あれからどれくらい時間が経ったのかさえもわからない。

そう感じることができるのならば、取り敢えずアタシがまだ生きてるということだけは確からしい。

 

ただ・・・眠い。

こういうとき、何時か見たテレビなんかだったら「寝るな!」って誰かが肩を揺さぶったりするんだろう。

だが生憎とアタシは独りぼっち。

誰も起こしてはくれない。

 

ふふっ・・・バカね

こんなとき、変なこと考えて

 

いや、こんな時だからこそかもしれない。

死が目の前にあるというのに、とても落ち着いている自分がいる。

それが滑稽なような気がした。

 

ここに引きずり込まれたときは怖くて仕方なかったのだが、不思議と時間が経つにつれて感覚が鈍くなっていった。

いまでは恐怖はほとんど薄らいでおり、奇妙な安らぎさえ感じているぐらいだ。

もしかしたら恐怖を感じる部分が麻痺してしまったのかもしれない。

 

電源ももう残り少ないのか、LCLの循環効率も悪くなり、電化しきれない液体が澱んできていた。

このLCLのおかげで私は命を繋いでいるけれど、これが循環されなくなったらあとは静かに死を待つだけ。

 

「・・・ユ・・・・・・・イナ・・・」

 

ダメだ。

幻聴まで聞こえてくるなんて。

 

最期にシンジに会いたかったなぁ

あのいつもの笑顔で・・・

 

「・・・ユイナッ!!」

 

え?

 

「返事をしてくれっ!お願いだユイナ!!」

 

間違いない・・・本当に本当のシンジだ

 

思わず涙が出そうになった。

シンジの声がするのだ。

それまで萎えてていた生きたいという願望が再び顔を上げるのを感じた。

同時に死に対する恐怖が沸き上がってきて、耐えられなくなって最後の力を振り絞り叫んだ。

喉が潰れたってよかった。

この声が届いてくれれば。

 

 

「アタシはここだよ、シンジっ!!」

 

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第参拾弐話 振り払う光

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、止めなくて良かったの?」

 

発令所は使徒戦の最中とは思えないほど閑散としていた。

メインスタッフではリツコとマヤ、そしてバルだけがここにいる。

他のスタッフはもしものときのため、N2の掻き集めに奔走しており、アスカとレイも即出撃可能な状態で待機中だ。

先程と同じ轍を踏まぬ為に、トウジも3号機に乗るべく待機している。

 

「・・・最後のチャンスだよ、こいつは」

「最後のチャンス・・・?」

「ああ、シンジが戻ってきたとはいえ、本当に力を使おうとする心に打ち勝てるかどうかはわからない。そこへきてディラックの海だ。あそこはある意味で自分を知るにはおあつらえ向きの場所だからな」

 

深層心理を見せつけられる空間それがディラックの海だ。

一度自分の力に依存しようとする心に負けてしまったシンジにとって、かなり危険な場所だと言えよう。

だが、だからこそバルはシンジを止めなかったのだ。

大きな力を持つ為にはそれなりの心構えが必要となることを知っていたから。

 

「けど、あなたの言ったやるだけましな方法・・・どうやら当たりだったみたいね」

「・・・そうでもないさ。結局は人の心の力だ。それにあれを考えついたのは俺じゃない」

「え?じゃあ誰が・・・」

 

ふぅっとバルは一つ息を付いて動きの見えないレリエルから視線を外した。

 

「碇ユイ、本人さ」

 


 

闇に飛び込んだシンジは十数時間に渡って捜索を続けていた。

力の残滓を追ってきた彼であったが、この空間に入ってからはそれを見失ってしまったのだった。

そのおかげで時間の経過の仕方がここと外では違うのだと認識することが出来た。

彼自身は集中によって麻痺している感覚があるのか、まだ疲労の色は出ておらず、その代わり焦燥が濃くなっている。

 

「・・・まさかもう・・・」

 

一瞬、最悪の予想図を思い浮かべたが、ブンブンと頭を振ってその考えを追い出す。

 

「ううん、ユイナはそう簡単に・・・・・・頼む、翼よ。君の半身は何処にいる?君の主は・・・」

 

願いが届いたのか、不意に一枚の羽根が抜け落ちた。

シンジの周りを数週円を描いてから一直線にある方向に向けて飛んでいく。

 

「!・・・こっちか!?」

 

光の軌跡を残して飛んでいく羽根を、シンジは更に光の粒子を撒き散らしながら闇の中を追う。

その間にもシンジは声を張り上げていた。

声が響く空間なのかどうかということは彼には関係のないことだ。

 

「ユイナ・・・何処にいるんだい?返事をしてくれっ!お願いだユイナ!」

 

