青・赤・黒の三体のエヴァが光の柱を取り囲むようにして膝をつき、その搭乗者達は地に下りた。
戦いそのものはそれほど長時間に及んではいなかったが、三人は三人ともエヴァを降りた直後は足元がおぼつかない状態にあった。
全力の戦闘を継続させるのは、どんなにエヴァの操縦に熟達していたとしても骨が折れる。
戦闘という非日常における緊張とある種の昂揚から解放されたことで、疲労が吹き出したのだろう。
だが、まだだ。
「どうなってるのかしら、この中」
アスカはそっと手を伸ばして光に触れようとしたが、直前で別の光にやんわりと遮られてそれは適わなかった。
全体が視覚できない程度の、極めて弱いA.Tフィールドでコーティングされているらしい。
仕方ない、と肩を竦めてアスカは手を引いて、その触れた指先に視線を落とした。
触れた指先に衝撃はなく、羽毛で受け止められたかのような感触だ。
これは誰の心なのだろう?
シンジか、ユイナか、それとも・・・『シンジ』なのか。
「・・・きっと、会ってるのよ。碇君と・・・碇君が」
同意の意味でアスカは頷く。
同じ顔をした二人の人物が向かい合う、そんな奇妙な光景を思い浮かべたのか、アスカはクスクスと控え目に笑った。
これにつられてレイとトウジも少し苦笑めいた表情になる。
二人の同じ人間が出会うことなど、普通はありえない。
俗に言うドッペルゲンガーの範疇に入るのだろうか?と考えて、アスカはまた少し笑う。
今、光の前に立つ三人の中で、確実に碇シンジという人間は分類され始めていた。
特に全てを明確に思い出しているアスカの頭の中では、それこそ色分けした表を作ることも出来そうな気がした。
光を見ていると、そういったこれまでの記憶が浮かんでは消えていくような感覚にとらわれ、なかなか続いて言葉が出てこない。
「綾波、辛そうやけど、大丈夫か?」
沈黙の続いていた中、トウジがレイに声をひそめて囁きかけた。
見ると、レイは右腕で左腕の肘のあたりを抱き込むようにして、顔をしかめているようだった。
アスカは物思いに耽ったままであるようで、それには気付いていない。
「・・・大丈夫。これ以上A.Tフィールドを使わなければ、しばらく平気」
心配しないで、と表情の緊張を解いてみせた。
本人は安心させるつもりでそうしたのだろうが、効果は逆方向にしか働かなかった。
普段から浮世離れしたような雰囲気をもつだけに、一旦陰が落ちると見る者としては酷く不安にかられるのだ。
トウジは何か言いたげにその横顔を見ていたが、諦めたようにため息をひとつついて言葉を飲み込み、視線を光の柱に戻した。
案外とレイは頑固なところがある。
口調は静かだが、込められた意思は堅いということを、トウジも知っていた。
「ほうか・・・けど、ちぃと休んどいたほうがええ思うで。何時までこの状況が続くかわからんしな」
「いえ、最後まで待つわ。碇君が戻ってきたときに、ちゃんとここにいたいから」
レイは真っ直ぐ光の中心を見据えたまま、小さな声だがキッパリと言い放った。
仕方ない、とトウジが肩を竦めたところでアスカも二人の会話に気付き、何事かと顔をこちらに向けてくる。
体の不調を告げるとアスカは顔をしかめて難色を示したが、ここにいたいという心情も十分理解できたのだろう、特に何かを言うということはなかった。
「でも鈴原、鈍いあんたがよくわかったわね」
「なぁに簡単なことやて。わしの中に残っとったバルの欠片が・・・なんちぅか・・・・・戦っとる最中に融けてしもたんや。せやから、な」
語尾は何処か不安げな気配がした。
トウジが何を危惧しているのかは、容易に想像がつくことである。
融けてしまったということは、それすなわちA.Tフィールドが弱体化したことを示している。
目を閉じて意識を集中し始めたトウジは、しばらくするとアスカとレイに目を向けてゆっくりと顔を綻ばせた。
どうやらかつての半身は無事であるらしい。
「あっちも片がついたのかしら?」
そう言うアスカは最初から心配などしていない、というような素振りを見せていたが、目はとても穏やかで優しい。
今回ばかりはトウジも彼女を茶化すことはせず、グッとそれを飲み込んでいた。
「さぁな、とりあえずもう随分と落ち着いているのは確かや。それに・・・」
「誰か一緒にいるわね。使徒のうちの誰かが・・・きっとさっき鈴原君たちの手助けをしてくれたヒトと同じだと思う」
「そいつは同意する」
「んーっと、なんか良くわかんないけど、そうするとやっぱり地下のバルたちも一応勝ったと思っていいわけね」
大雑把なまとめであったが、否定するべきところは何処にもない。
もっともシンジたちがアダムを所持していたという時点で、『勝利』という事柄にどれほどの意味があったのか定かでないが。
敵を欺くにはまず味方からとはよく言ったものだ、とアスカは思った。
シンジとアダムの気配というのは極めて類似したものであるために可能だったのだろう。
自分達だけでなく、アダムを判別できるはずのバルやカヲルを欺いたのだからたいしたものだ。
