シンジの戦線離脱により、戦力低下を余儀なくされたネルフ。
だからと言って使徒は待ってくれるわけもなく、ゆっくりとだが確実に侵攻してきていた。
今回現れたのは何処からどう見ても球体でしかない使徒レリエル。
球体というある意味異形の者よりも異様な姿で、どういった攻撃方法を採るのか。
皆目見当もつかないというのがネルフ側の本音であった。
「チッ、シンジが動けねぇってときに・・・」
「仕方ないわ。私たちだけで迎撃しましょう」
「やれやれ・・・嫌な予感がするぜ」
「それを振り払うことが戦いに出るってことでしょう?あなたらしくないわよ、バル」
「はいはい・・・俺はいつでも強気でいなきゃいけないんだよな。そう・・・あいつが戻ってくるまでは・・・」
WING OF FORTUNE
第参拾壱話 広がる影
「やれやれ・・・どうしたもんかね」
発令所でその動きを窺っているネルフスタッフの中にバル=ベルフィールドはいた。
周囲の者と同じ制服に身を包んでいるものの、その銀髪と紅玉の瞳のおかげ何処から見ても彼と判別できる。
これまでネルフは通常兵器での攻撃を仕掛け、様子を見ていたが、地上に陣取った使徒はそんなものを全く意に介していないようだった。
ここらへんは当然ながらネルフ側も十分予想の範疇である。
「ふぅ・・・しっかし、レリエルか・・・」
「なにか嫌な思い出でもあるの?」
「・・・あんまり得意じゃないんだよ。あいつは」
苦虫を噛み潰したような顔でモニターを見るバル。
四機のエヴァはそれぞれ零号機、初号機が地上にて使徒を包囲した上で待機しており、残りの弐号機は発進体勢を整え、いつでも出撃可能の状態で射出口に止めてあった。
3号機はパイロットにまだ不安があるため大事をとり、ケイジにてとん挫したままだ。
よってバルが発令所にいるわけである。
「得意じゃない?仲が悪いって訳じゃないのね」
「仲が良いとか悪いとか、そういう次元じゃないんだよ。なんせそう感じる心ってヤツが酷く鈍かったからな」
「だから苦手、と言う他がないという訳ね。なるほど、あなたらしい言い方だわ」
「誉められていると思っておくよ。それよりリツコ、あれのデータは出せたのか?」
「・・・まったくお手上げね」
珍しく大袈裟なジェスチャーをしてみせるリツコに「ほっ」とバルも肩を竦める。
「リツコがダメなんじゃなぁ・・・」
少々意地悪な光の宿った目で、その横のショートカットの女性を見やる。
「な、なによバル。たしかに私は先輩みたいにはいかないけど・・・ちゃんと努力してるんだからね」
「ははっ、わかってるわかってるって。だが・・・質量が無い体か・・・これはまた厄介だな」
マギの弾き出した回答は、目の前に浮かんでいるものに実体が無いということである。
そこに存在すれば当然付いて回るはずの質量が、全く計測されないのだ。
これには使徒が人間の常識の通じない相手だということはよく分かっているネルフ面々でも、首を傾げざるを得なかった。
ついでに同じ使徒であるバルでさえも、この状態を打破するための方策を打ち出せていない。
まさにリツコの言う通り全くもってお手上げな状態であった。
だが、幸いと言うか、使徒の動きは第三新東京市に現れてからすぐに緩慢となり、数時間が経った今では完全に停止していた。
おかげで比較的のんびりと(といっても神経は張り詰めている)作戦を練る時間を与えられていた。
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとエヴァ四機のA.Tフィールドで圧殺しちゃえばいいでしょ」
「あのなぁ・・・質量がないんだから圧縮されようが、なにされようがききゃしないんだよ」
「だからってこんなことしてても時間の無駄じゃない!」
アスカが苛立つのも無理はなかった。
