傷付けた

みんなを

傷付けた

 

僕はバカだ・・・

救いようのない大馬鹿だ

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第参拾話 あなたはここで

 

 

 

 

僕は闇の中にいた。

たった一人で蹲っていた。

 

何時からそうしているのか、まったくわからない。

そもそもこの空間では時間という概念が通用しないのかもしれない。

 

でも・・・もうそんなことはどうでもいい・・・

もう・・・どうでも・・・

 

膝を抱えていても自分と闇の境界線がぼんやりと、不確かなものになっていく。

僕が闇なのか、闇が僕なのか、もしかしたらこの闇も僕自身なのかもしれない。

きっとそうなのだろう。

ここは僕の心の中だ。

後悔という名の深い海。

絶望という名の淵。

そこに僕はいる。

見上げても光は射し込んでこない。

それ以前に、見上げる気力も力もない。

 

「本当にそう?」

 

誰?

 

唐突に頭の中へ声が響いた。

でも、やっぱり顔を上げることはしない。

 

「あなたは本当にもうどうでもいいと思っているの?」

 

だって・・・僕はみんなに迷惑をかけるだけじゃないか・・・

 

「だからここで蹲っているの?」

 

そうさ。

ここにいれば誰にも迷惑はかけないもの。

 

そう思うからこそ、僕は何もしていない。

何もしなければ、周りに迷惑をかけることなんて無い。

 

「迷惑をかけていない?なにを寝惚けたことを言っているの」

 

ど、どういう意味だよ。

 

全てを見透かしたかのようなその声に、僕はたじろいだ。

 

「感じない?あの子達の思いを。ううん、あの子達だけじゃない、リツコちゃんやマヤちゃん、あなたのお父さんだってあなたのことを心配しているわ」

 

そのとき頭の中に外のイメージが流れ込んできた。

まるで目の裏でフラッシュがたかれているように目の前がチカチカして、思わず頭を抱えて悶えた。

 

 

 

 

「バルに言われちゃったわ。シンジ君が帰って来るって信じていれば、その声は届くって」

 

「理由はどうあれ、子供たちに手を出したら俺はなにするかわからねぇからな。それだけは覚悟しておいてくれよ?」

 

「所詮、アタシの力はアタシの精神力だけで発動させるものだから・・・多くの人の願いが集まれば、もしかしたら・・・」

 

「・・・バカシンジ・・・早く目を覚ましなさいよ」

 

「信じる心・・・ね」

 

「あなたの力でも駄目だっていうのに、人の心にそれほどの力があるのかしら?」

 

「私は・・・今まで何をしてきたのかしら?」

 

「委員長はいつもどおりやればええ。変に気ぃ遣われるとあいつらもよけい気にするやろ」

 

「アタシ泣かないからね。絶対・・・バルが言ったように信じているから。あなたが戻って来るって信じているから」

 

 

 

 

頭が痛い。

喉が灼ける。

指先がチリチリする。

 

様々な顔が浮かんでは消えていく。

いつの間にか・・・その声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

あれからどのくらいの時間が流れたのだろうか。

僕は相変わらず膝を抱えたまま蹲っていた。

外のイメージだけは断続的に頭の中へ流れ込んできている。

何度かここから立ち上がって、上を目指そうと思った。

その度にまた自分を見失ってしまうのではないかという恐怖が、重い足枷となって僕を押し留めた。

 

あのとき、一歩間違えていれば、僕はトウジとバルを殺してしまっていたかもしれない。

取り返しのつかないことだ。

たまたま今回はみんなのおかげで止まることは出来た。

けど、次はないかもしれない。

そう思うと立ち上がるのが酷く恐かった。

 

けど・・・・・・・・・全ては詭弁かもしれない。

 

 

「それがわかっているなら何故立たないの?」

 

またか・・・

 

「ご挨拶ね」

 

誰なんだよ。

僕の心に踏み込んでくるなんて。

 

ここにはユイナやバルでさえ侵入することが出来ないのだ。

僕の心の奥底。

A.Tフィールドに囲まれた、僕の心の檻の中。

バルに浸食されたあのときでさえも、表面の意識を断つに止まった。

それなのにこの声はなんの苦労もなく、前触れもなく、この闇に侵入してくる。

 

でも何故だろう?

不思議と嫌悪感がない。

まるで昔からこの気配を僕は知っているような、そんな気がするのだ。

 

「いつまでここに居るつもり」

 

そんなの・・・僕の勝手じゃないか。

 

「そうはいかないわ。前も言ったように、あなたがここにいるだけでみんなに迷惑をかけているのよ?」

 

・・・だからと言って外に出たらもっと迷惑をかけてしまう。

 

「そう・・・だったら・・・」

 

急に声の調子変わった。

それまで僕がどんなにつっけんどんに返してもどこか温かい感じがしていたのに、まるでナイフを突き付けられたような錯覚に陥った。

 

「あなたはここで死になさい」

 

放たれた言葉は、僕の想像していた以上に重く、そして鋭かった。

 

そのときになってやっとわかった。

声の主が誰であるか。

信じたくなかったけど

信じたくなかったけれどそれは

 

なんで・・・何で母さんがそんなこと言うんだよっ!!

