「くはぁ〜、ほんまにええ天気やなぁ」

 

空を仰ぎながら思い切り伸びをするトウジ。

その手には購買で買ってきた様々な種類のパンが詰め込まれた袋がある。

どうも二人の転校生と変わり始めたレイの写真の予約注文が殺到したおかげで、悪事(笑)の片棒を担いでいる彼には臨時収入が入ったらしい。

栄養学的に見れば問題はあるが、彼にしてみればかなりの羽振りの良さである。

 

「この暑ささえどうにかなればいいんだけどね・・・」

「ん?なんや、センセは暑いのが苦手なんか?」

「そうでもないけど、さ。それも含めて君に話しておきたいことがあるんだ」

「・・・ま、飯でも食いながら聞こか。ユイナの話もな」

 

幾分真面目な顔になったトウジは、そう言いながら日陰に腰を降ろして一つ目のパンをかじった。

隣に腰を降ろしたシンジは弁当の包みを開けながら、ポツリポツリと語りだした。

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第壱拾参話 フォース

 

 

 

 

 

昼食時、アスカとユイナの周りには女子がバリケードを形成していた。

流石に男子には一緒に食事をするような度胸はなかったらしく、この場は女子に譲られたのだ。

その際に取り出した弁当がシンジ製であったのは言うまでもない。

ついでに言っておくと、シンジはこちらの世界に来てからというもの、かなり健康的な生活習慣が身に付いていた。

ミサトという反面教師とともに生活をしていれば無理からぬことだ。

 

彼女らが抜け出せないことを理解したシンジは、トウジと共に屋上に出たのだった。

レイはそれについて行こうとしたところをアスカに捕まり、バリケードの内部に取り込まれていったそうな。

 

 

屋上に出たときのシンジの感想は「暑い」だった。

元の世界ではよく何かある度に屋上でぼぉっと空を見上げていることが多かった。

その際には風が吹き抜けていって結構心地よかったものだ。

しかしこの世界では常夏の島日本となっているために、風が吹いても爽快感が薄い。

それを改めて実感し、横目でチラッとトウジを見やっては、よくもまああんな格好が出来るものだと変に感心してしまっていた。

 

 

 

「・・・・・・向こうの世界か」

「うん。信じてもらえないだろうけど、本当のことなんだ」

「そんなことないで。おもろいやんか」

「面白いね・・・トウジらしい答えだ。でも少しだけ肩の荷が下りた感じだよ。君にずっと嘘を突き続けるのは辛いから」

 

箸を置き、シンジは少し舌を出して戯けて見せた。

トウジはそれに友人らしく調子を合わせるように、演技めいた感じで呆れているような素振りをする。

二人はクスクスとおかしそうにお腹を抱えて笑った。

やがておかしさの波が引いていくと、トウジは顔を引き締めた。

 

「せやけど・・・わしにユイナがわかるいうんはパイロットの素養があるっちゅうことなんか?」

「それんだけど・・・実は・・・」

「?」

「僕らが今居る学校は、エヴァのパイロット候補を集めていたらしいんだ」

「な、なんやと!?」

「・・・僕もその話を聞いて驚いたよ。この街はほとんど仕組まれたものだったんだ」

 

驚愕するトウジを余所に、シンジは厳しい顔つきで街の方を睨み、吐き捨てるように言った。

その中にはリツコから聞かされた数々の秘密に対する嫌悪が含まれていた。

 

父が憎いとも思った。

けれどそれでも憎みきれない。

信じたい。

心の何処かで父親のやることを信じていたいと思っている。

そんな自分が屈折していると思う。

 

だからその憎しみの矛先は無意識のうちに、ゼーレと呼ばれる存在に向けられるようになっていた。

傲慢さからレイを生み出し、アスカの人生を狂わせた存在をシンジは許すわけにはいかなかった。

ユイナには諭されたのだが、そう簡単におさまるような生温い感情ではなかった。

胸の奥の方でじくじくたる思いとしてこびり付いている。

 

