「シンジ君、あなたには三日間、独房に入ってもらうわ」

 

二度目の勝利を飾ったシンジに送られたのは勝利への賛辞でも、労いの言葉でもなかった。

軍隊において命令違反は重罰ものである。

ネルフは厳密には軍隊ではないが、階級制度などから見られるように軍隊色がかなり強い組織だ。

そこへ来てシンジは再三の撤退命令を無視して戦い続けた。

もっと重い処罰でも当然なのだが、彼が十四歳の少年で軍属ではないということ、現在戦えるパイロットが彼しかいないということ。

この二つの理由から極めて軽い、三日間の禁固となったのであった。

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第六話 戦いの合間

 

 

 

 

 

おおよそ独房っていうところは暗くて、狭いのが相場だ。

そして、ネルフの独房もご多分に漏れることなく、期待通りの部屋だった。

 

「狭っ苦しい部屋ねぇ・・・」

 

部屋の中をキョロキョロ見回したり、くんくんと匂いを嗅いだり。

それで導き出されたユイナの感想はこの一言にまとめられた。

 

「だから独房なんだろ」

「あ、そっか。で、どうする。アタシにいて欲しい?」

 

ちょっぴり意地悪な笑みを浮かべてユイナはシンジに言う。

これに対してシンジは少し困ったような、照れたような顔で頬を掻く仕草をした。

まるで母親と子供の会話で「一人でお留守番出来る?」と言っているようなものである。

からかわれているとわかっているシンジだが、咄嗟にうまくかわせないところはやはりシンジであった。

 

「いいよ。一人じゃないと何にも罰にはならないし」

「それならアタシはレイのところにでもお邪魔しようかしら」

「・・・綾波に迷惑かけないようにね」

「ムッ、聞き捨てならないわねぇ。どういう意味かしらそれ」

「なんでもないよ。ほらほら、はやく行きなよ」

「はいはい、わかりましたよ。・・・体、気をつけてね」

「たった三日だよ。すぐに出られるさ。それまでは少し頭を冷やしているよ」

 

ユイナがいなくなるといよいよ独房はらしくなってきた。

シンッと静まり返り、物音一つしない。

何もないとわかっているのにもかかわらず、部屋の隅に横たわる闇に本能的な恐怖を抱いてしまう。

 

「あ、そうだ」

「うわぁぁ!!び、びっくりさせないでよ」

「まぁまぁ、いいじゃない」

 

闇に取り囲まれた部屋で、いきなり壁から顔を出してくれば誰だって驚く。

ただ、ユイナには全く持って悪気は無いわけで。(確信犯の可能性はアリ)

だからシンジもあまりきつく怒るようなことは出来なくて、溜息混じりに注意を促す程度だった。

 

「ったく、なんなんだよ。まだ用があるの?」

「大したことじゃないんだけどね。鈴原君があなたに”スマン”だってさ。それだけだから」

 

言いたいことを言い終えるとプイッとユイナは壁の向こうへ消えてしまう。

そのあとしばらくシンジはポカンとその壁を眺めていた。

 

「そっか・・・」

 

呟くと、少しだけ微笑みながらベットの上に横になった。

このときだけは命令違反の反省のためにここにいることを忘れていた。

ほんのささやかではあるが、心地よい達成感のようなものに包まれて瞼を閉じる。

緊張の糸が解きほぐれた今、彼はあっという間に眠りの世界へと埋没していった。

 


 

「・・・ここも独房なの?」

 

疲れた感じのするその声の主はユイナだった。

シンジの元を離れ、レイと共に彼女の自宅へと向かったのだが、そこは先程の独房と大して違っていないように見えた。

窓があるかないかぐらいのものである。

あとは徹底して殺風景な空間が広がっていた。

 

「家具とかはないわけ?」

「必要ないから」

「服は?」

「制服があるわ」

「・・・まぁ、あなたらしいといえばそうだけど・・ねぇ」

 

見やったコンクリートが剥き出しになっている壁は、いかにも寒々しい印象を受ける。

たとえ泥棒に入られようとも、一秒で回れ右をするような内装だ。

とても人の生活している空間には思えないし、まして十四歳の少女の住む空間ではない。

 

ユイナが呆れている横を通り過ぎたレイは、全く目を気にすることなく服を脱ぎ去り浴室へと入っていった。

 

