耳障りと言うべきであろう電子音が鳴り響き、ベットの上で丸まっているものの中からゆっくりと腕が伸び出す。
手はかなり見当違いな場所を何度か叩いた後に、電子音の発生源となっている目覚まし時計を沈黙させた。
「・・・朝か」
のっそりと起き上がった銀髪の青年は沈黙させた時計に寝ぼけ眼で一瞥くれると、軽く首を左右に曲げて鳴らすと大きなあくびを一つした。
長い銀髪がボサボサになっていることを気にも止めず、おぼつかない足取りで洗面所へと向かう。
蛇口をひねると流れ出した水を暫くぼんやりと見つめてから、両手で水をすくって乱暴に顔を洗った。
二度三度同じ事を繰り返すと手元のタオルで顔を拭き、ふと思い出したように正面の鏡に映っている自分の顔を見つめる。
鏡に手をそえ、グッと距離を詰めていくその顔はまるで睨んでいるようにも見えた。
「・・・この体はいったいなんだ?お前は誰なんだ?」
鏡が答えるわけもなく、洗面所には水の流れる音だけが響き渡っている。
映り込んでいるのは自分の顔だ。
だが、何処か違う。
「俺は、バルディエルは死んだ・・・それは確かなはずだ。じゃあ俺は何なんだ?今ここにいる俺は・・・」
WING OF FORTUNE
第四拾六話 レジスト
「おはよう、バル。もう起きているかしら?」
部屋に備え付けられている電話(おそらく内線用だろう)が鳴ったのは、バルが顔を洗い長い髪についてしまった寝癖をいくらか見られる程度に直したあとのことだった。
その声に聞き覚えのあったバルは「ああ」と少し素っ気ない感じで答えた。
「あら、ご機嫌斜めかしら」
「・・・寝起きってのは初めてなんだ。ほっといてくれ」
脳天気ともとれる楽しげな声に、溜息混じりの科白を返す。
その脳裏には昨日の大騒ぎとなった歓迎会の光景が鮮明に蘇っていた。
主賓である彼をほとんど置いていくような形で大盛り上がりを見せた歓迎会だが、最初に話しかけてきた施智春という女性に関しては特に盛り上がっていたため良く記憶していた。
イメージとしてはリツコとミサトを足して二で割ったといったところであろうか。
外見から受ける理知的な印象よりもどこか悪戯っぽい仕草が見え隠れするのである。
それが地なのか、はたまたあくまでアルコールが入ったパーティの席上での限定的なものなのか判断は下せなかったのだが。
「あなた、朝食はまだでしょう?良かったらご一緒願えないかしら」
「朝食・・・・・・わかった。何処へ行けばいい」
「今からあなたの部屋に行くから、そこで待っていてくればいいわ」
「了解」
受話器を置くと、すぐにバルは廊下へと出た。
すぐと言った智春は先日と同じ白衣姿で本当に一分もかからずに現れた。
「早いな・・・」
「ええ、ここら辺はスタッフの居住区画だから。私の部屋もこのすぐ近くなのよ」
先程の電話も自室からだったのだろう。
智春はドアの横の壁により掛かっているバルをジッと見ると、ふぅと大きく溜息を漏らした。
「それにしても酷い頭ね・・・レディに朝食誘われたって言うのに、もう少し何とかしようと思わなかったの?」
言葉の内容ほど口調は厳しくはなく、むしろ呆れと手の掛かる子供を愛おしんでいる母親のようなニュアンスが込められていたように思う。
あまりそんなことに頓着していなかったバルも、柔らかい調子でも正面切って言われるとさすがにばつが悪そうにそっぽを向いて視線を逸らした。
手で押さえてどうにか直そうとしても所々あらぬ方向に跳ね上がってしまっている。
容姿に似合わないその仕草に苦笑しつつ肩を竦めた智春は、自分よりも頭一つほど身長が高いバルの肩を叩いた。
「仕方ないわね・・・ちょっとこっち来て屈んで」
「ん、こうか?」
膝を折りバルが頭を下げると、智春はその背後に立って白衣のポケットから髪留めのゴムを取り出した。
それから軽く手ぐしを通して髪を整え、後ろで一つにまとめる。
「これでいくらかましになるでしょう」
いくらか、と言うよりもかなり見られると言った方がいいだろう。