「そないな顔するとユイナ達が飛んでくるで」

「え・・・・・・そうだね」

 

「もう来てたりして」

 

「「なっ!!」」

 

気が付くとシンジとトウジの間にパックのコーヒー片手に、ちょこんと腰を下ろしているユイナの姿があった。

「やっ」と二人に向けて空いている手を挙げる。

突然の登場に二人は上手く言葉が出てこないでいた。

微塵も気配を感じさせることなく現れるのだから心臓に悪いことこの上ない。

まさに忍者顔負けの芸当だ。

 

「いやはや、あそこを抜け出てくるのは骨が折れたわ。そのうちアスカとレイも来るんじゃない?」

 

汗を拭うような仕草をするユイナ。

それからズズズッとコーヒーを飲み、「うーん、パックのコーヒーはいまいちねぇ」などと冗談ともとれそうなことを言っていると、ズダダダダッと階段の方から地響きのような音が聞こえてきた。

ユイナは嬉々として顔をほころばせてその音に耳を傾けた。

 

「ほらね?」

 

 

階段をかけ上って先に現れたのはレイ。

急いで弁当をかき込んだ為か、頬にご飯粒が付いていたりして・・・

 

「・・・ユイナ、ずるい」

 

 

「ハァ・・・ハァ・・あんた達ねぇ、あたしを出し抜こうなんざいい度胸じゃない」

 

少しおくれて息を乱したアスカ嬢が。

よっぽど慌てて階段を上ってきたんでしょうねぇ・・・

 

「まったく、あなた達まで来ることないのに」

「なに言ってるのよ。あんな男共を相手にする方が辛いわ」

「私は元々こっちに来るつもりだったのにアスカが・・・」

 

アスカの瞳がぎらっと殺意を孕んだものに変わる。

向けられたはずのレイは平然としていて、周りのシンジとトウジが一歩退いていた。

 

「・・・ったく。で、一体男同士で何を話していたわけ?」

「なにって・・・僕の周りの事情とか・・・ユイナのこととか、そういうことだよ」

 

ちょっとビクビクしながらシンジは言う。

 

「鈴原君にはアタシの姿が見えてたし、今日も一発でわかったらしいから仕方ないわね」

「ユイナ、あんた自分の秘密を守ろうとか思わないの?」

「全然。どうせ信じないでしょう?大概の人間は見えるものを信じる傾向にあるしね」

 

ごもっとも、とばかりにアスカは肩を竦めて息をもらした。

自分もエヴァと接していなかったら使徒なんて存在を信じなかっただろう。

あれはユイナ以上にでたらめな存在なのだから。

 

「・・・そういえば、あんたもエヴァに乗るって本気?」

「あ、そのこと?それに関してはリツコ姉さんが根回ししているわ。アメリカ支部に脅しをかけて、3号機か4号機を徴発するとか言って張り切ってたわ」

「お、脅しって何をやってるの?」

「さぁ?でもリツコ姉さん凄く生き生きとしてたからなぁ・・・。一応、あんまり無茶をしないように釘を刺しておいたつもりだけどね」

 

リツコが生き生きするとなったらばよっぽどのことなのだろう。

う〜む・・・なにやら危険な香りがする。

 

「・・・なぁ、ユイナ」

「ん? なに?」

「その・・・3号機なんやけど、わしに乗らせてくれへんか?」

 

トウジの発言には誰も驚きはしなかった。

ある程度はこういった発言が飛び出すことを覚悟していた節がある。

だから、アスカは敢えてトウジの目の前で3号機の話題に触れたのだ。

 

「なぁ、ユイナ。わしじゃあかんのか?」

「・・・次のチルドレン候補はあなたになっているわ」

「それやったら・・・っ!」

「でも」

 

その強い調子にトウジは言葉を引っ込めてユイナを見た。

 

「もし中途半端な気持ちで乗ろうとしているなら、絶対にやめてほしい。戦いが厳しくなればシンジ達もあなたのことに構えなくなるかもしれない。そうなったら邪魔になるだけだわ。それに死に急ぐためにエヴァはあるんじゃないんだもの」

