火口での戦闘の後・・・
すぐに戻る必要も無かったことと、修学旅行を断念させた経緯から、その日は近くの温泉旅館で一泊することになった。
それにあたって、本部からレイがスタッフとは入れ替わりでシンジらと合流した。
温泉といえばということで温泉ペンギンのペンペンも、もちろん同行していたりする。
WING OF FORTUNE
第弐拾参話 触れ合い
「ふぃ〜・・・・あと100mいっとったらアウトやったな」
「耐熱プラグスーツがなければとっくに”鈴原トウジのLCL茹で”が完成してたがな。ユイナでさえあれだからな」
「・・・洒落にならんでそれ」
「俺の味わった苦痛を体験みるか?」
「それは遠慮しとく」
「だろうな。人間の許容できる痛みじゃねぇからな」
旅館のロビーでバルとトウジが上等なソファに身を沈めてのんびりとしていた。
彼等は嫌というほど灼熱地獄の中にいたわけで、温泉は辞退していた。
またシンジはユイナの意識が戻るまでついていると言って聞かず、部屋で大人しくしている。
「せやけど・・・サンダルフォンのやつ・・・」
「まっ、おまえが気にすることじゃねぇよ。あれは俺に向けてだからな」
「・・・そうやって抱え込もうとしよる。むかつくでそういうの」
ギロッと睨むもバルはあさっての方向を向いてヘラヘラしている。
もう問いつめても無駄だなと、トウジは肩を器用に竦めて席を立つ。
「お、どこ行くんだ?女風呂でも覗きに行くのか?」
間の抜けた問いかけに、思い切り苦笑を噛み潰しながら首から上だけ振り返る。
「阿呆、寝に行くだけや。もうわしは疲れた」
「冗談だよ冗談。んなことしたらアスカに殺される」
「ようわかっとるやないか。ほな、先に休ませてもらうで」
「おう。ゆっくり休めや」
トウジが去ったロビーは閑散としていて静まり返っていた。
他の観光客は何処にも見えない。
長身、銀髪の青年は和風の空間では少々浮いた印象を受けなくもなかった。
誰も見ていないテレビから流れているニュースは、ほんの数時間前に人智の及びつかぬ戦いが繰り広げられたことなど何一つ伝えていない。
それだけ見れば多少の事件はあるものの、この日本という国はだいたいにおいて平和であるように思われる。
(仮初めの平和だな・・・まさに知らぬが仏か)
耳に入ってきた情報を受け流しながら思う。
戦いの事実を知らぬままで世界が存続するのならそれも良いのではないだろうか?
なにもネルフの人間達は自分たちを讃えてもらいたくて戦っているわけではない。
それこそ人知れず、世界の命運を賭けて戦っている。
その方が・・・子供達にとってもいいことなのではないだろうか?
温泉組
「う〜ん、お風呂は命の洗濯ね」
なかなか立派な露天風呂に、早速熱燗をやりながら極楽気分に浸る約一名。
貸し切りのようなものであるため、もうやりたい放題に近い。
そのうちごーせいな舟盛りでも出てくるんじゃないだろうか?
「やっぱり温泉といったらこれよねぇ〜♪」
顔が赤くなり始めているのは温泉の熱だけではないのは確実であろう。
既にかなりの量のアルコールを接種しているようだが、そこは酒豪の名を欲しいままにしているミサトである。
多少暖まって回りが早くなろうともいたって平気で、かなり上機嫌のようだ。
「・・・ミサトってばこんなところでもアルコールなのね」
「なによぉ、文句あるわけ」
「無いけど。でもそんなに飲んでばかりだと、すぐにスタイルが崩れるんじゃないかなって、思って」
意地悪い微笑みをしてアスカは毒を吐く。
ミサトはいきなり立ち上がって、アスカの前に仁王立ちした。
「何処が崩れてるってのよ!」
「・・・お腹。もうビールっ腹確定ね。胸はもうすぐたれるんじゃない?」
辛口一刀両断。
一瞬くらぁっとなったミサトだが、すぐに復活。
意外と・・・ではなく、思った通り図太い反応である。
実際、ミサトのプロポーションは他人に自慢できるものだろう。
顔を含めての容姿は間違いなく美人の部類に入る。
性格的な問題を絡めると少々難はあるが、それでも男性から見たらば魅力のある人物なのは確かだ。
ただアスカの指摘通り、アルコールばかり接種している現在の生活は、そのプロポーションを破壊する要因に十分なりうる。
ミサトももうすぐ三十路だし。
「アスカァ〜!!」
「事実よ事実!」
騒がしくなっているその横で・・・
「温泉・・・美人の湯・・・美人?・・・わからない。お湯に浸かると美人になるの?」
効能について頭を悩ませているレイがいた。
その腕の中にはペンペンがいて、頭にタオルを乗せていたりする。
「クワ〜」
「なにペンペン?」