数分後、光の柱を見上げていた三人は、自分の手の中にそれぞれ一枚の羽根を見つけた。
白銀の光を放つ、美しい羽根を。
WING OF FORTUNE
最終話 夢は終わりて
周囲は徐々に光を失い闇に染まっていく。
太陽が沈み、夜へと転じるように。
シンジとユイナは自分達の意識が、世界の中心に向かって沈み込んでいくのを感じていた。
中心部に近づくに従って闇はその濃さを増していく。
二人の体だけは、自身が光を発しているかのように闇の中に浮かんでいた。
しばらくすると周囲に大小さまざまな、色とりどりの泡が現れた。
それらはシンジの周囲に集まり、着かず離れずの状態を維持して、ともに闇の中へ沈んでいった。
深く潜れば潜るほどに泡はその数と種類を増していく。
「この泡・・・夢で見たやつと同じだ・・・」
シンジはそう呟いた自分に少し驚きながら、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
ついこの間、夢で見た光景によく似ている。
闇の中に浮かぶ無数の泡。
色の無い世界に浮かぶ色とりどりの泡。
(そうか・・・あの夢は僕の意識がここに触れたんだな・・・)
「驚いたわ。かなりの数になるだろうとは思っていたけど、まさかこれほどまでとは予想以上だわ」
「これって全部記憶だよね?」
ユイナは泡のうちの一つにそっと指先で触れた。
泡は見た目よりも頑丈らしく、割れそうな気配は見られない。
「間違いないわ。これは全部、この世界に引き込まれたシンジたちの記憶よ。いわば置土産といったところかしら」
「一人一つってわけじゃないだろうけど・・・でも凄い。いったい何人の僕がこの世界に来たんだろう?」
「両手じゃきかないことは間違いないわ」
「何十年もこの世界はぐるぐると同じ場所を回り続けていたことになるのか・・・そりゃあ何処かしら無理が出てもおかしくないよね」
頷き、ユイナは泡から手を引く。
触れた指先からはその泡に封じ込められた、以前この世界を訪れたある碇シンジの記憶が流れ込んできた。
おおよそ喜怒哀楽・・・おおよそ全ての感情がこの場にある。
しかし記憶を封じ込めた泡はシンジの周りを漂うだけで、これといった影響は無かった。
しばらくすると、下へ下へと降りていくに従って増加していた泡は徐々にその数が減ってきた。
新たな泡がまるで見えなくなった頃、二人は遂に闇の底へと到達した。
足元には地面らしき感触はあるが黒い空間が広がっているだけで、どの程度の広さがあるのか、どの程度降りてきたのかわからない。
距離感がまったく狂ってしまっていた。
「終着点・・・かしらね」
「・・・ユイナ、これ」
辺りを見回していたユイナは、横から差し出されたシンジの手に視線を向けた。
シンジはまだ膝をついており、空いた手で闇の上に転がる何かを拾い上げているところだった。
よく見えないため膝に手をついて覗き込む。
「ああ・・・これね」
手の上に乗っていたのは三つほどの傷だらけになった何かの欠片だった。
形はどれも一定でないが、色はこの闇の中で闇に染まらず、弱弱しいながらもその存在を主張している。
「うん。まだ他にもあると思う。もしかしたらそんなに広くは無いのかもしれない」
「アタシも探すわ。全部で幾つあったかわかる?」
「数はそんなに多くなかったと思うよ。10個前後ぐらいじゃないかな」
「オッケー」
ユイナは片目を軽く閉じ合図すると、その背に負った翼を大きく広げた。
広げられた翼は以前よりもぐっと大きくなっており、数テンポ遅れて、周囲の闇の中にポツリポツリとか細い蝋燭の灯火のような明かりが浮かび上がった。
シンジは小走りにその明かりがある場所に向かい、そこに転がっている同じような傷だらけの欠片を拾い集めてまわる。
欠片は全部で両手に何とか収まるくらいの量があった。
大雑把に見ただけだったが、シンジは三つ四つくらいはすぐにくっつけることが出来そうだ、と感じた。
「とりあえず、ここにあるのはこれで全部だわ」
翼をたたみ、額を拭うような仕草をしするユイナに、シンジが「ご苦労様」と声をかけようとしたとき、その場の光景が一変した。
スライドを入れ替えたように、瞬きをする程の短い時間にそれは行われた。
漆黒の空間から紅い夕陽が染められた小さな公園へ。
しかし二人は全くと言っていいほど動じなかった。
視線の先に砂場がある。
主に置いていかれてしまったプラスチック製の玩具や人形が、寂しそうに転がっている。
その中で一際長く伸びた影の主が、砂で作ったピラミッドをじっと見下ろしていた。
夕陽を背負っているせいで、二人からは表情がはっきりと見て取れなかったが、小さな男の子だということはわかる。
顔の見えないせいか、その子供も置いていかれてしまった人形であるように思えた。
そして少年は繰り返す。
砂を固め、踏みつける。
その作業の繰り返し。
「ねぇ、お姉ちゃんも一緒に遊ばせてくれないかしら?」