 

静かでありながら厳しい口調。

その一言一言がズシッとしたたしかな重量を持っていた。

このときトウジの脳裏に幾つか浮かんだ顔があった。

 

「・・・守りたいんや・・・守れるもんなら」

「守る?一体何を?」

「大切なものを」

 

真っ直ぐと見つめ合い、ユイナは何処か満足したように微笑んだ。

 

「そう。じゃあ私は止めない。リツコ姉さんにそう伝えるわ」

「ちょ、ちょっとユイナ!」

「いいのよシンジ。男の子が決心したんだから。アスカ、レイ、あなた達もそれで構わないわね?」

 

同意を求めると二人は神妙な顔で頷いた。

しかしシンジだけはどうしても承服しかねた。

アスカとレイは元々エヴァのパイロットとして出会ってしまったのだから仕方がない。

けれどもトウジは戦いなんてなにも知らない中学生なのだ。

むざむざ友人を戦場に引き込むような真似を、素直に受け入れることなどできはしなかった。

 

「トウジ・・・・・危険なことを無理にする必要はないんだよ?」

「いや、わしは乗れるもんやったら乗るで。守られてばっかりより、戦って力になれるんやったらそのほうがええ。ほれ、そないな顔するな」

 

俯き加減になりつつあったシンジの頬を抓りあげる。

 

「いはいほ、ほうひ(痛いよ、トウジ)」

 

トウジが手を離してからも頬を抑えて涙目になっていたシンジだったが、おかげでほんの少しだが気が楽になったらしい。

影が落ちかけていた顔は申し訳なさそうに歪んでいたものの、しっかりとトウジの顔と向き合っていた。

 

「シンジ、わかったでしょう?戦う理由は人それぞれよ。もし鈴原君が復讐とかそういう考えでエヴァに乗ろうとするのだったら、アタシは絶対に譲らないわ。でも鈴原君は守りたいものがあるという。それに、アタシにはそれが見えるの。ね、鈴原君?」

 

ユイナはトウジに向かってウィンクをした。

その意味を正確に理解できたのはトウジ本人のみで、彼はみっともないくらいに顔を赤くしていた。

何となく理由を察したアスカは、早速その明晰なる頭脳を用いて範囲を限定しにかかっている。

 

トウジが守りたいもの・・・

それは・・・


 

「・・・・・・ふぅ。これで3号機の確保は完了ね・・・」

 

椅子に身を預けて背を伸ばすと、ぬるくなってしまったコーヒーを新しいものに入れ替えた。

香りを楽しんでから、口を付ける。

 

彼女がこういった作業を行う部屋には必ずコーヒーメーカーが用意されていた。

これはリツコ自前で、間違ってもネルフから支給されているわけではない。

元々コーヒー好きではあったのだが、ネルフに入りマギの制御を任され、E計画にも参加するようになってからはコーヒーは更に手放せない必需品となった。

最近では自分でコーヒーを挽くことまでする熱の入れようである。

猫の置物集めに次ぐリツコの趣味の一つであった。

ただ悲しむべき事は彼女の周りにコーヒー党の人間がいなかったことだろうか。

どんなに凝ったブレンドをしてもそれを楽しむのは彼女自身以外には居らず、結局自己満足にしかならないのだ。

自分の行為の結果を人に評価してもらいたくなるのは人情というものである。

 

そこへ来て一つの変化があった。

それはユイナの登場だ。

彼女はこれまで食物等を口にすることでエネルギーを補給するという行為をしたことはなかった。

つまり味覚に関しては全くの無垢な状態だったのだ。

無垢なだけに味への順応も早いというか何というか、知らないために細かい味の違いがわからないのではという危惧とは裏腹に、ユイナは料理評論家も真っ青な味覚をもっていることが明らかになった。

昨日、すすめられたコーヒーもいたく気に入ったらしく、リツコはこれからはユイナとのコーヒータイムが楽しみになったな、と思っていた。

 

 

 

「相変わらず仕事の虫かい?」

 