「う〜ん・・・意識体として物質に固執しなくなるのは高等な部類に入るんだけどなぁ・・・女の子としてはやばいわね」

 

本来性別のない、意識だけの存在でのユイナが女の子として、というのは変な話なのだが、彼女も徐々にその姿に見合った個性を身につけ始めてきたのだった。

アスカのコピーではなく、シンジの中の偶像ではなく、ユイナという一つの個性が生まれてきていた。

ユイナがあれこれと考えていると、タオル一つだけを首にかけた姿でレイが戻ってきた。

 

「レ〜イ〜、あなたこの部屋を見てどう思う?」

「?・・・べつに。住むには問題ないわ」

「言うと思った。でももうちょっと人間らしい生活をした方がいいと思うわ。ミサトさんほど有機的な生活をしろとは言わないけどね」

「わからないわ。どうしてそうしなければならないの?」

「さぁ?でもさ、こういうところくらいせめて人間らしく、女の子らしくしたいじゃない」

「・・・あなたもどんどん変わっているわね」

「そうかもしれないわね」

「私は羨ましいのかもしれない。あなたのその変化が」

「アタシに言わせてもらえばあなたも変わりつつあるわよ。少なくとも、シンジのことは興味があるんでしょう?」

 

ニマッという擬音がぴったりくるような笑みでレイを見つめる。

レイはシンジの顔を思い出したのか、ほんの少し頬を桜色に染めて視線を逸らした。

それを確認したユイナは更に笑みを深めていった。

 


 

シンジが倒した第伍使徒・シャムシェルは粉砕したコア以外原形をとどめる形で残されたため、ネルフ技術部によって早急に解析が始められていた。

あまりに巨大な使徒をジオフロントへ回収することは困難で、その場に使徒を覆い隠すようにして急拵えの施設が建設された。

と言っても、中身の充実ぶりはいっぱしの研究所以上である。

突貫工事ゆえに配線が混雑していて見苦しくはあるが、それは仕方のないことだ。

この場合、何よりも優先されるべきなのは使徒の解析なのだから。

 

「ふぅ・・・」

 

髪を金髪に染め上げた妙齢の女性は、それまで凝視していたモニターから目を外してコーヒーに口を付けた。

このコーヒーは彼女自前のもので、彼女なりのこだわりをもって煎れられている。

世の中にはその苦心の結果の違いがわからないものいるが、彼女はそういう輩はほとんど相手にしないので問題はない。

 

「はぁい、リツコ。はかどってる?」

「・・・いいわね、あなたは脳天気でいられて」

「ちょっとぉ、人が陣中見舞いに来てやったっていうのに、それはないんじゃない」

 

現れたミサトはリツコの吐いた毒をひらりとかわしてみせた。

伊達に大学生の頃から友人をしているわけではない。

彼女らの間に遠慮は存在せず、そしてそれこそが最も砕けたコミュニケーションの取り方であった。

 

「あのねぇ、解析を始めたばかりなのにそんなにすぐわかったら苦労はしないわよ」

「じゃ、何もわかってないわけ?」

「・・・一つだけ」

「なんだ、やっぱり仕事はしっかりやってるじゃないの。流石は赤木博士ね」

「誉めても何もでないわよ。今のところわかったことは、使徒の固有波形のパターンが構成物質の違いこそあれ、人間の遺伝子と99.89%一致するということだけよ」

「それって・・・」

「そう、エヴァと同じね。でもそれだけ。他はまだ全く答えが出ていないわ」

 

コーヒーをつぎ足して、再び口に運ぶ。

あまりに常飲しすぎるものだから、もうカフェインはあまりリツコには意味のない物質になりつつある。

元々、睡眠時間を削ることを何とも思わないような性格をしているので、どうでもいいことかもしれないが。

 

「それより・・・あなた、独房はやりすぎじゃないかしら?」

「うっ・・・それ言わないでよ。私もちょっと不味かったかなぁって思ってたんだから」

「あなたがしたこともわからないでもないけどね」

「ハァ、仕方ないじゃない。勝ったら全て良しなんて言ってたら、この組織自体がなんなんだって事になっちゃうもの」

「見せしめは必要って事ね」

「やめて、人聞きの悪い」

「で、どうなの?あの子の様子は」

「どうもこうも、大人しくしているわよ。それも怖いぐらいにね」

「嵐の前の静けさね」

 

