「初めまして・・・だね、マレビトたち」

 

闇の中から現れた人物は、暗色の布を頭からすっぽりと被り、見るからに怪しげな姿をしていた。

姿が全て溶けてしまい、口元だけがそこに浮かんでいるようにも見えた。

近づいてくる人影が刻む靴音がいやに鮮明に聞こえてきて、その音が大きくなる度に空気はその質を変えていく。

足音が止む。

息を呑む。

 

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第五拾六話 White Shadow

 

 

 

 

 

 

「そんなに身構えないで欲しい。僕は戦うつもりはないんだ」

 

二人が片足を軽く引いて身構え、翼を発現させたのを見ると、その影は最初と全く調子を変えることなくそう言った。

声のトーンから推察するに少なくとも男性であると判断できたが、布は完全に体を覆い尽くし、その下に隠れたラインを見て取る事は出来ない。

身長は180cm近いだろうか?―――しかし、それも足元が確認できない事から、それも実際の身長としてとっていいのかは判断しかねた。

 

「よく言うわ、そんな格好して。怪しんでくださいって言ってるようなものじゃない」

「同感。顔ぐらい見せたらどう?」

 

二人の言葉に納得し、頷くような素振りを見せるものの、影はそのまま歩みを止めず距離を詰めてくる。

相手の顔を見るには、見上げるような姿勢をとらなければならない程、やはり身長は高い。

しかし距離を詰めたことで、その頭部をも完全に覆っている布の下にある、紅い輝きを認めることが出来た。

ルビーをはめ込んだかのように美しい光をたたえた瞳。

見慣れているようで全く違う眼差しに、二人は寒気に近いものを覚えてジリッと後退する。

 

「あなたはやっぱり使徒なの?」

「君達の感じているとおりの存在、と言っておこうかな」

「なら、目的は何?僕たちが、エヴァに乗っていないところを狙ってきたの?」

「・・・違うよ。ただ、話を聞いてもらいたいだけだ。でも、ここでは邪魔が入るから・・・ついてきてくれないかな?出来れば手荒な真似はしたくない」

「僕たちがはいそうですかってついて行くとでも?それに、こっちにだってやらなきゃいけないことがあるんだ」

「承知しているつもりだよ。でも・・・こちらにも時間がないんだ。僕の話を聞いてもらうよ、どうあっても」

 

幾分それまでよりも強く言い放つと、男はさらに歩み寄ってくる。

一歩一歩確かめるかのように強く踏みしめて。

二人は後退しようとするが、根が生えてしまったかのように足がその場から動こうとしてくれなかった。

逃げ出さなくてはならないと頭では理解している。

この状況を、予想外の人物が現れたことを仲間に伝えなくてはならないこともそうだ。

それなのに体には周囲の闇が絡み付いていて酷く重い。

足が持ち上がらないのだ。

 

「クッ―――止まれっ!!」

 

苦し紛れに手をかざすと、翼から離れた羽根がシンジの体の周りを舞い、やがて光球となって浮かんだ。

一つ一つが場合によっては、A.T.フィールドを突き破るほどの凶悪な威力を持つ光である。

その事を知ってか知らずか、男の歩みは一向に止まる様子を見せなかった。

ついにはシンジと男の両者の間の距離は零になる。

 

「どうしたの・・・?撃たないの?」

 

言葉とは裏腹に、静かな光をたたえた紅い瞳は「撃てるわけがない」と語っていた。

シンジの性格を全て把握していると言わんばかりに、紅い瞳は冷めた視線で見下ろしてくる。

それでいて決して驕り高ぶることもなく、見下すこともなく、湖面のような穏やかさがあった。

 

「君の力で胸を撃ち抜けば、さすがに僕も死ぬだろうね」

「・・くっ・・・本当に撃つよ!」

「無理だだと思うけど」

「そんなことはない!」

「君には出来ない。君は・・・・・・・・・優しいから」

「クッ・・・この―――っ!!」

 

手が震えた。

意思のの中のトリガーをひけば、この男の言うとおり命を奪える。

その自信も、確信もある。

たとえ相手が本当に使徒であって、同時に強力なA.T.フィールドを有していても、密着状態で放てば防御することもままならないはずだ。

だがどうしても、トリガーは引けなかった。

男の言葉と先日カヲルに浴びせられた言葉が重なり、反響し、それをさせてくれなかった。

 

「なら君は殺すことができるかい?今までの使徒と同じように、人の姿をした使徒を」

 

(僕は・・・ぼくは・・・!)

