「戸籍登録は完了したわ。それとこれ、あなたのカードだから無くさないでね」

「うーん・・・俺は別にカード無しでも出入りできるんだが・・・」

「ダメよ。あなたもここのスタッフなんだから、いちおうはそれらしくして頂戴」

「へいへい。了解しました」

「・・・それにしてもあなた本気なの、あれ」

「本気も本気さ。人間社会を学ぶにゃいい機会だろ?」

「それはそうだけど・・・」

「なぁに、へまやったらすぐにやめりゃいいだけさ」

「まったく・・・あなたのその性格どうやって形成されたのかしらね」

「俺も不思議だよ。でもそう悪いもんじゃないぜ」

「とにかく。あんまり派手なことはしないでね。ただでさえユイナの件でゼーレのマークも厳しくなってきているとこだから」

「善処するよ」

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第弐拾話 バル=ベルフィールド

 

 

 

 

 

今日も今日とてチルドレン御一行はぞろぞろと通学路を歩いていた。

ここのところおなじみとなった光景であるが、また少し変わった点がある。

集団の中に女子が一人、増えたのである。

 

 

 

「よぉ、おはようさん」

「!・・・お、おはよう」

 

今朝のことである。

一人の少年はすこし照れくさそうに片手を上げて声をかけた。

声をかけられた少女は一瞬驚きで反応が遅れて、そして顔を赤くして挨拶を返した。

 

この光景に約二名を除いて、その表現の度合いは違ったものの、一様に驚きの表情を見せた。

 

 

「ちゃんと・・・帰ってきたで」

「うん・・・うん」

 

口元に手を当て、涙ぐんで頷く。

 

「なんや、泣くほどのことやないやろ」

「だって・・・勝手に出てくるんだもの・・・仕方ないじゃない」

 

笑顔からこぼれ落ちる光る滴。

少年はそれがとても綺麗なものだと思った。

 

「・・・ほれ」

 

顔を背けながらネルフロゴマーク入りのハンカチを差し出す。

先日リツコに身だしなみを問われて、今日偶々持っていたというだけの話だが。

ハンカチを受け取ると少女は涙を拭ってはにかんだ。

向日葵の花が咲いたようなその笑顔に、少年は赤面して背を向けた。

 

それからゆっくりと振り返り、視線を絡ませ、そして同じように微笑む。

 

「フフフフッ」

「ハハハハッ」

 

もう完全に自分たちの世界である。

周りの人間が呆れるくらいの独自の世界が構築されている。

実際にトウジのA.Tフィールドが展開されていたとかいないとか。

 

これは学校に着くまでさほど状況は変わらなかった。

 

 

 

 

 

ほんの少し時間を遡り、再び通学路。

 

「かぁ〜朝っぱらから熱いわねぇ」

 

手で扇ぎ自分の胸元に風を送る仕草をするユイナ。

ほんの少し羨ましそうな音色が入っていたりもする。

 

「ヒカリったらどうしてあんなヤツのこと好きになったのかぁ・・・」

 

ぼやくアスカも一応その理由はわかっている。

鈴原トウジという人間がそれほど捨てたもんじゃないってこと。

妹の話などを聞いてみれば、がさつなイメージの下に隠れているシンジとはまた違った優しさが見えてくるのだ。

それがいつでも出ていればなぁ・・・と思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

その優しさを見抜いたヒカリは人を見る目があるんだと、密かに感心していた。

ま、いつも黒ジャージっていうのは暑苦しいなぁと思うのは変わらないのだけど。

 

「恋は理屈じゃないわ」

 

いきなり妙なことを言うものだから、ピタッと周囲が固まった。

 

「・・・レイの口から恋なんて言葉が聞けるとは思わなかったわ」

「アタシも」

「何を言うのよ」

 

自分の発言に照れるレイ。

((それはこっちの台詞だって・・・))

アスカとユイナは呆れるばかりだった。

そうこうしている間もレイは自爆街道を突き進んでいた。

 

 

 

 

