シンジ達が友人を修学旅行へと送り出した翌日のことである。
ネルフは浅間山の火口の中に使徒らしき影を発見。
そこへ赴いた葛城ミサト作戦本部長らにより、それが使徒であると断定された。
それはまだ卵のような状態で活動を始めてはいないのだが、その方が驚異だと言えた。
マグマの中という非常に過酷な条件下で、生命活動を続けているだけで常識外れもいいところだった。
「A−17!?ミサト正気なの!?」
「正気も正気。初めてこっちから行動できるチャンスじゃない。しかもまだ孵化していないのなら、捕獲することも不可能ではないわ」
ブリーフィングルームに集合したチルドレン+責任者達。
ここで使徒への対応に関して、リツコがミサトに突っ掛かっていた。
「姉さん、A−17ってなに?」
「簡単に言えば打って出るってことよ」
気が立っているようで、リツコの言葉の調子はいつもより厳しい。
ユイナはそういうことをあまり気にはしなかったが、打って出るという言葉に眉をひそめた。
「指令、許可を願えますか?」
「・・・よかろう。反対する理由はない。存分にやりたまえ」
「はい!」
「指令!?」
驚きで声をあげてゲンドウを見返すリツコ。
「・・・赤木博士、悪いがこれから執務室に来てくれたまえ。バル=ベルフィールド君をつれて、な」
「??バルをですか?・・・わかりました」
(どういうこと?あのバルという青年・・・シンジ君達とずいぶん打ち解けているみたいだけど、どうして指令が?)
ミサトはブリーフィングルームを出ていった旧友の背を見送りながら、誰にも聞こえない声でひとりごちた。
「・・・作戦の概要を説明するわ」
ミサトは考えを中断して子供らに向き直る。
WING OF FORTUNE
第弐拾弐話 赤い海へ
「・・・んで、俺に用ってのは?」
碇ゲンドウという近年まれにみる重圧の持ち主を前にしても、バルの軽口は変わらなかった。
「今回の作戦について使徒である君の意見を聞きたい」
「フン・・・やっぱり知っていたのか」
「驚かんのだな」
「そりゃ当然だろう。いくらリツコの権限がこのネルフで大きなものだっていっても、ユイナ、そして俺。二人も素性が明らかでない存在を受け入れておいて、なんの支障もないとなれば、もっと大きな力が働いていると考えるのが妥当だろう?そしてこの組織でもっと大きな力といったら、あんたのことだ、碇ゲンドウ」
いつものポーズを組んだ手の下、ゲンドウはニヤリと口を歪める。
情報操作は彼の十八番である。
つまり、ゼーレに対するユイナとバルの存在の隠蔽は途中から彼が行っていたのであった。
「しっかしあれだね。ゼーレの老人どもはよっぽど横着なんだな」
もっともだ、とリツコ、そして加持が深々頷く。
実質的に老人達は自分たちではなにもしてない。
加持のような人間を使い、ゲンドウのような人間を使い、自らの手をほとんど汚すことのない連中だ。
そのくせネルフのやることには文句を付けてくるのだから勘弁してほしい。
だが現在はそれが好都合だった。
ネルフの実権を握っているのがゲンドウであり、下手に手を出せないゼーレは彼のやっていることを100%把握しきれていない。
しかも、その内情を把握するために送り込んだ加持も取り込まれてしまっているのだから、術は失われたと思っていいだろう。
だからゲンドウはやりたい放題・・・シンジの力もユイナの存在も3号機の強引な徴発も、リツコが責任を問われるということがなかったのである。
「フッ・・・無駄話はここまでにしよう。時間があまりない」
「そうだな。俺の意見を端的に述べさせてもらえれば、反対だ。打って出るのは」
「理由は?」
「俺達が打って出るってことは、相手の懐に飛び込むってことだ。それはつまり、リリンが迎撃のためにこの街を用意したのと同じだよ」
「なるほどな・・・君の言うことももっともだ」
「なら何故、作戦を許可したんですか!」
リツコもこの理屈は理解していた。
エヴァとは未だ不都合な部分が多い兵器だ。
