第三新東京市郊外の駅。

少年碇シンジは荷物であるバックを足下に置き 受話器を持った状態で立っていた。

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

 第二話 もう一つの世界

 

 

 

 

 

「僕はどうなったんだ?」

 

辺りを見回してみたが、周囲に人の気配が微塵も感じられない。

駅前商店街であるはずなのだが、どの店にもシャッターが降りていて営業している店は一つもない。

その様子はゴーストタウンという形容がぴったりくる。

 

 

すると、突然、爆音が辺りに轟いた。

音の発生方向では巡航ミサイルがすっ飛んでいき、さらには戦闘機がかなり低い位置を飛んでいるという状態だった。

シンジはそれらよりももっと驚愕すべきものを目にした。

山間からビルと同じぐらいの背丈の怪物が現れ、ミサイル攻撃を受けながら平然と歩いていたのだ。

あまりに現実離れした光景に、暫く呆然として立ち尽くした。

 

 

「なんなんだよあれは・・・」

「あれは使徒と呼ばれるものよ」

 

頭の中に響いた声に辺りを見回すも影も形も見えない。

人気のない街をキョロキョロと見回す。

 

 

「君もいるのかい?」

「ええ、あなたの中にね」

「僕の中に・・・?」

 

キョトンとしたシンジの頭上に、一撃のもとに薙ぎ払われ撃墜された戦闘機が落下してきた。

身をかわす暇もなく、体はあっという間に爆炎に包まれる。

 

「あれ?熱くない・・・」

 

恐る恐る目を開くと体を包み込んでいる白銀の翼が目に入った。

その美しい翼が、天を貫こうとするように燃え上がる炎と熱を完全に遮断していた。

 

「安心なさい。この世界ではアタシの翼が守ってあげるから、あなたは自分の取るべき道だけを見据えなさい」

 

自信ありげな声と共にバッという音をたてて翼が大きく広がり、取り囲んでいた炎が細切れになった。

散り散りになった火は、フッと息を吹きかけられたように消えてしまう。

 

「説明を続けるわよ。あの使徒はこの世界で人類の敵とされているわ」

「人類の敵・・・」

 

まるでSFだとシンジは頭を抱えた。

悪い夢じゃないかとも思った。

けれど彼女はお構いなしである。

 

「その正体については後々話すとして・・・この世界の運命には大きく分けて三つの選択肢が用意されているわ。あなたはその選択に関わってもらうことになると思う」

「な、なんだって!?僕が世界の運命を握っているって言うのか」

「それはあなたの行動次第。けどこれだけは覚えておいて。この世界でもあなたが逃げてしまった場合、あなたにもう道はないわ」

「・・・つまりラストチャンスってこと?」

「そう。頑張りなさいよ」

 

 

翼が消えると共に、滑り込んでくる自動車があった。

シンジの目の前で急停止した車から顔を出したのは、サングラスをかけた美女と言っていいレベルの美貌の持ち主だった。

 

しかし、シンジはその顔に見覚えがあった。

彼にとっては美人でおしとやかな教師として有名だったミサト先生だ。

ミサト先生はよくシンジの相談に乗ってくれていて、彼が唯一信頼していた大人だった。

だが、目の前にいるのはミサトであってミサトではない。

よってすぐに考えを切り替えた。

 

 

「碇シンジ君ね?遅くなってごめんなさい。早く車に乗って!」

「は、はい」

 

 

シンジが助手席に滑り込むと、ホイルスピンをおこし車は白煙を上げながら急発進した。

身構えているシンジを横目で見ながら、ミサトは独り言のように語りだした。

 

 

「国連軍の湾岸戦車隊も全滅したわ・・・・。軍のミサイルじゃ何発撃ったって、あいつにはダメージは与えられない」

「それが使徒ですか」

 

その単語が口をついて出たとき、シンジはしまったと思い、ミサトは驚きでハンドルをきりそこねかけた。

使徒という名を知っている者はネルフか軍事関連の人間しかいない、というのがミサトの認識である。

 

「!!・・・あなたどうしてその名前を・・・」

「あ・・・なんて言うか・・その」

 

シンジは自分の失言のフォローを出来ずにいたが、現状が現状なだけにミサトはこのときはあまり追求をしなかった。

まずはシンジを連れて逃げること。

ミサトの頭の中にある最優先事項はそれであった。

ボヤボヤしていると攻撃に巻き込まれて二人揃っておだぶつになってしまう。

 

