初号機のシンクロ率上昇、止まりません!100%を突破。


120%、140%、160%どんどん上昇します。あ、止まりました!


初号機、シンクロ率228%で安定。














WANDERING CHILD 第弐拾六話














S2機関の搭載。

シンクロ率200%超。

限界を超える力を引き出された初号機に敵はいなかった。

難敵と見られていた第15、第16使徒は、ミサトの的確な作戦と圧倒的な初号機の力の前にたいした被害もなく殲滅された。

唯一、初号機パイロット碇シンジを除いて。



今回のアルミサエル戦に使用した大規模機材の撤収作業を指揮していたミサトが、トレーラーに引き上げてきた。

「いつ着ても暑いわねえー、これ」

つなぎになっている防護服の上半身を脱いでTシャツ一枚になると、手近にあったファイルで扇ぎながらリツコに声をかける。

「ホントに、こんな大そうな物が必要なの?」

そのリツコは持ち込んだノートパソコンにデータを入力しながら答えた。

「万が一に備える、では納得できないかしら?」

ミサトはその答えに軽く肩をすくめる。

車内にカタカタと言う、キーボードを叩く音だけが響く。

その時、リツコの携帯電話がなった。

「ハイ、ハイ、そう。エエ、分かったわ」

電話を切ると、リツコはその表情を暗くする。

「ミサト。シンジ君、気が付いたそうよ」

「それで?」

「今回も大きな負傷はなし。

四肢の軽い麻痺と酩酊感ぐらいね。それも2、3日で取れるわ」

「そう……」

互いに表情は冴えない。

「諸刃の剣か……」

ミサトの呟きが空調の吸気口に吸い込まれた。



200%を超えるシンクロ率。自らの思考の二倍以上の速さで反応する肉体。

それは感覚の上だけの事とは言え、シンジの体に大きな負担を強いていた。

「また、この天井か……」

かすれる声。

体を起こそうとしたが、手足が上手く動かなかった。

そして酷い乗り物酔いをしたような感覚。

結局、そのまま仰向けに寝る事にする。

その時、真っ白な病室に二つの色を見つけた。

赤い影と、青い影。

「シンジ。その、大丈夫?」

心配そうな、その瞳。

「うん、大丈夫だよ」

だが、その笑みは無理をしているのがありありと見えた。

「バカ。アンタ嘘つくの下手なんだから……

だませないなら、嘘なんかつかないの。分かった!?」

怒ったようなその表情に見える、不安と心配の色。

「ごめん。また、心配かけちゃって」

「ばか」

その抱擁は家族に対するそれだろうか? あるいは恋人としてのものだろうか?

だが、その答えが得られることは無かった。

なぜなら、二人を監視する存在に気づいたから。

「……レイ。見てるのはいいとして、メモをとるのは止めなさい」

今日も覗き趣味なレイちゃんでした。

「そう? よく分からないわ」



「何とかなんないの?

出撃のたびにこれじゃあ、シンジ君、もたないわよ。最後のは長い戦いになりそうだし」

再びトレーラー内。

ミサトはついに防護服を完全に脱いで、スパッツにTシャツという姿だ。

几帳面に白衣を着込んだリツコが答える。

「もう一週間待ってもらえれば完成していたのだけれどね……」

「機械的にシンクロ率を下げるってヤツ?」

「そう」

「ま、ギリギリセーフってとこかしら?

