そこに"赤"の天使がいた。


一陣の風が吹き抜ける。そして……


「パン!」 「パン!!」 「パン!!!」














WANDERING CHILD 第五話














「何すンねや」

平手で張られた頬を押さえながらトウジが叫ぶ。

「見物料よ。安いもんでしょ?」

そのバックに広がる海のような青い瞳と、腰まで届く赤味がかかった金色の豪奢な髪を持った"赤"の少女――惣流・アスカ・ラングレーはそう言い放つ。

日本人とドイツ人のクオーターである、その少女は日本人離れしたプロポーションと、それでいて日本的な細やかさを持っていた。

その可愛いから美しいに変わろうとしている顔は、まさに美少女というに相応しいだろう。

先の騒ぎはシンジたちがヘリで空母に降り立ったときに起こった。

突然の突風に少女のレモン色をしたワンピースの裾がまくりあがり、その照れ隠しに派手なビンタが披露されたのだ。

そう考えると、先ほどの騒ぎも少女の容姿もあいまって微笑ましい光景に思えてくる。

訂正。

何だ、その挑戦的で挑発的な顔は。

しかし少女の本質を知るシンジの目には微笑ましく映るのだ。いや、痛ましいのだろうか?

シンジにも自分の気持ちが理解しきれていないのかもしれない。

もっとも、そんな事を知らないトウジにとっては生意気な女としか感じられないのであり……

「なんやてぇ!そんなモンこっちも見せたるわ!」

と、何時ものジャージのズボンをずり下げたのは良いが、勢いあまって(?)パンツまで一緒に下げてしまった。

「キャー」

パン!!!!

トウジは両頬に手形をつけ、泪目で人生について考えていた。



そもそも、ドイツで調整をしていたエヴァンゲリオン弐号機とその専属パイロットであるセカンドチルドレンを迎えにいく事になったのが始まりだった。

シンジはアスカの事を思い返していた。

あの"赤"の世界に最後に残された二人。

神は二人に、アダムとイヴになれと言うのだろうか?

だが神話ならぬ世界で生き抜くには、たった二人の少年と少女はあまりにも脆弱だった。

二人きりの世界、二人しか存在しない世界。

楽園を飛び出した二人。

二人の前に在るのは全ての人類、いや全ての生き物が溶け込んだ生命のスープ。

不完全ながらも女神のコピーだった綾波レイの巨大な空蝉。

だがそれも役割を終えた今は半ば崩れていた。

それ以外は何も存在しなかった。時間すら、意味をなさなかった。

いつしか少年は、少女の首をその手で絞めていた。

苦しそうなしぐさすら見せない少女の口がかすかに動く。

「ありがとう」

なんと残酷なことだろうか。

少女にとって死とは開放なのだろうか。そこまで追い詰められていたのだろうか。

少年はその先を続けることが出来なかった。

顔をあげると見渡す限りの"赤"い海。そして、海の色を映した"赤"い空。

赤、あか、アカ。



「おーい、シンジ。どないしたんや?」

トウジの声で我に返る。

「酔うたんか?顔色、悪いで」

心配そうなトウジに、シンジは力無いながらも笑顔を返す事に成功した。

「大丈夫だよ」

「ほうか」

まだ心配そうな様子だが、それでも納得したようでケンスケの方をあごで示す。

「ま、あれに比べりゃ大丈夫やわな」

そこには軍用ヘリに乗れたことがよほど嬉しかったのか、カメラを覗きながら狂喜乱舞するケンスケがいた。



やがてヘリが高度を落とし雲が切れ海が見える、海上には多数の軍艦が航行していた。

「おお!空母が5、戦艦4大艦隊だ。ほんと、持つべきものは友達だよなぁ」

「これが、豪華なお船かいな」

盛り上がるケンスケと、がっかりするトウジが好対照だ。

そして、シンジも目を奪われていた。

海の圧倒的な青さに。

(海が、空が青い)

シンジにとって海が赤くないということは、それだけで大きな感動をもたらすのだ。

生命のスープ。

確かに青い海も多くの命を内包している。

それは、生命のスープと呼んでも差し支えは無いのかもしれない。

だが命が生まれ、育まれる海。

あの"赤"い海とは根本的に違っているのだ。

シンジの心は、感動と興奮に震えていた。



マネキンの乗組員がポーズを取っているのをバックに、四人が空母に降り立つ。

国連軍の資金及び人材難はかなりのもののようだ。

直前に思い出したシンジは、トウジに帽子を飛ばさないように注意を促した。

「うおおお!すごい!すごい!すごすぎる!!!