これで黒のタキシードでも着込めば、どこぞの上流階級のパーティに潜り込んでも違和感無しといった感じである。
そのバルはというと髪を縛っている感覚がどうも気になっている様子だったが、腹が鳴り空腹が主張を始めたのですぐに頭を切り替えていった。
「なぁ、あとで切ってくれないか?」
場所を移しここは食堂。
食堂にあるメニューにバルは顔をしかめることになる。
「なぁ・・・ここはどの国に属するんだ?」
結果、隣にいる智春にそんなことを聞いていた。
それというのも字は読めても、それがいったいどんな料理なのかよくわからないものばかりだったからに他ならない。
「あ、そうね。そういえばそんなことも教えてなかったわね。ここはソ連よ。ソビエト連邦共和国」
事無げもなく言いながら、モーニングセットらしきものをバルの分も注文して目で「かまわないわよね?」と聞いてくる。
バルは意外な答えに呆然としていたが、どうにか頷くと目の前に現れた料理をトレイに乗せていった。
「それにしてもソ連か・・・」
「意外だった?」
「いやこの場合、多分何処にあってもこんなリアクションをとったと思うな。むしろアフリカや中東の砂漠のど真ん中でなくて安心した」
席に着いたバルはパンをかじりながら、正直な感想を口にした。
智春はクスリと口元に笑みを浮かべると自分のコーヒーの入ったカップを手にする。
その白衣姿にコーヒーというセットはバルにとってはかなりおなじみの代物であったため、ちょっとした既視感を覚えてその姿を見つめていると、人懐こくはにかんだ智春と目が合い、誤魔化すように声を出した。
「それで今日は俺の疑問に答えてくれるんだろうな?」
「もちろんよ。そのために今日一日はあなたに付き合うつもりだから」
「はぁ・・・それは光栄だな」
なんと言って返せばいいか返答に窮し、結局曖昧な返事をしたのだが、特に智春は気にしている様子もなかった。
「まあそういうわけで、時間はたっぷりあるからゆっくりくつろいでくれてもかまわないわよ」
「くつろいでくれと言われても、な・・・」
眉をひそめて少々苦い顔をする。
まだ悪意が無さそうだと感じただけで、完全に心を許してしまっているわけでもないのだ。
だが智春はそれを見ても、まあ無理はないだろうといったふうに頷くばかりであった。
「そもそもこの体はなんだ?変な話だが、俺は確実に死んだはずだ・・・ブレードで真っ二つにされた上に爆発してな」
「じゃあ逆に聞くけど、死とはいったいなんだと思う?」
「死とは何か・・・?」
話の方向がややずれたような印象を受けながらも、バルは口元に手を当て思考に耽るような仕草を始めた。
「言い方を変えるわね。体が死ぬことはその人物の人格そのものの消滅を意味するのかしら?」
「・・・いや、肉体の死は魂の死ではないよ。逆に肉体という枷から解き放たれるという言い方もできないでもない」
肉体を離れた魂は原初の海に帰る。
らだし、そこに到達してしまった時点でほとんどの場合は自我というものを失ってしまい、結局は魂の死と表現してもいい状態になるだろうが。
だが例外もあり、そこでさえも他人の存在を望めば個であることは可能だ。
だから一概に肉体が死んでしまった時点で、魂の・・・そう、言うなれば個性が消失してしまうとわけではないと言える。
智春はカップを置いてコクリと頷いた。
「それじゃあもう一つ。あなたはダミープラグという代物がどういった技術であるか、その詳細を知っているかしら?」
ダミープラグ。
バルはこれを搭載した初号機によって、3号機に寄生していた自分は為す術もなく蹂躙されたという過去?を持つ。
それに加えてその内容を知っているだけに、いい顔が出来るわけがなかった。
「・・・吐き気がする」
忌々しそうに呟いただけだったが、問いの肯定に十分なり得たようだった。
しかしそれから数秒後、ハッと何かに思い当たり紅い瞳を大きく見開いた。
ダミープラグと魂。
二つのキーワードから導き出される答え。
