捕らえられた加持は、一応一通りの身体検査と尋問を受けて解放された。
当然ながら施設外へ出ることは許されず、実質的には軟禁状態になったと言うべきであろう。
このとき、実に興味深い情報が加持によって智春らにもたらされた。
「なにっ!?エヴァシリーズの所在を知ってるだって!?」
「あぁ、ここにも一体あるって聞いて確認しに来たんだよ」
「何処だ!何処にある!」
「おいおい、そんなに焦らなくてもいいだろう」
「焦るんだよ、今は少しでも戦力が欲しいし、敵の戦力も削りたい」
「まさか・・・奪うというのかあれを?」
残りの使徒は二体。
どうあっても、ゼーレが動き出す前に最低限もう一体のエヴァをおさえておきたかった。
各陣営にあるエヴァの数が一体でも増減したりすれば、それだけで戦力差はかなり変動することになる。
本来ならば信用することは無かったであろうが、バルが加持の身元を保証したということで、いくらかの疑念を折り込みながらもその情報の裏をとる作業に”蒼き夜”は動き始めた。
WING OF FORTUNE
第四拾八話 奪取
「やぁ、早かったね」
喫茶店の窓際の席に腰を据えくつろいでいた渚カヲルは、新しく店内に入ってきた顔見知りを見つけると、いつもどおりの笑みを浮かべて片手を上げた。
「・・・おまえさぁ、何のんびり茶なんて飲んでるんだよ」
「ハハハッ、こっちは待たされている身だったんだからね。このくらいはいいだろう」
「ったく、緊張感の無い」
あくまでマイペースなカヲルの様子に、バルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
そして不承不承といった感じで向かいの席に腰を下ろす。
適当にコーヒーを注文するとスッと眼を細めて、睨みつけるようにしてカヲルを見やった。
テーブルの上に乗ったティーカップなどを含め、傍目ではまるっきりのんびりとティータイムを楽しんでいるようにしか見えない。
事実、バルが来るまでのカヲルはその通りだったのだが。
「で、どうなんだ」
「せっかちだねぇ・・・まぁわからないでもないけど。取り敢えず、先に報告したようにエヴァシリーズはこの町の南、20kの地点にある施設に保管されている。これは間違いない」
「いやに報告が早かったよな?お前はここらで調べていたのか?」
「だんだんと的を絞っていた最中だったからね、確認するだけならそれほど難しいことでは無かったよ。所詮、人の口には戸は閉てられないってことさ」
「そりゃ、あれだけのデカブツだからな」
身長40mというエヴァは単純に陸上で用いる兵器としても、生物としても、まず間違いなく世界最大(使徒は除く)だ。
その移送となればどんなに注意を払おうとも、必然的に人目についてしまい、噂程度であるかもしれないが情報が流れることは十分に考えられた。
だがそれだけを便りにしていては、砂漠で指輪を探すような作業になってしまうため、まず前段階としてゼーレが関連している施設を絞り込むことから始めることになった。
これもまた膨大な作業には違いが無いが、まったく手がかりが無かったわけでもない。
エヴァが存在することで生じた変化、その管理に人員を取られて人や物の出入りが若干激しくなったと思われる施設に重点をおいたのである。
「それにしても僕らの施設にネルフの人間が忍び込んだというのは本当かい?」
「ああ、リョウジの事だろう。あいつはネルフの人間って言っても、色々やってるからなぁ・・・」
「彼には感謝しないとね。的を絞り込んだと言っても、まだまだ選択肢はかなりの数だったから」
紅茶を口にしながら、カヲルは窓の外に目を向ける。
「ただ気になるのは、施設がかなり町に隣接しているということだよ。そのおかげで裏をとるのが容易だったとはいえ・・・」
