「どういうことだ碇・・・3号機の徴発。スケジュールには無いことだぞ」

「・・・さて、戦力の増強。それ以外に何がありますかね」

 

モノリスに囲まれた空間の中で、ゲンドウはしれっと答えた。

さも「何を言うんだ」と言いたげな雰囲気を漂わせて。

 

このふてぶてしさいっぱいの不遜な態度に、ゼーレの面々の中には歯ぎしりをする者までいた。

しかし、今の状態・・・つまり使徒が殲滅し終えていない状態では、ネルフという組織を存続させ、碇ゲンドウという男を登用し続けるほかなかった。

ゼーレは強大な影響力を持つが、直接的な軍事力を有しているわけではない。

彼等の場合、軍隊を彼等の影響力でもって動かすわけだが、日本ならば戦自を動かすのが妥当であろう。

だがいまはまだ、そこまでしてネルフを制圧する必要がない。

手順を間違えれば糾弾されることは必死である。

だからどんなにゲンドウの行動に不信感を抱こうとも、ある時期までは手を出すことが出来ないでいた。

そういう意味ではゼーレは臆病な人間達の集まりだといえた。

・・・人間という種に絶望した臆病な人間だ。

 

反面、使徒を殲滅し、エヴァシリーズが完成すれば、すぐにでも叩きつぶしてやろうと考えている節もあった。

当然ながら、そういった腹の探り合いが得意なゲンドウはその考えを完全に把握していた。

理解した上でゼーレに対する叛意を俄に示して見せたのである。

 

この後も議論は平行線を辿った。

問いつめるゼーレに対して、淡々と受け流すゲンドウ。

この不毛なやり取りを打ち切ったのはキール・ロレンツだった。

 

「これ以上すんでしまったことを議論しても仕方あるまい・・・3号機の件は不問としよう」

「だが、スケジュールの遅延は認められない」

「そうだ。エヴァは君の玩具ではないのだ」

 

「わかっています。全てはゼーレのシナリオのままに・・・」

 

立体映像が消え、ゲンドウ一人がポツンと残される。

 

 

「クククッ・・・・」

 

腹の底から沸き上がるおかしさが噛み殺しきれずに漏れだす。

 

「クククッ・・・ハハハハハッ・・・シナリオだと!?ハハハハッ、人は神にはなれないのだよ老人共よ!おまえ達はまだ何も思い出さないのか?私以上に愚かだな!」

 

狂気じみた笑い声はいつまでも漆黒の闇へと吸い込まれていった。

ゲンドウは・・・笑いながら、涙を流していた。

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第壱拾七話 黒い天使〜バル〜

 

 

 

 

 

3号機の起動実験は予定通り執り行われた。

トウジは初めてのシンクロとは思えない、実戦も即可能なくらいのシンクロ率を示して見せた。

驚くべき結果であるが、大人達は心からそれを喜ぶわけにはいかなかった。

それはつまり、新たに罪を重ねなければならない事が確定したからだ。

 

「・・・現在稼働する全てのエヴァンゲリオンが私の指揮下に入るのか・・・」

「複雑ね。喜んでいいのか、それとも恥じるべきなのか」

「フゥ・・・・でも、少なくとも大事がなくてよかったわ、もし彼に何かあったら、私シンジ君だけじゃなくて、アスカ達みんなに恨まれそうだったもの」

 

やっと安心したような顔をしたミサトに、リツコも少しだけ微笑んだ。

しかし・・・その安堵の時も一瞬のものでしかなかった。

 

「3号機内部に高エネルギー反応!!」

 

マヤの切羽詰まった声に表情を強ばらせるミサトとリツコ。

その後に告げられた情報は、その場に悲壮感をもたらした。

モニターをしていたマヤでさえも、それを信じたくない思いで一杯になりながら、絞り出すように声をあげた。

 

「ぱ、パターン青・・・使徒です!!」

「なんですってぇ!?」

 


 

試作型複座式エントリープラグを使用した初号機の中で、シンジとユイナも外の異変を察知していた。

 

複座敷エントリープラグ。

ユイナの進言によって作成された文字通りテスト用の代物で、実戦に投入するには未だ問題を抱えていた。

これはただ単に席を二つにすればいいという問題ではない。

エヴァの制御を分担することによって戦況に応じて、各々の得意な分野で120%の力を発揮する。(当然これは搭乗する二人が高度のユニゾンを実現していなければ不可能なことである)

それが表向きの理由であり、その調整を行っている最中だった。

初号機の修理が完了したのはごく最近、そして二人が搭乗してシンクロテストを行えるようになったのもほんの数日前。

問題をクリアするほどの時間は与えられなかったのが実状だ。

それでも3号機の起動実験に立ち会うことは、たとえ起動中に暴走したとしても(最悪の事態として考えなければならないことではあるが、最も考えたくないことである)、それは酷く短時間のことであるために、さほど問題はないだろうとユイナとリツコは考えていた。

