シンジが目覚めたその翌日に、あるビデオ上映会に参加した。

当然ながらそれは映画作品などではなく、ドイツで行われていた弐号機の戦闘訓練の模様だった。

紅い機体が華麗に舞う姿に、シンジはただ息をのみ感心するばかりだった。

 

エヴァンゲリオン弐号機及びその専属パイロット。

到着予定日の前日のことである。

 

 

 

 

 

WING OF FORTUNE

第九話 君はもっと・・・

 

 

 

 

 

「それでセカンドチルドレンってどんな人なんですか?」

「んふふふ、それは会ってみてのお楽しみよ。明日、新横須賀港の沖まで迎えに行くわ。勿論、シンちゃんにもついてきてもらうわよ」

「選択の余地はないんですか?」

「モチ。だってこれ司令直々の命令ですもの」

「・・・ハァ・・・わかりましたよ」

 

シンジはその頭に手を口元で組んで「フッ、問題ない」とほざいている親父の姿を思い浮かべてげんなりとした。

少しはコミュニケーションをとろうと努力しているのだが、こちらの親父は向こうより輪にかけて話し辛かった。

まだ向こうの父さんの方が父親らしかったなぁ・・・と思ってしまうこともある。

 

「ま、そういうことだからさ。お友達を連れてきてもいいわよ」

「はい?だって・・・エヴァの輸送中に・・・いいんですか?」

「かまやしないわよ。どーせシンジ君が連れてくるのは鈴原君でしょ」

「・・・暗に友達少ないって言ってますね、それ」

「あらん。そんなふうに聞こえたかしら?」

「もういいです・・・失礼します」

 

少しむくれてシンジは部屋をあとにした。

懲りないミサトはちょっちからかいすぎたかなぐらいなもので反省の色はない。

ま、このあとシンジのささやかなる報復としてビール禁止令が出たのだが、自業自得だろうから放っておこう。

 


 

翌日、案の定シンジが連れてきたのはトウジと、あとミリタリーマニアの俗称でも有名な相田ケンスケだった。

ケンスケは無理矢理同行してきたという色合いが強い。

弐号機の輸送についている艦隊が太平洋艦隊だと知ると恥も外聞も捨て、シンジを拝み倒したのである。

流石に教室中に響き渡るような声を出して泣きつかれた日には、弱気なシンジに断れるはずもない。

後頭部にでっかい冷や汗マークを張り付けたまま、シンジはケンスケに対し首を縦に振ったのだった。

そのあと狂喜乱舞したケンスケは、ヒカリにどやされても怪しい笑みを絶やさなかった。

またケンスケは女性との株を落とすことになったわけだ。

合掌。

 

 

 

 

「おいシンジ!」

「・・・なにトウジ」

「なんやおまえの上司、えらいべっぴんさんやないか。ほんまにあの人と一緒に暮らしとるんかいな」

「うん・・・まあ」

「くぅ〜羨ましいでぇ。いっつもユイナは一緒やし、学校では綾波が居るし、そのうえあないなべっぴんさんと同居とは・・・許せん!」

 

(ミサトさんの実態を知ったらその思いも冷めると思うよ・・・)

まさに経験者は語る。

なまじシンジは女らしいミサトと接してきた時間があったため、そのショックは大きかった。

トウジも外見だけで判断しているにしろ、ずぼらなミサトを見れば千年の恋も冷めるというもの。

知らぬが仏とはよく言ったもんだ。

 

少年二人がこんな会話をしているとは知らないミサトは、昨日ビールを飲めなかったせいで少しイライラとしていた。

いわゆるひとつの禁断症状というやつだ。

これはアルコール依存症とはまた違うわけで、ミサトに言わせればビールは”命の水”だそうである。

実際に彼女は多量のビールを水のように飲み込むことが可能で、腹の中にはビア樽があるとか無いとか。

近年、体型がそれに近づきつつあることは確かだ。

 