「要するに、俺達がスマートに事を運べばすむ話だろう」
「そうなんだけどね。君もある程度察しがついているんじゃないのかい?」
テーブルに置かれたカップに伸ばしていたバルの手が、カヲルの問いに反応してぴたりと止まる。
店内はこの二人に巻き込まれるようにピーンッと張り詰めた空気に満たされた。
「やはり・・・そうなのか」
「いや、まだ確認はしていないよ。けれどその可能性は零ではないも事実だ。一応他の皆には撤収してもらってある」
しばしの沈黙の間に、バルがまるで急かすようにさっさとコーヒーを飲み干してしまうと、カヲルも静かにカップを置いて立ち上がった。
「ともかく、現場に行こうか。今から行けばちょうど夜になるくらいだろうし」
「あぁ・・・そうだな」
エヴァの所在さえわかってしまえば、奪取する事自体はそれほど難しいことではない。
極端な話、バルが赴かなくともカヲル一人でエヴァを手に入れることができる。
人の姿をしているものの、A.T.フィールドを展開できるという点は変わっておらず、今現在人が使用している対人兵器で貫くことは不可能だからだ。
その気になればたった二人でも異形の体を持った使徒がそうであったように、軍隊を相手にしてもまず負けはしないだろう。
いかにこれから突入しようとしている施設が最新の侵入者要撃用のシステムを整えていようとも、それはあくまで対人戦を想定したものだ。
「本当にほとんど人家と距離がないんだな・・・こんなところにあるのか?」
「残念ながらね。もしかしたら僕らがこういう行動に出ると考えて、あえて一般人に近いところに運んだのかもしれないよ」
「・・・お決まりの人質か」
既に合流してからかなりの時間が経過し、夜の闇が二人の存在を包み込み、周囲に溶け込ませている。
表向きには工場を装っているその施設も、人の出入りはかなりまばらになっていた。
「それじゃあ行こうか」
「おう、さっさと片付けちまおう」
たった二人によるエヴァシリーズ奪取作戦・・・内容は作戦と呼べる程の複雑さはない。
奪取よりもむしろ強奪と表するべきか。
それでもできる限り人的被害を出さぬために、二人がまず最初にとった行動は施設の電力供給を断つことだった。
しかしネルフ同様に複数の電源を確保しているようで、外部からの電力を断ってその復旧までの空白の時間に施設へ進入するのがやっとだった。
すぐさま警備兵が動き出したが、そんなものは彼らにとって障害となるわけがない。
銃口を向けられてもそのまま直進を続けるこの侵入者は、果たして警備兵達にはどのように映っただろうか。
弾が一発もあたらないどころか、こちらから触れる事もできない。
二人が通り抜けたあとには、おびただしい数の銃弾の後と、呆然とした面持ちで床に座り込んだ兵士達が残された。
それはまるで風の吹くはずのない室内で、強烈な一陣の風が吹きぬけたかのごとき光景だった。
目的としているエヴァが保管されているのは、施設の最下層だとの情報を得ていた。
そうでなくともこれほどの近距離になれば、さすがに模造品であるエヴァシリーズでも彼らの使徒としての感覚に引っかかった。
下に行く方法を探しているうちに、二人は停止しているエレベータを発見した。
電源が復旧しきっていないエレベーターのドアをA.T.フィールドで粉砕すると、カヲルはぽっかりと空いた黒い空間を覗き込んだ。
暗闇ではっきりとは見えないが、かなり下のほうでエレベーターが停止しているのがわかる。
二人は視線を交わして頷き合うと、その空間に何の躊躇もすることなく足を踏み出した。
ゆったりとした一定の速度で、加速をすることなく二人は闇の中を降下していく。
停止していたエレベーターの上に着地すると、その中に人がいない事を確認してからワイヤーを切断した。
