実験開始してから数時間。

様々なデータを収集し、休憩を何度か挟みながらもパイロットたちの疲労は徐々に蓄積されていった。

ただ実験そのものは、思いのほかアスカ、レイ共にソニックグレイブ改への高い適応能力を発揮して見せたため、非常に順調だったと言えよう。

 

「ふぅ、あれって結構集中力が要るわね。レイは疲れた?」

「少しだけ・・・でも、この程度ではまだ実戦には使えないわ」

「そうね、消耗が激しすぎて・・・これじゃあエヴァの内部電源といい勝負だわ」

 

休憩しているアスカとレイの顔は疲れていると言う割には、溌剌とした輝きのようなものがあった。

充実感と自信。

それが二人の体を包み、疲労感を和らげる働きをしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第四拾弐話 閃光の中に

 

 

 

 

 

 

実験方法は最初に自分なりの刃をイメージすることから始まった。

出力に個人差があるように、その刃もまたアスカとレイ、それと実演として手にしたバル&トウジとではやや形状が違っていた。

レイが手にすると薙刀というよりも槍に近い形状になり、アスカはかなり大きな刃を形成した。

もちろんある程度はパイロットの意思によって変形させることは不可能ではないが、最初にイメージしたものの方が形作りやすいというのは事実であった。

 

そして、実験はだんだんと実戦形式のものへと移行していく。

武装した零号機と弐号機がタッグを組み、3号機の形成したA.Tネットに対して攻撃を仕掛けるというものだった。

当然ながらそこから多少距離をおいた形にはなるものの、3号機の反撃もある。

出来るだけ実戦の状況に近づけなければ意味がないのだ。

防御と攻撃をそれぞれに担当してどれだけ効率よく動けるか、それがテーマなのだから。

最初は零号機がオフェンスとなったのだが、やはりオフェンスはシンクロ率が高く、いくらか格闘戦に長けているアスカの駆る弐号機が担当する方がよりベターであるという結論に落ち着いた。

 

 

 

「まったく順応が早い・・・さすがと言うべきか、筋もいい」

「悔しいけど、認めるしかないわな」

 

三人のパイロットの中で一番疲労の度合いが濃いのは誰かといったら、それはネットを形成しつつ戦闘を行ったトウジである。

たとえアスカとレイがポジションチェンジしても、トウジのやることは変わらない。

しかも2対1という状況を続けなければならなかった。

アスカにしろレイにしろ、少なくともエヴァの操縦技術そのものではトウジを上回っている。

その差をバルとの精神リンクによって補ってはいるのだが、今回の実験はトウジの実戦訓練をも兼ねている節があり、極力判断はトウジに任されていた。

これによる精神的な負担が、かなりの消耗を呼ぶことになっていたのだった。

 

「にしても、大丈夫か?かなり派手に立ち回ったが・・・」

「ハハッ、このくらいなんでもあらへん。実際、お前がおらんかったら足手まといにしかならんかったやろうし・・・このぐらいはな」

「そっか・・・俺もお前に会えて嬉しかったよ」

 

極めて真面目な口調で言うものだから、トウジには妙な感じがする響きの言葉だった。

一言で言えば、こそばゆい。

もう一つ言えば、恥ずかしい。

だが・・・ほんの僅かに何かが引っかかる気がした。

 

「・・・なんやそら。よぉそんな科白を口に出来るな」

「ま、俺の率直な思いってやつだ」

 

何ともいえない複雑な顔をしたトウジは頬を掻きながら視線を宙に泳がした。

その横でバルは笑いをかみ殺すようにして、破顔していた。

周囲の人間からするとこの二人の間には、また少し特殊な空気が漂っているように見える。

親しげな雰囲気がありそれは兄弟のようでいて何処かそれも違う。

 

「さてと・・・そろそろやるか」

「ん、もうか?」

 

立ち上がろうとしたトウジを制する。

 

「お前は少し休んでいろよ。俺だけでも少しぐらいは大丈夫だ。それに俺だけで戦わなければならないことも、無いとも限らないだろう?」

「・・・わかった。甘えさせてもらうで」

 

実は足に力が入らないと舌を出したトウジを残し、バルは口元を吊り上げて笑うとそれを合図にして音もなくその場から消えた。

すぐ横に跪いていた3号機がゆっくりと立ち上がって、トウジの頭上は影に覆われた。

トウジはしばらくその影の主をぼんやりと見上げていた。

 


