瞼を持ち上げるとそこには何度も目にした光景が広がっていた。

 

「また・・・この天井か・・・・・・」

「そうね、アタシも随分見慣れちゃったわ」

 

頭の上から聞こえてきた声にハッとなって首を横に倒すと、声の主であるユイナが椅子に座って微笑んでいた。

言いたいことが言葉にならない。

二人はしばらくの間、ただ黙って見つめ合い続けた。

 

「お帰りなさい、シンジ」

「お帰り・・・ユイナ」

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第五拾参話 帰るべき場所

 

 

 

 

 

 

跪いて静止していた初号機は、一旦立ち上がると自分の胸部に手をかけた。

継ぎ目に指を引っ掛けて次々とその体を覆っている特殊装甲を引き剥がしていく。

完全に素体部分が露出した胸部には、使徒と同じ赤黒い球体―――コアが顔を出した。

そうして再び膝をつくと、ユイナの前に手を差し伸べる。

おぼつかない足取りでユイナがその上に乗ったことを確認した初号機は、手を今露出させたコアの前へと運んだ。

 

「ありが・・・とう・・・・・・」

 

消え入ってしまいそうな呟きが聞こえたのか、初号機は短い唸り声を上げた。

そっとかすかに微笑んだかのように見えたユイナは、コアに向かって手を伸ばす。

手は硬質の物質であるはずのコアの中にゆっくり沈んでいった。

皆が皆、その行為を固唾を飲んで見守っていた。

ユイナ自身がコアの中に沈んでいってしまうのではないかと思われるところまで行くと、そこで変化が起きた。

焦点が合わず虚ろであった瞳に、元の意思の光が戻ってきたのである。

次の瞬間にはその瞳には涙があふれていた。

閉ざすことを忘れたかのように見開かれた瞳からは、頬を大粒の涙が後から後から零れ落ちていく。

 

「痛いね・・・こんな思いをさせたのはアタシのせいなのよね・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」

 

伝わってくるのは雲に隠れた星の輝きを、どうにか見つけ出そうとあがいた少年の心。

風が雲を散らすこともあるというのに。

たとえ雲に隠れようとも、輝きは変わらず其処にあるといのに。

愚かなほど不器用にあがいた心にあるのは、自らを切り刻むばかりの自責の念ばかりだった。

それに触れたユイナは同じ自責の念と後悔を抱き、そしてほんのりと胸が温かくなるような嬉しさを感じていた。

 

「・・・シンジ・・・もうアタシ大丈夫だからさ・・・大丈夫だから・・・あなたももう泣かないで・・・ね?」

 

指先に別の感触を覚えたユイナはさらに一歩踏み込んでいく。

額がコアの中に接触するが、一切臆する様子も見せずに上半身全てをコアの中に埋めてしまう。

そしてしっかりと指先に感じたものをその手に掴むと、ゆっくりと身を引いていった。

 

「「「「あ・・・・・・」」」」

 

引き抜かれた腕の中には、穏やかな表情をした黒髪の少年が抱かれていた。

少年をいとおしそうに抱きしめるその姿。

そしてその二人を包み込むように広がった大きな光の翼。

神々しささえも感じられたその光景に、しばし時を忘れて人々は動くことを忘れてしまったかのように見入った。 

 

「温かい・・・生きているよ・・・ね、シンジ・・・」

 

ネルフ職員が我に返って、盛大な歓声にあげることになったのは、実にこの数分後のことであった。

 


 

ネルフ本部のあるジオフロントのさらにその深層部、セントラルドグマの闇の中に断続的に響く足音があった。

何故か学生ズボンにYシャツという姿をしている足音の主は、この場の静けさと重々しい空気の中にあっては不自然極まりない存在である。

なおかつ足音に混じって聞こえてくる鼻歌が、彼の存在の不自然さを際立たせるのに一役買っていた。

最早言わずもがな、渚カヲルその人である。

 

「ンン〜〜ン〜〜〜♪」

 

上機嫌なのは先程シンジが意識を取り戻したとの報を受けたためであろう。

ただそんな理由があったとしても、足取りも軽く闇の中を弾むように進む彼の姿は、やはり第三者の目から見れば異様なことには変わりはない。

その彼の足は某作戦本部長のように迷うことはなく、目的地に向かっていた。

そして、広大な空間に出る。

天井と呼ぶよりも、最早ジオフロントの表層と同じく天蓋と称するに相応しい、高さのある空間。

そこには仄かな光を放つオレンジ色の液体が満たされ、十字架に架けられた白い巨人の姿が目に入る。

巨人を見上げたカヲルはピタリと鼻歌を歌うのを止めて、悲しげな表情を見せた。

 