「情報だと最下層だったか、だんだんとはっきりして来たな。・・・この下にいるのは確かだ」
「これで何事も無くすんでくれればいいんだけど・・・」
最下層に到着し、エレベーターは轟音をたてて粉砕された。
「どうやらそうもいかないみたいだな」
自分達が降りてきた上方を見やり、バルは吐き捨てるように言った。
カヲルも同じように上を見上げたが、その表情はいつも微笑を浮かべている彼らしくないほど、強張っていた。
「二人か・・・厄介だね」
赤い瞳の見据えている先には、酷薄な笑みを浮かべた二人の人物の姿がある。
銀髪、赤い瞳をしたその二人の背格好は、バルとカヲルの中間あたりで、大人とも子供とも断言しかねた。
どちらかにとろうと思えば、どちらともとれるが、同時にどちらでもない。
そんないびつな雰囲気をもっていた。
「カヲル、お前はエヴァを取りに行け」
「君だけで相手をするというのかい?それは無茶だ」
「確かに勝てないかもしれないが、時間を稼ぐくらいはできる」
「しかし、君だけ戦わせて・・・」
まだ何かを言おうとするカヲルを通路の方へと突き飛ばして、言葉を無理やりに中断させる。
直後、バルの頭上を強烈な重圧が襲った。
壁を展開してそれを受け止めるが、襲い掛かってくる重圧の方が上を行き、バルはエレベーターの残骸の上に膝をついた。
それでも歯を食いしばって全力を搾り出して、どうにか踏みとどまっている。
「バルッ!」
「来るなっ!お前はエヴァを取りにいけって言ってんだろ!最悪、エヴァだけでも第三に持っていかなきゃならないんだ!」
「! フォースチルドレンのためか・・・」
「そういう・・・こった!」
気合と共にフィールドを鋭角的に変形させ、頭上からの圧力を切り裂く。
左右に斬り分けられた圧力は目標とはしていなかった様々な物を、強大な力で変形させ、破壊していった。
「行けっ!俺はそう簡単に死にゃしない。・・・・・・俺を信じろよ」
不敵に笑ってみせたバルに、カヲルもいつもの微笑で応えて走り出した。
それを見届けたあと、キュッと表情を引き締めてスイッチを戦闘モードに切り替える。
心の壁が具現化する一歩手前の状態で、バルの周囲がゆらゆらと陽炎があがっているかのように歪み始めた。
「信じろ・・・か。あの一言はプレッシャーだねぇ・・・」
相変わらず無駄な行為を繰り返してくる兵士達を壁で押しのけながら走るカヲルの姿は、さながらブルドーザーのようだった。
先程のバルの言葉を思い出し、カヲルはクスッと小さく笑みをこぼした。
信頼には信頼で返さなければならない。
「信じろ」と言ったあの言葉の裏には、「お前を信じている」という意味が込められていたことをカヲルは知っていた。
ならばその信頼に応えてみせよう。
エヴァシリーズを奪取して、すぐさまここから脱出してみせようではないか。
しかしながら、先程見た二人の存在が大きな不安要素としてカヲルの中に転がっていた。
ここに来るまでに抱いていた予感が現実となった光景が、今はピッタリと頭の中に張り付いている。
(あれは・・・使徒だ)
先程頭上からぶつけられたA.T.フィールドが何よりの証拠だった。
世界広しと言えでも、あれを人間の姿でもって展開・具現化が可能な存在は使徒以外に考えられない。
これについてはバルを今の肉体に落ち着けるよりも以前から、カヲルが危惧していた問題だった。
魂の器が存在するというだけで現世に戻ってこられるというのなら、エヴァシリーズに搭載されているダミープラグ、もしくはエヴァシリーズそのものを媒介として、他の使徒も回帰してくる可能性は十分に考えられたことだ。
そのためにエヴァシリーズの奪取に際して、二人で臨んだのだ。
他の誰かの手を借りる事をしなかったのもそのためである。