ミサトは少々ひきつった笑いを浮かべた。

一瞬、よくもまあこんなきつい発言ばかりするのと友達やっているなぁ、と自分に感心してしまっていた。

 

「本当に怖いこと言ってくれるわね。あんまり不安にさせないでよ」

「私はただ可能性の話をしているだけ。けれど、十四歳の少年が独房入りなんてしたら一生消えないトラウマになるかもしれないわね」

「・・・あんたってホントにやなヤツね」

「今頃気付いたの?」

「へぇへぇ、私も悪いんですよね。けどそのままにしておくこともできなかったわ。これがギリギリの妥協点だわ」

「保護者は苦労するわね。まぁ、普段シンジ君のお世話になっているんだからこれぐらいは苦労してもらわなきゃいけないわ」

「保護者か・・・何だか自信ないわ、そう呼ばれるのって」

 

ばつの悪そうな顔を見せるとミサトは自分用にコーヒーをついだ。

それを数回喉に流し込むとフッと息をつく。

 

「・・・そういえばさ、変なこと聞くけど、リツコは最近既視感を覚えた事ってある?」

「唐突にどうしたの?」

「うん・・ちょっちね。この頃何かある度にどうも引っかかるものがあるのよ」

「そうねぇ・・・たしかに最近多いわね。特に何かを考えているときなんかは、以前にもそうやって悩んだような気がするわ」

「あなたもなの?」

「けれどそれが何を意味するかなんてわからないわよ。たんなる偶然であることも考えられるしね」

「そうよね、やっぱり・・・」

 


 

学校はいつもと変わらなかった。

それはそれで凄いことではあると思うのだがどうだろうか。

つい先日に世界の運命を賭け戦いが行われようと、教師たちは普段と変わらず授業を進めていく。

まるで何事もなかったかのように、だ。

戦場となっている街でさえこの調子なのだから、日本の他の都市、また使徒の侵攻の恐れのない他国にとっては、まさに対岸の火事であろう。

たとえ世界が滅びても何が起こったか判らないまま。

それはそれで幸せなのかもしれない。

 

唯一、ここが危険な街であるということを認識できることは、徐々に減りつつあるクラス人口であろう。

第一次直上会戦を皮切りに、転校する(正確には疎開)生徒が増えてきているのだ。

 

「なんや、おまえは碇の守護霊ちゃうんか?」

 

トウジには自分がシンジの守護霊だとかテキトーなことを言っておいたため、レイと共に通学路を行く途中トウジにこんな事を言われた。

この日はおかげでレイとトウジというある種、異様な組み合わせの登校風景を見ることが出来た。

見ようによっては両極端の存在の二人だ。

冷静寡黙なレイと直情熱血のトウジ。

第壱中学一、奇妙な取り合わせである。

 

「いまはちょっと居候中なのよ。ね、レイ」

「そうね」

「守護霊ってそんなもんなんかいな」

「気にしない気にしない」

 

ユイナの妙に軽い対応にトウジは少し頭を抱えた。

けれどもそのユイナの存在がレイとの間にクッションを置くことになり、不思議とトウジはレイに対する抵抗感が薄れているのを感じていた。

 

レイの方は相変わらず会話に味も素っ気もない。

もう眼帯も取れたため、紅い瞳はいつも通り真っ直ぐと前を見ている。

 

「・・・そういえば、綾波も怪我治ったみたいやな」

「ええ。それがどうかしたの?」

「い、いや、どうかしたとか言われても困るんやけど・・・まぁよかったな、と」

「よかった?」

「一応、クラスメートなんやさかい、気になるやんけ」

「クラスメートだと、きにするものなの?」

「そやないのか。普通は」

「・・・そう、ありがとう」

「な、なんや。礼なんぞ言われると照れるやんか」

「アハハハ、鈴原ッってば可愛いところもあるじゃない」

「う、うるさいわ!」

 

登校し、教室にはいるまでトウジとユイナのかけ合い?続いた。

ユイナの存在は常人にとっては無に等しいため、その姿はかなり滑稽であった。

 

レイは、彼等の横でほんの少しだが微笑んでいた。

そして、それをばっちりファインダーにおさめていたヤツも・・・

 

「これは売れるぞぉーー!!(って出番はこれだけ?)」

 


 

「シンジ君・・・出てもいいわよ」

「ああ、今日でもう三日ですか。ずっと暗いから時間が全然わからなかったんですよ」

 

