ネルフ始まって以来始めての対使徒は無い戦闘が開始される数時間前、本部施設内は意外にも平静を保っていた。
司令・碇ゲンドウによる有無を言わさぬ迫力の待機命令と、ユイと冬月による補足説明によって幾らかの心構えが出来ていたためであろう。
一般スタッフに知らせられる情報の範囲にはやや限界があったが、そこは説明を行った二人が上手く切り抜けていた。
それでも何も知らされずにいきなり逆賊扱いされるよりは、遥かにましであることは言うまでも無い。
そして、何も知らずに命を奪われてしまうよりは。
「今更私を信じてくれとは言わん。ただ諸君らが今まで信じてきたものを、信じ続けて欲しい」
ゲンドウが待機命令と共に、施設内の全ての人物へ投じた言葉である。
一応、ユイが帰還してからはその態度が軟化したと、スタッフの間でも噂されていたが、この発言には多くの人が驚きをあらわにしていた。
半独裁者状態であったあの司令から、威厳こそ失われなかったものの、喉元に刃物を突きつけるような威圧的な態度が完全に消えてしまったのだ。
ゲンドウを多少なりとも知る者であれば、驚かない方が難しかったかもしれない。
この発言には実はまだまだ続きがあり、それが碇ゲンドウというそれまで畏怖の対象であった男を極めて身近に感じさせることになった。
「む・・・ユイ、冬月先生、二人とも何を笑っている?」
初歩的なミスだ。
すぐにユイと冬月に状況の補足説明を行ってもらうために、放送のスイッチをオンにしたまま喋ってしまっていたことに気付かなかったのだ。
「いいえ、何でもありませんよ。ただちょっと再確認していただけですから」
「ああ、お前が自分の台詞に照れていることなど、私達以外誰にも解らぬから安心しろ」
「・・・・・・・・・問題・・・ない」
「ほら、冬月先生。可愛いところがあるでしょう?」
「ハッハッハッ、そうかもしれんな」
会話の相手となっていた二人は館内に聞こえてしまっていることを、自覚しているらしい様子がありありと伝わってくる。
時間にして二三分ほどでしかなかったが、ネルフ幹部ではなく、一夫婦とその恩師のやり取りは垂れ流しになっていた。
おかげでその放送の後も、唖然としていたり、込み上げてくる笑いを噛み殺している様子が本部内のいたるところで見受けられた。
とてもそれは目前に避けられぬ戦闘を控えているような雰囲気ではなかった。
WING OF FORTUNE
第五拾八話 最後の舞台
「ネルフ本部って、いつもこんな調子なんですか?」
ようやく作業も一通り片付いて、御得意のコーヒーを智春に振舞っていたリツコは、ただただ苦笑するしかなかった。
心の中で「可愛いところがある」という発言に少し同意しながら、智春の問いに対しては「普段はそうでもない」と一応のフォローを入れておく。
智春は眼鏡の奥で楽しげに目を細めて頷いていた。
ここに来てから働き詰めであるにもかかわらず、リツコ以上に平然としているふうに見える。
納得してくれたというわけでも無さそうなのは明らかであったが、どうもこんなことに体力を使うのはバカらしくてマグカップを手にさっさと席に戻った。
「コーヒー、美味しいです」
「それはどうも」
趣味とは言え、最近は特に凝ってきている。
褒められるのは悪い気はしない。
「姉さん、智春さん、お腹空いてない?」
ドアが開く音がしてそちらを向くと、バスケットを抱え満面に笑みを浮かべたユイナと、ちょっと恐縮しているようなシンジが部屋に入ってきたところだった。
「ちょっと食堂の厨房を借りて、サンドウィッチとか作ってみたんです。リツコさんたち徹夜だったから・・・」
返答を聞かずに中身を広げ始めているユイナに代わり、シンジが二人の様子を窺いながら説明をする。
そうしている間に作業は終了。
勝手知ったる何とやらで、マグカップを更に二つ出すと自分たちの分のも用意して席についた。
「あれ?そういえば・・・マヤさんは?」
「マヤだったら作業が終わってからはすぐに・・・と言えばもう解るでしょ?」
一緒に作業をしていたはずのマヤの姿が、それほど広くは無い部屋のどこにも見えない。
それに対するリツコの答えであった苦笑めいた表情の意図するところは、ユイナだけでなくシンジもすぐに察した。