シンジを軽く手で制してから、ユイナは一人だけその少年の横に歩み寄った。
膝を折り、極力視線の高さを合わせて問い掛けると、少年は一瞬目を丸くして驚いていたが、すぐに嬉しそうに頷いた。
二人は一緒に崩れた砂山を再び固めていく。
シンジは少し離れた場所で、何も言わずに少なくとも一見した上では微笑ましいその光景を見守っていた。
ほどなくして砂山は完成して少年が立ち上がった。
「もう崩さなくていいのよ。崩す必要はないの」
まだしゃがんだままだったユイナが声をかけると、少年ははっとした表情で動きを止めた。
「まだ名前を言ってなかったわね。アタシの名前は赤木ユイナ。大切な人達からもらった名前で、とても気に入っているの」
少年を見上げて、ユイナは嬉しそうにはにかむ。
その次の瞬間、暖かかった眼差しが射抜くような鋭いものに変わった。
「あなたの名前、聞かせてくれる?」
「僕の・・・名前・・・・・・僕・・・は・・・・・・」
風景が凍りつく。
僅かに感じられていた空気の―――おそらく擬似的なものであるが―――流れも、一切感じられなくなった。
数秒送れて世界から色がなくなり、ゆっくりと白黒の世界は崩れていく。
風で吹き飛ばされる砂のように。
そうして再び黒一色となった世界に、シンジとユイナは放り出された。
「・・・もう一度言うわね。あなたの名前を聞かせてくれないかしら?」
「僕は・・・碇・・・シンジ・・・碇シンジだよ」
少年がいた場所には蹲る人影があった。
膝を抱えているためか、目に映るその姿は酷く小さく、頼りない。
触れれば先ほどの風景のように、砂となって吹き消えてしまうのではないかと思えるほどに、弱弱しく見えた。
ぼんやりと浮かび上がっているだけで、彼には色がなかった。
かろうじて白と黒の陰影だけが、人の姿として認識させるに止まっている。
「初めまして、この世界の僕」
黒い地面に膝をつきながら、シンジは奇妙な感覚に捕らわれている自分に、落ち着くよう言い聞かせていた。
緊張と昂揚が交互に波のように擦り寄ってくる。
同じ容姿をし、同じ名を持った人間がすぐ目の前にしていること、こんな経験を出来るものは世界中を探してもまずいまい。
緊張し興奮してしまうシンジを誰も責められはしないだろう。
そのような場合ではない、とどんなに頭で理解していても。
「これは君の持ち物だよね?拾ってきたんだ、ここに・・・置くよ」
“シンジ”の足元に、抱えていた欠片をそっと置く。
しかし、ちらりと見ただけで、大きな反応を見せない。
「改めて自己紹介する必要もないだろうけれど、折角だからさせてもらうね。僕はこことは異なる世界に生きていた、碇シンジ。君と同じ、碇シンジだ」
「・・・知ってる。この世界には、僕のせいでたくさんの“僕”が訪れ、戦いに巻き込まれていった・・・そうだよね?」
「それは正確じゃないと思うよ。巻き込まれた“僕”もいるけど、主体的に戦いに望んだ“僕”もいる。一概に巻き込まれたと言い切ってしまうことは出来ないんじゃないかな」
「でも僕が居なければ、彼らはこの世界に来ることはなかった。苦しむことは・・・なかったんだ・・・」
膝を抱えて、体の前で組まれた腕に、キュッと力が込められるのがわかった。
色のない体がほんの少しだけ、布が水を吸い上げた程度の微妙な違いではあったが、変化が生じた。
苦悩の色、後悔の色、後ろ向きな感情に見られる色である。
この世界に来なければ苦しむことはなかった―――これはおそらく事実だ。
「でも僕はここに来られてよかったと思ってるよ」
すっかりその場に腰を降ろしてしまったシンジの顔を、驚いた様子で“シンジ”は見返した。
「確かに、辛いことや苦しいことはあったよ。けど、その代わりに本来の世界では得難いものを手に入れたと思う。それはエヴァの操縦もそうだし、使徒との戦いもそうだ。たくさんの人に、ユイナに、僕は出会うことが出来た。どちらが大きいとか、そういうことはわからないし、他の“僕たち”がどう考えていたかもわからないよ。けど少なくとも僕はここに来られてよかった。君がなんと言おうと、この思いは変わらない」
先ほどの表情を無理矢理かき消し、俯き沈黙している“シンジ”に、シンジはそっと囁く。
「君は・・・自分が嫌いなんだね?」
全身が、大きく一度震えた。
はっきりとしなかった体の色が、また少し、色濃くなる。
「・・・当たり前じゃないか・・・僕は・・・みんなに酷いことをしたんだ。アスカに、綾波に、トウジに、カヲル君に・・・みんなにひどいことをしたんだ・・・こんな僕はいないほうがいいんだ・・・」
言葉がどんどん弱くなっていくことに反して、体はますます強張っていく。
他者の拒絶と自己嫌悪が、今や翼の力を全てユイナに返したシンジにも、それとわかるほどに滲み出ている。
同時に相反する感情がそこにあると感じていた。
自分が嫌いだと思うことの裏には、好きになりたいという思いが少なからずあるはずである。
そして他人に好かれたい、という思いも。