男だったら涙を流すべき状況だねこれは」

ケンスケは、ビデオを片手に相変わらずの様子だ。

そして、シンジの目の前に彼女が立っていた。

彼女は十分に間合いとタイミングを計ってから声をかける。

「Hello、ミサト。元気してた?」

むやみに胸を張るアスカに苦笑しながらミサトは答える。

「まあね。あなたも背が伸びたんじゃない?」

アスカは片手を腰に当ててポーズをとった。

「他のところもちゃんと女らしくなってるわよ」

ミサトはシンジ達のほうを振り返ると、その少女を紹介する。

「紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、惣流・アスカ・ラングレーよ」

(アスカ……)

アスカは確かに輝いていた。

たとえそれがアスカの虚勢ゆえであったとしても、アスカ自身に輝きが無ければここまで輝きを放つことは無いだろう。

(もう二度と曇らせはしない)

シンジは、その心に固く誓った。

そして……

風の悪戯が起こった。



「で、噂のサードチルドレンって?まさか、この馬鹿じゃ……」

イヤそうな顔をしてトウジのほうを見る。

「違うわ。この子よ」

ミサトがシンジのほうを手で示す。

アスカはシンジを頭の上から足の先まで値踏みするように見ると、こう言い放った。

「ふーん。冴えないわね」

普通なら怒るところだろう。しかし、シンジは懐かしさで胸がいっぱいになった。

ここまでが限界だった。

シンジは、その瞳からあふれるものを抑えることが出来なかった。

「泣ーかした。泣ーかした」

それを見て、ミサトが子供のように囃し立てる。

トウジとケンスケもそれに加わる。

「なっ!なに泣いてんのよ、アンタ」

アスカは慌てる。だが、改めてシンジの顔を覗き込むと言葉をなくしてしまった。

流れる涙を拭こうともしないで、あまりにもきれいに微笑んでいたから。



ブリッジでマネキンの副艦長を従えた艦長がミサトからIDを受け取るも、一瞥しただけで確認するのを辞めてしまう。

もっとも年齢、体重などの項目がマジックで消されていては無理も無いだろう。

「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、こちらの勘違いだったようだな」

語学に堪能な艦長が、ミサトにIDを返しながら日本語で嫌味を言う。

ケンスケは周りの状況に関係なくビデオを構え、トウジは憧れの目でミサトを見つめていた。

アスカは先ほどのことが気になるのか時々シンジのほうをちらと伺い、シンジは自らの行動を思い出して少し顔を赤く染めてうつむいている。

「御理解頂けて幸いですわ、艦長」

「いやいや、私のほうこそ、久しぶりに子供のお守りが出来て幸せだよ」

子ども扱いされたアスカの顔がゆがむ。

「この度はエヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます。

こちらが、非常用電源ソケットの仕様書です。こちらの書類にサインを」

「ふんっ!大体この海の上で、あの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらん!

いつから国連軍は宅配屋に転職したのだ!!」

「某組織が結成された後だと記憶しておりますが」

副艦長はどうやら生身だったらしい。語学にも堪能そうだ。

「とにかくサインは、まだだ!!海の上は我々の管轄だ。黙って従ってもらおう」

「分かりました。但し有事の際は、我々ネルフの指揮権が最優先である事をお忘れなく」

どうやら会談はミサトの胃に穴があく前に終わったようだ。

「相変わらず凛々しいな」

その男の登場は、完璧なタイミングで行われた。

「加持さんっ!」

アスカが今までの勝気な様子を一変させて、黄色い声をあげる。

シンジは加持の最後を思い出していた。

その顔は悲しみに満ちていた。

「げっ!」

一方ミサトは、艦長の嫌味に対したとき以上に顔を引きつらせて絶句していた。

ミサトの胃は再びピンチに陥ったようだ。



一行は士官食堂でお茶と相成った。

「なんでアンタがここにいるのよ!」

早速ミサトが噛み付く。

「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」

加持はアスカのほうを向くと、笑みを浮かべながらミサトの勢いをいなす。

加持リョウジ――長髪を後ろで縛り、無精髭を生やした少しにやけた顔。

くたびれたシャツにぶら下がる緩めっぱなしのネクタイ。

男性諸氏は、彼の第一印象をなんと評するだろうか?