ただでさえ自分が待機指令を受けて前線に出られない状態なのに、その上全く動きがないのだ。
数時間も待ちぼうけを喰わされては彼女でなくとも苛立って当たり前だろう。
「しかし・・・ふむ、A.Tフィールドで圧殺か・・・」
「どうしたの?あなたが無駄だと言ったばかりよ」
顎をさすりながら、自問していたバルは振り向いたリツコに小さく頷く。
「いや、そうだけどな。・・・ダメもとで捕縛してみる価値はあるかな、と思ってな」
「捕縛・・・」
「そうでなくともあそこに本当にレリエルのヤツがいるなら、A.Tフィールドの干渉に対して何かリアクションがあると思うんだ」
「それがなかったら本体は別のところにいるってこと?」
「ご名答。流石はリツコ、話が早くて助かる」
バルはニヤリと笑みを残してその場から消えた。
直ぐさま弐号機と3号機(パイロット無し)の発進準備を始めた。
「・・・・・・・・・」
動き出した発令所の中で一人だけ複雑な顔でモニターを睨み続けている人物がいた。
口を真一文字に結んで、ジッと身じろぎもしない。
まるでそこだけ時間が止まっているかのようでもある。
「・・・ミサト」
「わかってるわよ。わかってる。彼を信じなければいけないって言うんでしょ?・・・わかってるんだけどね」
使徒に対するわだかまり。
未だにそれがたった一言の言葉を紡ぐのを邪魔している。
「・・・ならいいの。ここの指揮官はあなたよ。準備はするけど発進の指示をするのはあなただから、それを忘れないで」
「ええ・・・・・・」
(彼を信じるべきか・・・・・・・・・そんなこと分かり切ってることなのにね)
自己嫌悪に陥る一歩手前。
ここ数日の彼女はそんな状態にいた。
「発進準備整いました!」
リツコは未だ動きのない級友を心配そうに見やる。
(私が一言、たった一言を発すればいいのよ・・・たった一言を)
ズキッ
「あ・・ぅ・・・」
「み、ミサト!?」
「だ、大丈夫・・・グッ・・・な、なによ・・・こ・・れ」
突然の頭痛とともに、ミサトの脳裏に様々な情景が広がっていった。
サキエルから始まった使徒との戦い、エヴァシリーズの襲来、戦自の兵士を射殺した瞬間・・・
それぞれが酷く断片的でまるでパズルのピースをぶちまけたように、情報が津波となって襲いかかってきた。
「ミサト、あなたまさか・・・」
「・・・・・・ダメ・・・あれに近づいてはダメ!!」
「あれ?もしかして・・・あのレリエルとかいう使徒のこと?」
「・・・あれは・・・海・・・」
それだけをやっとの思いで伝えると、ミサトはリツコにもたれかかるようにして意識を失った。
オペレーター達が心配げに駆け寄ろうとしたが、リツコがそれを制し、やがて現れた医療班のスタッフにその身を託した。
「あの・・・葛城さんはどうしたんですか?」
日向が恐る恐るリツコに話しかける。
この時のリツコは今までで一番厳しい表情をしていた。
「・・・情報の氾濫に耐えられず、一時的に脳がオーバーロードしてしまったのよ。たぶん大丈夫だと思うけど・・・」
リツコの場合、ゆっくりとそれも少しずつ記憶が紐解かれていったため、あのような状態になることはなかった。
それでもすぐに状況を理解できたのはアスカの前例があったからだ。
一気に戻ってくると情報を処理しきれず、パニックになってしまう確率は非常に高い。
下手をすれば心を壊す可能性もある。
それを避けるために意識を断つという方法が採られるのだろう、とリツコは思っていた。
「でも・・・ミサトの思い出し方は特異ね・・・もしかして使徒がキーワードだったのかしら?」
あの様子では他の誰よりも思い出している事柄が多い確率がある。
戦っていた子供たちよりも多く。
それはそれで情報が手に入るのだから一面では喜ぶべき事だろう。
あくまで一面ではだが。