 

「アタシはここだよ、シンジ!!」

 

 

「!!」

 

飛ぶスピードが更に上がった。

少年の表情には迷いはなく、確信、そして歓喜に満ちていた。

 

 

 

そして、遂に胎児のように丸まっていた紫色の巨人・・・エヴァンゲリオン初号機を見つけることとなる。

 

 

「これは・・・A.Tフィールド・・・?」

 

丸まっている初号機を更に包み込むように、翼のような光が存在していた。

それはまるで初号機が背に十字架を背負っているかのように見える・・・そんな姿だった。

シンジが触れようとすると全く抵抗がなく、指先は光の中に溶け込んでいく。

不思議そうにシンジが指先を見やっていると光は消え、初号機のエントリープラグがハーフイジェクトされて一人の少女が飛び出してきた。

 

「シンジッ!!」

「ユイナッ!!」

 

二人の背から生えた片翼づつの白銀の翼は、お互いを包み込むように淡い光を放った。

少女は少年にきつく抱き付いて涙を流した。

しかしそれは歓喜の涙であり、哀しみから来る涙とは全くの別物だ。

少年は最初こそ顔を真っ赤にしていたものの、その後は穏やかな表情を浮かべて泣きじゃくるその少女を優しく抱き留め、ゆっくりと背をなで続けていた。

 

それからしばらくすると、どちらともなく抱き締めていた腕をほどいて体を離した。

二人ともさすがに少し照れたように頬を赤くして、なかなか視線を合わせようとはしなかった。

 

「お帰りなさい・・・シンジ」

「ただいま・・・心配かけたね」

 

ややあってようやくお互いの顔を見てかけた言葉は、この場所には少々似つかわしくないようにも思えた。

しかしそのおかげで、やっと元の調子が戻ってきたようだ。

 

「ホントよ。みんな、み〜んな心配したんだからね!」

「うん、わかってる。何故だかわからないけれど、外のことはある程度知ってるんだ」

「あ・・・それってもしかしてユイさんの、シンジのお母さんのおかげじゃないかな」

「どういうこと、それ?」

「うん。実はバルや姉さん達が夜になると妙なことをしているもんだからこっそり覗いてみたのよ。そしたら、テストプラグの中にシンジを入れて初号機と強制シンクロさせていたの。だからもしかしたらそのときに・・・」

 

シンジは言葉を聞き終えると合点がいったのか、何度か小さく頷いていた。

 

「それじゃあユイナのことも守ってくれていたわけだ・・・」

「ユイさんがアタシを?」

「初号機を見つけたとき、全体を十字架の形をしたA.Tフィールドが包んでいたんだ。気が付かなかった?」

「恥ずかしながら。アタシ、ずっと蹲ってたし・・・それに生命維持モードに入っていて、外の様子は全然分からなかったから。・・・でもよく考えてみたら、電源なんてとっくに切れていたはずよね」

「・・・よし、とにかくこんな所はおさらばしよう。みんなも待ってるし」

 

二人は初号機のプラグの中へと滑り込んでいく。

そこでシンジはバルから託されたものを思い出して、思い切りフィールドで圧力をかけながら握り潰した。

 


 

「ん・・・どうやら狼煙は上がったみたいだな」

 

シンジがユイナを発見したその頃、外の世界でも既にN2の準備が整うほどの時間が経過していた。

零、弐、3号機の各エヴァはN2投下準備をすませて、作戦開始の合図があればいつでも動ける状態だった。

 

「狼煙って・・・・・・見つかったのね!!」

「・・・まだ楽観は出来ないさ。あいつがここに戻ってくるまではな」

 

シンジからの合図を受け取ったバルは、一瞬緊張を解いて息を付いたがすぐに表情を引き締めた。

肩すかしを喰ったような気がしたリツコも、今回ばかりは楽観は出来ないか、と口を真一文字に結ぶ。

 

「・・・どっちにしたってこの世界はシンジ君無しじゃ成り立たないのよね」

「そうらしいわね。私は今回ほど、あなた達作戦部の努力が無駄になってほしいって思ったことはないわ」

 

リツコとミサト。

二人はそれぞれにこの現存するN2を全て投下するという、前代未聞の作戦のために様々な交渉、作業を行った。

(使徒戦自体が前代未聞の代物であることはこの際おいておく)

 