「ん・・・シンジ、見えてきたわよ」

 

VTOLの外、左翼部分に腰をかけていたユイナはスッと目を細めて水平線の彼方を見やった。

まだ豆粒大でしかないそれを見事に発見したユイナの視力も大したものだが、声に反応してすぐさまその豆粒を見つけたシンジも驚異的である。

 

「あれが太平洋艦隊か」

「よう見えるな。わしにはまだ全然わからへんで」

 

隣で目を凝らすトウジであったが、彼の目にはごく微少な影としてしか認識されていなかった。

ケンスケは用意よく双眼鏡でその姿を捉えているところだ。

 

それからあっという間に豆粒は視界の占有率を上げ、巨大な姿を少年達の眼下にさらした。

うち最も巨大な空母 オーバー・ザ・レインボーにVTOLは着艦すべく降下を開始した。

 

ケンスケを除いてはその巨大さに驚きはしたものの、さしたる感慨もなかった。

ケンスケがあまり派手にはしゃぐものだから気がそがれてしまったということも考えられる。

いの一番に甲板に降り立つと持っていたカメラで早速撮影を開始したのだから傍迷惑な話だ。

 

「いいんですか?勝手に写真なんて撮っちゃって・・・」

「べつにいいでしょ。あ、私艦長のところに行って来なきゃいけないから、シンジ君も鈴原君もそこら辺をぶらついててくれる?」

 

ミサトはそう告げると、返答を聞かずにパッパと管制室に向かっていってしまった。

イライラしているため、ちゃっちゃと仕事を切り上げてアルコールを接種したいと考えているらしい。

アル中のように暴れないだけましだが三十路手前の女性としては困ったことだ。

彼女の親がもし生きていたとしたら、大いに嘆くことであろう。

 

ポツンと取り残されたシンジとトウジはその背を見送ってから、顔を見合わせて小首を傾げた。

 

「どうする?」

「どないする?」

 

いきなり空母の甲板上に放り出されても困る。

撮影に夢中なケンスケはいいとして、見れば周囲は当然ながら外人さんばかり。

勉強の苦手なトウジと他人と接するのが苦手なシンジでは、たとえ多少英語を知っていたところで何の役にもたちゃしない。

どうにも心許ない状況だった。

 

二人が思案に暮れているその頭上で、ユイナは怪訝そうに辺りを見回していた。

そわそわと落ち着かない様子で、顔色もあまり優れてはいなかった。

 

「アタシ・・・この船なんか嫌だな」

「どうしたんだよ、ユイナがそんなこと言うなんて珍しいな」

「なんだか凄く嫌なものが近くにあるような気がする・・・アタシちょっと見てくるから」

「え?あっ、ちょっと待ってよ!」

「すぐに戻るわ〜」

 

「・・・いってもうた」

「・・・どうしよう?」

 

また考えがそこに戻ってしまい二人は一様に肩を落とした。

 


 

「なにあれ・・・・天使?」

 

管制室のすぐ近くのデッキで風に当たっていた少女は、空母の周りを旋回するその存在に気が付いた。

よ〜く目を凝らしているのだが、直射日光と海面からの照り返しでその姿をハッキリと捉えることが出来ない。

 

見えるのは光の粒を振りまいている銀色の翼。

それと太陽光線を受けて煌めく金色の髪だった。

 

(う〜・・・もうちょっとで見えるのにぃ)

 

手で目に入る光を遮ってみたりしたがやはり上手くいかない。

そうこうしているうちにその姿を見失ってしまい、少女は少し落胆した様子だった。

 

(馬鹿馬鹿しい。天使なんているわけ無いじゃない)

 

軽く溜息をついて手すりに思い切り寄り掛かると、ひっくり返った視界の中に見知った人影を見つけた。

急いで身を起こして確認するとそれはやはり顔見知りだった。

 

