はじめに
食品の流通が盛んになって、好きなものがなんでも食べられる時代になりました。一年中、自分の好きなものだけを食べて満腹するという人もでてきます。これでは“飽食”が“偏食”になってしまっているわけです。
ところで、私たちの体内には、よくご存じの鉄以外にも、重要なはたらきをしているいろいろな金属元素が含まれています。亜鉛もその一つです。
こうした金属元素は、偏食の人では、必要な量をなかなかとりにくいのです。そこでここでは、体内における亜鉛のはたらきを考え、亜鉛不足で健康をそこなうことのないよう、食生活上の注意点などを考えてみます。
亜鉛は体内にどのように存在しているか
・体内に存在する金属元素としては鉄に次いで多い
体重70kgの人の体内には、およそ1.4〜2.3gの亜鉛が含まれています。これは体内に存在する金属元素では、鉄の約3〜4.5gに次ぐ量です。
・多くの亜鉛は細胞内にたんぱく質と結合した形て存在する
亜鉛は、体内のほとんどの組織の細胞内に存在します。多くは、たんぱく質と結合した形です。体内にある鉄は血液中を循環するほうが多いのに対し、亜鉛は組織中の細胞に多い金属元素といえます。
総量としては、筋肉や骨、皮膚などの大きな組織に圧倒的に多く存在します。肝臓、膵臓、腎臓、脳などにもかなりの濃度で含まれていますが、前立腺(精液の一部を分泌する)や骨の亜鉛濃度は特に高いことが知られています。このことは、生殖や骨の形成に亜鉛が深くかかわっていることをうかがわせます。
体内における亜鉛のはたらき
1 酵素やホルモンの構成成分としてのはたらき
・亜鉛が活性中心となってはたらく酵素がある
体内の各組織の細胞内では、生命を保つのに必要なさまざまな化学反応が休みなく行われています。こうした化学反応をはやめるはたらきをするのが、酵素とよばれるたんぱく質です。酵素のなかには、亜鉛がその中心に結合してはじめて活性をもつことができるものがかなりあるのです。
たとえば、肝臓でアルコールを分解してアセトアルデヒドをつくるアルコール脱水酵素があります。
また、炭酸という物質を二酸化炭素と水に分解して排出する炭酸脱水酵素もその一つです(この炭酸脱水酵素は、組織で生じた二酸化炭素を水和して、逆に炭酸に転換するはたらきもします)。
このほか多くの酵素が亜鉛を必要とすることがわかってきています。そのため、からだが亜鉛欠乏状態になると、これらの酵素のはたらきが低下して、さまざまなわるい影響が現われることが考えられます。
・亜鉛はホルモンの作用にもかかわる
亜鉛はまた、インスリンなどいくつかのホルモンの構成成分であり、またホルモンの作用や分泌の調節にもかかわっているとされています。
2 からだの成長と亜鉛
・亜鉛は核酸やたんぱく質の合成にかかわっている
動物実験で、亜鉛欠乏状態にすると成長が妨げられます。これは一つには、亜鉛欠乏では食欲が低下(味覚障害)して、食事の摂取量が減ることと、食事の利用効率がわるくなるためです。
もう一つの大きな理由は、亜鉛が核酸の合成に必要とされるからです。核酸(DNAとRNA)は、細胞内で、たんぱく質をつくるときに命令をだし、またそれを伝える物質です。そのため、亜鉛が欠乏すると核酸の合成が妨げられ、ひいては成長に必要なからだのたんぱく質をつくる能力が低下するのだろうと考えられています。
・亜鉛は皮膚や骨の新陳代謝にもかかわる
亜鉛が不足した状態になると、皮膚や骨の新陳代謝がわるくなるとされています。皮膚では角化(硬くなる)がおきたり、傷口の治りが遅くなることが知られています。
皮膚や骨の結合組織には、コラーゲンという線維状のたんぱく質がたくさん含まれています。亜鉛不足では、このたんぱく質をつくりにくくなることが考えられます。また、最近になって、亜鉛が骨形成を促進する作用を示すこともわかってきました。
3 生殖機能とのかかわり
動物を亜鉛欠乏食で育てると、雄、雌ともに、性的成熟が遅れます。
人間でも、前立腺や精液中には高濃度の亜鉛が含まれていることから、亜鉛は生殖機能にかかわっていると考えられています。
4 味覚の維持
・味覚のにぶった人、食欲不振の子どもでは亜鉛不足のことがある
食欲をまるでしめさず、発育のわるい子は、味覚がおちていることがあります。また、成人で味覚がにぶくなった人では、からだ(血液、髪の毛など)に亜鉛不足がみられることがあります。こうした人に亜鉛を投与すると症状が改善されることから、味覚の維持に亜鉛がかかわっていると考えられています。
