「ホンマ、顔に似合わずいけすかん女やったなぁ」
「ま、俺たちはもう逢うこともないさ」
そして現れる転校生。トウジとケンスケの顔が驚愕に大きく歪む。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしく」
WANDERING CHILD 第七話
転校生。それも美少女の上に超の字がつくと噂の伝わる速度が違う。
すでに全校生徒のかなりの人数がアスカの事を知っていた。
「あーあ。猫も杓子も、アスカ、アスカか」
ケンスケは、予想以上になったアスカのスナップ写真の売上を数えていた。
早朝の販売だけで通常の二日分に迫る売上があったのだから、アスカの人気のほどが伺えるというものだ。
「みんな平和なモンや。写真にあの性格は写らんからなぁ」
トウジは理解できないといった様子で、ケンスケの独り言に相槌を打つ。
「それにしても、昨日の今日でこの人気だからね。ほんとすごいよ」
そのときシンジが、教室に入ってくる。
別に遅刻してきたわけではなく、写真の早朝販売のある二人が早すぎるのだ。
「昨日の今日でそれだけの写真を用意しているケンスケのほうがすごいよ」
因みに、週に一度ある写真の早朝販売の日は遅刻する生徒の数が激減するという。
やがてアスカも登校してくる。
「グーテンモルゲン、シンジ!」
「おはよう、アスカ」
最高級の笑顔で挨拶を返すシンジ。
「なに?朝っぱらから機嫌いいわね。ナンカ、いい事でもあったの?」
アスカの顔も、思わず赤くなる。
「シンジは朝から惣流に会えたことが嬉しいんだよ、な!」
「ほう、そうやったんか。センセもやるモンやなぁ」
二人がニヤニヤした笑いを浮かべる。
この瞬間シンジは男子生徒の、アスカは女子生徒の大半を敵にまわした。
アスカに人気があることは今更言うまでもないだろう。
ではシンジはどうだろうか?
本人が気付いているかはともかく、実は結構ファンが多いのである。
前回は気弱なあるいは人の顔色を伺うようなしぐさが台無しにしていたが、顔のつくりは基本的に美少年である。
線の細い繊細な顔の造作は母性本能をくすぐる。
それでいて時折りみせる強い意思を持った瞳は、全てのものから護ってもらえそうな父性的なものを感じさせる。
子供っぽいともいえる無邪気なしぐさをみせたかと思えば、一人で何かを考え込む様子は他の男子にはない大人を感じさせる。
こういったアンバランスさがシンジの魅力となっていた。
笑顔に陰がなくなったことも大きいかもしれない。
とにかくシンジはもてるのだ。
これまで、シンジと仲の良い女子としてレイがいた。
確かにシンジは色々とレイの世話を焼いていたし、レイも素っ気ないものの他の人とは明らかに違った反応を見せるようになっていた。
もっとも二人が恋人同士に見えるかといえば、そうは見えないことも事実だった。
そういう訳で、レイとシンジに関しては静観というスタンスが自然ととられるようになっていた。
しかし、アスカは強力なライバルとして認識されたようだ。
話を戻そう。
「な、なに言ってんのよ!ア、アンタ達は。そうだ、レイはまだ来てないの?」
やや強引ながらも、アスカは話をそらすことに成功した。
「ん?綾波ならもう来ているはずだよ。
教室にいないってことは、校庭のベンチで本でも読んでるんじゃないかな?」
「そうなんだ。またあの娘、トンチンカンなことしてるんじゃ無いでしょうね」
アスカは優しい笑みをうかべる。
写真を撮ろうとしたケンスケは即座に制裁を受ける。
「もう少し他の人にも挨拶とかしてくれれば良いんだけどね」
苦笑するシンジ。
「まぁ、少しずつやっていくしかないわよ」
アスカも苦笑を返す。
「うん、そうだね。そういえば、アスカは洞木さんと仲が良いみたいだね。」
「ええ。ヒカリとは、なんか気があうのよねぇ」
「そうなんだ。
洞木さんに頼んでみたらどうだろう。色々と面倒見も良いし」
「うーん。いい考えかもね」
そのヒカリは、先生が教室に入ってきたら即座に静かにさせようと体勢を整えながら、アスカと初めて出会ったときの事を思い返していた。
ヒカリはその日、久しぶりに繁華街でショッピングをしていた。
しかし、そこは14歳にして家計を預かる身である。
あまり散財する訳にもいかず、主にウインドウショッピングを楽しむことになる。
夕飯の材料は冷蔵庫にある物で足りる。
夕飯の仕度をしなければならない時間までもう少しあると、繁華街を歩いていたときの出来事だった。
ゲームセンターの前を通りかかると、見た事も無いぐらいきれいな女の子が数人の不良と思しき男たちに絡まれていた。
「てめーが、ギャーギャーうるせーから失敗しちまったじゃねぇーか。
どうしてくれるんだよ」
『いけない』そう思ったときには駆け出していた。
「ちょっとあなた達!女の子、一人に何してるのよ」
気が付くと、ヒカリはそう啖呵を切っていた。
相手は4人に対してこちらは少女が2人。
決して対抗できるとは思わなかったが、ヒカリの良心と少しばかりの意地っ張りな部分が見逃す事を許さなかった。
不良達は突然現れた勇敢な助っ人のほうを見るが、それが少女だと知ると大声で笑い出した。