 

「ダメぇ!!」

 

今まさに暴発しかねないという状況に陥ったそのとき、シンジの右腕にユイナが飛びついていた。

腕にかかる重みにハッと我に変えるシンジ。

同時に彼の周囲を守護するように浮かんでいた光も消失し、翼もまた霧散していく。

 

「やだ、やだよ・・・シンジ。そんなシンジ見たくない・・・見たくないよ・・・」

 

涙混じりになっているユイナの言葉に、ようやくシンジは自分から湧き上がっている、毒々しい色に気がついた。

殺意の色だ。

今まで見たことがなかったにもかかわらず、直感的にそう理解した。

一瞬でも「殺してしまえ」と思ってしまった心から噴出した、醜い色。

嫌悪感と怯えの入り混じった引きつった表情でそれを振り払おうと、腕を何度も何度もさすった。

内側から湧き上がってくるそれは、まとわりついて一向に離れようとしてくれない。

 

「うあ・・・ああ・・・・・・わあああああーーー!!」

「シンジ、落ち着いて!大丈夫・・・大丈夫だから・・・」

 

最早冷静さの欠片さえも失い、その場に泣き崩れてしまったシンジを、ユイナは優しく包み込むように抱き締めた。

心の何処かには誰にでも必ずと言っていいほど、醜い部分はあるものだ。

不幸だったのは、シンジが意識すれば自分の心の動きを明確に認識できてしまう力を持ちながら、それらを受け止めることに慣れていなかったことである。

このときユイナはとにかくシンジを落ち貸せようとするあまり、目の前に立つ男の存在を一時失念してしまっていた。

だから男が膝を折り、こちらに手をかざすまで全く気がつく事が出来ず、また行動を起こす事も出来なかった。

 

「人は誰しも、そういう感情をどこかに有しているものだよ・・・そんなに自分を責めることはないさ・・・・・・」

 

男は優しく諭すような口調でそう言うと、シンジの首筋に軽く当てるように手刀を入れた。

この一撃でシンジは意識を刈り取られ、うめき声一つも上げることなくそのままユイナの腕に倒れこむ。

驚きと自らの過失に顔を歪めながら、半ば睨みつけるようにユイナは視線を上げたが、彼女もまた男の顔を正視する事さえ出来なかった。

激しい頭痛が突然襲ってきて、それどころではなくなってしまっていたのである。

 

「な・・・なにを・・・し・た・・・の・・・・・・?」

 

膨大な何かに押し流されていくことだけを感じながら、何が起こったのかもわからないままに、ユイナもまた意識を失った。

男は以外にも力があるのか、折り重なるように倒れる二人を両肩に担ぐと、そのまま闇の中へと消えていった。

 


  

あれ・・・誰だろう・・・・・・男の子?

砂場だ・・・

男の子が砂場で遊んでいる

 

空が紅い・・真っ赤に染まってる・・・・

もう夕暮れ時みたいだ

 

でも他の子供は親が迎えに来ても、その子の親は何時までたっても現れない

どうしたのだろう・・・?

 

寂しそうに、それでも砂を固めていく

見ていられない

抱き締めてあげたくなる

あなたは一人じゃないんだって・・・言ってあげたい

 

やがて砂のピラミッドが出来上がった

その形を見慣れているためか、アタシにはネルフ本部に見えてならなかった

 

しばらくの間男の子はその山を見下ろしていた

と、突然何を思ったのか、砂のピラミッドを踏みつけ崩し始めてしまった

固めたといっても所詮は砂・・・

子供の力でも簡単に崩れてしまう

 

男の子はまた砂を固め始めた・・・

アタシにはその光景に胸が締め付けられた

 

まるで賽の河原のよう

 

報われない

終わりのない

繰り返し

 

悲しい

 

繰り返し

 


 

窓から差し込んでくる温もりを伴った明るい光。

眩しさに目を細め、しばしまどろみの中にあったその意識は、それが朝日であることを認識すると共に急速に覚醒した。

勢いよく身を起こすと、そこは見知らぬ部屋。

窓の横に置かれた大きなベッドの上には、上半身を起こしている自分とすやすやと安らかな寝顔を見せているシンジの姿がある。

 

「・・・なんか少し腹が立つ」

 