亜鉛が不足するとなぜ味覚障害(食欲不振)がおこるのか、くわしいことはわかっていません。亜鉛は、味蕾(味をみわけるところ)や唾液にも含まれているので、それらになんらかの変化がおこるのだろうと考えられています。
5 亜鉛不足による障害…どんなときにおこるか
からだが亜鉛欠乏になれば、いろいろな障害がおこってきます。亜鉛欠乏をおこす大きな要因は、吸収不良と摂取不足です。
・生まれつきの亜鉛吸収不全
ごくまれですが、先天性亜鉛吸収不全症(腸性肢端皮膚炎症)がみられます。発育不全、下痢をともない、皮膚には特有の症状(炎症)がでてきます。
・亜鉛の摂取量不足、吸収を妨げる物質の多量摂取
亜鉛の含有量が極端に少ない食事や、亜鉛の吸収を阻害する物質を多量に摂取した場合、欠乏症がみられることがあります。亜鉛不足の初期症状は,味覚障害や食欲不振としてあらわれてきます。
ある種の薬剤は、体内で亜鉛と化学反応をおこして、吸収を妨げることが知られています。多種類の薬剤を服用しているときは注意が必要です。
亜鉛の摂取と吸収
これまでのべてきたように、亜鉛は、人間にとって栄養上欠かすことのできない元素(必須微量元素)です。必要とする量はごくわずかですが、食物として毎日、補給する必要があります。
1 亜鉛の吸収と排泄
食物としてとった亜鉛が、腸管からどのようなしくみで吸収されるか、詳しいことはまだ不明な点が多いようです。おそらく、一般にリガンドとよばれる他の物質と結合して腸管壁を通過するのだろうと考えられています。
吸収されて血液中に入った亜鉛は、こんどはアルブミンやグロブリンとよばれるたんぱく質と結合して体内の組織に運ばれます。利用され、不要となった亜鉛は、大部分は大便中に排泄されます。汗や尿中へも一部が排泄されます。
・吸収に影響をあたえる因子
体内に亜鉛が不足しているときは、腸管からの吸収がよくなるといわれます。食物中に含まれる亜鉛の吸収率は平均して60%程度です。これは、健康な人と腸管になにか病気のある人とでは大きく異なってきます。
亜鉛の吸収は、食事内容によっても大きく変動します。低たんぱく質の食事では吸収がわるくなります。また、植物性食品に含まれるフィチン酸とか、食物繊維などが吸収を妨げることが知られています。しかし、動物性たんぱく質を多くとるようにすれば、その影響は著しく軽減されます。
また、カルシウム、銅あるいはカドミウムなどの金属も亜鉛の吸収を妨げるといわれています。
2 日本人の亜鉛摂取量
・成人では1日に8〜20mgを摂取
多くの調査結果をみると、わが国の成人の亜鉛摂取量は、1日あたり8〜20mgとかなりの幅がみられます。これはあとで述べるように、摂取する食品の種類や量により、献立中の亜鉛含有量には大きな差がでるためです。
・必要量は1日10mg程度と考えられる
わが国では亜鉛の所要量はきめられていませんが、諸外国の亜鉛所要量は成人で1日8〜15mgになっていることなどから、1日10mg程度を摂取することが必要と考えられます。したがって、わが国の成人の摂取量(8〜20mg)からみると、通常の食事をしていれば、ほぼ必要量が補われているといえます。
・乳児とくに人工乳児についての注意
からだがどんどん大きくなる赤ちゃんは、亜鉛を必要とします。母乳に比ベ、これまでの市販粉乳は亜鉛含有量が不足がちでした。そこで日本の小児料学会では、欧米の勧告を参考にして、亜鉛欠乏への予防上、人工乳(調乳)1リットルあたりの亜鉛含有量の下限を2mg、上限を6mgとしています。
亜鉛を上手にとる
亜鉛不足にならない食生活をするために、次のことを知っておきましょう。
1 食品中の亜鉛含有量について
ふだんよく食べる主な食品の亜鉛含有量を、表に示しておきました。
一般的にいえば、植物性食品よりも動物性食品に多く含まれています。
食品に含まれる亜鉛などの金属元素(ミネラル)は、ビタミンなどと違って、貯蔵や加熱により分解されて失われるということはありません。水洗いや蒸し煮をしたりするときに、一部が溶け出してきます。煮汁を捨てる料理の場合は、その分だけ失われます。
また、その食品が加工・精製されればされるほど、それにつれて各種のミネラル量は減少します。
・1回に食べる量について考える
この表では、その食品100g(可食部)あたりの含有量を示しています。したがって、実際に摂取できる亜鉛量は、1回に食べる食品の量から計算することができます。しかし、その食品の調理のしかた、食べ方によって摂取できる亜鉛の量は違います。