「クワクワクワァ」
「・・・そう、気持ちいいのね」
何故だかレイとペンペンは会話が成り立っているようだ。
レイはペンペンのとさかの辺りをゆっくりとなで続けていた。
そうこうしているうちに不毛なる女の戦いはひとまず終結をみようとしていた。
「ハァ・・・ハァ・・もう止めましょう。なんのために温泉に入ってるんだかわかんなくなっちゃうわ」
「そ、そうね・・・」
取り敢えず休戦協定を結んで二人は再び湯舟の中に身を落ち着けた。
しばらくして落ち着くと、ミサトは急に真面目な、何処か思い詰めたような顔になっていた。
湯舟を見つめる横顔から、普段のおちゃらけた空気が消えていた。
自然とアスカとレイは身構えてしまう。
「ねぇアスカ・・・」
「なによミサト」
「・・・シンジ君って・・・シンジ君よね?」
「はぁ?あんた何言ってんのよ。そんなの当たり前じゃない」
「・・・じゃああの力は何?今日も火口に飛び込む直前、ほんの少しだけど翼が現れていたわ。この前の3号機の時だってそう・・・あれはいったい何なのよ」
答えをするかどうか、その決定権はアスカにはなかった。
もちろんそのすぐ側にいたレイにも。
だが、ミサトはこの二人が何か知っているであろうことはだいたい見当を付けていた。
突然現れたレイに似た少女、独断で選出されたフォース、そしてトドメが指令に名指しで呼ばれる銀髪の青年。
これら全てがリツコに繋がり、そしてチルドレンに繋がっている。
自分だけが疎外されている、つまり蚊帳の外の追いやられているのではないかと思ってしまっているのだ。
事実は使徒への復讐を考えているミサトが他の戦う理由を見出せていない今、その危険性というものを考慮したリツコの配慮であるのだが、疎外されていると感じても仕方ないのかもしれない。
理由はどうあれ、真相から遠ざけられていることは間違いないのだから。
「・・・葛城三佐」
「なぁに、レイ」
「確かに私たちはあなたが求めている回答を持っているかもしれません。けれど、それをここで答えることは出来ません」
「・・・何故?」
「回答者は一人だけだからです」
「それは・・・シンジ君?」
こくりとレイは首を縦に振る。
「それにミサト、あんたはなんのために使徒と戦っているのか・・・胸を張って言える?」
「・・・・・・・・・」
「アタシも人のこと言えたもんじゃないわ。自分にはエヴァしかない、自分を認めてもらたいって思っていたからエヴァに乗っていたんですもの。・・・でも、今は違う。アタシのことをわかってくれる仲間がいる・・・隣に立って一緒に笑い、泣いて、怒ってくれる人がいる。もう、自分を飾ってエヴァを乗る必要はないの」
「じゃあ、何の為に乗っているの?」
「自分の住む世界を守りたいから・・・かな。自分の力が何処まで通用するかわからないけど、力を持っているというのなら、それをアタシは守るために使いたい」
「それは私たち全員が同じ気持ちです」
「まっ、そういうわけだから。でも別にミサトのことを軽んじているわけじゃないわ。ただ・・・知らないでいた方がいいことのほうが多いってこともあるしね」
アスカの言葉には僅かに陰を感じることが出来た。
その理由を知るのはアスカ本人しかいない。
(そう・・・一度死んだなんて思い出さない方がいい・・・まして・・・アタシみたいに・・・アイツに・・・)
旅館に戻って。
布団に横たえられているユイナは規則正しい寝息をたてていた。
シンジはその横について、何度も額に乗せるタオルを冷水につけては絞ってという行動を繰り返していた。
(ユイナ・・・ゴメン。僕のせいでこんなことになって・・・)
「ん・・・んんっ」
「ユイナっ!?」
「・・・シンジ・・?アタシ・・・」
上半身を起こそうとするユイナを、シンジは慌てて制そうとしたが、いつもの・・・でも少し弱々しい笑顔に負けて手を引っ込めた。
「大丈夫?」
「そんなに気を遣わないでもいいわよ。それより使徒は・・・?」
「・・・トウジとバルが、サンダルフォンを倒したよ」
「そう・・・よかった」
ホッとして、柔らかく微笑む。
その笑顔を・・・もう少しで自分が壊してしまっていたかと思うと申し訳なくて涙が出そうだった。
「ゴメン、ユイナ・・・僕が勝手なことをしたからこんなことになってしまって・・・」
「ううん・・・飛び込んだのは間違っていないと思うわ。でも・・・力は使わないでほしい」
「・・・・・・・・・」
「わかってる。アタシだってちょっと前まであなたの中にいたんだもの。あなたが何を大切として、何を守りたいと思っているのか・・・痛いほどわかってる」