 

予定よりも早く実験スケジュールをほ消化している指揮車両の中は、幾分緊張の糸が緩みかけていた。

アスカとレイが開発側の想定した以上の結果を出せていることが、その結果に繋がっている。

現場責任者として同行していたミサトも、特にトラブルらしいトラブルが起こっていないため良い意味で暇をしていた。

アスカとレイが振りかざすソニックグレイブ改が、あっさりとA.Tネットによって張り巡らせた壁を打ち破る様も見慣れてきた。

威力的には申し分ない。

だがやはりと言うか、まだ微調整を必要とするままでは使用者にかかる負担が大きかった。

 

「・・・うーん、そろそろ切り上げた方がいいかもしれないわね」

 

モニターに映るアスカとレイの顔に浮かぶ疲労の色を窺いながら、ミサトは腕を組んでいた。

マヤに意見を求めると「もうほとんど終わったようなものですから」といつ切り上げても構わないという答えが返ってきた。

今度は口元を手で覆いながら考える。

 

「よし、終わりにしましょう。急いだ方がいいのはそうだけど、焦るのとは違うものね」

「わかりました。現時刻を持って実験を終了します」

 

キーボードを操作しながら、マヤは慣れた調子でスタッフへの呼びかけを始めた。

それに応じて人々からため息が漏れたり、伸びをするような姿が見受けられた。

実験の緊張から解放されたスタッフには一種の安堵の色が窺え、連絡を終えたマヤからもホッと息が漏れた。

 

「ご苦労様、マヤちゃん」

 

少しおどけてマヤの肩をもむ。

 

「葛城さんもご苦労様です。あとは本部に連絡を入れて・・・・・・あれ?」

「あれ・・・って、何か問題でも?」

「故障かもしれません。ちょっと待ってください」

 

ミサトにそう言うと、マヤは色々なチェックを始めた。

だんだんとその表情が強張っていくが、安堵に包まれていただけにその変化は周囲の者へと異変を伝えるのに十分だった。

緩んでいたミサトの顔も緊迫感のあるものへと変わっていった。

 

「結論から言いますと・・・本部との連絡ができません」

「それは本部に何かあったということ?」

「かもしれませんが・・・現状で判断をつけることは・・・まだ・・・」

「・・・とりあえず、戻って直に確認する方が早いってわけね」

 

コクリとマヤが頷く。

 

そのときだ。

一人のオペレーターが叫んだ。

 

「A.Tフィールドの発生を確認!!パ、パターン青、使徒です!!」

 

 

 

実験中のエヴァ三機にもその声は聞こえていた。

すぐさまスイッチを切り替えて身構え、周囲へ注意を払う。

バルは疲労でやや動きの鈍い二人に指示を飛ばしながら、かなりの不安を抱いていた。

実験によってアスカとレイにはかなりの疲労が蓄積されていることは間違いない。

更に自分はトウジを降ろしたままであるため、三機ともに通常時よりその戦闘能力はかなり低下している状態だ。

条件としては最悪ではないものの、かなりの悪条件である。

(クソッたれ、タイミングが悪すぎだ・・・!)

 

三機のエヴァは、それぞれ背中をカバーしあうようなポジションを取っていた。

零号機は携行していたパレットガンを放棄し、その代わりに肩のウェポンラックからプログナイフを取り出して装備した。

そのパレットガンは訓練用に模擬弾しか装填されておらず、戦闘にはまるで役に立たないからだ。

一応、武装として有効な実弾を装填したものもあるが、それは指揮車両の近くにありここからは距離がある。

使徒の姿が見えない以上、下手に動くわけにもいかなかった。

 

「マヤ、相手の位置を特定できないか?」

「・・・10時の方向、距離は5000!接近してきているわ!」

「見えないわよ!何処にいるっていうの!?」

 

敵の姿が見えず、アスカがややヒステリックに叫んだ。

だが、マヤたちが監視しているモニターには確かに使徒の反応があり、今もエヴァとの距離を詰めてきている。

 

「とにかく散って!止まってたら狙い撃ちにされるわよ!」

 

ほとんど場当たり的であるが、それしかパイロットたちにも考えが浮かばず、ミサトの指示に従ってエヴァは敵が来ていると思しき方向を避けて散った。

それでもフォーメーションを崩さずに動く。

その中でバルは使徒としての感覚でその使徒を捉えようとしていた。

(目の前には見えない・・・)

(上空だったら衛星で捉えられるはず・・・)

(それとも目視することが出来ないほどのサイズなのか?)

