シンジは自分の病室を抜け出して、ユイナの体が寝かされている隣の病室にいた。
ベット脇の椅子に座っていたシンジは、意を決したように手を伸ばして、恐る恐るといった様子でユイナの頬に触れた。
(温かい・・・まだ体は生きているのに・・・)
命の温もりは感じられるのに、心は僅かに欠片が残るだけ。
涙が悔しさと共に湧きあがってくると、シンジはそれをこらえるようにグッと歯を食いしばって俯いた。
「シンジ・・・やっぱりここにいたの」
「アスカ・・・」
「あんたの病室にいないから、こっちに来ているだろうって思ったわ」
「・・・・・・だって、僕のせいでユイナはこんなことになったんだ」
「それは何度も聞いた。あんたのせいじゃないでしょ。あれは仕方なかったのよ」
「違う・・・違うんだ・・・」
(なんか、今のシンジって・・・)
アスカが寂しさに似た既視感という妙な感覚にとらわれていると、シンジは静かに立ち上がった。
だがそれでも相変わらず俯いたままであったうえに、窓から差し込んでくる日の光のおかげで表情がはっきりと見て取るこtができない。
「違うんだ、アスカ・・・ユイナはここにいないんだ」
「・・・あんたあの時もそう言ったわよね。あたしは最初ユイナが閉じこもったって意味だと思ったんだけど、違うの?」
「そうじゃないんだ・・・・・・そうじゃないんだよ」
気だるそうな仕草で上げられた右腕と共に、シンジの背に最早見慣れてしまったあの翼が現れた。
アスカは自分の心の中に、二人の力を羨ましいと思っている部分があることを不確かながら自覚していた。
二人は『力がある理由』に疑問を抱いている。
以前のシンジの件もあったことで、まるで二人の苦悩を感じていなかったわけでもないが、それでも自由に飛び回ることのできる翼は憧憬の対象であった。
しかし目の前に立つシンジの顔を見てしまったとき、アスカは自分を殴りつけてやりたいくらいの自己嫌悪に襲われるのだった。
WING OF FORTUNE
第五拾壱話 迷走
それはこれまででも一番強烈な先制攻撃だった。
毎度のことながら、それは待ち構えていたネルフの全ての警戒網を潜り抜けて現れ、直後に放った一撃で第三新東京市に巨大な穴を穿った。
たった一撃、そのたった一撃で地上とジオフロントを隔てている特殊装甲板と大地の五割以上を奪い去ったのである。
使徒がそれを意図していたかどうかなどは関係ない。
だがそれはネルフ側にとって見れば間違いなく奇襲だった。
「みんな、今から迎撃に出たんじゃ間に合わないわ。後手に回っちゃうことになったけど、目標がジオフロントに侵入してきたときから作戦スタートよ、いいわね?」
ミサトの腹立たしさが滲んだ声に、それぞれのエントリープラグに搭乗した三人が頷く。
発令所の慌しさは言うに及ばず、現在出撃可能な零号機、弐号機、4号機の三機をジオフロント内に射出する作業でケイジも引っ切り無しに怒声に近い指示が飛んでいる。
幸い、前回の戦闘でエヴァのみに関してはほぼ無傷であったため、出撃に支障をきたすということはなかったが。
また襲来した使徒・ゼルエルに対する作戦は本来、4号機のポジションに初号機を配置して考えられたものであったため、立案者であるミサトにもそれなりの不安があった。
この戦いが始まるかなり以前、ネルフの幹部のみで極々小規模な作戦会議が開かれた。
そこではまず、ミサトの記憶などを手がかりに使徒の特性を考慮した結果、単純な攻撃力・防御力はどれも今のチルドレンが操縦する既存のエヴァさえも凌駕している可能性が高いという結論に至った。
当然そんな結論を聞くために会議を開いたわけもなく、その後の話し合いの中でミサトらが目をつけたのは使徒の特異な腕?の構造だった。
見た目はまるで布か何かのようなのだが、いとも容易くエヴァの体を切断可能なほどの攻撃力を秘めている腕。
確かに強力なのだが、それはあくまで正面を向いた場合の話である。