それで、原因はわかったの? シンちゃんのシンクロ率」

だが、リツコは首を横に振るだけだった。

「今のところ『エヴァに取り込まれた事が、何らかの影響を与えた可能性がある』としか言いようがないわ」

ミサトは肩をすくめる。

「何よ、その二流政治家の答弁みたいなのは?」

それを受けて、リツコも大げさに肩をすくめた。

「仕方ないわよ。本当に何も分からないのだから。

シンジ君の話だと、以前取り込まれたときにはこんな事は無かったそうだし……」

「とかく、この世は謎だらけか……

普段の実験のときは、前と変わらないんでしょ?シンクロ率」

そうなのよ、とリツコが頭を抱える。

「むしろ、若干低いぐらいなのよ。

それが実戦になると3倍近くに跳ね上がるんだから……」

ミサトは身悶えるリツコを苦笑しながら見つめていた。

「次は謎の第17使徒『彼』か……」

ふと漏らしたその呟きに、リツコが再起動する。

「かれ?」

「んー、第8使徒戦の後にね、シンジ君、少し話してくれたのよ。

こんな使徒が来るから対策、考えてくれって。

その時も、第17使徒のことはよく分からないって、そう言ってたんだけどね。

だけどシンジ君『彼のことは』って、『彼』ってそう言ったのよ」

リツコの目が考えるそれになる。

「……人の形をしている?」

「そしてシンジ君は明らかに『彼』をかばおうとしている……」

ミサトの言葉に、リツコは目を細める。

「シンジ君、その『彼』とは仲が良かったのかも知れないわね。

シンジ君の話だとその頃は、アスカは起動しないし、レイも3人目になったばかり」

ふうーー

吐き出される息は苦悩の色が濃かった。

「だけどそんな事がありえるのかしら。

魂を持っているの、使徒が? まさか、でも……」

その小さな呟きを、ミサトは聞き逃さなかった。

「リツコ。それってどういうこと?」

その顔は「また私に何か隠してない? 赤木博士」と言っていた。

しばらく瞑目していたリツコは、やがて意を決してまぶたを開ける。

「そうね、もう隠す必要は無いものね」

コーヒーで喉を潤してから、リツコは話しはじめた。



「そうね、何から話せばいいかしら……

ミサト、『生命の実』と『智慧の実』のことは前に説明したわよね」

「えーと……ええ」

しばらく考える素振りを見せてからうなずく。

「両者とも、粒子と波の両方の性質を持った、光のような物質で出来ているの。

副司令がともに同じ方程式で表せると言っていたの、憶えているかしら?

よく似た物質なのよ。

だけど司るモノが違うわ。それぞれ生命の実はエネルギー、智慧の実は感情を司るの。

生命の実を持つ使徒に感情は無いわ。

だとしたら『彼』と友人になれるかしら? 例え、人の形をしていたとしても」

「うーん」

考え込むミサトを横目に見ながら、リツコはコーヒーを飲み干すと紙コップを握りつぶす。

「恐らく『彼』は生命の実と魂をもっているのよ。

まさか知恵の実を持っているとは考えにくいし……

だとすれば人為的に、そうゼーレの手によって送り込まれてくると考えた方がいいでしょうね」

何とかリツコの話の七割ほどを理解したミサトは、あることに気付く。

「智慧の実を持った使徒?

使徒って生命の実、S2機関を持っているんじゃないの?

それになんか、魂と智慧の実、S2機関と生命の実を区別しているみたいだし……」

リツコは「あら、意外と鋭いのね」とでも言うような表情になる。

「本質的には同じモノなのよ。

ただ、ある一定の臨界量を超えたものを、生命の実や智慧の実と呼んでいるの。

性質も若干異なるしね」

「少しって?」

「智慧の実は、魂と違ってエネルギーを自ら生み出すようになるわ。

もっともS2機関と比べると効率は悪いのだけれど。

そして生命の実には、ある程度の知性が芽生えるわ。今までの使徒を見てれば分かるでしょ?」

だが、ミサトは納得がいかない様子だ。

「知性が? 感情も無いのに?」

リツコは目の前のノートパソコンをポンポンと軽く叩きながら答える。

「計算能力だけならこれにもあるわ。

魂もS2機関も不要よ」

考え込んでいる様子のミサトを尻目に、リツコはひとつ伸びをしてノートパソコンの電源を落とした。

「さて、後は研究室に戻ってからね。

……ミサト、あなたには一度きちんと話さないとね、セカンドインパクトの事もあるし」

そう言って、車内を見回す。

「日を改めてね、こんな所で話す内容じゃないし。

……ところでシンジ君の見舞いに行かなくてもいいの?」

珍しく口の軽い友人からもう少し聞き出したいと思っていたミサトだったが、あきらめて立ち上がる。

「そうね、愛しのシンちゃんが待っているんだったわ。

ま、あんまり早く行き過ぎてもアスカに怨まれるだろうけど。

……リツコ、そのうち絶対に話してもらうからね」

そして、鼻歌とともに指揮車から降りていった。



「やはり、この男の政治的な交渉力は図抜けているな」

はじめはネルフと聞くだけで噛み付かんばかりだった、戦自の若手将校と握手をしているゲンドウに、冬月は感嘆する。

ゼーレの存在という圧倒的な真実に巧みに嘘を織り交ぜて、内部からそれに対抗しようとしているネルフと言う図式を作り上げてしまった。

日本の未来のために互いに協力する事を確認して、その日の会談は終わった。

「碇、お前が動くとは思わなかったな。

自分で交渉しなきゃならんと覚悟していたのだが……」

その言葉にゲンドウは憮然とした声で答えた。

「ゼーレのシナリオ通りにする訳にはいかない。それだけですよ、冬月先生。

私はまだ、シナリオをあきらめた訳ではありません」

やれやれ。

(素直でないのか、それとも本心なのか……)

冬月は肩をすくめる。

「明日の首相との会談は、葛城君に一緒に行ってもらう事にしたぞ。

さすがに誘拐された本人が行くわけにはいかないからな」

部屋を出ようとする冬月に、ゲンドウは何時ものようにこう答えた。

「問題無い」



「シンジ、アンタ無理してない?

