僕は戦う。 ――どうして?――
僕にしかできない事だから。 ――本当に?――
逃げ出したら後悔するから。 ――どうせ、みんな死んじゃうんだよ?――
WANDERING CHILD 第弐話
「うんん」
安らかな睡眠は少年の声とともに破られた。
実はそれほど寝起きのよくないシンジは、目を覚ますためにまず顔を洗う。
そのままエプロンをつけて戦闘体勢を整え、キッチンに向かった。
昨日レトルト食品とともに買っておいた材料を取り出すと、早速調理に取り掛かる。
鼻歌なんかも歌ってみる。
「うーん、こっちに来た間にだいぶ背が伸びたからなー」
少し勝手が違うようであるが、大きな影響はない。
瞬く間に純和風の朝ご飯が出来上がる。旅館の冷めた朝ご飯よりよっぽど美味しそうだ。
シンジが「そろそろミサトさんを起こそうか」と考えていると、ふすまが開き、まさに『のっそり』とミサトが出てくる。
「あ、ミ、ミサトさん、おはようございます」
匂いにつられて起きたのではないかと邪推してしまうようなタイミングのよさに、挨拶が一瞬どもる。
「んあ、おぉ、おは、よう」
こちらは、いまだ覚めぬ眠気のせいだ。
そのまま洗面所に消えるとバシャバシャと水音が聞こえてくる。
きっかり一分後に再起動を果たしたミサトが朝食のテ−ブルに付く。
寝癖、目ヤニ、右手にえびちゅと百年の恋も覚める3点セットのフル装備である。
あの水音は、何をしていたのだろうと真剣に悩みそうになるのをどうにか抑えて味噌汁をお椀によそう。
「おっはよう。シンちゃんすごいじゃない、料理得意なんだ。んっぐ」
満面の笑みで『えびちゅ』のプルトップを空けてから先ほどと違ってさわやか(?)に挨拶をする。
「やっぱ日本人は、白い御飯とお味噌汁とビールね」
と、とんでもない事を涼しい顔で言ってのける。
「はー、朝からビールですかミサトさん。相変わらずですねぇ」
「相変わらずって?」
「あっ、いや、あの、その、だから、昨日の飲みっぷりを見れば、ね、うん、えぇ、そうですとも」
昨夜色々考えたのだが、はっきりと自分の気持ちが決まるまでは自分の正体を隠すことに決心したのだ。
しかし、いきなりこの慌て様である。前途多難を絵に描けばこうなるかもしれない。
「ふーん。まぁいいや早く食べよう冷めちゃうわ」
ミサトの思考能力が目の前の朝ご飯に気をとられ、大幅に低下していたことが幸いだった。
シンジもこれを幸いとばかりに朝ご飯に取り掛かる。
「ミサトさん、ビールを置いてくださいよ」
卵焼きに入った出汁が泣くと言うものだ。
セカンドインパクト以後豊富に取れるようになったとは言え本物の鰹節のだしである。
そこいらのインスタントの出汁といっしょにされたら困るのだ。
ちなみに昆布は気温の上昇と共に高級品になってしまい残念ながら、インスタントで代用している。
ミサトは、卵焼き、御飯、味噌汁、アジの干物、御飯、ビール、御飯、卵焼き、御飯、納豆、ビール、アジの干物、お味噌汁。と猛烈な勢いで食べている。
あっ、三杯目おかわりしてる。しかも大盛り……。
「ふぐ、むごごもご。んごんぐ……ゴキュゴキュ」
ミサトは、口いっぱい頬張ったまましゃべることは不可能だと学習すると、口の中の納豆御飯マヨネーズ味をビールで流し込んだ。
「プハー。シンちゃん、申し訳ないけど今日これからネルフに来てもらえないかしら」
一転してまじめな顔になる。
「本当は、もっと考える時間を上げたいのだけれど。とりあえずの意思を聞きたいらしいのよ。
昨日、あんな事しておいて虫のいい話だと思うけど。
その……、あなたの家族として言わせて頂戴。何より自分の気持ちを大切にしてほしいの。
あなたが乗りたくないといっても、誰にも文句は言わせないわ」
「いいんですか、作戦部長がそんなこと言って」
シンジは、うれしく思いながら少し意地悪なことを言う。
「ま、やる気のないパイロットに乗られても困るしねー」
互いに目を合わせると、くすりと笑う。
「さ、早いこと食べていきましょう」
追記:今日の朝御飯は、昨日の公正なジャンケンの結果ミサトの当番である。