もしもエヴァとの共生を選んでいた場合――――戦い方次第ではあるが――――たとえ二対一で数的優位に立っていたとしても苦戦は免れない。
人間が戦いに加わるなど論外であった。
「・・・ともかく僕はエヴァを押さえなければ・・・」
狭い場所で戦うのには限界がある。
そう考えたバルは、ひとまずカヲルを蹴り飛ばした通路の方へと体を滑り込ませた。
もしも普通の人間同士であれば、ある程度狭い場所――――一対一で戦う状況を作れる場所――――で戦った方が数的なハンデを小さくできたところだ。
だが、相手が使徒となれば話は別である。
狭ければ狭いほどA.T.フィールドによる圧殺という、単純な攻撃が効力を発するようになる。
多少でも動き回れる空間をとバルが通路に出たそのあとを追うように、階上で派手な音がした。
「無茶しやがる」
苦い顔をして身構えるとほぼ同時に、バルを挟み込むようにして天井が爆音と共に崩壊した。
瓦礫の後に続き、先程見た二人がゆっくりと同じ階に降りてきた。
「この感じは・・・イロウルに・・・・・・マトリエルか?」
似たような体を持ってしまったためか、それとも他に理由があるのか、どうにも個人の気配を判別しづらい。
その代わりというわけでもないのだろうが、バルは二人の姿を見てからというもの奇妙な感覚にとらわれていた。
ベースが同じであるため外見に類似する点が見られるのは当然の事だ。
それはわかっているのだが、何か自分を見ているような、鏡の中の自分が勝手に動き回る出したような奇妙な感覚を覚えたのだった。
「バル・・・ディエルゥゥゥッ!!」
「・・・悲しいなぁ、せっかく同じ体を手に入れて、意思の疎通を図る術を手に入れたってのに・・・それを使う事もできないなんて」
人の姿をしたそれはまるで血に飢えた獰猛な獣のようであった。
赤い瞳に狂気の光を宿らせて、全身を緊張させたままじりじりと距離を詰めてくる。
ほぼ同じ体を手に入れたというのに、これほどの違いが生じてしまうのは何故だろうかと一種虚しさを覚えたが、拳を握りこんで意を決した。
(救ってやるなんて傲慢だな・・・)
全ての使徒が己と同じようになれるわけではない事くらいはわかっている。
ならばバルが出すことができる結論は、たった一つだけしかなかった。
「鎖を断てないというのなら、何度でもお前らを止めてやるさ・・・さぁ、かかってこい!」
両腕を大きく広げ、通路いっぱいに広がった壁を作り出す。
通路いっぱいとなれば当然ながら回避は不能であり、バルを挟み込んでいた二人は直撃を受けて吹き飛んだ。
しかし二人とも何事もなかったかのように瓦礫の中から這い出してくると、同時に襲い掛かってきた。
その俊敏な動きからは、今の一撃によるダメージの色を見る事はできない。
(痛みを感じていないのか?)
(それとも・・・)
必要最小限の動作で右方向からの攻撃を回避し、相手の突き出してきた腕を取って自分の左方向へと投げ飛ばす。
敵二人の体が重なり合いもつれたところへ、投げをうって生じた勢いをそのまま回し蹴りに乗せて叩き込んだ。
一人の頭部を完全に捉えた強烈な一撃だったが、その感触にバルは顔をしかめた。
人間の体にしてはあまりに重たい、まるで鉛の塊を蹴り飛ばしたかのようだったのだ。
しかしどんなに不自然だろうとも、攻撃の手を休めるわけにはいかなかった。
あくまで数的不利に立たされているバルは、チャンスがあれば相手をすぐさま戦闘不能・・・絶命させなければならない。
戦力的に明らかに不利であり、長期戦になれば結局ずるずると後退せざるをえなくなってしまうのは目に見えている。
それはどうしても避けねばならない。
これで決めるぐらいのつもりで、倒れている二人に向かって全力のA.T.フィールドを投げつけた。
(やったか・・・?)