 

「・・・まあいいわ。それよりしっかり掴まっていてね。ちょっと荒っぽくなるわよぉ〜」

 

 

どこか楽しげにしているミサトの横顔はやっぱり先生とは違うな、などと思った。

タイヤは悲鳴を上げながら、瓦礫が散らばる道を華麗に走り抜けていく。

スピードに乗って調子が出てきたかと思ったところ、それを挫くように角を曲がるといきなりミサイルが飛来してきた。

 

 

「まっずーっ!!」

 

 

咄嗟の見事なハンドル捌きで直撃は避けられたものの、爆風のあおりを受けて車は見事に横転した。

哀れ、ミサトの車はローン33回を残してドック入り確定となった。

このときシンジは例によって翼のおかげで痛くもなんともなかったが、ミサトはシートベルトで固定されたままなので逆さまになってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「もーっ!どこ見て撃ってるのよ、アイツらは!」

 

 

んとこしょと車から這い出たミサトは、色々と空を飛び交っている連中に向けて文句を言っていた。

その姿、竹槍を持って爆撃機を落とそうとしているかの如し。

これにはシンジでなくとも呆れたことだろう。

 

 

「シンジ!来るわよ!」

「へ?」

「もう!上よ、上!!」

 

 

晴天で雲一つないはずなのに一帯が影に覆われた。

見上げれば、跳躍した使徒の巨体が降り注ぐ太陽光を遮っていた。

 

 

「チッ!!仕方ないわね。いきなさいパニッシュフェザー!!」

 

 

数枚の羽根が宙に広がり闇夜の中のテールランプのような光の尾を残して飛んでいった。

オレンジ色の壁はその光を受け止めることは出来なかった。

使徒は仰向けに倒れ込んだ。

 

 

「凄い・・・」

「呆けてないで逃げるわよ」

「え・・・倒したんじゃないの?」

「バカ言わないで。相手はアタシよりも格上なのよ?あんなもの蚊に刺された程度よ」

「か、蚊に刺されたって普通は倒れないんじゃないの?」

「くっだらないことに拘るんじゃないの!また死にたいわけ?」

 

 

流石にその一言は呆けていたシンジにも生命の危機を呼び起こさせた。

言葉の裏付けとなるように使徒はゆっくりと立ち上がる。

 

 

「ほら、ピンピンしてるじゃない。わかったでしょう?アタシの力ではあんたを守ることが出来ても、使徒自体を倒すことは出来ないのよ」

「じゃあどうやって倒すんだよ」

「それは・・・百聞は一見に如かずね」

 

 

シンジの脳裏ににやりと笑うアスカの姿が目に浮かんだ。

立ち上がろうとした使徒に対して、もう一つの大きな影が体当たりを敢行したのはその直後だった。

紫を基調とした装甲に覆われた強面の巨人。

それがミサトの車を元に戻したうえで、使徒と相対した。

 

 

「ま、あれがリリンがの最終手段ってわけ」

「あれが対抗手段・・・」

「ほらシンジ君、急ぐわよ!」

 

 

ミサトの怒鳴り声にハッとして、シンジは車に乗り込む。

走り去る彼等の背後ではいいようにやられる巨人の姿があった。

 

 

「一方的にやられてるじゃないか!?」

「アタシには何も言えないわよ。あれが使徒に対抗する唯一の手段ってことは嘘じゃないもの」

「・・・もしかして・・・だけど、僕があれに乗るの?」

「・・・黙秘。こちらにはお答えする義務が御座いませんので」

「あー酷いよぉ!教えてくれたって良いじゃないか」

「うるさいうるさい。必要以上の情報を与えないのがルールなの。文句言わない」

「そんなぁ・・・僕は普通の中学生なんだよ?それなのにこんなところに連れてこられて・・・見たことも聞いたこともないのに出来るわけないじゃないか」

 

 

「あの〜・・・シンジ君?誰と話しているの?」

 

 

あまりにヒートアップする独り言。

ミサトも気になって運転をミスリそうだった。

 

 

「あ・・・いえ。べ、べつに」

「そう・・・ならいいんだけど」

 

シンジは”少しあぶない子”というカテゴリの中に放り込まれることになった。合掌。

 

 