独房から出てきたシンジは特に変わったところはなかった。

三日の独房生活にも疲れた顔をすることなく、いたって普通だ。

 

どう接しようかと悩んでいるミサトを後目に、シンジは疲れを発散するように大きく伸びをしていた。

そうして振り返るとミサトに向かって深く頭を下げた。

 

「本当にすいませんでした。勝手な真似をしちゃって」

「う、うん。反省してくれればいいのよ」

「じゃあ、僕は先に帰ってますね」

「あ、・・・上にレイと友達が来ているわよ」

「友達?」

「ほら、この前、戦闘区域で保護した・・・そう、鈴原君」

「トウジが・・・?はい、わかりました」

 

「ハァ・・リツコが変なこと言うから身構えちゃったわよ。でも・・・変わっていないようでよかった」

 

シンジの背を見送ったミサトは大きく胸をなで下ろした。

しかし喉元には違和感が残っている。

このときはその違和感を無視することでミサトは安心を手に入れていた。

 


 

「お、碇!無事そうでなによりや」

「うーん、やっぱり三日程度じゃ変わらないわねぇ」

「ご苦労様、碇君」

 

(まるで刑務所を出所したみたいだ・・・)

シンジは三人の迎えを受けてそんなふうに思った。

事実、三人はふざけているのかそんな感じが滲みまくっていたわけだが。

 

三人のなかでまずトウジが一歩前に出て先程シンジがしたように頭を下げた。

 

「スマン!わしはおまえが苦しんでることも知らんと、いきなり殴ってもうて・・・わしを殴ってくれ!」

 

暑苦しいヤツである。

当然、こんな前時代の異物のような少年には、それ相応の冷ややかな突っ込みが入った。

 

「・・・恥ずかしいわね」

「うるさいわ!」

 

「鈴は・・ううん、トウジ・・・顔を上げてよ。これはお互い様だからさ。僕も、君も痛かった。それでいいじゃないか」

「碇・・・」

「シンジでいいよ」

「ああ、これからよろしゅうな、シンジ」

 

握手を交わしているシーンは青春ドラマのワンシーンのように熱い。

これで場所が浜辺か河原で、背景が夕日だったら完璧である。

 

「ところで、や。おまえもエライ守護霊もっとるのぉ」

「はぁ?」

「ユイナや、ユイナ。わしと張り合う女なんぞそんなおらんで」

「守護霊・・・?」

 

アイコンタクト開始。

 

どーいうことだよユイナ!

仕方ないじゃない!アタシに全部説明しろって言うの?

そうじゃなくて、どうしてトウジに見えてるんだよ!

知らないわよ!

ほとんどの人には見えないんだろ?

そのほとんどの人以外の人間だったんでしょ。

・・・はぁ・・・よりによって守護霊って・・・もうちょっと言い訳の仕方もあったんじゃないの?

男がぐだぐだ言うんじゃないの!

 

アイコンタクト終了。

 

「どないしたんや?」

「う、ううん、なんでもないよ」

「ほうか、せやったらこれから飯でも食いにいこか。勿論わしの奢りや」

「私・・・碇君の料理がいい」

「ん?なんや、シンジは料理できるんか?」

「まぁ、そこそこ」

「謙遜しなくていいじゃない。よし、今日は碇シンジ出所祝いパーティーといきましょう!」

「ふぅん、綾波とユイナがそう言うんならそれもええかもな」

「ちょ、ちょっと待ってよ!僕の為の祝いなのに僕が料理を作るの?」

 

コクン×3。

全く躊躇することなく頷いた三人を前に、シンジは溜息をついた。

これなら独房の中の方がよかったかなぁ・・・なんて思っていた。

でもはしゃぐ三人を見ていると、まあいいかとも思った。

 

この日、葛城ミサトが帰宅すると空になった皿ばかりが山のように積まれて、彼女が食べるものはなかったとさ。

 

「お腹空いた・・」

 


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後書きみたいなもの

 

脈絡のない。

今回はタイトルのまま「合間」であって、さほど深い意味はなかったですね。

 

これでトウジが仲間入りで四人組に。

実は関西弁キャラ好きなんですよねぇ〜

眼鏡君はほとんどカット。

嫌いじゃないけど使いどころがわからない・・・

 

次回は次の使徒・ラミエル登場のはず。

第七話・兆候(仮)でお会いしましょう。

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