アタシのこと、もうちょっと信用して欲しいわね」

真剣なアスカのその顔。

だがシンジは何も答えようとはしなかった。

「そうね、それじゃあ言うけれど、シンジ、アンタ本当に次の使徒のこと憶えてないの?」

シンジは寝返りをして顔を背けようとしたが、思いとどまる。

「ごめん」

シンジは、やっとそれだけ口にする事が出来た。

ふぅーーー

アスカは、しょうがないわねと一つため息をつく。

「アンタが自分で決着をつけなきゃ行けない事かも知れない。

アタシじゃ力になれないことかも知れない。

だけど、シンジ……アンタ苦しそうな顔してるわよ」

同意するようにレイもうなずく。

「ごめん」

「……はあ、しょうがないわねえ」

まだ何か言いたげな様子のアスカであったが、シンジの苦しげなその顔に思いとどまる。

「だけど、これだけは憶えておいてよ。

アタシはいつでも力になるからね、その、シンジが話してくれたら。

それまで、待ってるからね」

そう言って、アスカは照れたように横を向いてしまった。

たっぷりと秒針が一周するだけの沈黙の後、レイがアスカの肩に手を置いてうながした。

「アスカ、碇君にまだ話さないといけない事があるんでしょ?」

その言葉にしばらくもじもじしていたアスカは、やがてシンジの方に向き直る。

「あのさ、その、ずっと謝りたいと思っていたんだけど、その、今までずっと出来なくて……

えっと、前にシンジがアタシに自分のこと、話してくれたじゃない。

シンジがエヴァに取り込まれちゃった、戦闘の前にさ。

あの時、アタシ酷い事、言っちゃったよね。

あのさ、だから……つまり、その」

アスカは少し顔を赤らめて、視線を逸らしてしまう。

「……悪かったわね」

ぶっきらぼうに謝るその実にアスカらしい態度に、シンジは思わず笑いがこみ上げてくる。

「何、笑ってるのよ!

このアタシが謝ってあげてるってのに……

アンタには、もう二度と謝ってやらないからね。バカシンジ!」

完全に顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。

「ごめん、アスカ」

「今のは、アスカの謝り方に問題があると思うわ」

にこやかな笑みを浮かべるシンジに機嫌を直しかけるが、レイのクールなツッコミにその表情が強ばる。

フウウーー、ハアアーー。

大声をあげかけるが、ここが病院である事を思い出して深呼吸をして気を静める。

その顔に張り付いた笑みが引き攣っているように見えるのは気のせいだろう。

……たぶん。

「そんな事より、シンジ、これだけは憶えておいて。

アタシはシンジのこと、家族だと思っているし共に戦ってきた仲間だと思っている。

……今まで、シンジがアタシのことを心配してくれてたように、アタシもシンジのことを心配しているし力になりたいと思っているわ」

ここでアスカは、ふっと視線を外して再び顔を赤らめる。

「それにアタシ、その、シンジのことを仲間とかだけじゃなくて、つまりその、す、す」

再び出歯亀モードになったレイが、「それ行け、頑張れ」と応援している。

「だから、シンジのことが、す……」

プシューー

その時、エア音と共に病室のドアが開いた。

「ヤッホー。シンちゃん調子はどう?