この作戦の発案者はリツコであるが、同時に一番作戦の決定を渋ったのも彼女だ。

戦闘中に一度初号機と零号機を捨てる覚悟をした彼女にとって、パイロットを失ってまでもエヴァを回収するというこの作戦に価値を見出すことは出来なかったのだ。

ならば何故その作戦を展開するために奔走しているかというと、あくまで保険だ。

絶望的な状況に至ってしまった場合の、いつまでたってもシンジが戻らず、使徒が活動を再開したときのための保険。

だから保険は使わないに越したことはないのだ。

 

この際、特にミサトは各関係者の説得に回ったため、その労力たるや計り知れないものがある。

だが、今はその苦労が水泡と期すことを誰よりもミサト本人がそう望んでいた。

これまで子供たちを復讐の道具として見てきたことへの罪滅ぼしであるのかもしれない。

どれだけ都合のいい考え方なのかも、ミサト自身が理解していることだろう。

罪を犯したならば罰を受けるべき、というこの考えが、今のミサトの根底にはあった。

 

「おかしな話ね・・・」

「どうかしたの?」

「自分が一番憎んでいたものを今は一番あてにしているんですもの。まったく我ながら節操がないわ」

「だったらその気持ちを忘れないようにね。恥を知ることは人として重要なことよ。恥知らずな人間になるくらいならば、恥を知り、いくらか後ろ指差されていることを自覚している方がましよ」

「恥を知る・・・か。まるでサムライね」

「あら?あなたにピッタリじゃない」

 

首を少し傾けてうっすらと微笑む旧友に、ミサトは心から感謝したくなった。

彼女がいてくれるからこそ、自分もここにいられるのだという実感が確かにある。

(リツコの性格が丸くなったのもあの子達のおかげか・・・ホントに不思議な子達ね)

 

「どーせ今まで私は恥知らずの女でしたよ」

「ふふっ、拗ねないの。あなたは十分恥を知っているわ。・・・私生活を除いてね」

「・・・ふんっ、後でおぼえときなさい。」

 

こんなやり取りをするのはどれくらいぶりだろうか。

どちらも酷く懐かしい気がしてついつい頬が緩んでしまう。

(友か・・・良いもんだ、ホントに)

ちょっと入っていくのがはばかられるような空気に、バルは羨望の念を抱いていた。

 

彼には基本的に古くからの友人と呼べる存在はいない。

他の使徒の連中は単なる同族と言うだけで、仲間意識などと言うものは更々ない。

ただ相手のことを知っているそれだけだ。

その事で好意の対象とするか、嫌悪の対象とするかは即座には判断できない。

あまりに知っているだけの時間が長すぎたために。

しかし一人だけ例外があるといってもいい。

(今なら少しくらい理解できるかもしれないな、タブリス)

 


 

エヴァゲリオン初号機は白銀の光を放つ十字の翼を広げていた。

その目の前にはもう一体の、ダークカラーのエヴァンゲリオン初号機。

鏡合わせにしたかのような光景。

だがそれは間違いなく現実であった。

 

先程からプログナイフを片手に一進一退の攻防を繰り返し、どちらもかなりの損傷を負っている。

損傷度合いなどからも、次の一撃が勝負を決しそうだった。

そのときおあつらえ向きに二体の間に距離が空いた。

 

「クゥッ・・・っ!!」

「シンジ、大丈夫!?」

「・・・倒さなきゃいけないんだ。僕にはわかる。こいつは僕自身の心なんだって・・・こいつに負けたら、僕はまた逆戻りだ。そんなこと・・・そんなことになるわけにはいかないんだ!!」

 

ユイナは黙ってシンジの膝の上に腰を下ろし、レバーを強く握り込むその手に、そっと自分の手を重ねた。

このエントリープラグは複座式でないため、さっきまでシートの後ろに張り付いていたのである。

 

「ちょ・・・ユイナ!?」

 

張り詰めていたものが緩み、瞬間的に戦いから日常へのスイッチに切り替わった。

そんな慌てるシンジに、ユイナは少し頬が痩けたように見える顔でニッと意地悪そうに笑いかけた。

 

「こうすれば一緒に戦えるでしょ?」

「あ、あのねぇ・・・」

「一人で背負い込まないで。あなたの力は半分はアタシのものなんだから。ね?」

「・・・ありがとう。気負いすぎは・・・良くないか」

 

フッとシンジにも笑みがこぼれ、二人の間に暖かいものが流れる。

そうして二人は再び影を見据えて瞬時に頭を切り替えた。

 

「いくよ・・・ユイナ。次で決める」

「ええ、長居はしていられないものね」

 

次の瞬間、二体の初号機が交錯した。

そして僅かな静寂の後、ダークカラーの初号機は崩れ落ち、その欠片が初号機の・・・そしてシンジの中へと飛び込んでいく。

 

「君は僕、僕は君か・・・」

 