人が他人に好かれたいと考えたとき、好かれていないと感じてしまうと、そんな自分のことが嫌いになってしまうことがある。
そうなると、自分を嫌いになることで、ますますそんな自分が他人に好かれることはないと思い込んでしまうのだ。
あとは螺旋のように同じことを繰り返して、自己嫌悪の階段を下るだけである。
「それでも君は世界を元に戻そうとした」
「・・・ただの自己満足だよ。結果的にみんなを苦しめたんだから」
抱えた膝に額を押し付けるようにしているため、表情は二人からは窺えない。
苦々しい感情の滲んだ自虐の塊が、耳に届くだけである。
「自分を好きになりなさい・・・そう言われたことって一度くらいはないかな。僕はあるけど・・・・・・あれって無責任な言葉だよね」
“シンジ”の様子を横目で見やりつつ、言葉は続ける。
初めから返答は期待していない。
聞いてくれているだけで十分だ。
「母さんが死んでから、結構投げやりになったところがあったんだ。小学校のときに先生に言われたよ。でも、どうやって好きになるのか、具体的な方法は全然教えてくれなかった。どうやったらいいのか、わからないから困っていたのにね」
当時を思い出してか、シンジは静かに笑う。
「自分が嫌いだから、他人に好きになってもらえないのも仕方ないと考えた。だから、そんな自分がもっと嫌いになった。なのに、ただ自分を大切にしなさい、自分を好きになりなさい、そう言うだけで何もしてくれない。ただ一言、僕の事を好きだと言ってくれれば、それで救われたかもしれないのに」
「・・・・・・・・・」
「その目は、自分も同じだ、って言っていると見ていいのかな?」
そう言ってやんわりと微笑んだシンジから、慌てて“シンジ”は目を逸らした。
「誰かに好きだと言ってもらいたかった。自分自身が嫌いだから、そんな自分のことでも好きだと言ってくれる人がいて欲しかった。そうすれば、ほんの少し自分を許すことが出来そうだったから。でも僕もいけなかったんだよ。ちゃんとそう言ってくれる人がいたのに、僕の目も耳も、全部内側に向いてしまっていたんだ」
「シンジがそれに気がついたのは、死んじゃってからだったものね」
ユイナの言葉に、シンジは顔をしかめて視線を一旦落ち着きなく、様々な場所へ散らした。
図星を突かれると、どうにも落ち着かないのだが、相手が彼女であることを考えると、ごまかしなど聞きそうにもないことは明々白々である。
仕方なく肩を竦めて、また視線を戻す。
「ハハッ・・・耳が痛いなぁ。あのときはアスカと父さんが泣いてくれていたっけ」
「・・・僕にはそんな人・・・いない・・・」
「本当にいないと思ってるの?」
「・・・いないよ・・・・・・みんな、苦しめていたのが僕だとわかったら、誰も僕を許してくれない・・・・・・」
二人は目を合わせて、頷きあう。
目を閉じて、呼吸を整えるように深く息を吸うのに合わせて、ユイナの背中の大きな翼が再び大きく広げられた。
音もなく、黒い世界に白い亀裂が入る。
生じた亀裂はユイナの足元を中心に、地平の果てまで閃光のような速さで縦横無尽に駆け抜けていく。
世界には、瞬く間に蜘蛛の巣の絨毯が広げられた。
それからユイナが右手を挙げ、それを内から外へ軽く振り払うような仕草をすると、初めて硝子が割れるような甲高い音がした。
砕かれた黒い欠片が粉々になって宙を舞い、その下から一切の澱みの無い純白の世界が顔を出した。
「先に断っておくわ。今のアタシはあなたよりも世界を操作する権限が上よ。たぶん、アタシはあなたの代わりに世界を維持するために送り込まれたんでしょうね。あくまで当初は、でしょうけど」
「だったら・・・僕を無視してくれればいいじゃないか」
「それはダメよ。アタシたちは世界を救いに来たんじゃないもの。ね、シンジ?」
蹲る“シンジ”に二人の手が差し出された。
「今さっき言ったばかりけど、あなたをこのままにしても世界を維持することは出来るわ。実際、今もやってるしね」
「だからこの手を取るかどうかは本当に君次第なんだ。無理強いはしない」
差し伸べられた二本の腕をちらちらと見ながら、逡巡している“シンジ”の周りに羽根が舞った。
ゆらゆらと今にも落ちてしまいそうで、それでいて何時までも浮かんでいる。
羽根が“シンジ”の体にかすめた瞬間、“シンジ”は大きく目を見開いて、舞う羽根を追い始めた。
「アス・・・カ?こっちは綾波・・・トウジも・・・・・・みんな・・・どうして・・・・・・?」
「素直に受け止めればいいのよ。これはあなたを望む声なんだから。ほら、耳を澄ませて。聞こえるでしょう?」
「アスカも、綾波も、トウジもみんな君に帰ってきて欲しいと思ってるんだよ」
心というものが、皆共通してパズルのようなものだとしたら、この世界の碇“シンジ”に関わる人間は皆、穴が空いていることになる。
シンジは最期の時が近づくにつれて、それを強く感じるようになっていた。
同じ碇シンジという名を持つ存在でも、目の前に蹲る少年と自分とでは同一ではない。
