「さっきからガサゴソと何やってんの?」

「ん・・・アスカ?」

 

夕食前、その日早めに帰宅していたユイが、珍しくキッチンで腕を振るっていた。

その結果仕事をとられてしまった・・・というわけでもないのだが、やることが無くなってしまったシンジは部屋に戻って部屋の中にある所持品の整理をすることにした。

だんだんと使徒との戦いも終盤を迎え、今まであまり意識しなかったことに目が向くようになったためだろうか。

つまり“碇シンジ”という人間について、知りたくなったのである。

そうして部屋にその自分とは別の碇シンジの痕跡を探し始めたのだった。

とはいえ、この部屋はシンジが来たときからシンジの部屋であったのだから、他人の痕跡を探すことは容易ではなかった。

ただ一つの箇所を除いて。

 

「あら、それって・・・」

「うん、チェロだよ。これは僕の持ち物じゃないね」

 

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第四拾七話 心の隙間

 

 

 

 

 

 

「あんたはそれ弾けるの?」

「う〜ん・・・実は僕も習ってはいたんだけどさ、ホントに小さい頃にかじった程度なんだよね」

 

言いながら、シンジはケースからチェロを取り出し、椅子に座って調弦を始める。

戸惑った口調であったにしては、そちら方面が素人であるアスカから見てということであるが、それなりに慣れた手つきであるように思えた。

 

「やっぱり、ずっとほったらかしにしていたから、かなり音がずれちゃってるよ」

「そういうもんなんだ」

「うん。まぁなんて言うか、楽器も生き物だから」

「生き物ねぇ・・・ところであんたどうしてチェロ習うの止めたの?」

 

その問いに調弦をしていた手を止めて、苦笑いめいた表情をして頬を掻く。

だがその間もアスカの方は半ば睨み付けるように解答を求めていた。

(たしかあのバカは誰にも止めろって言われなかったから続けてたのよね・・・)

ぼんやりと頭の中に残っている記憶。

自分が何故そんなことを目の前のシンジに問おうとしているのか、その理由さえわからぬままに解答を待っている。

 

「それは・・・ちょっと情けない話なんだけど・・・」

「別に笑ったりしないから、いいじゃない」

「・・・・・・・・・・・・誰も誉めてくれなかったから、かな」

 

シンジはアスカと視線を合わせないよう、天井を見やりながら長い沈黙のあとそう告げた。

 

「誰も誉めてくれなかった・・・?」

「そう。始めた頃はさ、母さんも生きてて・・・って、今生きてるんだよなぁ、まぁいいや。ともかく、誉めてくれる人がいたんだ。でも母さんが死んじゃってからは、誰も誉めてくれなかった。元々あまり会話がなかったと思うんだけど、父さんは母さんが死んじゃってからは特に喋らなくなったからね。だから止めた。結局僕は、誰かに・・・というか、父さんになんだと思う・・・誉めてもらいたかったんだよ。チェロはその手段でしかなかったってわけ」

「・・・情けないわね本当に・・・・・・って、以前の私ならそう言っていたでしょうね」

 

誉められるための手段。

自分を見てもらうための手段。

以前のアスカにとってそれこそが、エヴァのパイロットであるということに他ならなかった。

だからなんとなくわかった。

その当時はまだ幼かったであろうシンジの、チェロを習うのを止めてしまった時の心境が。

 

「けどさ」

 

と、シンジが笑顔でアスカの方を見やる。

 

「今こうしてチェロを手にしてみると・・・もう一度始めてみてもいいかなって思えてきた」

「ふぅん、あんたがそうしたいならそうすれば?まぁ、やりたいことをやらなくて後悔するのはあんただから、あたしは別にどうでもいいけどね」

「ハハッ・・・ありがとう」

 

言葉は少しばかり投げやりに聞こえるが、それがアスカなりの優しさであることはシンジも重々承知していた。

おそらく自分の世界のアスカも、同じように不器用ながらも優しさをもって接してくれていたのだろうと、今はぼんやりとだがそう思う。

その優しさを無下にして、煙たがるように遠ざけていたであろう自分に恥ずかしさも感じている。

しかもそんな態度をとり続けていたにもかかわらず、アスカが同じように幼なじみであってくれたことに、大きな感謝の念を抱かずにいられなかった。

 

