「ここの電源は、正副予備の3系統。それが同時に落ちるなんて考えられないわ」


「おそらく目的は、ここの回線の調査だろうな。復旧ルートから、構造を推測するわけだ」


「ダミーのプログラムを走らせます。全体の把握は難しくなるでしょうから」


「所詮、人間の敵は、人間だよ」














WANDERING CHILD 第拾参話














「ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」



「いっっったい、何考えてんのよっ!!アンタは!!!」

レイは、アスカの鉄槌を喰らってうずくまる。

「せっかくアタシがご馳走するってのに、そんなモン注文するんじゃないわよ。

だいたい、二日続けて夕食に食べるようなモンじゃ無いでしょうが」

例によって「作るのは僕」というシンジの呟きは無視される。



第9使徒『マトリエル』、第10使徒『サハクィエル』と順調に殲滅していった。

そんななか、アスカとレイの関係は良好といえた。

もともと姉御肌なところのあるアスカにとって、レイはトラウマにかかわる人形のような部分さえなければ、放って置けない存在なのだろう。

また普通なら敬遠しかねないレイの性格も、不幸な過去のあるアスカは優しくすることができた。

アスカが先頭に立って、満更ではない様子のレイと少し困った顔のヒカリを連れまわす風景が、今では日常となっている。

それはちょっとした分岐点、しかし大きな分岐点。

アスカはトラウマのためにレイの事を嫌っていた、今回はそのために優しくすることが出来た。

シンジは自分のした大きな仕事に気付かずに、ニコニコと二人の様子を見ていた。



「今夜の予定を俺のために変更してもらえないかな?」

青いルノーに腰をかけて、加持が待ち構えていた。

「アンタ……何、言ってんの?」

ミサトの顔が思いっきり引き攣る。

「ん?……いや、色々聞きたいことがあると思ってね」

「あーーーー」

たっぷりと10秒以上視線をさまよわせてから結論を出す。

「シンちゃんに電話するからちょっち待ってて」

やがて、青いルノーは雑踏に消えた。



「昨日とその前、9番目と10番目だっけ?シンジ君の言っていた通りだったわね」

ホテルの最上階にあるバーラウンジ。

加持と並んで、ストゥールに座ったミサトはグラスの中のきれいなオレンジ色の液体を見つめる。

「これで、信じざるをえなくなったわけだ」

カランと、琥珀色をした液体の入ったグラスが鳴る。

「甘い」

お勧めのオリジナルカクテルは、ミサトの口には合わなかったようだ。

二杯目は、定番のドライマティーニを注文する。

「それはそうと加持君?

ネルフが停電する3、4日くらい前からかな、シンちゃんが格闘技の特訓をしたいって、早めにネルフに来てたけど。

……あれ、加持君の差し金?」

加持が横目で窺うと、ミサトがあからさまにニラんでいた。

「まあ、アイデアを出したのは俺だな……」

グラスを持ち上げて、のどを湿らす。

「切り出したのはシンジ君の方さ、もうすぐ使徒が来るはずだが俺の予定とかぶるとまずいってな」

「やっぱりアンタだったの……そのうち死ぬわよ」

「とっくにシンジ君に釘をさされたよ」

「そう」

わずかな沈黙が流れる。

「……俺も、雇われの身だからな。

ま、ちょっと細工をしておいたから、ろくなデータは取れてないはずだ」

「何で、内調なのよ」

「おや?ご存知で」

「ネルフの作戦部長を甘く見ないで欲しいわね」

なじるような視線のミサト。

「ああ……セカンドインパクトの秘密を追っているうちにな。ま、ネルフの外側を調べるには何かと便利な肩書きだからな。

……根っ子にあるのは、お前と同じなのかもしれないな」

前を向いたままで話す加持に、ミサトは悲しげな笑みを浮かべる。

「そっか。加持君もセカンドインパクトの時に……」

「……まあな。あの時代を生きてきた奴なら、大なり小なり何かあるさ。

もっとも、今は純粋な興味になりつつあるけどな」

「私たちって、意外と似ているのかも知れないわね」

「そうだな」



「ところでサ、司令たちは何の為にあんなトコに行ってんの」

マティーニのおかわりを注文する。

「南極か?」

「ええ」

グラスの中身をちびりと飲んでから、加持はミサトのほうに顔を向ける。

「ロンギヌスの槍って知ってるか?