自分が慌てて起き上がった事が、一瞬馬鹿らしくなった。

苦笑しつつシンジを起こそうとしたところ、人の気配がこちらに近づいてくることに気付いて身を堅くする。

 

「おはよう。目が覚めたみたいだね」

 

予想通り、ドアを開けて部屋の中に入ってきたのは昨夜の男。

室内、それも明るいところにいるにも関わらず、相変わらず全身を包み込むマントを身に付けているため、その姿から感じる不審さは夜の比ではない。

しかし男の方はまるで自覚がないのか、平然と今煎れてきたのであろう、マグカップに入った湯気立つコーヒーをユイナに勧めてきた。

ユイナはジッと男の目を見つめた後、カップを手にとる。

これまで意識の無かった自分たちに何もしなかったのだから、今更毒を入れるような姑息な真似をする必要などないはずである・・・そう思ったから。

 

「つかぬことを聞くけど、これ・・・インスタント?」

「残念ながら。残っていただけでも運が良かったと思ってくれるかな」

 

冗談ともつかない調子のユイナに対して、男は肩をすくめる。

それからあくまで警戒を保った上で、コーヒーを啜りながら部屋の中を見回した。

民家の一室といった雰囲気しかない。

大き目の家具は残っているのだが、本棚など中身がかなり抜け落ちていることから、引っ越したのはそれほど前ではないことがわかる。

最悪でも第三新東京市近郊、それほど遠く離れてはいなさそうである。

 

「今、何時なの?」

「もうすぐ8時だよ」

「帰してくれ、と言ってもそのつもりはなさそうね」

 

陰になっている布の下で、男は少しだけ申し訳無さそうに微笑んで頷いた。

ユイナにはある仮説を打ち立てていた。

目の前に立つ男の正体について、この世界について。

既に一つの回答とも言うべきものを見出していた。

あとは「虎穴にいらずんば虎児を得ず」、踏み込んでその反応を確かめるだけである。

 

「用件を聞きましょう。―――もっとも、アタシたちが呑めるような条件を出してくるとは思えないけど」

「昨日と違って今日は随分と話が早いね?・・・まぁいい、僕の方にもあまり時間がないから、単刀直入に言おう。君たち二人は、このまま自分の世界に帰ってくれないかい?後のことは僕に任せて欲しいんだよ。悪いようにはしないつもりだ」

「帰ってくれと言われてもね・・・アタシにそんな力は無いわ。そもそもシンジは時間切れもしくは・・・あまり想像したくは無いけど、この世界で死んでしまったら戻れるでしょうけど、アタシは最初から戻れるかどうかわからないもの」

「なら全てが終わるまで、ネルフに戻らずにここか・・・いや何処でも良いんだ、とにかく大人しくしていて欲しい」

「それも聞けないわね。まずはみんなとバルが戦うのを止めなきゃいけない。この世界でやれる事を出来る限りやり通したいのよ・・・アタシも、シンジもね」

 

凛とした表情で言い放つと、ユイナは真っ直ぐに相手を見据えた。

僅かな変化も見逃すまいと瞬きも忘れて。

やがて、男はゆっくりと口を開いた。

 

「それは・・・君達にこの世界が救えると?」

「アタシじゃないわ。未来を欲する人全ての意思が、時を作る・・・そう思う」

「・・・無理だね。君たちにも、そして他の誰にも」

 

紡がれた言葉は、ユイナが初めて耳にする男の感情の発露だった。

それは虚無に近い諦め、そして悲しみ。

 

「なら逆に聞くけど、あなたなら救えるとでも?」

「救う―――とは言えないと思う、僕のやり方は。でももう手段を選ぶ時間も、考える時間も・・・無いんだよ」

「時間が無い?やはり近いの?」

 

問いに男は小さく首を縦に振った。

 

「事態はかなり切迫しているということか・・・予想以上に不味い状態ね」

「そう、だから君たちには何もして欲しくない。君たちとは戦いたくないし、僕は誰も傷つけたくはないんだ」

「・・・それは」

「・・・・・・・・・」

「それはアスカとレイを傷つけたくない―――の間違いじゃないの?」

 

ユイナの放った鋭い一言に、ぐっと何かを飲み込むようにして男は重く沈黙した。

押し隠している心の揺らぎを見逃すまいと、再びユイナは男を見据える。

 