「どうでもいいけど、人の顔ジッと見てるのって感じ悪いわよ」

「あっ、ゴメン。少し考え事してて・・・」

「考え事ねぇ、まあそう言うことにしておきましょうか。ねっ、ついでだからさ、なんか一曲弾いてよ」

「え・・・でも、下手くそだよ?さっきも言ったけど、習ってたのはかなり前のことだし、それも大した腕前じゃなかったから」

「いいのっ!グダグダ言わずに、さっさと弾きなさい!」

 

ぴしゃりと言い渡され、シンジはやれやれと肩を竦めると、軽く深呼吸をして演奏する体勢をとった。

そしてゆっくりと弓を引く。

最初は恐る恐る、感触を確かめるような感じであったのが、音が連なるにつれ徐々に動きの硬さがとれていった。

やがて自分の世界に入り込むかのように目を閉じて演奏に集中しだしたシンジを、アスカはベットに腰掛けて頬杖を突き、何も言わず見つめていた。

シンジの部屋の中の時間だけがゆったりと流れているような、そんな感覚に包まれる。

そしてアスカも目を閉じて、音に集中しようとしたときだった。

急に音が外れて甲高い音がして、アスカは頬杖を突いていた状態から、前のめりに倒れそうになってしまった。

 

「ちょ、ちょっとぉ〜せっかく良い感じになってきたのにぃ〜」

「アハハ・・・ゴメン。やっぱりちょっと練習しなきゃダメみたいだよ」

 

それほど専門的に学んだわけでもないというのに、幼少の頃の記憶を引っぱり出して演奏するのにはかなり無理があるのは確かである。

むしろ少しとはいえ思い出して弾けたということに、シンジはある種感動を覚えていた。

 

「ったく、あいつはもうちょっと上手かったわよ」

「え・・・?」

「あ・・・・・・」

 

無意識に口をついて出ていた言葉に、アスカは慌てて手で口を塞いだが、それで音になってしまった言葉が無かったことに出来るわけでもない。

別に比べるつもりはなかった。

ただ、気が付いたらそんなことを口にしていた。

何故と問われても、自信を持って返すことの出来る答えは持ち合わせていない。

 

「・・・・・・そっか、“僕”はもうちょっと上手かったんだ」

「あの、シンジ・・・今のは・・・」

 

どう言い訳したらいいのかわからないままに、それでも何か言おうとしたアスカだったが、シンジが意外にも笑顔でいたためにそれ以上言葉は継げなかった。

 

「いいんだよ、それで」

 

たった一言。

この一言でアスカは自分が何故シンジに対してチェロのことを問うたのか、その理由がぼんやりとした形ながらわかった気がした。

シンジはハッとした表情になっているアスカにそっと微笑みかけると、もう一度同じ曲を演奏し始めた。

今度は先程よりもゆったりと、丁寧に、思いを込めて・・・・・・

 


 

ハサミを動かす度に銀色の髪が蛍光灯の光を少し反射しながら、ゆっくりと床に落ちる。

何十回とそれを繰り返し、ハサミは役目を終えてテーブルの上に置かれた。

 

「はい、これでお終い」

「サンキュ、おかげでサッパリしたぜ」

 

大きな布を纏っていたバルは自分の髪を切ってくれた智春に軽く礼を言うと、早速鏡を覗き込んだ。

 

「変じゃないかしら・・・?人の髪を切ったのなんて初めてであんまり自信ないんだけど・・・」

「ん、いいんじゃないのか、上等上等。やっぱこのくらいじゃないと落ち着かないな」

 

鏡の中にいるバルは、第三新東京市にいた当時とほぼ同じくらいの髪の長さになっている。

若干素人の仕事であるため、雑になっている部分が見られないでもないが、気にしなければどうとでもなる程度でしかない。

そもそもバルは外見にこだわりはそれほど持たないので、それこそ上等なのだろう。

 

「なぁ智春、まだカヲルは何も言ってこないのか?」

「ええ、結構手間取っているみたい。このままだと最悪の場合はあなたのエヴァがないって事も有り得るわね」

「エヴァ無し、少しきついかもしれないがその時はその時だ。それに俺達がここで心配したところで、何がどうなるってわけでもないしな」

 

カヲル自身の安否については、それほどバルも智春も心配していないのが実状だろう。

全使徒中でもかなりの強度のA.Tフィールドを展開できるのだから、まずほとんど心配する必要がない。

ただ・・・信頼しているかと聞かれた場合には、必ずしも首を縦には振らないであろうが。

 

「それはそうとバル・・・あなたこそ体の方は大丈夫なの?」

「心配するなよ、俺は俺でやれることやっているだけだ。お前達のやってる仕事はほとんど俺には手伝えないだろ?」

「だからって・・・」

 