磔にされたキリストを刺したといわれている槍なんだが……」

「アタシ、浄土宗なの」

「あ、そ」

加持はグラスの中身を一気に空ける。

「A.T.フィールドを無効化するとか、コントロールするとか、……兎に角そういうものらしい。

俺も詳しい事までは知らないが、シンジ君なら……あるいは」

「ふむ」

「ま、シンジ君にそれとなく聞いてみるもよし。葛城三佐殿にお任せいたします」

「リョーカイ」



ミサトは6杯目のマティーニを注文する。

「もっとドライに」の声は5回目。

カウンターの向こうでは、バーテンがジンをストレートでだそうか真剣に悩んでいた。

「私さ、シンジ君の力になれてるのかな」

ミサトはテーブルに肘をついてうつむく。

「そりゃ、停電のときは指揮を取れるような状況じゃなかったのは確かだけど、何もしていないようなモンだったし。

昨日は、成功率が0.00001%しかないような作戦しか思いつかなかったしさ……」

「葛城……」

「状況が許さなかったのも、シンジ君の話を半信半疑だったのも事実よ。

それでも、もっと他にいい方法は無かったかと思うと……

だいたい、手で受け止めるなんて誰でも思いつくような作戦だものね」

「プッ……」

突然、加持がふきだす。

「何よ、汚いわね。人が真剣な話をしているときに」

「いや、すまん。意外な言葉を聞いたからな」

「あによ」

ギロリ、と加持を睨みつける。

「なあ、葛城。コロンブスの卵って知ってるか?」

「アンタ、アタシのことバカだと思ってるでしょ」

「……」

「何で、そこで黙るのよ」

「コロブンスっていうのはだな……」

「だから、知ってるって」

「ま、そのコロンブスの逸話でだな、卵を……」

「知ってるって、言ってるでしょ!」

「……」

「……」

「そうか、知ってるか……」

「そうよ」

「……なら、俺の言いたい事もわかるだろ」

「私の作戦が、コロンブスの卵だってこと?」

「ま、特殊な思考の持ち主は、ナカナカ自分では気付かないものだからな」

「あのね」

少し気分がほぐれたのか、憮然とした表情の中にも微かに笑みを浮かべてミサトが答える。

「ま、紙一重を含めて天才なのは確かだな」

「それ、ほめてんの?」

「どうでしょ……

ま、専門家ほど硬直した思考になりやすい。素人の方が優れた着想を持つ事も往々にある」

そう言って少年のような笑みを浮かべる。

「私の発送は素人っぽいって事?」

「ピュアな発想を持ち続けてるって事さ。その上で、専門家として具体的に立案できる。

葛城はベストの選択をしたのさ」

「そっか」

安心したかのように、ミサトの肩から少し力が抜けた。



バーテンが、限りなくジンに近いマティーニを差し出す。

「ところで葛城。さっき、メシ食ったとき大ジョッキでビール飲んでたよな」

「ええ」

「それ、何杯目だ?」

「はて?」

「……帰りは俺が運転するな」

加持はグラスを満たす琥珀色の液体――烏龍茶を飲み干した。



4時限目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、その少年は目を覚ましやおら起き上がる。

「さー、飯やメシ」

永遠のジャージ男、鈴原トウジのシャウトで今日も第三東京市立第壱中学校2年A組の昼休みがはじまる。

人は、何のために学校に通うのだろうか?