誰であれ、代わりになることなど出来ないのだ。
自分にも帰らなければならない場所があるように、彼にもまた仲間たちが待つ場所へ、帰るべきであると考えている。
しかし、それも自身がその意思を見せなければ意味がない。
「・・・・・・僕は・・・あそこにいていいの?」
「それは君の決めることだよ。みんなと一緒にいるのか、ここにこのまま止まるのか・・・ね」
「・・・・・・・・・」
押し黙った“シンジ”は躊躇いがちながら、腕を解いて、足元に置かれた欠片に手を伸ばした。
触れた指先から、波紋が広がるように、彼の体は色を取り戻してく。
「これを組み上げるまで、待って・・・くれるかな?」
二人は微笑むと、“シンジ”を間に挟むようにして腰を降ろした。
「もちろん。最後まで付き合うよ」
「時間の方は安心して。ここは現実世界と時間の流れ方が同一ではないから、どんなに手間取っても大丈夫だから」
「・・・ありがとう・・・」
うっすらと目じりに涙を浮かべながら礼を言うと、“シンジ”は欠片を一つ一つ手にとって、組み上げ始め、二人は黙ってそれを見守った。
初めは上手くいかず、見ている方は少しばかりもどかしい思いをしたが、試行錯誤を繰り返す中でようやく一つ繋がったときは、思わず声を挙げてしまいそうになった。
そのときは“シンジ”も繋がった欠片を胸に抱きしめ、全身で喜びを噛み締めていた。
暖かな思いは見ている二人にも伝わり、自然と頬が緩んでしまうのだった。
やがて複雑な形をしたいくつもの欠片は、時間の経過と共に“シンジ”の手の中で一つの塊となっていく。
しかしもう一歩で完成するというところに到達したとき、はたとその手が止まってしまった。
「足りない・・・?」
「いや・・・これでいいんだよ」
少し驚いた様子で呟いたユイナに対して、“シンジ”は僅かに自虐的な心の影を引き摺って、苦笑する。
「これで、いいんだ。僕の心はどこか抜け落ちてしまっていたようなものだから・・・これが僕の心の姿なんだよ」
もう一度、噛み締めるように言うと、二人に視線を配った。
仕方の無いことだ、だからもういいんだ―――そう二人に言い聞かせるような目で。
しかしそこにあったのは決して諦めの光ではなかった。
眼差しに宿った意思を汲み取ったシンジが先に立ち上がり、差し伸べた手をとって、穴の空いた心を抱えた“シンジ”はついに立ち上がった。
「ようやく、終わったね・・・」
だだっ広い真っ白な空間に、少年の声が吸い込まれていく。
ここには何もない。
つい先ほどまで、泣きじゃくる二人の少女と、それを受け止めてあたふたとしている少年の姿が映っていた窓があったのだが、それも今は消えてしまった後だ。
「ご苦労様でした。本当に・・・お疲れ様」
少年と少女は、背中を合わせるようにして、足を投げ出してその空間に座り込んでいた。
全身から不必要な力を抜いて、まるでもう眠る直前のような状態である。
実際、体には包み込む、しばらくは何もしたくないと思えるほど心地よい疲労感があった。
彼らは一つの目標を成し遂げたという、充足感によって軽く酔っているようなものだった。
少年は言う。
「これから、大丈夫だよね。この世界は」
少女は微笑み、頷く。
「いろいろ問題はあるかもしれないけれど、きっと乗り越えていけるわよ。だって・・・もう一人じゃないって、わかったんだもの」
「僕も、彼の力になるかな」
「きっとなるわ。この世界に来た全てのシンジがそうであったように。勿論、彼らにその意図があったわけじゃないことも事実だけど」
「うん・・・あとは彼が全てを自分のもの出来ることを、祈るだけだね」
すくっと、少女は立ち上がり、それまで消えていた翼を広げた。
「なんにせよ、無事終わってよかった。あなたのことも、向こうにちゃんと送り届けることが出来そうだし」
「ねぇ・・・どうしても、ここでお別れなの?」
座ったままの少年の問いかけに、少女は寂しそうに首を横に振る。
「こればっかりはどうしようもないわ。彼がせき止めていた時間は、彼の心を埋めたあの泡の数を見ればどれほどのものになるか、想像できるでしょう?せき止められていた膨大な時間の流れは、それだけで大きな力を持っているのよ」
「それはわかってる。今、いきなりその障害を取り除いてしまったら、世界にどんな影響が出るかわからない。下手をしたら、折角元通りに時を刻み始めた世界を壊してしまうかもしれない。だから、君はここにいるんだ」
「人には無理だもの・・・時の流れを制御するなんてさ。もっと以前であったなら、アタシの存在は必要なかったでしょうけどね」
「なんだか寂しくなるよ。僕は、君と何年も前からずっと一緒だったような気がするからさ・・・」
「あら?あなたにはちゃんと帰りを待ってくれている人がいるんだもの。そんなこと言っちゃダメよ」
この世界に来る前に見た幼馴染の顔が思い浮かんで、少年は言葉を途中で飲み込んだ。
泣きじゃくって、言葉にならない言葉をどうにか紡ごうとしている、幼馴染の少女の様子は今でも焼きついている。
