参号機の移送が決定してから数日後・・・
紀伊半島沖で警戒にあたっていた巡洋艦から情報が入る。
巨大な潜行物体を発見。
直後に送られてきたデータから波長パターン青を検出。
ネルフはその物体を使徒と断定し、第一種戦闘配置に移行した。
WING OF FORTUNE
第壱拾四話 発動
「先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムが受けたダメージは、現在までに復旧率26%。実戦における稼働率はゼロと言ってもいいわ。したがって、今回の迎撃は上陸直前の目標を水際で迎え撃ち、一気に叩く!」
指揮車両に乗り込んだミサトは緊張感溢れる様子でやや早口で捲し立てた。
「零号機がバックス、弐号機がフォワードよ。地上に出たら電源補給。間髪入れずにフォーメーションをとって。いいわね?」
「了解」
「まっかせといて」
リニアラインで運搬中のエヴァ二機。
結局、初号機の修理は間に合わず、零号機と弐号機の二機編成での作戦となった。
そのため、シンジとユイナ、そしてエヴァの戦闘を知るという意味でトウジがミサトと同じ指揮車両に乗り込んでいた。
「う〜〜、きっちり日本デビュー飾ってやるわよ」
「あまり焦るのはよくないわ」
「わかってるわよ。けど負けるわけにはいかないんだから、気合いぐらい入れても構わないでしょう?」
「度を超さなければね」
「はいはい」
このとき、アスカとレイの雰囲気は戦闘前とは思えないほど和んでいた。
だが適度の緊張感は保持しており、理想のコンディションであるといえた。
それはシンクロ率にも如実に現れている。
二人とも最高記録を更新とはいかないまでも、高いレベルで安定していた。
目的地に到着するとすぐにエヴァはアンビリカルケーブルを接続して各々武器を装備した。
アスカの駆るフォワードの弐号機は長刀状の武器・ソニックグレイブを。
レイの零号機はパレットガンを手に取った。
廃墟の街が沈む海。
二機のエヴァはフォーメーションをとりつつ慎重に沖に向けて歩を進めた。
しばらくすると、前方から水しぶきをあげて直進してくる物体を肉眼で確認できるようになった。
(来た・・・!)
無意識にインダクションレバーを握り込む手に力が入る。
海中から使徒がその巨体を現すと、いち早く弐号機が地を蹴った。
「レイ!バックアップよろしく!!」
その声に即座に反応しレイはインダクションレバーのスイッチを押す。
パレットガンから銃弾が弾き出され、使徒の発する壁と接触した。
トリガーを引き続けるレイ自身も、それがダメージに繋がるとは塵ほども考えていない。
目的はアスカが飛び込むための隙を作ること。
使徒の注意を自分の方に向けることだ。
基本的にエヴァは近接格闘用の武器が先に開発されている。
だいたいATフィールドを中和せずにダメージを与えるほどの大火力兵器など、ほとんどないのが現状だ。
ラミエル戦で使用したポジトロンライフルはそれを可能としたが、あれは例外もいいところである。
日本中の電力を掻き集めなければならない上に、連射がきかない。
あれはあのときだけ、限定された環境でのみ使用可能な兵器だった。
よってこの様に使徒を迎え撃って出た場合、弾幕としての役割すらも持てず、めくらましが精々ということになる。
使徒は愚鈍なのかそれとも策があるのか、真っ正面からパレットガンの弾丸を受け止めるだけで動きを見せようとしない。
二人の少女はその使徒の不可解な様子に訝るも、チャンスには違いなかった。
迷いを振り切るように、弐号機はビルの残骸を踏みつけて跳ぶ。
太陽を背に紅い鬼神が宙を舞った。
「もらったぁぁぁっ!!」
ズガァッ!!!
気合いと共に、使徒の頭上からソニックグレイブを振り下ろす。
思惑通りに使徒の中心を捉えた一撃は、そのまま体を両断した。
「お見事、アスカ!」
指揮車両ではミサトが歓喜と賞賛の声をあげた。
しかし当の本人は、あまりに手応えがないことをかえって疑わしく思っていた。
いつまでもソニックグレイブを構えた体勢で真っ二つになった使徒に注意を払っていた。
(海で戦った使徒はこんなものじゃなかった・・・それともあれが特別強かったの?)