この不都合を補うために様々なサポートが必要になり、それをするために要塞都市としての第三新東京市がある。
特に電源確保は最優先事項であるのだが、第三以外では複数のラインを用意するのは非常に難しい。
複数のエヴァを展開するとなれば更に条件は厳しくなる。
一度アンビリカルケーブルが断線してしまったら、そこからは使徒との勝負と共に時間との勝負になってしまうのだ。
エヴァにとって好条件が揃っているこの場を放棄してまで、敵の用意した環境に飛び込むメリットは皆無に等しい。
ましてバルという情報提供者がいる今、危険を冒してまで使徒を捕獲して調査する必要などどこにもなかった。
この疑問はゲンドウの次ぎに発した言葉で納得させられることになる。
「ゼーレが承認したのだよ。しかも作戦には必ず初号機と3号機を参加させろとまで言ってきた」
「なんですって・・・・?」
「やつらは俺とユイナの力を測るつもりか」
「おそらくな。君たちの存在に気付いたわけではないようだが、初号機と3号機が他のエヴァと異なることにはさすがに気付いたようだ。自分たちのシナリオが、現在の時の流れと大きく違えてきていることにもな」
侮蔑混じりの台詞はかなりひねくれた印象を受ける。
こういったところがゲンドウの印象を悪くさせるのだが、バルはさして気にしている様子はなかった。
「仕方ねぇ・・・俺はいいとして、事を荒立ててあんた達リリンが危険さらされるのは避けなきゃならんからな。大人しく測られてやるとしますか」
「面倒をかけるな」
「いいってことさ。その代わりといっては何だが、俺とリツコで検討しているあれに資金を回してくれないか?どうせ話は聞いているんだろう」
「・・・いいだろう。戦力は少しでもほしいところだ」
「感謝する」
一礼すると、バルはその場からパッと姿を消した。
馴れているリツコはともかく、加持は少々驚いたようだ。
「使徒というのは本当らしいな・・・」
「久しぶりに加持君が驚いた顔を見たわ」
「ふぅ・・・それより君と彼で検討しているあれとはなんなんだい?」
「それは秘密よ。まだ実現するかどうかわからないし・・・でも、あれが完成していたら今回わざわざマグマに潜る必要はないんだけどね」
リツコはそういうと寂しげな顔になった。
過酷な環境に送り込まなければならないことに心苦しさを覚えていた。
「・・・何だか嫌な予感はしていたのよねぇ・・・」
だるまのような姿になったアスカ嬢。
その横に同じ様な格好の少年が転がっている。
どちらも自分の姿に不満そうだ。
「えらい動き辛いんですけど・・・」
「我慢して。それを着ていなかったらもっと大変なことになっちゃうんですもの」
「とはいえ・・・格好悪いわねぇ・・・」
しみじみと、深い溜息と共に言葉を吐くアスカ。
D型装備はエヴァだけではなく、搭乗者にもそれなりの装備をしなければならなかった。
その姿は確かに格好悪い。
しかしパイロットの命を守るためのものであるため、我慢してもらうしかないのだった。
まさに命あっての物種である。
「ホント良い格好ね。アスカ」
「・・・後で覚えときなさいよ、ユイナ」
「あのさ・・・嫌なら僕が・・・」
「あ、シンジはいいの。上で待ってて」
「そやな、わしらに任せとき」
「じゃあ・・・二人とも頑張ってね」
リツコの言葉に二人は揃って笑顔で頷いた。
「まっかせときなさいって!」
「まっ、わしは土産が待っとりますから」
「・・・はぁ・・・」
「どないしたんや,惣流?溜息なんぞつきおって」
エヴァに搭乗した二人。
溜息をつくアスカの乗る弐号機のエントリープラグに少年の顔が映る。
「べっつに・・・あんたには関係ないわよ」
「へぇへぇ、そうでっか。・・・・・・なんか思い出したんやろ?」
「・・・ハッ・・・あんたに見抜かれちゃお終いね」
シートにもたれ掛かかるアスカはあくまでトウジの方を見ようとしてはいない。
「思い出したってわけじゃないけどね・・・なんだか嫌なことと嬉しいことが一緒に起こりそうなのよ」
「はぁ?なんやそれ」