「リリス・・・君にはまだここに居てもらうよ。まだ、戦いは終わっていないからね」

 

呟きに答えるものは無く、そしてカヲル自身も答えを求めていたわけでもなかった。

音が完全に辺りの闇と言う空間に吸い込まれ静寂が帰ってくるのを確認したカヲルは、満たされた液体の上に足を踏み出した。

足は液面に着く寸前、そこに見えない床があるかのように何かを踏みしめた。

カヲルはその先も平然と歩き続けた。

やがて、より一層の厳重なセキュリティと封印が施されたドアが彼の前に姿をあらわした。

しかしそのドアも来訪者をただの一秒たりともとどめる事も無く、あっさりと迎え入れてしまった。 

ドアが軽く空気が抜けるような音と共に開くと、足元には肌を刺すような冷気が立ち込めた。

白く煙る冷気の中、幾重もの隔壁を超えた向こうにそれはあった。

硬化ベークライトによって固められ、そのうえ冷凍保存・・・というよりも拘束か。

形成途中の体に、不恰好なほど大きな目玉。

仮死状態であるはずなのだが、カヲルはそれにじっと見つめられているような感覚に陥った。

 

「・・・何を見ているんだい、アダム・・・」

 


 

シンジが意識を取り戻したのは戦闘が終了してから丸一日経過してからだった。

意識を取り戻す前に行われた検査の結果、体の異常はないということで、シンジは目覚めてすぐに退院することを許可された。

たまたま自分の検査のあとにその場面に出会ったユイナは、連絡を入れて二人で帰宅をすることにした。

 

「で、今夜の夕食は何を作るの?なんとなく、材料を見れば想像できるけど」

 

ネルフの食堂から分けてもらった食材を放り込んだ袋を両手にぶら下げて、のんびりと帰り道を行く二人。

第三新東京市内から一般人がいなくなってしまっているので、当然どの店も開いてなどいない。

そのため食材やら日常生活の消耗品やらは、基本的にネルフが仕入れているものを分けてもらうという生活形態が成立していた。

 

「ならそのユイナの予想は?」

「んーーーそうね、今日も相変わらず暑いし、さっぱりと冷麺なんてどうかしら?」 

「ハハッ、正解。さすがに麺を貰ってきてたら分かるかな?」

 

先ほど二人が家に連絡を入れたところ、電話に出たのはマナだった。

アスカたちは疲労のためゴロゴロとしているとのことで、それを聞いたシンジは今回また皆に心配をかけたということもあり、まずは食事を作ることを約束したのだった。

そして食堂へ寄って食材を補給し、あとは帰宅するだけというところだ。

疲れていてまともに動けないからこそ、シンジが目を覚ましたと言っても病室に押しかけたりすることが無かったのである。

元気なのはマナだけであったのだが、その彼女も疲れている友人らを相手にしていると同じように疲れてしまったようで、電話口の声もあまり力が無かった。

 

「ねぇシンジ・・・」

「ん?」

 

あと数分でコンフォート17に到着するというところで、ユイナはポンと跳ねるように大きく踏み出してシンジの前に出た。

荷物が重いのか、振り返ろうとしたときに少しよろける。

完全にシンジと向き合うように振り返ったユイナは、照れが混じった呆けたような柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

「アタシさ、ようやく分かった気がするんだ。自分がここにいるってことが」

「ここにいること・・・か」

「ここにいていいかどうかっていうのはさ、そんなのは自分がまず声をあげなきゃ始まらない。ここにいたければ、自分がここにいるんだって声をあげなきゃいけないのよ」

「それを始めとして、他人の存在を認め、他人に存在を認めてもらう・・・だね」

「うん。アタシたちは力を持ってる。でも一人で手の届く範囲なんてたかが知れてるわ。だから助けてもらわなきゃいけないのよ。アタシもシンジも・・・みんなそう・・・・・・」

 

向かい合う二人の背中にそれぞれ、片方ずつの翼が広がる。

力の存在意義は一体なんなのかという、その答えはまだ出ていない。

これから先にも答えが出るかどうかもわからない。

だが、わかったことがあった。

自分達は歩くことが出来るのだということ。

自分の意思で。

 

「実際・・・迷惑かけてばっかりだもんね、アタシたち」

「そうだね。本当に・・・」

 

視線を合わせた二人は屈託無く笑った。

今まで悩んでいたことを全て吹き飛ばしてしまえと言わんばかりに、心の底から。

二人の感情に呼応するように翼は一層輝きを増し、そこから零れ落ちた光の粒子が周囲を取り囲むように尾を引いて舞う。

ユイナが手を差し伸べると、光はその掌の上に集まっていった。

 