不意打ちのような出来事にもリツコは余裕を持って対応した。

マグカップを机の上に置くと、背後から絡みついてきた腕をほどいていく。

 

「その様子じゃ、まだ彼氏もできていないんじゃないかい」

「フフッ・・相変わらずね加持君。久しぶりね」

「全く、君みたいな美人を放っておくなんてネルフの男共も甲斐性無しだな」

「それがそうでもないわよ」

 

リツコが指差した部屋の隅には、なにやら山積みになっているものがあった。

加持はそれが書類か何かだと思っていたのだが、覗き込んでみるとそれはどもう違うらしい。

 

「・・・これはまた・・・凄い量だね」

「まだロッカーの中にその倍ほどあるわ」

「全部見たのかい?」

「まだ少しだけ。でもそうしないと失礼でしょう?」

 

(ドキッ!)

大袈裟でない控えめな微笑みに加持は珍しく鼓動が高鳴る感覚を覚えた。

らしくないぞと胸の中の自分に問い質す。

 

「りっちゃん・・・変わったね」

「かもね。けれど私は私だわ。少なくともこの戦いが終わるまで、私はこれらの思いに応えてあげることは出来ないんでしょうけどね」

 

待っているのは断罪。

罪を犯したならば、罰を受けなければならないのは道理だ。

リツコは全てを甘んじて受け入れる心構えでいる。

加持は笑顔の裏にあるその意志に触れ、手の中に汗をかいた。

 

「・・・君は司令と決別したって聞いているけど、本気かい」

「ええ。それが私の償いでもあるから。あの子達が子供らしく生きることが出来る世界を作るために、可能な限りのことをしていくつもりよ」

「やっぱり君は変わったよ」

「誉め言葉として受け取っておくわ」

 

二人の間に緊張感が漂った。

どちらかといえば加持の方が気圧されているような感じがしている。

その証拠として、居心地の悪くなってきた加持は肩を竦めて部屋から退散しようとしていた。

 

「待って加持君」

「・・・なんだい」

 

へらへらとした顔を引き締めて振り返る。

声の調子から受け流せるようなものではないことを悟っていた。

 

「三重スパイなんて今時流行らないわよ。過ぎた好奇心はあなたの身を滅ぼすわ」

「!!・・・・・バレバレか」

「私とマギをなめないでもらいたいわね」

 

核心を突かれた加持は慌てる素振りを見せることはなかった。

隠し事が通用しないとなれば腹をくくって開き直るほか無い。

加持はそういった覚悟の決め方などを身につけている人間だった。

 

「ゼーレに報告してもいいわよ。どうせあの老人達は直接的な行動には出られないでしょうし」

「だがエージェントを送り込んで君を拘束するぐらいのことは出来る」

「それはあなたの役目かしら?」

 

加持は答えない。

それが答えでもある。

 

「ま、拘束した後は洗脳してまたここに送り込むとかするんでしょうね」

「・・・その可能性は否定できない」

「フフフッ・・・」

「なにがおかしいんだい?」

「なんででしょうね・・・私はこうしている方が自分らしいような気がするのよ。そう、あの子達と一緒にいる方が、ね」

 

加持は黙って背を向けてドアに開閉ボタンに手を伸ばした。

ふとそれを押す直前に顔だけ振り返った。

 

「俺は君のことを誤解していたのかもな」

「愚問ね。人が他人を完全にわかることなど出来はしないわ」

「ハハッ、違いない」

「でもわかろうと努力することは出来る。そのために言葉があり、心がある。私はそう思いたい。だから加持君、火遊びはやめておきなさい。あなたのほしがっている真実は、この私が答えあげるわ」

「・・・それは強制かい?」

「いえ、あなたには私達の味方になってもらいたいから。私と子供達だけでは対処できないこともありそうだからよ」

「考えておくよ。けど、俺は自分の目で真実を確かめたがる性分だからな」

 