『だらしない』だろうか?だが、それが計算された隙だと気付く者は多くは無いだろう。

そして女性の多くは彼の笑顔をこう表現するだろう――男の色気を感じさせる笑顔だと。

「今、付き合ってるヤツいるの?」

机の下では加持とミサトとのあいだに足を使った攻防が行われている。

「それがあなたに関係あるわけ!?」

「あれ、つれないなぁ」

さりげなく椅子の背にもたれるようにして、さらに足をミサトのほうに送る。

(加持さん)

シンジはやはり、これから加持の身に降りかかるであろう不幸を思い返さずにはいられなかった。

セカンドインパクトそして人類補完計画。真実を知ることに全てを賭け、そのために殉じた男。

いったい何が、彼をこうまでさせるのか。

シンジは愕然とした。

(そういえば、加持さんが真実を探している理由を聞いてなかったな。

いや、そもそも僕は加持さんの事をほとんど知らない)

なぜ、加持はあれほどあっけなく最後を迎えたのだろうか。

ネルフ、内閣調査室、そしてゼーレ。

三重スパイをこなす加持にとって、それは十分に予想されることだったはずだ。

なぜ加持は、不用意とも思える無用心さで自ら罠に飛び込むような行動をとったのだろうか。

たった一つ思い当たることがある。

それは加持にとって、真実を知ることは全てに優先する事だったということだ。

自らの命よりも。

そしてそれは、シンジの周りにいる人の多くも同じだった。

(父さんは母さんに会うこと、ミサトさんはお父さんの復讐、リツコさんは母親への対抗心。

アスカはお母さんに、みんなに認めてもらうこと。

そして僕も……

誰一人として自分の命を一番に思っている人はいなかった、そんな気がする)

シンジは思考にふけりながら、だんだん暗澹たる気持ちになっていった。

「君は葛城と同居してるんだって?」

「え、ええ」

突然現実に引き戻されたシンジは少しどもってしまう。

「彼女の寝相の悪さ直ってる?」

「でゅぅえぇぇぇ」

アスカ、トウジ、ケンスケの三人は愉快なポーズで固まっている。

「な、な、な、な……」

ミサトは暗い顔でブツブツ言ったまま動かなくなった。

「えっと……」

(どう、答えれば良いんだろう?)

不意を突かれたこともあるが、二度目にもかかわらずシンジは結局気のきいた答えを返すことは出来なかった。

「相変わらずか。碇シンジ君」

加持のほうも期待していたわけでは無いようで、軽く笑うとすぐにフォローを入れた。

「て、加持さん。なんでコイツの名前知ってるんですかぁ」

いち早く現実に復帰したアスカが加持に詰め寄る。

「そりゃ知ってるさ、彼はこの世界では有名だからな。

何の訓練も無しに実戦でエヴァを動かしたサードチルドレン」

「そんなの、偶然に決まってるわよ」

アスカが噛み付く。

「偶然も運命の一部さ。才能だよ、シンジ君の……」

(ああ、加持さんそんなこと言ったらアスカが……。ほら、こっちニラんでるじゃないですか)