「邪魔しちゃ悪いですね、やっぱり」
「まぁそういうこと。それじゃあせっかくだからいただくわね。施博士もどう?」
「そうですね・・・そう言えば昨日から胃にコーヒーしか入れた記憶がありませんし・・・」
「・・・二人とも、体壊しますよ」
シンジが呆れ気味に突っ込むと、二人は揃って乾いた笑い声を上げた。
自覚はあるのだが、どうにも科学者のサガか、一旦没頭してしまうと自分の体を省みることさえも忘れがちになってしまうのである。
それからテーブルに広げた食事を平らげてしまうにはあまり時間はかからなかった。
集中していたために意識しなかった空腹感ではあるが、実際にはエネルギーを欲していることには変わりない。
シンジとユイナは「ミサトさんだったらもっとガツガツ食べるんだろうなぁ」と、少々不遜な―――しかし事実である―――図を思い浮かべながら、上品に、しかしかなりの速度で腹を満たしていく二人の女性を見やっていた。
食べ終わったあとは、智春は仮眠をしようと、シンジも持ってきた物を片付けるために部屋を出た。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったですよ」
「ありがとうございます。でも、もうちょっと作ればよかったかもしれませんね」
廊下を並んで歩きながら、そんな言葉を交わす。
擦れ違う者はおらず、あたりは二人の足音が重なって反響しているだけで静かなものだ。
智春は腹が満たされた分少し気が緩んだのか、小さく欠伸をした。
すぐに目尻に涙を浮かべながら、隣を歩くシンジに向かって少し恥ずかしそうにはにかんで見せる。
「本当に御疲れ様です」
シンジが柔らかく微笑みながら言うと、智春は更に複雑そうに顔をしかめた。
それがまるで年長者のそれのような、温かい眼差しだったために。
しかしこの少年が経て来た道を考えれば、精神の特定の一面においては、自分よりもずっと成熟していることを認められなくもない。
(平行世界の存在を証明する者か・・・科学者としては、エヴァとは違った方面で興味をそそる存在ね)
むくりと科学者としての好奇心が鎌首をもたげるのを感じつつ、智春は前を向き、口を元を引き締めた。
「それはそうと・・・私に何か御用があるのでは?」
「あ、わかりましたか」
声の調子は軽いが、シンジの横顔は隣の智春と同じように引き締まっていた。
御互いに視線を交えることなく、歩く、歩く。
「バルと・・・ユイナさんの体のことですね?」
しばらく歩いた後、智春は立ち止まって呟いた。
一歩先で止まったシンジは振り返らず、ただ頭を一度縦に振る。
スッと息を整えるため、あるいは覚悟を決めるためか、息を吸う音がして、声が続いた。
「正直、いつ崩壊してもおかしくないです。見た目にはあまり変化はありませんが、肉体を形成するA.T.フィールドがかなり弱体化してきています」
「今の状態のまま戦った場合、どうなります・・・?」
「わかりません。A.T.フィールドに関しては、まだまだ研究途上であることは否めませんので・・・ですが、赤木博士も知ってはおられると思います」
「そうですか・・・はっきり教えてくださって、ありがとうございました」
短い礼を述べ、シンジは止めていた足を再び前へと進めた。
強く拳を握りこんで。
「あなたは・・・」
足が止まる。
「あなたはどうしたらいいと思っているのです?戦わせるべきか、それとも戦わせないか」
「・・・二人とも僕が止めても聞きませんよ、きっと」
振り返ったシンジは少し寂しそうに笑いながら言った。
「それに、この戦いが最後になるかもしれないという点では僕も同じですから。止められませんよ」
そう付け加えると、シンジは廊下の角を曲がって智春の視界から姿を消した。
足音だけがコツコツと彼の存在がゆっくり遠ざかっていくことを伝えている。
その音を心の中に刻み込むように、聞こえなくなるまで智春はその場に立ち尽くしていた。
まだ見知って間もない少年であるが、可能な限りその全てを記憶しておきたいと思った。
何故だか解らなかったが、狂おしいほどの衝動に駆られている自分に気付き、耳を傾けていた。