「シンジ君。こちのはずよ」
ミサトの案内で、冬月の待つ小会議室を目指して20分。やっぱり迷っていた。
「『はず』って、どういう意味ですか」
「いやっ、その」
額に大きな汗を貼り付けたミサトが、言い訳をはじめる前に声がかかった。
「葛城さん、何やってるんですか」
その声の主は長髪の男性で、二人を探すために走ってきたのか肩で息をしている。
「あ、あはははは
あ、シンジ君。後で、発令所のほうで正式に紹介するけれど、オペレーターの青葉君よ」
ミサトはこれ幸いに話をそらす。微妙に視線を逸らしてみたりもする。
「よろしく」
「あ、どうも。よろしく」
「て、そんなことしてる場合じゃ無いですよ。副司令さっきからお待ちなんですから」
三人が小規模な会議室についたのはそれから10分後だった。因みにいったん入り口に戻るのが最短のルートだった(要するに正反対だったわけだ)。
二人が部屋に入ると冬月は詰め将棋の本から顔を上げて挨拶をした。
「やあ、葛城君。君にしては早かったね。」
人間ができているのか、嫌味なのか判断に困るところである。
今度はシンジのほうを向き直って笑顔を見せる。
「やあ、シンジ君。突然こんなことに巻き込んで申し訳ない。
本来なら碇のやつが話すべきなのだろうが、その……色々忙しくてな。
それに、あいつはこういった話が苦手だからな。申し訳ないが私が代わりに話をすることになる」
冬月はいったん言葉をきると、同意を得るようにシンジのほうを見る。
シンジも視線を受けて小さくうなずく。
「それで、単刀直入に言うが、我々としては君に、これからもエヴァに乗ってもらいたい。
どうだろう、乗ってもらえないだろうか」
シンジは、前回のときのことを思い出していた。
あの時は、自暴自棄な気持ちで詳しい説明も聞かずに契約をしていた。
だが、今回は……
「エヴァに乗って戦おうと思います」
「そうかシンジ君乗ってくれるか」
その様子を心配そうに見ていたミサトが声をかける。
「シンジ君、本当にいいのね」
「はい。まだ明確な理由は見つかっていませんが、自分が乗るべきだと思うんです。
でも、詳しい話を聞いてから正式に返事をしたいと思うのですが宜しいですか」
「ん?ああ、もちろんかまわんよ」
ニコニコとした笑顔で頷く。
「ええと、まず僕の立場みたいなものはどうなるのですか?」
「シンジ君。君は国際公務員と言うことになる」
「いや、そうではなくて。えっと、ネルフってなんか軍隊に近い組織じゃないですか。
なんとなく父さんや副司令、あとミサトさんなんかの命令を聞かなくちゃいけないことは分かるんですけど、その、僕の立場と言うか、地位なんかはどうなるんですか?」
シンジは前回、第4使徒戦のことを思い出していた。
あの時命令違反をしたのは、確かに情緒が不安定だったことが原因だろう。
しかし、それだけではないことも確かだった。
驚いたことに自分がネルフという一種の軍隊に所属しているという意識自体が希薄だったのだ。
極端な言い方をすれば、あの時初めて命令を聞かなければならないことに気付いたのだ。
「君たちパイロットは……チルドレンと呼んでいるがね、独自の命令系統に入ってもらう。
なんといっても現在世界に3人しかいないパイロットだからね。
具体的に言うと君たちに命令を下せるのは、碇……きみのお父さんと私、そこにいる葛城君と技術部長の赤木君の4人だけだ。
最もお願いをすることはあるかもしれないがね」
前回と同じ内容に、シンジは頷く。
「分かりました」
その後、守秘義務などについて説明を受けながらシンジは冬月のことを考えていた。
(そういえば、副司令のことはほとんど知らないな。
まあ、父さんのことも知っているとは言えないけど)
話が一段落ついたところでシンジは思い切って冬月に聞いてみることにした。
「副司令は、どうしてネルフに入ったんですか」
冬月の「おや?」という表情に慌てていろいろと付け足す。
「いえ、その。副司令って先生とか似合いそうな感じがしたものですから。