自分の胸の辺りに手を置きながら、その疼きに少しだけ顔をしかめる。

 

「大丈夫・・・なの?」

「なんとか。まだ少し自由になりたがっているみたいだけど、大丈夫さ。これも僕の一部だからね」

 

心配げにするユイナの頭をポンと撫でてシンジは会心の笑みを浮かべた。

笑顔を見て急にユイナは恥ずかしくなったのか、慌てて前を向いてややわざとらしく声をあげた。

 

「それにしても、いったいなんだったのかしら?いくら深層心理を垣間見る場所だとはいってもエヴァが具現化するなんて・・・」

「多分だけど、元々はエヴァ4号機だよ」

「4号機?・・・・・・あ、そういえばアメリカの支部ごと消えたって・・・」

 

 

 

戦いが始まったのはシンジが外界に向けて合図を送った直後のことだ。

どうやってここを脱するかということを相談していると、素体が剥き出しになったエヴァが流れてきた。

それはシンジの目の前で周囲の闇を纏い、初号機そっくりの形になったのだ。

しかもご丁寧に闇の翼を背におって。

 

光と影、二体の完全に力は拮抗していた。

動きの癖までも同じだったため、お互いに隙を突こうとすることが出来そうで出来なかった。

相手がどう出るかがまるで手に取るようにわかったのだ。

それこそ何手も先を読む酷く高度な将棋のようだった。

あのまま続けていたら、シンジがパイロットをしているため疲れという要素がある分、長期戦になればシンジがパイロットをしている分、疲労が表に出るようになれば絶対的に不利だっただろう。

 

ただそれはシンジだけが操縦していた場合の話だ。

そこにユイナが操縦者として介入することで、その状況は崩れることになったのである。

 

「・・・僕だけじゃ勝てなかったかもしれない・・・ありがとうユイナ」

「お礼は良いわよ。シンジが来てくれなかったら、アタシだって危なかったんだし。それより・・・早く帰らない?アタシお腹が空いて倒れそうなんだ・・・」

 

お腹を抱えて舌を出すユイナ。

正直なところ、本当に倒れそうなくらい空腹なのである。

ディラックの海の中では実に絶食して丸二日近く経過しており、更にその状態で戦闘行為に及んだのだから体力の限界も良いところだ。

なんだかんだ言ってもユイナの体は14歳の少女なのである。

 

「そうだね・・・でも翼の力だけで出られるかな?」

「やってみるしかないわ。・・・アタシたちの武器は信じる心よ」

「・・・うん!僕らは戻れる。みんなのいるあの場所へ!」

 

初号機の背から、十字の翼が大きく広がる。

放たれる力は暴走していたときに比べるといくらか劣っているように思われるが、明確な意識を持って制御をしていることを考えれば大した進歩だろう。

だがそれでもここから脱することが出来るかは、未だ未知数という状況だった。

 

二人はレバーに手を重ね、一心不乱に念じた。

打ち合わせなど必要ない。

考えることは一つしかないのだから。

 

「「開け・・・開け・・・開け・・・開け、開け、開け、開け、開けぇぇぇぇぇぇっ!!!」」

 

<私も力を貸すわシンジ、ユイナちゃん・・・>

 

「「!!」」

 


 

「使徒に変化があったって本当!?」

 

それまで完全に活動が休止していたように思われた使徒の変化。

これにより発令所は一気に緊張が高まった。

 

「今のところ何とも言えないわ・・・でも・・・」

 

リツコはチラッとバルの方を見やる。

バルは慌ただしくデータ収集の作業をしているマヤの横で、刹那刹那に変動していくデータを顎に手をあてたポーズをして睨んでいた。

 

「・・・こいつはもしかして・・・・・・トウジ!」

「どないしたんや?」

「・・・歓迎パーティーの準備だ。どっちのシンジかわからないけどな」

「! わかった。A.Tネットを準備して待っとるで」

「頼む。アスカ、レイお前達も3号機をフォローするようにフォーメーションをとってくれ」

「それはかまわないけど、あんたいつの間にミサトの仕事をとってるのよ」

「細かいことは言いっこ無しにしよう」

 

そりゃもっともだと思いながら、たしかにこんなことしてると信頼もくそもないかなぁと思うバル。

顔をしかめていると背後から、バルの内心をあっさりと否定する声がした。

 

「そうね、今はあなたに指示を任せるわ。時間もないみたいだし」

「スマン、ミサト」

「細かいことを気にしないの。ほら、早くしないと間に合わないんでしょう?」

「おう、じゃあここは頼んだぜ」

 