たとえば、煮干し100g中の亜鉛含有量はかなり高いわけですが、出し汁の中にはごく微量(1%程度)しか溶け出してきません。まるごと食べれば話は別です。
かき(貝)は、100g中に約70mgと最も亜鉛含有量の多い食品です。この場合は、1粒10gのかきを2粒食べれば、それだけで約14mgの亜鉛がとれることになります。
ごはんも、茶わん1杯(120〜130g)食べれば1mg以上の亜鉛がとれます。
ふだん食べている食品の種類と量から、食事でどれくらいの亜鉛が摂取されているか、およその見当はつくと思います。
2 食事献立のくふう
このように献立につかう食品の種類および量によって、摂取できる亜鉛の量は大幅に異なります。
植物性の食品、野菜にばかりかたよって食べていると、亜鉛不足をおこすおそれがあります。植物性の食物繊維を過剰にとりすぎると、亜鉛の吸収を妨げることは前に述べました。
・動物性たんぱく質をバランスよくとる
動物性食品は、一般に亜鉛を多く含むだけでなく、動物性たんぱく質が食事中の亜鉛の吸収によい影響をあたえます。
肉、まるごと食べる小魚や貝類、卵など動物性食品に、穀類、豆類、野菜それに海藻などもとりいれて、各種の食品をバランスよく食べることが、やはり大切なのです。
おわりに
亜鉛などの金属元素は、体内に存在する量がわずかなので、摂取不足がつづけば、健康にわるい影響がでてきます。ふだんから多めにとるように努めたいものです。といって、むやみに大量にとるのも無意味なことです。いかなる必須元素も極端に多量を摂取すれば有害な作用が現れます。亜鉛ももちろんこの例にもれません。また、からだには、ホメオスタシスといって恒常性を維持するしくみがあります。特に必須微量元素は組織中のその濃度があまり変化しないような調節をうけやすく、食事として、かりに亜鉛を大量にとっても、必要なだけ利用すれば、よぶんなものは排泄されてしまいます。
健康を保持し、病気を予防するには、ある栄養素一つだけを多くとることを考えるのでなく、食事全体の栄養バランスを考えることが大切です。
主な食品中の亜鉛含有量(可食部100g中) (武らによる)
食品名 |
亜鉛量(mg) |
食品名 |
亜鉛量(mg) |
(穀類) |
|
(卵肉類) |
|
食パン |
1.1 |
鶏肉(全卵) |
2.2 |
そば(ゆで) |
1.1 |
(卵黄) |
6.0 |
精白米(めし) |
1.2 |
(卵白) |
− |
もち |
1.1 |
牛肉 |
1.3 |
(いも類) |
|
豚肉 |
2.0 |
|
こんにゃく |
0.3 |
とり肉 |
1.7 |
さつまいも |
0.3 |
プレスハム |
2.8 |
さといも |
1.8 |
ウインナーソーセージ |
6.8 |
しやがいも |
0.7 |
(野菜類) |
|
(油脂類) |
|
にんじん(生) |
0.4 |
植物油 |
0.1 |
ほうれんそう(ゆで) |
0.7 |
豚脂 |
0.6 |
キャベツ(生) |
0.3 |
パター |
1.3 |
(果実類) |
|
プロセスチーズ |
6.4 |
いちご |
0.3 |
牛乳 |
0.1 |
すいか |
0.3 |
マヨネーズ |
1.8 |
なし |
0.2 |
(種実類) |
|
りんご(ふじ) |
0.2 |
アーモンド(いり) |
0.7 |
バナナ |
0.2 |
栗(ゆで) |
5.6 |
みかん |
0.3 |
落花生(いり) |
3.7 |
(海藻類) |
|
豆腐 |
0.8 |
味付のり(干) |
2.0 |
納豆 |
3.0 |
こんぶ(干) |
1.6 |
みそ(白) |
1.8 |
とろろこんぶ |
1.6 |
みそ(赤) |
11.2 |
わかめ(干) |
6.1 |
大豆(煮) |
1.8 |
(きのこ) |
|
(魚介類) |
|
えのきだけ |
0.8 |
あじ |
7.6 |
しいたけ(生) |
0.9 |
いわし |
1.6 |
(干) |
9.0 |
煮干し |
21.1 |
(飲み物) |
|
さんま |
1.3 |
ココア(粉) |
21.7 |
かき |
73.0 |
インスタントコーヒー |
0.5 |
あさり |
2.8 |
抹茶 |
133.5 |
干えび |
6.2 |
煎茶浸出液 |
6.4(5g/200ml 1分間) |
しらす干し |
2.6 |
|
|
※山口正義氏(静岡県立大学薬学部講師)の報告にもとづいて作成しました。
<監修>健康情報調査検討委員会・委員長細谷憲政