アスカがそんな大きな隙を見逃すはずは無かった。
一人目の側頭部にハイキックがきれいに決まる。
次の瞬間には、二人目の懐に飛び込んで腰の入った掌底があごに決まる。
あっという間に二人がやられ、あせった不良達はとっさにヒカリを人質にとろうとする。
決死の覚悟でヒカリが放った平手打ちは難なくかわされる。
しかし、その一瞬のわずかな隙をつかれて鳩尾にアスカの肘打ちを喰らう。
残る一人も野次馬を蹴散らして、脱兎のように駆けていった。
その時、遅ればせながらパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
「ナニ、ボーっとしてんの!早く逃げるのよ」
アスカはそういってヒカリの腕をつかむと、走り出す。
ヒカリも何がなんだか分からないうちに走り出していた。
やがて、二人は小さな公園にたどり着く。
「はあ、はあ、……あの、もう、この、辺、で、良いと、思うん、だ、けど」
「そうね。あー、ちょっと走りすぎたわね。大丈夫?」
「ええ、大丈夫。でも彼方、すごいわね、四人を相手にして。今も、息、切らしてないし」
ヒカリが胸を押さえて、呼吸を整える。
「アンタこそさっきのビンタ、なかなかやるじゃないの。気に入ったわ。
アタシはアスカ、惣流・アスカ・ラングレーよ、よろしく」
「こちらこそ。私は洞木ヒカリ。よろしく」
衝撃の出会いの後、二人は時間を忘れて色々話し合った。
性格がまっすぐで意地っ張りな部分が似ているからだろうか?
二人は妙に気が合った。
ヒカリが第一中学の二年生でである事が判明し、アスカが転校してくる事が判明したのだ。
少女たちは同じクラスになる事を願い、そしてその願いは叶う事になった。
加持は、ネルフ名物ともいえる長い廊下のそこかしこにある休憩所でコーヒーを飲んでいた。
(アダムか……)
先日の任務は、百戦錬磨の加持にとっても精神的にタフなものだった。
相手が人間であれば、どれだけ大きな組織であろうと、どれだけ能力を持った人物であろうと何とかして見せる自信があった。
だが人の手ではどうにも出来ないことがある。
もっとも加持はどうにもならないことならば、運を天に任せきってしまうことが出来た。
彼を苦しめているのは、天ではなく14歳の少年と少女に任せねばならないことだった。
こういった世界で生きていくには、彼は少し優しすぎるのかもしれない。
(碇司令の目的は、いったい何なのだろう)
顎にコーヒーの湯気をあてながら加持は考える。
加持の脳裏には、巨大な空間そのものが独特の威圧感を持った部屋――ネルフの司令室の映像が浮かんでいた。
「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはりコレのせいですか?」
見せ掛けのにこやかさをまとった加持がゲンドウと向かい合っている。
トランクを差し出すと、暗証番号を入力して分厚いふたを開ける。
「すでにここまで復元されています。
硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます。間違いなく」
トランクの中には色の付いたガラスのようなものが見える。
その中には、大きな目を持った人間の胎児のようなものが固められていた。
やがて加持はゲンドウに視線を戻す。
「人類補完計画の要ですね」
「そうだ。最初の人間、アダムだよ」
その表情を読み取ることは、加持をもってしてもできなかった。
「ヤッホー。リツコ、居るぅ?」
ネルフ技術部長室、通称リツコの部屋に脳天気な声が響く。
「あなたねぇ、もうちょっと……まあいいわ。
言っても無駄なのは良く知ってるから。で、何か御用?」
リツコは机に向かってしていた作業を中断すると椅子ごとミサトのほうを振り返る。
「ナンカ、引っかかる言い方ね。
……っとそれより、このあいだの戦闘のデータそろった?」
「ええ。それにしてもまた、派手にやったわね」
ミサトはリツコから資料を手渡されると、どっかと来客用の応接セットに座りこんだ。
「はぁー。水中戦闘を考慮すべきだったわ」
「あら、珍しい。反省?」
リツコはミサトのそんな様子をちらとうかがうと、ミサトに渡したものと同じ資料をぱらぱらとめくる。
「良いじゃない、貴重なデータも取れたんだし」
ミサトも資料に目を通しながら言葉を続ける。
「そうね……んっ!ミサト、これは本当に貴重なデータだわ」
リツコの視線はデータの一部に止まっている。
「んー、どこ?おー、シンクロ値の記録更新じゃない!」
ミサトがリツコの見ている資料を覗き込む。
「あなたね、自分の見なさいよ。まったく」
リツコが呆れ顔になる。
それを尻目にミサトの顔が急にまじめな顔になる。
「2ケツシンクロ……じゃ無かった、ダブルエントリーによる同時シンクロによって143.28%のシンクロ率を記録。
どう?アレより使えるんじゃないの。あの……なんつったっけ?今、研究してるやつ」
「ダミープラグのことかしら?」
「そう、そのダミープラグ」
「あら?ミサトは反対なのかしら」
「うーん。……なんつーかさ、よくは知らないんだけどさ、リツコあれ、なんつったけ?