綾波レイは普段そうしているように黙々と本を読んでいた。
惣流・アスカ・ラングレーはベッドに寝そべりぼんやりと照明を見上げていた。
例の放送がスピーカーから聞こえてきたとき、顔を見合わせて声をあげて笑った。
笑いつかれたところでちょうど放送も途切れ、レイも同じベッドの上に横になった
「静かだわ。あともう少し、何時間か、何十時間かしたらここが戦場になるなんてちょっと想像がつかないわね」
間近に迫った最後の戦いは、戦略自衛隊をエヴァは相手にしないということで方針は決定している。
これから起こるのは戦争だ。
小規模かもしれないが、謀略によって引き起こされるものかもしれないが、紛れも無く、生き残るための戦争だ。
相手が殺意を持ってかかってくる以上は、それ相応の対応をしなければならないだろう。
それでもエヴァは戦自との交戦を避けるように言い渡したのは、大人たちが子供たちには血生臭いことから遠ざかって欲しいと願った、その結果に他ならない。
また後々に禍根を残さぬためにも、できる限り双方の被害を抑えたいというのも本音だ。
「まずは戦自が本当にここに攻めて来るかが問題だわ」
「まぁね。でもさっきの放送を聞く限りだと、まだゼーレそのものは残ってそうじゃない?」
仰向けからうつ伏せになってレイの方を向きながら問い掛けると、レイは数秒ほど思案した後、目を伏せて頷いた。
「・・・確かに、そういう取り方も出来るわ」
「でしょう?司令たちがああいうことを言うって事は、ゼーレから何かしらの接触があったと考える方が妥当だわ」
「エヴァシリーズを全てゼルエル達に押さえられた・・・でも向こうは私達がそれを知らないと思っている」
「多分ね」
ゼーレの切り札である量産型エヴァンゲリオン―――通称エヴァシリーズ―――は、全九機中二機がネルフ本部に存在し、残り七機がゼルエル以下使徒の手の内にある。
いまやゼーレに残された力というのは、以前から世界を拘束し操ってきた、多大な影響力のみとなった。
それらだけでも十分に強力な武器となることはこれまでのネルフの発展が物語っているが、いかんせんエヴァを相手にする場合には心許ないだろう。
だからと言って最後の時を蚊帳の外で迎えるなどという事態を、老人達が甘んじて受け入れるとも思えない。
このような考慮をすることで自ずと浮かび上がってくる可能性は、“武力による本部施設の直接制圧”にならざるをえないというわけである。
「使徒の行動もあのバカの意思なのかしら?」
「碇君が一つになった世界を否定したからこそ、今がある。それだけは間違いないわ」
「・・・・・・ん、そうだったわね」
「今回こそ、私達みんなの手で終わりにしましょう。このループを断ち切って・・・みんなで・・・・・・」
アスカはニッと笑みを作って同意の意思表示とし、勢いをつけて上半身を起こした。
「どーせだったら旅行に行きましょうよ。ほら、前に言ってたじゃない。北海道に行きたいってさ。全部終わったらみんなで行きましょ」
「・・・ラーメンも?」
「もっちろん、みんなで、ね!」
「んーー・・・おう・・・・・・・わぁっとるって・・・・・・あ?・・・うん・・・・・・ほうか・・・・・・」
「すっずはっらくんっ!」
「どわぁっ!?な、なんやぁ!?」
トウジが取り落としそうになった携帯電話をどうにか掴んで振り返ると、コロコロと笑うマナの姿がそこにあった。
余程トウジの慌てた様が気に入ったようで、トウジが電話を終えるまでずっと半眼で睨んでいるのを気に止めることなく、お腹を抱えていた。
レストルームにはトウジとマナ以外にも何人か休憩しているスタッフの姿が見られ、その皆の視線が痛かった。
「で、洞木さん元気にしてた?」
「まぁ、な。ヒカリもようやく向こうの生活に慣れてきたらしいわ」
携帯をジャージのポケットに突っ込みながら、渋い顔をしながら言う。
横目で見たマナが目を丸くしているのに気がつくと、ギョッとして後ずさった。
「へぇ〜、鈴原君もついに洞木さんのこと名前で呼ぶようになったんだ」
「あ・・・・・・」
明らかに失敗したという顔になったトウジを見やるマナは、また楽しそうに鈴が鳴るように笑った。