ある生徒は言う、放課後の開放感を味わうために、学校から帰るために通うのだと。

ある生徒は言う、自分の夢のために、必要な知識と学歴を得るために。

ある生徒は言う、皆が行くから。

ある生徒は言う、友人がいるから。とりあえず、やる事があるから。暇つぶしに。

ある生徒は言う、美少女の写真をとるために。

三人の子供たち(チルドレン)は言う、束の間の日常を得るために。

そしてトウジは昼飯を食べるために通うのだ。

もっとも、最近は委員長の弁当を食べるためにに変わっているが。



屋上の指定席には、今日もおなじみのメンバーが集っている。

「んっ、ふっ、ふっ、ふ、ふ……」

怪しい含み笑いをもらしながら、アスカがシンジ謹製の弁当のふたを開ける。

レイもまた嬉しそうな顔で、弁当との対面を果たす。

メニューは、豚肉の生姜焼きをメインに、鶏肉のそぼろご飯、ジャガイモと茸のバターいため、小松菜の胡麻和え、卵焼き、ウインナーソーセージにデザートの林檎だ。

レイの弁当には、肉類の変わりに氷竜頭の煮含めが入っている。

それは、たとえば同席しているヒカリの作った弁当に比べると華やかさに欠ける。

色彩もいまいち地味だし、斜めに切れ込みの入ったウインナーがタコさんになっている訳でもない。

几帳面に皮をむかれた林檎が、ウサギさんになっている訳でもない。

それでも、それは確実においしそうだった。

シンジの料理を一言で表すなら、それは『誠実』だろう。

それは、料理を表すには適切な形容詞では無いかも知れない。

豪華な食材が使われているのではない、目を見張るようなテクニックを持っている訳でもない。

だが全ての食材は丁寧に下拵えをされ、手間を惜しまずに調理されている。

やはりそれは、誠実としかいえないものだ。

プロが見れば、まだまだアレンジできるところは数多くあるだろう。

しかし家庭料理としては一流以上といえるだろう。



「うわぁ。美味しそう」

思わずといった感じで感嘆の声があがる。

ヒカリにとって、目下最大のライバルはシンジの弁当なのだ。

「確かにシンジの弁当かて美味そうやけど、委員長の弁当も美味いで。最高やわ」

「そんな、最高だなんて……」

顔を赤らめて、見詰め合う二人。

最近では、一日平均1.7回の出現率を誇る二人のメロドラマ(時間的に、昼メロ?)が展開される。

その横では、お約束的にケンスケが鬼気迫る勢いで、滂沱の涙と共に購買のパンをぱくついていたりする。

だが、そんな彼らを冷徹に観察する一対の目があった。



レイは長年、読書を唯一の趣味としてきた。

だが、それは本当に趣味といえるものだったのだろうか?

これまで、読んできた本を上げればわかるだろう。

詩集、小説、理工系の専門書から用語集のようなものまで、

手当たり次第に呼んでいるとしか思えないものだった。

そんな彼女の読書傾向にも、変化が現れるようになった。

それは小説それも恋愛小説と呼ばれるものを好んで読むようになったのだ。

そう、好んで読むようになったのだ。

恋愛をテーマにしたものを好むのは、彼女がもっとも興味を持っているのが人の心だからだろう。

そしてある日、彼女は気付いたのだ。自らの望むものがすぐ側にある事を。



「あの、えーと、綾波さん?」

うろたえた様子のヒカリの声。

「気にしないで、続けてちょうだい」

飽くまで冷静なレイ。

「いや、気にしないでって。そんなにじっと見られると、つまり、その」

「なに?」

「なにって。その、何となく恥ずかしいかなぁって、ね」

「そう、よかった……」



ごめす



「よくない!!」

中身の詰まった音がすると、レイは頭を抱えてうずくまる。

「綾波、大丈夫?」

「きゅうー」

「出歯亀するんじゃないの。まったく、誰の影響かしら」

仁王立ちのアスカがにらんでいる。

「……興味深いものが目の前にあるのよ、見るべきだとは思わないかしら?ね、相田君」

「何で俺に振るんだよ」

腰の引けてるケンスケ。

「さ、ここは、若い人たちに任せて。行きましょう」

レイは、そそくさと逃げていく。

「どこで、あんな言葉を覚えたんだろう」

一瞬、雲が強い日差しをさえぎり、蝉の声がやんだ。

シンジが呆然としているうちに時は過ぎ去っていった。

厳かな鐘の音が辺りに響き渡り……って、チャイム?