思い出す余裕がなくなってしまっていたことも事実だが、これ以上泣いたままにさせてよいはずがない。
少年が無言のまま立ち上がると、特に何も考えずに歩きだした。
どうしようもないことだと解っているからこそ、ひとつ所に留まっていると泣き言を言ってしまいそうな自分を感じていたから。
口を開くかわりに、足を動かして、言葉を飲み込めと言い聞かせる。
その行為が成功するかどうかというところで、足は止まった。
「ゆ、ユイナ・・・?」
少女がその背に抱きついてきたためだった。
「・・・ゴメン、しばらくこうしてて」
「えっと・・・その・・・うん、わかった・・・」
今の自分は精神のみの存在であって、心臓がないのに、早鐘のように鳴り響いていると感じた。
しかしそれも、背で少女が泣いていることに気付くと、急速に冷却されていく。
喉が引き絞られたように息苦しくなるったが、それも体があるのではなく、心が苦痛の声をあげている証であった。
今度は歩けない。
だから、拳を作って、白くなるまで強く握りこんだ。
「ダメなのはアタシの方ね・・・絶対に泣かないつもりだったのに」
「・・・・・・・・・」
「最後に・・・覚えられているのが泣き顔なんて嫌だから・・・笑顔を覚えていてもらいたかったのに・・・・・・」
少女はそれ以上言葉が続かず、嗚咽を必至に噛み殺そうとする気配が伝わって来るだけだった。
抱き締めていた体が透き通って、感覚も不確かになってくると少女は腕に更に力を込めた。
必死に腕の中の温もりを逃すまいとしている少女の行為を嘲笑うかの如く、その姿は足元から消えていく。
やがて抱き締めているはずの腕が空を切ったとき、ようやくこらえることが出来そうになっていた涙が、再び溢れ出てしまった。
最後の一瞬になって少年は「ゴメン」と呟き、両手で顔を押さえて涙を見られまいとしている少女の方を振り返った。
少年も寂しさを隠そうと無理に笑顔をつくり、たった一言の別れの言葉を残して霧が晴れるように、消えていった。
どうなるものでもないことを解っていながら、少女は思わず少年の名を叫んだ。
喉があるのなら、張り裂けても構わないと思いながら、今までで一番大きく、切ない声を絞り出した。
いくらかして、多少の落ち着きを取り戻した少女は、誰もいなくなった空間に向かって囁いた。
出来ることなら口にしたくなかった言葉を、少年が最後の残した別れの言葉を。
「さようなら・・・シンジ・・・・・・さようなら・・・」
第三新東京市と天を繋げていた光の柱は、空へ吸い込まれるようにして消失した。
後に残されたのはプラグスーツ姿の、一人の少年だけだった。
少年は天を仰ぎ、光の粒子が空高く上っていくのを見守り、完全に消えてしまってもしばらくそうしていた。
やがて深く息を吸い、足に根が生えてしまったように、微動だにせず立ち尽くしている三人に顔を向ける。
少年は照れ臭そうに頭を掻き毟るなどしていて、そのときに何か言葉を発したのかもしれない。
次の瞬間、二人の少女が飛びつくようにして少年に抱きついていた。
二人の行動が唐突だったのか、余程勢いがついていたのか、そのまま三人はもつれるようにして地面に倒れこんでしまう。
滑稽とも思える様であったが、誰もそれを笑う者はいなかった。
もう一人の黒いプラグスーツに身を包んだ少年は、ほとんど押し倒された格好の少年と目が合うと、軽く頷いて返して、あとはやんわりと頬を緩めるばかりだった。
この子供達のじゃれあいを、少し離れた場所から、安堵の表情で見守っているものたちがいた。
身につけている服が血に染まっている銀髪の青年は、ネルフの制服に身を包んだ女性に支えられて、ようやく立っているようだ。
時折お互いに横目で視線を交わしては、見る者に安らぎを与えるような微笑を浮かべている。
その二人の横では年恰好の似た銀髪の少年と茶髪の少女が、何か小声でやり取りをしていた。
少年はやや硬い表情であるのに対して、少女はコロコロと表情を変えるものだから、実に対照的な様子だ。
別の青年は、表情こそ申し訳無さそうに影が落ちていたが、隣に立つ少年に促されて子供らを見やるその目だけは、穏やかに笑っていた。
この場にいた誰よりも、この光景に対して強く安堵を抱いているかのような、そんな雰囲気があった。
第三新東京市を一陣の風が吹き抜け、誰が促したわけでもないのに、皆同じように空を見上げた。
雲ひとつ見られない、何所までも澄んだ青い空に、一羽の鳥が翼を大きく広げて、太陽をかすめるように飛んでいくところだった。
「この世界には導くため翼はもういらない、か・・・」
空を見つめていた誰かが、そう呟いた。
Epilogue
第一声、まず耳に届いたのは耳を劈くような悲鳴だった。
起き上がった僕は、半ば呆然と、そして半ば恐慌状態に陥っている喪服の面々をぐるりと見渡した。
中には数珠鳴らし、手を合わせて、バカの一つ覚えのように念仏を唱えている人も見受けられる。
やれやれ、どうしたものだろうか?