「(ミサト先生に変な目で見られちゃったじゃないか)」

「アタシの知ったことじゃないわねぇ。それよりこの女性は”ミサト先生”じゃないんでしょう?」

「(う・・・い、いいじゃないかそんなこと!呼ぶときに気をつければ良いんだろう!)」

「そういうことにしておきましょうか。じゃ、アタシは必要になるまで寝てるから」

「(寝てる!?ちょっと待ってよ!)」

「大丈夫大丈夫。翼はほぼ自動的にあなたを守るから。それじゃね」

 

 

途方に暮れるシンジの背後で、凶暴な光が使徒を中心に炸裂した。

二人のの乗った車は彼女の言葉通り翼のおかげでなんともなかったが、周囲のほとんどの建造物が薙ぎ倒され、町一つが見る影もなくなってしまった。

ミサトには翼が見えないため、この不可思議な現象に目を白黒させていたが。

 

 

「やった・・・?」

 

 

希望を含んだその響きはすぐさま否定された。

爆心地では使徒が体表を少し焼いた程度で鎮座していた。

 

 

「なんだかわからないけど・・・急ぐわよ」

 

 

ハンドルを握りなおしてもなお首を傾げているミサトだったが、それでもアクセルを踏み込んで車は再発進した。

 

 


 

 

「これはさっきの・・・・」

 

 

ジオフロントで向こうの世界では理科教師だったリツコに出会ったシンジは、巨人の目の前に連れていかれた。

巨人が人造人間・エヴァンゲリオンであるということをはじめとして、簡単な説明を受けた。

 

そこへ現れた彼の父は、元の世界の父と苦笑したくなるくらいに変わりがなかった。

強面で、表情の変化が乏しく、見るものに畏怖の念を植え付けるような威圧感を放つ男・碇ゲンドウ。

 

 

「久しぶりだな」

 

って・・・僕は久しぶりでも何でもないんだけど・・・

 

 

向こうでもほとんど顔を会わせない父ではあったけれども、それでも月に二、三回は食事を共にしている。

それで「久しぶりだな」とか言われても困ってしまうのが本音だった。

 

 

「あ、そうそう。この世界のシンジの記憶をあなたに与えておくわね」

 

 

突然振って湧いたかのような声。

同時にシンジの中に記憶が浮かび上がった。

 

 

父に捨てられたと思って過ごした年月。

叔父の家で育てられたこと。

目立たないように生きてきた自分。

 

 

様々な過去が鮮やかに、まるで今現実に体験したことのよう刻みつけられていった。

 

 

「クスクス・・・・」

「なにがおかしい」

 

 

シンジは思わず笑ってしまった。

あまりにもこっちの自分と考えていることが似通っていたから。

 

生まれ育った境遇もよく似ていた。

だから与えられただけのその記憶には、それはそれは恐ろしいくらいの現実味があった。

 

 

「クスクス・・・なんでもないよ。どこへ行っても僕はバカだなって思っただけだよ」

「・・・・・・」

 

 

ゲンドウをはじめとして、ミサトやリツコはみな怪訝な顔をしていた。

それがわかっていながらも、シンジは内側からこみ上げる衝動はどうしようもなかった。

この半ば狂気じみたシンジの笑いを止めたのは、建物全体を揺らす大きな振動だった。

 

 

「ヤツめ・・・ここに気が付いたか」

 

 

ゲンドウが憎々しげに呟いた声に続いてシンジも反射的に天井を見上げた。

備え付けられた蛍光灯が今にも落下しそうになっている。

 

 

「シンジ、説明を受けろ。おまえがこれに乗って使徒を倒すんだ」

「・・・そんなの・・・出来るわけないじゃないか」

「おまえがいちばん適任だ。説明を受けろ」

「・・・・・・・・・いやだ」

「フンッ、そうか。世界の戦わぬ臆病者など必要ない。目障りだ。さっさとこの場を立ち去れ」

「ああっ!帰ってやるさ!」

 

 

何処へ?

何処へ帰るというの?

 

僕の家に決まっているじゃないか

 

家?

あなたに帰るべき家なんてアリはしないわ

 

どうして?

 

忘れたの?