「う〜ん、これで俺も一安心だな」

「・・・それよりなんでバルが僕らについてくるの?」

「ん? 暇だからじゃいけないか?」

 

 

現在、チルドレン御一行様は先頭にトウジとヒカリ。

次ぎにアスカ、ユイナ、レイの少女ら。

そしてしんがりがシンジとバルだった。

 

バルは一応リツコ直属の部下ということになっている。

これは形式上のもので、ネルフに出入りするための方便であるという解釈が正しい。

無論、使徒としての豊富な知識を遺憾なく発揮してリツコに協力していることも事実だが、その内容は今のところおおっぴらに出来ないことが多い。

だからバルとリツコの怪しい(?)研究の時間は人の少ない夜間がメインとなるである。

それらの状況をふまえた上で、「暇だから」とかぶっちゃけたことを言ってついてくるのだから、全くもって俗っぽい性格の天使様になったものだ。

 

「あのねぇバル・・・」

 

溜息をつくのもバカらしいとばかりに肩を落とすシンジ。

 

「気にするなよ。それに俺も学校ってとこに興味があるんだよ」

「でもその姿じゃ、学校に入られるわけないだろう」

「フフフッそこらへんは抜かりはないさ。リツコに頼んで手を打ってもらってある」

 

子供のような無邪気な笑い方をすると、自分の胸をポンと叩く。

一体 なにを頼んだというのだろうか。

久々にシンジはいや〜な予感がしていた。

リツコとこの自分よりも子供っぽいところがあるバルが組むとどうなるのか・・・

想像するのはちょっぴりやだった。

 

「んだよ、そんな顔するなって。別にお前等に迷惑をかけようってわけじゃないんだぜ?」

「本気なのかなぁ・・・」

「まぁ任せとけって。都合が悪くなりゃ3号機の中に戻るからよ」

 

(いきなり消えたりしたら、よけいにまずいんじゃあ・・・)

そう思ったがシンジは口に出さないことにした。

何を言ってもろくなことになりそうもないような気がしたのだ。

 


 

「え〜・・・誠に残念ですが、私はこのほどこの学校を退職することになり・・・・」

 

この日のHRは教師のこの一言で始まった。

疎開が始まり、教師も人間なのだから街を離れることは珍しくない。

しかし生徒達にとってみれば残念で仕方がなかった。

 

何故って?

そりゃあこの教師がボケ気味で、授業なんて聞いていなくてもよかったからに決まっている。

学級崩壊とも取れる環境にあって、ヒカリがいたからこそなんとかもっていたのだ。

子供らにしてみればなんと楽な時間だっただろう。

その憩いの時間がなくなるというのだから落胆を隠せなかったわけだ。

 

もっとも、教師はその「えぇ〜」という某昼番組のお友達紹介ときのような反応を、別の意味でとって感慨深げに頷いていたけれども。

嗚呼、自己完結できることの素晴らしさよ。

この人にとって教師生活は実に充実したものだったことであろう。

あくまでこの人にとってはだが。

 

「名残惜しいですが、私はこれで・・・あとは新任のベルフィールド先生にお任せします」

 

ガラッ・・・

 

ドアが開いたとき、シンジは「やっぱり・・・」と小さくうめいた。

銀髪の青年が老教師と入れ替わりで教室に入ってきた瞬間から、女子が黄色い声をあげ始めた。

その青年は誰かさんと同じくジャージを着用していたのだが、彼が着ると何故かファッショナブルに見えてしまうから不思議だ。

いかにも体育教師的なイメージがありつつ、また同時に繊細さ(本人にはそんなものはない)を感じさせた。

 

「さて・・・」

 

青年は教卓に両手をついて教室を見渡す。

その中で特に五人の少年少女に向かって軽くウィンクをした。

それぞれにげんなりしたり、頭を抱えたり、微笑んでみたり、ふんぞり返って無視してみたり、冷静な視線を投げてみたり・・・(さぁ、どれが誰の反応でしょう)

 