その情報が役に立つかどうかはまだ未知数である。
「先輩、海ってどういうことでしょう?それに弐号機と3号機はどうしますか?」
「・・・そうね、責任者もいないことだし、使徒も相変わらず動きがないから・・・」
と、リツコがモニターを何気なく見上げたときだった。
使徒の監視を行っていた青葉が狼狽した声をあげた。
「し、使徒の影が拡大していきます!!」
「え・・・影が?」
拡大する影は一番近くに配置されていた零号機に迫っていく。
しかもビルの影に配置されていた零号機からは、拡大する影の動きを確認できていなかった。
「あの影・・・まさか・・・」
ミサトが意識を失う前に残した”海”という単語と、リツコの記憶の中に沸き上がった言葉。
その二つが符合し、最悪の予想を弾き出した。
「レイッ!逃げて!!」
リツコが叫んだのは一足遅かった。
既に零号機の左足が影に捕らわれ、ずぶずぶと沈み始めてしまっていた。
どうにか右足を踏ん張り、それ以上飲み込まれないようにと抵抗していたが、影が更に拡大しているためその右足が飲み込まれるのも時間の問題だ。
「やっぱり、ディラックの海!!」
憎々しげに爪を噛む。
判断が遅れたことをリツコは大いに悔やんだ。
(まずい・・・上に浮かんでいたのはただの飾りだったんだわ!)
「リツコ!3号機を出してくれ!!このままじゃレイが!!」
「クッ!両エヴァ緊急射出!急いで!!」
零号機が飲み込まれ始めたとき、初号機もまた動き出していた。
影の拡大は、ジッとしていれば初号機をも飲み込もうとしていたが、それよりも零号機の救出が急務だった。
「やっぱりシンジみたいにはいかないの・・・!?」
改めてシンジのエヴァパイロットとしての資質を思い知らされた気持ちだった。
だが今はそんなことを言っているときではない。
ユイナはとにかく沈みかけている零号機の元へ急いだ。
「レイッ、手を!」
初号機がその場に到着する頃には下半身を飲み込まれかけていた。
必死に引っ張り上げることで徐々に闇から零号機が脱していく。
しかし影はユイナの努力を嘲笑うかのように膨張を続けていった。
やがてそれは初号機の足下へと迫る。
「・・・ユイナ、私はもうダメ。あなたまで巻き込まれることないわ」
「そんなこと・・・っ!」
手を離そうとする零号機を初号機は決して離そうとはしなかった。
だが確実に初号機も影にはまりつつある。
「・・・マヤ、零号機と初号機のエントリープラグの強制射出、用意して」
ことの成り行きを見守っていたリツコは静かに耳打ちをした。
「エヴァ二機を失うのはたしかに大きな損失だけど、あの子達の命には代えられないもの」
「そうですよね・・・エヴァはまた造ればなんとかなりますからね。・・・あっ!!」
「どうしたの?」
「ダメです・・・初号機はいいんですが、零号機のプラグは・・・」
射出後の軌道を計算していたマヤは手を止めてリツコを振り返った。
そう・・・ディラックの海へのゲートとなっているレリエルの影に対し、背を向けている状態の初号機はかまわないのだが、半身になっている零号機はプラグ射出を行うとそのまま影の方向に飛んでしまうのだ。
拡大する前だったならば飛び越していたのだが、今の状態ではそれも不可能。
初号機だけを射出してしまった場合、当然残された零号機は漆黒の海の中へ真っ逆さまだ。
無力さを突き付けられたリツコは、憎々しげに親指の爪を噛んだ。
沈みかけていた零号機と初号機を助けたのはオレンジ色の光だった。
前回、シンジ捕縛に使用したA.Tネットの変形版である。
球体を一直線に並べることで鞭かロープのような形態のフィールドをつくったのだ。
光は二体に絡み付いて沈降を一時的に停止させた。
無論、それをしたのはバルディエルだったが・・・
(クソッ、俺だけじゃあ二体のエヴァを引き上げられない!?)