あなたはもう死んだ身なのよ

帰るべき場所も、家も、待っている人もいない

あなたにはもう、失うものは何もないの

それを忘れてしまったの?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

あなたに用意された道は残念ながら二つしかないわ

一つはここでエヴァに乗り戦うこと

もう一つは・・・・・・・

 

何だって言うんだよ

 

世界の破滅よ

ここであなたが戦わなければこの世界はそこで終わりを迎える

そういう道だからね

 

けど・・・無理だよ!

さっきも言ったろう!

僕は普通の中学生なんだ

戦うことなんて出来ないよ!

それなのに君は・・・まだ僕に戦えっていうのかよ・・・

訳の分からない化け物と、訳の分からないロボットに乗って!

 

それはあなたの選択次第

別にあなたがこの世界がどうなっても良いって言うなら止めないわ

アタシもそこまでの責任はないしね

けれどあなたはもう一度

自分の父親と

幼なじみと

友達と

一緒の時を過ごしたいんじゃなかったのかしら?

 

僕は・・・

 

いいわよ

あなたが楽になりたいんだったらそうしなさい

世界を巻き込んでね

 

そんな言い方って無いじゃないか・・・

 

事実だから

 

冷たいね君は

 

そうかしら?

アタシにはよくわからないことね

生憎と人に情を抱いているとこの役目は果たせないのよ

例えばだけどもし対象を愛してでもなってみなさい

その場合、愛する者を連れていかなければならないのよ?

二度と戻ることの出来ない世界へね

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

どうする?

やめる?

 

狡いね

そこまで言われて逃げられるわけ無いじゃないか

乗るよ

どうせ世界が終わるって言うなら

一回は死んだ身だ

やるだけやってやるさ!

 

そう

じゃ、頑張りなさいよバカシンジ

ホントに手が掛かるんだから

 

 

 

「どうした。目障りだから消えろと言っているんだ」

「・・・乗るよ」

「なんだと」

「僕が乗る。勝てないかもしれないけど、僕がこのエヴァに乗る」

 

 


 

 

シンジはゆっくりとエントリープラグの中に身を沈めた。

LCLが注入されたときには少々驚きもしたが、覚悟を決めた彼は以外と図太かった。

死人の精神恐るべし。

いまさら取り乱すことなんてそうあることではなかった。

 

 

「・・・動かせるのかな。イメージすればいいって言っていたけど」

「論より証拠。案ずるよりも産むが易し」

「言ってくれるね」

「でもまぁ、一応忠告しておくわ。エヴァはたしかに使徒に対抗しうる力を持っている。けれど、さっき見たように、操縦者次第で使徒との力関係はいくらでも変化するの。決して気を抜かないでね」

「うん・・・ありがとう、アスカ」

「アタシはアスカじゃないってば」

「でも君の姿は・・・」

「そうだけどさ。この世界にもアスカはいるのよ?混乱するでしょうが」

「だったらなんて呼べばいいの?」

「アタシには名前なんて無いんだけど・・・そうねぇ・・・どうせだったらあなたが決めてくれるかしら?」

「えぇ!?う〜ん・・・じゃあ唯奈(ユイナ)ってどうかな?」

「ユイナか・・・もしかしてシンジってマザコン?」

 

 

沈黙。

ニヤリと笑うユイナ。

泣きそうなシンジ。

対照的な二人。

 

 

「・・・そういう言い方ってないんじゃない?」

「ゴメンゴメン。でも嬉しいわ。ありがとね、シンジ」

「う、うん。それじゃ改めてよろしくね、ユイナ」

「ええ。でもアタシはあなたについているだけだから。頑張るのはあなただから」

 

 

二人のじゃれあいが一段落したところで、初号機の発進準備は整った。

最後の確認とばかりにミサトはゲンドウを一瞥し、そして凛とした声で言い放つ。

 

 

「かまいませんね?」

「ああ、そうしなければ人類に未来はない」

 

「エヴァンゲリオン初号機発進!!」

 

 


 

 

地上に上がったエヴァ。

それを待ち構えていたかのように悠然と立つ使徒。

世界の中である意味、最も過酷な運命を背負った少年・・・碇シンジの戦いはここから始まった。

 

 

シンジの精神に同居しているユイナにはその緊張が明確では無いながらも、感じ取っていた。

いくら覚悟を決めたと言っても彼はまだ十四歳の少年。

使徒との戦いに恐怖するなと言う方が無理な話だ。

 

 