砕けた調子で加持はそう言うとドアの向こうに消えた。

けれどリツコは確信していた。

加持リョウジという人間は、真実に近づくためならばどんな危険があろうとも一番の近道を選ぶということを。

そして、彼の求める真実に最も近い人間の一人が自分であるということも。

 


 

翌日の放課後、シンジらは揃ってネルフ本部に向かった。

その集団の中にはトウジの姿もある。

事情を話したユイナが、リツコにトウジを本部に連れてくるように言われたのだった。

その主な目的はリツコ本人による搭乗意志の最終確認である。

シンジとユイナは格闘訓練、アスカとレイはシンクロテストが待っていた。

 

 

「ところでさ、どうやって3号機を徴発したの?あたしと弐号機をドイツから連れ出すのにも結構苦労したって聞いてるけど」

「これまでのエヴァの戦闘データを提供するっていう交換条件を出して納得させたってさ」

「リツコにしては平和的ね」

 

アスカが意外そうに言うと、ユイナは「まだ続きがあるの」と苦笑した。

このとき頬のはじがひきつっていたあたりから、その内容の過激さが伺えなくもない。

 

「マギを使ってペンタゴンに侵入してそこから命令系統を掌握、更にそこからネルフ支部に圧力をかけらしいわよ。改めてリツコ姉さんの恐ろしさを垣間見た気がするわ」

「リツコってその気になれば一人で戦争できるわね」

「・・・ほんまやな」

「赤木博士、やることが過激になっているわ」

「味方でよかったね・・・」

 

チルドレン4人+1、ホッとしながらもゾッとしていた。

ちなみにリツコが使った脅しは国連軍が保持しているN2のうち、アメリカが管理している(ミサイルの弾頭として使用してある)ものの発射権利を奪い去り、それをネルフアメリカ支部に照準をセットしたというものである。

この際の通信記録を偽装することもしっかりやっている。

いかにマギタイプを擁するネルフ支部とはいえ、オリジナルマギとその開発者の娘にして現在世界唯一のマギの能力を発揮することの出来る人物が相手ではかなうはずもない。

それに唯一戦闘経験をしている日本のエヴァのデータとなれば、喉から手が出るほど欲しいのもまた事実であった。

 

 

だがそこは、稀代の天才科学者・赤木リツコである。

まさか素直に戦闘データをくれてやるほどお人好しではない。

交換条件として提示したデータはほとんどが初号機の戦闘データであり(といっても、戦闘行動の中心が初号機なのだから当然であるが)、しかも第五使徒戦のデータが中心なのだ。

あの時点でリツコでさえも匙を投げたあのデータだ。

ユイナの存在を知った今ならばまだしも、それを知らぬアメリカ支部の技術屋達にそれが理解できるはずもない。

ゼーレに関しても同様のことが言えた。

どうせ老人達の理解の範疇を超えた出来事であるのだから。

予定されていたことをただ消化していくだけの老人達。

死海文書(+裏)にさえも書かれていないであろう事態に、あの老人達が対処できるとは思えなかったのだ。

 

 

「で、参号機はいつ来るわけ?」

「色々と手続きを含めて二週間後には松代に届くって言ってたわよ」

「いやに早いわね・・・。経験から言って出国するだけで結構な時間がかかると思うんだけど」

「今回は空輸だって言ってたから」

「だったら弐号機もそうしてくれればよかったのになぁ・・・そうしたら、あたしももっと早く参戦できたのに」

 

弐号機が艦隊を利用して運搬したのにはそれなりに理由があるわけだが、それを知っているのはネルフのトップ二人と、リツコ、加持、ユイナの五人だけしかいない。

アスカから考えれば空輸という手段が使えるのであれば、何故それを利用しなかったのか不思議でならなかった。

実際に弐号機だけの輸送であれば空輸でも問題なかっただろう。

しかし、その時加持が本部に運んでいたものだけを空輸していたら、十中八九狙い撃ちされていた。

 

(音速で飛ぶ生命体を見てみたいことは見てみたいけど、そんなもの流石にエヴァでも対抗できないのではないだろろうな・・・)

 


 

