「え〜、今配った資料は今度の修学旅行のだな・・・・・・って聞いているのか?」
教壇に立ったバルは数枚の紙を手に、しかめっ面で生徒達を見渡す。
それまで様々な期待で騒がしくなっていた生徒達は、ニマーッと一様にバルを見返した。
みんな同じ顔をしているものだからちょっぴり気味が悪い。
「はーい♪」
「・・・ふぅ。いいかお前等、修学旅行の意味を考えろよ?修学、学業を修める旅行だぞ?」
「はーい♪」
「・・・なに言っても無駄か」
片手で顔を覆い、わざとらしく呆れるふりをする。
その手の下でバルはバルでしっかり笑っていた。
こんな感じで終始和やかな雰囲気でHRの時間は過ぎていった。
「・・・っと、まあこんなところだな。何か質問はあるか?」
「あっりませーん」
「ん、よしっと。ああ、それと悪いんだが俺はおまえ達と一緒に沖縄に行くことはできん」
「・・・・えぇぇーーーっ!!」
不満の声をあげたのは別に女子だけではなかった。
男子も文句をたれている。
人望と言うよりも親しみやすさが先行した故なのだが、他の教師ではなかなか無いことだろう。
「どうしてですか?」
「んーそれがなぁ、俺はこの街を離れるわけにいかんのよ。そういうわけだから、洞木。後のこたぁ頼んだゾ」
「はいっ!?ちょっと先生!」
「まぁ他のクラスの先生も見に来てくれるからさ。気楽にやってくれ。あ、そうそう。土産はそんなに気を遣わなくて良いからな」
当然、困惑の声をあげるヒカリだったが、バルはさっさと話題を切り替えてHRを強制終了するのであった。
WING OF FORTUNE
第弐拾壱話 旅行断念
学校は終わって下校中のチルドレン一行。
彼等もいちおう学生であるため、修学旅行に対する期待というものは日増しに大きくなっていった。
アスカにしろ、レイにしろ、ユイナにしろ、彼女らは修学旅行初体験者だ。
期待するなというのが難しい話だったのだが、バルの不参加でやや暗雲がたれ込み始めていた。
「ちょっとバル、さっきのあれはどういうことよ」
「どういうって、聞いたとおりだ。俺はこの街を離れるわけにはいかんのよ」
「それってまさかあたし達も?」
「・・・さぁ、俺はよくわからん。そこらの決定をするのは俺じゃないからな」
バルがこの街に居なければならない理由はリツコの管理下にあるからと、3号機からあまり距離を離すと体の維持が難しくなってしまうからである。
無論後者の方が大きな理由だ。
バルの体はLCLから生成し、3号機からのA.Tフィールドでその形を留めている。
普通は魂の器として肉体が存在するのだが、バルの場合は本来の魂の器は3号機であり、バル=ベルフィールドという体は空っぽの人形でしかない。
つまりバル自身は何をされようとも痛くも痒くもなく、3号機が存続する限り、その生命を紡ぎ続けるのだ。
力を分かつような形で落ち着いているトウジなどは、あくまでリリンという個体生命がベースとなっているのでバルのように半永久的に生きるということはない。
便意といえば便利、不便といえば不便な体だ。
「でもバル・・・みんな君と一緒に行きたがっているのに・・」
クラスメートの顔を思い出しているシンジ。
「そりゃ俺だって行ってみたいけどよ。アイツらの目の前でLCLになるわけにはいくまい?」
「そうだけど・・・」
「まぁ3号機で一緒に飛んでいけば話は別だが、それはネルフが・・・強いてはゼーレが許さんだろうしな」
一瞬、飛行機と平行して飛ぶエヴァの姿を想像して「面白そうだ」と思ってしまった。
そんなことをしたら大騒ぎも良いところだろう。
参考までに言っておくと、有効距離は3号機からだいたい半径400〜500qってとこらしい。
体を維持するためのA.Tフィールドはそんなに強くなくていいんだが、そこまで離れちまうと俺がA.Tフィールドを張れなくなっちまう、とはバルの談。
「えっ・・・やっぱりダメなんですか?」
台所に立っていたシンジが帰宅したミサトから聞いた言葉は大方予想通りだった。