 

「バル、下よ!!」

「っ!水中・・・いや地下か!!」

 

マヤの声に反応して飛びのいた3号機を追うように地中から光の帯が姿を現した。

素早く身を捻って攻撃を回避するが、光の帯は執拗に3号機に迫ってくる。

その使徒の姿に援護に入るべきであったアスカとレイは硬直していた。

うねる帯状の使徒の姿と共に、あまり思い出したくはない記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じていた。

 

「二人ともぼうっとしてないで、バルの援護を!!」

「あ・・・わ、わかってるわよ!」

「りょ、了解!」

 

厳しく言い放ったミサトもまた、その嫌な記憶を更に鮮明に思い出すことになってしまっていた。

(大丈夫よ・・・あの時は違うもの)

自分自身に何度も言い聞かせているのだが、胸に渦巻き始めた不安感はなかなか消えようとはしない。

それどころか焦燥感を喰らって、不安は更にその占有する面積を広めていく。

 

「クッ・・・コアが見当たらない?何処だ!?」

 

回避し続けるバルは、これ以上通常状態でこの使徒、アルミサエルの相手をするのには無理があることを自覚し始めていた。

半暴走モードという手段がないでもないが、現状でそれが効果があるとも思えず、またそれはマヤやリツコ達との約束を破ることになる。

そうして反撃に出られずにいた3号機は、唐突に、そして目に見えて動きが鈍った。

アルミサエルはこの隙を逃すまいとして3号機の右腕に巻きついていき、その接触面はまるで溶け込むようにして腕と光が同化していった。

(この感覚・・・マズイッ!)

それは苦痛ではなく、むしろそれは狂おしいばかりの快楽であった。

だからこそ、それに流されてはいけないとバルの理性が警鐘を鳴らした。

 

「アスカ、斬れ!!」

 

そう言って光と同化し始めている右腕を突き出す。

駆け寄る最中であったアスカはその発言と行動に、ほんの僅かの間だが激しく動揺した。

 

「で、でも・・・」

「いいから早くしろ!」

「・・・ごめんなさい!!」

 

大きくソニックグレイブ改を振りかぶり、心の壁を凝縮した刃を突き出された右腕に振り下ろす。

肉と骨を絶つ嫌な感触が、刃を通して心の中に染み込んでいったような気がした。

吐き気がするほど嫌悪感に満ちた感触だ。

切断された右腕は地面に落ち、3号機はすぐさまそこから逃げようとする光の帯に対して左腕を振った。

オレンジ色に輝くの壁が強大な圧力を持って周囲の残骸を押し潰したが、僅かに使徒の回避の方が早く、その姿はまたも地下へと消えた。

 

「バル、腕は・・・!!」

「気にするな!それよりもまた下から来るぞ!」

 

3号機とリンク中であるため顔を見ることは出来なかったのだが、それが苦痛に歪んでいるであろうことは想像に難くはない。

人間のように苦しむわけではないが、かといって痛みが無いわけではないのだ。

だがしかし、腕一本失った程度でどうこういっているような状況ではなくなっているのである。

エヴァとしての肉体であれば、その修復は人間の場合に比べても数段容易に修復することが出来る。

極めて高い再生能力を有する3号機であるならば尚更の事だ。

負けないこと、それが最優先だった。

 

「マヤちゃん!居場所はつかめないの?」

「三機の周りを取り囲んでいます。何処から仕掛けてくるかは・・・」

「チッ、これじゃまるでもぐらたたきだわ・・・・・・みんな、脚を止めちゃダメよ!止まると的にされるわ、動いて!」

 

エヴァはそれぞれ背中あわせにして一箇所に固まっている。

モニターで確認できる限りでは、使徒はその周囲を様子を窺っているのかぐるぐると円を描くような動きを繰り返していた。

 

「動いてって言っても・・・何処から出てくるのかわからないんじゃ動きようが無いじゃないの!」

「アスカ、右から来るわ!」

「え!?」

 

咄嗟に身を捻る弐号機。

使徒は弐号機の右肩のウェポンラックを掠めてまた地中に消えていく。

 