どう考えて見ても、真横への攻撃は不可能でないのかもしれないが、かなり無理があるのだ。
その点を考慮したうえで正面から向かい合うのではなく、左右からの挟撃を仕掛けるという方法が提案された。
ただしこれを実行するには問題がないわけでもなかった。
愚鈍そうな外見に―――と言っても全ての者がその姿を思い浮かべられたわけでもないが―――似合わず、使徒の動きはかなり機敏であるということ。
NN兵器の超近接爆破にも耐えられるほどに頑強であるということ。
この二点が大きな問題だった。
これは前者が三機のうち一機が目標を正面でひきつけるという役を担うことで、後者はA.T.フィールド応用兵器の完成をもってほぼ解消された。
そしてこの結果、必然的にフォーメーションは確定することになる。
最大の攻撃力と防御力を誇る初号機が正面でひきつけ、残る二機のユニゾンアタックで挟撃を仕掛けるというものだ。
しかし現実は初号機の戦線離脱という不測(むしろあえて考えなかったとすべきであろう)の事態に、急遽参戦したカヲルの駆る4号機を投入する事になった。
呼吸が合うのか。
僅かな時間とはいえ使徒と、ゼルエルと正面を切って渡り合うことができるのか。
他にも不安の種はいくつもあって、今まさに芽吹こうとしているところである。
それでも他に頼る術がないのは否定できない事実なのだ。
「フィフス・・・いえ、渚君、たいしたことは言えないけれど・・・頑張って」
「まぁ、やれるだけのことはやるつもりだよ。どこまでご期待に添えられるかはわからないけどね」
静かな口調とは裏腹に、そこから発せられる気概というものは恐らくその場の誰よりも強かったに違いない。
ほんの刹那、その視線は画面の隅に映る俯いて動かない少年に向けられた。
(・・・どうあっても負けるわけにはいかないね・・・)
そうしてカヲルが表情を引き締めるのをまっていたかのように、ミサトが凛とした声でエヴァの出撃を命じるのだった。
「・・・僕は・・・」
ミサトやリツコの後ろ、発令所の出入り口のすぐ横の辺りにシンジは立っていた。
彼の隣には車椅子に乗せられたユイナとそれを押すマナがいる。
「ん・・・?今何か言った?」
「・・・・・・・・・」
少し覗き込むようにしてマナがシンジを見るが、首を動かす程度の反応でさえも何一つなされなかった。
まるで人が変わってしまったかのようなその様に、マナは口の中になんとも言えない苦味が広がるのを感じた。
使徒が来る前まではそれでも話し掛ければ多少なりとも反応が返ってきていたのだが、今はそれすらもなくなってしまっている。
何か、深く思いつめるかのように。
「証明すればいい・・・証明すれば・・・・・・」
その呟きは、誰にも聞こえずにシンジの内側の暗いところに降り積もり、凝り固まっていく。
エヴァ三機がそれぞれのポジションにつくのとほぼ同時に、ジオフロントの天蓋の一部が、轟音と共に崩れ落ちた。
そして巻き立つ粉塵の中から、ゆっくりと使徒・ゼルエルがその姿を現した。
「・・・行くよ、レイ、惣流さん」
「しくじるんじゃないわよ!」
「・・・気をつけて」
キュッと手にしたソニックグレイブ改を握りこみ確かめると、4号機は刃を形成しながらゼルエルに向かって走り出した。
すぐさま布のような腕が右、左とタイミングを少しずつずらして襲い掛かってくる。
4号機は姿勢を低くして一撃目を回避し、その低い姿勢のままサイドステップを踏んで二撃目も回避した。
そしてさらに距離を詰める。
「やるわね、彼」
「ええ、バルと鈴原君はどこか荒っぽい感じだったけど、対照的な素直で無駄の無い動きだわ」
「高いレベルのお手本・・・というところかしら」
「正直、予想以上よ。これなら・・・・・・」
体勢を立て直す暇も無く続けざまに追ってくる腕を回避し続ける4号機。
回避を続けるうちに徐々に間合いを計れるようになったためか、必要最小限の動きで攻撃をかわし、僅かであるが距離を詰め始めた。