だからといってショックがなかったわけではないが。
こっちの世界での学校生活は向こうに比べて遙かに快適だった。
それは主にシンジの心の持ち方の違いからきているのだが、それは取り敢えずおいといて。
友達といかないまでもクラスのメンバーとは特に問題なく話せている。
この旅行中にはもう少し仲良くなれるかなぁ、なんて思っていたのだ。
「悪いけど今回は諦めてちょうだい。使徒がいつ現れるともわからないし、ここを離れるわけにはいかないのよ」
「そういうことなら・・・まぁ、僕は良いですけど・・・」
納得したようなことを言いながら、声は思いっきり残念そう。
それからシンジはツッと壁に視線を走らせる。
つられるように、ビール片手のミサトも目をやった。
「しくしくしく・・・・・・」
柳の下の幽霊というべたな図式を彷彿とさせるようなすすり泣く声が、壁から聞こえてきていた。
聞いているだけでこちらの方がもの悲しくなってしまいそうな、ある意味力のこもった泣き方である。
訴える力は計り知れない。
これによって後頭部に盛大な冷や汗をかくミサト。
「しくしくしく・・・・・・」
更にミサトの良心に訴える攻撃は続く。
これは立派な精神攻撃であろう。
しかしながら葛城ミサトはそんなことではへこたれない、強靱な?精神の持ち主であった。
「ダ、ダメよ!泣き落としは聞かないんだから!」
焦り気味の声で宣言すると、すすり泣く声は舌打ちに変わった。
それをしたのは泣いていた人物の声とは違う。
やがて・・・
「アスカ、作戦は失敗したわ」
「チッ、頭堅いわねぇ」
「だから言ったでしょう。今回は我慢よ」
というやり取りが聞こえてきた。
どうやら壁にスピーカーが仕込んであるようだ。
・・・いったい何時設置したのやら。
ミサトは呆れるばかりで、ビールが温くなってしまっていることに気付かないでいた。
「・・・残念、失敗だったね」
「仕方ないわよ。アタシ達はこの街で戦わないといけないもの」
「それはわかってるんだけどねぇ・・・なんて言うの、あたし達の人生まで束縛されているのはちょっとね」
「水着・・・アスカと買いに行ったのに・・・」
その会話も聞いていたミサトは驚きを隠せなかった。
シンジやアスカはともかくとして、レイまで旅行を楽しみにしていたという事実である。
しかも水着を買いに行ったというのだ。
あれほど着るものに無頓着であったあのレイが、である。(三人暮らしを始めてからは改善されている)
(よっぽど行きたかったのね・・・)
その時ミサトの胸がチクリと痛んだ。
「バル」
「ん?リツコに・・・マヤか」
「何をしているのかしら?」
「・・・・・・・・・先輩、私はこれで」
スタスタ・・・・ガシッ
「待ちなさい。いい機会だから少し話しましょう」
渋るマヤを半ば強引に席に着けると、リツコは人数分のコーヒーを用意してきた。
マヤはあいかわらずバルと話すときは普通の顔を出すことに抵抗を覚えていた。
初めに抱いた嫌悪感は幾分薄れてきているものの、元々男性関係が苦手なため、態度を変えることが難しかった。
「ねぇ、さっきは何を見ていたの?」
いつまでたっても会話が始まりそうになかったので、リツコが口火を切った。
バルはやや緩慢な動作でテーブルの上に数枚の写真を広げる。
それは何てことのない、普通の写真だ。
バルを中心として数人の生徒が取り囲んで引っ張り回している、そういう絵だ。
「へぇ・・・みんな良い顔しているわね」
「だろ?・・・なんとなく、教師の楽しさってやつがわかった気がするよ」
二人が言葉を交わしている間に、マヤもその写真に目を通していった。
(すっごく眩しい笑顔・・・)
それがマヤの感想だった。
年相応というのが正しいのだろうが、この街ではここまで透き通った青空のような笑顔をする子供を見たことはなかった。
「なかなか教師してるじゃない。最初はどうなるか不安だったけど」