「釘付けにされちまったか・・・アルミサエルのやつ、やるな」

「感心している場合じゃないわよ、どうするの?これじゃあ、やられるのを待つだけだわ」

「・・・次ぎ飛び出てきたときにもう一度散開しましょう」

 

レイが言うとしばしの沈黙の後3号機がゆっくりと頷いた。

 

「そうだな・・・アスカ、おそらく現時点であいつにもっとも有効な武装はお前のソニックグレイブ改だ。俺たちが囮をやる。お前がアタックをかけろ」

「あ、あたしが!?」

「・・・任せるぜ」

「アスカ・・・私たちは大丈夫だから」

 

嫌な記憶が再び頭をよぎったが、アスカは大きくかぶりを振ってそのビジョンを頭から追い出した。

(今度こそしっかり働くのよアスカ!)

自分を奮い立たせ、きゅっと口を真一文字に結ぶ。

 

 

 

 

突然の使徒襲来に、指揮車両の中は騒然としていた。

搬入されている多くの機材が実験用の代物であるため、戦闘のサポートとなるとあまり効率の良いものばかりではない。

しかもlこういった不測の事態にサポートをしてくれるはずの本部とは完全に分断されてしまっている。

それぞれに作業に追われているのではなく、自分がやれることを探して奔走しているような状態だった。

 

「まだ本部との連絡はつかないの!?」

「ダメです!通信回線が一方的に遮断されています!」

 

(まずい、流されてるわ・・・)

親指の爪を噛み、身構える三体のエヴァが映るモニターを睨む。

先ほどから戦況を把握しようとしても、焦るばかりで打開策らしいものは一向に浮かんで来はしない。

(何か、何か考えないと・・・)

しかし相手は零号機の、レイの自爆という多大な犠牲を払って撃退した相手である。

もちろん相手がどのような敵であるかわかっている以上、これまでシミュレーションなどをして、その対策を練ってこなかったわけではないが、あまりに状況が悪すぎた。

 

実験及び訓練中であったということでまともな武装がほとんど無い。

パイロットは戦闘が始まる以前より疲労が蓄積されている。

バックアップをするべき本部との連絡はつかない。

 

全てが悪い方向へと働いてしまっているような印象を受けていた。

そしてそれを考えれば考えるほどに、深みにはまってしまって陰鬱な思考のループから抜けられなくなっていく。

不意に大きな音がした。

音の発生源になったであろう方向を見やると、壁に思い切り額を打ち付けて歯を食いしばっているトウジの姿があった。

(そうよね・・・鈴原君がこの中で一番悔しいのよね・・・)

 

もし自分が実験にそのまま参加していればもう少しまともに動けたかもしれない。

3号機の腕が切断されたその光景は、トウジには己を責めたてているかのように思われたのだろう。

その後も何度も壁を殴りつけていた。

そして、誰もそれを止めることは出来なかった。

 

 

 

「来るぞ!散れ!!」

 

水面が波立つよりもほんの一瞬早く、バルが叫んだ。

位置は零号機の正面。

弾かれるように背中あわせになっていた三体のエヴァは散る。

いや、号令をかけたはずの3号機だけが、何故か遅れていた。

 

「どうしたのよバル!?」

「かわして!!」

 

二人の声は聞こえていたが、バルの視線は自分の足元に向けられていた。

(俺の・・・腕だと!?)

飛びのこうとした3号機の足を捕らえていたのは、先ほど切り落とした3号機の腕だった。

それ自体が生きているかのように、主である3号機の足首のあたりをきつく握り締めて動きを阻害していた。

振りほどこうとする間もなく、襲いかかってきたアルミサエルの直撃を受けてしまう。

咄嗟にA.Tフィールドを展開したがまるで防御の役割をなさず、いとも容易く貫通・・・いや侵食されてしまった。

 

「クソォォォッ!!!」

 

零号機と弐号機が駆け寄るそれまでには、使徒の体は全て3号機の中へと消えていた。

 

「来るな!!来るんじゃ・・・ない!」

 

立ち上がった3号機は左手で駆け寄ろうとしていた二機を制した。

それから手をかざしたまま、徐々に距離をとるように後退していく。

アスカ達が気がついてみれば、足下に転がっていたはずの右腕は接着したように完全に復元していた。

(まずい・・・・・・これは洒落にならねぇ・・・!)