「ちょっとリツコ!3号機の話なんて聞いてないわよ!!」

「・・・人の部屋を訪れるときはもうちょっと静かにしてもらいたいものね」

 

騒がしい闖入者にリツコは眼鏡を外しながら振り返った。

 

「んなことどうでもいいわよ!あんた最近、独自に何か作業していたみたいだし、一体何をやってるのよ!」

「ふぅ・・人に物を尋ねる態度がなってないわよ、ミサト」

「だぁかぁらぁ!!」

 

必要以上の大声を上げるため、リツコは軽く耳を押さえている。

 

「はいはい。あなたの疑問に答えてあげられなくもないけれど、その前にやらなきゃいけないことが沢山あるのよ。3号機が来る前に初号機の修理も終えておきたいしね」

「!!・・・パイロットはどうしたのよ?」

「一応、ユイナに乗ってもらうつもりだったんだけどね」

 

手元にあった幾つかの書類をまとめてミサトに手渡すと、リツコはツカツカとケイジに向かって歩き始めた。

ミサトは書類に目を通しながら、リツコの背を追う。

 

ちなみに、ユイナならばどのエヴァともシンクロすることは可能である。

既にそのことはテストプラグを使用したシンクロテストによって証明されていることだ。

人と接触するための存在なのだから、人の魂が封じ込められているエヴァとシンクロするのはさほど難しい話ではないのだ。

 

「なによこれ・・・マルドゥック機関通してないじゃない!それもこの子ってシンジ君の・・・」

 

書類をもつ手が小刻みに震えた。

勘のいいミサトはこのときに、今回のリツコの行動が完全にネルフという組織から逸脱したものだということに気付いた。

そしてそれが持つ意味も。

 

「あんたこんなことしてただですむと思ってるの!?」

「・・・ゼーレが文句を言ってくるのは必定ね。でもそれも覚悟の上だわ」

「あのユイナって娘のことといい、最近のあんたはどっかおかしいわよ」

「おかしい?それは違うわ。これまでの私がおかしかったの。今の私はいたって正常よ」

 

通路の先に五つの影が見受けられてリツコは足を止めた。

にこやかに軽く手を振ると、向こうもそれに応えて手を振りかえしてくる。

 

「これが今の私。以前の私を否定することはしないけど、今の私の方が気に入っているの」

 

晴れ晴れとした笑顔。

ミサトは長年彼女と友人関係を続けているがそんなふうに笑うリツコを見たことはなかった。

見るようになったのはここ二、三日というごく狭い期間のことだ。

このリツコの激変は人が変わったと言うに相応しい変化の仕方だった。

 

「あんた・・・本当にリツコよね?」

「勿論。私以外に誰がマギの力を100%発揮するというの?」

「・・・そういうところはリツコだわ」

 

複雑な表情をするミサトの肩を軽く叩くとリツコは子供らの輪の中へと入っていった。

その光景に、ミサトは少なからず羨望の念を抱いていたことを認めざるを得なかった。

 


 

「リツコ姉さん楽しそうねぇ・・・」

「ウフフフ、マギを使って脅しをかけるの癖になりそうだわ」

 

怪しげな笑みとともにマッド赤木の顔がチラリ・・・

5人のチルドレンは冷や汗ものの笑顔である。

せっかくついたファンが逃げてしまうぞ。

 

「ちょっとリツコ、あんたはただでさえ危ない橋わたってるんだから控えなさいよ」

「そうですよ。今のところ僕らの味方はリツコさんしか居ないんですから」

「心配してくれるのは嬉しいけどね。そろそろゼーレも動くと思うわ。それまでに出来るだけの体勢を整えておかなくてはいけないの。ええっと・・・あなた、鈴原君だったわね?」

「あ、は、はい」

 

トウジはドギマギしながらリツコの声に応えた。

ここに来るまでの会話の中からでは、とてもではないがイメージが繋がらない。

先程のマッドの片鱗を除いてしまえば、優しげなお姉さんという印象である。

 