「ま、まさかとは思うんだが・・・この体・・・・・・カヲルの複製体か?」
ダミープラグとはコアとして極めて特殊なものを用いている。
それはネルフで開発していたもので言えば、魂が入っていないレイの複製体であり、ゼーレ側で開発していたものはそれがタブリスこと渚カヲルの複製体だ。
いくら魂が入っていないとはいえ、倫理的に人の道を踏み外しているその技術をネルフ本部ではリツコ自ら開発を中止している。
だがエヴァシリーズを運用するためにも、ゼーレ側では開発が続行されていることは間違いない事実だ。
「そのまさかよ。あなたの体はカヲルが強奪したエヴァシリーズに登載されていたダミーシステムのコアを元に、あなたの以前の背格好に極力近づけるように培養したものよ」
淡々と言う智春に、バルは酷く疲れた顔をして椅子の背もたれに思い切り体を預けて天を仰いだ。
「はぁ・・・リツコが聞いたらどんな顔することか・・・」
リツコはその技術を嫌悪し、自らの罪深さを償おうとしてダミーシステムを破棄した。
だがバルは彼女が嫌悪したその技術によって生かされ、ここにいるのだ。
それは皮肉としか言い様がなかった。
「確かにあまり誉められた技術ではないけれど、力や技術は使い方次第でしょう?もちろん、この禁忌を犯したその罪はちゃんと償うつもりでいるわ。でも今は・・・立ち止まるわけにはいかないのよ」
言葉に秘められ、滲み伝わってくる決意は強く、激しい。
それは天を仰いでいたバルにも確かに伝わり、その姿勢を正した。
「あと、あなたの体は純粋にカヲルの複製体というわけではないわ。時間がなかったからカヲルの複製体を流用したけど、3号機のコアの欠片から採取したあなたのパーソナルパターンを移植した上で培養したの」
「だから俺の今の顔はカヲルとは違って、前の顔に近い・・・というわけか?」
「たぶんね。顔つきとかそういう話までは私たちにはどうしようもなかったから。それと断っておくけど、私たちは体を用意しただけ。ここにあなたがいるのはあなたが行きたいと願ったからに他ならないわ」
「・・・生きたい・・・そうだな、まだ俺にはやらなきゃいけないことある。そう簡単に死んではいられないか」
体についての会話が途切れたところで、二人は申し合わせたわけでもないが食事に集中することにした。
それまで湯気を上げていたコーヒーも温くなりかけ、さっさと片付けてしまおうという考えで一致したのかもしれない。
黙々とパンをかじりながら、バルの中にある一つの予想図が―――それもかなり可能性の高い―――描かれ始めていた。
それは明るい未来図とはほど遠い、頭を抱えてしまいたくなるようなものだった。
チラッと向かいで自分よりも上品に食事をしている智春を見る。
真実を語っているかどうかはまだまだ判断しきれないところはあるが、全てを聞いてからでも判断するのには遅くはない。
そう自分に言い聞かせると再び空腹を満たすことに専念するのだった。
しばらくして食事が終わった二人は施設の中を並んで歩いていた。
施設の中は何処まで行っても風景が変わることが無く、まるで同じところをグルグルと回っているかのような錯覚を覚える。
外敵の侵入の可能性を考慮に入れている施設では、この様に内部構造が慣れないものにとっては迷路のように感じるのは多々あることだ。
だがここでバルが感じたのは別の事柄だった。
「昨日も感じたんだが・・・ここ、ネルフとよく似ているな」
個性のない風景ではあるものの、なんとなくそう感じてしまうのだ。
だが、答えは拍子抜けするほどあっさりと返ってきた。
「当然よ。ここは元々ゼーレの所有していた施設ですもの。系列が同じだから似ていて当然ね」
「は・・・?」
「ついでに言えば、ここにいるのは元ゼーレに関連した技術者とその技術者繋がりの関係、その他諸々に声をかけた集まった人達よ。私はカヲルが強奪したエヴァシリーズの管理責任者だったわ。だからここにいるメンバーの何割かは、何らかの形でゼーレに関係していた人達なのよ」
