「うわあぁぁぁぁっ!!!!」

 

少年の雄叫びは天地を揺るがさんばかりに轟いた。

 

紫の鬼神はそれに呼応するかのように吠えた。

その背に発現した白銀の翼は使徒の放つ荷粒子砲をいとも容易く遮り、黄色の巨人を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第八話 少女達の決意

 

 

 

 

 

「嘘・・・こんなの嘘よ・・・」

 

その光景はユイナでさえも享受できるようなものではなかった。

初号機の背に現れた白銀の翼は、たしかにユイナのそれと同一のものだった。

代わりにユイナの背からは翼が消えている。

 

「があぁぁぁ!!」

「止めてシンジ!!」

 

翼が広がると光は細切れになって空に散った。

立ち上がった初号機は獣じみた荒い息を吐きつつ、使徒に向かって手をかざす。

 

「・・・く・・たば・・・れ・・・っぇぇぇl!!」

 

地獄の底からのうめきのようなその声は、まるでシンジのそれとは違っていた。

紅い猛禽の瞳は射抜くような鋭さを放っていた。

 

一枚の羽根がフワッと浮く。

 

 

ヒュンッ・・・・・・ズガァンッッ!!!!

 

 

羽根は一筋の光に転じ、大音響と共にオレンジ色の壁を貫いた。

その勢いのままその光は使徒の体に風穴を開けていた。

穴が空いた使徒は浮遊するための力を失い、傾き、地に落ちる。

 

肝心のボーリングマシンは間一髪、本部の直上で停止していた。

 

このとき、指揮車両のミサト達は翼を生やした初号機を呆然と見ていた。

勝利の喜びはそこにはない。

驚愕と畏怖の念が彼等を支配し、沈黙を呼び寄せていた。

 

 

「ああぁぁぁぁっ!!」

「もういい!もう終わったのよ!」

 

敵を排除して尚、咆吼を続けるシンジにユイナは必死に縋り付いていた。

力の象徴である翼の制御を奪われた今、あまりに無力な自分が歯痒かった。

出るはずのない涙が溢れ出そうで、目の奥がチリチリした。

 

「お願い・・・元のシンジに戻ってよぉ・・・」

「・・ぐ・・が・・・」

「シンジ!?」

 

突然、シンジはガラッと雰囲気が変わり苦痛に顔を歪めた。

その瞬間にユイナに翼の制御権が戻った。

 

「まずいっ・・レイ!まだ動ける?」

 

このときの声は通信機器を通したためか、ミサト達にも聞こえていたがそんなことはお構いなしだった。

もうユイナには目の前のシンジしか見えていない。

視野が酷く狭くなっていた。

 

「何とか・・・どうしたの?」

「シンジが・・とにかく早く来て!」

 

シンジの名が出たことでレイは一気に青ざめて、ユイナと同じ状況に陥った。

幸いにも初号機によって守られていた零号機は大した損傷は負っておらず、すぐに駆け寄ることが出来た。

すぐさまプラグを固定するパーツを引き剥がし、強引にプラグを引き抜く。

それを地面の置くと自らも零号機を降りて懸命に走った。

 

初号機のプラグの中ではシートにぐったりと横たわるシンジの姿があった。

 

「碇君!!」

「時間がないわ。ちょっと力をもらうわよ!」

 

いうが早いか、ユイナはシンジを抱き起こそうとしていたレイの胸に手を置いた。

それからブツブツと何やら呪文のような言葉を呟いた。

耳慣れない言葉で、レイには何を言っているのか理解することは出来ない。

 

「?!」

 

急にレイの体は力を失い、膝からガクンッと崩れ落ちてユイナに抱きかかえられた。

意識はハッキリしているのだが、地に足をつけている感覚がない。

浮遊感と鉛のような疲労感が同時に襲ってきて非常に奇妙な状態になっていた。

 

「ゴメン、急いでいるから加減が出来ないの」

 

レイの胸に当てられていた手は淡く輝いていた。

その手をシンジの胸に置き、また何事か呟く。

光は繭のようにシンジの体を覆い、そして吸い込まれるようにして消えた。

しばらくするとシンジは安らかな寝息をたて、ホッと二人の少女は胸をなで下ろして微笑み合った。

 

穏やかな寝顔からは、わずか数分前に狂気の一端を見せた人物と同一とはどうしても思えない。

下手をすれば少女のようなと言っても無理がないくらいだ。

それほど安らかで、こちらがシンジ本来の顔なのだと信じたかった。

 

「どういうことなの・・・いったい」

「・・・アタシさ、出来るだけこの世界に干渉しないつもりだったんだ」

「この・・世界?」

「でも、決めた。アタシは今ここにいる。ユイナという名を持つ存在として、今ここにいる。だから、もう決めたの」

 

レイは黙ってその次の言葉を待った。

何故かそうしなければならないような、義務感にも似た感覚があったからだ。

自分が初めて会ったときから、ずっとその言葉を待っていたような気もする。

 