「・・・だったらさ」
静寂。
二人は視線を絡めたまま、動かない。
「・・・力を使っているとき何かを感じない?」
「何かって・・・なんだよ」
シンジは自分の言葉が刺のあるものになっていることに気付いた。
彼にはユイナが何を心配しているのかわかっていない。
だが、心の何処かで自分の行為を正当化しようとする部分があったのだろう。
それがユイナに対する反発という形で現れようとしていた。
シンジはそんな自分を嫌悪する。
「・・・アタシはシンジが力を使う度に不安になる。あなたがどんどん遠くに行ってしまいそうな気がして」
ポタ・・・
「アタシは怖いよ・・・シンジが力を使う度に、シンジが見えなくなっていくんだもの・・・怖いよ」
「ユイナ・・・」
こぼれ落ちる涙は布団に落ちてその染みを広げていく。
その時のシンジの行動はごく自然で、その場の空気に何ら逆らっているものではなかった。
かといって流されたものではなく、シンジの意志による行動だった。
「大丈夫だよ・・・僕は僕だよ」
「・・・信じていい?」
「もちろんっ」
心に垂れ込めていた暗雲が全て晴れたわけではない。
むしろ不安は大きくなっていたのかもしれない。
けれどその時のユイナにとって、その笑顔と自分を包み込んでくれている温もりは、何ものにも代え難い、価値のあるものであったことは事実だった。
「バル・・・ちょっといいかしら?」
「んあ?・・・ワリちょっと寝てた」
垂れかけたよだれを拭きつつ(笑)バルは身を起こした。
気付けば向かい側のソファにはいつもの制服姿ではない、私服を着たマヤの姿があった。
「・・・珍しいな、そっちから声をかけてくるなんて」
「そうね・・・」
マヤは小さな声でそう言うといきなり頭を下げた。
「お、おい、何だよいきなり・・・」
バルは慌てて周囲に視線を配ったが、やっぱり閑散としているために従業員の目ぐらいしかない。
そんなバルにお構いなしにマヤは頭を、額が目の前のテーブルに着くぐらいに下げている。
「ごめんなさいっ!私・・・とても汚いことを考えていた。あなたが・・・火口の中に消えたとき、私・・・」
「ああ、ちょっと待った。ここで話すのはちょっとまずいだろ。外に出ようぜ」
会話の内容を察したためソファから立ち上がり、バルは少し足早に旅館を出ていく。
マヤもその後に付いていって旅館を出た。
外は夕暮れ時なのだが、まだまだ空気が暑い。
湿気を含んだ風がベッタリと体にまとわりついてあまり心地いいものではない。
バルはともかくとしてマヤの額にはうっすらと汗が滲むほどの暑さだった。
二人は黙ってしばらく歩いて、周囲が見渡せる小高いところに出た。
全てが茜色に染まった世界は、まるで普段生きている世界とは別のモノのように思えた。
「綺麗・・・」
「ああ・・・」
その光景を前に二人はしばらく無言だった。
「・・・じゃあ、さっきの話の続きをしようか?」
「ええ・・・、私・・・3号機が使徒と共にロストしたあのとき、一瞬あなたが戻ってこなければいいのにって・・・考えてしまったわ」
マヤの告白を、バルは表情を変えることなくただ静かに聞いている。
「汚いと思った。自分が凄く嫌になった。あなたも、鈴原君も必至に戦っているのに私は何を考えているのだろうって。ごめんなさい・・・私は自分勝手だわ。自分が認めることが出来ない存在は消えてしまえばいい。そう考えていたんだわっ!!」
後半の方はほとんど叫ぶような感じで言葉を発していた。
言い終えても肩で息をして、興奮は全く冷めていないようだった。
「・・・まったく、真面目過ぎだよ。おまえもな。洞木と一緒だ」
「え・・・?」
少し驚いたように顔を上げると、バルの指が鼻を軽く弾いた。
「何をするの」って顔で鼻を押さえつつ睨むと、バルは悪戯をしている子供のようにおかしそうに笑っていた。
「潔癖性ってヤツは辛いなぁ。自分が汚れちまったその瞬間を、ハッキリと自覚しちまう。俺は汚れっぱなしで全く気にならんからなぁ」
冗談で言っているのかどうか、その判断が難しい言い方だった。
元々、こういったしゃべり方をするバルだけに、マヤには自分を揶揄しているのか、それとも冗談めかして励ましてくれているのか判断出来なかった。
バルが軽くウィンクをするまでは。
「気にするなよ。俺もさ、こんな風になって、心ってヤツが酷く難解なモノだってことをだんだんわかってきたんだ。迷い、悩み、苦しむ。前にはなかなか進めないかもしれない。だが、そうやって寄り道をするからこそ、気付くこともある・・・なかなか良くできていると思わないか?」
「・・・許すというの?」