シンジは未だ、加持が人をからかう事に関してはミサトと同類であることに気付いていなかった。

「才能なんてモノじゃありませんよ、純粋に機体との相性の問題です。

僕だってあの時は動くとは思いませんでしたよ。

殲滅に失敗すれば人類は絶滅する、パイロットはまったくの素人なのにろくに説明もない。

乗せた人は何か確信でも会ったんでしょうか。

そうじゃなければ、あの状況で無理やり乗せたりはしないと思いますけど」

加持の目つきが何かをさぐるものに微妙に変わる。

もっともそれに気が付いたのは、加持のもうひとつの顔を知っているシンジと薄々気付いているミサトだけだったが。

「……」

加持がさらに言葉を続けようとするが、ミサトの(加持とは違って)あからさまに胡散臭そうな視線を感じて言葉を飲み込む。

「……じゃ、また後でな」

アスカはシンジのほうを睨んでいたが、慌てて加持の後を追う。

「冗談だわ……悪夢よ……」

ミサトはまだブツブツと呟いたまま、愉快なポーズのトウジ、ケンスケと共に固まっていた。



キャットウォークで加持がアスカに話しかける。

「どうだい?碇シンジ君は」

「つまんない子。あんなのが選ばれたサードチルドレンだなんて幻滅」

刺々しい声。

「しかし、いきなりの実戦で彼のシンクロ率は80を軽く超えてるぞ。

ま、彼の言う通り機体との相性の問題なんだろうけど」

アスカの強さと脆さをよく知っている加持は、アスカに事実を伝えると共にフォローを入れる。

シンジのシンクロ率を伝えたのも、後で知るより自分の口から伝えたほうがいいと判断してのことだ。

「アスカ、シンジ君のこと本当はどう思ってるんだ?」

「あんなヤツ!」

アスカの語調は険しい。

「アスカは、アスカだろう。

アスカはいつだって目標に向かって努力してきたじゃないか。

ハードルが高ければ高いほど、がんばってきたじゃないか」

アスカはしばらく加持のほうを見つめていたが、やがて何かを吹っ切れたような表情になる。

「そうね、私は惣流・アスカ・ラングレーなんだもの。

みてなさいサードチルドレン。すぐにエースパイロットの座を奪い取ってあげるわ」

ドイツ支部唯一のチルドレンとして、シンクロ率の安定しないファーストチルドレンに変わるエースパイロットとして、すべての期待と重圧が彼女の華奢な双肩に圧し掛かっていたのだ。

アスカは常に孤独な戦いを続けてきた。

それが始めて、ライバルというかたちではあるが仲間が出来たのだ。

アスカの顔は生き生きとしていた。



「加持さんって、賑やかで面白い人ですね」

エスカレーターを上りながらシンジはミサトに話し掛ける。

「昔からああなのよ、あのぶぅわぁーくわぁ(バカ)」

胃の具合が気になるのかミサトは顔をしかめる。

「でも、芯の部分は信頼できると思いますけど」

「な……あのバカは、何処をどうやってもバカよ」

ミサトは少し慌てた様子を見せると、シンジに赤く染まった顔を背けるようにして早口で答えた。

やがてエスカレーターは終点を迎える、そこには無意味に胸を張ったアスカが待ち構えていた。

「サードチルドレン。ちょっと付き合って」

そして、シンジは弐号機を輸送している改造タンカー『オスロー』に問答無用でつれて行かれることになる。



二人がシートをくぐると、弐号機は糸の切れた繰り人形のような格好で冷却水のなかに横たわっていた。

仮設の浮橋が弐号機までつなぐ。

アスカは一気に弐号機の下まで渡ると、器用に弐号機に上った。

「赤いんだ、弐号機って。赤ってアスカのイメージにピッタリの色だね」

シンジは事前に色々考えていた。しかし結局何を言うべきか、答えは出なかった。

「アンタねぇ!誰がアスカって呼んでいいと……まあ、それはともかく。

違うのは、カラーリングだけじゃないわ」

アスカは、仁王立ちで大きく胸を張ったおなじみのポーズをとる。

「所詮、零号機と初号機は開発過程のテストタイプとプロトタイプ。

訓練なしのアンタなんかにいきなりシンクロするのが良い証拠よ!」

シンジは、黙って聴いている。

「けどこの弐号機は違うわ。

これこそ実践用に造られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ。制式タイプのね」

「アス……」

シンジが何か話し掛けようとするが、頓着せずに話しを続ける。

「記録は読ませてもらったわ。

ファーストチルドレンがろくに起動しない状況で、一人で三体の使徒を殲滅。

アンタも、まぁ、良くやってるとは思うわよ。

でもアタシが来たからには、エースパイロットの座はアタシが必ず奪い取って見せるからね。

覚悟しなさい!」

そう言うと、アスカは右手を「ビシッ!!」とシンジのほうに指差す。

アスカは、シンジの事をライバルとして認めていた。

前回ならば『当然アタシがエースよ。邪魔しないでよね』だったはずだ。

アスカがシンジの力を認めている証拠だ。

前回よりも良い関係が築けそうな予感がある。

だが、シンジはそんなことに気付かない。

「ちょっと待ってよアスカ。

誰がエースかどうかとか、そういうのじゃないと思うんだ。

この戦いに敗れたら人類は滅びちゃうんだよ?

みんなで力を合わせて戦わなきゃ」

続けようとするシンジを、アスカが少しイライラしながらさえぎる。

「ナニ言ってんのよ。だからこそちゃんとエースパイロット決めるんでしょうが。

戦いはね、リーダーの質で決まるのよ!」

アスカがエキサイトする。

「うん、確かにそうかも知れない。

でも、だからと言ってアスカ一人にあんな事させられないし、

僕一人でも、とても最後まで戦えないし。やっぱり力を合わせて戦わないと」

以前のアスカならこう考えただろう。

『なに、コイツ。アタシには任せられないっての?』

しかしそうは思わなかった。シンジのあまりにも必死なその瞳を見たからだろうか?