「アスカ、どうしたの?処理はあなた達の仕事じゃないわよ」
「う、うん・・・」
ようやく武器を降ろして弐号機が背を向けたときだった。
レイは銃を構えてトリガーを引き絞る。
そして彼女らしくない大きな声をあげた。
「アスカ、まだッ!!」
「え?」
振り返ったアスカは極めて非常識的なものを見ることになった。
真っ二つにしたはずの使徒がそれぞれ一個の個体へと変形したのだ。
初めからその姿が真の姿であるかのように。
無論、使徒の存在そのものが非常識的な代物であることは事実だが。
「な、なによこれ!!(アタシはこれを知っていた?)」
驚きつつも何処かで納得している自分。
アスカは不意に奇妙な既視感を覚える。
だがすぐにアスカはそのことが意味するところを悟り、不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らした。
「なるほどね・・・前もあたしはこいつと戦っているってことね」
誰にも聞こえない程度に口の中で呟くと戦闘モードの意識に切り替えた。
致命的なのは、戦ったことがあると覚えていても、それを倒す方法を覚えていないことだ。
役に立たない記憶ねぇ・・・と毒づきながら、ソニックグレイブを大きく振って使徒のうち一体の胴を横に薙いだ。
それは大きく使徒の体を傷付けたが、瞬時に再生を果たしてしまう。
「攻撃がきかない!?レイ!」
驚いてレイの方を見やるとそちらもほぼ同様の状態だった。
銃弾は使徒の肉を削り落としているのだが、次の弾丸が到着する頃には完全に再生している。
ATフィールドを展開しない辺りに、使徒の余裕のようなものが感じられたような気がした。
戦闘が始まって時間がたつにつれて、二人はジリジリと後退を始めていた。
動きは圧倒的にエヴァの方が遙かに鋭い。
ワンシーン、ワンシーンを切り取ってみればそれはエヴァの圧倒的な戦いに見えた。
しかし実際はその逆だ。
動き続けて徐々に息の上がるアスカとレイに対し、使徒は疲れの色もなくただ黙々と侵攻を続ける。
攻撃を受けても怯むことのない敵は酷く不気味だった。
「ったく、しつこいわねぇ!」
苛立たしげにソニックグレイブを振り回すアスカも、無限とも思える繰り返しに半ば機械的な作業のようになっていた。
一方、レイは本当に作業と化していた。
撃つ。使徒に当たる。再生。また撃つ。
「これではダメ。でも・・・どうしたら?」
「何なのよ!あんのなのインチキじゃない!」
戦いを後方で見守っていたミサトは、もう少しで誰彼構わずに当たり散らしてしまうところであった。
攻撃を受けても全く堪えている様子のない使徒は、ミサトから見ても腹立たしい限りだった。
徐々に追い詰められている事も手伝い、その顔は鬼の形相に近いものがある。
「ユイナ、どういうことだかわかる?」
「たぶん・・・あれは二体で一体なのよ。片方が傷付いても、もう片方がいれば死ぬことはないっていう・・」
リツコとひそひそと話すユイナの顔もまた険しい。
ミサトのそれといい勝負である。
「つまり、あれは補完しあっているということね」
小さく頷くユイナを確認すると、リツコはミサトの元へ向かい何事か話しだした。
「じゃあなに、撤退しろっていうの?」
ミサトはやや憮然とリツコを睨む。
現状が決して楽観視できる状態ではないとは言っても、個々の力では確実に上をいっているのだ。
もしかしたらこのまま戦っても勝てるのではと思っているミサトにしたら、受け入れがたい提案であることは間違いない。
「現状ではそれがベストだわ」
あくまで冷静に、リツコは落ち着き払った声で言う。
内側は決して穏やかとはいいがたい状況だが、それを見事に押し込めている。
「でもこの状態で退けると思う?」
「逃げることに集中すれば無理ではないわ」
「たしかにそうだけど・・・はぁ、UNの連中に頭を下げるのかぁ」
作戦を行う度に何かと衝突を繰り返しているUN軍と戦自は、ハッキリ言ってミサトにとって鬱陶しい以外の何者でもない。
だがエヴァを保有しているのがネルフであるように、N2を保有しているのがUNなのだから仕方がなかった。
事実上、使徒の足止めとして最も有効なのがN2兵器の使用なのだ。
今は作戦指揮権がネルフにある以上、依頼をすればその徴発も不可能ではない。