「俺の名前はバル=ベルフィールド。最初の時間にこんな事を言うのはあれだが、ハッキリ言って俺は教師なんてがらじゃない。おまえ達にものを教えるなんて上等な立場にもいない。だから俺のことは・・・そうだな、友達だと思ってくれていい」

 

いきなりの宣言に呆気にとられる生徒達。

バルはその反応を楽しむかのように、目を細めていた。

 

 

 

 

 

「ねぇ鈴原、あの人、朝に碇君と話していた人よね?」

「ん、ああ・・・」

「やっぱりネルフの関係?」

「まぁそうやな」

「ふ〜ん・・・」

 

 

「おーいそこ、鈴原トウジ。仲が良いのは構わないが最初の話くらいは聞いてくれないか?」

 

「「・・・・・え・・?」」

 

バルの声に二人に注目が集まった。

数秒の沈黙の後、教室の中がわっと騒がしくなる。

いつもなら思い切り否定しにかかるところが、真っ赤になって俯いたものだから更に拍車がかかる。

 

全く・・・朝はあれだけ自分たちの世界を作っていたというのに。

 

少年少女らはそう溜息をついた。

その様子をバルはコメディの映画を見るかのように、ニヤニヤしながら何も言わないでいた。

調停者が当事者であるために、その騒ぎはなかなか終息を見せなかったが、代わりにアスカが机を叩いて一応騒ぎは治まった。

 

「あんた教師なんだからちょっとは仕事しなさいよ!」

「悪い悪い。そう怒るなよ。それじゃあ最初の授業だから・・・まずは自己紹介でもしてもらえるか?出席番号順でいくと・・・おっ、赤木ユイナ、君からだな」

 


 

体育の時間。

 

日本は暑い。

地軸がずれたおかげで一年中夏だ。

日中に外を歩けば汗だくになること請け合いである。

おかげで肥満体質の人が減ったとか減らないとか・・・・

 

 

「暑いな・・・」

「ああ、そうやな」

「なんで女子だけが水泳で男どもは外なんだ?」

「知らんわ。だいたいおまえが担任やろ」

「そうだった」

 

「おらぁ〜男子ども!俺達もプールに行くぞ!」

 

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

 

数分後、プールでは歓声が上がっていた。

水着に着替えた(バルが用意した)男子は次々とプールに飛び込み、もう泳ぐどころではなくなった女子達はバルを引っ張り回して遊びだしていた。

ただ一人、プールサイドに腰を降ろしている少年を除いて。

 

「何やってるのよ、シンジ。泳がないの?」

「ぼ、僕は良いんだよ」

「(じぃぃぃぃぃぃ・・・クスッ)あんた泳げないんでしょう」

 

グサッ

そんな感じの効果音が聞こえてきそうであった。

見えない刃物が突き立てられた胸を押さえて俯くシンジ。

その頭をツンツンとつつくアスカ。

まるで浦島太郎のお話で亀をいじめている悪ガキ(失礼)のよう。

 

「うるさいな!人間は水には浮かないように出来てるんだよ」

「ま、そういうことにしておいてあげましょう♪」

 

小悪魔っぽい表情を浮かべながら、アスカはシンジの隣に腰を降ろす。

二人が黙っていると辺りの音がじんわりと染み込んでくるような感じがした。

蝉の鳴き声しかり、クラスメートのはしゃぐ声しかり。

 

「あ〜あ、はしゃいじゃって」

「・・・でもいいなこういうの」

「まぁ・・たまには、ね」

 

子供としての楽しみをほとんど知らないアスカと、友達と一緒にはしゃいだ経験のほとんどないシンジ。

二人はこの場にある空気が何だかとてもこそばゆくて、自然とおだやかな表情になっていた。

 

「しかしあのバルが教師をやるとは思わなかったわ」

「そうだけど、朝から一緒にくっついてきたときから嫌な予感はしていたよ。・・・・・・フフッ、でもさ、みんながあんなに楽しそうにしているのって初めてじゃないかな」

 