一瞬希望的とも楽観的とも言える期待を抱いたが、それは粉塵を切り裂いた光に否定された。
咄嗟に防御したものの、かなりの速度で後方の壁に体を強打する事になった。
訓練のときとは比べ物にならないほどの衝撃に、人間とほとんど強度的には変わらない体の肉と骨が悲鳴をあげた。
「・・・・・・バルディエル・・・」
瓦礫の中から立ち上がった二人は、壁にめり込んでいるバルに手をかざした。
光はそれまで展開されていた壁ではなく、徐々に収束されていく。
「・・・一つ教えておいてやる・・・俺はバルディエルじゃねぇ・・・・・・バル=ベルフィールド。そういう名前がある」
クスクスと誰に対してかわからない笑みをこぼしながら、バルは壁の中からゆっくりと通路に戻ってきた。
(骨は折れてないか・・・まだ戦えるな)
体の感触を確かめ、再び戦闘態勢をとるバルに向かって、使徒二人分のA.T.フィールドを凝縮した光弾が放たれた・・・かに見えた。
「!?」
光弾は放たれず、突如使徒達の立っていた横の壁をぶち破って白い巨大な手が現れた。
その手は二人を鷲掴みにしていた。
「間に合ったみたいだね」
「カヲルか!!」
使徒二人を掴んだまま、白い腕は引っ込められていく。
バルは大きく開いた穴を通ってその腕を追った。
穴はすぐに開けた場所へと繋がり、蛇のような頭部をもつ量産型のエヴァが二人を掴んだまま立っていた。
もう一方の手には、身の丈と同じかそれ以上はある巨大なブレードが握られている。
恐らネルフで言うくケイジに相当する空間なのだろうが、既に退避したあとらしく整備員のような人間の姿は既に見られなかった。
「見ての通り、エヴァの方は大丈夫だったよ」
「はぁ・・・やれやれ、これで一安心だな」
「まったくだよ。で、この二人はどうしようか?」
エヴァの手の中ではその拘束を逃れようともがいている、二人の使徒の姿がある。
これは人の姿を手に入れた使徒の最大の弱点だ。
A.T.フィールドを中和される至近距離で、圧倒的に力と質量差のあるエヴァに掴まれてしまうと手も足も出なくなってしまう。
皮肉ならが、経験上カヲルはそれをよく知っていた。
もっともあのときは、まるで抵抗してはいなかったのだが。
「・・・あまり気は進まないが、やはり消しておくべきだろう。出来得る限り敵戦力を削るという意味でも」
「そうだよね・・・」
気が進まないのは二人共同じことだった。
同じ人の姿をしてまで争わねばならない事に、怒りとも悲しみともつかない感情が湧きあがってきている。
(これは僕の業だね・・・)
かつての自分の行為が少年にとってどれだけの負担になったのか、今更ながら思い知った気分だった。
だが、だからこそ、この手を緩めるわけにはいかない。
カヲルは胸に渦巻く罪悪感を全て飲み込むと、一度目を伏せて手に力を込めるイメージを始めた。
グッと力を込めた手から肉のつぶれる感触、骨のひしゃげる音が伝わってくるような、そんな錯覚さえ覚えた。
しかし、カヲルはもう目を逸らすまいとして全力を込める前に二人を再び見たとき、一気に青ざめた。
まだ全力ではないとはいえ、骨が折れるくらいはしているはずの二人は、予想に反して苦痛を訴えるどころか笑みすら浮かべてこちらを見ていたのである。
「ま、まさか・・・・・・まずいっ!バ・・・」
次の瞬間に展開される光景を予測したカヲルだったが、言葉を言い切る間も無く、周囲は目も眩む閃光と爆音、そしてすさまじい衝撃で満たされた。
「・・・うっ・・・・・・ううん」
「おぉ、目が覚めたか」
「リョウジ・・・?俺は・・・」
覗き込んできた加持の顔に、バルは少し驚いたような様子を見せた。
対して加持の方は安堵の色を滲ませながら、それまで座っていたパイプ椅子に再び身を落ち着けた。