……そう、JAのときにも言ってたけどさ、兵器って人が制御しなきゃいけないと思うのよ。
そりゃ、シンちゃん達みたいな14歳の子供たちが乗るってのもどうかと思うけど、それ以上に人が直接制御しない兵器ってのはどうもね」
リツコはそんなミサトのほうを興味深げに見つめる。
「作戦課からすれば、チルドレンに怪我人がでたときの事を考えたら歓迎するかと思ったのだけれど、違うのかしら?」
「んー、なんつーかさ。軍人としての最後の良心って言うかさ。
もちろん子供たちを戦場に送ることもその良心に反するんだけどね」
ミサトは寂しそうな微笑を浮かべる。
「良心か。……私はどこに落としてきちゃったのかしら」
リツコもまた寂しげな微笑を浮かべる。
「大丈夫よ、どっかに仕舞い込んじゃってるだけで、捜しゃあ出て来るわよ」
ミサトは、そう言うと器用にウインクをしてみせた。
同じころ、シンジ達は体育の授業を受けていた。
「ちょっと、冷たいって!!」
「えいっ!」
常夏となった日本では、水泳の授業はもっとも人気のあるものの一つとなっている。
小さいころから水に親しんだ子供が大半であるため、早々に自由時間となる。
一方、男子は校庭でバスケットボールをしている。
といっても熱心なのは一部の生徒だけだ。
照りつける太陽の下、試合の順番を待つ生徒は木陰からプールのほうを見ていた。
シンジもまた、ぼんやりとプールのほうを見ていた。
視線の先には、レイが一人でプールサイドの影になった部分でひざを抱えて座っている。
やがてアスカが来ると何か話し掛けて、プールのほうに引っ張っていく。
レイも戸惑っているようだが、決して嫌がっている様子はない。
「おや?センセ真剣な顔でどこ見てんのや」
すでにからかいモードに移行済みのトウジが話し掛けてくる。
「えっ、いや、何も」
シンジは、なぜか誤魔化そうとしてしまう。
「ひょっとして綾波かぁ?」
ケンスケがシンジの視線の先を追ってから、話し掛ける。やはりからかいモードだ。
「それとも惣流かいな?」
「ち、ちがうよ」
「まった、またぁ。怪しいなぁ」
「綾波の胸、綾波の太もも、綾波のふくらはぎ……」
「惣流の胸、惣流の太もも、惣流のふくらはぎ……」
「そんなんじゃ無いったら!」
絶妙のコンビネーションを誇る二人に、シンジは顔を真っ赤にして声をあげることしか出来なかった。
「だったら何見てたんだよ。結構マジな目つきでサ」
ケンスケがまじめな顔に戻る。
「うん、いや、二人とも仲良さそうだしさ、良かったなって思ってさ」
「そうか?まぁ、二人ともおんなじエヴァのパイロットやしなぁ。仲ようスンのはええこっちゃ」
うんうんとうなずきながら、トウジもまじめな顔に戻る。
シンジは、昨日の二人の初対面の事を思い出していた。
「で、シンジ、ここに居るんでしょ。もう一人」
「ああ、綾波なら……えーと、あっ、あそこに居るよ」
レイはジオフロントにある公園のベンチに座って本を読んでいた。
フフンと鼻を鳴らすと、アスカはズンズン歩いていく。
おもむろにベンチの横にある花壇に上る。
「ハロー。あなたが綾波レイね、プロトタイプのパイロットの」
レイは一瞬本から顔をあげて視線を送る。
「アタシ、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー、エヴァ弐号機の専属パイロットよ。仲良くやりましょう」
ここでも無意味に威圧的である。
「どうして」
「そのほうが都合が良いからよ、いろいろとね」
「命令があればそうするわ」
「……変わった娘ねぇ」
そんなやりとりを苦笑しながら聞いていたシンジは、二人のあいだに割って入る。
「綾波、いろんな人と絆を作っていこうって約束したじゃないか?