このときになってトウジに大事をとって休ませていたことを悔やんだ。
トウジが乗ってこその3号機、三つの要素が揃ってこそ真にバルディエルでありえるのだ。
今の状態はあまりに不完全だった。
「バル、そのまま頑張ってて!」
短い言葉を残し、赤い風がその横を走り抜けていく。
「ユイナっ!」
「アタシより先に・・・レイを・・・」
「わかった!もう少し辛抱してちょうだい!!」
弐号機は初号機が掴んでいた零号機の腕を全力で引っ張り上げた。
その力でゆっくりとだが、零号機の下半身が闇から脱していく。
「こんちくしょーーー!!こんな所で・・・こんな所で失ってたまるもんかぁ!!」
ズルッ
「っ!!」
闇を抜け出た零号機。
引っかかりが急になくなったために、弐号機と零号機は折り重なるように倒れてしまう。
しかも間の悪いことに、バルディエルの発生させていたA.Tロープも途絶えてしまった。
「ユ、ユイナっ!!」
三体のエヴァが再び体勢を立て直したときには、既に体の大部分が沈んでしまっている初号機がいた。
間違いなく零号機の時よりも状況は悪化している。
手も届かない。
バルは消耗しすぎてフィールドの形成が出来ない。
沈んでいくのを見ていることしかできなかった。
「・・・アハハハッ・・・ドジだね、アタシってさ」
沈んでいく初号機の中、ユイナの視界には天に向かってそびえ立つビルと、青い空が見えているだけだった。
自嘲気味なその科白は静かに響いていき、容赦なく聞く者の胸を、心を剔っていった。
「何言ってるのよ!ほら早く手をっ!!」
「アスカ、残念だけど、もう腕が上がらないのよ・・・」
弐号機は必至に手を伸ばすが、誰の目にも届かないことは明らかだった。
だがアスカは必至に伸ばし続けて、自分の足下に影が広がってくる影にさえ目もくれていなかった。
「ふざけるなよ・・・お前が・・・お前がいなくなってどうするんだよっ!!」
ずるずるとやっとの思いで立ち上がる3号機。
咄嗟のことで力の調節に気が回らず、無秩序に力を放出してしまった結果だった。
バルならば回復するのもそう時間がかかることではないのだが、今行動を起こすには時間が無さ過ぎる。
(クソッタレ!動けよッ!!動いてくれ!)
バルの焦燥とは裏腹に、3号機の四肢には全く力がこもっていなかった。
「ユイナ・・・」
「レイ・・・立場が入れ替わっちゃったね。でも、まだアタシは諦めない・・・諦めたくないよ」
もうすぐ闇の中に放り込まれる。
諦めないと口にしながらも重い現実を目の前にして、ユイナはレバーから手を離して自分で自分を抱き締めていた。
それでも抑えきれず、カタカタとその小さな体が小刻みに震えだしている。
不安。
押し潰されてしまいそうだ。
恐怖。
体の震えが止まらない。
絶望。
この先に・・・・・・待っているもの。
(お願い・・・誰か・・・・・・誰か助けて・・・)
それが出来ないことはよく分かっていた。
今更プラグを射出してももう間に合わない。
翼を広げて飛ぶ選択肢もあるが、それにはプラグをイジェクトした状態でなければならず、それも体の大部分が沈んでしまった今では不可能だ。
零号機を助けた直後ならば可能だったのだろうが・・・
「シンジ・・・やっぱりアタシ怖いよ・・・一人なんて嫌だよぉ・・・」
耐えきれなくなった不安から滲み出た嗚咽混じりの科白を残して、初号機は消えた。
そしてその場所にはまるで何事もなかったかのように、球形の影が浮かんでいた。
初号機が消失してから二時間が経過した。
意識を取り戻した葛城ミサトを交え、ネルフは作戦会議を開いていた。
「・・・俺のせいだ・・・俺がもっと踏ん張っていれば、こんなことにはならなかったんだっ!!」