「ハハッ、洞木が居てくれなかったら無理だったよ。あの娘は良くできた娘だ」
「洞木?・・・ああ、あなたのクラスの委員長をしている娘ね」
「そうそう。そしてトウジのコレさ」
ニヤニヤしながら小指をたてる。
(古いわねぇ・・・)
対するリツコは苦笑する。
「あの子が一番そういうのには遠いと思っていたのに意外ね」
「(・・・アスカとレイは無意識に少し違うって思っているんだろうな・・・)まぁ、人は見掛けによらないと。修学旅行も洞木に任せておいたから何とかなるだろう」
「任せたって・・・ほかの先生に頼んだんでしょう?」
「ああ、でも洞木は面倒見が良すぎて、頼まなくたって買って出るだろうから結果は同じだよ。あれが大人だったら胃に穴が空いているところだ」
大袈裟に言っているように聞こえるが、洞木ヒカリとは事実そういう少女だった。
なんだかんだ言っても責任感が強く、そのうえよく気が付く性格をしている。
学校を会社組織に置き換えると、ヒカリは中間管理職、つまり一番精神的にも肉体的にも負担のかかる役割を担っているのだ。
いくらヒカリが甲斐甲斐しく働き回る気質の持ち主であるといっても、ストレスを感じないなんてことはない。
必ずどこかに溜め込んでいるはずなのだ。
それを普段表に出さないだけで。
「まるで病気ね」
「そうとも言えるかもな」
だがそれは不安の裏返しでもあった。
いつも忙しくすることで忘れられることは現実としてある。
洞木ヒカリにとって鈴原トウジの存在は支えであり、ウィークポイントであろう。
(あいつがいなくなっちまったら心のバランスを崩してしまいかねない・・・だから俺は・・・)
「なぁリツコ」
「なにかしら?」
「強制疎開って何時始まるんだ?」
リツコ、そしてマヤは神妙な顔で呟いたバルを意外そうな顔で見た。
そしてリツコはその表情を柔和な笑みへと変じる。
「そう・・・心配なのね。でもあの学校に通っている子の親は、そのほとんどがネルフの職員で、しかも片親ばかりだから・・・」
「そうだよな・・・下手すりゃみんな孤児になっちまう・・・」
「もう少し体勢が整えられれば、必要最低限の人員でことは済むんだけど、まだまだ人の力が必要なのよ」
「全部のエヴァが3号機みたいになりゃ話は早いんだがな・・・」
「確かにね。3号機は装甲の換装だけで、だいたいの修理は自己修復で済んでしまうもの」
3号機のような修復能力があれば、その手間はかなり軽減されることになる。
そしてエヴァの装備も開発中のものが多いことも人員を削減できない理由の一つだ。
これまでの時間はエヴァ本体の開発に追われて、その周りの装備にまで時間を割くことが出来なかったのだ。
エヴァが実戦配備されるようになってからようやく開発が進み、ヤシマ作戦で使用した陽電子砲の簡易版(電力の問題を出力を抑えてクリアしたが、必然的に威力は下がり、そして速射性に関してははいまだ劣悪である)や、初号機が使ったマゴロク・ エクスターミネート・ソード、エヴァ専用の拳銃、バズーカなど徐々に充実してきた兆しがある。
それが使徒に通用するかどうかは未だ未知数であり、無駄になる可能性もないわけではない。
バルがいながらも何故そのような事態が起きてしまうか。
なぜならば、使徒毎にその能力にかなりのばらつきがあるからだ。
相手がラミエル並のフィールドを持っていれば、今開発している武器のほとんどは通用しないことになってしまうわけだ。
「どうして・・・」
「ん?何か言ったか?」
「どうしてあなたはそうやって人の心配をするの?あなたが消してしまおうとした存在なのに」
「マヤッ!」
「リツコ、いいって。話そうと言ったのはおまえだろ」
「そうだけど・・・」
不安げにするリツコにバルはウィンクをして見せた。
戯けたその仕草に幾分その場の空気が和む。
「なぁマヤ。おまえだって自分を認めてくれる存在ってのは嬉しいだろう?」
言われてリツコを横目で見る。
マヤにとってリツコは絶対の存在だ。