「話はちょっと長くなるけど・・・聞いてくれる?」

「ええ、勿論よ」

「じゃ、シンジを病院に運んでからにしましょ。あなたも少し休んだ方がいいから」

「・・・わかったわ。明日、私の部屋で」

「いいわ、それで」

 

レイとシンジはこのあと駆け付けたネルフのスタッフによって病院へと搬送された。

精密検査の結果、どちらも外傷は見あたらず、脳波にも異常は見られなかった。

ただ、シンジは昏々と眠り続け、翌日になっても意識を取り戻すことはなかった。

 

彼が意識を取り戻したのはこれより三日後のことであった。

 


 

シンジが夢から覚めるまでの間、様々な人が今回のことで頭を悩ませた。

 

まず、このあるはずのない現象に一番苦悩したのがリツコであった。

映像の解析から初号機のシンクロ状態までありとあらゆる方法で、翼の発現に迫ろうとした。

しかし得られた答えはコードナンバー601、つまり何もわからないということだった。

わかったことが一つだけあるとしたら、それはあの翼が実体を伴わない影のようなものだということだけ。

ユイナの声に関してもその時の初号機のプラグ内にはシンジの姿しかなかったことは確認されており、レイに聞いても知らないの一点張りだった。

鉄のような強情さに流石のリツコも追求を諦めたが、答えの出ないこととしてずっと彼女を悩ませ続けた。

 

そして、彼女と同様にもしくは、それ以上に焦りのを見せたのは他ならぬゲンドウである。

彼の構築したシナリオでは今回のことは完全にイレギュラーだった。

いつもならば修正可能だとか何とか言うところであったが、その範疇も超えてしまって強がりさえも出ない。

たとえエヴァの能力が完全に解放されたとしても、あのような形態の翼を広げることはない。

エヴァが本来持つべき翼の形は知っているのだから。

 

今回の一件について委員会には適当に誤魔化した報告を行っていたが、そのとき笑みの下は動揺しきっていた。

顔に出さないというのは流石ではある。

しかし、この時点で彼のシナリオは大きく歯車を狂わせてしまうこととなった。

勿論、ゼーレの目論見も崩れ始めていたのだがそれに気付く者はまだいない。

委員会のメンバーでさえも、自分の足場が消失してしまっていることに気付いてはいなかった。

 

 

この他にも多くの問題が山積していたが、最後にもう一つだけ上げることにしよう。

それは初号機のことだ。

翼の力を使った反動か、初号機は外見上はなんともなかったのだが内部組織はズタズタになってしまっていた。

対して零号機の方はほとんど損傷しておらず、装甲の換装を行えばすぐにでも再起動できる状態にあった。

少なくとも二週間。

初号機の修理にはどんなに作業を急いでもそれだけの時間がかかるとされた。

シンジの状態もあったことから、修復は零号機が優先されることになった。

 

不幸中の幸いだったのは、この時点で弐号機が日本に向かって輸送を開始していたということである。

弐号機到達までのブランクをどうにか埋めることが出来れば、再び二機のエヴァでの作戦が可能だった。

 

かくしてネルフは大忙しだった。

ある者はリツコの手伝いに、ある者はエヴァの修理に、ある者は弐号機の受け入れ態勢の整備に追われて時間が過ぎていった。

それでも張本人は未だ夢の中という状態だったが。

 


 

「体の方は大丈夫?」

「問題ないわ。さ、話を聞かせて」

 

相も変わらず殺風景な部屋の中。

二人の少女がベットの上に腰を下ろしていた。

二人の間にはピンと張り詰めた緊張感がある。

迂闊に触れれば切れてしまいそうな鋭さが。

 

「・・・まず、何から話しましょうか」

「あなたは、”この世界”と言ったわ。あれはどういうことなの?」

「そうねぇ・・・そこから入りましょうか。ちょっと長くなるけど構わないわね」

 

断りを入れるとユイナはゆっくり淡々とした口調で語りだした。

 

 

ここに来る前の出来事。

シンジがこの世界の本来のシンジではないこと。

自分という存在。

その役目。

 

平行するこことは別の可能性を秘めた世界のことをユイナはただ静かに語った。

レイはその声に黙って聞き入っていた。

 

 

「・・・ってわけ。だからシンジとアタシはこの世界にとっては異物のようなものだわ」

 

ユイナが決めた覚悟。

それはこの世界に存在していること自体が、この世界の流れに関わっていると自覚すること。

世界を巨大な水面に喩えるならば、シンジとユイナはその静かな湖面に投げられた石のようなもの。

投げ込まれた時点で波紋という形で少なからず影響を及ぼしている。

存在するだけで世界の流れに関与してしまっていることを認めることだった。

 

これは同時にある程度の自我を主張したことでもある。

 