電話口では確かにヒカリと名前で呼ぶようになったのだが、まだまだ気恥ずかしさが先行してしまっているくらいだ。
他人に聞かれたとあっては、まさに穴があったら隠れたい心境である。
実際には残念ながら隠れる穴も無く、立ち去るのもどうにも格好悪く、居心地悪さを感じながらマナのからかいに付き合うほか無かった。
散々しかめっ面のトウジをつつきまわした後のマナは、他人の目からもそれとわかるほど満足げであった。
「うんうん、順調そうで何よりだわ。怪我なんかして洞木さんを心配させないようにね。ところで他の皆は?姿が見えないけど」
「あー・・・シンジとユイナは待機中、さっきまで待機しとった綾波と惣流は休憩してるはずや。渚は・・・知らんわ。あいつは糸の切れた凧よりも性質が悪いで。神出鬼没ちうのは、ああいうのを言うんやろな」
「そっか。それで鈴原君は愛しの洞木さんとお電話だったわけね」
「・・・自分こそ、バルと一緒と違うんか?」
「生憎と私もそこまで野暮じゃないから」
答えながらテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて何処へともなく視線を投げる。
「そういえば、鈴原君って家族は?」
「おとんとおじいがおる。あとは妹が一人」
「妹さんが居るんだ。鈴原君はいいお兄ちゃんなんだろうね」
「よしてくれ、なんやこう・・・背筋が痒くなる」
身をよじる仕草をして、ついでに頭を掻く。
そんな様子がまた可愛らしいと、マナは思った。
「照れない照れない。そっかぁ、妹さんかぁ」
「なぁ・・・全部終わったら、霧島も会ってやってくれるか?」
「え、いいの?」
「だからこっちがお願いしとるんやろ。家族は男ばっかやし、ちぃとは女らしさってもんを・・・・・・」
言いかけて、ジッとマナを見やり十数秒ほど熟考したのちに、ポンと手を叩いた。
「あ、霧島から女らしさを学ぶのは無理な話か」
「・・・・・・会う。絶対に会ってやる。鈴原君が反対しても押しかけてやる」
「カッカッカッ、まぁよろしゅう頼むわ」
不機嫌そうなマナの視線を受けながら、トウジは豪快に声をあげて笑った。
ささやかな仕返しが出来たと、世にもバカらしい達成感によっていたトウジを引き戻したのはネルフ本部内に鳴り響いた警報だった。
口を尖らせていたマナもハッと顔をあげてスピーカーを睨む。
「どーやら、時間みたいやな」
椅子を蹴飛ばすように勢いよく立ち上がると、トウジは不敵な笑みを口元に浮かべた。
「ほな、行ってくるわ」
「ん。月並みだけど頑張って。私には応援することしか出来ないけれど・・・アスカや、綾波さんたちのことお願いね」
「おう、わしも男や!どーんと大船に乗った気持ちでおったらええって」
「それから・・・全部終わったらさ、またバンド・・・やれるかな?」
「ああ、そんときは惣流や綾波も巻き込んで、盛大にやるのもええな」
その光景を思い浮かべたのか、これから戦いに行くとは思えぬほど穏やかな笑みを残し、トウジは駆け出した。
通路の先で別方向から走ってきたアスカ、レイ、カヲルと合流して、一瞬の間に何事か目配せをして自らが操る鬼神の元へと向かって床を蹴った。
それらを見届けたマナも、発令所に向かうべく、急に慌しくなった本部の中を駆けて行く。
何ができるのか、わからなかったが、居ても立ってもいられなくなって、戦闘が始まったときには非戦闘員と共に非難して色といわれたのにもかかわらず、その足は発令所に向かっていた。
A−801―――特例による法的保護の破棄と指揮権の日本政府への委譲。
人為的にサードインパクト誘発させることを画策した首謀者としてネルフ本部が吊し上げられ、事実上の最後通告がなされたのは、バルがネルフに帰還してから僅か三日後のことだった。
これに対してネルフ幹部連中の行動は極めて迅速であり、冷静だった。
取り乱さず、突きつけられた現実を真正面から受け止めている姿は、事情が飲み込めなかったスタッフ達にはさぞ頼もしげに映ったことだろう。
「葛城三佐、非戦闘員の避難状況と各エヴァの状態は?」
