深刻なエネルギーと資源の不足。私の英断が人類を救ったのだよ。


セカンドインパクト、これがなければS2機関は生まれなかった。


その後の混乱も、私の指導で上手く乗り越えられた。


だがね、私は心配なのだよ。人類のこれからが……





ネルフ本部の某所にあるその薄暗い部屋では、これまでの使徒との戦いの様子が編集され映し出されていた。

やがて、第一次直上会戦――第3使徒サキエル戦の報告が終わる。

「使徒再来か……あまりに唐突だな」

「15年前と同じだよ。災いは何の前ぶれもなく訪れるものだ」

「幸いとも言える。我々の先行投資が、無駄にならなかった点においてはな」

赤、緑、白、薄い単色の光に映された数人の男たちが評する。

話の内容は切実のようだ、しかしその様子はどこか浮き世離れた印象を受ける。

「初号機の動きは予想を上回るようだね?」

嫌味な男の口調にも、ゲンドウは何時ものポーズをくずさなかった。

「可能性が無かった訳ではありません。バックに特定の組織がついている形跡もない。

計画に影響は無いでしょう」

「聞けば、あのおもちゃは君の息子に与えたそうじゃないか」

「君の仕事はその様な事ではあるまい」

「人類補完計画」

「これこそが君の急務だ」

「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん」

質問する男たちと、答えるゲンドウ。

それが彼らの力関係を表している。



人類補完委員。それがこのホロ会議に出席しているメンバーの肩書きである。

現在、国連において最も影響力をもつのがこの人類補完委員会である。

比較的セカンドインパクトの被害が軽微な国々で形成されたその委員会は、復興計画の中心となって各国に強い影響力を有することになった。

その中には日本も入るべきなのだが、超法規組織ネルフの本部が置かれることになったため権力の分散を図る意味から辞退したという事になっている。

だが、人類補完委員会が秘密結社ゼーレの中核メンバーで占められている事を知る者は多くない。

ゼーレ。彼らこそが全ての始まりであり、中心である。

全人類の大半が死亡し、地軸すら傾けた空前絶後の大災害『セカンドインパクト』

通常兵器の通用しない謎の敵『使徒』

それを迎撃するための特務機関『ネルフ』とその主力兵器『エヴァンゲリオン』

全てはゼーレのシナリオに盛り込まれたものなのだ。

それは、シンジが未来で体験した『サードインパクト』ですらもだ。

彼らの目的は何なのだろうか?

世界征服?

彼らは既に十分な権力を持っているはずだ。

何よりサードインパクトが起これば権力など無意味になるのだから。

会議室の正面――ゲンドウと向かい合う位置に座るバイザーが印象的な老人が座っている。

この場の議長であり、ゼーレのトップでもあるキール ローレンツ。

そのバイザーに隠された目が何を思うのか知るものは居ない。





シンクロニシティ。


ある船乗りが、それまで決して結晶化しなかったニトログリセリンが結晶化しているのを発見した。


その後、世界各地でニトログリセリンが結晶化しだした。


科学的にも証明されている現象だよ。


セカンドインパクト、あの悲劇がなければS2機関は生まれなかった。


たとえ、その理論が正しかったとしてもだ。





話が一段落ついたところで、第4使徒、第5使徒戦と次々に報告が行われる。

やがて映像は第9使徒マトリエル戦を映し出す。

その巨大で足の長いクモのような使徒が、その体から強力な溶解液を落とす。

それをA.T.フィールドで防ぎ、ポジトロンライフルで使徒を射撃、殲滅。

ユニゾンによる第7使徒イスラフェル戦に次ぐ早さであり、一度の出撃で言えば最短記録の更新であった。

だが、彼らの興味はそこには無かった。

「本部施設への侵入者をこうも簡単に許すとはな」

「よもやセントラルドグマへの侵入を許した訳ではあるまいな」

「左様、我々としてもこれでは安心して任せる事が出来ない」

「本部護衛用の部隊を派遣する用意があるのだが、どうだね」

一人の口が僅かに歪む。

それはシナリオどおりにことが運んでいるという確信の笑み。

だが、それでもゲンドウは少なくても表面上は平然としていた。

「背後関係を調べるために泳がせる必要がありましたから……

もっとも、ちょうど使徒が進行してくるとは思いませんでしたが」

ちらりと視線を走らせる。だが、これぐらいで動揺するような人物はこの場には居ない。

「確かに本部の対人防御は十分とはいえませんが、何よりジオフロントが広すぎるのが原因です。

少々、部隊を増やしたところで焼け石に水でしょう。

それよりも、本部の対人防衛システムの試案がここにあります。

予算さえいただければすぐに工事にかかれます。

これでプロの軍隊が攻めてでも来ない限り問題はありません。

ゼーレに反抗して軍を動かす国も無いでしょうから、これで十分だと思われますが?」

重苦しいまでの沈黙。しばしのにらみ合い。

結局、先に折れたのはキール議長だった。

「いいだろう、レポートは後で提出してくれたまえ。

ただしこちらの方で少し手直しさせてもらう」

そして一人の委員がすかさず付け加える。

「碇君、すまないが私の紹介する業者で工事をしてもらえないかね。

くだらない事だとは思うが、たまには利潤をむさぼる人種の利便をはかる事も必要になる。

まあ、そのような輩はいずれ一掃するつもりだが、今はまだその時期ではないのでね」

誰がその言葉を鵜呑みにするだろうか?