しかしながら、その被害の大きさと更にネルフに対する反感を大きくするかと思うと、出来るだけ避けたいというのが本音であった。
「私達がプライドを捨てれば、この事態が好転するというのなら安いものじゃない?」
「・・・わかったわよ。アスカ、レイ!一時撤退するわよ!」
しかしこの命令が下ったとき、運悪くレイは使徒に吊り上げられてしまっていた。
弾丸を撃ち尽くした瞬間を狙われて、回避が一瞬おくれてしまったのである。
しかもアスカの方もレイがピンチだと認識した瞬間から、使徒の猛攻を受けてなかなか救援に入れないでいた。
「こいつら、あたしたちの状態を理解している!?」
「アスカ・・・あなただけでも撤退して・・・」
「バカ言うんじゃないわ!あんたを残していけるはずないでしょう!」
アスカの駆る弐号機は使徒の土手っ腹めがけて強烈な横蹴りを放った。
そして体勢を入れ替えながら、零号機を吊り上げている使徒の半身に向けてソニックグレイブを投げつける。
投擲された長刀は狙い通り使徒を串刺しにした。
更に弐号機はダッシュして零号機を吊り上げていた使徒に跳び蹴りを喰らわせる。
使徒は水飛沫をあげながら数百メートル程吹き飛んで海中に消えた。
「大丈夫、レイ?」
「平気。早く撤退しましょう」
「・・・そうしたいんだけどね。こいつらはさせてくれないみたいだわ」
レイが身を起こしたときには、二体のエヴァは分裂した使徒に挟まれてしまっていた。
先程までの愚鈍な状態ならいざ知らず、動きが鋭くなった使徒相手では振り切ることが極めて困難であることを二人とも自覚していた。
最も確実な方法は、一機が囮となってもう一機を逃す方法。
しかしこれはアスカが一番やりたくない方法だった。
レイの生い立ちを知った者として、対等の人間として接していくために。
全くの犠牲を出さないで戦いを終えるなんていうのは理想論だ。
しかし青臭いと言われようとなんだろうと、今アスカの頭の中ではどちらも助かる方法を求めていた。
状況は悪化の一途を辿るばかりであるが。
「・・・レイ、そっちは弾切れなのよね?」
「ええ。あなたは武器を投げてしまった」
「残っているのはプログナイフとニードルか。心許ないわね」
「でもやるしかない」
「あったりまえでしょう!」
自分を叱咤するように声を出す。
ナイフを装備した二機のエヴァは背中合わせに使徒と睨み合った。
「いくわよ!」
「アスカとレイはまだ戻ってこないの?」
「未だ使徒と交戦中です!」
「チッ・・・N2の投下まで後何分もないわよ・・・早くっ!」
N2の影響を受けないであろうところまで後退していた指揮車両の中で、ミサトは悲鳴に近い声をあげていた。
急に動きの鋭くなった使徒といい、武器を失ってしまった状態といい、楽観できる要素は何処にもなかった。
実際、N2が投下されたとして、フィールドを全開にすればエヴァの大破は避けられるであろう。
だがその中にいるパイロットは別問題だ。
衝撃を殺し切れたとしても、その際に発生する膨大な熱を防ぐ術はない。
だから最低でも爆心地から距離をとることが必要なのである。
その爆心地となるのが今の場合、使徒であり、それと交戦しているエヴァだ。
アスカとレイは距離をとろうと考えてはいたが、依然として元いた場所から動けないでいた。
使徒の猛攻もあるが、それ以上に使徒を引き連れて内陸部に入ることを良しとしていなかったためだ。
N2が内陸部で使用されれば街が一つ消し飛んでしまう。
それを食い止めなければ、敢えて水上まで迎え撃った意味がないとアスカ達は考えていた。
騒然なっている指揮車両の外では、シンジ達が苦汁を飲む思いで佇んでいた。
頭上を、N2を積んでいるであろう爆撃機が爆音を残して通過していく。
使徒を焼き払うため。
だがそこには子供達もいる。
リツコは思わず空に向かって「待って」と叫びたくなるのをこらえて、拳を強く握り込んだ。
爪が食い込んだ痛みなど、心が感じている痛みに比べればなんて事はなかった。
ユイナは遙か離れた海上での戦いの様子を感じ取っているらしく、時間がたつに連れて更に顔を険しくしていった。
「・・・まずいわ・・・あの娘達、陸地に被害が及ぶのを気にしてさがれてない」
「クソォッ、初号機があったら・・・ッ!」