ゆっくりとエヴァが第一歩を踏み出すと、発令所がざわめき立った。

それを耳にしながら、ユイナは一人、無責任な人間たちだと憤慨する。

歩くことでいちいち喜んでいたら戦闘行動なんて出来るはずもないだろうと。

それともそんなにエヴァに自信を持てなかったのだろうか。

 

 

それにしても、と気分を切り替えたユイナは使徒を見て思う。

使徒の姿はいつか見たときと随分と変わってしまっている。

魂の感じからはサキエルだとわかるが、神々しさを纏わせていたあの神の御使いの姿はどこにもない。

 

あれではただの異形の者だ。

自分と同じように決まった姿がないとはいえ、あんまりではないだろうか。

 

 

何とも言えない寂しさを感じているユイナとは別に、エヴァは使徒へ向けて突進を開始していた。

 

 

「このままいけぇ!!」

 

 

タックルが炸裂し、使徒は後方に吹き飛ぶ。

先制攻撃がヒットしたことでわぁっと歓声が上がる発令所。

この場にいた誰もが、シンジにこれほどの動きが出来るとは予想していなかったに違いない。

 

 

「ユイナ!こいつの弱点は?」

「・・・黙秘」

「ケチケチしないでよ!」

「ったく、わかったわよ。今回だけだからね。ほら、胸にある球体・・・コアを破壊すれば使徒は倒せるわ。・・・あ〜あ、職務規程違反ね、こりゃ」

「あとで埋め合わせはするよ」

「期待しない」

「はいはい」

 

 

エヴァを跳躍させて跳び蹴りでコアを狙った。

しかしその蹴りはオレンジ色の輝きによって阻まる。

 

 

「な、なんだいまの!?」

「あらら、そういえばそれがあったわね」

「ちゃんと説明してくれよ!」

「ほらほら、そんなにアタシに気を回しているとやられちゃうわよ」

「え・・・!?」

 

 

弾かれたエヴァは地上に降り立つと同時に、今度は突進してきた使徒の腕に頭部を捕まれてしまう。

そのまま左腕を握り潰され、痛みがフィードバックしてシンジは絶叫した。

更にパイルがエヴァの頭部に打ち込まれたが、直前に状態を重く見た発令所の方で、強制的にシンクロカットを行ったようで、シンジの意識は失われなかった。

初号機はビルにもたれ掛かるようにして停止していた。

 

 

 

 

「・・・クソッ、上手くいかないよな」

 

 

苦み走った顔でシンジはレバーを叩いた。

声をかけるのが少し躊躇われるような彼らしくないとげとげとした雰囲気。

けれどユイナには彼の思いもよくわかった。

思いが行動に結びつかないことは腹立たしいことだろう。

 

 

「そんなことないわ、上出来よ」

「けど!」

「初めてでエヴァを動かせるというだけで快挙だってことを、あなたは理解していないんだから仕方ないか」

「・・・そんなもので戦おうとしていたの?」

「ええ、話を聞いていなかったの?オーナインシステムとはよく言ったものよね、ホント」

「ああ、そういえばそんなことを言ってたっけ。起動確率が0.00000001%だったか」

 

 

「シンジ君、大丈夫?」

 

 

スピーカーから聞こえたミサトの声は心配そうに沈んでいた。

彼女とて子供を戦場に送り出すことに抵抗がなかったわけではない。

シンジの叫びを聞いてからは、罪悪感にギリギリと締め付けられるような感覚に襲われはじめていた。

 

 

「だいじょうぶです・・・まだいけます」

「無理しないでね。死んでしまったらそれで終わりだから・・」

「はい」

 

 

再び、プラグ内に周囲の映像が映し出されエヴァのコントロールが戻ってきた。

レバーを握ったシンジは、動きを止めて様子を見ているような感じの使徒を睨む。

 

 

「・・・なんだ?右目がちりちりする」

「たぶんエヴァのフィードバックによるものじゃないかしら?アタシは専門知識は持っていないからよくわからないけど。辛いの?」

「ううん。ちょっと気になるだけだから。・・・いくよ」

 

 

このときのシンジのシンクロ率は実に70%という、現時点で驚異的と言える数値を叩き出していた。

 

 

エヴァンゲリオン初号機。

その専属パイロットとなる碇シンジ。

 

これはその初陣。

後に第一次直上会戦と呼称される戦い。

 


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