憧れの対象であり、自分はその力になりたいと思っている。
少なくともリツコが自分のことを認めてくれていることはわかっている。
頼りにされているかどうか、と聞かれると答えに窮するところだが、疎んじられているということはないはずだと思っていた。
「それは・・・そうね」
「俺にとって子供達がその対象だってことさ。それに、形だけだがあいつらは俺の教え子だ」
らしくない台詞を吐いたせいでバルは照れくさそうに頬を掻いた。
「・・・また」
「?」
「どうしてあなたはそんな顔で笑うことができるの?自分の仲間と戦うことになるというのに」
マヤが問い掛けると、バルは顔をしかめて今度は頭を掻く。
「仲間かどうかはわからないな。顔と名前・・・って顔は一定じゃないから無駄か。とにかく知っているってことは確かだが、仲間かって聞かれたらよくわからない」
結局のところ彼等は同列の存在であり、それ以上でもそれ以下でもない。
仲間だというならば、使徒が一体づつ現れるのは非効率的だ。
お互いに多少の面識はあれど、目的が生き残ることである以上、最終的には他の使徒は人間と大差ない競争相手なのかもしれない。
「だいたい人間だって同族で争うだろ?あんなことをするのは人間以外じゃ、異常繁殖してしまった生き物ぐらいだ。生物ってのは本来、自分が生き残るために戦うものだ。人の戦いは大きくそれを逸脱している。・・・使徒戦に関しては生存競争だと言えるがね」
真実には触れてはいないが嘘でもないというような内容で、やや説明臭い口調で捲し立てた。
「・・・人が愚かだと?」
「そうは言っていない。逆にそうしていなければ生きていることが実感できないタイプの連中もいるって話だよ」
二人に(特にマヤだが)険悪な雰囲気が漂った。
リツコは「失敗したかしら?」なんて苦い顔をして様子を窺っていたが、マヤが先に席を立つことでその場の会話は断ち切られた。
バルも少しは緊張していたのか、マヤの背が見えなくなると同時に軽く息を吐いた。
「ダメだなぁ・・・どうも会話に棘が出ちまう」
「あれはあの娘が突っ掛かってきているだけだわ。あなたが気にしなくても・・・」
「そうなんだが・・・他の奴だったらもっと上手くかわせると思うんだけどなぁ・・・」
ぼやくバルは写真を手にとってしみじみとそれに見入るのだった。
「じゃあ、みんな楽しんできてね」
「お土産よろしく」
「・・・頼んだわ。でも肉はダメ」
「のんびりしてきてね。アタシ達の分も」
各人がそのような声をかけているその傍らで、洞木ヒカリは目の前の少年と別の世界を構築中。
「そないな顔すんなや、委員長」
「でも・・・あんまり無茶しないでね」
「わかっとるわ。それに使徒が来ると決まっとるわけやないで」
「そう・・・だね」
「大丈夫や。わしらは」
「鈴原・・・」
「楽しんでこいや。土産話楽しみにしとるさかい」
「うん。行ってくるね」
これによって、五人の少年少女が全てエヴァのパイロットであるというのがバレバレになった。
けれども、クラスメートらにとってはそれがどうした、という程度のものだった。
使徒戦初期ならば好奇心が先行しただろうが、今では体を張って戦っている尊敬すべき友人であった。
だから必要以上に騒ぎ立てることはせず、それぞれに激励の言葉をかけていったのだった。
「あ〜あ、あの二人はいつまであの調子なのかしらね」
「いいんじゃないの?アタシ達がとやかく言うことじゃないわ」
「でも時と場所を考えてほしいわよ。ヒカリなんて涙まで浮かべちゃってさ。今生の別れじゃあるまいし・・・・あっ」
「今生の別れになるかもしれないから・・・じゃないの?」
そうなのだ。
もしかしたら今生の別れになるという、最悪の事態も考え得るのだ。
ヒカリも、トウジも、口には出さないがそのことを何処かで考えてしまっているのだろう。
ま、だからといっていちいち涙の別れをやられると、周囲もいい加減にしてほしいと思ってしまうのも事実だが。