重要なことをまたもあっさりと言ってのけた智春は、呆気にとられているバルの顔を見つめ、楽しそうにクスクスと笑みをこぼす。
よっぽど間抜けな顔をしていたのだろう。
しかしバルは笑われていることなど気にもならないくらいに、突き付けられた事実によってもたらされた大きな驚きに支配されていた。
ゼーレの施設であるというのであれば、ネルフと構造的に類似する点があってもおかしくはない。
またゼーレの技術者であったというのであれば、ダミープラグのコアを流用した肉体を培養するのも不可能ではないのだろう。
だがしかし、そこには今得ている情報ではどうしても回避不可能な大きな問題がある。
人の営みがあれば物資の流れが生じるのは必然のことである。
そして今まで歩いた感覚から言ってもそれなりの規模を持つ施設であることは確かで、そうなってくると働いている人員もそれ相応となるはずだ。
施設を維持する為の資金の問題をこの際別としても、元々自分たちが所有していた施設で活動する輩をゼーレが見逃すはずがない。
徐々に思考能力を取り戻していったバルが問題視したのはそこだった。
同時に疑うような視線で智春を見やるようになる。
しかしそれは予想していた反応だといわんばかりに、智春はそれまでの笑みを消し、切れ長の目に鋭い光を宿して視線を合わせてきた。
「あなたが考えていることはだいたいわかるわ。何故、この施設はゼーレの目を逃れているのか、もしかして本当はゼーレの管理下にあるのではないか、そんなところでしょう?」
「・・・ああ」
「私は最初にここが何処だと言ったか覚えている?」
「ソ連だろう?」
「そう、UN軍の一翼を担う軍事大国ソ連。これは裏を返せば、同じ大国であるアメリカを出し抜くその時を、虎視眈々と狙っているという意味でもあるわ。だから私たちはそこに目をつけた」
と、言葉を切り、バルの反応を見る。
口を噤んで聞くことに徹しており、今すぐ何かを言うというふうではないバルの様子を確認すると、智春は小さく息を吸って言葉を続けた。
極力感情を消して語る姿からは、出来る限り脚色されていない事実だけを述べよう、押しつけるのではなく判断は聞く側に委ねよう、そんな姿勢が窺えた。
「ゼーレは世界を裏から操り、その軍事バランスを意のままにしてきた。法で裁けるというのなら、それこそ簡単に懲役何百年という刑に相当する犯罪を犯している集団よ。まぁ・・・つい最近までその中にあっていた人間の言うことではないかもしれないけれどね。ともかく、今回の戦いに勝利を収めたとき・・・同じ事の繰り返しにならないように連中の勢力を国際世界から追放しなければならない。それは個人である私たちでは難しい。だから先頭を切ってゼーレを糾弾する大きな存在が必要だった」
「それがソ連か・・・確かにネルフの支部があるアメリカに比べて、交渉し易くはあっただろうが・・・」
「それだけじゃないわ。私たちの活動を維持するためにはそれなりの資金が必要だし、なによりゼーレの動かす軍に攻め込まれてはたまらないもの。その点、大国であるソ連には資金面でも軍事面でもゼーレとて迂闊に手を出せない・・・というわけよ。だから私たちがここにいることはゼーレも重々承知しているんだと思うわ」
やっと視線を外した智春は、そこでフッと初めて自嘲めいた表情を見せた。
そして言葉にも詰まっていた感情の切れ端が付着していった。
「政府との関係はさしずめギブアンドテイクってところかしら。私たちは資金と行動の自由を、政府はゼーレを排したあとの世界の主導権をってね。正直、あまり綺麗とは言い難い方法だけど・・・」
「でも、俺達は止まるわけにはいかない・・・だろ?」
言葉を継ぐ形でバルが続けると、智春は一瞬キョトンとしたがすぐに柔らかい笑みを浮かべて軽く頭を垂れた。
無論そう易々と相手が大国とはいえ、たった一国に世界の主導権を握らせるつもりはない。
これはあくまで手段なのだ。
それ故に大国の力を利用せざるを得ない事への抵抗と嫌悪を覚えていることも事実である。