いくらかして膝をついた3号機は、頭を抱えて悶え始めた。

(やめろ・・・やめろぉぉぉぉっ!!)

他の二機がどうすればいいのかわからず立ち尽くしていると、唐突にプツンと糸が切れたように3号機の動きが止まった。

そしてうって変わってゆらりとした妙に気怠い動作で、右腕が持ち上げられる。

 

「あかん!!惣流、綾波、よけろっ!!」

 

指揮車両でトウジが叫んだ直後、二機とも巨大なハンマーで殴られたように吹き飛び、盛大な水しぶきをあげて海中へと消えた。

腕の動きと共にA.Tフィールドを投げつけたのであろう。

武器を使用せずに行える、最も単純なA.Tフィールドの攻撃利用方法である。

 

「バ・・・ル・・・?」

 

信じられない。

信じたくない。

しかしそんな願いのこもった問いかけにも、答えはなかった。

 

 

 

 

四足の獣のように身構える3号機と、まだ信じられないといった様子の二人が乗るエヴァ零号機と弐号機が相対している。

弐号機はそのままソニックグレイブ改を、零号機は一旦後退して得た、なけなしのパレットガン二丁を抱えている。

そんな光景から少し離れたところにぼろぼろの初号機が着地し、エントリープラグからマナを連れたユイナが降りてきた。

 

 「これはどういうことですか!?」

 

指揮車両に飛び込んだユイナは、すぐ目に付いたミサトに殴りかかっていきそうな勢いで食って掛かった。

ミサトはぐっと拳を握り締めながら状況の説明をする。

実験の経過は端折り、本部との連絡がとれないことに気付いたときからのことを出来る限り感情を押し殺して伝えた。

その事実に驚愕しながらも、その後にはユイナが本部で起こっていることをミサトたちに伝え、このとき初めて使徒が二体同時に侵攻してきた事に気づかされることとなった。

 

「なんてこと・・・本部でもそんなことが」

 

ミサトならずもその場に居たもののほとんどが絶句した。

使徒が同時に複数出現し、それぞれに戦力を分断するような形で攻めてくるとは思いもよらなかったことだ。

二つの現場の状況を把握した今でも、それが相互の意思疎通があって成り立っているのか、それとも完全に独立した動きなのかは判断がつかない。 

 

初号機が現れたことで、静止して向かい合っていた三体の巨人に動きがあった。

3号機がその場から跳躍して弐号機に向かってとび蹴りを放ったのである。

アスカは迎撃するか否か瞬時には判断を下せず、その全体重を乗せた蹴りをソニックグレイブ改の柄を構えた胸部にもろに浴びてしまい遥か後方に吹き飛んでいく。

着地した3号機に零号機は体勢を整える前に銃口を向けるが、トリガーを引くことが出来ない。

ほんの少し前まで自分と言葉を交わしていた相手なのだから、躊躇いが生じるのも無理からぬ事だ。

しかしその躊躇いも3号機を侵食した使徒・アルミサエルには無い。

 

「やめてよ、バル!!」

 

初号機が背後から羽交い締めをするかたちで3号機を止めようとしたが、完調ではない初号機は易々と投げ飛ばされてしまう。

 

「初号機は直ってないんだから、あたし達に任せて」

 

立ち上がった弐号機が3号機に刃と突き付けて牽制している間に、初号機は何とか身を起こした。

エントリープラグの中のシンジは歯痒さと焦燥感にかられ、グッと歯を食いしばるしかなかった。

(何もできないのか・・・!?)

強烈な、狂気ともとれる本能によって内に押し込められたバルの悲しみと苦悩の色が見えていた。

だが今の初号機ではとてもではないが、使徒二体が融合したエヴァを止めるどころか、戦闘行為に及ぶ事自体が危険であり、足手まといにしかならないことは誰でもないシンジが一番わかっていた。

それが腹立たしい。

それが無性に悔しい。

 

一方、任せてと言ったアスカも、一体どうすればいいのかわからないでいた。

もしバルが単にエヴァのパイロットとしてそこにいたのであれば、エントリープラグを抜き取るという行為で現状の打破に繋げることが出来る。

しかしながら侵食された3号機そのものが、バル=ベルフィールドという存在と同一であるため、うまい方法が浮かんで来なかった。

いや・・・そもそもそんな方法があるのかさえ、自信がなかった。

街が危険に晒されているという事実もまた、アスカやレイ、ミサトらの思考から冷静さを奪っていた。

 