「担ぎ込まれたんだよ。エヴァを奪いに行ってすたぼろになって帰ってきたんじゃないか」
「・・・・・・あぁ、そうか、あのとき・・・」
徐々に思い出し始めたバルは痛みが走る体を起こして部屋の中を見た。
そしてゲイルとの格闘訓練で、何度もお世話になっている医務室である事がわかった。
「俺は部外者だから詳しい事は聞かされていないんだが、随分と手酷くやられたものだな」
「カヲルは?カヲルはどうした?」
「フィフスの少年なら第三新東京市に向かったよ。使徒が早期警戒網に引っかかってな、4号機で出撃した」
「それは何時の話だ・・・・・・!」
「・・・もう何時間も前の事だ。まだ戦闘が始まったという報告は入ってないよ」
加持の言葉を聞くと、バルは腕に刺さっていた点滴のチューブを無理矢理引き抜いて立ち上がった。
が、苦痛に顔を歪めて加持に肩を貸してもらうことになった。
その状態でもなお歩き出そうとするバルに、加持は珍しく神妙な顔で問い掛ける。
「無理はするな。それにどうやってここから第三新東京市まで行くつもりだ?」
「・・・・・・・・・」
「お前達が奪ってきたエヴァは今改修中だ。こちらはどちらにせよ装甲は入れ替えるつもりだったから、それほど困ったわけではないらしいがな」
「・・・クソッ!」
バルにとって自分の怪我はなんら問題とするところではなかったが、エヴァがなければ第三新東京市まで移動する手段がない。
悔しそうに顔を歪めるバルの背を加持は僅かな激励の意も込めて軽く叩き、再びベットに戻るように促した。
「それから一つ伝言だ。彼はこの使徒を誰が倒すということにかかわらず、向こうに合流するそうだ。こっちは3号機への改修がすみ次第引き払うってことで、整備班以外もかなり慌しく動き回っているよ」
「・・・使徒が現れたっていうのは何処だ?」
「衛生軌道上だ。それがどうした?」
(なるほど・・・確かに最後に残ったのがゼルエルなら、向こうに残るのも頷けるか)
怪訝そうにしている加持をよそに、バルは今己にできる事・・・体を休める事にし、頭の中の整理に集中し始めた。
使徒二体がカヲルの乗るエヴァに握りつぶされるよりも先に自爆した、その衝撃を受けて五体満足で生きている。
強引ではあったが、すぐに起きられるほどの怪我しかしていないことに、つくづく己の悪運の強さを感じた。
A.T.フィールドによってかなり緩和されたとはいえ、それ以前の使徒との戦いでダメージを受けたように、体そのものは大した強度をもっていない。
体のいたる所に包帯を巻かれ、右目も塞がってしまっているが、この程度の傷ですんだのは、むしろ喜ぶべきなのだろう。
(多分あいつらは体を構成するフィールドを強化する事で、肉体そのものの強度を上げていたんだろうな・・・)
「それじゃあ、俺は施博士を呼んでくるよ。お前が目を覚ましたってな」
「ああ・・・」
加持が部屋を出て行ってから、10分ほどすると少し疲れた表情の智春が駆け込んできた。
3号機改修作業に追われていたのだろうことは、バルにもすぐ察する事が出来た。
いつもは真っ白な白衣に所々汚れが目立っていたのは、ネルフで同じような立場にあるリツコと違って、直接的な修理作業にも多く関わっているためだ。
作業する人員の問題もあるのだろうが、居ても立ってもいられないという点で思いはバルとよく似ていた。
「具合はどう?もっともその怪我で具合が良いということもないでしょうけど」
「まぁな。でもそれほど悪いというわけでもない。そっちこそ無理はしてないか?」
「心配は無用よ。このくらいなんてことないわ」
なんでもないというような顔をしながら、智春はベット脇の椅子に腰をかけた。
本人は否定しているが、やはりそこには疲労の色がかなり濃く出ている。
「何か聞きたい事はある?あなたが倒れていた間の情報も欲しいでしょ」