「ハロー、ミサト!」

「あ、アスカ!久しぶりねぇ。身長伸びたんじゃないの?」

「あったり前でしょう成長期ですもの。そ・れ・に、成長してるのは背だけじゃないのよ」

 

誇らしげに胸を張り、その年にしては立派な膨らみを強調する少女、アスカ。

ミサトに比べればそれはまだ成長途中と言うしかないが、同年代からすれば早熟な部類にはいるだろう。

加えて体に流れる西欧人の血のなせる技か、スタイル全体を見れば同年代の日本人から群を抜いているのは間違いない。

 

「はいはい。そこら辺の話はあとで聞くわ」

「・・まあいいわ。で、あんた一人なわけ?」

「そうじゃないわ。ほら、甲板にいる男の子。あの中にサードチルドレンがいるわよ」

 

ミサトが指差した方向では三人がそれぞれの動きを見せていた。

 

カメラを構えるおたくが一人。

暑苦しそうなのが一人。

なよっとしたのが一人。

 

「どれもパッとしないわねぇ。ホントにあの中にいるの?」

「それはあなたの目で確かめて頂戴。私はここの艦長と話があるから」

「あ、ちょっとぉ!」

 

アスカの腕をひらりとかわすとミサトは管制室のドアをくぐって中へ消えていった。

数秒後・・・

 

「な、なんであんたがここにいるのよ!」

 

ミサトのでっかい声が外のアスカの耳にも届いた。

 

「アスカの随伴で、ドイツから出向さ」

「迂闊だったわ・・・十分考えられる事態だったのに・・・」

 

声だけでおおよそどんな表情をしているのか予想がつく。

室内でのやり取りに、アスカはフンッと軽く鼻を鳴らすと甲板へ降りていった。

 

 

不愉快で仕方ない。

憧れの人である加持。

その加持との関係があるミサトが。

そして三体の使徒を倒したというサードも。

 

 

あたしがエースなんだ。

あたしがトップでなきゃいけないんだ。

でなければ・・・此処にいる意味はない。

 

 

ろくな訓練もせずに使徒を退けたサードチルドレンの存在は、アスカにとって不愉快極まりないものだった。

彼に活躍されてしまってはこれまでの自分の人生を根底から否定されてしまいそうだから。

だから認めるわけにはいかなかった。

断じて自分よりも優れた存在であるなどと認めるわけにはいかなかった。

 

 

ズキッ・・・

 

 

「ツゥ・・!」

 

アスカはタラップの途中で頭を抱えて立ち止まった。

頭痛はそれっきり、たった一度の痛みを彼女に与えると波が退いたように静かになっていた。

 

「なんだったのかしら?」

 

訝りながらも、止めた足を踏み出す。

不意にその脳裏にイメージが沸き上がった。

 

 

 

白い醜悪な天使。

 

狂気じみた殺意。

 

引き裂かれる体。

 

淡い輝きを放つオレンジ色の海。

 

そして・・・泣き崩れる少年。

 

 

 

「クッ・・・・なんなのよいったい・・・」

 

再び頭を抱え、フラフラとよろめく。

その足は空気を踏む。

 

「あ・・・」

 

アスカは強く目を瞑った。

階段を踏み外した体は前のめりに空中に放り出された。

 

トンッ・・・

「え?」

 

アスカを襲ったのは固い金属の感触ではなく、もっと柔らかく包み込まれるような感触だった。

 

「だ、大丈夫?」

 

目を開けてみるとわずか十数p手前に少年の顔があった。

普段であればアスカはどんな状況であろうと問答無用で「エッチ、スケベ、変態!」と平手をかましているところだ。

しかし、アスカは全くと言っていいほど動けなかった。

自分がその少年に抱き留められていることは何故か嫌ではない。

それどころかその少年の顔から目を離せないでいた。

 