この時点で傍目から見れば目標を正面にひきつけるという、カヲルの役目は十分に果たされたように思われた。
しかしながら、当のカヲル自身は楽観するどころか逆に怪訝そうに表情を険しくさせるばかりであった。
(まるで僕を相手にしていないって感じだね・・・)
先程からA.T.フィールドを刃の形に固定しながら、カヲルはコアに向かって攻撃を仕掛けるタイミングを窺っている。
実際の攻撃こそ4号機に向けられているのだが、その意思自体は己の左右に展開している二体のエヴァに向けられているとしか思えなかった。
直接相対しているカヲルだけにしか理解できない感覚である。
傍目からは使徒を釘付けにしているようにしか見えない光景であっても、当の本人にとっては全く逆。
これでは作戦としてまったくもって成立していない。
故にカヲルは他の二機が攻撃を仕掛けるよりも少し早く、強攻策とも言える行動に出ようとしていた。
「これでも無視できるものなら、してみるがいいさ!!」
「ちょ、ちょっと渚!タイミングが!」
足元に向かって伸ばされた腕を回避した瞬間、ゼルエルの懐へと飛び込もうとひときわ強く大地を蹴った。
オレンジ色に発色していた刃がさらに色濃く輝きを増す。
直前に展開されたゼルエルのA.T.フィールドを紙切れのように切り裂き、コアへと振り下ろされる。
「なっ・・・・・・!?」
コアに刃が届くかどうかと思われた瞬間、ソニックグレイブ改は刃の部分の根元からスッパリと切り落とされていた。
一撃で倒せるとは思っていなかったカヲルでも、自分の武器が破壊されたということには動揺しないわけがない。
なにより武器を破壊されていたことに気付けなかったというのが、なんとも腹立たしかった。
しかし、その自分自身への悔しさを噛み締める間も無く、ハッと我に返ったカヲルはエヴァの両腕を顔の前でクロスさせながら叫んだ。
彼の紅い瞳が捉えたのはまだ戻ってきていないゼルエルの腕と、自分に続くように飛びかかろうとしている二機のエヴァ。
「2人とも足元だ!!」
「え、あしも・・・きゃああ!!」
ゼルエルの顔らしき部分から放たれた光線に4号機が飲み込まれるのと、地面を這って何時の間にか足元に迫っていた腕に弐号機が捕らえられたのはほぼ同時だった。
地上とジオフロントを隔てる特殊装甲の大半を一気に奪い去った光線を受けた4号機は、その場に止まることもできず、吹き飛んでいった。
4号機はその勢いで地底湖に突っ込んで盛大な水しぶきをあげ、ジオフロント内部にあるはずのない雨が降ったような、そんな光景を作り出す。
一方、足を掴まれた弐号機はそのまま振り回され、零号機に向かって投げつけられた。
二機はもつれ合って倒れはしたが、光線の直撃を受けた4号機に比べればはるかにましな状態であろう。
「くぅぅっ・・・やってくれたわねぇ!」
「アスカ、大丈夫?」
「あたしも弐号機もたいしたこと無いわ。そっちこそ大丈夫?」
「ええ・・・私も問題無しよ。でもフィフスが・・・」
絡まった体をお互いどうにか引き剥がして立ち上がりながら、アスカはチラリと地底湖を見やる。
カヲルのアタックがアスカとレイにとってアクシデントのようなものだったとは言え、タイミングそのものはそれほど悪くなかった。
同時に刃を振り上げたとき、作戦通り、最悪二人のうちどちらかを止められても、もう一方がダメージを与えられると確信した。
なによりも、カヲルの攻撃が完全に決まったように、彼女らには見えたのだ。
(まっずいわね、さっさと引き上げないとどんな状況になってるかわかんないし)
アスカは苦々しく口の中で呟くと、今度は視線を悠然とこちらが立て直すのを待っているかのようなゼルエルに向けた。
(どうあっても、やるっきゃないか)
先にカヲルが手を出していなければ、湖に沈んだのは自分たちかもしれない。
そう思うと、さらに緊張感が高まり、それに応じて感覚が研ぎ澄まされていく。
「レイ、あんたは渚を引っ張り上げて回収口に運んで。少しくらいだったらあたしだけでも、何とかしてみせるわ」