「うっさいわね。それがわかったら苦労しないわよ。それにその時と同じことが起きるとは限らないし」
「そやなぁ・・・わしがここにいること自体、前と違うとるんやろうな」
「そういうことよ。けど・・・たぶん捕獲は失敗するでしょうね」
漠然としたイメージであったが、嫌な予感は作戦が上手くいかないだろうという確信に繋がっていた。
だからアスカは不安にかられている部分があった。
まさか嫌な感じがするから止めよう、などと言って通るはずもない。
それではただ臆病風に吹かれたと思われるのが関の山だ。
「それについては俺も同意見だな」
「こ、こらバル!おまえはまだ静かにしとれ」
「ちぇっ・・・わかったよ」
((本当に(ホンマに)ガキみたいなやつね(やの)・・・))
なんだかんだで考えていることは同じだったりする。
「とにかく、捕獲が失敗した場合のことを考えなきゃいけないわ」
「それはそうやけど・・・とてもあんな環境で生きとるようなやつにプログナイフが効くとは思えへんな」
「そうなのよ。そこが盲点よ。・・・バルの言うとおり下手に打って出るべきじゃなかったわね。使徒にとって最高の環境、あたし達にとって最悪の環境だもの」
先程からアスカは撃退方法を思案していた。
嫌な予感がしてからずっと脳細胞はフル稼働状態にある。
彼女の明晰な頭脳が弾き出したものは冷却液を使って熱膨張を起こさせるというものだったが、これはリスクが大きすぎた。
下手をすれば使徒を倒すよりも先に自分の方が圧壊してしまいかねない。
もしやるとしたら、相打ち覚悟だ。
「・・・もう時間があらへん。やるだけやるしかないやろ」
「楽観的でいいわねぇ」
「ウダウダいうとっても何の解決にもならん」
「・・・捕獲を成功させりゃいいのよ。それで問題ないでしょ」
「そういうこっちゃ」
今回の作戦の概要はこうだ。
弐号機、及び3号機に極地戦用のD型装備を施し、火口の中へ降下。
弐号機が先行して使徒の捕獲、3号機はその護衛。
予測不能の事態に陥った場合はエヴァを引き上げることを最優先とし、戦闘行動は極力避けること。
なお、初号機は浅間山山頂にて待機。
零号機は本部待機である。
戦闘行動を避けるというのはリツコの提案であった。
孵化してさえもいない状態でマグマの中で生きている使徒と、過酷な環境で活動を制限されたエヴァとでは勝負は火を見るよりも明らかだ。
リツコもアスカ同様、その手段を思案したのだが、やはりあのような極限環境で通用するような武器を持ち合わせていない現在、熱膨張による相打ち覚悟の作戦ぐらいしか思い浮かばなかった。
もちろんそんな作戦を彼女が是とするわけがない。
だから不測の事態が起きた場合には、すぐに地上に上げ、殲滅は地上で行う。
リツコの最大の妥協点であった。
火口付近で待機している初号機。
弐号機、3号機が赤い海の中へ消えていくのを歯痒い思いで見送っていた。
「大丈夫かな二人とも・・・」
「正確には3人だけどね。もしもの時はバルが何とかしてくれることを願うしかないわ」
「いくらバルディエルでも、こんな溶岩の中じゃ・・・」
火口から下を見下ろしているだけで、その熱さが伝わろうものである。
とてもあの環境で活動することが出来る生命体がいるとは思えなかった。
「アスカ・・トウジ・・バル・・・みんな無事で戻ってきてよ」
シンジの心配を余所に、二機のエヴァはマグマの中にその身を沈めていく。
「使徒の捕獲か・・・どう考えても姉さんが望んだことじゃないわね」
「そろそろミサトさんにも話すべきなのかな?」
「・・・それはシンジの判断に任せるわ」
「でも、もう父さんは知っているんだって聞いたけど」
「姉さんが言ってたわね。なんか思い出したのかしら・・・。そうだとしたらミサトさんも何か思い出すのは時間の問題かもね」
「あっちゃ〜・・・何も見えないわね」
見渡す限り赤、赤、赤。
モニターを別系統に切り替えるがそれでもほとんど差はない。
映るのは一色の世界だけだ。
「・・・あと200だ」
「それは確証があるんか?」