「あ、あんたは・・・?」

「・・・僕は碇シンジ。サードチルドレン・碇シンジ」

「あんたがサード!?とてもじゃないけど使徒を三体も倒したヤツには見えないわ」

「まあ・・・、ほとんど僕が倒したわけじゃないからね」

 

そういいながらシンジはアスカを降ろして自分は空を見上げた。

アスカは空に何かがあるのかと思い、シンジの視線の先を追う。

けれどもそこには白い雲と青い空が果てしなく広がっているだけ。

 

「・・・あたしは惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレンよ」

「そっか・・・やっぱりアスカが・・・」

 

(初対面でこのアタシをいきなり呼び捨てとは良い度胸してるじゃないの。)

アスカはそう思ったが、実際問題として違和感がないことに気付いて驚いた。

違和感どころか塵ほどの抵抗感も感じられない。

まるでそう呼ばれるのが当然であるかのような感じさえ受けた。

 

「ところで大丈夫なの?さっきは凄く辛そうだったけど」

「え・・・、ううん。全然平気よ」

「ならいいんだけど・・・君にもしもの事があったら僕は・・・

「?」

 

シンジの独白は小さすぎてアスカの耳では判別することは出来なかった。

 

空はここでも変わらない。

雲はひたすらに白く、空はひたすらに青い。

僕は・・・何処まで行くのだろう・・・

 


 

二人の様子を窺う影が一つ。

翼を折り畳んでぷかぷかと空中に浮かんでいた。

 

「残酷ね・・・この世界って」

 

彼女は辛そうにそう口にした。

誰に言うわけでもなく、ただ目の前の空間に向かって音をぶつけるというだけの行為。

ここのところ独り言が多くなりつつあるユイナは、それだけ悩んでいるということでもあった。

 

ぶっちゃけた話、ユイナはシンジに対する好意を持っていた。

しかしそれが本当に自分の思いなのかどうかを知る術はない。

もしかしたらシンジの意識がアスカに自分のことを好きであって欲しいと願う部分があり、ユイナにそれが反映されただけかもしれない。

その判断が自分自身でも付かないのだ。

シンジのことが好きだからといって、どうなるというものでもないと考えることもある。

意識体とリリンとでは結ばれようもない。

これは事実である。

しかし、理屈で心が納得するものなら世の中から煩わしいことなど全て消え去ることだろう。

納得できないからこの世界があるのだと言っても過言では無い。

 

 

 

主よ・・・あなた様は何をお望みなのですか?

あのような少年に何故斯様な試練をお与えになられるのですか?

あなた様の真意を知るなどとは烏滸がましいことであることはわかっております。

しかし、この世界はあまりに過酷です。

このままでは彼の心は近い将来に崩壊を迎えるでしょう・・・それともそれがお望みのことなのですか!?

 

 

天に向かい、ユイナは問い掛けを続けた。

されどその切実なる声に答える者はいない。

 

 

答えてもらうとは思っておりません。

ただ、私・・・いえ、アタシの決意だけは知ってもらいたかった。

それだけです・・・

 

 

 

俯いて視線を落としたその時、彼女の感覚の網に新たな反応が引っかかった。

よく知った感覚であるだけに間違えようもない。

 

翼を大きく広げてその方向へと飛んだ。

基本的に意識体には距離の概念はほとんど無に等しい。

ある程度の目的地を限定するための要素さえあれば、そこへ瞬時に移動することも容易い。

しかしながら今のような、大海原のど真ん中だと特徴的につかみとれる情報が少なすぎた。

感覚を頼りに飛ぶしか方法がなかったのだ。

 

 

そしてユイナは猛スピードで接近してくるそれを発見した。

 

「海洋生物形態をとっているのね・・・なるほど、ここではまさに打って付けの形だわ。けど・・・どうして?」

 

(何故ここに使徒が来るの?)