「綺麗・・・フフッ、変なの。今までずっと自分の背にあったのに、そんな風に思ったの初めてだわ」

「少しは余裕が出来たってことかな?」

「だといいんだけど」

 

首を軽く傾けているシンジに今度はいつものように悪戯っぽく笑い、キュッと手を握りこんでその光を散らす。

それを合図に翼も空気に溶けるようにして消えていった。

 

「さーて、お腹を空かせた皆様がお待ちなことですし、帰りましょうか」

「そうだね・・・・・・って、あれ?」

「どうしかしたの?」

 

上半身を捻り、ユイナが進行方向へ向き直ると、シンジが何を見て首を傾げたのかすぐにわかった。

2、30mほど先に行ったところに、銀髪の少年が微笑みながら手を振っていたのである。

お互いに何故?という顔を見合わせるが、首をかしげる角度がきつくなるばかりで理由が思いつかない。

もっとも、まったくもって偶然であると言う可能性も否定できないが、会おうという意志が働かない限り、その可能性は限りなく低い。

その辺りを踏まえると、少なくとも何かしらの用件があるのだろうということは予想できた。

しかしながら二人は、この銀髪の少年・渚カヲルとはきちんとした面識がない。

どう声をかけたものかと思案しているうちに、カヲルの方から二人に歩み寄ってきていた。

 

「やぁ、意識を取り戻したと聞いてね。何も障害も無さそうで、何よりだよ」

「・・・えっと、渚君だったよね?」

「カヲルでいいよ、シンジ君」

「じゃあ、カヲル君・・・一応初めましてかな。助けてもらったのにまともにお礼や挨拶もしてなかったね」

「ハハッ、気にすることは無いさ。僕が勝手にやったことだよ」

「そうはいかないよ、本当にありがとう。君の、みんなのおかげで僕らはこうして今ここに居ることができるんだから」

 

深々と、同年代の友人にするには仰々し過ぎると思われるくらいにシンジは頭を下げた。

対してカヲルは、どういたしましてと軽く頷くようにしてお辞儀を返す。

その表情が僅かに苦痛の色が滲んでいるように見えたが、次の瞬間には別の色に覆い隠されてしまっていた。

何を苦しんでいるのだろう。

カヲルの変化を目撃していたユイナは、眉間にしわを寄せて怪訝そうな視線を彼に向ける。

使徒であるためだろうか、心の中どころか表層さえも上手く感情を読み取ることができない。

視線が合うと、意味深な―――だがもしかしたら何も意味が無いのかもしれない―――笑みに全ては有耶無耶にされてしまった。 

 

「で、タブ・・・じゃなくて、渚君。まさか本当にシンジの様子を見に来たと言うだけじゃないんでしょう?」

「まぁ・・・ね。君達は家に帰るところなんだろう?だったら歩きながら話そうか」

 

言うが早いか、カヲルは二人の手から一つずつ荷物を取り、ゆったりとしたペースで歩き始めた。

 

「帰るべき場所がある・・・それはすばらしいことだ」

「「え?」」

「どんなに傷ついても、疲れ果てても、帰るべき場所があるというだけで心は安堵を得ることができる」

「それはそうかもしれないけど、いったい何が言いたいわけ?」

「そうだねぇ・・・まあ今のは蝙蝠の戯言だと思ってくれていいよ」

 

二三歩ほど前を歩くカヲルの顔は見えない。

しかし、声の調子から冗談めかしてはいたが、それが自嘲である事はわかった。

 

「さて、本題に入ろうかな・・・ちょっと思うところがあってね、実はこれから僕は第三新東京市を離れるつもりなんだ。だから君達のところにはその挨拶に来たというわけさ」

「え・・・離れるってカヲル君・・・どこへ行くのさ?」

「君達はあの場にいなかったから知らないかもしれないけれど、バルが本当ならもうこの街に来ていていいはずなんだよ。でも彼は未だに現れない。それどころか、連絡もつかないんだ。彼もエヴァに乗っているはずだから、めったなことは無いとは思うのだけど、それでも万が一ということがある」

「バルが・・?」

「それでこっちから会いに行く・・・ということ?こっちから連絡はとれないの?」

「連絡しても応答が無いから、直接出向くのさ。ただこの行動は、できるだけ僕の独断による単独行動ということにしておきたいんだよ。幸い4号機は自己再生能力に富んでいたから、もう腕はくっついたし、装甲も他のエヴァのものを取り付けてもらって、ほぼ修理は完了しているからね」