「大半を松代に移していたこともありましたので、ほぼ完了しています。あとは全てが終わるまで、ブロックごと隔離してしまえば被害はまず出ないはずです。エヴァ全機、チルドレンが搭乗し、いつでも出撃可能です」
「うむ・・・赤木博士、予想されるハッキングへの対応策は?」
「コンピューターウィルス・イロウル´(ダッシュ)既に準備完了しています」
「赤木博士!外部端末からデータの侵入!MAGIへのハッキングを目指しています!」
現状の確認をしている最中、モニターに表示されていたMAGIを構成する三基の概念図に変化が見られるのとほぼ同時に、青葉が大きな声をあげた。
確認を取る限りでは相手はMAGIタイプ五。
いかにオリジナルMAGIとは言えども、複数の同型コンピューターに攻勢をかけられては分が悪かった。
「赤木博士、コンピューターウィルス・イロウル´、解放します。よろしいですか?」
「・・・ええ、お願い」
以前MAGIに侵入した、具体的な形を持たないナノサイズの使徒がいた。
イロウル´はこの際に得られたデータを元に、リツコが独自に作り上げたコンピューターウィルスである。
再現度という点で述べれば実際のイロウルにはまだ遠く及ばないが、破壊的な性質は他に類を見ない。
寄生したコンピューターが高性能であればあるほどに、その凶悪さを現し牙を剥く。
現時点で世界最高峰の性能を誇るMAGIタイプならば、大いに暴れてくれることだろう。
「これでまず第一目標は達成ですね、赤木博士」
「ええ、施博士には感謝しているわ。手伝ってくれていなかったら、きっとここまで仕上がらなかったもの」
智春は「どういたしまして」と微笑して、軽くお辞儀をして見せた。
実際、智春はネルフに合流してから非常に精力的に活動していた。
特に卓越した知識と技術は、自他共に認めるリツコの弟子であるマヤでも時折ついていけなくなる領域における作業で大いに役立った。
その際たる物が対MAGIタイプ用コンピュータウィルス・イロウル´であったわけで、このギリギリの状態でようやく完成したのだった。
イロウル´の使用には二つの目的がある。
一つはMAGIを占拠されることを避け、かつMAGIの機能を戦闘中でもフルに使えるようにするため。
実のところこの点については、以前除去してしまった自爆装置以外のMAGIの切り札である第666プロテクトをかけても事は足りた。
残されたもう一つの目的こそが、このイロウル´の作成・使用の本当の目的なのだ。
それは各支部が保管している、エヴァに関連する全ての情報の破壊すること。
ネルフはゼーレの庇護のもとにあったからこそ、明らかに無茶と思える行動を押し通してこられた。
逆に言うならば後ろ盾がなくなってしまったときに、それほど体力のある組織ではないのだ。
ネルフが生き残るためにはゼーレに変わるスポンサーが必要となり、その結果としてエヴァの技術が通常の兵器に転用される可能性は否定できない。
それを完全にとはいかぬまでも、できる限り阻止するための措置であった。
ハッキングをかけてくることは予想していたため、逆にそれを利用してイロウル´を取り込ませて全てのMAGIが完全に沈黙させるのには、ものの数分とかからなかった。
本体ではないとは言え愛着以上のものを感じていたMAGを破壊したことにリツコは胸が少し痛んだが、すぐにそれを振り切るように次の行動に移っていった。
そしてミサトが各チルドレンの様子を映し出したモニターの前に立った。
「みんな、聞こえる?」
「ええ、MAGIシリーズの方は片が付いたみたいね」
アスカが代表して返事をする。
「偵察中のゲイルから連絡があったわ。戦自の主要部隊は郊外に展開中、本部への突入部隊も行動を開始したようだわ。エヴァは今から全機地上に向け射出。零号機、弐号機は電源ビル周辺で待機。他のエヴァも目標が現れるまでは電源ビルを防衛しつつ待機。こっちは多分、侵入者の要撃のためにしばらくフォローできないと思われるから、その間で不測の事態が起きた場合にはあなた達の判断に任せるわ。・・・いいわね?」
皆、気負いの無い引き締まった表情でそれぞれに了解の意を表した。
ミサトはほんの少しだけ口元を緩め、背後に立つ場違いなジャージ姿の男に「何かある?」と目で問うた。