この学校の生徒達も危機感が全くなかったわけではない。

むしろこの街に住み、使徒の存在を目の当たりにしている分、その恐怖は大きいかもしれない。

それでも日常生活を営んでいるのだ。

使徒の脅威にさらされながらも、この街で生きているのだ。

世界で最も危険な街で。

 

生きていれば何時かは死ぬ。

当たり前のことだが、この街に住む人間はそれを他の場所に住む者たちよりも遙かに強く感じている。

だからいつも楽しそうにしても何処かで怯えていた。

だからいつも心の底から笑うことが出来なかった。

 

けれども今は違う。

 

「さすが寄生するだけあるわね。人の心に付け入る才能があるんだわ、やっぱり」

「付け入るって・・・言い方が悪いんじゃないの?」

「それじゃあなんて言えばいいっていうのよ」

「ええと・・・人の心を掴むのが上手いとか・・・」

「どっちにしたって同じことでしょ」

 

結局アスカには反論しきれず、スパッと切り口綺麗な物言いの前に沈黙。

 

(やっぱり僕はアスカには勝てないのかなぁ?)

ぼんやりとそんなことを思う。

 

 

バシャッ!!

 

「おいこら、そこの二人。そんなところで愛を語らってるんだったら授業に参加しろ」

 

ニヤついたがらの悪い教師に水をかけられた少女の肩は小刻みに震えていた。

この事態にクラスメートは蒼くなった。

アスカという少女に喧嘩を売るという行為の恐ろしさを身を持ってよく知っているのである。

新任教師の正体を知らぬ彼等は、プールが赤く染まると確信した。

しかしその教師らしからぬ教師は更に煽る。

 

「それとも水が怖いのか?天才アスカさんが」

「くぉのぉぉぉ!!!」

「ふえ?・・・うわぁぁぁぁ!!!」

「げっ」

 

 

ひゅーーーーんん・・・・・ばっしゃーん!!!

 

 

「こ、こらこら!シンジはものじゃないぞ!」

 

投げ飛ばされたシンジ君を見事にかわしたバルであったが、さすがに冷や汗が流れていた。

赤くなって掴みかかってくるか、跳び蹴りをかましてくるぐらいだと踏んでいた。(バルはどちらにしてもかわす自信はあった)

まさか隣にいたシンジを投げ飛ばしてくるとはさすがのバルも考えていなかったのだ。

 

「チッ、外したか」

 

指を鳴らして悔しがるアスカの姿には後悔の色など微塵も窺えない。

 

「おまえなぁ・・・ここでは仮にも俺は教師だぞ」

「フンッ、教師を名乗るなら、教師らしいことをしてからにしてもらいましょうか」

「言ってくれたな。ここはみんなに意見を・・・・・ってどうした?」

 

生徒達はひきつった顔でバルの足下を指差している。

「ん?」と視線を向けると、そこにはバルに踏んづけられて藻掻いているシンジ君の姿が。

ユイナとレイが泡を食って駆け寄って・・・ではなく泳ぎ寄ってくる。

 

「バル退いて!シンジが!」

「あなた・・・碇君を殺す気!?」

「ア、アハハ・・・すまん」

 

 

 

 

プールから上げられたシンジ君は白目をむいていました。

水への恐怖が混乱を倍加させたのでしょう。

そして誰かが叫びましたとさ。

 

「人工呼吸をしなきゃ!」

 

ギラッと光る女子の目。

誰がそれをしたのかは・・・ご想像にお任せします。

少なくともシンジ君が蘇生したことは確か。

 


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後書きみたいなもの。

 

すんません、これが今の限界です。

軽いのりで長いこと書くのはちいと辛いです。

ここのとこ少しシリアス街道を走っていたのでワンクッション置いてみましたがどうでしょう?

 

この話の頭で「WING」初(唯一?)のカップル誕生ってとこですけど、

やっぱり今回の主役はバルだったりして。

あ・・・ケンスケ出すの忘れた。(まいっか)

 

ついでに

バルの名字であるベルフィールド(鈴原)・・・・・・まんまやん(^^;;

 

 

それじゃ、また次回お会いしましょう。

 

苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。

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