 

使徒の最終目標、それは第壱使徒アダムとの接触であり、ネルフがそれを囮にしているからこそ、第三新東京市が戦場になっているものだとばかり思っていた。

だがここは大海原の真っ直中。

輸送中の弐号機を襲おうとしているとの考え方もできるが、やはりそれは理由として弱いような気がした。

 

「ハッ!?まさか・・・あの嫌な感覚はアダム!?」

 

だとしたら合点がいく。

すぐにユイナは空母にいるシンジらのことを思い出し、戻ろうとした。

しかし、

 

「しまっ・・・キャアァァァァ!」

 

一瞬、水中の使徒・ガギエルと視線を交え、ユイナは戦慄を覚えた。

跳ぼうとするよりも早く、使徒の発した壁に接触してしまいユイナの体はくるくると大きく宙を舞う。

 

意識体といえどATフィールドに接触したらただではすまない。

むしろ心がむき出しのままのような状態であるため、単に接触した場合のダメージは大きかった。

ユイナの体はゆっくりと海の底へと沈んでいく・・・

 

・・・・シ・・・ンジ・・

 


 

「ユイナ!?」

 

その時シンジは遙か水平線の彼方で打ち立てられた水柱を見つけていた。

身を乗り出して、ジッと目を凝らす。

 

ゾクッ・・・

水中を猛スピードで直進してくる影を見て、強烈な寒気に襲われる。

 

「まさか・・・使徒が来てるのか?」

 

シンジの頭の中には彼女の悲鳴さえも届いたよう感覚があった。

聞こえたのではなく、感じたのだ。

 

「どうしたのよ、いきなり。それにユイナって誰?」

「説明は後だ!弐号機は何処?」

「え?」

「使徒が来てるんだ!エヴァじゃないと勝てない!」

 

突如人が変わったかのように強い口調になったシンジに、アスカは少々気圧されていた。

いわれるままに走り出した二人の背後でシンジの言葉を肯定するように、艦隊の一番端にいた巡洋艦が爆音と共に轟沈。

一瞬だがその炎と煙の向こうに白い巨体を見て音が鳴るほど息をのんだ。

しかしアスカにもプライドがある。

明晰なる頭脳がフルに稼働し、これはいい機会だという結果を算出した。

 

「あたしの実力見せてあげる」

 


 

巡洋艦が一撃の下に沈黙し、オーバー・ザ・レインボーの管制室は混乱の極地にあった。

全く前触れ無しにいきなり艦隊の一部が攻撃を受け、あまつさえ撃沈されたのだ。

状況を瞬時に理解しろという方が難しい。

何の警告も無しに沈められた経験などありはしない。

しかも魚雷などの兵器を使った攻撃ではなかったのだから、艦長らの狼狽ぶりはみっともないほどだった。

 

それでも彼等は意固地になってなかなかミサトに指揮権を譲ろうとしなかった。

彼等とて、連合艦隊自体が旧式になった今でもそれなりの誇りというものを持っている。

そう易々と捨ててしまえるほどそれは安くはなかった。

まことに残念な事ながら、誇りで倒せるほど使徒という相手は甘いものではなかったが。

 

「テンペスト沈黙!」

「どうした!近況を報告しろ!」

「クソッ!魚雷を四発も喰らってなぜ沈まん!?」

 

双眼鏡で戦況を見て、指示を送り続ける艦長であったが、使徒の侵攻は一向におさまる様子がない。

潜水艦の類であれば既に撃沈を通り越し、スクラップにするだけの魚雷を叩き込んでいるというのにそうなのだから、船員のほとんどはこれが悪い夢か何かであるように感じたのはおかしなことではなかった。

 

「目標、後方輸送艦に接近!!」

 

使徒の巨体が輸送艦に接触する直前、大きな紅い影が宙に躍り出た。

思わずミサトはガッツポーズをとって声をあげた。

 

「ナイス、アスカ!!」

「ミサトさん!甲板に電源の用意を!」

「なに?シンジ君も一緒なの!?」

「いいから早く!」

 