そうして一向に牽制しかできない零号機をアルミサエルが殴り飛ばし、その手にあったパレットガンを取り上げると銃口を弐号機に向けてトリガーをひいた。

当然ながらA.Tフィールドによって弾丸を全て弾くことは出来たが、かわりに周囲の廃墟から巻き上げた弾着の煙と水しぶきによって視界零の世界に叩き込まれてしまう。

銃撃がやみ、アスカがほんの僅かに緊張を解いた瞬間、煙の中から黒い腕が伸びてきて弐号機の首を捉えた。

 

「っ!?」

 

突然の強烈な圧迫感に、声さえも出なくなる。

すぐさま零号機と初号機が駆け寄ろうとするが、その進路を強力なA.Tフィールドによって阻まれ、吊り上げられている弐号機に近付くことは容易ではなかった。

 

「アスカ、抵抗して!!」

 

目の前に展開されたA.Tフィールドを初号機と共に全力で中和しながら、レイが叫んだ。

首を締め上げられている弐号機の四肢は僅かな抵抗の意志も見られず、力無くだらんと投げ出されたままだった。

何もせずただ、自分の首を絞めている3号機の顔を真っ直ぐに見つめていた。

やがて弐号機の右手がゆっくりと持ち上げられ、3号機の頬を優しく包み込むようにそえられた。

 


 

「赤木博士・・・ご苦労だったな」

「いえ、結局間に合いませんでしたから・・・」

 

使徒に占拠されていたマギのコントロール回復は成功し、同時に軍事施設に侵入していた使徒に対しての促進プログラム送信も完了した。

しかしリツコの危惧したとおり、マギから離れて各地に散った使徒を全て自滅させるにはかなりの時間を要することとなり、全ての施設の管制コンピューターにプログラムが行き渡るまでに、ミサイルの発射は行われてしまったのである。

復旧した通信回線を開き、実験に出ているミサトたちのもとへ連絡をつけようかと思ったが、今からするとそれが遺言になってしまいそうであったため直前で取りやめた。

これには回線を開いた直後に、軍事関連及び政府などから猛烈な抗議と事情の説明を求める声が殺到したというのも理由にある。

なにしろ理由、その形はどうあれ、ハッキングを行ったはマギなのだ。

使徒は発信元を偽装するための行為など行っていなかったため、それがネルフのマギによる行為だと判明するのには時間がかからなかった。

そこらの情報操作を今から行っている時間などないし、それこそ相手をする気などまったくもって毛の先程もなかったのだった。

よって現在、通信回線はネルフ側の意志として遮断されていた。

 

「しかし碇、生き残ったら後が大変だな」

「ネルフの存在の公表、及び権力の一部を他のUN軍への譲渡・・・これらは十分考えられますね。まあそれも生きていればの話ですが」

「・・・老人どもが慌てる程度ですむならばよしとすべきか」

「そういうことです」

 

正直なところ、基地施設から発射されたミサイルの迎撃が成功するという保証はなかった。

ただのミサイルであればいいのだが、N2のような強大な威力を誇る兵器の場合、目標に対してある程度上空で炸裂させるのが一番効力を発揮する。

無論それは街など、広範囲に被害を与える場合という意味であり、地表に直接炸裂させられればそれはそれで被害は甚大となる。

つまりはN2の被害を極力抑えられる、高々度における迎撃が必要なのだった。

しかしながら、他の基地へその迎撃を頼むことは出来ないうえ、また出来たとしてもとても間に合わないだろう。

そして街にある兵装ビルは都市内での戦闘を補助するためのものであり、高々度迎撃用の装備がなされているわけではない。

結局、迎撃に成功しても地上都市への被害は免れそうもなかった。

 

「ともかくアブソーバーを最大にして何処まで耐えられるか・・・・・・後は運を天に任せるしかないな」

 

冬月が苦い顔をしながら言うと、それに皆が頷いた。

まだ地上の都市には住人もいるであろうが、それを収容する時間はやはり絶対的に時間が足りない状況にある。

だがそんな中にありながらも発令所は奇妙なほど落ち着いた雰囲気の中にあった。

 

「それで・・・兵装ビルの稼働率は?」

「ミサイルが迎撃可能範囲に到達するまでに稼働可能かつそのうちで用意できるのは45%弱といったところです。マギが算出した成功確率は・・・聞かない方がいいかと」

 