このことを皆まで言わずとも察してくれたことが、智春にとって無性に嬉しかったのだった。
「ありがとう。信じて・・・くれるのね」
「礼を言われるようなことじゃない。それにこの命はあんた達に助けられたようなものだ。最低でもその恩は返さなきゃならない」
「その言葉を聞けただけでも、私たちのしたことに意味があったと思えるわ」
「まだそういう科白を吐くには早いと思うぜ。何も終わっちゃいないんだからな」
「・・・フフッ、そうね」
それから二人はトレーニングルームや、研究室、会議室などに相当するような部屋を回っていった。
マギタイプはさすがに設置されてはいなかったが、それでも施設の充実ぶりは目を見張るものがあった。
またネルフと大きく違う点というのにもだんだんと目に付くようになっていった。
智春曰く「ネルフ本部はわざと対人要撃システムが簡略化されているからでしょう」ということである。
そして最後に訪れたのは無駄に広すぎる部屋だった。
「さて、ここがお待ちかねのケイジよ」
何がお待ちかねだという発言はさておき、深度数十m近くにまでLCLが満たされた室内には銀色のエヴァンゲリオンが鎮座していた。
そう、巨大な諸刃のブレードで3号機を両断したあのエヴァである。
「やっぱり・・・あれにはカヲルが乗っていたんだな。でもわざわざ装甲を換装したのか?」
「あのままだと他のエヴァシリーズとの判別もし辛かったし、カヲルが本来乗るべきエヴァは4号機だったから、その関係もあって」
「・・・フィフスチルドレンであるアイツは順当に考えていけば、あてがわれるエヴァは4号機だったはず、というわけか」
「そういうこと。あとこっちにまだあなたに見せたいものがあるわ」
ケイジの更に置くに向かって歩き始めた智春をバルは4号機を模したエヴァを見上げながら追う。
よく見れば頭部装甲のみを換装しているだけで、あとは塗装を変更しているだけらしいことがわかった。
さすがに胴体部分の装甲板をまで変更することは無駄が多いからだろう。
ただ何かが足りない。
「あ・・・ウェポンラックがないからか」
4号機には本部で運用している全てのエヴァに装備されている、肩のウェポンラックが取り付けられてはいなかった。
ニードル発射機構とプログナイフが納められているウェポンラック。
それがただ単にエヴァシリーズが開発中であったために用意されていなかったのか、それとも別に理由があるのかはわからない。
だがエヴァ用の武器の中で一つの究極形とも言えるロンギヌスの槍のコピーを有するエヴァシリーズには、無用の長物だと言ってしまうこともできる。
ともかく肩に何も装備していない状態はかなりすっきりとした―――ともすれば物足りないとさえ感じるかもしれない―――印象を受けた。
このような姿を本部で見たのは実験の時のみであり、実戦の時にはまずお目にかかれない姿だろう。
違和感の理由を悟ったバルが小さく納得して頷いていると、少し先に行ってしまった智春の呼ぶ声が聞こえ慌てて駆けだした。
「あなたにはこれを見せたかったの」
「こいつは驚いたな・・・」
ケイジの奥にあった倉庫らしき部屋にはエヴァの修理用のパーツなどが納められており、装甲板がワンセットだけまるでショーウィンドに飾られているかのようにして置いてあった。
荒々しい獣を思い起こさせる形相と黒を基調としたカラーリング。
その姿はまさに漆黒の闇より産み落とされた死神のそれだ。
とても正義の味方には見えないが、少なくとも相手に恐怖の念を抱かせるには十分な迫力を備えていた。
そう・・・エヴァンゲリオン3号機の中身のない、装甲だけがそこに掲げられていたのだ。
もっとも本当の3号機とは多少のデザインの違いはあるようだったが。
「どう?気に入ってくれたかしら」
自慢げに胸を張り、子供のような無邪気な一面を見せる智春。
それにバルは苦笑いして軽く頷いて返した。
「ああ・・・ちょっと妙な気分だがな。しかしこいつがあるってことは、もう一体強奪するつもりなのか?」