起動した弐号機は手近な戦艦を踏みつけて更に飛翔した。

出来る限りショックを殺して空母の甲板に着地を決めると、手早くケーブルを繋ぎナイフを装備した。

四つの瞳で海面下の敵を睨み付ける。

 

「さぁ・・・かかってきなさい!」

「アスカ、海に引きずり込まれたらアウトだよ」

「あんたは黙ってなさい。あたしとあんたの違いってヤツを見せてやるんだから!」

 

(アスカ・・・)

一瞬シンジの胸は悲しみで満たされたが、すぐにそれを振り払って目の前の現実を見据えた。

 

使徒を倒す。

それが今やるべき事であり、それ以外のことを考える余裕なんて無い。

 

 

「・・・何処?何処へ行ったの?」

 

辺りはそれまでの騒然とした空気が嘘のように静まり返っていた。

耳に届くのは誘爆して沈んでいく船の発する音だけ。

 

「下だ!アスカ!」

「なっ・・・」

 

シンジが叫んだのとほぼ同時に空母は大きく揺れた。

いや、揺れたというよりも傾いた。

甲板に乗っていた戦闘機が次々と海の藻屑と消えていく。

 

弐号機は咄嗟に甲板の端を掴んで持ちこたえていた。

状況判断、危機回避テクニックなどシンジやレイに比べてずば抜けていたアスカだからこそ、出来た芸当だ。

彼女が操縦していなかったら一発で海に落下していたことだろう。

しかし、その代償として唯一の武器であるプログナイフを一時とはいえ、手放してしまったことはかなり痛かった。

 

揺れをエヴァの全身を使って押さえ込むと、ナイフに手を伸ばした。

ナイフを再び手にしたかどうかというときだ。

海中から使徒が跳び上がり、エヴァをその巨大な口に挟み込むとそのまま水中へと引きずり込んでいった。

 

 

 

「ぐぅぅ・・・やってくれるじゃないの!」

 

腹部を突き刺すような痛みに顔を歪めながらも、アスカは歯を突き立てられている状況でATフィールドを展開した。

まだ浅く刺さった程度だったのでその衝撃で弐号機は海中に放り出される。

 

「ハァ・・・ハァ・・・いきなり弐号機を傷物にしてくれちゃってぇ・・・やられたことは十倍にして返すわよ!」

 

威勢は良かったが所詮は標準のB型装備。

海の王者のように悠々と泳ぎ回る使徒についていけるはずもなかった。

何とか水中に引き込まれる直前にナイフを手にしていたが、心細いことこの上ない。

動きが重く、振り下ろすナイフはことごとく空を切るならぬ水を切った。

代わりに使徒は体当たりを繰り返し、弐号機は確実に損傷の度合いを深めていった。

 

 

「チィッ、重すぎるわ」

「標準装備じゃ仕方ないよ」

「あんたはごちゃごちゃいわずに見てればいいのよ」

「そんなことを言ったって・・・」

「フンッ、どうせあんたは心の中でざまあみろって思ってるんでしょ。あたしの無様な姿を見てほそく笑んでるん・・・」

 

 

いい加減にしろ!

 

 

「な、なによいきなり大声なんて出しちゃってさ」

「いま僕らがやるべき事なんだ!チルドレン同士でいがみ合うことか?違うだろ!」

「これまでのほほんと生きてきたあんたなんかに何がわかるのよ!あたしはエリートじゃないといけないのよ!」

「そんな悲しいこと言わないでくれよ・・・。アスカはそんなことしなくたってみんなに好かれる存在だったじゃないか・・・僕なんかとは違ってみんなと仲良くやってたじゃないか・・・君はもっと・・・」

 

「あんた・・なに言ってるのよ?」

「クソ・・・クソォォォォッ!!」

 

 

ドクン・・・

 

 

「また・・翼が・・・ダメ・・よ・・シン・・ジ・・・」

 

「あ、あんた・・・目が・・」

 


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