「・・・そんなことはさせないさ。誰も死なせたりなんかしない」
「「シンジ・・・」」
「だからさ、みんなは笑顔で送り出さないと」
会心の微笑みでシンジは言う。
それに二人はちょっぴり頬を紅く染める。
「そうねっ」
「ずうえっっっったいこの戦いが終わったら旅行に行くんだから」
「あ、それいいね。出来れば涼しいところに行かない?」
「う〜ん、たしかに暑いもんね」
「私は・・・北海道が良い」
「綾波?どうして?」
「北海道はラーメンが美味しいの。行者ニンニクも楽しみ・・・」
「「「・・・やっぱりニンニクラーメンなのね(なんだね)」」」
「もちろんチャーシューは抜き」
「「「・・・何だかね(なぁ)」」」
「ハァァァァ!!」
「ほら、どうした。もう終わりかい?」
ネルフトレーニングルーム。
ここで一人の少年と無精ひげを生やした男が、一時間ほど前から組み手と休憩を繰り返していた。
組み手といってもほとんど少年の方が一方的に手を出して、男はそれを受け流すというような状況だ。
たまに男の攻撃が放たれることもあったが、それも寸止めに終わっている。
実力差は火を見るよりも明らかだった。
ピィィィィィッ
甲高い笛の音が響き渡ると二人は動きを止めた。
少年の方は滝のように汗を流し、大きく肩で息をしながらその場にへたり込む。
男は涼しい顔で駆け寄ってきた少女からタオルを受け取って汗を拭った。
「シンジ君、君はなかなか筋がいいよ」
「ハァ・・・ハァ・・・ありがとう・・ござい・・ます」
息も絶え絶えに、シンジはトレーニングの相手を買って出てくれた加持を見上げて礼を言う。
「はい、シンジ」
「ありがとう、ユイナ」
ユイナからドリンクを受け取り、渇いたのどに流し込む。
潤う感覚が何とも言えず心地いい。
ユイナはタオルを持って、シンジの顔を流れている汗を丁寧に拭っていく。
「やれやれ、まるで夫婦みたいだね」
加持はあまり不自然さを感じないその様子を見、顔一杯に苦笑を浮かべてそうまとめた。
シンジはやたら滅多らに照れたが、ユイナは嬉しそうに微笑むばかりだった。
「・・・加持さん、リツコさんから聞いたんですけど、加持さんが協力してくれるって話は・・・」
「信じられないかい?」
「い、いえ・・・そういうわけじゃないんです」
「無理をしなくていいさ。たしかに君たちの話は突飛だし、俺みたいな人間がそれを信じるようには思えないだろう」
タオルをユイナに返し、加持はその場で軽くストレッチを始める。
彼も三十代、筋肉痛は怖いようである。
「だけどね、俺は真実が知りたい。そのためなら何だってやるっていう性分なんだ」
「リツコさんもそう言っていました。それで、求めるものは見つかったんですか?」
「そうだな・・・ほぼ九割方は見えてきたかな。りっちゃんに教えてもらったことでほとんど謎は解けたけどね」
言いながら男臭い笑みを浮かべる加持。
彼の言葉通り、もう既に人類補完計画の概要はほとんど掴んでいる。
あとは自分の心に従い行動するのみ。
少なくとも加持リョウジという人間は補完計画を是としてしまうほど、人という種に絶望はしていなかった。
「こんなこというのはあれだけど、加持さん・・・真実って命をかけて追い求めるほどのものかしら?」
この容赦のない問いかけは加持の胸にグサッと突き刺さった。
少しの間思案し、言葉を選んでいるような様子を見せる。
「真実は人それぞれに抱くものだよ。そして、それが価値のあるものかどうかを判断するのも人それぞれさ」
「加持さんにとって真実は命よりも重いってこと?」
「そういうことになるかな?ただ単に知りたがりやなだけかもしれないけどね。・・・ところで、シンジ君」
加持は動きを止め、シンジの方を見た。
「何ですか?」
「勉強の方はいいのかい?葛城がぼやいていたんだが・・・」
「う゛・・・それは・・・」
「まぁ、君の担任はバルだから、数値上は問題ないだろうがね」
加持の言うとおり、通信簿などの数値上はどうとでもなろう。
