちをしたい気分ではあったが、それを押さえ込んでとにかく改良プログラムの構築に全力を傾ける。
だが頭の中に浮かぶのは最悪の予想図ばかり。
(ユイナ・・・シンジ君・・・ごめんなさい・・・間に合わないかもしれないわ)
「見えた!!」
そう叫んだのはシンジだった。
同乗しているマナには、まだ視界の向こうにぽつんと何かがあるということを認識できる程度でそれをエヴァと断定することは出来なかった。
驚き半分でシンジの顔を見上げたマナは、ハッと息を呑んだ。
緊張感によって張り詰めていたその顔が、今は困惑に染まっていくのがありありと見て取れたからだ。
気になって自分の左側にいるユイナを見ると、彼女もまたシンジと同じように動揺を顔に広まっていた。
さらに初号機の速度が上がり、応急的な処置を施していた部位からは一部流血が見られるようになる。
「どうして・・・どうしてだよ!!」
喉が張り裂けんばかりに声を搾り出したシンジの眼下では、獣のように四つん這いになっている3号機と対峙する零号機と弐号機の姿があった。
ジリジリと間合いをはかる弐号機の手にはソニックグレイブ改が握られており、オレンジ色に輝く光が刃を形成している。
零号機はおそらく一緒に携行してきたのだろう、パレットガンを二丁、両脇を抱えていた。
周囲の状況からは既に戦闘が開始してしばらくたっているらしい雰囲気が窺える。
それらは決して訓練の類から生じたものではなく、実際の戦闘の中での行為によって刻まれたものだった。
「なんで戦ってるの・・・!?」
そして・・・黒き野獣の咆哮は、空に浮かぶシンジたちをも容赦なく殴りつけていった。
あとがきみたいなもの。
イロウルの扱いは本当に悩んだところなんですが、そもそも自爆装置がなかったらどうなるかってことから始まりました。
で、結果的に外に向かう、という形に落ち着いたというわけです。
というか何故ネルフにあるんだ、自爆装置。
基地のお約束とはいえ、その必要性があまり感じられないし。
ただ単に自爆しただけで使徒を倒せるのか、といったらちょいと首を傾げたくなりません?
それでは。
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。