 

「あなたが生きている限り、この世界は続くわ。でもあなたが死ねば、少なくとも今抱えている苦しみからは解放される。あなたも元の世界に戻る。もう一度初めからやり直しになるけれど、あなたがここでずっと蹲っているよりも何倍もましだわ」

 

だからって・・・だからって・・・・

母さんは僕が嫌いなの?

母さんは・・・僕なんか要らないの?

 

「少なくとも、ここでこうしているあなたは私の息子ではないわ・・・もう一度言うわね。戻る気がないなら、あなたはここで死になさい。それが他の人の救いになる」

 

この言葉を最期に、声は遠退いていった。

僕の勘違いかもしれないが、最期は母さんが悲しそうな笑顔で言い残していったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんの声はもう聞こえてこない。

けれど相変わらず答えが出せないまま、ず蹲っていた。

母さんの言うことが本当ならば、僕は元の世界に戻れるのだろう。

 

果たしてそれでいいのだろうか?

たしかにここは僕が本来いるべき世界じゃない。

だからといって見限っていいのか?

アスカは、綾波は、トウジはどうなる?

せっかく分かり合えたのにバルはまた敵になるのか?

ユイナは・・・・・・・・・

 

全てが僕の選択にかかっている。

みんなの運命が。

傲慢なことだが事実らしい。

 

それに・・・こんな気持ちで、みんなを見捨てて元の世界に帰ったとして、僕に何が出来るというんだ。

これじゃなにも変わっていない。

戻ったって変われやしないじゃないか。

自分が嫌いになるだけだ。

それじゃ何にもならない。

前よりも酷くなるんじゃないだろうか。

 

足りないのはたぶん・・・陳腐な言葉だけど、勇気。

結果を恐れず、自分を信じて前に進む勇気が僕には足りないのだろう。

 

 

 

そんな風に悩んでいる間にも、相変わらず外のイメージは頭の中でグルグルと回り続けていた。

時間的な感覚が皆無なのでどれだけの時間が流れたのかわからない。

 

 

あるとき、僕は妙な喪失感を覚えた。

まるで心の半分を持っていかれたかのような感覚。

風穴が空いてしまったような気分。

 

最初はそれがなんなのかわからなかった。

だが、僕はわかってしまった。

なにが失われたのか。

 

まったくの不意のことだった。

母さんの声がしてからというもの、絶えず僕の中にあった翼の片割れと反応していたもう一方が消失したのだ。

それはつまり、ユイナが消えたこと同義。

 

嘘だろユイナ・・・

ダメだよ・・・

君はいなくなっちゃダメだ!

 


 

久しぶりに光を見た。

それはとても眩しくて、目を開けているのが辛いと思うほどだった。

でもそんなことを気にしている暇はない。

 

「ここは・・・病室?」

 

ここにはあまり良いことではないのだろうが、結構馴染みがある。

サキエル戦の直後にもお世話になった。

ラミエルの時にもだ。

 

「・・・こんなところで寝てる場合じゃない・・・行かなきゃ」

 

窓から外を睨み、翼の力の残滓を頼りに彼女の消えた場所を探べく神経を研ぎ澄ます。

この力の解放と共に僕の背で白銀の翼が広がった。

あのときと同じように力が僕を支配しそうになる。

だがこれは力そのものではない。

力に依存しようとする僕の心、もしくは力に対して抱いている潜在的な怯えだ。

自分の意志で光ある場所に戻ってきた以上、目を背けてはいけないことであるはず。

 

逃げちゃダメだ

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだッ!!

 

今は完全に力を持て余している状態だってことはよくわかっている。

けれど力は壊すためだけにあるわけじゃないはずだ。

何かを守るためにある力だってあっていいはずだ。

僕の力はそうありたい。

みんなを守る力でありたい。

 

実に単純な答えだと思う。

これは初めからわかっていたのかもしれない。

突き詰めていけば力は力でしかないのだ、と。

 

 

僕は飛んだ。

半身を求める翼の赴くままに。

その先にユイナがいると信じて。

 


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後書きみたいなもの。

 

ついに「WING OF FORTUNE」も参拾話を迎えました。

なのにここんとこペースが落ち気味のうえ、短くてすんません。

 

割とこういう書き方は好きですね。

何が良いかって言うと、語彙がたらんでも誤魔化せるところ。

ナハハハ・・・冗談です。

 

ユイの一言はきつかったかもしれませんが、まっ、あのくらい発破をかけなきゃいけなかったなぁ・・・と、でもやっぱりちょっとやりすぎかと思い反省中です。

でもあれはいちおうユイなりの心配の仕方なので、わかってやってくださいな。

ただ流されてそこにいるのならば、苦しいだけですからね。

それでは、次回また。

 

苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。

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