それは別にバルが担任でなくともだ。
しかしそれでは意味がない。
・・・ただ、子供達を戦わせておいて、そのくせ成績について文句を言ってくる大人もどうかと思うが・・・
因みにチルドレンを成績の悪い順に上げていくと、トウジ、シンジ、アスカ、ユイナ、レイの順である。
トウジは仕方ないとして、アスカはいささか不本意な位置にいると言えよう。
「お〜い、リョウジ。ちょっと来てくれよー!」
「噂をすれば、だな。それじゃ訓練もほどほどにな。俺は勉強しろとは言わないが、体は大切にしろよ」
シンジとユイナの頭をそれぞれの手でポンッと軽く撫でてその場を立ち去った。
兄のような、父のような、そんな大きな手にシンジは少し憧れを抱いた。
向こうの世界で加持に面識はない。
このときシンジは、向こうの世界でミサト先生に恋人がいるという噂を聞いたのを思い出した。
二十九歳という年齢を考えれば恋人がいてもおかしくはない。
それでもシンジは少なからずショックを覚えた。
けれど・・・あんな感じの暖かさがある人だったらいいかもしれないな、と思った。
そのころ、場所は変わってネルフ内のプール。
ここではアスカとレイがぷかぷかと水に浮かんでいた。
シンジは授業の水泳の時にかなづちであることが発覚していたので、無理に引っ張ってくることをしなかったようだ。
「ねぇレイ・・・」
「何かしら、アスカ」
二人の少女は泳ぐでもなく、潜るでもなく、ただ浮力に任せて浮かんでいた。
何かと忙しい日々を過ごしている彼女らにとって、泳ぐよりも水に入るというのはリラックスのための手段であった。
特にレイは水に浮かんでいるときの感覚が好きだった。
自分自身も水の一部になったような、そんな広がりを感じられるからだ。
そして心も水面のように穏やかになる。
自分を理解してくれる友人がそばにいることも、とても心地の良いことだった。
「あんた北海道がどうとか言っていたわよねぇ・・・そこって涼しいの?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
「どうしてって・・・そりゃ旅行しようって思ってる場所のことは知りたいじゃない」
「そう・・・セカンドインパクト前まで、北海道の冬は涼しいを通り越したような環境だったらしいわ。でも・・・いまでもここよりは快適に過ごせると思う」
「ふぅん・・・で、どうしてそんなことを知っているの?」
至極、自然な疑問であった。
レイはややうっとりとして恍惚の表情・・・とは言い過ぎ・・・で呟く。
「北海道はラーメンの激戦区・・・」
「・・・あんた本当にラーメンが好きなのね」
「ええ、だって血の臭いがしないもの」
「血の臭いねぇ・・・」
セカンドインパクト前であれば、北海道の方に行けば快適春夏秋、もしくは過酷な冬を体感できたことであろうが、今は第三よりも少々過ごしやすい程度の差しかない。
それでも前世紀からの伝統というか、ラーメン本場ののれんは降ろしてはいない。
だんだん外に目が向いてきたレイにとって、行ってみたい場所の一つであった。
いつ行けるか。
それはわからないけれど。
結局・・・旅行に行けない彼等を待っていたのは、使徒との戦いだった。
後書きのようなもの。
はい、テストが近付いてきてそろそろヤバげなシャンです。
これを書いているときも危機感がひしひしと・・・きてません。
むしろ危機感を抱かぬ自分に恐れを抱いております。
今回は題名通り、旅行断念のシーンを書いてみました。
せっかくバルが教師になったんだしね。
いちおう教師しているバルはどんなもんでしょう?
つかぬ事なのですが、レイって肉そのものでなければ食べられるんでしょうかね?
だってラーメンスープのダシってトリガラとか使うし・・・・・・まぁ気にしないことにしましょう。
苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。