「ああ、ついでに言うと今回の使徒はサンダルフォンだな。ここまでこないとわからなかったが・・・」
「わかった・・・惣流、あと200や」
「あと200・・・D型装備にも特に問題のある深さじゃないわね」
キャッチャーを抱えた弐号機。
その中でアスカは少し身を堅くしていた。
D型装備のおかげで幸いそれほど熱いとは感じていない。
だが装備の関係上、動きにくさを感じて緊張していた。
「弐号機・・・使徒と接触します」
マヤの声に作戦を見守っている者たちはごくん、と息をのんだ。
失敗は許されない重圧の中、アスカは見事使徒をキャッチャーの中に収めることに成功した。
ホッと息をつく一同。
しかしここからが問題なのである。
今度はエヴァを火口から引き上げなければならないのだ。
MAGIの予想ではまだ孵化するまでに一時間ほど余裕があるのだが、早くするに越したことはない。
ミサトはこの時、弐号機の引き上げを優先したが、当然といえば当然の選択だ。
「悪いわね、先行くわよ」
「・・・おう。気ぃ抜くなや」
「誰に向かって言ってるのかしらね」
「ハハッ、その様子なら大丈夫そうやな」
あともう少しでマグマを抜けるというときだった。
使徒がキャッチャーの中で急激なスピードで孵化を始めたのだ。
オペレーターの日向がこの事に気付き、悲鳴めいた報告をした。
「使徒、キャッチャー内で孵化を始めました!!」
まだ予想された時間まで約一時間の余裕があった。
その余裕があるという考え方が、このときの対応を遅らせる要因となった。
いくら緊迫した環境で、精神を張り詰めて集中していたといっても、そのような意識が頭の中にあっては、反応が遅れるのは当たり前だ。
(無駄に楽観するような情報を与えるべきではなかったわね)
リツコは弐号機の状態を表すモニターを睨みながら、心の中で舌打ちをしていた。
ある意味では対応の不味さを生み出した要因は彼女と、MAGIにある。
特に、MAGI依存度が極めて高くなってしまっていることは認めなければならないことだった。
使徒の急激な成長。
そしてその使徒の攻撃を受けた弐号機は、冷却液の流出が始まっていた。
対応が遅れたため、攻撃を受けた右腕が粉砕されたときのフィードバックはもろにアスカの右腕を襲っていた。
耐熱プラグスーツ越しでも、沸騰した熱湯に手を突っ込んだような形容しがたい激痛が走った。
精神の許容できる以上の痛みにアスカの神経は悲鳴を上げる。
「ぐぅぅ・・・・・・」
「アスカ!」「惣流!」
「だ、大丈夫・・・・それより使徒・・は・・・・キャア!?」
自分の命を支えているケーブルが、使徒によって切断されるその瞬間をアスカは見た。
支えを失った巨体は、重力に引かれるままに沈んでいく。
必至に何かに縋り付こうとしたが、そこはマグマの真っ直中だ。
掴めるものなどあろうはずも無い。
まして右腕が爆砕し、機能が停止しているような状態である。
それはただジタバタするだけのみっともないものだった。
ガシッ・・・・
落下を止めたのは一本の腕だった。
「す、鈴原・・あんた・・・」
「チッ、世話の焼けるやっちゃで」
「・・・礼は言わないわよ」
「そうやな。これがわしの役目やからな」
「トウジ、来るぞ!」
「上等や!!」
意気込んだのはよかったが、片腕が塞がっているうえに、しかもD型装備の劣悪な機動性が気合いを空回りさせた。
この環境に適応した使徒の動きに完全に翻弄されてしまった3号機は、次々と傷を負って冷却液を流出させた。
それでも3号機が健在なのはバルディエルの強力なA.Tフィールドのおかげであった。
膨張しようとする本体を、無理矢理に押さえ込んでいたのだ。
しかしそれは更に敵に向けての意識(A.Tフィールド)が削がれる結果となり、事態は決して好転しなかった。
「くそったれ・・・・わしらがまともに動けんのをわかっていたぶっとるんやな」
「趣味悪いぜ、サンダルフォンよ・・・」
だんだんと熱が伝わり始めた3号機本体及び内部は、耐熱プラグスーツを着ていてもきつい状態になってきていた。