もしこの場に冬月がいれば、後でこうもらしただろう。

「やれやれ、いったいどんな仕掛けがされることやら。

工事が終わった後にもう一度検査をしなおさなきゃならん。とんだ二度手間だな」

だが、ゲンドウに選択権は無い。

「分かりました」

こう答えるのが精一杯である。

キールはそれを見て満足そうな様子でうなずいた。

「予算については一考しよう」





私は心配なのだ。


私が生きているあいだは、人類は正しい方向に進み続けるだろう。


だが、私の寿命も無限ではない。


私の支配と指導なしでは、人類の未来はない。





第10使徒サハクィエル戦の報告に移る。

はるか衛星軌道からA.T.フィールドをまとって落下してくる巨大な質量を持ったこの使徒は、3体のエヴァが直接受け止めるという方法で殲滅された。

そして第11使徒戦。だが、これはテロップが映されるにとどまった。

曰く、ネルフ本部への直接侵入の流説が有るも、現在未確認。

だが一人としてそれを信用している者は居なかった。それは、ゲンドウも承知している事である。

「いかんな、これは。早すぎる」

「左様。使徒がネルフ本部侵入するとは。……予定外だよ」

「まして、セントラルドクマへの侵入を許すとはな」

マトリエル戦でゲンドウに大きな譲歩を得ることに成功した委員たちは、かさにかかって嫌味を言い募る。

「委員会への報告は誤報。使徒侵入の事実は有りません」

それでもゲンドウは、平然といつものポーズを崩さない。

「では、碇。第11使徒侵入の事実はないと言うのだな?」

「はい」

キールの問いにも顔色一つ変えない。そのことが他の委員には面白くない。

「気を付けて喋りたまえ?この席での偽証は死に値するぞ」

恫喝も交えて、厳しく追及する。

「MAGIのレコーダーを調べて下さっても結構です。その事実は記録されていません」

「笑わせるな。事実の隠蔽は君の十八番ではないか」

「タイムスケジュールは死海文書の記述通りに進んでおります」

ゲンドウの鉄面皮は揺るがない。

正面に座っていた男、キールが顔を上げる。

「まあ、良い。今回の君の罪と責任は言及しない。だが……」

重々しい声で喋り、一呼吸をる。一瞬だけ重い静寂が辺りを包む。

「君が新たなシナリオを作る必要は無い」

「解っております。全てはゼーレのシナリオ通りに……」

委員たちのホログラム映像が消え、一瞬にして部屋が暗闇に包まれた。





計画を早く進めねばならぬ。


人類は、進化しなければならないのだよ。


人類の上に取り返しのつかない事が起こる前に。


それが、選ばれたものである私の使命なのだ。














WANDERING CHILD 第拾七話














赤い海、赤い空。

僕は……

ゆっくりと目を見開く。

シンジは砂浜に横たわっていた。

これは夢?

過去に戻って以来、毎日のように見る夢。

サードインパクトの後、気付いたときに居たあの浜の夢。

本当に夢?

体の下の砂の感触。ほおに当たる風の感触。

すこし先に横たわるアスカ。

そっと腕を延ばして触ってみる。

その肌は既に冷たかった。

この感触が本当に夢?

なんだか戦いの日々の方が夢のような気がしてくる。

……!

そうだ、過去に戻るなんて事の方がよっぽど夢みたいじゃないか。

いや、そんなはずは無い。

今まで必死に戦ってきたのが夢だったなんて。

じゃあ、これはなんだ?