「もう一体と言わず、欲張るわけではないけど可能な限り奪取もしくは破壊したいところね。それだけ最終的に本部側に優位になるわけだし」
「つまりカヲルは、今こいつを着せる人形を探しに行ってるわけか」
「正解。でもゼーレも狙われてるのはわかってるから、なかなか見つからなくてね。さすがに相手もバカじゃないわ、あれだけの大きさのものなのにかなり巧妙に隠してる」
首を横に振りつつ盛大に溜息をついたが、それほど悲観しているようにも見えなかった。
そこ掲げられている3号機の黒い装甲を見ているようで、その向こうにある何かを見据えるような切れ長の瞳の奥には、強い意志の輝きが覗いていた。
たとえ紡ぐ言葉が真実でなかったとしても、その輝きだけは信じるに値する。
見る者をそんな気にさせる瞳だった。
「だが、俺がここに来るとはわからなかったはずだろう?これが無駄になるかもしれないって可能性は考えなかったのか?」
「大丈夫、これも4号機の予備パーツを流用して3号機が自爆したあとから作ったものだから。それにそれほど手間はかかってないわ」
完全にどんな問いを投げかけられても答えられるよう、マニュアルを用意していたのではないかと思うほど素早く応答してみせる智春に、バルは内心舌を巻いていた。
随分と頭の回転が速いようで、やはり元々ゼーレに属していた技術者であるというのも伊達ではないらしい。
「これで一通り見て回ったわけだけど、何か質問はある?」
「いや・・・かわりに少し時間をくれないか。頭の中にある情報を自分なりに整理したい。そうでもしないとこれ以上は混乱しそうだ」
「わかったわ。いずれにしても、カヲルたちがエヴァを見つけるか、残りの使徒が現れるかするまではこちらも特にやることはないからね」
それを聞いたときバルは酷くばつの悪そうな顔をした。
自分を取り巻く環境に気を取られてしまっていて、肝心なことを全く確認していなかったことに気付いたのである。
それは彼を責められたことではないのだろうが、彼本人はそのことで軽い自己嫌悪を覚えたようだった。
「・・・・・・忘れてたんだが、第三新東京市は無事なんだよな?」
「第三に潜入している私たちの仲間の報告では、街は健在だそうよ。もちろんエヴァパイロットも全員無事。安心してちょうだい」
「そうか・・・よかった・・・・・・」
やはりすぐに戻ってきた言葉に心底安堵して、胸をなで下ろす。
そして同時に強く決意した。
必ずもう一度戦場という名の舞台に立つということを。
(待っててくれ・・・・・・次はそう簡単に放り出したりはしないからよ・・・)
後書きみたいなもの
いやはや、ようやく風邪が治りました。
三分の一位は風邪をひく前に書いてあったんですが、テンションが変わったせいか、結局悩んだ挙げ句最初から書き直しということにしまして、この状態です。
なんかひたすらバルと智春が喋り続けただけなのに、一話分になってしまいました。
しかも今回はバルを取り巻いている環境の説明で、話があまり前に進んでませんが、ご容赦くだせぇ。
まぁこんな回もあると。
あと・・・確かエヴァ世界ではソ連って解体されてないんでしたよね?
そんな記述がどこかにあったような気がします。(これで間違っていたら痛いな・・・)
ちなみに施智春はシー・チーチョンと読みます。(日本語読みしても一向にかまいません)
本当は春という漢字ではない(春ならチュンと読みますからね)と思うんですが、とあるマンガからそのまま流用してしまいました。
年齢はミサトやリツコと同じくらいと考えてます。
書き手が言う事じゃないですけど、バルの相方って女性キャラばかりなんですよね・・・(^^;;
・・・・・・・・・まあそれは良しとしましょう。
話に華をとかその程度で、深い意味もないですし・・・多分。
では、また。
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。