「あ、言っておくけど、二度目は効かないわよ。昨日はいきなりだったから処理し切れなかったけれど、種が分かれば対応は難しくないわ」

 

自信ありげに笑みを浮かべ、自分の立場が―――あくまでこの会話のみに置いてだが―――若干ながら優位に立ったことを確認する。

少なくとも仮説を確信に変えることは可能であると踏んでいた。

この仮説を起き上がってすぐに思いつくことが出来た理由が、実は昨夜の男の行為にあった。

昨晩、ユイナの意識を奪ったその手法というのは極々単純なもので、ユイナが相手の思考、記憶を読み取ることができる能力を持っている事を逆手に取ったのである。

丁度精密機械に大量の電流が流れることでショートしてしまうのと同じようなもので、唐突にA.T.フィールドを解放して膨大の情報をユイナの意識に流し込んだのだ。

結果として身構えていなかったユイナは情報の処理が追いつかず、体側の防衛本能として意識を断ったのだった。

だが一旦落ち着いてしまえば、彼女にとって情報の整理は難しい話ではない。

そこで知ったのだ。

この男が何者で、一体何を成そうとしているのかということを。

 

「・・・まいったね、手荒な真似はしたくないのに・・・・・・うん?」

「これはA.T.フィールド・・・アスカたちが始めたんだわ!」

 

険しい顔をするユイナに対して、男は目を伏せて俯き加減にうめくように言葉を漏らした。

 

「あの人たちはあれだけ言ってもまだわからないのか・・・悪いけど、お話は少し中断だ。バルディエル達を止めてくる」

「その間に逃げるかもしれないわよ?」

「出来るものならすればいい。出来るならね。すぐに戻るよ」

 

念を押すように言うと男は窓を開け放ち、マントをはためかせて外の世界に飛び出していく。

窓の向こう、山間に開けた田園地帯に、三体の巨人が巨大な武器を振り回し立ち回っている光景が見える。

かなり距離があるが、とりあえず第三新東京市から極端に離れていないことを確認できて、ユイナは少しだけ安堵した。

日本国内ならばまだいいが、何処か、はっきりと地図にも載らないような場所に連れて行かれていたら、それだけでもうお手上げだったところだ。

そういった意味でも、男の「手荒な真似をするつもりはない」という言葉に、嘘はないのだろう。

あくまで交渉することを前提していることは間違いない。

それ以前の軟禁はこの際目を瞑れ、といったところか。

行動にやや矛盾している点が見られないでもなかったが、おそらくそれはあの男自身が感じているところでもあるのだろう。

 

「それもこれも時間が無いってことか・・・周囲には使徒らしき反応が三つ・・・確かにアタシだけじゃあ脱出は難しいわね」

 

囲まれている状況を確認すると、重い息を吐く。

相手が人と同じ姿をしていると考えられる以上、シンジを起こして戦ってもらうのも酷というものである。

(さて・・・あの人の言葉を信じるならアスカたちのことは何とかなるかもしれないけど、アタシたちはどうしましょうかね、ねぇシンジ?)

そっと隣でまだ寝入っているシンジの頬を撫でると、また一つ、今度は小さな息を漏らした。

そして呟く。

 

・・・主よ、全て知ったうえで、この少年に託したのですか? 

 

いつかと同じようにやはり、ここに答える者はいない。

 


 

誰だろう・・・?

誰かが蹲っているのが見える

 

その目の前に何か光る物がある

パズル・・・?

奇妙な形の欠片がいくつも転がっている

中には二つ三つくっついた物も見られた

やっぱり、これはパズルなんだろう

 

何度も挑戦したのだろうか

立体的なそのピースには細かい傷が無数に刻まれていた

自分の手に取ってみようとしたけれど、手は空を切った

 

いや、正確には手は無かったんだ

感覚はそこにあるのに、手は、足は、体はそこに無い

まるで空気のような、そんな存在になったかのようだった

意識だけがそこにある

 

困惑しながらもよくよく周囲を見回してみると、たくさんの泡が浮いていた

とてもとても綺麗な泡だった

僕はその美しさに思わず目を奪われ、心を奪われた

 

様々な色

様々な大きさ

全てが透き通っている

 

不意にそれがなんなのか理解した

閃きだ

頭の中の霧が晴れて澄み渡っていく

 

感情

思い

願い

 