それなのに、ネルフってつまり軍隊みたいな組織の、それも副司令にまでなってらっしゃるから。
僕……その、自分が戦う理由みたいのモノを見つけ無きゃいけないと思っているんです。
だけど今のままでは、なんとなく状況に流されて乗ることになってしまう。
でも、それじゃダメなんです。
僕は、死にたくないと思っています。でも、死んでもいいと思っている自分がいるのも事実です。
そんなことを考えていたら、副司令は何で戦っているのかなって思って」
冬月は少し考えるような顔になる。
「そういうことか。私は、……いや」
続けようとしてやめる。「本当は戦ってなどいないのだよ」という言葉を。
ミサトは、自分が戦う理由を考えていた。そして自己嫌悪に陥いる。
(シンジ君は、こんなに必死になって、戦う理由を探している。
当たりまえだ。14歳の少年が世界の破滅を救うために戦うわけが無い。
彼には戦う理由なんて無いのだ。
それを……それを私は、自分の復讐のために無理やり戦わせている。
復讐。
自分の大好きだった。大好きではなくなった。
でもまた大好きになれるはずだった父を、再び大好きになれる直前に奪った使徒。
あのときの恐怖と怒り。
使徒を許すわけには行かない。
でもそのためにシンジ君達を死地に追いやっていいの?)
昨日の風呂場でのことを思い出していた。
(私は結局シンジ君を自分の道具としてしか見てないんだわ。
だって……使徒に勝ったのに、ぜんぜん嬉くなっかたもの)
やがて冬月はゆっくりと、気持ちを確かめるように話し始める。
「もう20年近くなるかな。そのころ私は、大学で教職についていたのだがね。
そこで一人の天才に出会ったのだよ。
秀才とは違う、本物の天才に出会ったのは彼女が最初で最後だった」
父さんって天才だったのか?と頭をひねっていたシンジは彼女という言葉に驚く。
「えっ。彼女って」
「碇ユイ君。君の母親だよ」
「母さんが……」
「そう、エヴァの基礎理論を完成させたのもユイ君だったしね」
ミサトは一瞬リツコのことを考えたが、そのリツコのように複数の問題を並列処理するという特技を持っていないのですぐに自分のことに思考を戻す。
「彼女が事故で亡くなったとき、彼女が遺したもの、やろうとした事を見届けたいと思ったのだよ」
そういうと冬月はすこし遠い目をした。
ふと腕時計に目をやる。
「もうこんな時間か。すまないが、私はこれから会議があるのでね」
「はい。今日は忙しいなか、ありがとうございました」
「なに、気にする必要は無い。それより返事を聞かせてもらいたいのだが」
シンジはしばらく考えて、話しが終わった後で正式に返事をすると言ったのを思い出す。
「あ、ああ、はい。あの、ちょっとすみません。」
自分のせいで生まれた不自然な間を誤魔化そうとしてどもってしまう。
お茶を少し飲んで気を落ち着かせる。
「これからもお願いします」
「そうか、乗ってくれるか」
冬月はそう応えると、書類を青葉に渡し後の手続きを任せると部屋を出ていった。
食堂で昼食を済ませた後、発令所でオペレーターたちの紹介を受ける。
「シンジ君、彼女はリツコの部下の伊吹マヤちゃん。
テストなんかでこれから顔を合わすことも多いと思うわ」
「あ、これからお世話になる碇シンジです。その、よろしくお願いします」
「伊吹マヤです。こちらこそよろしくねシンジ君(イヤン可愛い。はあと)」
この瞬間シンジはシゲルを敵にまわした。
「あら、マヤちゃんダメよー。シンちゃんは私が唾つけたんだから(はあと)」
この瞬間シンジはマコトを敵にまわした。
「エーと、彼はシンちゃんもさっき会ったわね。副司令直属で、情報担当のロン毛君。
で、こっちはあたしの部下のめがね君。愛称は、青葉シゲルと日向マコトね」
「はは、あははははは」
シンジは苦笑いするのに忙しかったので、幸いにも二人のアイコンタクトには気付かなかった。
「それじゃシンジ君。起動実験始めるわよ」
リツコのいつもと変わらない冷静な声で告げる。
「はい」
シンジは簡潔に応える。