「そんな権利は俺にはないさ。俺のことをどう思おうと、それはそいつの勝手だ。俺が他の奴のことを思うのと同じでな」
「・・・羨ましいわ。そうやって考えられるのって。私には出来ない。すぐに嫌悪してしまうのよ・・・」
「頭っから無理だって言ってたら、出来るもんも出来なくなっちまうぞ。人の可能性ってヤツは様々だ。そいつを信じれば空だって飛べるさっ!」
両手を大きく広げ、それからその場で舞うような仕草をして戯けてみせる。
呆気にとられていたマヤはポカンと口を開けていたが、バルと目が合うと口元に手を当てて、控えめに笑いだした。
「クスクス・・・あなたっておかしな人ね」
「お、初めて人だって認めてくれたな」
「そうね。あなたの方がよっぽど人らしい気がする」
「大事なのはそうあろうとすることだよ。俺は今、使徒よりも人でありたいと思う。もちろん・・・戦う力としては少し、使徒に傾くがね」
少なくとも、子供達の前では人でありたいと思っているのかもしれない。
だから自分以外存在しない世界など、もう求めることはないだろう。
「人でありたいか・・・補完計画は人であることを捨ててしまうことになるのかしら」
「皆一つに融けてLCLとなって・・・そんなのが面白いかねぇ」
馬鹿にするような口調でバルは言う。
「他人が居るからこの世界は面白いんじゃねぇか」
「そうね・・・あなたみたいな人が居るから面白いのかもね」
それはバルが見てきた中でもとびっきりの笑顔だった。
幼い感じがするその顔が、夕日の中で輝いているように見えた。
バルの視線を感じたのか、マヤは少し照れてクルッときびすを返す。
「・・・戻るのか?」
「うん・・・先輩ばっかりに仕事をしてもらったら悪いもの」
「・・・もしかして、ここに残るように言ったのはリツコか?」
ばつが悪そうにマヤは頷いて見せた。
作戦終了直後に気まずい顔をしていたマヤに対して、リツコが上司命令で残したというのが実は真相であったりする。
バルは今頃確信犯的笑顔をしているであろうリツコを思い浮かべて、思わず「お節介め」と呟く。
ただその顔は言葉とは裏腹に、照れたような微笑みが形作られていたが。
「仕方ねぇ・・・俺が送っていってやるよ」
「え?」
返答を待たず、バルはマヤの身体を抱き上げて、いわゆるお姫様抱っこをした。
突然の行動にマヤは思いきり赤面して暴れた。
「おいおい、そんなに暴れると落ちるぞ」
気付けばそこは空と大地の間。
高所恐怖症でもなかったのだが、反射的にしがみついてしまっていた。
「大丈夫だって。周りをよく見て見ろよ・・・」
苦笑混じりのバルの言葉に否がされて恐る恐る瞼を開いていく。
眼下に広がる景色は先程と視点が変わっただけであるが、その雄大さは更に増していた。
普段ゆっくりと見ることが出来ないだけに、その感動は筆舌に尽くしがたいものがあった。
「・・・凄い・・・」
マヤもそれを言うだけで精一杯で言葉を失ってしまう。
「自然ってのはホントに凄いよ。俺達はこの中じゃあちっぽけな存在だ」
「ほんとに・・・そうね・・・」
第三新東京市の少し手前でバルは地上に降りた。
そのまま第三に行っても良かったのだが、そうすると発令所に余計な仕事を与えることになってしまうからだ。
「空中散歩もいいもんだろ?」
「ええ、また飛んでみたいわね」
「ま、いつでも言ってくれればお付き合いいたしますよ?」
顔を見合わせて二人は微笑む。
それまで、何処か刺々しかった感じは何処にも見られない。
包み込んでいる空気には、柔らかさと暖かさが同居しているようだった。
「それじゃあ・・・」
「ああ、また後でな」
後書きのようなもの。
悩みました・・・今回はかなり悩みました。
その結果がこれですから大したこたぁ、ありませんけどね。
ミサトがいつの間にか昇進していることは目をつぶってください!
すっかり忘れてしまっていたんです。
うう・・・この話の中におけるミサトの扱いがこれでハッキリしちゃったなぁ・・・
これから少しは話に絡ませていきたいんですけど、自信はないです。
ミサトファンのみなさんすみません!
あとバル&マヤ。
この組み合わせを予想した人がどれだけいるのだろう?
シャンの中では結構お気に入りの組み合わせだったりするんですけどね。
これまたマヤファンのみなさんすみません!
それでは今回はなんか謝ってばっかですが
次回またお会いしましょう!
それはそうと一万ヒット突破いたしまして・・・本当にありがとうございます。
苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。