表面では冷静を装いながら―――後になって気付いたのだけど、この状況で僕が冷静でいた方がよっぽど怖かったのだろう―――内心で頭をひねる。
ユイナぁ・・・もうちょっと帰ってくる時間をどうにかできなかったの?
思わずぼやいてしまったわけであるが、悪戯っぽく笑っている彼女の姿が目に浮かぶようだった。
とりあえず、自分が生きていることを皆に証明した方がいいと思い、棺おけから出ようとしたところで、思い切り突き飛ばされた。
いや・・・アスカが、抱きついてきたんだ。
全く予期していなかったものだから、僕は無様に倒れてしまい、後ろにあった遺影を飾った祭壇を豪快に巻き込むことになった。
「いたた・・・アスカ、怪我は無い?」
一応、アスカが怪我をしないようにしたつもりだったのだが、声をかけてみると返事はない。
どこか打ったのかと思い、腕の中の彼女を覗き込もうとすると、今度は頬を叩かれた。
「何をするんだよ!?せっかく心配してるってのに・・・」
「バカァ!!それはこっちの台詞よ!!あんた死んじゃっった聞いて、ホントに・・・ホントに心配したんだからぁ!」
この後、僕は涙目になったアスカの(支離滅裂な)お説教を延々と聞かされることになった。
そうしている間に我を失っていた人たちも再起動を果たして、何かキツネにつままれたような顔をして帰っていく姿を横目で見ることが出来た。
「シンジ君、大丈夫だった?あの子、あなたが事故にあったって聞いてから、ずっとふさぎ込んじゃってて・・・きっとその反動が来たのね」
「・・・泣いてくれたのも、怒ってくれたのも、凄く嬉しいですよ。どうでもいい人間だったら、あんな反応はしてくれませんから」
結局、体の検査やアスカの御説教も含めて、全てが片付いたのは、目を覚ましてから半日以上経過してからだった。
僕は久しぶりにアスカの家に足を踏み入れていた。
母さんが死んでしまう前までは、よく遊びにきたものだが、そのときとは随分と様変わりしているように思う。
アスカは僕が事故にあってから全く休んでいなかったそうで、今は安心してベッドの中だ。
まだ父さんは事後処理に追われていて、手持ち無沙汰になっているところを僕はキョウコおばさんに声をかけられた。
お誘いを受けてここにいるわけであるで、向かい側で紅茶の入ったティーカップを傾けているキョウコおばさんは、ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべてこちらを見ている。
改めて思うことだけれども、とてもアスカという僕と同い年になる娘がいるとは思えない若さだ。
今でも、アスカと並んで歩けば姉妹で通用してしまうのではないだろうか?などと、真剣に考えてしまう。
「あの、何かおかしいですか?」
「いいえ。ただ、凄く良い顔をするようになったと思ったの。変な話だけど、御葬式の前のあなたとは別人みたいだわ」
「案外本当に別人かもしれませんよ」
「それはないわ。アスカがあなたを間違えることはないもの」
その妙な自信が何所からくるのか、聞いてみたいところだけど止めておくことにした。
下手に藪を突っついて、妙な者が飛び出してきても困る。
「まぁそれは一先ず置いておいて。私は本当に何かあったんじゃないか、と思っているわ。死後の世界、じゃないけどね」
「そうですね・・・実は僕、長い夢を見ていたんですよ。長い長い夢を」
「夢・・・?」
首をかしげるキョウコおばさん。
「笑いませんか?」と断りを入れると、カップを置いて、改めて聞く姿勢に入ってくれた。
とりあえずパラレルワールド云々の話は端折って、概要だけを話していった。
自分で口にしていても、他人に信じてもらえそうもない内容であることがわかり、苦笑が腹の底から湧き上がってくるのを感じた。
それでもキョウコおばさんは神妙な顔で聞く側に徹してくれていることが、少し嬉しかった。
「それで・・・あなたのそばにはずっとその女の子がいたわけね?」
「ええ、その子はが僕のすぐそばにいて、一緒に悩んだり、苦しんだりしてくれました。時には痛みさえも、分かち合って・・・僕を支えてくれたんです」
「あなたはその・・・・・・・・・好き、だったのかしら?」
問い掛けられて、僕は初めてその問いの答えを探すことになった。
僕にとって彼女の存在は、一体いかなるものであったのだろうか、と。
でも、出てきた答えははっきりとしたものではなかった。
「さぁ、どうなんでしょう?今となっては確かめる術もありませんし・・・ただ、大切な人だったことは間違いありませんね」
キョウコおばさんは黙って僕を見つめている。
僕は少し居心地が悪いものを感じて、この話題を切り上げることにした。
「でも結局夢なんですよ。僕以外の人にとっては、なんら意味をなさない・・・夢なんです」
「けれどあなたはその夢で変わった」
「そうですね。その夢がなかったら、僕はこうしてキョウコおばさんと話をすることもなく、また適当に生きていたと思いますよ」
キョウコおばさんは不意に柔和な笑みを浮かべて、視線を奥のドアに向けた。
首をかしげていると、こちらを見てまたクスクスと、控えめに声をあげた。
話題を切り上げようと思っていたのだが、どうにも気になってついまた自分から踏み込んでしまう。
「あの・・・また何か?」
「なんでもないわ。昔ユイと話したことを思い出したの」
「母さんと・・・ですか」
「もしお互いの子供の性別が違っていたら、是非結婚させようって、ね。ほら許婚ってやつ」
「ッ!?か、母さんとそんなこと話していたんですか?」
そう言ってキョウコおばさんが猫のように目を細めて、妖しく笑う。
思わぬ方向に話が向いたことで、僕は気持ちを落ち着けようと口にした紅茶を吹いてしまうところだった。
ついでにドアの向こう側で大きな物音がしていたのだが、キョウコおばさんは全く気にしていない様子だったので、やはり僕も気にしないことにした。
どうも主導権を握られてしまっているようなので、下手に動くと血だるまにされる可能性がある。
やはり早々に退散した方がいいかもしれない。
「何でそんなことを今言うんです?」
「安心して、押し付けるつもりはないから。そういう話をしたという、ただの思い出話よ」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
キョウコおばさんの笑顔が、僕のエヴァに乗ることで鍛えられた危機感知能力の網に引っかかった。
このままではキョウコおばさんのペースに引きずり込まれると判断して、慌てて席を立つことにした。
そう言えば、向こうの世界のキョウコおばさんは、ちゃんとエヴァから解放されたのだろうか?