発令所に緊張した空気が流れる。
通常、エヴァのシンクロには長い訓練が必要なのだ。
そしてそれを安定させるためにもまた同様だ。
第3使徒戦で高いシンクロ率を記録したが、彼は今までまったく訓練を受けていないのだ。
前回は火事場のなんとかでは無いが、たまたま安定していただけかもしれないのだ。
実際にアスカやレイの場合も、訓練の初期段階では突然安定しなくなり暴走する事故が少なからずあった。
まして昨日、初号機の力をまざまざと見せ付けられたのだから。
『起動実験、始めます』
起動実験の準備が進められるのを横目で見ながらミサトはリツコに訊ねた。
「結局、聞き損ねちゃったんだけどさ、
昨日のシンちゃんのシンクロ率、有りえないって言ってたけどどういうこと?」
リツコは、マヤに指示を出しながら応える。
「シンクロ率を上げるにはどうすればいいと思う?」
「へ?いや、急にそんなこと言われても」
「なんて言うのかしら、エヴァに心を開く必要があるの。
いきなりエヴァを見せられたとして、ミサトあなたは心を開けられる?」
「えーと、そんなこと言われても……
でも、シンちゃんも男の子なんだし、こんな巨大ロボットはあこがれるもんなんじゃないの?」
「ロボットじゃないわよ」
「そんなこと言ってる訳じゃ無いわ」
「そうじゃなくて、エヴァは人造人間よ。
一つの生き物として、全てを受け入れなければならない。そして彼は受け入れた。
これがどれだけ異常なことか分かるでしょ」
「シンちゃんってば、人間ができてるのね」
うんうん一人でうなずいているミサトにリツコは頭を抱える。
「アスカのシンクロ率の最高記録が81%、平均で70%超といったところね。
何年も訓練を重ねてきたアスカよりエヴァに心を開いたって言うの?」
「うーん。そう言われるとねー」
二人が話している間にも、実験は進んでいる。
『サード・チルドレン、シンクロ率87.31%』
発令所に「おぉー」というどよめきがもれる。
「昨日の戦闘中の値は出ないか。
まあ、戦闘による高い集中力を平時の訓練で期待するのは酷だけど」
そのセリフにミサトは首をひねる。
「何、言ってんのリツコ。昨日よりシンクロ率高いじゃない?」
「昨日の戦闘中の最高記録は、103.29%。たまには報告書読んだら?」
「ひゃくさんぱーせんとぉー!そんな数字初めて聞いたわよ。
ちゅーかシンクロ率って100%、超えるの?」
「100%はあくまでも一つの基準よミサト。
水は100℃で沸騰するけれど、それより高い温度も存在するわ」
「わかったような、わからんような」
「もしかしたらシンジ君はエヴァのこと何か知っているのかもしれないわね」
ふと漏らしたような呟きにミサトが反応する。
「赤木博士、エヴァのことで私に何か隠してない?」
リツコは平然として答える。
「あら、説明してないだけよ。最低でも2、3時間はかかるけど付き合う?」
「あ、あたし仕事残ってたんだわ」
ミサトは、慌てて退散する。どこかに違和感を感じながら。
「シンジ君。こちらで微調節をするから。とりあえず上がって待ってもらえるかしら」
「はい、分かりました。
あ、そうだ、昨日の女の子。綾波レイのお見舞いに行きたいんですけど時間ありますか」
「そうね、2時間ぐらいかかるからかまわないわ。準備ができたら放送するから」
「分かりました」
そこに、さっき出て行ったはずのミサトが入り口から首だけをつきだす。
「シンちゃん、私が案内してあげるからシャワー浴びてらしゃい」
「ミサト、あなた仕事があったんじゃ……」
突っ込むリツコを尻目に軽い足取りで発令所を後にした。
「レイ、入るわよ」
ミサトはシンジをつれて、レイの病室に入ってから言った。
レイは、その非礼ともいえるミサトの態度にも特に反応を見せなかった。
包帯に包まれたその肢体をベットに横たえたまま、顔をドアの方に向けただけだった。
「やあ、えっと、始めましてじゃぁ無いよね。うん。
あの昨日は、怪我しているのに無理させるようなことしてごめん。
あ、まだ自己紹介してなかったね。