「・・・・・・わかったわ。すぐに戻るから、無茶はしないで」
地底湖に向かって走り出す零号機。
ちょうどゼルエルに背を向ける形になるものの、レイは一切振り向く様子が無い。
その背中に向けてゼルエルの腕が迫るが、弐号機の持つ刃がさも当然とばかりに切り落とした。
「無茶かぁ・・・けど無茶をしなきゃこいつを倒す事なんてできないのよねぇ」
自らの緊張を解きほぐすためか、軽めの口調でそう言うと、アスカはグッとレバーを握る手に力をこめる。
一時的にだが、一対一となった弐号機とゼルエルの戦いは、すぐに弐号機が防戦一方という状態に陥った。
動きそのものは、アスカとカヲルという操縦者の間にそれほど大きな技術差はない。
しかしカヲルのときに比べると、ゼルエルの攻撃は精度が高く的確になっていた。
そのため、アスカは常にかわし続けるだけになってしまったのだった。
「なにあれ!?さっきまでとはまるで動きが違うじゃない!」
発令所のミサトも弐号機の左肩に装着されたウェポンラックが切断される光景を目の当たりにして、思わず声をあげる。
「アスカだけじゃ荷が重い、4号機の回収はまだ!?」
「零号機が回収口へ搬送中です」
「状態は?フィフスは無事?」
「パイロットの心音は確認していますが、4号機は右腕欠損の上、各部装甲の六割が溶解しています」
とりあえずパイロットの命は失われていないとのことで、ミサトは小さく安堵の息を漏らす。
だがそれもすぐに険しい表情にかき消されてしまった。
正面のモニターに大写しになった弐号機のソニックグレイブ改が、4号機のそれと同じように切断されてしまったのである。
すぐに武器を放棄して回避行動に移ったからよかったものの、攻め手を失ってしまってはなおさら攻められるだけになってしまう。
アスカはプログナイフに装備を変更して、巧みに攻撃をかいくぐってはいたが、それほど長くもたないことは誰の目にも明らかだった。
「くぅっ―――!」
急な制動の繰り返しで、キュッと真一文字に結んだ口から呻き声が漏れる。
いかに訓練を受けたチルドレンでも子供であるということには変わらず、大人に比べれば体力的にそれほど優れているわけでもない。
緊張状態が続く戦いでは、さらにその消耗は激しくなる。
現に一旦距離をとったアスカは、大きく肩で息をするほどに体力を失っていた。
「ったく、使徒一体が相手だっていうのに、エヴァシリーズを相手にしたときよりもきついわ。そろそろやばいかも・・・」
憎々しげに呟くが、滲んでいる疲労感は隠しようもない。
そのアスカは、回収口からこちらに向かってくる零号機と、もう一つ大きな影を捉えて動きを止めた。
「うそ・・・・・・どうして初号機が・・・?」
まるで大地から生まれ出でたかのごとく、光り輝く翼をゆっくりとたたむ初号機がそこに存在している。
翼の放つ光がだんだんと消えていくのを見やりながら、アスカは何故だか妙な胸騒ぎを覚えた。
その事実に気がつくきっかけを与えたのは、意外にもそれまで何も反応を示さなかったユイナだった。
「あ・・・あぅ・・・・・うう・・・」
誰もがその注意をジオフロント内で繰り広げられている戦いに奪われていてしまっていた中で、ユイナだけがそれを見ていた。
このユイナの異変に気がついたのは、彼女の乗る車椅子を押していたマナであった。
「どうしたの?何が言いたいの?」
赤ん坊のそれのようにはっきりとしない言葉を聞き取ろうと、ユイナの正面に回ろうとしたとき、ようやくほんの少し前と違う点を理解した。
隣にいたはずのシンジの姿が発令所を見渡しても、何処にも見られないのだ。
リツコは回収した4号機具合を見るためにケイジに下り、ミサトはモニターに集中しているため、まだ困惑した様子のマナに気付くものはいない。
と、その視線を感じたのか、プラグスーツ姿でモニターを睨んでいたトウジが振り返り、すぐに事情を察して駆け寄ってきた。