そうだ

僕がユイナの力を、翼を得てから見ることができるようになった

人の心が放つ綺麗な色

 

でもどうしてだろう

この色が、この色だけが浮いていて

蹲っているこの人には色が無いのか

 

まるでこの人に心が無いみたいで

 

そう考えたら、とても寂しく、悲しい気持ちになった

 


 

男は言葉通りに三十分とかからずに二人のいる場所へと戻ってきた。

ユイナの居た場所からは確認は出来なかったのだが、3号機との軽い交戦があったことは、マントとして纏っていた布が所々切り裂かれていたりなどしたことから推察できた。

だがそのおかげで、それまで布に隠れ続けていた男の顔が、初めて見て取れるようになっていた。

まじまじと見つめたあと、ユイナはなんとも言えない、複雑な表情をして息をついた。

 

「やっぱり・・・その顔なわけ」

「・・・君の事を少し過小評価していたみたいだったからね・・・今更隠す必要も無いと思ったのさ」

 

視線を逸らしながらそう言う男の顔は、ユイナの良く知る人物に良く似ていた。

他でもない碇シンジに、だ。

少し大人び、中性的なイメージからやや男らしくなってはいたが、それは確かに碇シンジの造形と酷似していたのである。

大きく異なっている点はルビーのような輝きを持つ紅い瞳、透き通るような白い髪と、病的なほど白い肌。

元々線が細いところに、そんな儚げな要素が加わっているため、今すぐに消えてしまいそうな危うさを見るものに感じさせた。

その姿はまるで白い影だ。

 

と―――唐突に、ユイナと男の間を一条の光が走りぬけた。

壁を突き抜けて空へと上っていく光を見送った男は顔をやや強張らせ、ゆっくりとその発生源を振り返る。

 

「まったく、僕が違和感を覚えるわけだよ」

「起きてたのかい・・・朝の挨拶にしては少々荒っぽいね」

「それは謝るよ。でも、昨日はみっともないばっかりでいいとこ無かったから・・・さ」

 

ベッドから降りたシンジはこれもまた複雑そうに顔を歪めながら、まじまじと男の顔を観察し始めた。

普段であれば失礼だと言われても仕方ないくらいに、無遠慮に、じっくりと。

見れ見れば見るほど奇妙でならなかった。

目の前に立っているのは自分自身によく似た、だが決定的に何かが違っている人物なのだ。

外見ではなく、その内側・・・だからこそ、シンジは激しい違和感に襲われていたのである。

  

「本当に妙な感じだ・・・気味が悪いっていうのはこういうことを言うのかな?」

 

それ以上の言葉を飲み込むと共に全身に力を巡らせ、グッと奥歯を噛み締める。

発現させた翼の後ろにユイナを庇いながら、シンジは男に向かって右手をかざした。

翼の形が揺らぐことも腕が震えることもなく、その黒き瞳は昨晩のような混乱や迷いの代わりに強き意思の輝きを宿していた。

 

「昨日と同じ事を繰り返すつもりかい?」

「いいや、同じにはならないよ。それより僕たちを解放してくれる気は無いのかな?僕だって争いたくはない。避けられるなら、極力避けたい。それは君と変わらないと思う」

「嬉しいことを言ってくれるね・・・でも、こればっかりは譲れないんだ」

「交渉決裂・・・ってことかな」

「でも君たちを帰さなければ、僕の行動を阻害するものはなくなる」

「出来るかな・・・?」

 

昨日の台詞をそのまま返すと、挑戦的ともとれる笑みを浮かべる。

男は怪訝そうに一瞬眉をひそめたが、次の瞬間には大きく目を見開き、蛍光灯のぶら下がる天井を見上げた。

視線は天井を突き抜けて、その先に広がっている空に向けられていた。

口元には小さく笑みが浮かび、呆れとも感嘆ともつかない息を漏らして二人に視線を戻した。

 

「狼煙だったのか・・・」

「僕としても、もっと君とは話をしたいけれど・・・でも、今ここで拘束されるわけにはいかない!」

 