これから、一緒に戦うことになったサード・チルドレンの碇シンジ。よろしく」
そのレイの態度を気にした様子も無く自己紹介をするシンジ。
無表情のままそれを聞き流していたレイは、シンジの碇という姓に初めて反応を示す。
「……イカリ」
「そう。碇ゲンドウ、司令の息子」
シンジは苦笑しながらも、ようやくの反応に念を押しておく。
「えっと、その、これから友達というかさ、仲良くしよう」
シンジの言葉にミサトがニヤニヤした顔で冷やかそうとするが、レイの応えに顔をこわばらせる。
「命令ならそうするわ」
その答えを予想していたシンジは慌てずに続ける。
「綾波、友達の意味は知っているよね。辞書に載ってるもので良いから」
シンジは、両肩を落として『とほほ』を絵に書いたような体勢のミサトを無視してレイに話し掛ける。
「親交のある、仲のいい二人の関係。親しく交わっている人」
「なら、それは命令されて作るものじゃないって分かるだろ」
「……ええ」
「なら、もう一度聞くよ?僕と友達になってくれるかい?」
「……」
レイは、どう応えていいのか困った様子で黙っている。
「綾波、僕と友達になるのは嫌かい?」
「私には、何も無いもの」
「じゃ、訊くけど。何が無いんだい」
「……」
やはりレイは、答えに困った様子で黙っている。
「友達かい?だったら僕が最初の一人になれば良い。
感情かい?たった今、困ってるじゃないか。それは感情だよ。
両親かい?父さんはいるけど、僕だって母さんはいない」
「……絆」
やがてレイが小さな声で言う。
「綾波、絆ってなんだろ。
人と人を結ぶもの、人と人をつなぐ証。
絆があるから友達になるんじゃない。友達になるから絆ができる。そうだろ?」
「……解らない」
何かを考えるように、そして少し不安そうに小さく答える。
「初めての経験だから分からないのもしょうがないよ。
僕と友達になれば、少しずつでも解るようになるよ」
「……」
レイは、やがてこくんと首を縦に振った。
シンジは初めて人を丸め込むことに成功した。
『シンジ君、そろそろ準備してもらえるかしら』
リツコからの放送が入る。
シンジは、もう少しレイと話したかったが、慌てると逆効果だと思い実験に戻ることにした。
「それじゃぁね、綾波。もしよかったら僕と友達になってよ」
シンジはそういって部屋を出た。
『とほほ』から『ニヤニヤ』に体勢を立て直したミサトが後を追う。
「シンちゃん。レイのこと、お気に入りのようね」
今度は、シンジが『とほほ』の体勢になって答える。
「そんなんじゃありませんよ。ただ、彼女の笑った顔が見たいだけです」
「そう?」
ミサトはさらにからかおうとするが思い直す。
「それはそうと、シンちゃんレイのこと何か知ってるの?ナンカそんな感じだったけど」
シンジは、いっそのことミサトに全てを話してしまおうかと考える。
しかし、ミサトの使徒への復讐にかける異常ともいえる情念を思い出す。
(今のミサトさんにレイのことを教える訳にはいかない。
レイは拒絶されるかも知れない。最悪、殺される可能性もある)
ミサトの狂気にも近い一面を知るシンジは決断する。
「そんなこと、ありませんよ」
「普通は、あんな対応されたら驚くと思うけど」
「ここに来る前に、よく似た娘と知り合いになったことがありましたから」
「ふーん。そうなんだ」
「そうですよ」
しばし考える様子だったミサトは、一転して笑顔になる。
「んー、まぁ、いっか。シンちゃんレイのことお願いね」
「はい」
シンジは、神妙な面持ちで答えるのだった。
レイは、シンジとの会話を思い返していた。
(友達……友人、仲間。
以前読んだ小説には、友達ができるのは嬉しいことだと書いてあった。
私、うれしいの?
いつもより、ほんの少し心が軽いような感じ。
……これが嬉しいという感情?)
「ところでミサト」
「何?リツコ」
「あなた、今日何か仕事した?」
「……」
つづく
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