「でもだったら、僕らが初号機で行ったほうが早いよ。もしよかったらカヲル君も初号機に乗ればいいし・・・」

 

多少A.T.フィールドでフォローしているが、基本的には翼で飛翔する4号機と違い、初号機は全く別の―――リツコに言わせれば非常識―――な方法で空を飛ぶことができる。

そして初号機のほうが遥かに高速高機動である。

搭乗者である二人の精神力に問題が無いことも無いが、ただ翼で飛ぶよりも時間を短縮できることにはまず間違いない。

 

「いや・・・あくまで僕の個人行動ということにしたほうがいい。そうしないとネルフが弱味を見せることになってしまう。そして僕の協力者も、ネルフの弱点になることは望まないだろう」

「なら何故アタシたちにその話をするの?」

「もし僕が戻らなかったときのことを、ちょっと話しておこうと思ってね。それには君達が適任なんだよ」

「そんな・・・戻らなかったらなんて、縁起でもないこと言わないでよ」

「ん・・・そうだね、そのとおりだ」

 

おどけた声をあげるカヲル。

スッと息を一つ大きく吸うと立ち止まり、しばらく言葉を選ぶように口を噤んだ。

シンジとユイナはカヲルの背中からほんの少し立ち上った決意の色に、この後告げられる内容の重要性を知り戦闘に及ぶ直前のように心を構えた。

 

「これはまだここだけの話しだよ。これから僕達が戦うであろう敵はエヴァシリーズだ。これは問題ないのだけど、そのパイロットが厄介なんだよ」

「パイロットって・・・ダニミープラグを使うんじゃないの?」

「・・・・・・パイロットは十中八九、人と同じ姿をした使徒だ」

 

二人が息を飲むのを気配で感じながら、カヲルは続ける。

 

「君達はダミープラグがどういうものか知っているよね?そう、エヴァにパイロットがそこにいると思い込ませるシステムだ。僕は多くの協力者の力を得て、そのダミープラグに使用されていた僕の複製体を使用してバルの体を作ったんだよ。これがどういうことかわかるかい?」

「・・・空いている体があれば、使徒は戻ってくることができる・・・」

「そのとおり、正解だ」

 

目の前が暗くなる感覚と、頭から血の気が引く感覚が同時に襲ってきた。

その場に立っていることも辛いほどの眩暈を感じて、お互いどうにか支えあうようにして座り込むことは避けた。

だが一向に体に力が戻ってくるような様子が無い。

 

「彼らの相手は、できることなら僕とバルだけでどうにかしたい。僕ら二人で彼らを全て止めてやりたい」

「僕らだって・・・戦えるよ」

 

確かにそう思っているはずなのに声が震えた。

それが意味するところを、シンジも悟っていたから。

 

「なら君は殺すことができるかい?今までの使徒と同じように、人の姿をした使徒を」

 

振り返りながら言い放たれた辛辣な言葉に言い返すこともできずに、シンジは迷いや悔しさが入り混じった表情で歯を食いしばり俯いた。

殺すことができるか?

それは酷く端的で、そして重たい問いだった。

今までは人の姿ではないから倒せた。

言い訳がましいかもしれないが、それが事実だ。

もし最初からカヲルのような姿で現れていたら、恐らく戦うことなどできなかっただろう。

 

「タブリスッ!!」

 

シンジを支えていたユイナは声を張り上げると、咎めるような鋭い視線でカヲルの背を睨みつけた。

 

「シンジがいくら色々経験して強くなってきと言っても、まだ十四歳なのよ!そんな・・・そんなこと言わなくてもじゃない!」

「・・・ゴメン、確かに言い方が意地悪だった。でもね、知っておいてもらいたかったんだ。彼らのうちの誰かが生身でこの街に現れる可能性も少なくない。そのとき、もし僕らが戻ってきていなかった場合―――わかるかい?君達二人でしか、恐らく彼らに対抗することはできないんだ。レイも戦えないことはないだろうけど、彼女がA.T.フィールドを多用するようなことはできるだけ避けたい。惣流さんや鈴原君では残念だけど論外だよ」

 

静かに目を伏せ、ゆっくり吐き出すように言う。

そこに初めて苦悩の色をはっきりとわかる形で表したカヲルがいた。

先程有耶無耶にされたものとよく似たものが、そこにはあった。

カヲルもまた普段崩さぬ微笑の裏では、他の人々と同じように様々な煩悶を抱えていたのだと思い知らされた。

(そうよね・・・使徒同士で争って・・・辛くないわけないものね・・・)