「・・・・・・あのエヴァがあった施設はどうなったんだ?」
「真っ先に聞くってことは、ある程度予想できていると思うけど・・・・・・周囲数qにわたってかなりの被害が出たわ。施設そのものはもう跡形もないくらいになっている」
「そうか・・・・・・何百人かしらないが・・・俺達のせいで余計な被害を出しちまったな」
「それは違う。あなたとカヲル以外、使徒の復活を予想していた人物はいないわ。そしてあんな事態は誰も予測できなかったのよ」
果たして本当に予想できていなかったのだろうか。
確かに、バルもカヲルもその可能性を頭の片隅には置いてはいた。
(だが、ああもあっさりと自爆するとは予想外だった)
ここにきてバルの中で、使徒の存在についてのある大きな疑念が形となった。
発端は3号機がアルミサエルに乗っ取られたときのことだ。
このとき申し合わせたように、ネルフ本部には別の使徒イロウルが襲来していた。
これでは同じ競争相手であるはずの使徒同士が、あたかも協力し合っているように見えてしまったとしても、なんら不思議ではない。
(いや、実際に協力していたとしたら?)
(そうすると使徒の目的はつまり・・・)
自分があの連中と同じような状態だったときの事を、ほとんど覚えていないのは歯がゆい事だった。
「使徒の目的は本来の生き残りじゃなくなったのかもしれない」
「え?何か言った?」
「・・・いや、それより装甲板の換装はあとどれくらいで終わりそうなんだ?リョウジからカヲルの伝言を聞いたが、あいつがネルフに居座るなら、俺達もできるだけ早くここを離れた方がいいだろ」
確かにその通りだ、と頷きながら智春は弱弱しくかぶりを振った。
「何か問題でもあるのか?」
「問題も問題。超至近距離で自爆されたことで、あのエヴァはかなりの損傷を負ったの。でも問題なのは飛翔ユニットのほうよ。ぼろぼろになった上、ここまで無理して飛んできたから、ほとんど使い物にならなくなってしまっているの」
「おいおい、それは本当に洒落にならないぞ。生身ならまだしも、エヴァをA.T.フィールドだけで飛ばすのは俺じゃ無理だ」
「わかってるわ。出来る限り修理してはいるけど、でも日本まで飛べるかどうか・・・・・・かと言って、あれを輸送できる輸送機を手配するのはかなり骨だし・・・」
「だとすると・・・最悪の場合は、先にネルフに行ってるカヲルに頼んでもらうしかないな」
「ゼーレがどう動くかが問題よ。もし他のエヴァシリーズで輸送中を襲われたら対処できないわ」
二人はこの後もあれやこれやと議論を重ねたが、最善はやはりエヴァを直すという結論が出るだけで、あまり実りはなかった。
「体を休めるように」と釘を刺し、智春が作業に戻っていたあと、バルは天井の蛍光灯を見つめながら、今は遠き戦場を思った。
けっして神に祈りはしない。
祈らずに、仲間を信じる。
バルに今出来るのはそれだけだった。
(カヲル・・・頼むぜ、あいつらの事)
後書きのようなもの
新3号機のベースを確保完了、でもちょっとボロ・・・(笑
実はこれも結局前回、前々回同様に、一度半分ほど書いたのを消して書き直してるんですよ。
なんか最近上手くいかないです。
それに最初はこのあたりを二話でまとめるつもりだったので、少し展開が慌しいかも。
カヲルが出ているもんだから書きにくかった・・・っていうのもあるかもしれませんが。
そうそう、蒼き夜というのは智春たちの組織の一応の呼び名です。
で、話は変わり次回は第三新東京市に戻ってアラエル戦。
むぅ・・・本当に終盤といった感じになってまいりました。
相変わらずの主人公っぷり(笑)を発揮していたバルも、次回はさすがに出番無しと。
では、また次回お会いしませう。
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。