「鈴原君っ、シンジが・・・シンジがいないの。ちょっと目を離してた間にいなくなっちゃって・・・ごめんなさい、私・・・」
「霧島のせいやないで、わしかてモニター見とって、全然気付かへんかった。チィッ、多分ケイジやな・・・」
「なんでだろ・・・今のシンジってなんか、上手く言えないけど・・・危ない気がするの」
「同感や。今のあいつはエヴァに乗せたらあかん。理屈やなくて、そんな気がする。ユイナの事、頼むで。わしはあいつを追う。間に合うかどうかわからへんけどな」
「う、うん。気をつけて」
凛とした表情で一つ頷くと、トウジはケイジに向かうため、発令所を飛び出していった。
「あう・・・ああぁ・・・」
やがてさらに慌しくなる発令所の中でも、車椅子の上のユイナは何かを求めるように虚空に手を伸ばし続けていた。
全力疾走。
よっぽど慌てたのかトウジがケイジに入ったところで、ようやくシンジに追いついて腕を掴んだときにはかなり息があがっていた。
だが、シンジが首だけゆっくりと振り返って視線が交わった瞬間、その乱れていた呼吸がピタリと止まった。
代わりに背筋に強烈な寒気を覚え、思わず掴んでいた手を離してしまう。
「証明するんだ・・・僕と初号機だけで勝てるってことを・・・力なんかなくなって勝てるって・・・」
能面のような顔つきと静かな迫力に満ちた声色に気圧されて、トウジは半歩後退りした。
その間にシンジは初号機へと向かって歩いていく。
(あいつの顔・・・まるであん時と同じやないか)
「待てや、シンジ!!」
グッと拳を握り締めて腹をくくり直すと、トウジは再びシンジを引きとめようと前に回りこむ。
その背後には回収されてきた4号機の状態をチェックを始めようとしているリツコたちの姿があった。
「鈴原君?それにシンジ君も・・・?」
どうしてここに?リツコの表情には、まさにそんな言葉が浮き上がっている。
しかし、疑問に応える余裕はトウジに無かった。
明らかに平静の状態と異なるシンジから、一秒たりとも目を離すわけにはいかなかったのだ。
最終手段として微弱ながらA.T.フィールドを使用する、その覚悟さえもしていた。
「どいてよ、トウジ・・・僕行かなきゃ」
「それはでけへんなぁ、今のお前をエヴァに乗せるわけにはいかん」
「そう・・・だったら退かすしかないね」
「退かす?おまえ・・・!!」
言葉を最後まで言い切る前に、目の前にオレンジ色の光が迫っていた。
咄嗟に身構えて壁を作ったトウジは衝撃が去ったあと、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
目の前にあったのは、黒に近い紺色のプラグスーツの背中。
「大丈夫かい?鈴原君」
「ああ、・・・けど、渚・・・お前怪我したんやろ?あんま無茶するな」
「・・・僕のことはいい、それよりシンジ君は?」
トウジが声に押されるように急いで体を捻り、鎮座しているエヴァ初号機を見やると、既にシンジはエントリープラグに飛び込むところだった。
「あかん、エヴァに乗ってもうた!!」
「乗ってしまったのか・・・いや、まだ間に合うはずだ・・・」
4号機が失った右腕を押さえているあたり、まだ痛みが残っているのだろう。
それでも救護班の人間を押しのけて再び4号機に乗ろうとするカヲルは、顔を少ししかめるだけで決して苦痛を訴えることはしていない。
突然現れた五番目の適格者にして最後の使徒である渚カヲルを、他の面々同様に信用しきっていなかった部分があったトウジも、これには敬意の念を抱かずにはいられなかった。
カヲルもカヲルなりの戦いをしているのだ。
これに応えるその方法は、トウジの中には一つしかなかった。
「・・・あのエヴァ、わしにも動かせるか?」
カヲルに肩を貸しながら、囁くように、だが決意の強さが感じられる声で問う。
僅かに驚いた顔をしてみせたカヲルだったが、やがて納得顔で首を縦に振った。
「君なら問題ないはずだ。きっと動かせる」