存在することはまず自己を肯定することと、他人を認めることから始まる。

このとき改めてユイナという存在が肯定されたのだった。

 

「じゃあユイナ、碇君は自分の世界に戻るために戦っているの?」

「ううん・・・違うと思う。一番最初はアタシがハッパをかけたから。この前は鈴原君への贖罪の気持ちから。そして今回は・・・あなたを死なせたくなかったから。だからシンジは戦ったのよ」

「私のため・・・?そうなの?」

「シンジがああなる直前の心の動きはしっかり覚えてる。シンジは怖かったの。使徒よりも、死ぬことよりも、あなたを失うことの方がずっと怖かったのよ」

「・・・守られたのね、私」

「・・・そうね。けど、あまり楽観できる状態じゃないわ」

 

ユイナは一転して厳しい顔つきになって正面の壁を睨んだ。

彼女の不安の種である碇シンジは未だ眠り続けている。

眠れるの森のお姫様ならぬ王子様だ。

ユイナは心の何処かで彼にもう目覚めないでゆっくりして欲しいと願う部分があった。

それがかなえられることのない願いとわかっていても。

 

彼の目覚めは喜ぶべき事であり、同時に警戒すべき事でもあった。

 

「もしかして、碇君は・・・」

「わからないわ。今は何とも言えない。けど、あのときのシンジは確実にそれに近づいていた。それが一番心配していることなのよ。あなたなら、理解できることよね」

「ええ・・」

「このままいけば・・・覚悟は必要よ」

 

心に吹くのは不安という名の風。

その風が運ぶ雲が暗い影を落とす。

少女らの表情はいつになく沈痛であった。

 


 

話を終えてからも二人の間には緊張感が漂っていた。

薄暗い部屋の雰囲気も手伝い、彼女らの胸に落ちた影は色を濃くしている。

 

そんな中、ユイナはパッと立ち上がった。

ユイナが少々後ろ向きな考え方をしてしまうのはシンジの影響がないわけではない。

しかし、彼女の元となったアスカは(シンジの主観では)ウジウジ悩む質ではなかった。

ネガティブな方向で考えていると何も生まないと、気分を切り替えたのだ。

ここらの潔さというか、割り切りの早さはシンジの憧れの一つでもあった。

 

「じゃ、アタシ、シンジの側についてるから。用があったら、悪いけど病院まで来てね」

「そういえば・・・あのときは何をしたの?」

「あのとき?ああ、戦いの直後の事ね」

「赤木博士の話によると碇君の体には異常はなかったそうよ。あなたは一体何をしたの?」

「・・・身体は異常はなかった、か。そうでしょうね。あのときのシンジは馴れない力を使ったから、その制御が出来ていなかった。だから無秩序にエネルギーを浪費してしまって、体と魂を繋ぐ楔が弱くなってしまったのよ」

「肉体から魂が離れてしまいそうになっていたという事ね?」

「そう。だからあなたの生命エネルギーをアタシの中でシンジのものと同質のものに変換して、楔を打ち直したっていうわけ」

 

詰まるところ、ユイナは電圧の変換器みたいなものだったというわけだ。

便利な力を持っているものである。

 

「それじゃ、ね」

 

窓をすり抜けて空に躍り出ると、ユイナは振り返って精一杯の笑顔で手を振った。

自分の行為に悔いはないとはいえ、結果的にレイにも自分の苦悩を背負わせてしまったことに後ろめたさがあった。

 

 

 

自分は結局一人で背負うのが怖かっただけじゃないのか

違う

 

 

押しつぶされそうな重圧から逃れたかっただけではないのか

そんなこと・・ない

 

 

自分の置かれている状況に同情してもらいたいだけじゃないのか

アタシは・・・

 

 

シンジを心配するふりをしているだけじゃないのか

アタシは本当に!

 

 

 

 

頭の中でしつこく反響を繰り返している。

つい耳を押さえて、黙れ!と叫びたくなるのを堪え、ユイナは必死に笑ってみせた。

 

一人で苦しまないで

 

窓越しのレイの唇はたしかにそう動いたように見えた。

グッと喉の奥が詰まった。

そこから逃げるようにして飛び去ったユイナは、涙の出ない泣き顔をしていた。

 

 

「あなただけに背負わせることはしないわ」

 

そんな声が耳に届いたような気がした。

 

 

 

 

そして少年は目覚める。

 

「僕は・・・なにをしたんだ?」

 


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後書きみたいなもの。

 

かくしてラミエル戦決着。

今回は極端ですが、全体的に重くなりつつあるんでガス抜きをしなければいけませんね。

コメディタッチも柄じゃないですけど、かといってあまりに重い話もあれですから。

 

一応、次回でアスカ登場予定。

さて・・・お魚使徒の扱いはどうしようかな。

アスカに三枚おろしにしてもらうか、それとも早速LAS発動させるか。

未だに考えがまとまらない・・・

なんだかなぁ・・・

 

 

 

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