自分に対する腹立たしさで一杯になる。
(時を縛れ)
その時シンジの頭にこんな声が響いた。
二人の少女の目の前でそれは起きた。
唐突に幾筋もの煌めきが使徒を貫き、二体共に吹き飛ばしたのだ。
更に立ち上がろうとする使徒を光が鎖か縄のように絡みつき、それを制する。
呆気にとられていると、頭の中に直接響くような声で
「早く退きなさい!!」
と聞こえた。
ハッとなった二人は全速力で岸に向かって走り出す。
(・・・あまりいい傾向ではないわね)
指揮車のある場所の上空、シンジの横で翼を広げ、使徒にいる海へ手をかざしながらユイナは思う。
同じようにシンジも翼を広げており、やはり瞳は紅く、髪は輝く銀髪に変色している。
(今は助けたいって気持ちがトリガーになっているみたいだけど・・・このままでいくと・・・)
ここまで考えてユイナは思考を切り替えた。
今は使徒の動きを止めることだけに集中しなければいけない。
ただでさえ力が上を行く使徒を相手に、現在のような力を分割している状態では気を抜くとすぐに捕縛を脱される危険性が高い。
アスカ達が熱線にやられない距離まで退く時間を稼がなければならないのだ。
「ッ痛!」
抑えきれなくなった力がユイナの体に影響を及ぼしていく。
翼のある側、左腕の付け根から指先まで、電流のような痛みが走り、顔をしかめた。
ふと横を見たとき、ユイナは自分よりもシンジの発している力の方が強いことに気が付いた。
ユイナのように苦痛に顔を歪めることもなく、平然としている。
鮮血のような紅い瞳がそうさせるのか、何処か冷たい視線を送っているような気がした。
背筋に冷たいものが流れるのと共に、一気に不安が膨れ上がるのを抑えられなくなった。
(アタシよりも上だというの?そんなことって・・・)
「ユイナ、集中していないと破られるよ」
「う、うん・・・わかってる」
(わかってるけど・・・)
二機のエヴァがようやく岸辺までたどり着いたころ、爆撃機からN2が投下された。
凶悪な爆風が全てを薙ぎ倒し、熱戦が使徒の体を焼く。
「アスカ、ATフィールド全開!」
「わかってるわよ!!」
岸辺で地を蹴って向きを変え、すぐさま壁を創り出す。
二機分の壁が重なった瞬間、N2の炸裂した海の方向から爆風が彼女らの元に襲いかかった。
「・・・ねぇ、あれ死んでるの?」
「だいたい3割そこそこの消失ってとこかしら。回復にもそんな時間はかからないと思うわよ」
装甲が少々爛れたようになっているエヴァの足下で、動きを止めて左右対称のオブジェとなっている使徒を眺めるチルドレン達。
ただシンジだけは馴れない力を使ったために休眠状態・・・つまり寝ていた。
どうにかN2の爆発をやり過ごした弐号機と零号機は、本体は無事でも爆風でアンビリカルケーブルをやられてしまったために、回収スタッフが到着するのを待たねばならなかった。
その背後ではミサトらが檄を飛ばしている姿がある。
「でもどうしてN2はきいて、あたしたちの攻撃は通用しなかったのかしら?」
「簡単よ。あれは二体に同じダメージを与える必要があったの。広範囲に影響を及ぼすN2にはそれが出来たってこと。まあそれでも全てを焼き尽くすには至らないんだけどね」
「ふ〜ん・・・」
前にも聞いたことがあるような気がしながら、アスカは頷いている。
「それやったら今がチャンスと違うんか?」
「そうでもないわよ。下手に刺激を与えると再生が早まるかもしれないし。それよりも手に入れたこの時間を利用して、確実に倒す方法を身につける方が得策だと思うわ」
「具体的には?」
「さぁ・・・そこら辺はミサトの考えることでしょ」
「ふぅ・・・違いないわね」
海上に佇む奇妙なオブジェはゆっくりと、だが確実に修復をすすめていた。
人に与えられた時間は五日。
後書きみたいなもの。
だんだんと(いや、初めからか?)シンジ以外の人物の活躍が目立っているなぁ・・・・と。
初号機が相変わらず修理中なんで仕方ないこた、仕方ないんですけどね。
(そういやラミエル倒した後からずっと修理中なんだよなぁ・・・そりゃ出番も減るわな)
次回はユニゾンですが、ユニゾンがメインになるかどうか自信なしです。
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