特にバルは3号機が本体であるため、その苦痛の度合いはトウジよりも数段上だった。
それでもバルは意識を保ち続けているのだから大したものだろう。
「もういいから!アタシを放せばまだまともに戦えるんでしょう!?」
アスカはほとんど泣き叫んでいた。
その涙は足を引っ張っている自分の情けなさ故に。
そして大切な友人への申し訳なさ故に。
「放しなさいってば!!」
「い・や・や」
「俺も御免だな。そいつは聞けねぇ相談だ」
「どうしてよ!簡単じゃない・・手を離すぐらい・・簡単じゃないのよ!!」
二人の顔が弐号機のエントリープラグの中に映し出される。
「おまえは委員長の親友や。おまえがおらんようになったら、あいつが・・・ヒカリが悲しむ」
「そうさ。そして、俺にとっては大切な生徒だ」
ふざけた調子でもなく、かといって真面目でもなく、友達同士で用いられるような軽い調子の言い方だった。
アスカはグッと喉元まで来ていた感情を呑み込んで、いつもの惣流・アスカ・ラングレーの顔で二人を見渡し、一度カクンと頭を垂れた。
「・・・・・・あんた達ってほんっっっっっっっっっっっっっっっとーーーーーーーーーーーーにバカね」
「なにもそないしみじみ言わんでもええやないか・・・」
「俺も・・・・・・傷付いたぞ」
三人は軽口を叩き、アスカの顔には弱々しいながらも笑顔が浮かんでいた。
「よっしゃ。レッツ・ポジティブ・シンキングだ」
「・・・といっているそばから来おったで!!」
ナイフを構える3号機。
装備としては心許ないどころではない。
さっきから何度も斬りつけているのに、傷一つ付けることが出来ていないのだ。
しかし、使徒の動きはトウジたちの予想とは違った進路を取っていた。
「ん?わしらのケーブルも切る気か?」
「残念ながら、そのまさかみたいだな」
「あんたねぇ、落ち着いている場合じゃないでしょう!」
3号機のケーブルが切断されるのとほぼ同時に、マグマを切り裂かれ瞬間的に蒼い空が見えた。
ズガァァァァンン!!!
使徒の体が上方からの衝撃を受けて、マグマの奥底へと叩き込まれる。
「な、なんやっ!?」
「これは・・・・・! あのバカ、飛び込みやがったのか!?」
「シンジ・・・」
ケーブルを切られた3号機は、弐号機と共に深いマグマの海へ落下する寸前にその手を掴まれた。
掴んだのは特殊装備を施していない初号機。
すでに紫に塗装された装甲が焦げてしまっていた。
「だ・・だい・・じょうぶ?」
「このどあほう!そらこっちの科白や!」
モニターに映ったのは苦痛を噛み殺そうと歯を食いしばっている二人の子供の姿。
D型装備を施していないどころか、二人は耐熱プラグスーツさえも身につけていない。
今の二人の状態は、熱湯の風呂に浸かっているのと同じ様なものだろう。
「グゥッ・・・・ユイナ・・君は?」
「ちょ、ちょっと辛いわ。早く上げてくれないかしら・・・」
シンジは飛び込んだまでは良かったのだが、そこからは苦痛のために翼を展開する為の十分な精神力を練ることが出来ないでいた。
使徒を初撃で仕留めきれなかったのは、シンジの最大の失敗である。
「畜生・・・身体が上手く動かない・・・!!」
全身を均等に苦痛が覆い尽くすという、普通あり得ない状態にシンジももうすぐ気を失ってしまいそうだった。
それでも使徒は現れて今度は初号機に攻撃の的を絞った。
「うわぁぁっ!!!」
なんとか発現させた翼から数枚の羽根を打ち出すも、今度は痛覚が占領してしまって他の感覚が働いていないために、全く使徒には当たらない。
結局飛ぶことも出来ず、ただ牽制するだけにとどまってしまっていた。
「・・ッ・・ユイナ・・・ユイナ?」
シンジは慌てて振り返ると、自分の後ろでシートにいるはずのユイナは、シートから滑り落ちて意識を失っていた。
フィードバックと操縦権を全て自分のエントリーTに移行すると、どうにか床に横たわったユイナを抱き上げて再びモニターを睨んだ。
(僕のせいで・・・どうすればいい・・・?)