「バルのせいじゃないわ。私たちの対応もまずかったのよ」
「いや、ディラックの海に一番最初に気付くべきだったんだよ、この俺が!クソッたれ!なにが子供たちを守るだ。守れてねぇじゃねぇか!」
激しく拳を机に打ち付けるバル。
痛みを感じないこの体がこれほど歯痒いと思ったことはない。
そしてリツコもずっと爪を噛んだまま、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
先程からバルとリツコはずっとこの調子だった。
お互いに自分が悪いと言い続けるだけで全く前に進んでいない。
この二人にしては珍しく非生産的な行為を繰り返していたのである。
「二人とも・・・その辺にしておいてくれる?私たちがすべきことはこれからの対策よ」
「「ミサト・・・」」
「リツコもバルも、あなた達はなにもまずいことはしていないわ。あのときあなた達は、自分の最良だと思える行動をしていた、そうでしょう?それにあの場所にいることさえ出来なかった私は、あなた達よりも責任が重いわ」
そう・・・彼女は作戦本部長である。
作戦行動時に倒れて現場にいませんでしたなんて話にならない立場なのだ。
責任という点では二人よりも遙かに重い。
「もし悔やんでいるなら前を見て、この状況を打破することを考えて・・・・・・・・・悔やむだけじゃ前には進めないわ」
「ミサト、あんた・・・」
「もうゴチャゴチャ言うのは止めたの。なによりも一番怖いのが人だってわかったしね」
使徒との戦いは利用されていたにすぎない。
やはり戦いの詳しい部分は思い出せていないのだが、それがゼーレという組織によって仕組まれていたことだというのはハッキリとしていた。
それがおそらくミサトにとって最も印象深いことだったのだろう。
「・・・あんたいい女だな」
「ふふっ、口説いているのかしらそれ?でもダメよ。まぁ・・・この状況を無事脱したら、一緒にお酒のみに行くのはいいかもしれないけどね」
「そりゃどうも。酒を飲んで親睦を深めるってのも悪くないわな」
「もちろんあなたの奢りね」
ほんの少し笑みを浮かべて、ミサトは冗談っぽく言った。
それを聞いてバルは「もう安心か・・・」と蚊の鳴くような声で一人ごちる。
背中にちょっと射たい視線を浴びていたため、頬のはじの方が少しひきつっていたかもしれない。
一時、空気が和んだところでミサトが咳払いをし、改めて表情を引き締めた。
「さて・・・ディラックの海に関する説明は、さっきしたからいいわね?」
「ああ」
「じゃあ、これからどうするかだけど・・・リツコ、初号機の電源はどのくらいもつの?」
「生命維持モードで一日ってところよ。でもあの中の時間の流れが、ここと同一とは断言できないからなんとも言えないわ」
「それと問題なのは精神汚染だ。ユイナは翼があるからなんとかなるとは思うが・・・」
「ふむ・・・そうなると時間的余裕はないと考えた方がいいわね」
事実の羅列だけで絶望的な未来が広がっている気がした。
「何か手だてはないものかしら?」
答える者は誰もいない。
異次元空間であるディラックの海に入って初号機を見つける。
もうこれだけで既に通常の人間には不可能な作業だ。
バルならば出来ないことも無さそうだったが、彼には探す当てがない。
同じ入り口から入ったからといって、同じ場所に出るとも限らないのだ。
加えてさすがに彼でも、今のような心を手に入れた状態でディラックの海に長期間放置されたら、精神に異常を来す可能性がかなり高かった。
「・・・結局、打つ手無しって状況に戻っちゃう訳ね」
「ねぇ、ミサト。あなた今回の使徒をどうやって倒したのか思い出していないの?」