「よしっ、リツコさん、早うここから離れてください!」
「で、でも・・・4号機は片腕が無いのよ?それに初号機だってシンジ君が乗ったからって、射出しなければ・・・」
言葉は轟音によって掻き消された。
初号機が無理矢理拘束具を引きちぎるという行為によって発せられた音だ。
普段のシンジならば考えられないくらい強引な行動に、リツコは唖然となってその光景を見上げるばかりで、頭上から飛び散った破片が降り注いでくるのにも身動き一つ取れなかった。
どうにかそれがおさまったあと、ようやく自分の置かれている状況に気付いてペタンとその場に尻餅を着いた。
「大丈夫でっか?怪我、無いですか?」
「え、ええ・・・ありが・・とう、何とも無いわ」
辛そうな顔で無理に笑ったトウジは、リツコの無事を確認すると射出口に向かおうとしている初号機を睨みつけた。
二人の周囲には彼らを避けるようにして、一つ数十kgから数百kgはあろうかという破片が、壁を作るかのごとく積みあがっている。
修理のために集まっていたスタッフは、4号機の腕がカバーしていたようだったが、何人かは負傷しているようだった。
「無茶しよって・・・!あいつ、まるで周りが見えとらんやないか」
「鈴原君、乗って。僕らも追うよ」
トウジは大きく頷いて差し出された4号機の掌に飛び乗り、リツコらに退避するように促しながら、エントリープラグへと向かう。
その間にも初号機は射出しろと言わんばかりに、射出台に立って威嚇するような低い唸り声をあげていた。
既に初号機が普通の状態にはないことは、改めて確認する必要もない。
そこへゆっくりと歩を進めて距離を詰めていく隻腕の4号機。
味方同士であるにもかかわらず、両者の間を埋めている空気は緊迫し、酷く刺々しい。
「邪魔しないでよ・・・」
「それはでけへん言うたやろ。今のまんまのお前を出すわけにはいかん」
「どうしてだよ?今はアスカと綾波が戦ってるんだろう?助けに行っちゃいけないの?」
「・・・ホンマに助けに行くんやったら止めへん。せやけど、今のお前のやろうとしとることはちゃうやろ?」
「・・・・・・・・・」
「さっき言うたな、使徒を倒して証明するやったか?目え覚ませや、よぉ周りを見てみぃ」
「・・・でもユイナがいない・・・」
「シンジ!」
「これしかないんだよ!僕にできるのはこれしかないんだ!!」
叫びと共に光る翼が広がり、トウジの声を振り切るように飛び上がり、その先にある幾枚もの隔壁を苦とすることもなく、全て勢いのままぶち壊していく。
「まてぇ、シンジっ!!」
「鈴原君、4号機の翼はここでは狭すぎて羽ばたけない。それより射出してもらった方が早いよ」
(お前ひとりで戦ってどうするんや・・・なんでひとりで戦おうとする・・・それはちゃうやろ、シンジっ)
初号機の強引な突破の影響で、射出を待つ時間が長くなり、その分どうしようもないもどかしさがつのっていく。
エントリープラグの中、厳しい顔つきで作業を待つ二人は、ふと・・・遠くで獣の咆哮を聞いた気がした。
後書きのようなもの
お久しぶりです・・・って、どのくらい間があいたのかな?
下手すりゃ一ヶ月近くあいているような・・・(汗
ま、まぁ、それは置いといて。
予告どおりバトルシーンが長くなり、久しぶりにフォースチルドレン・トウジが参戦。
トウジとカヲルというコンビは、書いた後に思いましたが、かなり異色ですよね・・・?
普段は噛み合いそうにない気がしないでもないです。
さて、今回はこんな感じでしたが、次回もバトルバトルで忙しい展開になると思います。
この話におけるゼルエルさんは、ほとんど噛ませ犬みたいなもんになりそうです(^^;
どんなに強かろうと、たどる運命はそう大きく変わらないというか・・・
そんなこんなで、よろしかったら次回もお付き合いください。
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。