結果として、最悪の事態を迎えて、その問題を抱えたままの戦闘を強いられることになってしまっていた。

機能面での問題をクリアするために、頼れるのはシンジとユイナのコンビネーションのみということになったわけだ。

 

 

 

「使徒ッ!? どうして気付かなかったんだ!?」

「完全にしてやられたわね。3号機の起動の瞬間まで生きてさえいなかったのよ」

 

もし3号機に寄生していた使徒が生きていたならば、ユイナかシンジがその存在に気付いていたはずである。

しかし起動前日に皆と一緒に見たときも、実験直前に見たときでさえも塵ほどもその存在を感じなかった。

そこから導き出される回答は、使徒の意識というものが全くもって存在しなかった、ということになる。

しかも気絶とかそういう類ではなく、完全なる無だったのだ。

それは生きていなかった、死んでいる状態であったとしか考えられない。

 

「・・・でもなんだろう?3号機の中からトウジ以外の意志を感じる」

「もしかして、使徒の理性が生きてるのかも・・・」

 

ユイナは少し考えてあまり自信が無さそうに答えた。

その間にも初号機は暴れ出した3号機を取り押さえるために行動を起こしていた。

不測の事態に備えての配備であったため、拘束具などという邪魔くさいものは存在しない。

あるのは隔壁という障害のみ。

シンジは緊急事態だということで、実力で排除をしにかかっていた。

 

「それってどういうこと?」

「可能性は低いけど、説得ができるかもしれないわ」

「・・・じゃあ・・ううん、それよりもトウジを助ける方が先だよ」

「けど考えてみて。なぜ使徒はエヴァを浸食しておいて、鈴原君を浸食していないの?」

「それは・・・浸食できない理由があるか、それとも・・・」

 

言い淀んだ台詞の先を察し、シンジは少しハッとなってユイナを見る。

大きく見開かれた視線に答えるように頷く。

 

「そう、浸食したくないのよ」

 

先程の自信のなさは何処へやら、キッパリと断言した。

 

「で、でも、その確証は・・・」

「何処にもないわね。だから彼の説得はアタシに任せて。3号機の動きを止めてくれれば、あとはアタシがやるわ」

 

ほんの僅かな時間でシンジは大いに悩んだのだろう。

 

トウジを先に助けるべきではないのだろうか。

本当に使徒を説得できるのだろうか。

彼等にそれほどの理性が残されているのだろうか。

 

様々な逡巡の中で、最終的に彼が出した結論はO.Kだった。

 


 

使徒化した3号機は初号機の到着よりも一足早く地上に出ていた。

 

ルオォォォォンン・・・・・・・・・・

 

静かに、天に向かって吠える3号機。

それは何処か寂しげで、悲しみが滲んでいるように思われた。

しかし、それからはその場を動こうとはせずに、人間で言えばぼんやりとしているように見える状態で自分が這い上がってきた穴の方を向いていた。

 

「なにあれ・・・どうして第三に向かおうとしないの?」

 

当然ながらこれに訝るものは現れてくる。

その筆頭がなんとか難を逃れた作戦本部長の葛城ミサトであった。

回答者はその横で額に紅い筋を作っている金髪の女性、赤木リツコ。

血が流れていることなど気に止める様子もなく、少し離れた場所で3号機の動向を窺っていた。

 

「・・・待っているんだわ」

「待ってるって何を?」

 

二度目のミサトの問いに答えたのは他でもない、3号機を追って現れた初号機だった。

使徒は初号機をその視界に認めると嬉々としたように咆吼をあげた。

(やっぱり!?アダムよりも初号機の方を優先しているんだわ。ユイナのせい?それともシンジ君を?)

 

使徒がアダムとの融合を望んでいることを利用しすることで、使徒迎撃用要塞都市第三新東京市は成り立っている。

非常に危うい方法であるがこれ以外の方法を採ることはほぼ不可能であった。

それというのもアダムを消去してしまうことは、他の使徒を野放しにすることと同義であるからだ。

唐突に、それも人智を超えた方法で現れる使徒を、現れる度に飛んで回るのでは非常に効率が悪い。

このうえにエヴァは致命的な弱点を抱えていた。

それが電源である。

極端に短い(機動兵器としては致命的とも言える)活動限界を弱点として持っている限り、迎撃という形がベストだ。

これから現れる使徒の数を把握しているリツコとしても、設備の整っているホームグラウンドで戦うことがエヴァにとってもその性能を引き出すために必要だと考えていた。

完全に水際作戦としか言いようがないのは仕方のない話だ。

 

 

 