 

「ごめんなさい・・・わかったふうに偉そうなこと言って」

「いや、君の言い分ももっともだ。僕だってこんな十字架、誰にも背負わせたくはないよ」

「それでも誰かが背負わなければならないから、カヲル君はそれを自分が背負おうとしている・・・自分勝手だよ、それって」

「うん、わかってる。君達ならそう言うと思った」

 

そう言うとカヲルはいつもの微笑とは違う、外見の年齢に見合ったはにかむような笑顔を浮べた。

二人はなんとも言えない温かさが、心に染み込むのを感じた。

目の前の少年が信頼に値すると、確証は無いが、そう思うことが出来た。

 

「ここにディスクがある。もし二日経って僕もバルもネルフに戻らずにいたら、君達二人で見て欲しい。僕が知りうる限りでこの世界のことを記してあるから、これから先の行動のヒントになるかもしれない」

「カヲル君は知っているんだね。この世界のこと、たくさんの僕の戦いのこと、そしてその結果を」

「まぁ・・・君達よりは多少詳しいのは確かだよ」

 

黒い瞳と紅い瞳の視線が交錯する。

しばらくするとカヲルは一つ頷き、くるりと背を向けてコンフォート17に向かい歩き出した。

その後を追いながら、シンジは受け取ったディスクに視線を落とした。

貼られているラベルに書き込まれた文字が目にとまり、小さく苦笑を噛み締めたような表情を浮かべた。

そこには彼の容姿と性格を表した細く薄い筆跡で、“二人三脚の天使達へ”と書かれていた。

 

「ところで、どうしてアタシたちが適任なの?」

「僕には聞こえないからさ、声がね」

「声?」

「そう・・・声さ」

 

これ以上聞いても明確な答えは返ってこないだろう。

カヲルの態度はあからさまにそれを感じさせた。

そのためユイナは次に投げ掛けようとしていた問いを飲み込み、別の言葉を発した。

 

「あなたの考えはわかったわ。ただ・・・一つだけ約束して」

「なんだい?今の僕が出来ることは限られているけど、それでよければ聞くよ」

「簡単なこと、必ず帰ってきて。今のアタシたちにとってこの街が居場所であるように、ここはあなたやバルにとっても帰るべき場所なんだと思う・・・きっと」

「ここが僕のホーム・・・?・・・・・・僕にも帰るべき場所があっていいのかい?」

 

どこか虚ろな、自問のような問い。

それに対して、シンジとユイナは精一杯の微笑で肯定して見せるのだった。

 


 

食事を終えてしばらくした頃の事。

テレビを見たり本を読んだりと、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた子供らは、耳に届いたその音に一斉にベランダに出て街を見やった。

静寂ばかりが辺りに転がっている第三新東京市では、その音は耳を澄まさずともはっきりと聞き取ることができた。

市内のいたる所に用意されたエヴァ専用の射出口。

その稼動音である。

皆顔を見合わせてその場にいない人物の顔を、そしてエヴァを動かすことのできる残り唯一の人物の顔を思い浮かべた。

困惑するアスカ達の一歩後ろで、シンジとユイナは神妙な顔をしてそれが飛び上がる様を見つめていた。

 

「やっぱり・・・!」

「4号機、渚か!」

 

レールを登ってきた4号機は、ストッパーがかけられずにその勢いのまま宙に放り出された。

落下を開始する直前に背中の翼を広げ、その銀色のボディに沈みかけた夕日を浴びながら、第三新東京市の上空をゆっくりと旋回した。

コンフォート17の上空を通過すると、それが別れの挨拶だったのか、そのまま北西の方向へと飛び去っていく。

呆然とそれを見送った直後、皆は携帯が着信を知らせて鳴り響いたのに我に返る。

それがネルフからの召集であることなど、出るまでも無く予想がついた。

くつろいでいた時間から一転して慌しくなり、特にアスカなどは大声で毒づきながら支度を整え、次々部屋を飛び出していく。

皆より少し遅れて家を出たシンジとユイナは、4号機が飛び去った空を見やりながら走っていった。

無事帰って来てくれと願って。 

 


後書きのようなもの。

 

穏やかな感じになったのだろうか・・・・・・ちょっと疑問。

ともあれ、今回は何度目かのネタフリ的な回でした。

ただこれから展開していくためのネタフリというよりも、むしろ収束させていくためのものではありますが。

さて、広げたままにならぬように頑張らないと。

これから矛盾が生じるかもしれませんが、多少は目をつぶってください(^^;

ではまた次回。

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

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