「ミサトっ、早く引き上げて!!」
「やってるわよ!でも・・・三体同時は、無理よ!」
地上では、初号機の行動を止められなかったリツコ達が、大わらわになって対応に追われていた。
ケーブルを切られてしまった二体のエヴァ・・・それを支えているのは初号機のケーブルだけ。
三体分の荷重をたった一本のケーブルで支えているのだ。
それだけで限界に近い負荷がかかっていた。
もし引き上げようとしたならば、途中でケーブルが切れてしまうことは目に見えている。
だからといってこのままではじり貧、使徒にやられるのを待つだけだ。
「どうにか上げられないの!?」
「せめて二体なら・・・」
「!!あなた誰かを犠牲にしろって言うの!」
「そうじゃないわよ!でも、いまのままじゃ四人とも使徒の餌食か、そうでなくともマグマの中に消えるだけよ!」
「・・・わかってるわよ、そのくらい・・・でも・・・・・・誰一人失いたくないのよ!」
珍しくリツコが感情を100%表面に出した叫び声に、ミサトならずとも戸惑いを覚えた。
そしてその声は子供達にも届いていた。
「どうやら・・・誰か手を離さなきゃいけないみたいね」
「・・・シンジ、手ぇ出せや」
「トウジ・・・?」
「はよせんか!」
声に押されて初号機が伸ばした手に、3号機は弐号機を持ち上げて掴ませる。
弐号機は既に電源切れで、何をするにもされるままになるしかなかった。
「絶対にその手を離すんじゃねぇぞ!」
「バル・・・トウジ・・・・・・?」
シンジも意識が朦朧とし始めているので、上手く言葉が出てこない。
「ヘヘッ・・・・なぁトウジ、沖縄に行けなかったことだし、ここらでひとつスイミングといきますか!」
「そうやな。わしもひと泳ぎしたかったとこや」
「視界ゼロの赤い海だが・・・ま、なンとかならぁな」
二人は口元を吊り上げる。
黒い天使は自らの体を支えていた手を・・・離した。
「ト、トウジ、何を!?」
やっと発することが出来た狼狽した声。
「阿呆、初号機のケーブルだけで三体のエヴァが引き上げられるわけない言うとるやろ」
「リツコ、さっさとこの無鉄砲なバカを吊り上げてくれ」
目の前でどんどん沈んでいく3号機。
「ええかシンジ。おまえのケーブルはユイナと惣流の命も繋いどんのや。ここで全員がおだぶつになるわけにはいかん!」
「サンダルフォンは俺達に任せな。茹で上がる前に上で待ってろ」
マグマの向こうに隠れていた使徒が姿を現すと、3号機はD型装備が破損するのを気にも止めず、腕を伸ばして使徒を掴んだ。
そして抱き締めると言えば少々語弊があるかもしれないが、3号機は伸ばしたその腕を組んで、サンダルフォンを捕らえて一緒に沈んでいく。
「クククッ、おまえの相手は俺達だよサンダルフォン」
「逃がさへんでぇ・・・あいつらが地上に出るまでは、付き合うてもらうさかい」
シンジにはマグマの中に消えていったその黒い影がわずかに手を振ったように見えた。
「トウジ、バル!!!」
「−−−−−−」
スピーカーからの音はもう何も聞こえてこない。
「やめなさい!」
リツコは独自に3号機だけと通信をとることが出来るインカムを付けていた。
だから、バルが言った言葉は聞こえていた。
「どうしたのリツコ?」
ミサトが声をかけるとほぼ同時に、ケーブルが巻き上げられ始める。
「? 何があったの?」
「・・・3号機が、初号機に弐号機を託して手を離したものと思われます・・・」
「3号機、使徒を伴って沈降中・・・間もなくロストします」
「D型装備圧壊深度まであと100」
様々な報告がリツコを打ちのめしていく。
「バル・・・鈴原君・・・」
「付き合わせちまって悪いな」
「なに言うとるんや。わしとおまえと3号機・・・それでバルディエルやろ?」