相変わらず音もなくバルはその場から消えていく。

この場の人間は馴れた者ばかりであるからして、驚きもしないがやはり彼が人ではないことを自覚させられる瞬間でもあった。

 

「・・・彼、作戦部に編入させた方が良いかしら?」

 

リツコはミサトの背中に向かって問いを投げる。

現在は取り敢えず技術部所属になっているが、彼はどう間違っても技術屋肌の人物ではない。

ならば高い戦闘能力を有している点からも、エヴァパイロットの中で指示を出す小隊長のような立場があっているのではないかと思っていた。

 

「私の部下?それとも上司?」

「あなた本人はどっちが良いの?」

 

目が合うと二人は小さく、そして同じような笑みを口元に浮かべた。

 

「間をとって、作戦本部長代理っていうのは?」

「あなたの好きにしなさい。司令も反対はしないでしょう」

「そんじゃ、これが無事まとまったら辞令でも出させてもらうわよ」

 

冗談っぽく言うのも緊張を解きほぐすためであろうか。

いや・・・彼女たちは信じていたのだろう。

そこから帰ってくるのが、自分たちの知っている少年と少女であると。

 


 

空中に浮かぶ球体に亀裂が入り、体液が吹き出る。

質量がそれまで存在していなかったというのに、この瞬間からその場に存在していた。

データを取っていたネルフスタッフが、大わらわになって作業におわれ始めたのは言うまでもない。

 

「来るか・・・?」

 

自問めいたバルの声が子供らにも聞こえ、ゴクリと息を呑む。

球体の割れ目から見慣れた腕が現れ、次いで上半身が陽の元に晒された。

血塗れになった初号機は大地に立つと空を見上げ、眩しそうに目を細めた・・・ように見えた。

この時点で、使徒は絶命していることは確実だ。

 

身構えている三体のエヴァをゆっくりと見回してから、皆が待ち望んでいた声が響いた。

 

「「・・・ただいま、みんな」」

 

申し訳なさそうな声が響くと、途端に発令所では歓声が上がった。

使徒殲滅と初号機の帰還。

それが同時に訪れたこともその理由となったが、彼等とて子供たちが無事であったこと、シンジの意識が戻ったこと、その二つを最も喜んでいた。

 

 

「やれやれ・・・気ぃはってて損したぜ」

「いいじゃないの。シンジもユイナも無事だったんだし」

「惣流にしては物分かりがええやないか。ま、わしもその意見には賛成やな」

 

トウジの揶揄もアスカは今回は大目にみて聞き流したようだ。

今の喜びをくだらない喧嘩で潰してしまうのはあまりにも勿体のないことだった。

 

「私も・・・・・・早くケイジに戻りましょう。これじゃ会話も味気ないわ」

「へぇ、レイもそう感じるようになってきたわけね。感心感心」

 

発令所からも四機の回収命令が飛び、それぞれに指示された回収場所に移動を開始する。

初号機も回収ルートに向かい始めていた。

 

「フフフッ・・・」

「どうしたの?何か面白いことでもあった?」

「いや・・・戻ってきたんだなぁって。少なくとも今の僕がいるべき世界はここなんだって・・・ね」

「シンジ・・・・・・。アタシもそうだなぁ、ここが今、アタシがいるべき・・・ううん、アタシがいたいと思う世界」

「いたいと思う・・・そうだね」

 

エントリープラグという閉塞された空間は、ほとんど二人の世界だ。

恋人のように甘い空気ではないが、なかなか割って入ることが難しいという点ではよく似ている。

しかし・・・実はこの空間にもう一つ人影があったのである。

それもこの雰囲気にもめげずに割り込むことの出来る人物が。

 

「二人とも、良い雰囲気なところ邪魔をして悪いけれど・・・私はいつまで裸でいればいいの?」

「「あ・・・ごめんなさい」」

 

その人物の名は碇ユイといった。

 


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後書きみたいなもの。

 

属性は特にないと言っていたのに・・・なんだか雲行きが怪しくなってまいりましたねぇ。

書いていたらそうなってしまったのですから、仕方ないんですけど。

参拾弐話にもなるというのに、あいかわらずいい加減だなぁ、自分。

あと二、三話もしたら、やっとこさ外伝に着手することになると思います。

実際には外伝といっても、時系列を考えればそのまま続編ということになりますけど。

ならいっそのこと外伝ではなく、そのまま本編に組み込むべきかもしれませんね・・・

でもやっぱり主にバルの視点でやるつもりなんで、扱いは外伝のほうがいいのだろうか?

う〜ん・・・悩む。

 

そんでは。

 

感想等お待ちしてますんでこちらか掲示板にお願いします。

誤字脱字の指摘もあればお願いいたします。

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