「あ、昼休みが……」

ある夏の午後の話でございます。



てんやわんやを、そんなこんなで放課後に至る。

三人のチルドレンは、ネルフの長い廊下を歩いていた。

「レイ。ああいう、みっともない事は止めなさい」

「みっともない事って?」

「昼休みの事よ!人が会話してるのを盗み聞きするのはマナー違反よ。

まして、じっと観察するなんて以っての外よ」

「私は気にしないわ」

しれっと、した表情のレイ。

「気にしなさいって、言ってるの!」

ああ、もう!とばかりに足を踏み鳴らす。

「おいおい。どうしたんだい、アスカ?」

通路の角から加持がひょっこりと姿を現す。

相変わらずの神出鬼没ぶりである。

「あっ!加持さん。今、レイにマナーを教えてるところなのよ」

まったく、と腕を組む。

「ハハハ……

アスカ、猫は脱ぎっぱなしか」

「猫?」

「いや、なんでもない。

今の、アスカの方が可愛いってことさ」

「?」

アスカは、まだ日本語の慣用句には疎いようだ。

「そうだ。訓練まで、まだ時間あるだろう?ジュースでもおごるよ」

「やったあ!加持さんありがとう」

加持は、一言ごとにわたわたと反応するシンジをニヤニヤしながら横目で眺めていた。

「それよりも聞いてよ、加持さん。

レイったら、人が会話しているのをじっと観察しているのよ」

「へえ。レイちゃんはそんな事をするようには見えないんだがなあ」

「まあ、本当はいけないんだろうけどね。

でも綾波がはじめて人と人との関係に興味を持ったんだから、無下に駄目って言うのもどうかと思うし……」

シンジは、何とかアスカと加持の会話に入ろうとする。

加持は、相変わらずそんなシンジの様子をニヤニヤしながら見ている。

「そうなのよねぇ。でもさ、だからと言って、あれは……ねえ」

「うん」

「そうね……レイ、とりあえずそういう事はよく知っている人だけにしときなさいよ」

レイはコクンと肯く。

そんなアスカに確かな母性を感じて、加持は驚く。

(へー、あのアスカが……変われば変わるもんだ。日本に来た事は正解だったな)

自称、アスカの兄がわりとしては喜ぶべき事だった。

また報告書の内容から変わりはじめている、レイやシンジの様子も加持はうれしく思う。

そしてこの変化をもたらしたであろうシンジに、興味が募ってくるのを感じるのだった。

「そういえば、このあいだの葛城の昇進パーティー。あの時も、そんな事していたな」

「ミサトが昇進ねえ。普段、ろくに仕事してないのに」

「まあ、それは否定できないな」

苦笑しながら、頭を掻く。

「加持さん、誤解しないで。ミサトのことは認めてるつもりよ。

そりゃ、ずぼらで、がさつで、ろくに仕事もしてないし、無茶な作戦ばっかり立てるし。

だけどさ……ミサトは凄いよね。ああいった自由な発想は、アタシには無理だモン」

「アスカ……」

「ううん。別に、自分の事を卑下するつもりは無いのよ。

自分の事はきちんと把握しているつもりだし、自分の能力に自信もあるわ。

与えられた作戦なら、ミサトの立てた無茶な作戦だって完璧にこなして見せる。

定跡どおりの作戦なら、状況に応じてもっとも有効なものを選べる自信もある。

まあ、能力の差っていうより能力の質が違うのよね……」

アスカの言葉に、加持は優しげな笑みで答える。

「それがわかるようになったのは、一つ大人になった証拠さ。

さ!そろそろ、訓練の始まる時間だろ」



『0番、汚染区域に隣接。限界です』

「1番、2番にはまだ余裕があるわね。プラグ深度あと0.3下げてみて」

『2番、汚染区域ギリギリです』

「ふむ。1番あと0.3下げて」

『汚染区域に隣接』



「レイは56%安定しているわね。

シンジ君は94%、ハーモニクス誤差もほとんどなし。この調子を維持してよ。

そんでもってアスカ、新記録よ。

シンクロ率83.72%。最近調子良いわね?」

ミサトの言葉に、アスカはフフンと得意げな笑みを浮かべる。

「まーねー」

「私のほうからも聞きたいわね」

リツコがファイル片手に訊ねる。

「以前とどこか違いがあるのか、あるいは何かきっかけがあったのか」

「うーん」

アスカはそれでもどこか得意げに腕を組む。

「スポーツに似てるのかな」

「スポーツ?」

「うん。ほら、一流のスポーツ選手って、

余分な力を抜いて8割ぐらいの力でプレイしているっていうじゃない?

アタシがシンクロ率を上げてやるんだって力んじゃ駄目なのよ。

エヴァに任せるというか、エヴァと一緒に上げるというか……うまく言葉に出来ないんだけど」

「へー」

ミサトが、脳天気な声を上げる。

「やっとその感覚をつかんだのが最近かな。

きっかけは……ほら、第6使徒戦でシンジとダブルエントリーしたじゃない?

あの時、A.T.フィールドをシンジに任せたでしょ。

その時にね、今までと違うエヴァとの一体感みたいなものがあって……

それで、何とかそれを再現しようとして……」

「なるほど。興味深いわね」

「リツコってエヴァのこと、ロボットって言うと人造人間だって訂正するじゃない?」

「ええ」

「今なら、わかる気がする。

意思とか感情とはちょっと違うような気もするんだけど、ね。

アタシを……なんだろう、護ろうとする思いみたいなものを感じるのよ。

それに、身を任せるような感覚かな」

「ふーん」

「シンジは、このことに気付いてたのよねえ。アタシもシンクロ率、上げていかなきゃね」

「それでエースパイロットの座をものにする?」

どこか嬉しげな様子で、ミサトはそう冗談めかす。

「まあね」

軽く苦笑する。

「どんな使徒が来るのかわからないんだから、できるだけ戦力は必要だしね。

シンジ、負けないからね。覚悟しときなさい!!」

子供たちの、笑顔がはじける。





つづく





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