智春の言葉がまだ続いている間に背を向け、片手をあげるとさっさと部屋を出ていく。

その途中、頬に貼ってある湿布を剥がして丸めると、ゴミ箱へ向かって放り投げ、見事に入ると軽く戯けてガッツポーズをして見せた。

 

「じゃあ、何か動きがあったら呼んでくれ」

「・・・もうっ、わかったわ。くれぐれも無理はしないようにね」

「わかってる。そっちこそ、あまり遅くまで仕事はするなよ。代わりがいないのは誰もが同じなんだからな」

 

部屋を出たときに溜息が聞こえた気がしたが、バルは苦笑を浮かべながらもかまわず足を前に進めた。

廊下でここ数日の内に顔見知りになった者と擦れ違い、簡単な挨拶をしていく。

相も変わらず順応するのが早いバルは、既にかなり親しげにしている人物も何人かいるようである。

そうしてバルが向かったのはトレーニングルームだった。

 

「・・・遅い」

 

技術屋とは明らかに違う風体の三十代半ばほどであると思われる男は、ジロッと睨み付けるようにバルを一瞥すると、肩に背負っていたサブマシンガンを床に置いた。

男の服装は特殊部隊のするような黒一色のそれだ。

無機質な淡い色で統一されている施設内では、かなり特異な存在に映る。

一般人であれば距離を置いても尻込みしてしまう、抜き身の刃物のような鋭い気配を放つ男だったが、バルはまるで意に介した様子もなかった。

 

「悪い、髪を切ってたんだ。いい加減邪魔くさかったからな」

「・・・まぁいい。始めるぞ」

「おう、まぁ今日も一つ頼むわ、ゲイル先生」

 

キュッと表情を引き締めると、バルは着ていた上着を脱いで近くにあるトレーニングマシンにかけて、その場で軽い柔軟を始めた。

五分ほどで柔軟を終え、オープンフィンガーグローブをつけると向かい合う。

その瞬間から両者の間には青白い火花が散る、息が詰まるような緊迫感が漲った。

幾分バルの方が緊張の度合いが強いらしく、握り込んでいる拳が少しばかり震えている。

すり足によるミリ単位での間合いの取り合いがしばらく続いたあと、動いたのはバルだった。

 

左右のワンツーから始まった、自分の間合いを保ちながら連続して攻撃を加えていく姿は、素人目にはバルの圧倒的優勢に映ったことだろう。

しかしサンドバック状態に見えて、実際にはゲイルと呼ばれた男の方はまるで決定的なダメージを負っていなかった。

けっしてバルが手加減をしているわけではなく、完全に見切った上で致命的な箇所をガードし、或いは回避していたのである。

バルがどうにかそのガードをかいくぐろうとしている内に、微妙な苛立ちからモーションが少し大きくなってしまう。

その僅かな隙が生じたとき、ゆらりと黒い影が視界の中で揺れてその次の瞬間に掻き消えていた。

姿を追う間もなく、代わりに腹部を貫く鈍い衝撃を覚えながら後方に吹き飛ぶ。

肺にあった空気を全て強制的に吐き出させられ、すぐに圧迫感から解放されることで激しくむせながら悶えた。

ようやく呼吸が整いかけたときには、目の前に暗い小さな穴が突き付けられていた。

 

「参った」

 

仰向けに倒れたまま両手をあげると、突き付けられていた拳銃はゲイルの太股にくくりつけられたホルスターに納められた。

 

「・・・まだまだだ」

「そりゃあ、お前から見たらほとんどのヤツがまだまだだろうよ」

 

あくまで淡々としているゲイルに向かいバルは少し皮肉げに言いながら、苦笑して立ち上がる。

そして上着とともに置いてあったタオルを取り出して、今し方かいた汗を簡単に拭ってまたタオルを投げた。

 

「・・・お前は少し強引すぎる。力押しでは勝てない相手もいる。加えてA.Tフィールドに頼りすぎで、防御意識が足りない・・・」

「それもわかってるつもりなんだがなぁ・・・どうも咄嗟になると展開しそうになっちまうんだよ」

「・・・痛みを恐れるのは良い。痛みを知らぬ兵は兵ではないからな。それは駒だ。・・・お前は駒になるな」

 