ゲンドウが人類補完委員会と会議をしていたその頃、子供たちはエヴァの機体互換試験を受けていた。

試験の目的は、シンジとレイのパーソナルパターンが酷似している事を利用して、機体の互換性を確認し有事に備えることである。

そう、表向きには。

実際は、その名前はともかく原理等がネルフ内でもほとんど知らされていないダミープラグの基礎研究の一環である。

この事を知っているのはリツコとゲンドウ、そして……

それはともかく、試験は順調に進んでいた。

既にレイと初号機のシンクロ実験は無事に終了していた。

結果は零号機とほぼ同じシンクロ率を記録した。

つまり負傷などの理由でシンジが出撃できない場合、零号機と初号機の機体性能差分の戦力アップが可能になったのだ。

次にシンジと零号機のシンクロ実験が行われる。

これでレイ以上のシンクロ率を記録すれば、初号機が出撃不可能な場合にそれだけの戦力アップとなる。



因みにエヴァが出撃不可能な場合の作戦として、第6使徒ガギエル戦で見せたダブルエントリーがある。

しかしこれは不安定なもので、シンクロ率を上げるには完全に思考を一致させる必要がある。

事実、弐号機のシンクロ率は通常よりも平均で10%も低かった。

またシンジが展開したA.T.フィールドも極弱いものでしかなかった。

だが二人が完全に意識を統一したときは、驚異的なシンクロ率を記録したのも事実である。

どちらを使うかは、作戦部にゆだねられることになる。



さて、シンクロ実験である。

『一時接続開始』

マヤをはじめ、オペレーター達が次々に報告をする。

『データ受信、確認しました。パターングリーン』

「了解。では相互間テスト、セカンドステージに入るわよ」

『零号機、第二次コンタクトに入ります』



「初号機ほどではないとはいえ、十分な数値ね」

満足そうな表情のリツコ。

「これならあの計画の方も良さそうね」

その声を落とした呟きにマヤが反応する。

「ダミープラグですか。赤木先輩の前ですけど、私はあまり」

ふうぅーー

リツコは軽く息をつく。

「潔癖症はつらいわよ。人の間で生きていくのが」

そう言ってマヤのほうを振り向くと、リツコは首を横に振る。

「ごめんなさい。私も納得している訳ではないの……

でもね、必要なものなのよ」

「先輩……」

マヤは心配ようにリツコの顔を見上げた。

やがて視線をモニターに戻す。

その時、プラグ内のシンジの様子を映していたモニターがノイズになる。

「何?」



シンジは零号機のプラグで瞑想するように目を閉じながら、前回の事を思い出していた。

そう言えば前回は暴走しちゃったんだよなあ。

確か……そう、何かが僕の中に……

(あれ?そう、この感覚だ。

頭に入ってくる。直接、何か……

この感覚は……リリス?

そうだ、母さんの感覚が混じる初号機と違ってダイレクトに伝わってくる。

そう、これはリリスだ。

入ってくる。頭の中に入ってくる……)

そしてシンジは意識を失った。



「えっ!何?どうしたの?」

まるでそのアスカの声を待っていたかのように、がくがくと零号機が動き始める。

表示されるエマージェンシーの文字。

『パイロットの精神パルスに異常発生』

『精神汚染が始まっています!』

その報告にもリツコは冷静だった。

「まさか、このプラグ深度ではありえないわ」

「プラグではありません!エヴァの方からの侵食です」

だが、マヤのその声には、さすがのリツコも取り乱した。

「なんですって!?」



シンジは夢を見ていた。

赤い、赤い、赤い世界の夢。

夢?

これが本当に夢なのか?

――過去に戻る、そっちの方が夢だよ。決まってる。――

「でも、そんな」

――じゃあ訊くよ?過去に戻ったとして、もともとそこに居たシンジはどこに行ったのさ?――

「それは……」

――夢なのさ。自分で、自分の都合のいいように夢を見ている――

「違う!」

――アスカも、レイも、ミサトさんも……他のみんなも、自分で作り出した幻影なんだ――

「違う!!」

――自分に都合のいい人形なんだ――

「違う!!!」

――サードインパクトが起こった。アスカも死んだ。これが現実なんだ――

「例えそうだとしても、今度は逃げちゃいけないんだ。二度と後悔しないためにも」

――夢に逃げ込んでいるだけじゃないのか?――

「違う、僕には分かるんだ。絶対に夢じゃない。

これも現実かもしれない。だけど、過去に戻った事も現実なんだ。

僕はそう思う、理屈じゃないんだ。だから僕は逃げない、そう決めたんだ」



壁を壊し、零号機は自由になる。

「全回路を切断!電源カット」

リツコの指示に弾かれるようにオペレーター達が反応する。

『エヴァ、内臓電源に切り替わりました』

『依然、稼動中』

頭を壁に打ち付けていたゼロ号機は、やがて頭を抱えてうずくまった。

『零号機、活動停止まで後10秒』

そして零号機はその活動を止めた。



「あれ?ここは……」

目覚めるシンジ。

「また、この天井だ」

そこはいつかの病室。痛いほどに白い天井。

シンジはベッドから起き上がると、何かを振り払うように激しく頭を振った。

そして壁に自らの拳を打ちつける。

「これが」 ガン!「夢で」 ガン!「あるはずが」 ガン!「ないんだ」 ガン!

「僕は戦う」 ガン!「そう決めたんだ」 ガン!「もう」 ガン!「後悔」 ガン!「したくないから」

そしてシンジは、慌てて駆けつけた看護士に止められるまで、病室の壁に拳を叩きつけつづけた。





つづく





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