「・・ああ、そうだな」
「言うとくけどな。わしは死ぬ気なんぞ、これっぽっちもあらへんで」
「わかっているさ。俺だって悲劇のヒーローになるつもりはない。それなら図太い脇役の方がましだ。それにここらへんで、信頼を勝ち取っておかなきゃならん」
「クククッ・・・そうやな」
「おっと、お喋りはここまでだ。さっさとけりを付けよう」
「ああ、腕が痺れてきよったからな」
引き上げられた初号機は真っ黒焦げになってしまっていた。
パイロットであるユイナは医療スタッフによってすぐさま治療が施された。
シンジも意識を失いかけていたが、それでも弐号機を掴んだ手だけはきっちりと握りしめられていて、最後まで離されることはなかった。
これを見たネルフスタッフはその精神力に驚嘆した。
パァンッ
アスカは流れ落ちる涙を拭うこともせずに、鋭い目つきでシンジを見据えていた。
頬を叩いた手の痛みが何時までも抜けない。
それはアスカの心の痛み・・・
「・・・あんたもバカよ」
「・・・ゴメン」
「ゴメンじゃないわ!ユイナまであんな風に危険な目に遭わせて・・・もうちょっと遅れていたら二人とも危なかったのよ!?わかってるの!?」
襟元辺りを掴み、締め上げる格好になる。
シンジは為されるがまま。
アスカだって感謝の思いはある。
しかしそれを手放しに出来るほど状況は楽観できるものではなかった。
そこへ息せき切って白衣の女性が駆けてきた。
アスカはその影を見つけたとき、手を放し意識的に顔を伏せた。
「アスカ、シンジ君!」
「リツコ・・・ごめんなさい、アタシがもっとしっかりしていれば・・・」
「僕も勝手に飛び込んじゃって・・・すみません」
「いいえ・・・二人は悪くないわ。アスカもよくやったし、あのときシンジ君が飛び込んでいなかったらアスカも溶岩の中だった・・・。それに、ユイナはもう大丈夫よ」
「リツコさん・・・3号機は・・・?」
「・・・使徒と一緒に完全にロストしたわ」
悔しそうに歯を食いしばって俯くリツコ。
シンジは更に俯き、アスカは大粒の涙をこぼす。
「バカ鈴原・・・ヒカリになんて言えばいいのよ・・・」
「何も言う必要はあらへんで」
「え?」
リツコがしていたインカムから漏れてきた聞き覚えのある関西弁。
そして、火口から空中に跳び上がる黒い影。
翼を広げた、黒いエヴァ3号機。
ボロボロになった装甲とD型装備以外は、完全に修復が終わっているような状態だった。
そうしてそれを見上げているリツコのインカムには、戦闘直後とは思えないほど緊張感を欠いた会話が聞こえていた。
「やれやれ、同じ黒でも黒焦げの天使じゃさまンなんねぇな、おい」
「まったくや。黒は漆黒に限るわ」
「ところで・・・どうしておまえは黒にこだわるんだ?」
「・・・まぁええやないか」
後書きのようなもの。
なんか疲れました・・・
テスト前だっていうのに勉強はしていないんですが、何故かそれでも疲れています。
これを書き上げるので結構一杯一杯になってしまっていて、辛いです。
今回はバルディエルV.Sサンダルフォン・・・って戦闘シーンはないんですけどね。
シンジ君、またも影薄。
主人公なのにねぇ・・・
いちおう飛び込んで助けに行ってますけど、そのあとのバルとトウジの行動のおかげで霞んじゃってる。(汗)
ユイナにいたってはほとんど科白無し。
そのうち挽回しようと心に決めていますが自信なかったりして。
(嗚呼、レイの出番も作らなきゃ)
それではまた次回お会いしましょう!
苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。
感想はどんなに短い文でも良いのでお願いしますっ!