このあとも何度も極めて真剣勝負に近い気迫をもって組み手は行われたが、結果最初とあまり変わらないままだった。

結果は変わらなかったが、内容を細かく見ていけばそれなりに変化が生じていた。

バル本人の素養のなせる業か、それとも使徒の持つ素養なのか判別することは難しいが、それは水を吸うスポンジのような状態だった。

敗北から必ず何かを学び、一分一秒過ぎる毎に急速に進歩していくのである。

それに対して常にポーカーフェイスで顔色を変えないゲイルだったが、内心では舌を巻いていた。

 

「今日は・・・ここまでだ」

 

床で大の字になって寝転がり、大きく息を乱しているバルを見下ろしながらそう言うと、ゲイルはトレーニングルームを出ていこうとした。

ちょうどドアをくぐり、通路に一歩踏み出したとき、施設全体にけたたましい警報の音が鳴り響いた。

同時にゲイルの携帯していた通信機に通信が入る。

 

「・・・・・・・・・わかった、俺も行く。警報はすぐ止めろ」

 

通信を終えるとすぐに警報はおさまった。

その代わりに施設全体が慌ただしい雰囲気に包まれたのは、寝転がっていたバルにもわかった。

 

「いったいなんだ、何が起きた?」

「・・・侵入者だ。すぐ捕らえる」

 

先程バルに何度も突き付けたハンドガンのマガジンをチェックし、ゲイルは限りなく気配を消して走り出した。

上半身を起こしただけで床に転がっていたバルは、少し考えたものの、疲労が溜まりきった体に鞭を打ってゲイルの後を追うべく立ち上がった。

 


 

「やれやれ、参ったな」

 

その男は物陰に出来た闇にその身を紛れ込ませながら、自分の耳にも届くかどうかわからない程度の声でぼやいた。

もっとも既に周囲には誰もいないことは確認済みだが。

絶対の自信があったわけではないにしろ、これ程までに早く潜入を察知されるとは予想外だったのだろう。

その表情には少々の後悔が、銃を持つ手には今おかれている状況から来る緊張のためか、じっとりと多量の汗が浮かんでいた。

息を殺して潜んでいながらも、緊張すればするほどに胸を打つ鼓動でさえも勘付かれてしまうのではないのかという不安にかられた。

(・・・俺はこんなに臆病だったのかな・・・)

フッと脳裏に一人の女性の姿を思い浮かべ、男は自嘲めいた笑みを噛みしめる。

少しだけ心が軽くなった男は意を決して物陰から這い出て、逃亡を再開しようとした。

 

「・・・侵入者発見」

「なっ・・・!?」

 

いきなり背後から聞こえてきた声に驚き、振り向きざまに銃を向ける。

そしてそこに何がいるかもほとんど確認しないままに立て続けにトリガーを引いた。

だが、放たれた弾丸は全て天井に向かって飛び、少々の火花を散らしただけでまるっきり命中しない。

ようやく気が付いたのは、銃を持っていた手が闇から伸びてきた手によって、天井に向かい跳ね上げられていることだった。

 

「クッ・・・!」

 

舌打ちをしながら腕を振り解き、そのまま相手の頭部に向けて回し蹴りを放ったが、それもまた見事に空を切る。

逆に蹴りを放ったことで片足立ちになってしまっているところを、いとも容易く払われて、男はその場にうつ伏せの体勢で倒れ込んだ。

男が「まずい」と思うよりも早く、その後頭部に押しつけられた冷たい感触に手を挙げるという選択肢以外が完全に潰されていた。

 

「立て・・・下手な真似をするな、死ぬぞ?」

 

冷淡な調子のその声が、男には既に死刑宣告のように聞こえていたが、隠れていたときに比べると逆に落ち着いている自分に気が付く。

間違いなく、銃を突き付けている人物は自分が妙な動きをした瞬間に躊躇無く撃ち殺すだろう事を、妙にさめざめとした意識の中で確信していた。

 

「所属及び、この施設に侵入した目的は?」

「嫌だと言ったら?」

「・・・教えなければならないほど、愚かでもないだろう」

「そう言われても、何一つ話すつもりはないが」

「・・・なら、ここで死ぬか」

 

男には見えなかったが、伝わってくる雰囲気から、後頭部に押しつけられている銃のトリガーにかかる指に力が込められていくのがわかった。

 

「ちょっと待ってくれ、ゲイル。そいつ、俺の知り合いだ」

 

意外な言葉がその耳に届いたとき、男は自分のおかれている状況を忘れ、反射的に振り返っていた。

撃たれる危険性など全くもって、頭の片隅にすらなくなっていたらしい。

実際、撃たれることはなかったが。

そのことを安堵するよりも先に、言葉を発した人物を目にした驚きで男は目を見開いていた。

 