まぁユイナのことだから、ちゃんとやってくれているだろうけれど。
「あら、シンジ君。もう帰っちゃうの?」
「すみません。やらなきゃならないこともあるんで」
「でもお父さんもまだ帰ってきていないんでしょう」
まだ話し足りないといった様子のキョウコおばさんだったが、これ以上はきっと玩具にされるだけだ。
それにやらなきゃならないことがあるのは、本当だった。
「作文を・・・・書き直さなきゃいけないんです。“将来の夢”って題で」
キョウコおばさんに挨拶をして外に出た僕は、ズボンのポケットに手を入れた。
そこから一枚の羽根を取り出し、僕のささやかな願いを込めて、吹き抜けていく風の中へと投じた。
羽根はクルクルと華麗に舞いながら、空高く、吸い込まれていく。
将来がどうなるかなんてわからないけれど、僕はもっと自分を好きになれるように頑張ろうと思う。
僕のために泣いてくれる人が、少なくともここにはいるのだから。
道を歩くときは迷ってもていいんだ。
たとえ道を間違えてしまっても、気付いたときに戻ればそれでいい。
疲れたのなら、足を止めて休もう。
頭を冷やせば進むべき道が見えるかもしれない。
どうしようもなければ逃げるのだって、一つの道だ。
本当に怖いのは、失敗することよりも、そこから動けなくなってしまうこと。
でも、もしそうなってしまったとき、手を差し伸べてくれる人がいたとしたら、それは―――――――――それは、とても幸せなことなのだろう。
そう思うよね・・・・・・・・・君も。
The End
最後の後書きのようなもの
今回で「WING OF FORTUNE」は幕を降ろすことになりました。
結果的に全六十一話(+『TYPE B・B』全七話)、おおよそ二年間にわたる連載となったことになります。
開始した当初のことを思うと、正直「よく続いたなぁ」というのが本音です。
どんなに続いても、三十話程度で終わるつもりで書いていたはずなんですが・・・気がつけば、その倍になっていたわけで(^^;
しかしHPを開設し、連載を立ち上げ、後半更新ペースがかなり低下しましたが、今は無事完結できたことに安堵しています。
物語を通して考える場合、やはりユイナとバルというキャラが、その存在をそれなりに示すことが出来たことは一つの収穫でした。
途中、バルの存在感が少々大きくなりすぎた感もありましたけれど。
ちなみに『TYPE B・B』に関しては、その最たる例であり、ほぼ完全にイレギュラーの話でした。
本来は別の話として検討していたのですが、バルの存在がそれなりに受け入れられていたこともあり、ああいった形になったわけです。
実はあともう一つゲームを題材にして、分岐有りのSSなんてのも考えていたのですが、これはかなり労力がいるんですよね。
そのため、企画倒れになってしまいました。
『TYPE B・B』のように、書くと公言しなかったことは幸いだったかもしれません(苦笑
その他、反省すべき点は多々ありますが、御付き合いしてくださった方、感想をくださった方に感謝し、お礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。
03/21/02
感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板によろしかったらお願いします。
誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。
若干の補足事項。(読まずとも別に構いませんので、あしからず)
「いろいろ問題はあるかもしれないけれど、きっと乗り越えていけるわよ。だって・・・もう一人じゃないって、わかったんだもの」
「僕も、彼の力になるかな」
「きっとなるわ。この世界に来た全てのシンジがそうであったように。勿論、彼らにその意図があったわけじゃないことも事実だけど」
「うん・・・あとは彼が全てを自分のもの出来ることを、祈るだけだね」
この部分の会話ですが、穴の空いた“シンジ”の心を埋めたことを意味しています。
シンジたちの残した(ここがその意図がなかったという部分です)記憶の泡が集まって、“シンジ”の足りなかった部分を補ったということです。
ただ、これは応急処置でしかないから、シンジは祈っているわけです。