交わした言葉の余韻が消えるよりも早く、三人の居た建物は上方からの圧力を受けて崩壊した。

大地に衝撃が伝わって、地響きが生じる。

ゆっくりと身を起こす、銀の装甲に包まれた4号機。

間違いなく一時はネルフに置かれたエヴァンゲリオン4号機がそこに降り立ったのだった。

一部装甲は脱落し、その背にある翼薄汚れ、これまでの道のりを代弁しているかのようであったが、それさえも美しいと感じさせてしまうものがその姿にはあった。

正式採用されたエヴァのデザインの中でも、特にこの4号機一体だけは異彩を放っている。

あまり統一感の無いエヴァ零号機から4号機までの五体の中で、3号機と4号機は割合その形状が良く似ている。

無論、エヴァにとって外見などその性能になんら意味をなす要素ではなく、せいぜい装飾程度の意味合いでしかないが。

それでもほぼ同じタイプの3号機が漆黒の死神を想起させる姿であることを考えると、シルバーでまとめられたその姿は別格の美しさがある。

3号機が死神ならば、4号機はさながら救世主だろうか。

少なくともこのときのシンジとユイナにとって、天より舞い降りた救世主であったことは事実である。

二人は4号機の差し出した掌の上に乗ると、別の方向へ飛び退いていった影達へと視線を走らせたが、既にその姿を確認する事は出来なくなっていた。

今から追跡を試みる気など、ありはしなかった。

一瞬足が動きかけたが、追いかけてどうする?と自問するとその気力はすぐに萎えた。

お互いにまだ会話は続けたいと思っていたはずだ。

だが今の状況では、たとえ追いついたところで平行線をたどる可能性が高いことを認めざるを得ない。

なにより、シンジ自身が情報を完全に整理し切れていたわけではなかったのだ。

そうしているうちに気配が完全に掻き消えて、ぴぃんと張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。

支えていた物が消失したかのように、二人は揃ってエヴァの掌の上に脱力して膝から崩れるようにその場に腰を下ろした。

脱力した二人の口を自然とついて出たのは、安堵と疲労が合わさった大きな溜息。

期せずして行動が重なった事に二人は視線を交わして苦笑いすると、今度は完全に身を投げ出し仰向けになってエヴァの顔を見上げた。

 

「助かったよ、カヲル君。あのままだったら本当に最後まで監禁されたかもしれない」

「あの様子じゃ、本当にそのくらいやりそうだったわね」

「ハハッ、大変だったみたいだね。ま、苦労話は後で聞くよ。まずはネルフに戻ろうか。みんなも心配しているからね」

「じゃあ運転手さん、よろしくお願いしま〜す」

「ハハッ、落ちないように気をつけて」

 

二人を手の上に乗せたまま、4号機は手近のエヴァ用の回収口に向かい移動を始めた。

それほどの距離は無いのだから、既に十分ネルフでも4号機の姿を確認していることだろう。

シンジたちは事情の説明が大変そうだなぁと思いつつ、髪を風に躍らせるままにしてぼんやりと雲が流れる空を眺めた。

精神的な酷い疲労感が大きく、先ほど意識を取り戻したばかりではあるが、しばらくは立ち上がるのも億劫だった。

 

先ほど起きたばかりではあったが、今はとりあえず少し休みたい。

あの影のことを考えるのはそれからにしよう・・・・・・

 

「あらあら、二人ともあんなところで寝ちゃって・・・カヲル、落とさないようにね」

「言われなくても、わかっているさ」

「それならいいんだけど。ところで、そっちは大丈夫?」

「いやはや、シンジ君達の気持ちが少しだけわかって、いい経験になったよ」

 

同乗者の言葉を軽く聞き流しながら、レバーを握ったカヲルは穏やかな顔で眠る二人にそっと労いの言葉をかけていた。

(一先ずはお互いお疲れ様だね・・・しかし思った通りとはいえ、面倒な事になったものだ・・・間に合うか?)

 

 


後書きのようなもの

 

時間的には、前回と同じ時系列の話なので、ほとんど前には進んでいませんな。

シンジがいきなり会話に割り込めたのは、言葉を使わず(便利です、翼の力w)にユイナと会話をしていたからです。

通常の会話をするよりもダイレクトに情報のやり取りをするので、理解が早い、と。

もちろんユイナ側で整理した情報を送ったわけですが。

それにまともに喋って打ち合わせをしていたら、周囲の使徒?に感付かれてしまいますからね。

でもって、この期に及んで出てきた新たな?キャラですが・・・その彼が何故シンジなのか?ということは、実は割と単純な話だったりします。

そこら辺は次回に明らかにする予定です。(でも上手くまとめられるかちょっと心配だったり)

では。

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

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