藁にも縋る思いの問いかけであったが、ミサトは溜息を一つ吐くとあっさりと肯定した。
「思い出してるわよ。今回のは私にとってよっぽど強烈なシーンの一つだったみたいね」
思い出したのは前述のゼーレのことを除くと、実はほとんどが初号機の暴走シーンだったりする。
サキエル、レリエル、バルディエル、ゼルエル・・・あと例外として渚カヲル。
「凄惨だったわよ・・・初号機の暴走した姿は」
「暴走・・・そう・・・そうなのね」
リツコは下唇を噛んで俯いた。
初号機の暴走。
あれはシンジが乗っていればこそ、発生する特異な現象だ。
いくらユイナがシンクロ出来ても、暴走を引き起こす要因にはならないことはリツコが一番わかっていた。
「やっぱりシンジ君じゃないとダメなのね?」
「ええ・・・彼じゃないと初号機の暴走はあり得ないわ」
「万事休すか・・・」
部屋全体に暗いムードが漂ったそんな折、会議室に一本の連絡が入った。
「ん、なに?今は会議中で・・・え!?シンジ君がいなくなった!?」
暗い影。
ぽっかりと口を開け、まるで誘っているように見える。
「ここだ・・・ここで翼の力が途切れてる」
白銀の翼を広げた少年、碇シンジは球体に目もくれずに異次元へのゲートの前に立っていた。
翼に導かれるまま病院を抜け出したあと、気が付いたときにはここにいたのだ。
「シンジッ!!」
「バルか・・・ユイナはここにいるんだろう?」
後方から飛んできた声にも動じることもなく、首だけ振り返ってすぐにまた影に視線を戻す。
「・・・ああ、ディラックの海にのまれちまった。すまない、俺がもっとしっかりしていれば・・・」
「いや、この結果は僕のせいでもある。僕がウジウジしているから、ユイナは初号機に一人で乗らなきゃいけなかったんだ。僕らが揃っていれば、翼の力が完全だったなら、こんなことにはならなかったはずだ」
(雰囲気が変わった・・・?)
バルにはその時目の前にいる少年が、一瞬別人のように思えてしまった。
それは暴走しているときのような冷徹なものではなく、暖かさと力強さ、そしてどこかしら儚さを感じさせた。
「バル、僕はユイナを助けに行く。止めないでくれよ」
「へっ・・・バカ言うなよ。誰が止めるなんて言った。こいつを持ってけって言いたかっただけさ」
バルが投げてよこしたのはA.Tネット展開に使った球体のミニチュア版だった。
「それは俺の一部を埋め込んで作ったものだ。たとえ次元が違おうが、信号を受け取ることが出来る。初号機を見つけられたらこいつを壊せ。歓迎の準備をして待っててやるからよ」
「もし・・・見つけられなかったら?」
「そのときは、そのときだ。どっちにしたって戻って来られなかったらこの世界はやり直しだからな」
「リセットボタンは、僕か」
「そういうことだ。・・・・・・必ず帰って来いよ。まだ俺達は終わっちゃいない」
天使になり損ないの少年はうっすらとした微笑みを残して闇の中に沈んでいった。
黒い天使は彼の手が闇に消えるのを見届けてから、呻くように言葉をもらした。
「まだ俺達はゲームオーバーじゃない・・・諦めなければ終わりにはならない・・・そうだろ?」
後書きみたいなもの。
暴走から三話でようやくシンジ君復活です。
もう使徒の順番なんかは完全にシャッフル状態。
まぁ、コミックスのように話自体が削られていくわけじゃないですけどね。
さて、次回は遂にシンジ君が主役らしくなる・・・と思います。
あいかわらず展開が頭の中でころころ変わっていますから、断言できないところが痛いですが。
それでは。
苦情・感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。