「よぉ、久しぶりだな、リョウジ。こんなところで何やってるんだよ」

「ば・・・バルなのか!?」

 

その男、加持リョウジは素っ頓狂な声をあげて、顔をひきつらせた。

視線の先にいた銀髪の男はニッと口元を吊り上げて笑うと、

 

「まるで幽霊にでも出会ったような顔だな」

 

と、実に楽しげな雰囲気が伝わってきそうな弾んだ声で言った。

だが3号機の自爆について情報を得ていた加持にとっては、なんの冗談でもなくまさにその通りであった。

 


 

どうにか今度はミスをすることなく演奏を終えたシンジは、はにかんで一礼した。

それに対してごく自然にアスカは手を叩く。

 

「どう・・・だったかな」

「あんたにしては上出来ね。まっ、誉めたげるわ」

「それはどうも。でも、もう一度は遠慮したいな。もし機会があるなら、じっくりと練習してからにしたいよ」

 

自分でもかなり危なっかしい演奏であったことを自覚しているためか、シンジは苦笑いを浮かべるばかりである。

ともかく演奏も聴き終えたため、部屋を出ていこうとしたアスカはそこではたと思い出した。

 

「あ・・・忘れてたけど、おばさまがもうすぐ夕飯出来るから、リビングにって言ってたわよ」

「・・・・・・もしかして、僕の部屋に来たのって、それが理由?」

「そうよ、悪い?」

 

見るからに呆れているとわかるシンジを、少し紅潮した顔でジロッと一睨みすると、立ち上がり部屋の戸に向かって歩き出した。

シンジはチェロをしまおうとしていた手をふと止め、アスカの背に声をかける。

その声色は、とても穏やかで先程のチェロの音と通ずるものがあった。

 

「ねぇ、アスカ」

「ん・・・?」

「きっと、きっとさ・・・帰ってくるから」

「・・・そんなことはどーでもいいけどね、別に」

 

振り返らずにぶっきらぼうに言うと、アスカはそのまま部屋の戸に手をかけた。

 

「けど・・・色々言ってやんなきゃ気が済まないわ・・・あのバカには」

 

小さな声で紡がれた言葉が、少しだけそれまでと違うと感じたのはシンジの気のせいだったのだろうか。

アスカは自分に向けられている柔らかい視線に気付いたのか、感情の動きを誤魔化すように戸を開け放った。

戸に手をかけたとき、妙な重みがかかっているような気がしたが、かまわず開けると部屋の中に何かが転がり込んできた。

 

「きゃぁっ!」

 

アスカはそれを回避することは出来ず、ものの見事に巻き込まれてしまう。

チェロを片付けようとしていたシンジはその光景を見て呆れ返ってしまい、額に手を当てて力無く首を振った。

 

「何やってるのさ、みんなして」

 

アスカを巻き込んだ何かは、今やこの街にはここしかいない子供達だった。

(なんとなくトウジとマナは納得できるけどさぁ・・・)

と、少々失礼なことを考えながら、こちらを見てばつの悪そうな笑みを浮かべながら手を振っているユイナと、無表情ながら小さく「苦しい」と呟いているレイを見て盛大に嘆息する。

それ以上にシンジに多大な疲労感を感じさせたのは、その後ろでニコニコとそれはそれは楽しげに笑う母親の姿だった。

 

「母さん・・・一応答えが想像できるんだけど、聞いとくよ。一体何やってるわけ、そこで」

「何って、息子のことが心配だったからに決まっているでしょう?」

 

満面に笑みを浮かべられても全く説得力がない。

(何が心配なのさ、何が・・・)

心底疲れたとばかりにもう一つ大きく溜息をついたシンジは、下敷きになって助けを求めているアスカを引っぱり出そうと腰を上げた。

 

 


あとがきみたいなもの

 

実は今回書きたかったのは、シンジのアスカに対する一言だと言うこともできます・・・(汗

だから両サイドを書いてますが、重きをおくとしたらシンジの方です。

あと久しぶりに出てきた加持リョウジ・・・本当に久しぶりだ・・・

ここで出さなかったら、もしかしたら完結するまで出てこなかったかもしれないですよ。

なんせ、書いていながらその存在をほとんど忘れかけていましたから(笑

そんな状態の上にバルと一緒だから、活躍は到底期待出来ません(というか、この話においてそれを期待している人がいるのだろうか?)

では、また次回。

次回は完全にバル&カヲルサイドのお話になると思います。

おそらくその次ぎも(^^;;

 

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

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