精一杯強がってリツコは肩を竦めて見せた。

全てやれるだけの作業は完了。

後は時が経つのを待つだけ。

気分は判決を待つ被告人のようなものであろうか。

 

「まったく、この街にはろくなものが振ってこないわね」

 

ユイがややわざとらしく思い切り嘆息してすると、リツコもつられて小さな笑みをもらした。

 

「前回は使徒そのものが降ってきて、今回は使徒が呼び込んだミサイル・・・・・・本当にろくなものが降ってきませんね。でも・・・ここで二人の力ならあるいは、と思ってしまうのは悪い癖です」

「ええ、けど今の初号機では無理よ。前回の使徒の時はまだ装甲板が衝撃をいくらか殺してくれたけど、今回失敗した場合それがないからね。いくらA.Tフィールドを展開してもN2の威力では・・・」

「無茶をさせたくないから、二人を初号機と共にこの街から離れさせた・・・?」

 

その言葉にとユイは微笑んで頷く。

 


 

「泣い・・て・・・いる・・・の・・・・?」

 

どうにか絞り出したアスカのか細い声が、3号機の瞳に理性の光を取り戻し、締め上げていた腕から力を抜いた。

弐号機を解放した3号機は、震える手を見つめながら糸のもつれたマリオネットのような奇妙な動きで後ずさりを始めた。

各エヴァ、そして指揮車両のスピーカーに困惑した、今にも泣き出してしまいそうな頼りのない声が漏れ聞こえてきたのもその時だった。

剔られた気がした。

形のない、心という名の何かが。

 

「・・・あ・・・・・俺・・・俺・・・・・・何・・・してるんだよ?俺・・・いったい何をしてるんだ・・・こんな・・・こんなしたいわけじゃない・・・こんなこと・・・・・・!!」

 

二機のエヴァの邪魔をしていた障壁が消え、倒れ込んで動きのない弐号機に駆け寄ってきた。

その光景を視界に入れたまま後退し、3号機は背の翼を大きく広げる。

普段は頼もしくさえ思える大きな黒い翼が、このときばかりは見る者にとって不安をかき立てる材料にしかならなかった。

まるで死を運ぶ死神のそれのように。

 

いち早く3号機が起こそうとしている行動を察知し、阻止に出たのはレイの駆る零号機だった。

(それはダメッ!!)

どうしたらいいのかなどわからなかったが、ただ止めなければならないという激情にも似た思いだけが、彼女を突き動かしていた。

かつての己の行動を、その姿に重ねていたからなのかもしれない。

 

「そうか・・・お前は・・・・・・すまない・・・」

「そんな・・・どうして?」

 

しかし零号機のタックルを受けた3号機は、まるで足に根が生えたように微動だにしなかった。

そこから3号機がエントリープラグを強引に抜き取ると、操縦者を失った零号機は脱力し、縋り付くようにしながらうつ伏せに倒れていく。

止める者のいなくなった3号機はレイの乗るエントリープラグを丁寧に地面に置くと、何処を見るというでもなくただ視線を空へと投げた。

 

「ダメ・・・それはダメッ!やめてバル!!」

 

エントリープラグから飛び出したレイが、空に飛び上がった3号機に向けてありったけの声で叫んだ。

一瞬、肩の上に少し困ったような顔をして微笑んでいる銀髪の青年が見えたような気がして、レイの頬に一筋の涙が伝っていった。

 

「待ってよ、まだ・・・まだ何か!!」

 

その後を初号機が追って翼を広げ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

閃光

 

 

 

 

 

 

炸裂

 

 

 

 

 

 

「3号機・・・反応完全にロスト・・・」

 

そして後に残った現実。

 

 


本棚へ  TOPへ


あとがきみたいなもの。

 

今回はどこまで書こうかということで、悩みました。

書き直す前は、上手く切れずに一話で二話分ほどの容量になってしまいましたし。

で、大幅に書き直してこんな形に落ち着いたのですけど・・・鬼引きだよ、これじゃ(汗

しかも前回に引き続き(大汗

おかげで結構組み上がっていた次の話も、大幅に構成し直す必要が出てきて・・・・・・と、ほとんどドミノ倒し状態。

そんなこんなでまた次回。

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

inserted by FC2 system