まあ、いきなりで驚いたってのもあると思うけど。……友達を作らなきゃ」
「うん」
「アスカもさ、仲良くしようって言うんなら、その、もうちょっと」
「なによっ!アタシが悪いっての、バカシンジ!!」
素直に返事を返したレイと対照的にシンジにくってかかるアスカ。
「いや、あのね」
「なによ、だいたいアンタはねぇ……」
「碇君は馬鹿じゃない」
さらに捲くし立てようとしたアスカだったが、微妙にタイミングのずれたレイの反論に思わず笑ってしまう。
「フフフ……何それ。
シンジ、あんたやけにファーストの肩持ってるけど、そういう関係?」
「ちがうよ!そんなんじゃ無いって」
力いっぱい否定するシンジの横では、レイが形容しがたい表情をしていた。
(何?この気持ち。
今は碇君のそばに居たくない。私は碇君のことが嫌いになった?
ううん、そんなこと無い。碇君のことは好き。
では、この気持ちは何?)
「それとアスカ」
「何よ!」
「いや、『ファースト』っていう呼び方はどうかと思うよ。
少なくても僕は『サード』とは呼ばれたく無い」
シンジの言葉にアスカは考える目になる。
「そうね、アンタの事はこれから、えーと。
……レイ。
そうレイって呼ぶから、アタシのことはアスカって呼びなさい。分かったわね?」
「だから、何でアスカはそんなに偉そうなんだよ」
シンジの呟きは無視された。
やがて時間がきて、シンジ達が試合をする順番になる。
「碇くん、試合するみたいだよ!」
「えっ!本当」
「碇くーん。がんばってぇー」
シンジに集中する黄色い声。
「くそっ、何でシンジばっかり」
そういいながらプールのほうをにらむトウジ。
「何アレ、鈴原の目つきやらしぃー」
シンジが再びプールのほうをちらと窺うと、アスカと目があったような気がした。
(きっかけはやっぱり昨日の宴会かな。
うーん、途中からあんまり良く覚えてないんだけどな)
シンジは昨夜の事を思い出していた。
そのとき、確かにアスカはシンジのほうを見ていた。
(こうやってレイと自然に話が出来るのも昨日のパーティーのおかげかな。
そうじゃなかったら、人形みたいなヤツって毛嫌いしてただろうし。
それにしても昨日の様子からすると、シンジのやつは何か隠してるわねぇ)
アスカも昨日の事を思い出していた。
「とりあえず、当面の問題はあのバカね」
「加持君のことかしら?」
ミサトとリツコのかしましい話は続いていた。
「そうよ、あのバカよ。
まったく、用が済みゃあすぐに帰ればいいものを。こっちに出向ですって」
「あら?嬉しそうね」
「どこが!!」
「愚痴なら他所で言って欲しいわね。何とかは犬も喰わないって言うし」
この手の話はミサトのほうが部が悪いのは昔から決まっている事である。
しかし、今日に限ってはミサトに反撃の決め手があった。
「そっか、リツコも恋の悩みを抱えてたのよねぇ。
私ばっかりごめんね。ヨシヨシ、ミサトお姉さんが相談に乗ってあげよう」
「うっ」
リツコは自ら地雷を踏んだことを悟り、何とか話題の変換を図る。
「それにしても、シンジ君はどこで知ったのかしら」
リツコの若干自爆気味の言葉に、しかしミサトはまじめな顔に戻る。
「そうね、何か隠してるのは確かね」
二人もまた昨夜の宴を思い返していた。
(シンジ君。君は何を知っているんだい?そして何故、知っているんだい?)
加持はコーヒーを飲み干すと、紙コップを握りつぶす。
「不思議な集まりだったな。
子供たちが酔っ払って、大人が素面で」
そして、加持もまた昨夜の事を思い返していた。
(シンジ君を酔わせたのは確かにアルコールだ。
だが、シンジ君をアルコールに酔わせたのは、あの年で抱えるには大きすぎる何かだ)
握りつぶした紙コップをごみ箱の中に放り投げる。
(シンジ君。それは一人で抱えなければならないモノなのかい?
そんなに大人は信用できないのかい?)
様々な思いが、一人の少年を中心に交錯する。
つづく
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