使徒と化した3号機は息継ぎをすることもなく、優に一分以上にわたって咆吼を続けた。

その響きは地上に上がったときの悲しげなものではなく、歓喜の叫びであった。

二足で直立した体勢から、四つん這いの、獣のような体勢に転じた。

 

「シンジッ、来る!」

「わかってる!」

 

グググッと膝と肘を折り曲げて力を溜める。

黒い影は一瞬消えたのではないかと思ってしまうほどのスピードで跳躍し、初号機に飛び掛かった。

受け止めるか、かわすか。

シンジは瞬時に後者を選んで飛び退く。

直後に落下したその威力に、判断が正しかったことを思い知らされた。

 

3号機は自らの重量と重力による加速、更には拳に纏わせたATフィールドによって直径100Mオーバーのクレーターを作り出していた。

 

「まるで隕石だ・・・」

 

愕然としながらシンジは呟いた。

クレーターの中心で3号機は再び吠えた。

今度のは威嚇だとシンジにも理解できた。

その目にジョイントの外れた顎部を覆う装甲の下で、口元が吊り上げられているように映った。

 

「こ・・・このぉ!」

 

今回、初号機の存在はあくまで保険であったのでパレットガンなどの携行火気は何も用意していない。

元より同じエヴァに使用するための武器ではなかったのだ。

シンジは格闘戦を余儀なくされたわけだが、今し方見せ付けられた圧倒的な力の差に萎縮してしまっている部分があった。

 

「しっかりしなさい!鈴原君を助けるんでしょう!?」

 

しかし彼は一人ではない。

これが碇シンジをこの場に繋ぎ止めている要因の一つでもあった。

 

「・・・わかってる。わかってるさ」

 

答えとしてではなく、己に言い聞かせるようにシンジは呟いた。

(何の為の格闘訓練だ!今やらなくてどうするんだ!)

内側で自分を叱咤して3号機と向かい合う。

すり鉢の底にいた3号機は軽く跳躍し、その縁に降り立った。

また四つん這いになり、いつでも飛び出せるぞ、という雰囲気で初号機を睨む。

対するシンジも軽く腰を落とし、猫立ち(つま先立ちの状態)になってこのところ保安部で受けていた格闘訓練で学んだ構えをとった。

付け焼き刃ではあるが、棒立ちになっているよりも遙かにましである。

軽く前後に体を揺らしていた3号機はピタッとその動きを止めた。

四肢に力を溜めていると見受けられる瞬間だ。

(こいっ!!)

突進・・・と言うより超低空の跳躍という方法で初号機との間を詰める。

振り上げられた黒い腕を半身になることで紙一重でかわし、腕をとって勢いを利用する形で地面に叩きつけた。

 

「グォォ・・・」

 

背中から叩きつけられて呻き声らしきものをあげて悶える3号機に、流れるような動きで3号機の腕に組み付き、腕ひしぎ逆十字固めをかける。

その動きは見ているものに驚きと呆れをもたらした。

 

 

「リ、リツコ・・・エ、エヴァが腕ひしぎかけてるわよ」

「え、ええ・・・そうね」

 

何と言っていいのやら。

とにかく相手がエヴァであったからこそ可能な戦法であった。

これが異形の使徒であれば、かける腕がどれだかわからないという状態になってしまうのだ。

とはいえ、巨人のプロレスなどという妙に現実感が入り交じった光景は奇妙この上なかった。

 

 

 

「クゥッ・・・なんだよこれ、エヴァの力じゃないぞ!?」

 

押さえつけている腕が今にも弾かれそうになりながら、シンジは必死に堪えている。

尋常ならざる力に、「腕が折れてもかまわない」というような気迫を感じて背筋が寒くなる。

 

「使徒プラスエヴァだからね。単純な足し算よ」

「あ、あのねぇ・・・僕は真剣にやってるんだけど」

「はいはい。じゃ、そのまま押さえ込んでてね。アタシ、使徒に接触するから」

「わかった。気をつけてね」

「わかってるわよ」

 

いささか緊張感が欠ける様子でウィンクをすると、両の瞼を閉じて意識を集中した。

その体から意識の存在が希薄になり、彼女の意識は3号機と接触している部分から中心へ向けて沈んでいく。

 


 

3号機の使徒化の報はすぐさま本部へともたらされた。

ミサトとリツコを含めたスタッフらの大半が無事であることに安堵したのも束の間、3号機の驚異的な破壊力を目の当たりにするとその場は恐怖で凍り付いた。

居残り組であった青葉と日向は懸命に松代側と通信を行い、情報補修週に当たったが如何せん松代側の混乱は未だ最高潮という状態で詳細なデータを求めるのは難しい状態だった。

二人の上司が無事であったという事実を知ることが出来ただけましである。

 