……ってどうしたの、アスカ? ベッドに顔、突っ込んだりなんかして?」

思いっきりずっこけているアスカ。

やがて、ゆらりと起き上がる。

「で」

「で?」

「出て行けーー!!このバカミサトォー!!!」

その声は病院中に響き渡ったという。

あ、レイちゃん、命が惜しかったらメモは止めとこうね。



「ああ、殺されるかと思った。アスカったら、目がマジだったわね」

オリンピックに出られそうな勢いで病室を飛び出したミサトは、胸を抑えて呼吸を整える。

「やっぱりアスカも、シンちゃんが第17使徒……『彼』のことを、何か隠してるのに気付いたみたいね……」

三人の会話を盗聴していた様子のミサト。

……病室に入るタイミングも計ってやがったな。

「シンジ君が庇う、か……

可能性としては、シンジ君と同年代か加持と同じぐらいが一番ありえるわね」

作戦部長の顔になる。

「リツコと相談しておかなくっちゃね」

そしてミサトは、今度は絶対にノックをしようと決心しながらシンジの病室に戻っていった。



数日後、シンジがそのハミングが聞いたのはネルフからの帰りだった。

上がりすぎるシンクロ率を抑えるための装置の実験で、一人帰りの遅れたシンジは家路に急ぐ人々の中にその少年を見つけた。

まるでシンジを待っていたかのように、その少年は両の手をポケットに突っ込んで歩道に立っていた。

夕日によって茜色に染められた顔はうっすらとした笑みを浮かべている。

やがてその少年と視線が合う。

「歌は良いねえ。歌は心を癒してくれる。

リリンが生んだ文化の極みだよ。そうは思わないかい? 碇シンジ君」

「僕の名前を?」

それはシンジにとって二度目の出会い。幾度も繰り返した、初めての再会。

シンジは全く途惑った様子を見せなかった。

いや、そうではない。シンジにとって彼との再会は特別なものなのだ。

その不自然なまでの自然な対応は、何度も考え、頭の中で繰り返したシミュレート故なのだ。

「キミの名前を知らない者はいないさ。

失礼だが、君は自分の立場をもう少し知ったほうが良いと思うよ」

「そうかな」

前回とは少なからず違ってしまった自分の立場を思い出し、シンジは思わず苦笑をもらした。

「ええと、君は?」

「僕はカヲル、渚カヲル。

キミと同じく仕組まれた子供、フィフスチルドレンさ。碇くん」

「シンジでいいよ」

「そうかい? 僕もカヲルでいいよ、シンジ君」

そして握手を求めて手を差し出す。

シンジもそれに答えようとした。だが、手とは言え彼を握り締める行為は彼の最後を思い起こさせた。

結局、差し出しかけた右手をおずおずと下ろしてしまう。

「一時的接触を極端に避けるね、キミは。

怖いのかい? 人と触れ合うのが」

シンジはそれに答えるすべを持たなかった。



「フィフスの子がさっき着いたって。いきなりシンジ君と接触したみたいよ」

ミサトはその報告を聞いた携帯を仕舞いながら、コーヒーを持ってきたリツコに声をかける。

コーヒーの香りを楽しんでいたリツコの顔が何かを考えるそれになる。

「そう、委員会……ゼーレが直接送り込んできた少年。

何かあると考えるのが普通よね」

「リツコ。その子の報告書、此処にある?」

此処はリツコの部屋こと技術部長室。

実験の結果が満足の行くものであったこともあり、後の処理をマヤに任せて頭をリフレッシュしようとコーヒーを入れているときだった。

ミサトはリツコから手渡された書類に視線を落とす。

「過去の経歴は抹消済み。マルドウックからの報告書も非公開とは……」

「誕生日は分かっているわよ?」

「セカンドインパクトの日ね。怪しんで下さいと言ってるようなもんじゃないの。

それより彼、何号機に乗るの?

母親も分からないんでしょ? どうってシンクロするのよ?」

司令室に次ぐ防諜レベルを誇る部屋ではあるが、ミサトは自然と声のトーンを落とす。

「弐号機の予備に、ってご指名だけど……」

リツコは肩をすくめる。

「アスカの予備? しかもごり押しで……

どういうつもりなのかしら?」

「彼が『彼』なんじゃないの」

リツコの言葉に、コーヒーを飲もうとしていた手が止まる。

「そんな、だってまだ子供よ? こんな……」

「全ての経歴は抹消済み。……レイと同じように、ね」

「……」

ミサトは押し黙ってしまう。

「それに、シンジ君達と同年齢の可能性が高いと言ったのはあなたよ、ミサト。

もし彼が使徒だとしたら、見た目の年齢なんて関係ないわ」

「それは……」

使徒であると告げる理性と、信じたくは無いと言う感情の綱引き。

「とりあえず、明日のシンクロテストは小細工なしで実力を見極めさせてもらいましょう。

判断するのはそれからにしない?」

じっとマグカップを見つめたまま動かなくなったミサトに、リツコは苦笑しながら妥協案をだした。

「そうね。全ては明日」





つづく





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