(フフフ……。必死になっちゃって、よっぽど怖かったみたいね。

そういえば、最初はほとんど説明を受けずに戦わされたって話しだし。

ファーストチルドレンは、第5使徒戦でやっと起動したってレベルらしいし。

いきなりエースにされて必死になってたのね。

よしよし。ここは、アタシが訓練されたエースの戦い方ってヤツを教えてあげないとね。

噂のサードチルドレンもただの子供ね、やっぱりアタシがいないとダメね)

アスカが押しかけ女房と紙一重な事を考えているときに、それは起こった。

ドォォォン!

くぐもった爆発音から少し後れて、鈍い衝撃が船を揺らす。

自らの思考に入り込んでいたアスカは一瞬バランスをくずす。

「危ない!」

シンジは慌てて、アスカを受け止めるか最低でもクッションになろうと走り寄る。

が、それより早くアスカは空中で体制を整えると、ひざで完璧に衝撃を吸収して着地する。

シンジはダイビングしかけた体勢を何とか踏み止まろうとするが、失敗して派手に顔からこける。

「何やってんのよ、アンタは」

苦笑するアスカ。

「……っと、それより今のは水中衝撃波。

とにかく状況を確認に行くわよ」

シンジは、痛む鼻を押さえる暇すらもらえずに引っ張られていく。

「わっ、ちょっと、アスカぁー」

新たな爆発音。

身を乗り出して音のした方を見ると、派手な水しぶきが上がりフリゲート艦が舳先を上にしてゆっくりと沈んでいく。

「来た。……使徒だ」

「あれが?本物の?」

一瞬アスカの脳裏に不安がよぎる。

だが、前回と違って精神的に余裕のあるアスカはすぐに冷静になる。

それに対してシンジは焦っていた。

「えっと、どうしよう。

ミサトさんのところにでも戻ろうかな」

アスカ一人に任せるわけにはいかないと分かっているが、思わずそんな事を口にしてしまう。

(なーに、うろたえてんのよ?

安心しなさいって。今回はアタシがいるのよ。

アンタはアタシの華麗な操縦を見てればいいのよ。

そうだ、いっそのこと特等席でアタシの戦い方を見せてあげるか)

「チャーンス」

アスカがそう言ってる横で、シンジはまだ頭を抱えていた。

(ああ、やっぱり無理やりにでも自分のプラグスーツ持って来れば良かった。

大体、リツコさんも僕が予備のパイロットとして行くのを知ってるのなら、スーツを持っていくように言ってくれれば良いのに。

疑われる訳にもいかないからうまく説明出来なかったし。

やっぱりアスカのプラグスーツ着る羽目になるのかな。

うー、またケンスケ達にからかわれるのか)

シンジの悩みは、切実かつのんきなものだった。



駆逐艦が魚雷を発射する。

水中の騒音が激しくソナーは役に立たないが、巨大な水柱が命中を物語っている。

だが、使徒の動きに変化はない。

当たりまえだ。戦略自衛隊が仕掛けたN2地雷ですら大きな効果はなかったのだから。

「無駄な事を」

そのころミサトはブリッジに居た。

艦長に指揮権の譲渡を要求したが拒否され、憮然としていた。

「この程度の火力じゃ、A.T.フィールドは破れないか」

一方、加持は空母のキャットウォークから戦闘の様子を見ていた。

もっとも一方的な破壊と無意味な抵抗と言い換えてもまったく問題はないのだが。

「全艦、任意に迎撃」

艦長は自らの攻撃がまったく効いていないことに気付いていた。

だが、自らのプライドと予算を根こそぎ掻っ攫っていく癖に活動の全貌をまったく明らかにしようとしないネルフに対する反感が決断を鈍らせていた。

その横で一向に指揮権を渡さない艦長を無視して、ミサトは思考にふけていた。

「しかし何故、使徒がここに……まさか弐号機?」



アスカは再びシンジの手を引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと。そんなに引っ張らないでよ」

「黙ってついて来ればいいのよ」

やがてアスカは階段の陰になっている所を見つけると、その上の踊り場でシンジに強い調子で注意する。

「ちょっとここで待ってなさいよ」

アスカがプラグスーツに着替えようとしているのを知っているシンジは、大人しく待っている。

ややあって、着替え終わったアスカが現れる。

手には予備の真っ赤なプラグスーツを持っている。

やっぱりそうか……肩を落とすシンジ。

「ほら、アンタも早く着替えなさい」

アスカが高圧的に言う。

やがてシンジは覚悟を決めると、悲壮な表情でスーツを受け取るのだった。





つづく





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