「シンジ達と鈴原はどうなっちゃったのよ!」

 

ヒステリックに声をあげたアスカは日向に詰め寄って締め上げた。

 

「わ・・わからない・・・ただああなったのが起動実験開始直後だというから・・・」

「チッ、何であのバカはこんな面倒に巻き込まれるのよっ!」

 

ギリギリと日向の首が締まる。

ジタバタすることもできなくなって白目をむきそうになった頃になって、やっと彼は解放された。

もうほとんど失神していたが。

 

そんな彼女らの目の前で、初号機が腕ひしぎ逆十字固めなどを3号機に対してかけたものだから思わずずっこけそうになった。

やっている本人は真剣なのだろうが、見ているとやはり異様である。

 

「あ、あのバカ・・・エヴァでプロレスしているわ」

「でも見た目よりずっと有効な手段だわ。相手が人型であるなら」

「だけどねぇ・・・」

「ただ、あれは倒そうとしているんじゃないと思う」

「・・・そうね。倒すならプログナイフを使えばいい話だもの。何を考えているのかしら?」

 

数秒前の緊張感はどこかに飛んでいってしまったらしい。

発令所の中はほんの一時であるが恐怖から解放されて、やや呆然となっていた。

 


 

あなたは誰?

−−−−欲しい

あなたは一体誰なの?

−−−−ひとつになりたい

それはダメよ

−−−−ひとつに・・・

あなたの理性は何処に行ってしまったの

−−−−・・・・・・・・・

あなた達使徒は私と違って名を持った存在だった

名を持ち、個としての存在を持ちながら決して道を誤らない精神を持っていた

どうして?

いくら器が異形の姿をしていてもあなた達の魂は変わらないと信じたい

−−−−バ・・・ル・・

え?

−−−−バル・・・ディエ・・ル

あなた・・・バルディエルなのね!?

−−−−殺して・・くれ

!!

−−−−お願・・・い・・だ

そんなこと言わないで!

−−−−理性・・があ・・・る内に

あなたはまだ生きてる!

−−−−俺を・・殺・・してく・・・れ

あなたの心はまだここにあるのよ!

−−−−殺してく・・・レ・・・殺して・・・・・・・・殺し・・・殺して・・や・・・殺してやる・・・

待ってバルディエル!

−−−−殺してやる殺してやる殺してやる!!

 


 

グググッ・・・・

 

それはまた驚異と言わざるを得ない光景だった。

腕を固められたままで3号機は上体を起こし、更には初号機を腕にぶら下げて立ち上がった。

エヴァは全高40M、重量700t(状況に応じて全高は200Mまで、重量は9万6千tにまで変化(成長?)する・・・らしい)はある機動兵器だ。

3号機はたった一本の腕で、しかも完全に極めれられている状態で、その質量の塊を支え、持ち上げてしまったのだから悪夢に近い光景だった。

人間であればまさに怪力という形容が相応しい。

それがATフィールドの反発を利用したならばまだしも、純粋な腕力なのだから尚驚きだ。

 

「ま、まずい!!」

 

腕を放そうと思った直前に初号機は、逆に首を捕まれて吊り上げられてしまう。

しばらく観察するようにじろじろと頭から足先まで見回していた3号機だったが、いきなり初号機を振り回し、地面やビルなどの建造物に叩きつけ始めた。

 

「うわあぁぁぁっ!!」

「キャァァァ!!」

 

このとき奇妙だったのが、あきらかに3号機の腕が伸縮を行っているとしか思えないような攻撃範囲であった。

仮に腕を長く見積もって身長の二分の一弱としても、初号機の打ち付けられている範囲は3号機を中心にして半径30M以上にわたっていた。

天高く振り上げられるとその差が目でハッキリと確認することが出来た。

肩から肘、肘から手首、その両方がやや不格好と言えるぐらいにまで長くなっていた。

やがて3号機は飽きた玩具を捨てるかのように無造作に初号機を投げ飛ばした。

空中で姿勢制御をするための装備など現状では開発されていないエヴァにとって、空とは魔の空間であった。

そこまでなんとか意識を繋ぎ止めていたシンジは、それまでよりもゆっくりと迫る地面を見て体勢を整えるために意識を巡らせた。

(早く着地を!)

焦るシンジはこのとき不用意にも3号機から完全に目を離してしまった。

戦場では一瞬でも相手から意識を逸らしてしまうと、それはそのまま死に直結することになる。

 

「フィードバック及び操縦権をエントリーUへ!」

 

その声と3号機の腕が初号機の腹部を貫いたのはほぼ同じタイミングだった。

それこそ人の発するような声ではない「音」が、呆けたシンジの元に届いたのもそのすぐ後だった。

 


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後書きみたいなもの・・・は今回ちょっとお休み。

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