「正直言うと私もこれ以上子供を巻き込みたくはないわ。無理に乗らなくてもいいのよ?」

「そんでも一応、チルドレン候補としてあそこに集められとったんでしょう?」

「そうだけど・・・」

 

子供を戦場に送ること。

その罪の重さはリツコの心を重く縛り付ける鎖となっている。

日常の穏やかなやり取りがそれを僅かに軽くしてくれているのだ。

更に罪を重ねようとしていることに抵抗がないわけがなかった。

 

「リツコ、大丈夫よ。こいつも戦う理由があるんだから」

「理由?」

「戦う理由なんて些細なものでいいんだと思う。人それぞれの価値観があって、それを守るために戦う。そのことでリツコが悩む必要なんて何処にもないわ」

 

どちらが大人なのか。

リツコは自らが子供に諭されている現実に苦笑する。

 

「そういうことですから、わしのことは気にせんといてください」

「わかったわ・・・。その見返りっていうわけじゃないけど、あなたの妹さんはネルフが責任を持って治療に当たらせてもらうわね」

「えらい迷惑かけてしもてすんません」

 

深々とトウジは頭を下げた。

トウジの妹は未だに病院生活が続いていた。

本人はいたって元気で、トウジが見舞いにいく度に無邪気な笑顔でこれを迎えている。

この健気な妹の姿はトウジをエヴァに駆り立てた要因の一つでもあった。

 

「ま、シンクロに関しては気合いでなんとかしますさかい。大船に乗ったつもりで見とってください」

 

グッとガッツポーズをとるトウジであったが、素早くアスカに後頭部を叩かれてしまう。

 

「あんたバカァ?気合いでエヴァが動くんだったら苦労しないわよ!」

「阿呆、たとえやたとえ!そういうときの気構えっちゅうもんがあるやろ!」

「全くこれだから熱血体育会系のバカは・・・」

「なんややるんか!?」

「やったろーじゃないの!」

 

ゴチン・・・

 

「・・・二人とも喧嘩はよくないわ。仲間は助け合うものよ」

 

「「いったぁ〜」」

 

睨み合い、今にも取っ組み合いに発展しそうな雰囲気だった二人の間に割って入ったレイ。

この際、ご丁寧にATフィールドまで展開したものだから、二人はしこたま頭部を強打して蹲っていた。

 

「二人とも仲良くしてくれなくては仲間として・・・・・・? どうしたの頭を抱えて?」

 

自分のやったことに自覚のないレイは、人差し指で自分の頬をついて首を傾げている。

 

「あんたねぇ〜」「綾波ぃぃぃ」

 

怒りのオーラを纏わせ、立ち上がる二人の意識はそれまでいがみ合っていたことが嘘のように統一されていた。

危うく飛び掛かりそうになっているところにユイナが割って入り、二人をなだめにかかった。

そのまま放っておいたらまた壁にぶつかっていたことだろう。

能力云々はおいといて、直情型という点では共通している二人のことですから・・・

 

「まぁまぁ二人とも、レイは悪気があったんじゃないんだから」

 

「悪気?悪気・・・相手をおとしいれたり傷付けたりしようという気持ち・・・心外ね」

 

このちょっとばかりずれたレイの言動に毒気を抜かれた面々は、しかめっ面を突き合わせた。

レイだけキョトンとその空気の変化についていけずに首を傾げたままだった。

 


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後書きみたいなもの。

 

早めのフォースチルドレン誕生。

でも3号機が出てくるのにはまだちょっと時間がかかるんですけどね。

 

しかし、ユイナがどんどん奇怪な人物になっていく気がする。(汗)

前回は黒板にでかい文字書いて、今回は忍者まがいのことをするし・・・

それにレイもちょっと呆けてる。

もうキャラが手の内を離れて暴走していますわ。

 

さ、次はスパロボαでも出てきたあの分裂使徒。

ただいま調理方法を思案中です。

 

・・・そういえば3号機って「参」じゃなくて「3」と表記するのが正しいみたいですね。

なんでも建造場所がアメリカだからだとか。

どうでもいいことですが。

 

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