どこかで見たジャージに身を包んだバルは考えるような素振りを見せた後、ミサトと入れ替わりでモニターの前に立った。
ジッとモニターに映る顔を一つずつ見やり、目を伏せる。
「またあとで会おう。・・・みんな、頑張れよ」
たったそれだけ、静かな調子で告げる。
そして踵を返す。
「マヤ、マナ・・・お前たちも、またあとでな」
静かな言葉の余韻を残して、バルは発令所から立ち去っていった。
彼には彼の戦い方がある。
それを確認するとミサトはぐるっと発令所内の面々を一通り見回し、最後にユイ、冬月、ゲンドウの順に視線を交え、再びモニターと向き合った。
(これが・・・最後・・・そうあってほしいわ)
心の中で強くそう願いながら、この広い空間に全て突き通るような澄んだ声を張り上げた。
「エヴァンゲリオン、発進!!」
と。
零から4号機までの全エヴァが第三新東京市に姿を現したことで、郊外に展開していた部隊はその目標を転換せざるを得なかった。
本部を占拠し、エヴァパイロットは発見しだい射殺。
対エヴァ戦は予想の中に含まれていたとは言え、早々に全五体のエヴァを全て相手にするとは思っても見なかったらしい。
指揮車両の中では悲鳴に近い声で指示が飛び交っていた。
「アンビリカルケーブルを狙え!まずは零号機と弐号機だ!!」
並んだ戦車や自走砲など、おおよそ戦自の保有するあらゆる兵器がエヴァに照準をつける。
本体ではなく、その背中に繋がれているアンビリカルケーブルに、だ。
エヴァが備えているA.Tフィールドに対して、通常兵器が通用しないことくらいは戦自もこれまでの使徒戦で承知していることだろう。
「撃てぇっ!!」
轟音を立てて、砲弾の雨が放たれた―――――――――が
「なっ・・・に・・・・!?」
全てはエヴァに到達することもなく、市街地にすら被害を与えることなく、光に遮られて塵と化した。
市街部分を取り囲むように発生した巨大な光の壁。
打ち込まれる砲弾やミサイルは、だたの一発もその硝子のように薄い壁を打ち抜くことができなかった。
更に上空から降り注がれた何十発というミサイルは、空に浮かんだ銀色のエヴァを踏み台にした、零号機と弐号機がそれぞれに撃墜した。
少なくとも、市街地を完全に焦土を化すことが出来た兵器がその瞬間に投入されていたはずだった。
だがその結果は全くの無傷。
無論、壁に護られなかった郊外のレーダーサイトなどは粉砕したが、これはネルフにとってはさほど大きな痛手でもない。
「え、NN兵器の投下、急げ!!」
戦自の司令部でその指示が下された頃、ネルフでは既に衛星と地上の両方から、爆撃機らしき機影を捉えていた。
ミサトはそのことを告げようとしたものの、初号機が既に翼を展開させ始めているのを見て、それが必要の無いことだと悟り言葉を呑んだ。
かわりに目配せして、初号機に映像をまわすように促す。
「さぁて・・・アタシたちもやりますか」
「うん、これで最後だ」
初号機はその背に広げた翼によって、ゆっくりと重力から解き放たれていく。
ちょうどエヴァの体一つ分浮き上がったところで両手を天にかざすと、周囲を守護するように浮かんでいた光が鋭い矢に変化して飛んでいった。
それと前後して投下される、人が生み出したあらゆる物をなぎ払うメギドの炎。
しかし戦自の兵士達の予想とは裏腹に、炎は大地を焼くことは無かった。
静かに、羽ばたきの中舞い降りる綿毛のように、初号機の手の中に収まったのである。
唖然となる兵士達の目の前で、初号機は光の網に包まれ手の中に収まっているNN兵器を思い切り振りかぶって投げ放った。
ロンギヌスの槍を投擲したときがそうであったように、エヴァの巨体から放たれたそれは重力さえも振り切って真空の世界へと飛び出していく。
そして――――――炸裂。
遥か上空で瞬いた閃光に、戦自の攻撃は止まり、他のエヴァもそれを見上げていた。
「いやぁ盛大な花火だねぇ」
止まっていた時を動かした、のんきな声を出したのはカヲルだった。
アスカが半眼になって睨みつけてくると、指を立てて薄く笑ってみせる。
「お客さんのご到着だ。盛大に御持て成しをしようじゃないか」
「え・・・?」